「ただいま〜。」
「あ、とうさんだ。
 おかえりなさーい。」

玄関から聞こえる父親の声に反応して少年は迎えに行く。
トタトタトタ、とその後ろを蒼い髪の少女も着いて行く。
そんな自分の子供達を見て母親はそっと微笑む。

「おかえり、とうさん!」
「おかえりなさい...」
「ただいま、シンジ、レイ。」

父親のソウは迎えに来た我が子達の頭を軽く撫でる。

「カワイイお子さんですね。」

不意にソウの後ろから声がした。
誰かと思ってシンジは顔を上げ、レイはシンジの影に逃げるように隠れる。

「紹介するよ。
 オレの息子と娘、シンジとレイだ。
 でもってこちらのオジさんは...」
「ちょっと先輩、オレはそんな歳じゃありません!
 大学出たてなんですよ...」
「ハハハ、でもシンジとレイから見たら十分オジさんだろ。」
「おにいさん、って言って下さい!」

シンジはキョトンとして2人を黙って見ていた。
その時、何故だか知らないオジさん(笑)の顔が自分の父親に似ていると感じた。
どこが? と聞かれると答えられないのだが、敢えて言うのならば雰囲気が似ていた。
シンジに見られている事に気付いたのか、その者はシンジ達の目線の位置までしゃがんで自己紹介を始める。

「始めまして、シンジ君、レイちゃん。
 オレは槙村ヒデユキっていうんだ、よろしくね。」
「よ、よろしく...」

どこから見ても新入社員という姿をしている。
それもその筈で、今日付けを持ってソウの下に配属した新人刑事であった。
シンジはぎこちなく挨拶をし、レイもまた聞き取れないほどの小さな声でしゃべった。

「...オジさん誰?」

しっかりと聞こえたらしく、ピキッとヒデユキの笑顔が凍り付き、ソウの笑い声が玄関に響く。
その笑い声を聞きつけて、母親のユミがエプロン姿で現れる。

「おかえりなさい、アナタ。
 お客さまですか?」











大切な人への想い

第四拾参話 父親の影











「久しぶりだね、シンジ君。」
「槙村...さん...」

目の前に居る人物が誰なのか、シンジははっきりと思い出した。
ぱっと見は、くたびれた感じのスーツを身に着けた優男という感じがする。
しかしその風貌とは裏腹に、彼の能力は想像を絶する事をシンジは知っていた。
意外な人とこんな場所で再会できるとは思ってもいなく、言葉が出てこない。

「先ずは決勝進出おめでとう。」
「あ、ありがとうございます。」

それを遠巻きに見る第壱高校の仲間達。
ヒソヒソと噂話を始める。

「誰なんだ、あの人?」
「さあ...なんでもシンジの知り合いだって言うけど、それ以外はさっぱり...」
「シンジの親戚か?」

その中をシンジとヒデユキは話し続ける。

「あと一つで甲子園か...
 そう言えばお父さんの命日って先週だったよね。
 墓参りには行ったのかな?」
「え...いえ、まだ...」

ヒデユキの言葉に僅かに顔を曇らせる。
それに気付いたのはレイだけだった。

「そっか、甲子園に行けば墓参りもできるからその時にか。
 だったら次の試合も負けられないな、頑張れよ!」
「ハイ、ありがとうございます。」

表面上は笑顔で取り繕っているのだが、その心は曇り沈んで行く。
さすがに小さい頃の自分を知っている人なので、悟られてはマズイ、と思い会話を探す。

「そう言えば、どうしてここに?
 だって槙村さんは...」
「あ、その事か。
 先月に辞令があって、こっちで働く事になったんだ。」
「こっちって...第3新東京市、ですか?」
「ああ、そうだ。」

昔と変わらぬ笑顔を見せる。
ヒデユキはその言葉通り、先月まで関西の方に勤めていた。
シンジと始めてあったその日からである。

「ヒデユキ!」

突然ヒデユキを呼ぶ声がした。
そこに居た全員がそちらの方を向き、シンジもまた見る。

「あら、久しぶりねシンジ君。」

女性であった。 しかも美人である。
だがその人も見覚えがあった。

「まさか...野上サエコさん?」
「フフ、半分当たりね♪」

サエコはさっと左手をシンジに見せた。
その薬指に光り輝くリング。
鈍感なシンジでもそのぐらいは知っているのである。

「それってマリッジリングですよね。
 という事は...」
「そ♪
 今は槙村サエコよ。」

ニコニコと幸せを振り撒き、ヒデユキの隣に着いてから答える。
ヒデユキは照れ隠しに頭をボリボリと掻いている。
その2人を見ていたミサトが加持に肘鉄を食らわしたのはまた別のお話である。

「まさか結婚してたなんて...」
「ま、最近なんだがね。
 それにしても、あれからどのくらい経っていると思ってるんだ?
 何か変化があってもいいじゃないか。」
「確か...最後に会ったのは二年前ですからね。」

忘れる筈も無い。
妹と母親を一緒に亡くしてからである。
それでも表面上は平静を保っていた。

「ヒデユキ、そろそろ時間よ。」
「判ってるよサエコ。
 シンジ君、済まないが予定があってね...これ今の住所と電話番号。」

住所と電話番号が書かれている紙をシンジに渡す。
見慣れた筆跡と右上がりの癖は昔と変わらなかった。
更に見るとシンジの家から結構近い事が判った。

「近所に住んでいるんですね。」
「そうなの?
 だったら遊びにおいでよ、歓迎するから。」

笑顔を見せるサエコ。
彼女もその昔、シンジの父親のソウの下で働いていた事もあり、シンジを弟のように思っていた。
シンジ、ヒデユキ、サエコ。 この3人を結びつけるのは、シンジの父であるソウであった。
故に、嫌でも父親を思い出す。










...「碇先輩?」
「え? 綾波? どうしたの?」

物思いにふけっていたシンジをレイが現実の世界に引き戻す。
あれからシンジと一言二言交わしてヒデユキとサエコは帰っていった。
その後、野球部の面々は流れ解散となったのである。
今、シンジの周りにはレイの他はムサシ、マナ、カヲル、ケイタのいつものメンバーであった。

「も〜〜〜、どうしたのじゃないですよ!
 変ですよ、今の先輩。」
「そ、そうかな。
 ハハハハハ...」

なんとか取り繕うとしているのだが、顔に出てしまうタチでレイの心配を煽る。
原因は先程の来訪者である事は判っていたが、全く事情を知らないムサシが聞いてくる。

「それよりも槙村って人は一体どんな人なんだ?」
「...僕の父さんの部下だった人なんだ...」
「ふ〜ん。」

興味の無さそうな返事をするムサシ。
だがシンジにとっては、言うのを躊躇われた一言だった。
それを感じ取り、レイの表情も沈んで行く。

「...じゃ、僕はここで。」
「オウ、また明日な。」

逃げるような感じでシンジは別れ、それを見ていたレイは胸が詰まるのを感じていた。
シンジが見えなくなったのを確認すると、レイが今まで疑問に思っていた事をそこに居るムサシ達に聞いた。

「碇先輩のお父さんって...どんな方か知ってます?」
「あれ、綾波は知らないのか?
 ウチの高校の理事長だよ。
 ホラ、ヒゲ生やしてメガネかけてる人。」

答えたのはムサシだった。
マナもケイタもそれに頷く。
それに対してレイは苛立たしげに声を大にした。

「それは今のお父さんです!
 私が聞きたいのは...本当のお父さんの事です。」

語尾の方は消え入りそうなほど小さく、悲しい声だった。
ようやく何が言いたいのかが判ったムサシ達はお互いの顔を見合わる。
シンジの実の父親に関してお互いに確かめたのだが、誰も知らなかった。
それもその筈でシンジの本当の両親、特に過去については余程の事が無い限り触れないようにしていた。

「そう言えばオレ達...何も知らないな。
 シンジの家族や前住んでいた場所、仲間達...」
「やっぱりそうなんですか...」
「あ、でもシンジが甲子園を目指す理由なら知ってるよ。
 なんでも昔の親友に逢う為だそうだ...けどその親友がどんな人なのかは知らないけどね。」

ケイタが自分の知っている事を話す。
だが情報はそれだけでそれ以上、深い部分までは知らないと聞かされ、しゅんとレイの気がしぼんで行く。
そこに突然マナが思い出す。

「そうだ!!」
「な、なんだマナ!
 急に大声出すんじゃない!」

ムサシのすぐ近くにはマナが居たので大声を出すと当然ムサシが被害を受ける。
だが今はムサシよりもシンジの方が優先順位の高いレイがマナに聞いてくる。

「何か知ってるんですか?」
「ええ、シンジ君から聞いた事があるのよ...妹さんの事。」
「妹が居たんですか?」
「そう言えば僕も聞いた事がある。」

マナの言葉がきっかけになりカヲルもその事を思い出す。

「ええ、その妹さんの為に野球をやってたって。」
「妹さんの為に...」

レイは妹という言葉を反芻する。

「で、その妹さんの名前が...」

そこに居る全員がマナの言葉に神経を集中する。
マナはレイを真っ直ぐに見て、覚悟を決めてその名前を綴る。

「...レイ。」










☆★☆★☆











ブロロロ...
夜の道路を一台の車が走り続ける。
運転席にはヒデユキが、助手席にはサエコが乗っていた。

「やっと済んだわね。
 こんな時間になるなんて思わなかったのに。」
「ハハハ、まさか結婚してからまだ4ヶ月しか経ってないのに、子供の事を聞かれるとは思わなかったよ。」

ヒデユキは目を細めて今が幸せである事を実感する。
横に座っているサエコもまた、そんな夫の顔を見て微笑む。
だが夫婦と言うモノはなんでもお見通しなのか、ヒデユキが何か隠している事を見抜いていた。

「で、アナタは何をやってたの?
 他にも用があってお父様に会ったんじゃなかったの?」
「さて...何の事か判らないな...」

あくまでもシラを切ろうとするヒデユキ。
だがサエコの無言の圧力と、何もかもお見通しよ、と言わんばかりの視線にあえなく降参する。

「ゴメン、黙ってて悪かったよ。
 カバンの中にある書類がそうなんだ。」
「これの事?」

カバンから封筒を取り出して見せた。
何も書かれていないA4サイズの封筒である。
だが重要な物らしく、勝手に開かないように封がされていた。

「開けてもいい?」
「う〜〜〜ん...ま、いいかな。
 けど他言無用。」
「ありがと。」

一瞬躊躇われたが見たいという好奇心が勝ち、問われたヒデユキはしばらくの間考え、その末にOKを出す。
ガサガサとサエコは中の書類に目を通す。
だがその内容に驚いた。

「ちょっとこれなんなのよ!
 アナタこんな事を調べたの?」

刑事という職業の正義感から問い詰める。
一方のヒデユキは先程までの笑顔を消し、暗闇の中に真っ直ぐ伸びる道を見据え、短く答える。
書類にはシンジの今の保護者である碇ゲンドウとユイの事が、事細かく書かれていた。

「そうだ。」
「アナタ...!
 こんな事シンジ君が知ったら、なんて思うのかしらね!」

軽蔑を篭めて吐き捨てる。
まさか自分の夫がプライバシーに関わる事まで調べ上げていたとは思ってもいなく、裏切られたような感じがしたのだ。
だがヒデユキは毅然とした口調で続ける。

「多分軽蔑するだろうな...
 だがシンジ君はあの人の忘れ形見だ。
 あれから二年が過ぎ、何故今年になって現れたのか...それが気になってな。」
「それはそうだけど...けどこれはやり過ぎよ!」

サエコは向きもしないで答えるヒデユキに苛立つ。
しばらく沈黙が続き、やがて車はハザードランプを点滅させて脇に止まった。
そして静かにヒデユキは妻であるサエコに話す。

「...シンジ君を引き取ろうと思っている...」










ボフ!

その同時刻、レイはベットの上に勢い良く寝っ転がった。
帰り道でマナ達から聞いたシンジの過去を考えていた。
しかし考えれば考えるほど判らなくなる。
情報量が足りなさ過ぎなのだ。

「碇先輩の過去...
 先輩はあの時 (行き所の無い怒りと哀しみ、どうしようもない孤独と拒絶) そう言ってた。
 ...碇先輩の妹...
 私と同じ名前の女の子...偶然?」

胸が締め付けられる。
好きな人の過去を知りたい。 そして力になってあげたい。 そう思っていた。
それを思えば自然と鍵を握る人物が思い浮かんでくる。

「槙村...
 先輩のお父さんの部下だった人...そして先輩の過去を知る人...」

自分の好きな人を想いながら、窓から見える夏の星空を眺めていた。










「父さん...」

同じ夏の星空の下で、シンジは最早会うことは叶わぬ父親の写真を見る。
ソウはシンジが10歳の時にこの世を去った。
故にその写真は7年前のモノで所々に傷が見える。
無邪気に笑いながら妹のレイと一緒に父親とジャレ合っている自分が写っていた。
一番幸せだった頃の記憶−−− しかし最近はそれを思い出さなくなっていた。

「...ゴメンね...」

シンジは家族の事を忘れていた自分を責める。










槙村ヒデユキ−−−
彼の来訪によりサイは投げられた。
過去を知るモノ、過去を知ろうとするモノ、そして過去を背負うモノ。
それぞれが決意を胸に秘め、動き始める。
大切な人を想うが故に...



第四拾参話  完

第四拾四話を読む


sugiさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system