コン!

5回の表、柏陵の攻撃はランナーを一塁において、七番バッターが送りバントを決めて二塁に進む。
またしても得点圏にランナーが出てしまい、フジオは精神的に追い詰められ、スタミナにも限界が見え始めてきた。

(...クソ...!)

ベースからのリードを広げるランナーにフジオは肩で息をしながら苛立つ。
そして苛立ちは次第に冷静さを欠いてしまう。

ザザ!

フジオは振り向きざまに二塁に牽制を投げた。
そして絶妙なタイミングでショートのケイタが牽制球を受ける...筈だった。

「どこ投げてんだ!」

センターのリュウスケが叫んだ。
ボールは頭上を越え、外野の自分の方へ転がってきた。
チッ、と舌打ちをしてボールを拾う。
そして投げようとした頃には既にランナーは三塁に入っていた。





5回の表、1アウト、ランナー三塁。
柏陵は2点差を縮めるチャンスを手に入れた。











大切な人への想い

第伍拾弐話 目醒める刻











「...一体どこ行っちゃったのよ?」

ミサトは追い出されるように病室を出たシンジ探す。
そしてそのシンジを説得し、レイとの約束通り決勝に連れて行かねばならない。
しかし肝心のシンジが依然として見付からなかった。
ミサトは当ても無く彷徨い、二人組みの看護婦とすれちがった。

「...ねえ、今の高校生見た?」
「なんかこの世の終わりだ、って顔してたよね。
 どうしちゃったのかしら?」

看護婦は小声で話していたにも拘わらず、ミサトは聞き逃さなかった。

「ね、ねえ看護婦さん!
 今の話って...」

ミサトは詳しく聞き出す。

「...ええ、男の子で...背は結構高かったですね。」
「シンジ君!?
 そ、そのコどこ行ったか判ります?」
「すぐそこの階段を登って行きましたが...」
「ありがと!」

聞くや否やミサトは看護婦の指した階段を駆け登った。
そして屋上への扉を開くと夏の暑い日差しが先ず襲ってきた。
突然の眩しさの為、あまり見えない。

「シンジ君、居る?」

声を掛けるが返事はなかった。
一瞬カンが外れたかと思ったが、壁を叩く音が聞こえた。

「ちょっとシンジ君!」

壁を叩く音は素手で殴りかかっていたシンジの拳の音だった。
大切な右の拳からは血が滲み出ているにも拘わらず、シンジの顔は変わらない。

「何してんの、大事な右手を!」

ミサトは慌てて駆け寄り、シンジの手を診る。
だがシンジの自虐的な声を聞いた瞬間、ゾッとした。

「クッ、ハハハ...
 おかしいですよミサト先生。
 痛くないんですよ、血が出てるのに...」

シンジは糸が切れたように崩れていく。

「自分の痛みも感じない...だから平気で綾波を傷付けられる...
 父さんも母さんも...妹の死ですら平気で忘れられる!
 槙村さんに思い出させられるまで忘れていたんだ!!
 ...最低だ、僕は...」
「シ、シンジ君...」

変わり果てたシンジを見てミサトは愕然とした。
だがここで逃げる訳にはいかなかった。
レイの為、仲間達の為、シンジを絶えず心配するユイとヒデユキの為、そして総てを知ってしまった事実の為、ミサトはシンジの心に踏み込んだ。










☆★☆★☆











「ボール!」
「チッ!」

フジオのコントロールが定まらず、カウントは追い詰められる。
更に三塁ランナーが気になり、冷静さが薄れる。

(カウントをなんとか稼がないと...やはりここは)

焦りから自分の最も得意とするボールを選んでしまう。
そしてそれは読まれていた。

ガキン!

狙いすましたようなピッチャー返しを打たれた。
三塁ランナーはスタートを切る。

「マズイ、戻れヒロタ!」
「え?」

見ると内野の要であるショートのケイタが横っ飛びで打球に食らい着いていた。
ホームを目指していたヒロタは慌ててUターンして三塁に走る。
そしてヘッドスライディングで戻った時、聞いた言葉は...

「アウト!」
「ウソ...」

見ればベースには達しておらず、目の前でボールの入ったグラブを叩きつけたタツヤがいた。

「ナイス、ケイタ!」

タツヤの掛け声にケイタはグラブを上げて答え、ピンチを切り抜けたフジオはホッと胸を撫で下ろした。

味方の活躍により、2アウト、ランナー一塁。
そして九番をサードゴロに打ち取り、第壱高校は危なげながらも5回の表を守りきった。










☆★☆★☆











「さ、行くわよ。
 ...決勝へ。」

小さくうずくまるシンジにミサトは毅然とした態度で話す。
だがなんの反応もしないシンジ。
ミサトは身体を向ける。

「急ぐわよ...シンジ君。」

膝を抱えたままうずくまるシンジにミサトは諭す。

「ここから逃げるのか、グラウンドに行くのか、どっちかにしなさい!」

依然シンジはなにもしゃべらず、ミサトは苛立つ。

「このまま何もしない気なの?」
「...助けて...
 助けてよ、レイ...」
「こんな時だけ女の子にすがって、逃げて、ごまかして!
 中途半端が一番悪いわよ!」

更にうずくまるシンジの手を強引に掴んで引っ張り起こす。

「さあ、立って!!」
「もう嫌だ...何もしたくない...」
「なに甘ったれた事言ってんのよ!」

ダランと力の無い人形のようなシンジを更に引き上げる。

「情けないと思わないの?
 とっくに試合は始まってんのよ!
 みんなのところに行きなさい!!」
「...じゃないか...」
「???」

微かにしゃべったシンジの言葉が聞こえなかった。
そして次に瞬間、シンジが叫ぶ。

「だったら連れて行けばいいじゃないか!
 ミサト先生の手で、情けない僕を!!」
「ふざけんじゃないわよ!!」
ダン!

自棄になるシンジにミサトは逃げ道を塞ぐ。
今という現実から逃がさない為に、壁に寄り掛かるシンジの左右に手を当てた。

「いい、シンジ君。
 ここから先はすべて一人で決めなさい!」

壁に着いた両手に力が入る。
教師と生徒という関係ではなく、自分と対等な一人の人間としてシンジに接する。
だがシンジは真剣な眼差しのミサトを見れず、うつむく。

「...僕はダメだ。
 ダメなんですよ...護れず、大切な人を傷つけてまで投げるなんて...そんな資格ないんだ。
 レイを護りきれず、綾波にも危険な目に遭わせた...
 優しさなんか欠片もない!
 僕には人を傷つける事しかできないんだ...!
 だったら何もしない方がいい!!」

思いの丈をしゃべりきるとシンジは肩を震わせ嗚咽する。
だがミサトは動じなかった。

「同情なんかしないわよ。
 自分が傷つくのがイヤだったら何もせず、死になさい。」
「...ク...!」
「今、泣いていたって何もならないでしょう!」

掛けて欲しい言葉ではなく、ミサトの厳しさにシンジの目から涙が流れ落ちた。
そして嗚咽するだけのシンジに、ミサトはフッと物悲しい、哀れむような表情を向ける。

「自分が嫌いなのね...だから人も傷つける。
 自分が傷つくより、人を傷つけた方が心が痛いことを知っているから。
 でもどんな思いが待っていても、それはアナタが決めた事だわ。
 価値のある事なのよ、誤魔化さずに、自分のできる事を考え、償いは自分でやりなさい。」

ミサトはシンジに諭し続けた。
だがシンジは泣きながら反論する。

「...ミサトさんだって...
 他人のくせに!
 何も判ってないくせに!」
「他人だからどうだってのよ!!」
「!」

シンジはミサトの激昂に泣くのをやめて驚愕した。
ミサトはそのままシンジの両頬を押さえ、自分の目ををしっかりと見させる。

「アンタ、このままやめるつもり!?
 今ここで何もしなかったら、私、許さないからね。
 一生アンタを許さないからね!」

初めて見たミサトの純粋な怒りにシンジはただ呆然とする。

「レイちゃんがどんな想いでシンジ君を怒ったと思う?
 自分の好きな人を追い出したレイちゃんの気持ちが判ってんの?
 今の自分が絶対じゃないわ、後で間違いに気付き、後悔する...私はその繰り返しだった。
 ヌカ喜びと自己嫌悪を重ねるだけ。
 でもその度に前に進めた気がする。」
「...!」

自分を叱ってくれるミサトの手が震えていたのに気付く。
そして今の自分に対して怒りが湧き上がる。

「いい、シンジ君。
 もう一度投げてケリを着けなさい。
 何の為に投げるのか、何の為に野球をやるのか...今の自分の答えを見つけなさい。
 ...そして、必ず甲子園に行くのよ!」
「...はい。」

その返事にミサトは優しい顔を向ける。

「約束よ。」
「はい!」

自分の決意を示すように、シンジの両手は固く握られていた。
そして徐々に近づいてくるミサトの顔を不思議そうに眺める。

フワ
「え?」

微かにだが、確かに唇に柔らかい感触が走る。
気が付けばミサトは微笑を向けていた。

「おまじないよ。
 さ、行きましょう。」
「ちょ、ちょっとミサト先生!?!」
「ファーストキッスはレイちゃんとやったんでしょ?」
「そ、そうですけど...って何言わせるんですか!」

いつも通りからかい、からかわれる2人。
姉弟のようにも見えた。

「さ、行くわよ。
 私が責任を持ってグラウンドに送ってア・ゲ・ル♪」
「ミ、ミサト先生が...」

途端に青ざめていくシンジであった。










☆★☆★☆











第壱高校ベンチでフジオはタオルを頭からかけ、肩で息をしていた。
回は5回の裏で第壱高校の攻撃である。
第壱高校ナインは限界をとうに超えている筈のフジオを少しでも休ませようとする。
しかも二番からという好打順であった。

「カヲル!
 ゼッテー出ろよ!!」

ムサシの檄を背中に受けてバッターボックスに立つ。
だがいつもと違いカヲルの表情はあまり優れなかった。

(出ろって、簡単に言うけど...これが中々...!)
キン!

打球は三塁線に向かって走る。
だがサードが素早く反応してアウトに終わる。
以後、三番のタツヤはピッチャーゴロに、四番のリュウスケはファーストゴロに倒れた。
クリーンナップであるのに第壱高校の攻撃は、たった3人で終わってしまった。

「...ハァッハァ...
 終わったん...ですか?」
「スマン、フジオ...オレは...」

四番であるのにヒットも打てない自分が悔しかった。

「なに、言ってんですか...ハァッ...
 まだ敗けと決まったわけじゃないんです!
 オレ、最後まで投げますよ!!」
「フジオ...」

励ますどころか逆に励まされ、リュウスケは自分が嫌になった。
もはやフジオの背中をまともに見ていられない。
だがそこに長年の幼馴染みの檄が飛ぶ。

「何やってんだリュウスケ、オレ達はまだ勝ってんだぞ!
 このまま2点差を守り切るんだ、いいな!
 ガキの頃からの夢を今、叶えるんだ!!」










☆★☆★☆











病院内だというのに、廊下を忙しく走る2人が居た。

「間に合いますかね、ミサト先生?」
「だ〜いじょうぶ、まっかせなさい!
 シンジ君は必ず送り届けてあげる、だから大船に乗った気でいてね!」
「お、お手柔らかに...」

大船というよりもドロ船を思い浮かべ、試合に間に合ったとしても投げられる状態なのかと心配するシンジであった。

「「シンジ君!」」

ロビーを抜けようとすると突然呼び止められた。
ユイとヒデユキである。
2人は心配そうに駆け寄る。

「伯母さん...槙村さん...」
「...大丈夫なのかい?」
「はい。」

シンジは頷く。
まだわだかまりは残っていた。
だが自分には今するべき事がある為に迷ってはいられなかった。
心配してくれる人の為に、信頼する仲間の為に、そして大切な人の為に。

「シンジ君、これ...」

ユイはユニフォームを渡す。

「ありがとうございます。
 じゃ、いってきます!!」

ユニフォームを受け取ると、再び走り出した。

ギャギャギャ!!!
「乗って、シンジ君!」

正面玄関を出ると、ミサトがタイミング良く車を着ける。
シンジが助手席に座ると車は爆音を上げてカッ飛んでいった。
そしてそれを見送る4人の大人。

「...行ってしまいましたね。」
「あとはもう子供達に任せるしかないですね。」

ユイの呟きにヒデユキが答えた。
2人の想いは二年前から同じであった。
総てはシンジの為に−−−

「加持先生と葛城先生には本当に感謝の言葉もありません。
 やはり私は間違っていたのでしょうか...?」
「まだそんな事を言ってるんですか貴女は。
 何が正しくて、何が間違いだなんて私達には判りませんよ。」
「...そうですね。」

不意に昨日の事が思い出される。










時を戻して決勝前日−−−

病院内にある喫茶店。
看板には 『calm』 と書かれている。
その喫茶店の主は、「落ち着いた」、「平穏な」、「静かな」、といったその単語の意味を篭めて着けたのかもしれない。
だがそんな思惑を裏切るかのように、とある一席ではピリピリとした緊張感が伝わってくる。

「さて、そろそろ話を始めましょうか。」

その席の中心人物である加持が切り出した。
そして同席しているのは碇、槙村両夫妻である。

「話もなにも、キミは今ここに居て大丈夫なのか?」
「彼らは自分達が何をすればいいのか判ってます。
 だから、大丈夫です。」

明日は大事な決勝戦、ゲンドウの言う事はもっともだった。
だが加持もまた、自分がすべき事が判っていた。

「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。
 ...つまり、シンジ君です。
 皆さんにはこの夏が終わるまで、必要以上にシンジ君に接するのをやめて頂きたい。」
「「「「な!?」」」」

唐突かつ予想もしなかった言葉に、その場に居た4人はしばしの間呆然とした。
そして最初に反論したのは母親の顔をしたユイであった。

「何を言ってるんですか!
 いま助けないでいつ助けるんですか!」
「落ち着いてください。
 私が言いたいのは 『我々のような大人が出る幕ではない』 そう言いたいんです。」
「「う...」」

その言葉にユイとヒデユキの言葉が詰まる。
大人の身勝手な理由で生まれ故郷を離れてしまった。
そして今もまた大人達がその時を再現しようとしている。
それはシンジにとってマイナスになっても、プラスには絶対にならない。

「今のシンジ君には仲間がいます。
 それに支えてくれる人も...
 彼らに任せた方が良いのではありませんか?
 まぁ、きっかけは必要ですが。」

かつてのヒデユキがやろうとした事を加持が今やろうとする。
ヒデユキはその事については賛成であった。
が、ユイは頭では判っていたが納得はできない。

「それで本当に大丈夫なのでしょうか...?
 あの子達は明日の事で精一杯の筈、やはりシンジ君は私達が...」
「貴女が思っている以上に今のシンジ君と彼らの絆は深いんです。
 シンジ君が居たからこそ、ここまでやってこれた。
 逆にみんなが居たからこそ、シンジ君もここまでこれたのです。
 苦しい時には共に助け合う、それが仲間というモノ...
 だから、大丈夫です。」
「...私は、間違っていたのですか...?」

あの時、自分が引き取ると言わなければ...
ユイは過去を思い出し、後悔と自責の念が重く圧し掛かった。
そんなユイを慰めるように加持は努めて笑顔で話す。

「それは、判りません。
 貴女のお陰でシンジ君は仲間に出逢えた、そしてレイちゃんにも。
 そう考えれば間違っているとは言えません。」
「それでは...」
「ですが、そこまでです。」

ユイが喋ろうとするのを、加持は強い意思を持って遮った。

「皆さんはシンジ君の家族も同然で、父親や母親、兄や姉と言ってもシンジ君は否定しないでしょう。
 しかし家族と仲間では、やれる事が違います。」

同じ夢を持ち、励まし合い、時には傷付け合い、苦楽を共にして喜びを分かち合う。
仲間だからこそできる芸当であり、家族にはできない。
そして護られてばかりでは、いつまで経っても殻から抜け出せないのだ。
加持はいつに無く毅然とした態度で、その場に居る4人を説得し続ける。

「...いずれ子供は親から離れます。」

加持の言葉はユイの胸に響く。










「何が正しくて、何が間違っていた。
 それを決めるのは他でもない、 『あのコたち』 です。
 甲子園に行けばその答えが出るでしょう。
 それでも貴女が間違っていた、そう思ったのならば...」

そこでヒデユキの言葉が途切れた。
ユイは怪訝に思い、表情を探る。
その視線に気付いたヒデユキは自分の恩師と同じ笑みを浮かべた。

「なんでもありません。
 それよりも早く行きましょう、決勝戦に。」










☆★☆★☆











ガキン!

打球は右中間に飛んだ。
落ちたポイントもかなり深く、捕球がもたつく。

「まわれ、行けるぞ!!」

柏陵ベンチからそんな掛け声が聞え、ランナーは二塁を蹴り、三塁を目指す。

「コンチクショー!!」

ムサシが全力で三塁に送球する。
だが間に合わず、第壱高校はノーアウトでランナー三塁というピンチに陥った。
そこで柏陵の監督が動く。

「代打?
 三番を代えるんだから相当自信あんだろうな...」

ヨウスケが苦々しげに柏陵の監督を睨む。
内野陣はマウンドに集まっていた。

「歩かせたとしても、その後は四番に五番だ。
 フジオ、辛いだろうが...」
「ハイ、判ってます!」
「シンジは必ず来る...だからあと少しの辛抱だ。
 頑張ってくれ!
 それからオマエらも絶対に抜かれんな!」
「「「オウ!」」」

キャプテンの檄に内野陣は答え、そして守備位置へと散っていく。
タツヤは他にフジオにかけてやれる言葉が見付からず、振り返れなかった。

(チクショウ、シンジは何やってんだ!!)

未だ連絡がないシンジを恨みさえした。
そして代打を任された球児は、見事その役割を果たしレフト前ヒットにより5−4、遂に1点差まで第壱高校を追い詰めた。










☆★☆★☆











ギャギャギャギャギャ!

派手にタイヤを鳴らしながら車は異常なスピードでコーナーを曲がり、横向きのGにより車体は大きく傾く。

「しっかり掴まってなさいよ、シンジ君!」
「ミ、ミサト先生!
 後ろ、後ろ!」

それにもめげず、シンジは現状を報告する。

「ちっ! まだ着いてくるか。
 あんまりしつこいと女のコに嫌われるわよ!」

コーナーを抜けきるとアクセルを親の仇のように踏んで一気に最高速まで上げる。
シンジは襲いかかるGによってシートに押し付けられた。

「うわあああぁああぁ...」

その後を追いかけるパトカーやら白バイやらミニパト。
ミサトの車はドップラー効果のシンジの声とタイヤの跡を残して去って行く。





<ザッ! こちら402号車。
 青いルノー、ナンバーは○○−○○。
 ××通りを抜けて△△方面に逃走中、応援を求む...>

警察の無線を盗聴する車があった。
その車には二組の夫婦が乗っている。

「さすが葛城先生...といったら良いのかな?」

ヒデユキが呆れた顔で葛城ミサトという人物の感想を漏らした。
刑事という立場とシンジの為という立場に板ばさみである。

「いいじゃないのヒデユキ。
 葛城さんでなければ絶対に間に合わないわ。」
「それもそうか。」

以前に調べたミサトに関するレポートには国際A級ライセンスが明記されていたのだ。

「...私達は間に合うのでしょうか?」

後部座席にいるユイが聞いてきた。
やはり子供の晴れ舞台を見てみたいというのが親心である。
だがヒデユキは難しい顔をする。

「う〜ん...多分、無理なのでは...
 あの時、既に5回に移ってましたから。」
「ダメですか...」

落胆の色がハッキリと出る。
そして車内の空気が重くなった。
だがそれを打ち破ったのは、意外にもゲンドウだった。

「それでも表彰式には間に合うだろう。」
「...そうですね。
 せめてそれだけでも見ておかないと...」

ヒデユキはギアを上げてアクセルを踏んだ。










☆★☆★☆











「ストライク、バッターアウト!!」

ボールはコースギリギリに決まり、七番のススムは見逃してしまった。
結局、この回も第壱高校は3人で終わってしまった。

「ハァハァッ...グッ!」

ロクに休めも取れないフジオは体に鞭を打つようにしてマウンドに向かう。
マナはもはや見ていられなかった。

「フジオ君、もういいよ...
 何やってんのよシンジ君は...」

仲間が窮地に陥っているというのに、一向に現れないシンジを責める。
そしてその想いはスタンドにいる生徒達も同じだった。
エースと謳われた少年が何故ここに居ないのか−−−
だがその時、リツコの携帯電話が鳴り、液晶には待ち焦がれていたナンバーが表示されていた。

「もしもしミサト?」
「リツコ?
 いま○○通りを走ってるから、あとちょっとで着くわ!」
「早くしなさいよ!
 6回の裏が終わって7回に移ったわ!」
「ウソ、もうそこまで進んでんの?
 こうしちゃいらんないわ!
 じゃ、あとで!!」
ガチャ!

それだけ言うと切れてしまった。
突然かかって、一方的にしゃべって、突然切れる。
いつもの事だと自分に言い聞かせ、今の事を第壱高校ナインに知らせた。

「みんな聞いて!
 さっきミサトから電話があって、シンジ君とこっちに向かってるわ。」
「「「ホントですか!!」」」

目を輝かせて聞き返す少年達を見て、リツコは自然と笑みが浮かんだ。

「ええ、そうよ。
 位置とミサトの運転から推測して、あと数分で来る筈。
 だから頑張ってね。」

リツコの言葉にナイン全員に生気が戻る。
そしてタツヤがキャプテンらしく、全員に檄を飛ばす。

「全員聞いた通りだ!
 あと少しでオレ達の今までの苦労が報われる!
 必ず1点差を守りきるぞ、いいな!!」
「「「「「オウ!!」」」」」










☆★☆★☆











コンコン
「入るわよ、レイ。」

病室のドアが静かに開き、レイの母親のレイコが入ってきた。

「...お母さん...」

横になったままで顔だけ向ける。
その顔色は優れず、哀しい目をしていた。
レイコはそんな愛する我が娘を労わるように接する。

「安心して、レイ。
 シンジ君は決勝に行ったわ。」
「ホント!?
 ぅ、ゴホッ!」

知らせを聞いた途端に起き上がるが、肺炎を患っているお陰で咳き込んだ。

「ほら、ちゃんと寝てなさい。
 シンジ君は大丈夫だから、あなたは治すのに専念しなさい。」

レイコはレイの背中をさすりながら優しく諭す。
人事は尽くされた。
後は天命を待つだけである。

(良かった、シンジさん...
 神様、お願いします。
 みんなの願いを叶えてください...)

レイはシンジ達の夢が叶うように切に願った。










☆★☆★☆











球場の駐車場で佇む女性が1人。
金髪で白衣を着ていて、泣きボクロがチャームポイント。
でも眉毛は黒。

「遅い!
 まったくミサトは何やってんのよ!!」

いわずと知れた赤木リツコ、その人である。
せわしなく時計を見ているところから、かなりイライラしているのが判るだろう。

pipipipipi

とその時、コール音が鳴った。
ポケットからネコのストラップが着いた携帯電話を取り出す。

「もしもし。」
「あ、伊吹です。
 先輩、来ましたか?」
「マヤ、アナタだったの...」

お目当ての人物ではなく、落胆の色がハッキリと表に出てしまう。

「先輩ィ...グスッ、そんなにガッカリしなくてもいいじゃないですかぁ...」
「ゴ、ゴメンナサイ、マヤ。
 私が悪かったわ。」

電話越しでも目をウルウルさせて泣いているのが判ってしまう。
だがいつまでもそんな事をしているにもいけないので、真面目な口調になる。

「それよりもマヤ、そっちはどう?」
「あ、スイマセン。
 今は柏陵の攻撃なんですけど、ちょっと状況は芳しくありま...あ!!」

突然途切れる声。
そして球場の外にいると言うのに聞えてくる歓声。

「マヤ、一体どうしたの!」
「マズイですよ先輩!
 内野安打が出て、一・二塁になっちゃいました!」
「なんですっ...な、あ、あれは!」
ギャギャギャギャギャ!!

タイヤの悲鳴をリツコはすぐそこで聞いた。
見ると自分めがけて突っ込んでくる青いルノーが...
そして目の前でスピンターンを決めてピッタリと停車して、ドアがガチャッと開く。

「ゴッメーン、遅れちゃったわ(ハァト)」

まるでデートに遅れてきたような口ぶりである。  しかも慣れている。
すると助手席のドアも開く。

「すいません、リツコ先生!」
「シンジ君!
 ウチは三塁側よ!」
「ありがとうございます!!」

シンジは振り向かずに走っていく。
走りながら着替えるユニフォームの背番号を見てミサトとリツコは微笑む。

「やっぱり元気な姿が一番ね♪」
「これで私達の出番は終わり、早速知らせないと...」

リツコは携帯で球場にいるマヤに知らせる。
ミサトは天高くから刺す日差しを見上げて呟く。

「約束は守ったわよ、レイちゃん。」



第伍拾弐話  完






落書き

そろそろシンジ編もクライマックスに突入し、決勝も終盤戦になりました。
振り返ってみれば結構長くなったな、と思う今日この頃です。

で、実際にも甲子園の予選は各地で始まっており、全国の球児たちが熾烈な闘いを展開しています。
ちなみに私の母校はシード権を獲得して2回戦目からでした。
もちろんその試合も勝ってホッと一安心です。
なにしろ1回敗けたらまた来年ですから...

果たしてみなさんの母校はどうなったでしょうか?
興味のある方は下のアドレスにて。

http://infoweb.asahi.com/koya99/index.html

予定通りに行けば18日(更新日である本日!)に出場校が決まってるはずです。










―――予告―――



シンジは再びマウンドに立った

そこで自分が一人ではない事を知る

応援してくれる人、心配してくれる人、苦楽を共にする仲間

そして自分を想ってくれる人

その想いに応える為に自分の持てる力の総てを懸けて投げる





次回

大切な人への想い

「激闘の結末は...」



注) 予告はあくまで予定です



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