「ハァッハァッハァッ...
 急がないと。」

外から聞こえる歓声がシンジを急き立て、少しでも早く第壱高校ベンチを目指して走る。
そして走りながら今まで自分がどれだけ迷惑を掛けていたのかを思い出した。
ミサトの車内で伝えられた試合の状況が蘇る。










「いい、シンジ君。
 ウチのチームは取り敢えず勝っているわ。」

車を運転している為、シンジに顔を向けないで話す。

「ホントですか!?」
「5−4でね。
 でも試合の流れは完全に柏陵ペースよ。」
「そんな!
 ...僕のせいですね。
 みんなが頑張っているときに僕は...」

今までのことを悔やむ。
しかしミサトは冷たく突き放した。

「そうね、みんなシンジ君のせい。
 今はフジオ君が代わりに投げているけど、もう限界ね。
 よく持っていると言っていいわ。」
「フジオ君が...」

自分の不甲斐なさに唇を噛み締め、握った拳は今の気持ちを表すように震えていた。

「ミサト先生...僕はどうしたら...」

考えてもどうしたら赦されるかが判らない。
仲間たちの元に着いても、なんと言ったらいいのか思いつかなかった。
そしてミサトは毅然とした口調でシンジを諭す。

「だからシンジ君、アナタがやるべき事はたった一つだけ。
 自分の持てる力の総てを懸けて投げ抜くのよ。
 逃げずに、諦めずに、最後の瞬間まで全力でやり遂げなさい。」
「最後まで...」

それで総てが赦されるとは思えなかった。
だが自分にはそれしか出来ない。
だからシンジは覚悟を決めた。

「いいわね、シンジ君。」
「はい...!」










エースという立場を放棄した自分。
夢を捨ててしまった自分。
仲間との絆を断ち切った自分。
自分を大切に想ってくれている人の気持ちを裏切った自分。



その総ての自分に向かい合う為にシンジは走る。
そしてグラウンドに通じるドアをその手で開いた。











大切な人への想い

第伍拾参話 激闘の結末は...











回は8回の表、柏陵の攻撃、打順はちょうど一番からだった。
一番はコントロールの定まらないボールを良く見て四球で出塁。
二番はサードゴロになるボールを打ったのだが、意外に足が速く内野安打。
三番は粘りに粘ったが、結局内野フライになった。
1アウト、ランナー一・二塁、そして四番の水上タケシの打順となる。










「キミ、早く投げなさい。」

策も無く、打ち取れるコースも無く、万策尽きたフジオは身動きが取れず、呆然としていたところに主審が急かす。

(スライダーはもうダメ。
 ...他の変化球も全て打たれた...
 となるとバッターの泣き所の内角低めで!)

意を決してストレートで勝負に出た。
しかし既に握力も無くコントロールが定まらず、甘いコースに入ってしまう。
それを見逃す筈も無く、タケシはバットを振り抜く。

ガキン!

当たりは十分だったが打球はフジオの正面に飛んできた。
しかしとっさの事だったのでグラブを弾いてしまう。

「クソ!
 ボ、ボールは...あった!」

運の良いことにボールは近くに落ちており、しかも急げばまだダブルプレーの可能性もある。
フジオはボールを素手で掴むとそのまま二塁に投げた。

「しまった!」

だが無理な体勢と疲れから、またも悪送球になってしまった。
ボールはそのままセンターに転がり、その隙にランナーが1人ホームに返り5−5の同点に追い着いた。
更に第壱高校のピンチは続き、ランナーは一・三塁となる。










「もはやここまでか...」

マウンドに集まった内野陣の誰もがそう思った。
しかもこのピンチを切り抜ける策は何も無く、重苦しい空気がマウンドを支配する。





「オイ、あれってひょっとして...」
「間違いない...」

だがその時、球場にざわめきが起こった。
第壱高校スタンドだけでなく、柏陵高校ベンチとスタンド、そして一塁にいるタケシからも起きた。

「...碇、シンジ...」

第壱高校ナインにもそのざわめきは移り、その球場にいる全ての人が第壱高校ベンチの前に立つ一人の球児を見た。
息を切らせ、マウンドを見詰め、その背中にはエースの称号である 『1』 の番号が輝く。
そして第壱高校の監督である加持が叫んだ。

「ピッチャー交代!」









同点に追い着かれた直後に姿を現したシンジが呟く。

「みんな...」
「シンジ君、みんなが待っている。
 さ、行くんだ...」
「...僕には、あの上に立つ資格があるんでしょうか...?」

マウンドに集まる仲間たちを見ると自分自身に怒りを感じてしまう。
だがそんなシンジに加持は優しく背中を押した。

「資格も何も、そんなモノはいらないよ。
 それともキミは、あそこで苦しんでる仲間を見捨てる気かい?」
「そんな事は絶対にしません!」

怒りに任せて加持を睨みつける。
仲間を平気で見殺しにできる人間だと思われたくなかった。
シンジの目を見た加持は、フッと男臭い笑みを浮かべる。

「だったら早く行くんだ。
 後悔はもう、したくはないだろ?」
「...そうですね。
 じゃ、行ってきます...」
「オウ、頑張れよ...」

グラブを掴んでシンジはマウンドに向かった。










☆★☆★☆










「...みんな、ゴメン...」

シンジの開口第一声は謝罪の言葉だった。
だがマウンドに集まった仲間たちは優しくシンジを迎えた。

「なに言ってんだよシンジ、情けね〜ツラすんなよ!」
「そうだよシンジ。
 オマエは来たじゃないか...ここに。」
「...ありがとう、みんな。」

振り返れば、すぐそこには夢を共にする仲間が居る。
仲間という絆が嬉しかった。
不意にシンジの目頭が熱くなり、目に涙がたまってくる...とその時。

ドカ!
「おそいぞシンジ!!」
「うわぁ!?
 ム、ムサシ!!」

ライト方向からの助走を着けたムサシのタックルに思わずよろける。

「ムサシ、オマエは外野だろうが!
 なんでここに居る!」
「いいじゃないですかキャプテン。
 コミュニケーション、コミュニケーション。」

まったく懲りないムサシであった。
だがいつもと同じ、何も変わらない仲間にシンジは感謝する。
そしていつの間にかシンジの顔からは暗く沈んだ表情は消え、心から笑っていた。

「みんなそのくらいにしてあげましょうよ。
 ほら、お客さんが待ってますよ。」

カヲルがマウンドを見据える五番打者を指す。
するとそこに居る全員が途端に気を引き締める。
先程までの敗戦ムードは消え去り、未だ闘志の衰えぬ目を見せた。

「あとはお願いします...碇先輩。」
「ありがとうフジオ君。
 お疲れ様...」

フジオからボールを受け取った。
そして一人の球児がマウンドを降り、シンジはマウンドを踏んだ。










☆★☆★☆










投球練習は終わった。
打席にはすでに五番打者が立つ。
そしてシンジはそれを射殺すような視線をぶつける。

(始めるか...)

仲間たちは守備に散り、マウンドにはシンジ1人だけとなる。
投手はよく孤独な存在と云われる。
だがシンジは、そう思わなかった。
自分の投げたボールを受け止める捕手を始め、打たれても必ず守ってくれる野手がすぐ近くに居る。

(いい、シンジ君。
 もう一度投げてケリを着けなさい。
 何の為に投げるのか、何の為に野球をやるのか...今の自分の答えを見つけなさい)


不意に自分を心配し、叱ってくれた女性の言葉を思い出した。

(答えか...今はまだ判らない...)

一・三塁のランナーに注意しながらボールを強く握る。

(でも、必ず見つけられる気がする...!)

バッターを見据える眼光が一気に鋭くなった。
その重圧に気圧され、バッターは僅かにひるむ。
そしてその隙を見逃さず、シンジはクイックモーションからボールを投げた。

フォン!...ズバァン!

風を切る音と共にボールはど真ん中を駆け抜け、グラブに突き刺さった。
静寂が球場を支配し、誰もがマウンドの球児に釘付けになる。
そして一瞬の隙はグラウンド内にも現れた。

「ファースト!」

カヲルが滅多に見せない大声で牽制球を投げた。
その声に気づき、ファーストを守るヨウスケと一塁ランナーのタケシが慌てて一塁に戻り...

「アウト!」

反応はほぼ同時だった。
差があったとすれば、ベースまでの距離だけであった。
だがその僅かな差が明暗を分けたのだ。










「ナイス、カヲル!」

ヨウスケがボールを投げながら誉める。
すでにスタンドの応援団たちは興奮で震えていた。
ボールを受けたシンジは帽子をかぶりなおし、再び打席に立つバッターに重圧をかける。

(何の為に投げるのか...それはまだ判らない。
 だけど僕には夢を共にする仲間がいる...仲間がいるから僕は投げられる!)

ビッ!...ズパァン!

「スットライーク!」

打席に立つバッターはシンジの放つボールと重圧によって、バットを振ることすらできなかった。
それをベンチで見るタケシは苦々しく呟いた。

「同じだな...あの時と...」

苛立ちから歯を食いしばり、知らぬ間に固く握られた拳には汗が滲む。
一年前−−−
初めて感じた圧倒的なまでの重圧を目の当たりにしたタケシは心の底から震えた。
それが恐怖からなのか、それとも歓喜からなのかは当の本人ですら判らない。

「バッターアウト!」

最後の1球を投げ、シンジはたった3球で柏陵の攻撃である8回の表を終わらせた。
そして回は移り8回の裏の攻撃、最初は三番のタツヤからだった。
シンジの登板により試合の流れは第壱高校に傾いたかに思えたのだが、柏陵高校も底力を見せて奮闘する。

ガツ!
「クソ!」

タツヤは内野ゴロに倒れた。
だが四番のリュウスケはセンター前のヒットにより出塁。
五番のムサシはセオリー通りに送りバントを決め、2アウトながら得点圏にランナーを置く事に成功する。
だが六番のヨウスケは柏陵のエース、清水ダイスケに三振を喫された。

回を移して9回になり、柏陵の攻撃はシンジを前に3人で終わってしまう。
裏の第壱高校の攻撃もまたすぐに終わってしまい、試合は投手戦の膠着状態に陥り、そして試合は延長戦にもつれ込んだ。










☆★☆★☆










第壱高校のスタンドには校旗が高々と掲げられ、それを取り巻く漢(おとこ)たちが集まっていた。

「いいかオマエら!
 野球部はもう限界に来ている!
 だからこそオレたちの応援で元気づけてやるんだ!!」
「「「オウ!!」」」

日向の檄に漆黒のガクランを着た応援団員が野太い声で応える。
暑苦しい炎天下の元、視覚的にも暑苦しい漢(おとこ)たちの団結が体感気温をうなぎ上りにさせている。

「ったく、相も変わらずマコトは体育会系だなぁ...」

青葉がそれを遠巻きに見ていた。
だがそこに叱責する声が現れる。

「なにやってんですか青葉先生!」
「伊吹先生!?
 あ、いやぁ...ちょっと...」
「生徒たちは頑張ってるというのに教師である私たちが率先して応援しなくてどうするんですか!!」
「そ、そうですよね...」

迫力満点のマヤにどやされ困ってしまう青葉は、助けを求めるように吹奏楽部員に視線を送る。
だがそこでも刺すような視線が青葉を困らせる。

「なにやってんですか青葉先生!
 私たちは野球部を応援しにきたんじゃないですか!!」
「...オマエらまで...」

吹奏楽部員の白い目が青葉をチクチクと刺す。
そして背後からトドメと言わんばかりの一言がかかった。

「青葉君。
 応援するならしろ、でなければ帰れ。」
「り、り、り、理事長!?」

いつの間にか到着したゲンドウが音もなく背後に立っていた。
その近くにはユイと槙村夫妻の姿も。
それに気づいたリツコが声をかける。

「碇理事長、遅かったですね。」
「うむ...しかしあの葛城君に追い着けと言うのは酷ではないか?
 それよりも冬月先生はどうし...」
「やっと現れたか、碇。」

頭上から声がかかった。
ゲンドウが後ろを見上げるとそこには扇子を扇いでいる冬月の姿が。

「まったくこの暑さは堪える。
 もう歳だな...」
「何を言ってるんですか冬月先生。
 それよりも座りましょう、あなた。」

冬月のぼやきを聞きながらユイとゲンドウはベンチに座る。
そしてヒデユキとサエコは冬月に挨拶する。

「初めまして、冬月校長。
 私は...」
「知っているよ槙村ヒデユキ君、サエコ君。
 キミたちもたいした人間だな。
 碇にたてつく人間など始めて見たぞ。」

冗談めかして話す冬月。
ヒデユキは苦笑しながら近くのベンチに腰を下ろした。
そして大人たちは試合の行方を見守る。
その視界の片隅には日向と応援団員の熱き漢(おとこ)たちに混じり、半ばヤケクソになって応援する青葉の姿が...










☆★☆★☆










シンジは登板して以降、柏陵打線を完璧に抑えていた。
今まで投げていた変化球を軸としたフジオとは違い、重くて速く、そして針の穴に通すような正確なコントロールで三振や凡打を築いていった。

ガツ!
「任せな!」

ファーストのヨウスケがボールを拾い、ベースカバーに入ったシンジに送球する。

「アウト!」

このようにバットに当たったとしても外野に抜けるような打球はまだ無い。
お陰で外野の3人は仕事が無く、暇を弄んでいた。
だが回が11回に移り、あるバッターが打席に立つと今までの空気は一変して重くなる。

「水上タケシ...」

一年前に対決した球児の名をシンジは呟く。
あの時はたった3球で勝負は着いた。
だが打席に立つ今のタケシからは昔とは違う風格があった。










ザザ...

メットを深くかぶり、表情を隠す。
緊張と不安感、歓喜と充実感がタケシの体に満ちる。
キャプテンとして、四番として、1人のバッターとしてシンジに挑む。
そしてシンジはそれに応えるように大きく振りかぶり、全力でボールを投げる。

「ストライーク!」

ボールが低目に決まると同時に第壱高校スタンドからは歓声が上がる。
タケシはそのボールを目で追うだけだった。
だが眼光は衰えず、闘志を静かに秘めてシンジを見据える。

(球速はあの時と同じかそれ以上...というのが順当だ。
 だが合わせられない事はない)

タケシは軽くバットを振って昂ぶる気持ちを抑える。
一方、シンジも間合いを取るのか、念入りにボールを握り直す。
その2人の対決を柏陵の次のバッターである清水ダイスケが見守る。

「...信じてるぜ、タケシ...!」










☆★☆★☆










時を遡ること一年前−−−
シンジに敗けて以来タケシは練習に身が入らず、ボーッとすることが多かった。

「何やってんだタケシ!」
「ハッ!?
 ス、スンマセン、監督!」

タケシは監督の怒鳴り声でようやく現実に戻る。

「オマエはキャプテンだろうが!
 自覚ってヤツはあんのか!
 バツとしてグラウンド10周だ、行ってこい!!」
「ハイ!!」

大急ぎでグラウンドを駆け回る。
それをダイスケはマウンドから眺めていた。

「しょうがね〜な〜、タケシのヤツ...」

タケシと同期であるダイスケには悩みの原因が判っていた。










「タケシ、ちょっと付き合えよ。」

部活が終わった頃、柏陵のエースであるダイスケに呼び止められた。
どこに連れていかれるのか判らないまま、タケシは言われるがままに着いて行く。
で、辿り着いたところは先程まで練習していたグラウンド−−−

「ダイスケ、なんでこんなところまで?」
「ここにきてなんではないだろ!!
 ほら、バットを持って立てよ!」

ダイスケはそう言いながらマウンドに立つ。

「オレじゃあ碇シンジの代わりにならないが、何もしないよりかはマシだろ。」
「ダイスケ、オマエ...」
「オレたちは仲間だろ。
 ...それに次の夏が最期なんだ、後悔はしたくない。」

意外そうな顔でタケシはマウンドを足でならすダイスケを見る。
だが次の瞬間、フッと笑みが浮かんだ。

「サンキューな...
 あ、それからもう少し前にきて投げてくれ。
 マウンドからじゃアイツのスピードには及ばないぞ。」
「な、なにぃ!?
 そんなにスゴイのか、碇シンジは!」
「そうだ。
 オマエももっと気合を入れないと勝てないぞ!」










☆★☆★☆










カキン!
「ファール!」

快音は響くがボールはラインを割ってしまう。
だが飛距離は十分であった。

(オレは一年前とは違う!
 ...あとはタイミングだけだ...)

バットを握り直しながらタケシは仲間のお陰で強くなれたことを実感する。
一方、カヲルは迷っていた。
シンジの力は知っていたが、万が一というのを考えてしまう。
延長戦に入ってからの失点は敗けに直結するため、どうしても弱気になってしまうのだ。

(1球はずして様子を見よう。
 最悪の場合は歩かせるのも仕方ないよ...)

だがシンジはカヲルの出したサインに首を縦に振らなかった。

(逃げちゃダメだよカヲル君)
(しかしシンジ君!)
(大丈夫だよ...きっとね)

シンジは優しく微笑んだ。
身を削り合う勝負の時だというのに、それに似つかわしくなかった。
帽子をかぶりなおし、ツバから僅かに見える目に闘気が宿る。

(来る...!)

漂う張り詰めた空気を肌で感じ、タケシに緊張が走った。










☆★☆★☆










場所を移して高知県、県営春野球場−−−
ここでも甲子園の出場を懸けた決勝が行われていた。
だがそれも終盤で、残り1人となっている。

ガキン!

改心の当たりがショート方向に飛ぶ。
だがショートを守る球児は慌てること無く、まるでそこにボールが来るのを読んでいるかのように最小限の動きでボールをさばく。
そして投げたボールは寸分の狂いなくファーストの構えたミットに突き刺さった。

「アウト!
 ゲームセット!!」

この瞬間、高知県の出場校が決まった。
最後の仕事をしたショートの球児は、一塁への送球の際に落ちた帽子を拾う。

「これで今年もトウジに逢えるな...」

その球児の名は相田ケンスケ、そして学校の名は十六夜高校。
昨年の甲子園ベスト8の学校であった。










☆★☆★☆










カキン!
「ファール!」

今度は三塁線を駆け抜け、打ったボールは長打コースになる...かと思いきやラインを割ってしまった。
だがシンジもタケシも悔しがったりはせず、お互いをしっかりと見据えていた。
そしてカウントは依然として2ストライク0ボールなのだが、シンジは逃げようとはしない...

「スイマセン、タイムお願いします!」

カヲルではシンジを抑え切れないと見たタツヤがたまらずマウンドに走った。











「どうしちまったんだ、なぜ真っ向から勝負を挑むんだ?」
「な、なぜって言われても...」
「そうだよシンジ!
 ここは安全策でもいいんじゃないか?」

タツヤに次いでケイタまで入ってきた。
そしていつの間にやら内野陣すべてがマウンドに集結する。

「タイミングは合ってきている。
 ちょっと気を許せば取り返しのつかないことになるぞ。」

全員が勝負を避けるのを奨める。
それだけ恐ろしいバッターであるのが、そこに居る全員には判っていた。
無論シンジにも判っていた。

「みんなは信じてくれないんですか、僕を?」

シンジは微笑みながら聞いた。

「そ、そりゃ信じてるよ!
 でも...」
「そうですよね、先のことは誰にも判りません。
 だから僕は持てる力の総てを懸けて投げるんです。
 ... 『答え』 を見つけるために...」
「シンジ、オマエ...」

誰もがシンジの言葉を聞き逃さぬように耳を傾ける。

「 『答え』 がなんなのか...
 本当に勝手なことを言っていますが、僕はそれが知りたいんです。
 何のために投げるのか、何のために野球をやるのか...今までの自分に対する答えが欲しいんです。」
「...それがなんなのか、オマエには見つけられると言うのか...シンジ?」

準決勝が終わってから今までの間シンジは悩み続けてきた。
事情を知らないタツヤにも、それがどれだけ重い物かは判っていた。
そのタツヤの問いにシンジは微笑みながら答える。

「判りません!」
「「「はぁ?」」」

そこに居た全員がハモる。
そして開き直ったようにシンジは話す。

「だって言ったじゃないですか。
 先のことは判らないって。」
「オ...オマエなぁ!!」
「でも...少しだけ、前に進める気がするんです。
 ...これって、ミサト先生の言葉ですけど...」
「!」

その言葉にタツヤがハッとなった。
そして自然に笑いがこみ上げてくる。

「クックック...」
「ど、どうしたんだタツヤ?」
「ハーハッハッハッハ!!
 判ったシンジ、オマエの好きにしろ!」
「ちょっと待てタツヤ、そんな簡単に決めんな!
 大事な場面なんだぞここは!!」

突然の変わり身にヨウスケが制止する。
普段のタツヤからは考えられない言動だったのだ。
だがタツヤは気を良くしたのかシンジを焚き付ける。

「シンジ言う通り、大切なことは立ち止まらないことだ!
 少しずつでも歩いていれば、いずれ答えに辿り着くだろう。
 頑張れ、シンジ。
 以上、解散だ、ホレ散った散った!!」
「「「へ〜イ...」」」

キャプテンの言葉に渋々と従う仲間たち。
1人、2人と守備に散り、最後にタツヤがマウンドを離れようとしたとき、シンジがお礼を言った。

「ありがとうございます、キャプテン。
 それから、僕は敗けてもいいなんて思ってないですよ。」
「...期待してるからな、その言葉。」

タツヤは笑顔で答えた。
そして遠くなるタツヤの背中にシンジはそっと呟く。

「絶対に叶えてみせますよ...
 僕の夢はみんなの夢だから。」










☆★☆★☆










「ふぅ...」

マウンドで大きく深呼吸する。
そしてシンジの想いは彼方へと馳せる。
第3新東京市で出逢った仲間たちと、自分を何よりも想ってくれる大切な人。

(答えが何なのか、それはまだ判らない。
 でも、みんなとなら見つけられる気がする。
 ...いつか必ず...!)
ザシャ...

シンジの想いが頂点に達したとき、ゆっくりと振りかぶった。
今も昔も変わらない願い、目の前に立つ打者に勝ちたいと−−− を篭めてボールを強く握る。
長い年月を経て改良に改良を加えてきたフォーム。
そして野球を始めたその時から最速を目指していたボールを投げた。










(必ず打つ!)

タケシもまた仲間の期待に応えたい想いは同じだった。
キャプテンとして、チームの四番として、そして練習に付き合ってくれたダイスケのためにも、目の前の投手に勝ちたかった。

ザッ!

タイミングを合わせて足を踏み込み、腰を入れてバットを振り抜く。
あれから一年の年月が経ち、その中でも最高のスイングだとタケシは確信した。




















(え...なんだこれ...)

突然シンジの頭に流れてくる過去の記憶。










(ねえ兄さん、今度の大会ガンバってね)











空色の髪と紅い瞳の少女。










(ゴカイもロッカイもないわ!)











ソバカスおさげの少女。










(なあ...本当に辞めちまうのか?)











癖のある髪とメガネの少年。










(...待っとるからな...グラウンドで)











ジャージを着た関西弁の少年。










(なぜこんな時に...)

試合の最中だというのに過去の記憶が鮮明に流れる。
大好きな妹、親しい女の子、同じ夢を抱いていた親友たち。
そしてその先には栗色の髪をした少女の後ろ姿が−−−

(まさか...)

ザワリとシンジの神経が逆立つ。
その少女はシンジの記憶の中でゆっくりとに振り返り、蒼い瞳を輝かせて唇が動く。










(...今度の試合...)











物心がつくずっと前から聞いていた声が耳に優しく響く。

(なんでオマエが出てくる!)

心が乱れ、少女の存在を否定しようとする。
だが少女は自分を真っ直ぐに見て語り掛けた。










(...頑張りなさいよ...)











その昔、いつも見ていた笑顔。
それは自分にだけ見せていた少女の本当の姿。

(やめろ! なぜこんなモノを見せる!!)

心の中で絶叫する。
それを見ている自分がすぐ近くにいた。
その記憶は二年前の自分が見せていた。










(覚えているかい...)











哀しそうな目と声で、今の自分に語り掛ける。

(うるさい!
 僕はもう変わるんだ!
 あの頃とは違う 『答え』 を見つけるんだ!!)










(覚えているよね...忘れるはずがない...)











記憶の中の自分は少女に笑顔を向け、いつものように呼び慣れたその名前を呼ぶ。
すると少女は顔を赤くしながらも自分の名前を綴る。




















(バカシンジ!)





















カキン!

静寂に包まれた球場に、綺麗な打球音が鳴り響く。

「しまった!」

打球音によって現実に戻ったシンジは、その音だけで飛距離が判った。

「よし!!」

打ったタケシは会心の笑みを浮かべる。





「マズイ!」
「いったな...」
「...届かないで!」
「越えろ!」

様々な想いが打球に懸けられた。
センターのリュウスケはバックスクリーンに向かって飛んでいく打球を追う。

「いくな...いかないでくれ!」

リュウスケは背中の打球を追う。
やがて打球を勢いを失い、重力に従って落ちてきた。

ドン!

ついにリュウスケはフェンス際まで下がってしまった。
キッと空を見上げると徐々に大きくなる白いボール。
そこから飛距離を予測すると、リュウスケの頬が緩んだ。

「...大丈夫だ、とれる。」

フェンス際まで下がったリュウスケは、そこから更にジャンプして距離を稼ぐ。
しかしボールは無情にもあと数センチというところでフェンスを越えた。










ポーン!

ボールがバックスクリーンに入り、大きくそして静かにバウンドした。
そのとき第壱高校と柏陵高校には天と地ほどの差が生まれた−−−

「ホームランだ!」

柏陵のベンチからはナインが飛び出し、スタンドは騒然となって自分たちのチームの勝利を確信した。
そして第壱高校サイドは呆然とバックスクリーンを眺める。
だが誰もが悔しそうに見ている中、シンジだけは違うことを考えていた。

「なぜ、アイツが...」

力なく佇むシンジは脳裏に浮かんだ過去の記憶が判らなかった。










タケシがダイヤモンドを回ってホームを踏んだとき、歓声が上がり現実へと引き戻される。

(...マズイな...)

延長に入っての失点により一気に第壱高校は窮地に立たされ、これ以上の失敗は許されず、シンジは気を引き締めて次に挑んだ。
その結果、五番六番は連続三振に打ち取り、柏陵高校の攻撃は幕を閉じた。










☆★☆★☆










「あと3人だ!
 3つアウトを取ればオレたちの勝ちだ!
 気ぃ入れてくぞオマエら!!」
「「「オウ!!」」」

円陣を組んだ柏陵ナインは気を入れて最後の闘いに向かった。
一方の第壱高校も円陣を組み、攻撃に挑む。

「スイマセン、僕のわがままで...」

最初の言葉はシンジの謝罪だった。
しかしムサシがそれを蹴散らす。

「バカかオマエは!
 まだ敗けたわけじゃないんだ、最期まで諦めんな!!」

11回の裏の最初のバッターであるムサシは気合十分だった。
だがそのはやる気持ちが裏目に出ないことを誰もが願う。
刀折れ、矢は尽き、精も魂も尽きかけた。
だがそれは相手も同じであった。
しかも1回からたった1人で投げている清水ダイスケは限界に達していてもおかしくはない。

「隙があるとしたらそこだな...」

監督である加持が呟いた。









(監督は落ち着いてボールを見ていけ...か)

打席に立ったムサシは、はやる気持ちを無理やり抑えつける。
確かに見るとピッチャーは肩で息をしていた。
それに先程の打席でもバットは一度も振ってはいない。

(初球は様子を見とくか...あれれ?
 ...ま、いいか)

ムサシは追い詰められたというのに余裕があることを不思議に思う。
ピッチャーのダイスケの一挙手一投足をじっくりと見て 『何か』 を探す。

「ボール!!」

外角に流れたボールがミットに突き刺さる。
キャッチャーのタケシは返球すると、低目に低目にと手を下げる。
それをムサシが見て首を傾げた。

(スピードは出ているけど...明らかに外角のボール球だったな。
 ...!)

ムサシはバッターボックスのエンドラインギリギリまで下がった。
これによりボールを最後まで良く見ようというわけである。





「ボール、2ボール!」
(また外角だ。
 これはやはり...!)

2球続けての外角球にムサシは心の中でニヤリと笑った。
そしてタケシがその空気を察したのか、タイムをかけてマウンドに向かった。










「一体どうしたんですか?
 ムサシもなんか余裕が出てきたみたいだし...」

ケイタが加持に質問する。

「制球が定まらなくなってきているんだ...」
「制球...コントロールがですか!」
「そうだ...11回もの間、1人で押さえてきたのは誉めるべきだろう。
 だが、彼の代わりが務まるピッチャーは居ない。
 ...突け入る隙ができたな。」

加持は不敵にニヤリと笑う。
一方、ムサシは更に考えていた。

(だがそれでも守備は厚い。
 それをなんとかしなければ...)
ザザ...

今度は一転し、ムサシはラインギリギリまで前に、しかも内角よりに出た。

(狙い球は外角一本!)

そのムサシの行動にダイスケは戸惑った。

(気づかれたか...!)

汗が頬を伝う。
精神的に追い詰められ、体力的にも消耗し尽くしていた。
ボールを握る手にも力が入らない。
しかもタケシが要求するコースはムサシの狙い球とは逆の内角高目、自分の相棒の力を信じてのコースだった。

ザザ...

そしてダイスケも覚悟を決めて自分の女房役のコースを信じた。










ある者は固唾を飲んで見守る。
ある者はもはや見ていられず祈り続ける。
そしてある者は最期の最期まで行く末を見届ける。









だが、その先に聞こえた言葉は、誰もが予想し得なかった。

「デッドボール!」










☆★☆★☆










ミ〜ンミンミンミンミンミーーーーーン...

セミの鳴き声が止まない夏の日。
鈴原トウジは青空の下で自主トレーニングに励んでいた。
そこに現れるソバカスおさげの少女。

「頑張ってるね、トウジ。」
「ん...
 オウ、ヒカリか。」

洞木ヒカリの声に振り返る。

「で、ケンスケのヤツはどやった?」
「うん...
 私が見たときはまだ試合は終わってなかったけど、多分...」
「ほな決まりや...
 これで今年も逢えるワ。」

トウジは汗を拭きながら空を見上げた。
小さな頃から想い描いてきた夢があった。
この青空の下で、何もかも焼き尽くすような熱き闘いを演じてみたい。
掛け替えのない仲間たちと−−−
だがその夢はまだ叶えられていない。
1人欠けているのだ...

「なあヒカリ...
 アイツは...シンジの名前は...」
「ううん、ダメだった...
 ごめんなさい。」
「謝ることはあらへん。
 頼んだのはワシやからな...」

だがヒカリは言葉を濁した。

「あ、でも...
 まさか、ね...」

その言葉は小さく、トウジの耳には届いてはいなかった。










☆★☆★☆










「ムサシ!!」

スタンドのマナは絶叫した。
ダイスケが投げたコースはサイン通り内角高目だった。
だが投げたボールは内角に深く入りすぎた。
そしてムサシが内角よりに立ち、前に出ていた為に反応しきれず、メットにボールが当たったのだ。

「ムサシ!!
 テメェ、よくも!!」

次のバッターであるヨウスケが柏陵バッテリーを睨みつけ、何か気に入らないことでもあったのなら、すぐにでも乱闘になりかねない勢いだった。
しかしそれを制したのは意外にもデッドボールを食らったムサシだった。

「大丈夫ですよ、望月先輩。」
「ダイジョブったってオマエ、頭に当たったんだぞ!
 危険球で退場だろうが普通!!」

心配してきてくれたのはありがたいが、チャンスを逃すわけにはいかない。
ムサシはヨウスケの耳元で囁いた。

「柏陵のピッチャーはもう内角には投げれません。」
「!」
「転んでもただでは起きあがりませんよ、オレは♪」

それだけ伝えるとムサシは一塁に向かった。
それを見送るヨウスケは呆れ果て、開いた口がふさがらない。
だがチャンスはそれだけでは終わらなかった。





「いくらムサシが頑丈だといっても...
 ひょっとしたら球威が落ちている?」

ムサシと付き合いの長いケイタだけがそれに気づいた。
マナはどうやらムサシが心配で、そこまで頭が回らないようだ。
その事実を伝えるためにケイタはタイムをかけた。










...「なるほど、言われてみるとそうだよな。」

ケイタの言葉に頷くヨウスケ。
一塁を見ると、ピンピンしたムサシの姿が。

「ここは一発狙ってみるか...(ニヤリ)」
「あ...でも気をつけてくださいね。
 ピッチャーはダメでも守備の厚さは健在なんですから...」
「ヘッ!
 判ってるって。」

自信満々な顔でヨウスケは打席に向かった。
そして残されたケイタは一塁を見て呆れた。

「ホント、気づいてないのかなムサシは...」

一塁では屈伸運動をして走塁に励むムサシがいた。










打席に立ったヨウスケは早速ムサシにサインを送る。

(やるぞ、ムサシ!)
(...オッケーです、先輩!)

サインは送りバント。
しかもヨウスケは転がす方向をピッチャーへと決めていた。
となるとムサシの走塁も重要になってくる。
頭に当たったデッドボールのことなど考えていなかった。
ムサシもムサシでそんなことなどもはや忘れているようだ...










((...いくぞ!))

ピッチャーが振りかぶると同時にムサシが走りだし、ヨウスケはバントの構えをする。
それを見た柏陵内野陣は前進守備に展開する。

コン

軽い音と共にボールはピッチャーとキャッチャーの中間辺りに転がる。
バッテリーであるタケシとダイスケは同時に走った。
先に取ったのはキャッチャーのタケシだった。
距離的にはどちらかというとピッチャーのダイスケの方が近かったかもしれないのに...

(二塁は間に合わない、ファースト!)

ムサシは二塁に間に合った。
そして一塁を振り返るとヘッドスライディングで一塁に突っ込んだヨウスケの姿とアウトの判定を下した塁審の上げられた腕が見えた。










「ダメだったか...
 守備の堅さは健在だなこりゃ。」

ガックリとヨウスケはグラウンドの土にキスをする。










☆★☆★☆










「ピッチャーは代わらずか...
 ま、この回で終わるんだったらそりゃそうだな。」

七番のススムは交代しないピッチャーを見る。

「オレもムサシと同じく外角狙いだな。」

内角よりの打席でバットを握り直しながら狙いを絞る。
一方、柏陵バッテリーは困惑する。

(コイツも外角狙いか...
 嫌なところを突いてくる...)

デッドボールを恐れ、内角攻めができない。
かといってコントロールも定まらず、球威も落ちている。
更に交代しようにも第壱高校と渡り合えるピッチャーもいない。

(頼れるモノは守備だけか...)

だがその希望は脆くも崩れ去った。










カキン!

打球は三塁線に飛んだ。
サードを越えてレフトがボールを追う。
だがそこは堅牢な守備でカバーするべく、ムサシがベースを蹴る前にレフトから三塁への送球が間に合った。
だがムサシはそれでも三塁を蹴った。

「バカヤロウ!
 なんで回るんだ!!」

第壱高校スタンドからそんな声が聞えた。
だが第壱高校ナインは平然と見守る。

「...上手くいくよね。」
「ああ、あの角度だったら大丈夫...!」

シンジの言葉にケイタが答える。
レフトからの送球を受けたサードはホームへと投げようとした、その時...





「そんなバカな!?」

誰もがホームで刺せると思っていた。
だが現実にはそうはいかない。
ムサシの背中に阻まれ、サードからはキャッチャーが見えなかった。
ちょうど三塁とホームの軸線上をムサシは走り、送球できる範囲を塞いでいたのだ。

「ク...クソ!」

仕方なくホームへの送球をずらした。
だがキャッチャーもサードの送球が見えず、ずらされた送球に跳びつくのが精一杯だった。
その隙にムサシはホームベースを踏み、6−6の同点に追い着いた。





「おいマコト、同点だぞ!」
「ス、スゲェ...
 まさかあんな走塁があったなんて...やったぜ!!」

同点に追い着いたことにより、第壱高校スタンドは活気を取り戻すことに成功した。
そしてチャンスは依然として続き、1アウト、ランナー二塁と、サヨナラランナーがいた。










☆★☆★☆










「でかしたムサシ!」
「ちょ、痛いっスよ先輩!」

ヨウスケの手荒い歓迎を受けて凱旋するムサシの顔は笑っていた。
それをマウンドで見る柏陵内野陣の顔は悔しさが溢れる。
まさかあんな走塁があるとは思わなかった。
だが現実に成功させられ、試合の流れは一転して柏陵は窮地に追いやられた。





「大丈夫か、ダイスケ。
 もう限界だろ...」

バッテリーを組むタケシが気遣う。
マウンドに集まった誰もがそう思っていた。
肩で切れ切れに息をして、ボールも満足に握れず、精神的にも疲弊し、それでも投げ抜こうとしていた。

「ここまできて、オレは降りる気は無いぜ...
 ここはオレのマウンドだ。
 意地に懸けて投げ抜くぞ...!」

カラ威張りであるのは全員には判っていた。
だがそれでも任せる他はない。
他に投げるピッチャーがいない、そんな訳ではない。
三年という歳月を投げ抜いてきたその意志がある限り、マウンドから降ろすことはできなかった。
そのときベンチから伝令がきて監督の言葉が伝えられた。





「好きにしろ。」

それだけだった。
だが言葉は少なくとも、部員を想う監督の気持ちが伝わった。
勝ち敗けにこだわらず自分の想いを貫け−−−
それが三年の間、見てきた偉大なる投手へのたむけだった。

「頑張れよ...」

マウンドに集まった全員がピッチャーのダイスケにその言葉を贈る。










ザザ...

そしてマウンドにはダイスケ1人だけが取り残された。
柏陵スタンドからはピッチャーを応援する声が届く。
ベンチからも励ます声が聞える。
ダイスケは最後の力を振り絞り、三年間投げ続けた場所で、三年間バッテリーを組んだキャッチャーに向かってボールを投げた。




















しかし、試合の結末は呆気なく訪れた。
八番のサトルはライト前ヒットで出塁し、一・三塁に変わり、九番のシンジの打順に移る。
そしてシンジの打席で、たった1球のワイルドピッチにより、その試合の幕が静かに降ろされた。
だが、それでも最後までマウンドを降りず、最期まで投げ抜いたピッチャーを称える拍手はやむことはなく、球場に鳴り続いていた。



第伍拾参話  完






落書き

先ずはスイマセン。
先週予告した題名が、モノの見事に変わってしまいました。
しかも良く見たらスペルが間違っていたし...
というわけで次回の題名は流用します。





―――予告―――



闘いは終わった

夢は叶えられたのだ

だが夢はそこで終わることはない

そこからまた始まるのだから...

新たな出発点に立った少年たちは束の間の日常を楽しむ





次回

大切な人への想い

「Dreams come true」



注) 予告はあくまで予定です




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