場所は総武台学園男子学生寮、時は草木も眠る丑三つ時−−−
その一室で少年が物思いにふけっていた。

「嗚呼、マナさん。
 アナタの事を考えるだけで私の胸は締め付けられる...なぜならば今の私達はまさにロミオとジュリエット。
 次の試合で闘わなければならないなんて、私は自分の運命を呪わずにはいられない...」

その少年の名はヤマト=リー=ストラスバーグ。
ヤマトはベランダから乗り出すように月に向かって語り掛ける。
あたかも闇夜に浮かぶ月と自分の想い人を重ねるように。

「ですがマナさん、男には闘わねばならぬ時があるんです。
 辛いでしょうが判って下さい、私も辛いんです!
 アナタの辛い顔を見るのは忍びないのです...
 しかし、甲子園には私が連れていってあげます! このストラスバーグ家の名において誓いましょう!!」

先程から延々と続く愛の語りに同室の生徒はノイローゼになっていた。
特にここ最近は激しさが増している。 マナと再会したのが効いているのだろうか...
そしてヤマトの想いが最高潮に達した時、月に向かって自分の想いを叫ぶ。

「マナさん、愛していまーーーす!!!」

ヤマトがどれだけマナの事を想っているのかを示すように闇夜に愛の言葉が響く。
だが他の連中にしてみれば迷惑この上ない。
その後ヤマトは安眠を妨げられた生徒達にボコボコにされたとさ。





時はちょっと戻り、場所は神社−−−
シンジ達は恒例の特訓に勤しんでいた。 勤しんでいた筈なのだが...

「ハァ...」

ムサシがため息を着く。
既に心ここに在らずな状態だ。
ケイタとマナも同じようで、とても疲れた表情をしている。
シンジとレイはそんなみんなを見て 「今日はダメだな」 と判断した。

「今日はもう終わりにしようよ。
 これ以上やっても無駄だと思うから。」
「それがいいですね。」

ムサシ、マナ、ケイタはその言葉にすまなそうに答える。

「悪い...こんな事になっちまって...」
「いいよ、こんな時もあるって。
 ...ヤマト君だったっけ、一体どんな人なの彼は?」
「ん、アイツか...ハァ。
 シンジ達には話しとくかな...」











大切な人への想い

第参拾九話 好敵手 其ノ弐(後編)











時は遡って第壱中学に入学したその日の放課後、ムサシ達は野球グラウンドに来ていた。

「榛名ムサシです、よろしくお願いします!」
「東ケイタです、よろしくお願いします!」
「霧島マナです、よろしくお願いします!」

ムサシ達3人はその日から野球部の一員になった。
全ては甲子園という目標の為にである。
だが第壱中学の野球部はそれほど強くはない。
更に他の部員達はムサシ達と同じような志は持っていなかった。 ただ野球が好き、それだけである。
その為、時が経つに連れてムサシの鬱積が溜まっていく。



「あーあ、ったくやってらんないぜ!
 これじゃあ強くなるどころか弱くなっていくな。」

部活も終わり帰り道でムサシは愚痴をこぼし、マナとケイタはそれをなだめる。
そんな日が何日も続いていた。
しかし今日は風に乗って妙な鼻歌が聞こえてきた。

〜♪フンフンフンフ〜ンフフン♪〜
「なんだ、この力が抜けるような鼻歌は?」

ムサシが耳を傾けると、どうやら神社の方からそれは聞こえてくるようだった。
3人は見合わせ、その神社に向かう。
何段も続く階段を駆け上がり境内の中で見たモノは銀髪の少年だった。
その少年は社から夕日を眺めてまだ鼻歌を歌う。

「なんだアイツ?」
「「...さあ?」」

ムサシ達の第一印象は 「妙なヤツ」 だった。
だが少年はムサシ達の気配に気付く。
目で見るのではなく肌で感じたのだろうか、とにかく夕日を眺めながら話しかけた。

「歌はいいね、歌は心を潤してくれる。
 リリンが産んだ文化の極みだよ。」

誰に向かっていったのかは判らない。
なにしろムサシ達の方を向いていないのだからしょうがない。
しかも意味不明な事をしゃべったので、ムサシ達の第二印象は 「危ないヤツ」 になった。
それにもめげずに少年はしゃべり続ける。

「そうは思わないかい、榛名ムサシ君、東ケイタ君、霧島マナさん。」

ここでようやく少年はムサシ達と向かい合う。

「あれ、キミは確か同じクラスの渚カヲル君。」

ケイタが思い出したように言う。
自分の事を知ってくれていたのが嬉しいのかカヲルは笑顔を向ける。

「そう、僕はカヲル...渚カヲル。
 君達と同じクラスメイトさ。」

沈みかけた太陽が辺りを赤く染めた刻−−− それが渚カヲルとムサシ達との出逢いだった。





「......それが僕達の初めての出逢いだったんだよ。
 あ、そういえばシンジ君との出逢いも確か夕暮れ時だったよね。
 これは仕組まれた運命なのかな...」
バキ!
「アホかオマエは! 誰がオレ達の出逢いを話せと言った!!
 ったく、オマエに任せるとロクな事がないからオレが話す!」

一気に現在に戻りムサシはカヲルをどつく。
そしてようやくムサシが本題であるヤマトの説明が始めた。










☆★☆★☆











時はまた遡り中学時代のお昼のひととき−−−

「待ちなさーい!」
「ハハハ、待てと言われて待つバカがどこに居る!」

マナがムサシを追いかけていた。
入学してからだいぶ経っていたせいかこの頃にもなると二人の関係は周囲も理解していた。
従っていつものコミニュケーションだと割り切って自分たちの昼食に専念している。
カヲルとケイタも同様に我関せずである。

「あの二人も元気がいいね。
 ところで今日は何が原因なのかい?」
「ん〜、ムサシがマナのおかずを取ったみたいだよ。」

そんな会話が教室の一角で話されており、騒ぎの張本人達は教室を飛び出していった。
ムサシの体力は並みのモノではない。 だがそれはマナも同じである。
幼い頃からムサシと走り回っていたお陰で自然と身に着いたのである。
それでもやはり男と女の差があるのか、やがて二人の差が開き始めた。

「はっはっは、もう限界かマナ!」
「うっさい、この体力バカ!」

余裕があるムサシは走りながらマナの方を振り向いてからかう。
だがその時、曲がり角から人がちょうど出てきた。
当然ムサシはその事に気付かず、マナが慌てて知らせる。

「ああ! ムサシ、前!前!!」
「ん? なに言ってんだアイツは...」
ドコーン!

前方不注意のムサシは前を確認する事も出来ずに激突した。
思わず目を覆うマナ。 だがしかしムサシと遊んでいるとこんな事はしょっちゅうなので立ち直りも早い。

「あっちゃ〜〜...っとそんな事よりも大丈夫かしら、相手の人。」

タッタッタッタッタっとスカートをなびかせて事故現場に走り寄る。
二人は声を揃えて体を起こした。

「「イテテ...」」
「へ?」

その時マナが見たモノは二人のムサシだった。
口を開けて呆然と二人を見比べるマナ。 頭には大粒の冷や汗が光る。
肝心のムサシ達はお互いを見合わせてキョトンとしている。
サッとムサシが左手を上げる。 それと同時にもう一方のムサシはサッと右手を上げる。
サッサッっと上げた手を左右に振ると目の前に居るムサシも同じように振る。

「「なーんだ、ただのカガミか。 ハッハッハ。」」

二人は同時にしゃべり高らかに笑う。
そこへすかさずマナが突っ込みを入れる。

「カガミじゃないだろ!!」
スパーン!
「イッテェ〜〜〜!
 なにしやがんだ、マナ!!」
「くだならいギャグをやるな!!」
「い、一体これは???」

もう一人のムサシの言葉にマナとムサシは気付いて振り向いた...





...「オレはムサシ、榛名ムサシってんだ!」
「私はヤマト=リー=ストラスバーグです。」
ガシ!

互いに自己紹介をし握手を交わす。
よくよく見てみると容姿は一緒、身長も体型も同じ、しかもムサシは左利きでヤマトは右利きなので向かい合うとちょうどカガミを見ているようになる。
この世には自分と似ている人が3人居ると言うが、まさかこんなところで出くわすとは思わなかったようである。

「「いや〜、まさかオレ(私)のそっくりさんがこんなトコに居るとは思わなかったな。」」

互いを見合わせてしみじみと感想を述べる。
マナは二人をじっと見比べるが違いはほとんど無い。

「ホント、幼馴染の私でさえ見分けが着かないわ...」
「あの、貴方は?」
「私? 私は霧島マナ、コイツの幼馴染なの、よろしくね。」

第一印象は肝心なのか、ニコッと眩しい笑顔を見せるマナ。
それを見ていたムサシは 「あの笑顔に何人騙された事か」 と心の中で呟く。
瞬時にマナはギロッとムサシを睨みつける。 ムサシが何を考えているのかを察したようだ。 幼馴染とはかくも恐ろしい。
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン
ちょうど計ったかのようにチャイムが鳴り響く。

「おっと授業が始まっちまう、じゃあなヤマト!」
「じゃあね、ヤマト君。」
「あ...」

ヤマトが何か言おうとしたが、時すでに遅し。
二人の背中は小さくなって行き教室へと消えた。
だがヤマトは一つの背中しか視界に入っていなかった。
他のモノはアウト オブ 眼中。 無論ムサシも視界から外されている。

「...可憐だ...」

彼の目にはマナしか写っていなかった。
もちろん彼の頭には先程の 「じゃあね、ヤマト君。」 がリフレインされていた。










☆★☆★☆











「...という訳で、これがアイツとの出逢いだったんだ。」

ムサシはいつもと違う調子で話す。
暗く沈んで目の焦点が合っていない。
シンジとレイは初めて見るそんなムサシに戸惑いを覚えた。

「それからが大変だったのよ...」

今度はマナが話す。
心なしか疲れきった表情であった。
それ以後の話はこうだ。
翌日、と言うよりその日からヤマトの果敢なアタックは始まった。
休み時間はもちろん放課後の部活の時間、下校時、はたまた帰ってからも電話が鳴り響く。
はっきり言ってストーカー並であった。 さすがのマナもこれには参り、ノイローゼ気味になってしまった。
となると黙っていないのが幼馴染みのムサシとケイタでヤマトを注意した。
だがしかしヤマトの反論はこうであった。

「愛の為の行動に恥ずべき事は無い!
 愛する人の為に行う事は全て神聖なモノなのだ!!」

拳を握り締め、漢(おとこ)の顔で力説するヤマト。
ムサシとケイタはまるで頭をハンマーで殴られるようなショックを受け、ちょっとだけ感動した。

((あ、愛する人の為ならば、全て許される...のか))

だがそんな事を黙って見過ごすマナではない。
いきなりキレて辺り一面は地獄図へと変貌した。 犠牲者は3名で、それはもちろんムサシ、ケイタ、ヤマトだ。
カヲルはちょうどその騒ぎには関わらず遠くから見ているだけであった。

「恋愛というのは相手が居て初めて成立するものだよ。
 一方通行の愛なんて哀しいものさ...」

遠い目をしてボソリとカヲルは呟いた。
なにはともあれそれ以後はヤマトのストーカーまがいの行動は止まった。
とは言うもののアプローチは已然と続き、最後の最後には同じ野球部に入部してきたのだ。
その時点で何を言っても無駄だという事を悟り、それからはとても疲れる日々が続いたという。

しかし始まりが突然ならば終わりもまた突然である。
中二の夏を前にヤマトは故郷の香港へと帰っていった。
嵐は過ぎ去り、ようやく青い空が見え、平和な日常が戻ってきましたとさ。





...「という訳なのよ...はぁ...」

話し終わるとマナは深くため息を着く。
シンジはそんなマナを見て 「可哀想に」 と思ったがまだ聞きたい事があった。
ヤマト=リー=ストラスバーグの実力である。
次の対戦相手である総武台高校で、準決勝でもあるからどんな些細な事でも知っておきたいのが心境であった。
その事に関して答えたのはケイタであった。

「強いよ...正直言うと敵には回したくないヤツだね。
 中学時代はその時のムサシと同等かそれ以上...それからヤマトは異常にカンが鋭いんだ。」

その時のムサシ、マナ、ケイタの顔はいつに無く厳しいものであった。
それは準決勝が楽ではない事を示していた。





場所は移りシンジの部屋−−−
シンジはベットに寝っ転がり天井を見詰める。
だが見ているモノは天井ではなく、遠く離れたかつての親友達の姿だった。

「かつての仲間と闘うのか...ムサシとケイタはどう思っているんだろう?
 でも、僕だっていずれは同じ事に...その時はどうなるんだ?
 ...トウジ、ケンスケ...僕は...」

(いや、オマエは戻ってくるよ、絶対にな。 オレ達は信じている、オマエの事を)
(...待っとるからな...グラウンドで)


頭にはあの時の言葉が焼き付いている。
自分の事を心配してくれた親友達。 だが次に逢う時は敵同士になる。
ライバルとして自分の前に立ちはだかるのだ。
理屈では判っていても感情が納得しない。
遠い昔に交わした約束−−− 3人で甲子園に出場する夢。
だがそれを破ったのは他ならぬシンジ自身。

「トウジやケンスケはどう思うんだろう...」

いくら考えても今のシンジには答えが出なかった。










☆★☆★☆











「みんな集まれ!」

時は流れ、翌日の放課後の部活−−−
キャプテンのタツヤの掛け声がグラウンドを駆け抜け、部員達はタツヤの元へと集まる。
タツヤの横には顧問である加持も居た。 となると準決勝のスターティングメンバーの発表と期待は膨らむ。

「あー、これから準決勝のスターティングメンバーを発表する。」

予想は的中したが大幅な変更などある筈も無く、通常通りのメンバーが発表された。
だが上の空で発表を聞いている者が居た。

「五番、センター、榛名ムサシ!
 ...ん? ムサシ君は居ないのか?」

加持は部員達を見渡すがムサシはまだ気付かない。

「ムサシ、ムサシ。」
「ん...あ、ハイ!」

ケイタのフォローでようやく我に返り、慌てて返事をする。 今までに無かったことだ。

「よし、じゃあ六番...」

加持はそのまま続ける。 だがムサシの心はどこか遠くへ飛んで行った。
そんな変化をマナは見逃す筈も無く、帰り道でムサシに問いただしてみた。

「ムサシ、今日のアンタちょっと変よ。」
「ん? ...あ、ああ...」

ムサシは生返事しか出ない。
絶対に何かあったという結論に達するのだが思い当たる節は一つしかない。
そう、ヤマト=リー=ストラスバーグである。
その彼が次の準決勝で闘うのであればいつもと違うのは判らないでもない。
だがマナは何故かそれも違うように思えた。

(確かにムサシとヤマト君は中学の頃は張り合っていたわ...両方とも負けず嫌いだからね。
 実力的に見ればあの頃は互角だったけど...今は判らない。
 けどだからと言って今のムサシは絶対に変よ、明らかにヤマト君を意識している...まあライバルだと言ってしまえばそれまでだけど...)

一方のムサシはボーっと考え事をしながら歩いている。
顔は真っ直ぐ向いているのだが 「心ここに在らず」 なので壁に激突したり、溝にはまってしまりと、なんとも格好悪い。

「ちょ、ちょっとムサシ...」

マナの心配をよそにムサシはツカツカと歩いて行く。





「ただいま...」

ムサシは家に帰るなり部屋に閉じこもり、ベットに体を預けるようにして仰向けに寝っ転がる。
見えるモノは天井。 だが意識は昨日へと旅立つ...

「ようムサシ、オレだオレだ。」
「...ひょっとしてヤマトか?」

シンジにヤマトとの関わりを話した日の夜、いきなりそのヤマト本人から電話があった。

「それにしても良く判ったな、ウチの番号。」
「ああ、中学ン時の連絡網がまだあってな、捨ててなくて良かったぜ。」

電話の向こう側ではヤマトが連絡網をヒラヒラさせて遊んでいる。
余談ではあるがマナの電話番号は暗記していた。 まめに電話していた為に自然と覚えたのであろう。

「それにしても珍しいな、オマエがオレに電話するなんて。」

ムサシがもっともな事を聞くと、ヤマトは一気に真面目な口調で話す。

「だろうなムサシ...
 それよりも覚えているか、あの時の約束を。」
「ん? なんだそりゃ?」

いきなり問われても何も心当たりが無いのでムサシはしばし考える。
あの時あの時...と記憶を辿っていくと中学の時の事を思い浮かばせる。 なにしろヤマトとの関わりは中学時代しかないので当たり前である。
ヤマトとの出逢いから始まって、野球部での出来事を思い出す。
するとムサシの顔が一気に引き締まった。

「...どうやら思い出したみたいだな...」
「ちょっと待て、オレは関係無いぞ!
 第一アイツは...」

いつもらしからぬ調子のムサシ。
だがヤマトは続ける。

「関係無いとは言わせないぞムサシ。
 それに気付いているんだろう、マナさんの気持ちに...
 オマエは一番近いところに居るんだからな。」

ヤマトの言葉にムサシは黙り込む。
何も言葉が出ず、ただ焦りと苛立ちだけがムサシを襲う。

「まあいいさ、どっちにしたってこれでケリが着けられる。
 いいか、これは男の戦いだ! ...逃げるなよ、ムサシ。」
ガチャン! ツーツーツー...

受話器からは無機的な電子音が聞こえるがムサシには届いていない。
3年前、ヤマトに今と同じ事を問われ、当時のムサシは一笑した。
しかし今回はそんな想いは抱けなかった。
何度問い掛けても答えは出ない。
この時初めてムサシは自分の幼馴染みであるマナの事を意識した。

「マナ...」


第参拾九話  完

第四拾話を読む




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