レイはヒデユキの横を不思議そうに歩いていた。
優しいお兄さんという感じなのだが何もしゃべらない。
一方のヒデユキもまた不思議な感じがした。
あまりにも似ている容姿に驚くどころか懐かしい感じさえしていた。
二人は会話らしい会話一つせず、ただ時間だけが過ぎていった。

「...槙村さんは、シンジさんが小さい頃から知っているんですよね。」

レイは沈黙に耐えかね、知りたい事を聞く。

「ああ、小学校の3年生の時に初めて逢ったんだ。
 それ以来ずっとね...」

ヒデユキはさほど驚いたりもせず答える。

「シンジさんってどんな人だったんですか?
 ...私はこっちに来てからのシンジさんしか知らない...」

視線をヒデユキから逸らせ、すねた感じで言う。

「ん〜そうだね。
 逆に聞くけど、こっちに来てからのシンジ君はどうだい?」
「とても優しくて強い人...」

本当は弱さも知っていたが言わなかった。
自分だけが知っているシンジだからかもしれない。

「そう、同じだよ。
 あの頃のシンジ君も強くて優しい男の子だよ。
 ...妹想いのね。」

予想通りの質問だったのでヒデユキは含みを持たせて答えた。
シンジの過去で切っては切れない存在である妹。
そしてこれからその存在になるであろうレイを試していた。
レイもまた妹という存在、シンジの妹に対する想いも知っていた。

「...知っています、私と同じ名前なんですよね。
 髪と目の色以外、私とうりふたつの...」
「キミは知っていたのか?」

その言葉にヒデユキは驚いた。
妹の存在は知っていても容姿までは知らない筈と思っていた。

「ひょっとして叔父さんか叔母さんから聞いたのかい?」

それならあり得る話だと思った。
だがレイの答えは更にヒデユキを驚愕させた。

「シンジさんからです。
 ...話してくれました。」

思い出しただけでも辛くなったがレイは下唇を噛みながら堪えた。

「...見せてくれたんです、二人の写真。
 とても仲の良い兄妹でした...」











大切な人への想い

第四拾七話 人を愛する覚悟











「いってきます!」

昨日までとは打って変わり、シンジは元気良く飛び出していく。
ユイは嬉しそうに見送り、ゲンドウは朝刊に目を向けて相変わらずだった。

「心配はいらんようだな。」
「支えてくれる人ができましたからね。」

笑顔で急須でお茶を煎れ、ゲンドウに渡す。
だがそれも束の間で、複雑な顔に変わった。

「...シンジ君にとって 『レイちゃん』 の存在は大きいんですかね。」

ユイの言う 「レイ」 とは無論、妹のレイである。

「そうだろうな。
 シンジにとって初めての護るべき存在だ。
 綾波レイ君には感謝のしようもない。」

ゲンドウはお茶をすすりながら答える。
だが湯のみを置くとユイの声のトーンが落ちた。

「ですがまた何もできなかった。
 彼が怒るのも無理ないですね...」
「...槙村君か...」

かつてシンジの後見役として争ったのを思い出す。
あれだけ大口を叩いていながら自分達は何もしていない。
その自責の念がユイを苦しめる。

「あの人が言ったように、私はただシンジ君が欲しかっただけなのかもしれない...」
「それは違うぞ、ユイ。
 シンジがここに来たから綾波君とも出逢えた。
 そうも考えられんか?」

ゲンドウが慰めるように諭す。
だがユイは犯した罪の重さに耐えきれない。

「ですがあそこにはまだ残っていたんですよ。
 夢もお友達も...あのコも...」
「それも一つの可能性だ。
 何が正しくて、何が間違っているかは誰にも判らん。
 それにシンジは彼女を恨んで...」
「それは違います!!」

ユイは大声で否定した。

「違います...
 失ったモノが大きすぎたから、そう思い込もうとしただけなんです。
 本当は...」

涙が零れ落ちるがユイはそれを拭い去ろうとはしない。










☆★☆★☆











「オッハヨ、リツコ!」

ミサトが元気良く科学準備室のドアを開ける。
ドアの前には 「関係者以外立ち入り禁止」 と書かれているが、そんなモノはお構いナシである。

「あ...葛城先生、おはようございます...」
「マヤちゃん?
 な、なんでここに???」

だがリツコではなく中に居たのはマヤだった。
ついさっきまで寝ていたのか半眼を擦りながら挨拶をする。
ちょっと寝癖が着いているのはご愛嬌というところで。



...「じゃあマヤちゃんはリツコのお手伝いをしてたの?」
「そうなんですよ、昨日の夜遅くに先輩から電話が入って...ふぁぁ...」

説明が終わると大きく口を開けてあくびをする。
ミサトが部屋を見渡すとMAGIが音を立てて稼動中であり、それに繋がる端末も点いたままであった。
そこから察するに徹夜と言う事である。
とそこにリツコが戻ってきた。

「あらミサト、来たのね。」

こちらも徹夜が効いていたのか、ちょっと元気が無い。

「まっさかマヤちゃんにまで頼むなんて...
 そんなに大変だったの?」
「とにかくそこにあるのが全てよ。」

顔を机に向ける。
その上には冷めきったコーヒーと一緒にプリントアウトされた資料がまとめられていた。
ミサトはそれを見付けるなり目を通す。

「さっすがリツコね、どれどれ...
 シンジ君のお父さんは野上...あ、槙村サエコね。
 彼女が追ってきた事件に巻き込まれた...と。
 その事件でシンジ君のお父さんが殉職し、それを解決したのが槙村ヒデユキ。
 ...なんだかすごい関係ね...って、ここで切れてるけど?」
「言った筈よ、そこにあるのが全てだって。」

悔しそうに吐き捨てる。
ミサトの言う通り、資料の最後の方は何故か途切れていた。

「赤木リツコともあろう者が...
 向こうの方が上だって事なの?」
「認めたくはないけど、事実は事実ね。
 セキュリティが厳しくてそれ以上はダメ、MAGIを持ってしても破れない防壁なんて初めて見たわ...」

コーヒーメーカーから温かいコーヒーを炒れ直す。
湯気を立てて温かい液体がネコのマーキングが入ったカップに満たされる。
リツコはそれに砂糖を入れずそのまま口に含んだ。

「ネット自体には入れたんですが、アクセスレベルを上げた途端に見付かってしまったんです。
 それでその程度のデータしか...」

リツコの代わりにマヤが答える。
こっちは砂糖を2つとミルクを入れる。

「謎は深まるばかりか...」

ミサトが呟く。
だが気分転換に窓の外に視線を送らせると、あっという間にそこら辺の事はぶっ飛び、窓に顔を擦り付けるようにへばりついた。

「コ、コココ...」
「どうしたのミサト、ニワトリじゃあるまいし。」

リツコはこれ以上付き合いきれん、と言った表情でコーヒーをすする。

「これを驚かずにいられるかぁ!!」

嬉々迫る表情で窓の外を見るとシンジとレイがちょうど登校しているところだった。










☆★☆★☆











時間はちょっとだけ戻る。
シンジは野球部の朝練に出る為に早く家を出た。

「おはようございますシンジさん!」
「おはよう、綾波。」

思い出深いT字路。
どちらが言ったかは判らないが二人はここで一緒になる。

「もう大丈夫なんですか?」

すぐ横を歩くレイが控えめに聞いてくる。

「ありがと、心配してくれて。
 でももう大丈夫だよ...綾波のお陰だね...」

シンジは恥ずかしいのかレイを真っ直ぐに見れなかった。
だがその言葉はハッキリと伝える事ができた。

「そ、そんな...」

レイの顔は真っ赤に染まった。
長く伸びる歩道を二人並んで歩き、夏の暑い日にも拘わらず、ピッタリと寄り添う。
時折、腕が当たって慌てて離れようとするが何故だかできない。
半袖のシャツから伸びるシンジの腕をジッと見るレイ。
それに気付いたシンジが聞いてきた。

「どうしたの綾波?」
「...手...つないでもいいですか?」

レイは顔を向けていられなかった。
勇気を出して言った事を察したのか、シンジは前を向いたままレイの手を取る。
自分よりも小さくて柔らかかった。
それを壊さないように優しく包み込んだ。
生きているという温もりを感じ、それだけで幸せな気がした。
レイもまた自分より大きい手に包まれると、最初は驚いたがギュッと握り返す。
恥ずかしかったけれど嬉しくもあり、顔が綻ぶ。
今の通学路は人通りもまばらだったお陰で、二人はそのまま校門をくぐった。

「ぬっふっふっふっふ〜〜〜〜〜
 シ〜ンちゃ〜ん。」

不意に背後から聞こえてくる声。
誰だかは判ってたのだが、確かめずにはいられない。
無視してそのまま通り過ぎようならば何をされるか判ったモノではないからだ。

「お、おはようございます、ミサト先生...うわぁ?!」

恐る恐る振り返るシンジが見たモノは肩で大きく息をするミサトだった。
だがその目だけは衰える事を知らないようで、異様な光を放っていた。
怯えるレイを護るようにしてシンジは前に出る。

「どうしたんですか、そんなに息を切らせて...」
「シンちゃんもやっと女の子の手を繋げるようになるなんて、オネーさん感動しちゃったわ。
 やっぱり昨日、何かあったのかな?」

ズズズっと詰め寄るミサトに押され、レイはシンジの背中で小さくなる。
自分の護らなければならない人が後ろに居る。
以前にも似た光景であり、シンジには覚えがあった。
そこにチャ〜ンスとばかりに一気に畳み込もうとするミサトに対し、シンジが待ったをかける。

「やめてください、ミサト先生。
 困ってるじゃないですか。」
「あ〜ら、さっすが男の子。
 好きな女の子を守らなくっちゃね。」

ミサトはただからかっただけなのかもしれない。
いや、絶対にそうに違いない。
だって彼女の目を見れば明らかだったから。
だがシンジにはそうは聞こえなかった。
毅然とした顔を見せ、真正面にいたミサトですらドキッとする顔で言った。

「当たり前です!
 綾波は僕が護ります!」
「「...シンジさん(君)?」」

レイとミサトは驚いた。
色恋沙汰になるとからっきしの少年がいつの間にか男の目をしていた。
それは過去に護れなかった人の為なのか、あるいは支えてくれる人の為なのか。
それはともかくとして、レイはシンジの背中に頬を着けてうっとりとした。
そして昨日開催された賭けに勝ったミサトの財布は潤ったと言う。










☆★☆★☆











警視庁の電算室でサエコが一心不乱に端末を叩き続ける。
いつもとは違ってメガネを掛けた顔はどことなく知的な雰囲気をかもし出す。
その背後のドアがガチャっと開いた。

「まったく精が出るなサエコ。
 帰りを待つ夫の身にもなってくれよ。」
「ごめんなさい、昨日はちょっと手が離せなかったの。」

現れた夫のヒデユキに手を休めて答える。
仕事の顔は消え、女の顔になった。

「ハイ、お疲れ様。」

ヒデユキは持ってきた温かいコーヒーを手渡し、サエコは嬉しそうに受け取る。
口に含むと独特の苦味が広がり目が覚める。

「やっぱり歳なのかしら。
 徹夜は堪えるわ...」

夫にだけ見せる弱い自分。
サエコは甘えるようにヒデユキに寄り掛かった。
ちなみにサエコもヒデユキも、ミサト達と同じ30歳である。

「済まないなサエコ、キミにまで働かせてしまって...
 けど徹夜をするなんて思わなかったな。」

いたわるように妻を抱き寄せる。
サエコはヒデユキの胸の中で温もりを感じ、静かに目を閉じる。

「...昨日、ハッキングを受けたわ。
 徹夜の理由はそれ。」

何事もなかったようにさらりと言う。
ヒデユキもさほど驚きはしなかった。

「何処の誰かは判らなかったけど...」
「彼ら、だろ...第壱高校のMAGIシステム。
 オレのところにも現れたよ。
 ...恐らくはゲンドウ氏の依頼で動いていると思うんだが、個人的な考えもあるかもな。」

昨日の加持との一件を打ち明ける。
だがサエコも驚いた様子は無かった。

「そうね、シンジ君にも好意的だから心配になったのね。」
「加持リョウジ、葛城ミサト、赤木リツコ...教師としても優秀だけど、それ以外の面でもかなりの力を持っている。
 その内の二人を相手にするキミが心配だよ。」
「あら、私を信じてくれないの?
 ...きっと大丈夫ですよ。
 私達に解決できなかった事件なんて今まで一つも無いんですから。」

ヒデユキを励ます。
支え、支えてもらって今まで二人でやってきた。
その自分達を信じているから一緒になった。

「ゴメン、そうだよな。
 頼りにしてるよ、パートナー。」

ヒデユキは優しく語り掛け、そして唇を重ねた。










☆★☆★☆











カキーン!!
「オラ、声出していけ!!」
「「「ハイ!!」」」

野球グラウンドでキャプテンのタツヤの声に部員が応える。
決勝も間近、心配していたエースも戻ってきたお陰で、野球部の士気は天を突くような勢いで上がっていた。
一方、シンジとカヲルも投球練習に精を出していた。

ビッ!...スパーン!

シンジの調子も絶好調とは行かないモノの着実に調子を上げている。
それを見ていた監督の加持が腕組みをして考える。
と、そこに汗を拭いて休憩していたヨウスケが聞いてきた。

「あれ、監督どうしたんスか?」
「スターティングメンバーでな...この調子ならシンジ君が決勝に間に合いそうだからな。」

ピッチャーの連投というモノは高校野球では珍しくも無い。
相手校との実力も均衡しているので本音では出したいとも思っている。
しかも1週間も空いているし、懸念していたシンジの調子も直った。
だがその考えとは裏腹に、加持はまだ油断できない状況にあると睨んでいた。
その理由がマネージャーの仕事をこなす傍らに、心配そうにシンジを見ているレイであった。
そしてその背後に忍び寄る影。

「どうしたのレイ、ボーっとしちゃって?」
「ひゃぁ!?」

気配を消して音も無く近づいていきなり声を掛けるマナ。

「マナ先輩、驚かさないでくださいよ。」
「ごめんなさい。
 あまりにも熱心にシンジ君を見てたからちょっとね。
 やっぱり昨日、何かあったの?」

悪戯っぽくウインクする。
そんなマナとは対照的に沈んで行くレイ。

「...心配なんです。」

レイは昨日の事、ヒデユキと話した事を思い出す。










レイの家までの帰り道、月明かりと電柱にある外灯の明かりが二人を照らす。

「そうか...シンジ君はキミに話したのか。」

ヒデユキの言葉にレイは黙って頷く。
その漆黒の瞳には迷いは無く、ヒデユキにはレイがシンジを受け入れた事が判った。
だが一人の女の子にシンジの過去の総てを受け入れられるのか、そんな疑問が浮かび上がった。

「...一つ聞いて良いかな?
 キミはシンジ君が話してくれた、と言ったが一体何処まで知っているんだ?」
「何処までって...どういう意味ですか?」

家族を失った、妹に対する想い、それがシンジの過去。
だがヒデユキはそれ以外に知っている。 そんな口ぶりに思え、今のヒデユキに警戒心を持った。
一方のヒデユキの笑顔は消え、仕事の顔になっていた。
その事に気付いたのは、レイが後ろに少し下がった時だった。

「ゴメンゴメン、顔に出ちゃったみたいだね。
 ちょっと質問を変えるよ、キミはシンジ君をどう想っているだい?」

何処と無くシンジの笑顔に似ていた。
それを見て幾分警戒心が薄れたのかレイは答える。

「す、好きです...」
「それは同じ仲間や先輩としてではなくて...」
「ハイ、私はシンジさんを愛してます。」

レイは自分の想いをハッキリと口にした。
自分が恋するただの乙女では無く、愛する人を支えられる強さを持っている事を伝えたかった。

(第一関門は突破というところか...)

ヒデユキはそう結論付けると、更なる試練を与える。

「キミは愛していると言ったが、愛とはどういうモノか知っているのか?」
「...何故そんな事を聞くんですか?
 私には槙村さんの言っている意味が判りません。」

ヒデユキの言葉にカチンときて、声を荒立てる。
レイにはヒデユキの意図が掴めなかった。
それどころか、自分がまだ子供だと言っているように思えた。

「同情や憐れみではシンジ君を救えない、という事さ。
 キミが思っている以上に、人を愛するのは大変なんだ。」

過去に自分の恩師を巻き込み、死に至らせた張本人であるサエコ。
その彼女を受け入れた経験から話す。

「...私にはシンジさんを愛せない、そう言いたいんですか...」
「そうではない、キミはまだシンジ君を知らなさ過ぎる。
 優しさや強さだけがシンジ君の総てではないんだ。」
「判ってます!
 シンジさんが本当は弱い人だって知ってます!」

シンジについて何も知らない。
レイはそう思われるのが嫌だった。
だがヒデユキが伝えようとしている事は違った。

「そうだ。
 そして卑劣な部分もある。」
「え...?」

ヒデユキの口から出た言葉に絶句する。

「...シンジさんにそんな部分があるんですか?」
「ま、シンジ君はキミが思っているほど立派じゃないって事だ。」
「ウソです! シンジさんは立派な人です!!
 シンジさんが居たからみんなは今まで頑張れたんですよ!」

自分の信じている最愛の人を卑下にされるのが我慢できなかった。
だがその時点でヒデユキはシンジがレイに総てを話していない事を確信した。

「榛名先輩や東先輩、キャプテンや望月先輩や麻生先輩だけだった頃は、夢は夢でしかなかった...
 榊先輩や渚先輩はシンジさんが居たから入部したって聞きます。
 フジオ君だってシンジさんのお陰で立ち直れた...
 なんで...どうしてそんな事を言うんですか!?」

気が付くとレイは泣いていた。
それでも毅然とした態度で立ち向かう。
ヒデユキはそれを真っ直ぐに受け止め、そしてレイに告げる。

「ならば甲子園に行け!
 そこに総てが在る!」
「!...シンジさんの昔の親友ですか?」
「それだけではない。
 誰よりもシンジ君の帰りを待っている人がそこに居る!」
「!」

レイは何も言えず、ただ呆然と立ち尽くす。
シンジの帰りを待つ−−−
それはシンジの帰る場所が自分ではないと言っていた。
それでもなんとか唇を動かしてヒデユキに問う。

「だ、誰、なんですか...?
 待ってる人って一体...誰も...ううん、シンジさんも話してくれなかった...」

声が震えていた。
シンジが自分を受け入れてくれたのに、総てを話してくれた訳ではなかった。
例えようの無い不安が襲ってくる。

「シンジ君の幼馴染みだ。
 そして誰よりも...妹のレイちゃんよりも、シンジ君を理解している女の子だ。」

ガチガチと歯を鳴らし、握り締めた手に汗が滲む。
自分の信じていたモノが音を立てて崩れる感じがした。
それでもなおヒデユキは続ける。

「怖いかい?
 誰にも話せない、話したくない事...人は誰だって持っているんだ。
 だがそれでもなおシンジ君はキミに頼ろうとしている。
 もう一度聞こう...」

最早レイはヒデユキの顔を見れず、つま先に視線を落として愕然とした顔で立ち尽くしていた。

「それでもキミは、シンジ君を愛せるか?」

ドクンとレイの心臓が高鳴る。
崩れていった心の破片、信じられるモノを探し出そうとする。
だが小石の中から珠を見出すように、それは中々見付からない。
自分は人一人愛せないのかと不安に駆られ、答えを見付けられず、あても無くさまよい続ける。

(このコには無理だったか...)

期待していた分だけ落胆も大きかった。
中途半端な想いがシンジにも、目の前で震えているレイにとっても良い方向に動く筈が無い。
悪いとは思っていたがこれ以上シンジの傍に置いておく訳にもいかなかった。
一方レイは固く目を閉じ、唇を噛み締め、答えを探し彷徨う。
記憶の中から最愛の人の笑顔を思い浮かべても、総てを話してくれもしなかった人を信じられなかった。
体から力が抜けて行き、壁に背中を着けて寄り掛かる。

(私にはシンジさんを、愛せない...?)

今までのあふれるようなシンジへの想いが、信じる心の破片すら薄れて行く。
様々な表情を見せていた顔は凍り付き、病的なまでの白に染まる。
そしてそのままズルズルと背中を滑らせ地面にへたり込み、答えを求めて暗闇に閉ざされた出口の無い迷路をさ迷う。

(私は...)




















(私、碇先輩の事が好きになりました)











だが自分の胸の中で微かに息づく想いがあるのに気が付いた。










(ホントは唇にしたかったんですが...
 やっぱり本当のキスだけは先輩からして欲しいんでほっぺにしました)











それは初めて感じた大切な気持ち。










(ま、強いて言えば私の事を好きになって欲しいからかな?)











自分の愛する人への真っ直ぐな想い。










(大好きです、碇先輩)





















世界中の人が否定しようとも、たとえ愛する人が否定しようとも、自分が見失わない限りそれだけは真実である。

(見付けた...)

他人にではなく、自分の中に求めていた答えはあった。
レイの四肢に力が戻り、黒い瞳には希望の光が満ち溢れる。
そして立ち上がり、声の限りに叫ぶ。

「私は碇シンジを愛しています!!」




















―――それこそが、大切な人への想い―――




















☆★☆★☆











「ただいま!」

神社での特訓も終わり、シンジが碇家に帰ってきた。

「おかえりなさい、シンジ君。
 お風呂沸いてるから。」

ユイは笑顔で玄関で迎える。
シンジは礼を言ってからその脇をすり抜け、風呂に向かった。
さっと汗を流してから湯船に浸かると、その日の疲れもふっ飛んでしまう。

「風呂は命の洗濯か。
 ミサト先生の言う通りだな。」

シンジはゆっくりと時間を掛けて疲れを取る。
風呂から出るとTシャツと短パンに着替え、リビングに向かった。
そこではゲンドウとユイがくつろいでおり、シンジの姿を見付けたユイがキッチンに向かう。

「待っててね、何か冷たいモノを出すから。」
「ありがとうございます。」

軽くストレッチをして体をほぐす。
その傍らではテレビがその日の出来事を一方的に伝えていた。
と、ここまではいつもの日課なのだが、あるニュースが伝えられた時、シンジの動きが止まった。

<この兵庫県ではなんと全国に先駆け、甲子園に一番に名乗りを上げた学校が現れました!
 その学校の名は去年の覇者でもある東雲高校です!!>



第四拾七話  完

第四拾八話を読む





後書き

ようやくシンジとレイの曖昧な関係も終わりを告げ、取り敢えずシンジ編の前半が終了です。
最近めっきり暗くなってしまったお話にも拘わらず、感想メールを送って頂いた方には感謝の言葉もありません。
しっかし相変わらず引っ張りすぎかな? って思うほど隠している部分が多いですな...特に 「あのコ」
ですがまだまだ引っ張ります(笑) なんと言っても最大の伏線ですから。
連載当初から張っていた伏線が今になってやっと活かせる段階にきたから早く出したくてウズウズしますね。
なんにしても、あともう少しなのでお待ち下さい。

でわでわ...



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