延長戦に入り、回は12回の裏。
第壱高校はギリギリで同点に追い着き、更にチャンスは続いた。
1アウト、ランナー一・三塁。
サヨナラの場面だった。
そして打席には九番のシンジの姿が。

(1アウトだから、ここはスクイズだな...)

シンジはスクイズのサインを送る。
ススムはそれを見て細心の注意を払い、リードを広げる。
柏陵守備陣もスクイズを警戒して前進守備に展開した。
ここで決まる−−−
誰もがそんな思いで試合を見守る。
その中を柏陵のエースである清水ダイスケがボールを投げた。





ダッ!





ススムがスタートを切った。





サッ!





シンジがバントの構えになる。





ザザッ!





柏陵の内野陣が走る。





ワアァァァ!!





スタンドの観客が騒然とし、そしてボールはバットには当たらなかった。





「チッ!」





ボールは低目を狙いすぎ、キャッチャーのタケシの目の前でバウンドした。
タケシは後逸し、そのままボールはバックネットをめがけて転がる。





「麻生先輩、早く!!」





シンジはススムの進路を開けて速く走るように急かす。





ザザァ!!
「セーフ!!」





そしてススムがホームに生還した。





ワアァァァ!!










第壱高校ベンチからはナインたちが飛び出す。
スタンドは総立ちとなり、この瞬間を見れたことを感動する。
勝った第壱高校とは対照的に、柏陵高校はあと一歩のところで甲子園への切符を取り逃し、しばらくの間、柏陵ナインは佇む。
勝敗は時の運というが、あまりにも呆気ない幕切れに信じられない者、現実を受け止めて泣く者...そして誰も一言も口にしなかった...
何を言っても、どんな言葉も、今は意味をなさない...
言葉を交わさず、言葉を交わさないからこそ、柏陵ナインは全部...総てを判っていた。
或いは、何かのきっかけで溢れてしまいそうな想いを必死で堪えているのか...





「...整列だ!!」

柏陵のキャプテンの水上タケシが毅然とした態度で立ち上がった。
その言葉に従い、グラウンドで泣いていたレギュラーと、ベンチにいた控えの球児が、一歩また一歩と歩き出す。
そしてホームベース上には泣き崩れるエース、清水ダイスケの姿が。

「...ダイスケ、最後ぐらいシャキッとしろ!」
「スマン...
 最後の最後で、あんなボールを...
 打たれた方がずっとマシだ!!」

最後の投球はワイルドピッチだった。
悔やんでも悔やみきれない最後の夏。
総ての責任は自分にあるとダイスケは思う。
その想いはタケシには判っていた。
三年間、同じ夢を描き、目指してきたパートナーとして。

「オレたちの夏はもう終わりだ。
 だが後輩は判ってくれるさ...
 今日見たこと、今日感じたこと...そしてオレたちが何をやり遂げたかったことを...
 その想いが消えない限り、今日の試合は無駄じゃない。」
「タケシ...オレは...!!」

熱い想いが込み上げ、頬を流れる。
それをドロだらけのユニフォームで拭って立ち上がる。

「整列だ...」
「オウ...」





「6−7で第壱高校の勝ち!
 ゲームセット!!」

再び歓声が沸き上がり、球場が震える。
第壱高校サイドでは嬉し涙を流す者、感動のあまり声も出ない者など、総ての人が偉業を成し遂げた自分たちのチームを称える。
柏陵高校サイドは悔しさに涙する者もいれば、最期まで闘った球児たちに暖かい拍手を贈る。
最後を闘ったチームである第壱高校と柏陵高校は互いの敢闘を称え、互いの手を握り締める。
彼らは敵同士であり、勝者と敗者、夢を叶えた者と挫折した者、そして夢を共にした者達であった。
その後、閉会式が開かれ、優勝旗と優勝盾、そして選手1人1人にメダルが贈られた。





闘いは、この瞬間、終わったのだ。











大切な人への想い

第伍拾四話 Dreams come true...











第壱高校が甲子園入りを果たしたのは、7月の終わりのことだった。
「祝 第壱高校甲子園出場!」 と書かれた垂れ幕が校舎に掲げられ、野球部の快挙を祝う。
それは商店街も同じだった。
いたるところに第壱高校野球部の快挙を祝う物が置かれ、今やシンジたちはちょっとした有名人になっていた。

「え〜と...
 これとこれと...あとそっちのも下さい。」
「毎度アリィ!
 いつもありがとね、マナちゃん、レイちゃん!
 これはオマケだ、持ってきな。」

とある店で活気の良い声が響いた。

「「ありがとうございます。」」
「いやいや、良いってことよ!
 それよりも頑張ってな、甲子園!」
「「ハイ!」」

このように商店街の人たちにも祝ってもらい、嬉しい限りであった。
道を歩けば必ずと言っていいほど励ましの言葉をもらう。





「なんか良いねレイ、こういうのって♪」

両手いっぱいになった買い物袋を持って、マナはホクホク顔だった。
一方のレイは決勝前日にかかった肺炎を根性で治し、現在はマネジャー稼業に戻って野球部も活気づいていた。

「そうですよね。
 それよりも早く帰って準備しなくちゃ間に合いませんよ、夕食の仕度。」
「いっけない、もうそんな時間なんだ。
 急ぐわよレイ!」

すでに日は傾きかけていた。
2人は第壱高校へと走る。
そう、野球部は現在、甲子園に向けての合宿の最中だったのだ。










夏の太陽に焼かれたグラウンドからは陽炎が立つほど熱が出ていた。
だがそんな中でも野球部はそれ以上の熱さで練習を行う。

カキーン!
「ほらボールをよく見ろ!!」

グラウンドのいたるところで球児たちは土ボコリを起こしながらボールを追う。
それを校舎に向かいながら見るマナとレイ。

「みんなガンバッてますね。」
「当ったり前よ!
 長年の夢が叶ったんだから張り切るのは当然!!」

マナは我がことのように喜ぶ。
その昔、自分も想い描いた夢。
それはムサシに託され、今年になってようやくその願いを叶えてくれた。

「ホント、ウソみたいだったよ...イタッ!
 なにすんのよレイ!」
「痛いんだからウソじゃないですよ。
 それよりも感傷に浸ってないで夕飯の準備しないと!」
「あ、そうね...
 早くしないと暴動を起こしかねない連中だから。」

マナとレイは夕飯の準備をすべく調理室に急ぐ。










☆★☆★☆











ススムがホームベースを踏んだ瞬間、球場は震えた。

「セーフ!!」

第壱高校ベンチからはナインたちが飛び出し、ホームに生還を遂げたススムと最後のバッターであるシンジの元に走る。
そのときのナインたちは今までで一番の顔をしていた。
あっという間にナインたちに飲み込まれるススムとシンジ。
手荒い歓迎を受けながらもその顔から笑みが消えることはない。
スタンドの観客たちもこの瞬間に立ち会えたことを喜び、闘った野球部を褒め称える。
メガホンやら紙ふぶきや紙テープが舞い散り、声の限りに叫ぶ。
そして、嬉しさのあまり涙が溢れ、何も見えなくなって嗚咽するマナの姿が。

「おめでとう...おめで、とう...
 ...ありが、とう...」
「マナ!」

涙で見えなくなったグラウンドからは聞き慣れた声が響く。
今まで聞いてきた声の中でも最高に心に染み渡る。
マナは涙を手で拭い、声のした元に歩み寄る。

「ムサシ...」

フェンス越しに見える大切な人の姿があった。
いつも見てきたのに何故だかムサシの姿が頼もしく見える。
それが自分の願いを叶えてくれた男の姿なのか、それとも想い描いてきた長年の夢を実現させた男の姿なのか、或いはその両方なのか...

ググ...

フェンスを掴んだ手に力が篭る。
涙を零しながらも、今できうる最高の笑顔を見せる。
そして夢を叶えた大切な人に言葉を贈る。

「おめでとう、ムサシ...」

そして球場に第壱高校の校旗が高々と掲げられ、校歌が斉唱された。
第壱高校が優勝した瞬間だった...










「...先輩!
 マナ先輩!!」
「え、ああ...なに、レイ?」

突然、現実に戻されるマナ。
レイはニンマリと悪戯ネコのような顔を見せていた。

「ふっふ〜ん。
 何考えていたんですか?」
「ちょ、ちょっと...ネ。」

顔を真っ赤にして言葉を濁す。

「ま〜た榛名先輩のことなんですか?
 まったくあれから何日が経ったって言うんですか!
 マネジャーである私たちがしっかりしないとダメですよ!!」

ビシッと言うレイ。
だがその顔が笑っているのは乙女心が判っている証拠である。
だがやられてばかりのマナではなかった。

「そ〜ゆ〜レイだって、あのときはすごかったじゃない。
 も〜人目をはばからず...」
「へへへ〜〜〜。」

いきなり顔が崩れるレイ。
既に想いはあのときに飛んでいた。










「もう試合、終わったかな...?」

レイは303号室で窓から見える傾きかけた太陽を眺めていた。
広すぎる病室で1人でいるのがこんなに心細いモノだとは思わなかったのか、ギュッと自分自身を抱きしめる。

ゴロ...

気を紛らわそうと横になっても、頭に浮かぶモノは大切な人と、試合の行方だけで余計に心配になってくる。
しかし、その不安を増徴させるかのごとく、地響きが起こった。

ゴゴゴゴゴゴ...
「じ、地震?」

ベットの手すりに掴まり起き上がる。
更に地響きは収まるどころか次第に大きくなってきた。
そして目の前のドアがバタンと大きく開かれた。

「やったよ綾波!
 優勝したよ!!」

いの一番に入ってきたのは、優勝旗を手にしたシンジだった。
あまりのことに呆然として言葉を無くしたレイに走りより、泥まみれのユニフォームのまま、優勝旗と首にかけられたメダルを見せた。

「勝ったんだよ僕たち!
 夢が叶ったんだよ、甲子園に行けるんだよ!!」
「え...あ...」

一気にまくし立てられ、レイは何がなんだか判らなかった。
ただ一つ判ったことは、大切な人に笑顔が戻ったことだけだった。

「シンジ君、もう少し落ち着いた方がいいよ。
 綾波さんが驚いているじゃないか。」
「あ...」

カヲルの冷静な言葉にハッとして我に返るシンジ。
落ち着いてレイに視線を送らせると、目をパチクリとさせて固まっていた。

「綾波...
 え〜と...ゴホン!」

冷静さを欠いてしまった自分の愚かさに恥ずかしくなり、シンジは咳払いを一つしてからレイの方を向いた。
その他の野球部の連中も全員が病室に入り、ドロだらけの顔をニヤニヤとさせながら2人を見守る。
その中を中々言葉を見つけられないシンジがレイに吉報を伝える。

「あの...その...
 ...綾波、勝ったよ。」
「あ...」

シンジの言葉にレイの表情は崩れる。
待ち焦がれた言葉と笑顔がそこにはあった。
そしてレイもまた言葉を贈る。

「お...おめでとうございます...
 ...あれ...なんで涙が...なんで泣いてるんだろ...?」

流れ落ちる涙に戸惑う。
そして涙を見せまいと顔を背ける。

「ごめんなさい...
 こんなとき、どんな顔したらいいのか...判らないんです...」

口を押さえて嗚咽を抑える。

「ホントは嬉しいはずなの...どうして...」
「...嬉しかったら、笑えばいいと思うよ...」
「!」

ハッとなりレイは涙を拭おうとはせずに、そのままシンジに顔を向ける。
目に溜まった涙は重力に従い、頬を伝う。
シンジはそっと自分の手をレイの頬に添え、指で涙の跡を拭う。

「シンジさん...」

すぐ目の前には大切な人の笑顔があった。
そしてそれは自分にだけ向けられていた。
それを見るだけで、レイの顔は幸せに満ちて行く。

「おめでとうございます...」
「綾波...」

涙を堪え、健気に微笑む姿が愛おしくなり、そのまま小さく壊れそうな体を抱き寄せた。
レイはシンジの胸に頭を埋める形になり、腕をシンジの背中に回してギュッと抱きしめる。
泥だらけのユニフォームなのにレイは幸せいっぱいの顔でしばしの時を過ごした。
そして周りでは部員たちが冷やかしの声と拍手を2人に贈っていた...










「...あのときほど幸せだって思ったことなかったですよ...
 力強く抱きしめてくれて...ホントはちょっとだけ痛かったかも...ってなに言わせるんですか!」

いきなり現実に戻り、レイはおたまをもったままイヤンイヤンと体をふる。
マナはもはや処置無しと判断して遠くへ非難していた。
そこに飛び交う叱責の声が...

「コラ2人とも!
 しゃべってばかりじゃ夕飯はできないわよ!」
「「スイマセン、マヤ先生!!」」

その言葉に焦って料理に戻る。
マヤもまた野球部の合宿の手伝いをしていた。
料理から買出しなどマネージャーの仕事に関すること全てである。
なによりも部員たちの健康面でのサポートができるのが嬉しかった。
それから野球部内の士気は異常と思えるほどに高くなったという。
やはり華が多いのは良いことである。
だが華といってもトゲがあるのも存在する。

「差し入れよん♪」

その言葉といっしょにカレーとおぼしきモノを持ってきた某教師がいた。
何も知らなかった3人は諸手を挙げて歓迎したのだが、そのときちょうど居た野球部顧問が血相を変えて止めた。
不審に思った3人は持ってきたカレーを味見をして、あっという間に顔色が変色したのである。
綺麗なバラにはトゲがあるというが、この場合は毒針であった。
以後、その教師の差し入れは有無を言わさず処分することに決定した。
だが毒針を持つ華は他にも存在した。

「この薬を飲めば...」

この場合はその言葉だけで却下された。
マネージャーというのは何かと仕事の多い役柄であるのに、事前に危険を察知するのもマネージャーたちの仕事になってしまった...










場所を移して校長室。
その部屋には冬月とゲンドウの姿が。

「...ええ、ではそれでお願いします。」
ガチャ

電話を切る冬月。
そしてその近くにいたゲンドウが聞く。

「...どうですか?」
「うむ、先方も快く引き受けてくれたよ。
 これで練習場の心配は無くなったな。」

冬月は野球部が甲子園入りをしたときの練習場確保のために、知り合いのいる学校に連絡を取っていたのだ。

「ありがとうございます冬月先生。」
「なに、礼なら向こうの方に言ってくれ。
 それよりも良かったよ、教え子が教頭になっていて...
 お陰で話がスムーズに進んだ。」










時は流れて晩ゴハンの時間−−−

「「「夏祭りぃ?!」」」

合宿所の大部屋に響き渡るその声。
部員たちはハシを持ったまま加持を見る。

「そうだ。
 甲子園に出場が決まってから今までずっと練習ばかりだ、ここらで息抜きも必要だ。
 というわけで明日は練習を早めに切り上げて、お祭りに行くのも良いんじゃないか。」
「「「お祭り、か...」」」

そう呟きながら様々な想いを馳せる面々。
それを思惑通りだと加持は微笑みながら見ていた。
練習でチーム内の団結を計るのもいいが、違った方法もあるのを知っていた。

「そんな訳で!
 オネーさんたちからプレゼントよ!!」

そこに部員たちと一緒にゴハンを食べていたミサトが浴衣を出してきた。
ドンと山積みになった浴衣。
部員たちはそれにワラワラと飛びついた。

「いいんですかミサト先生!」
「遠慮なんかいらないわよ。
 折角のお祭りなんだから浴衣を着なきゃ損じゃない。」
「「「ありがとうございます!!」」」
「浴衣なんて久しぶりだよ。」
「初めてなんだ、着るの。」
「浴衣はいいねぇ、夏の文化の極みだね。
 あと風鈴と蚊取り線香があれば...」

浴衣を物色し奪い合う部員たち。
だがシンジはあることに気づいた。

「あの、ミサト先生。
 ここにある浴衣って全部男物ですよね...」
「さっすがシンちゃん。
 良いところに気がついた!」
「はぁ...ありがとうございます...
 で、綾波たちのは...?」

本来着るべき女性陣の浴衣が無い。
チラリとレイを見ると何故かニコニコと自分に向かって微笑んでいる。
マナはマナでムサシに視線を送っているが、肝心のムサシはまだ浴衣の争奪戦を繰り広げていた。

「心配無用!!
 ちゃ〜んと気になるレイちゃんの浴衣は選んであるわよ。
 けど当日まで秘密よん♪」

右目をつぶって悪戯っぽくウインクする。
シンジはそれから逃れるようにレイに視線を送らせると...

「あの、シンジさん...
 楽しみにしててくださいね。」
「う、うん...」

顔を赤くしたレイがとてもカワイイと思えた。
そして夜は更けてゆく...










☆★☆★☆











リー...リーンリーン

夜も更け、外からは虫の鳴き声が聞こえてくる。
その外で1人佇み、夜空を見上げる少年が1人。

「甲子園か...
 夢が叶ったんだな...」

Tシャツにジャージといったラフな格好をして星空を見ているのはシンジだった。
外の静かさとは対照的に合宿所からは仲間たちと遊ぶ声が外まで届く。
その合宿所から一つの影が近づく。

「どうしたんだいシンジ君。
 みんなと遊ばないのかい?」
「カヲル君か...
 ちょっと感傷に浸るのもいいかなって思って...」

少しおどけた感じでシンジは話す。

「色々あったよね、この一年は...
 野球をもう一度始めて、沢山の人に出逢った。」
「そうだね。
 本当に忙しい一年だったね。」
「うん...でも楽しかったよ。」

笑顔で答える。
振り返れば本当に色々なことを経験してきた。
同じ夢を抱く仲間を集めるために走り回り、大きな壁に当たって挫折しかけたこともあり、強くなるために血と汗と涙を流してきた。
一年前からでは考えられないほどに強くなった。
それらは総て幼い頃から想い描いてきた夢のため...

「で、どうだい?
 念願の夢が叶った感想は。」
「はは、今でも信じられないよ。
 それになんだか夢が叶った途端に気が抜けそうで...」
「虚脱感や厭戦気分だね。
 大きな闘いの後は必ず起きるモノだよ。」

2人の頭上には満天の星空が広がる。
幾百、幾億の歳月を経て届く光に人々は願いを、そして誓いをかける。
その幼い頃から見てきた星空は時を経ても、場所を移しても同じだった。

「小さい頃からの夢だったんだ。
 火花を散らし、鉄をも溶かし、何もかも焼き尽くすような熱い闘いを...
 そう...
 誰にも真似できないような僕たちだけの歴史を創るんだ。
 この時代に産まれた想いを同じくする仲間と共に、甲子園でね...」

昔に想いを馳せるシンジの顔は笑っていた。
その顔を見るとカヲルも自然に笑顔が出る。

「それがキミの昔の親友との夢か...
 うらやましいよ...その人が。」
「でもこのことはカヲル君たちと一緒にって思ってるよ。
 それだけじゃない。
 甲子園に集まったみんなとやってみたいんだ。
 目指すモノが同じだからね。」
「そうだね。
 甲子園に集まったチームは全部同じ想いを抱いているからね...
 そう言えばシンジ君の親友って、一体誰なんだい?」

その存在を知っていてもそれが誰だかまでは知らなかった。
そしてシンジはカヲルを見てその名を告げる。

「 『鈴原トウジ』 と 『相田ケンスケ』 ...」

その瞬間、カヲルの表情が凍りつく。

「え...鈴原トウジって言ったら...」
「うん、トウジは昨年の甲子園優勝校...東雲高校の四番だよ。
 それからケンスケはベスト8の十六夜高校なんだ。」

シンジは自分の親友を誇らしげに語る。
そしてそのとき合宿所から2人を呼ぶ声が聞こえた。

「オーイ、シンジにカヲル!
 外につっ立ってないでこっちに来て遊ぼうぜ!」
「今行くよ!
 カヲル君、行こう。」

シンジは中に入り、カヲルだけがそこに取り残された。
独りだけになったカヲルは、これから始まるであろう激戦に対して笑っていたシンジに感心した。

「ハ...ハハハ。
 鈴原トウジに相田ケンスケか...
 とんでもない親友だな...」










「...そうなんだ、明日のお祭りに行くことになって...
 え? なんで来るわけ?」

校舎の中にある公衆電話からどこかに連絡を取る者が。
その者は声を忍ばせ身を小さくして、どっから見ても怪しいと思わせるに十分な姿だった。

「判ったよ、判ったって...
 じゃ、明日神社で...」

どうやら何か約束事を交わしたようだ。
そして受話器を置いて電話を切る。
その途端に緊張の糸が切れたのか、ホッとため息が出た。

「ふぅ...
 ...明日は大丈夫かな?」
「何が大丈夫なんだ、フジオ?」
「あ、麻生先輩!?」

誰も居ないと思っていたところに現れたススムに驚き、その姿が滑稽に思えたのでススムは本当に済まなそうに思えた。

「悪い、驚かすつもりはなかったんだ。
 でもなフジオ、彼女と電話するぐらい堂々とやれよな。」
「か、彼女なんていませんよ!」
「隠すな隠すな。」

ススムはテレホンカードを入れて番号を押す。
しかもしょっちゅう押しているので暗記しているようだ。
そして押し終わってコール音がすると感心したようにフジオに質問する。

「それにしても知らなかったな。
 フジオに彼女が居たなんて。」
「だから居ないんですよ!」
「???
 じゃあさっきの相手は誰だったんだ?」
「.........」

一瞬訪れる沈黙。

「...姉です...」
「お姉さん?」

それと同時に電話が繋がる。

「ハイ、野上です。
 ...もしもし?
 おっかしいな、誰も出ない...」

とんだ勘違いに呆然として、電話が繋がったのに気づかないススム。
そして背後から襲い掛かるヨウスケ。

「ウソ、フジオに姉貴が居たの?!
 紹介しろ!!」
「うわぁ、ヨウスケいつの間に!?」
「げ、望月先輩!」
「先輩に向かって 『げ』 とはなんだ!
 罰として絶対にオマエの姉貴を紹介しろ!」

先輩の特権を活かすヨウスケ。
だがフジオはそれに屈しない。

「なに言ってるんですか先輩!
 ちゃんと彼女がいるのに...まさか二股かけようってんじゃないですか!
 そんなことはさせません!」
「バ、バカやろう...
 アイツとはそんなんじゃないって...」

いつの間にかヨウスケは劣勢に陥る。

「出雲先輩でしたよね、確か。
 これは厳重に絞ってもらわないと...」
 姉さんはオレが守る!」
「テ、テメェ、ケンカ売ってんのか!!
 オレをなんだと思ってる!」
「女ったらし!」

先輩に向かってきっぱりと言い切るフジオ。

「オマエら静かにしろ!
 オレは電話中だ!!」

ススムが電話をしているのに乱闘は始まる。

「今の声って、ススム君?
 ちょっとどうしたの!」

受話器からはシズカのススムを気遣う声が響いていた...










☆★☆★☆











場所は比紀神社。
今日は祭り当日であった。
既に日は傾きかけ、辺りを茜色に染める。
そして境内の中は露店と人でいっぱいだった。

「うわぁ...
 人、人、人でいっぱい...」

人だかりに圧倒されるレイ。
レイは紺色にアサガオをあしらった浴衣に身を包み、巾着袋を片手に持ち、少しだけ高い下駄を履いていた。
それでも背伸びをして誰かを探そうとする。

「そんなに焦らなくったってちゃんとくるわよ。
 まったく子供じゃないんだから...」

からかうようにマナが言う。
マナは白を基調に山ユリの花が描かれた浴衣を着ていた。
こちらはスズランの花が描かれたウチワを片手に辺りを落ち着いて見渡す。
そこをミサトの悪戯心がコチョコチュとくすぐられた。

「あれってムサシ君じゃない?」
「ど、どこですか!」

先ほどまでの落ち着いた雰囲気は吹っ飛んで慌てて身なりを整えるマナ。
ミサトはニヤニヤと笑い、レイはその姿を見てお腹を抱えて苦しそうに笑う。
それを見てマナはようやく気づいた。

「ミ、ミサト先生!」
「だってマナちゃん見てたらからかいたくなって♪」

悪気をまったく感じさせない顔を見せて笑うミサト。
その横にはリツコとマヤの姿が。
この3人も浴衣に身を包み、普段とは違った姿を見せていた。
マヤは薄い桃色に桜の花が描かれ、リツコは黄色の地にネコが。
そしてミサトは髪と同じ色の紺の浴衣だった。

「でもホンットに女の子って反応だったわね。」

そう言いながらイカの丸焼きにがぶっと噛みつく。
左手には生ビールが入ったコップが...
それを見ていたリツコが一言。

「ミサトの場合はオバさんって反応ね。」
「グッ...」

ミサトの胸に直径3センチほどの風穴が空いたという。
それを見ていたマヤは...

「先輩も葛城先生と同い年なのに...」

綿菓子を食べながらボソッと呟く。
2人に気づかれないようにしゃべったのは懸命な判断であった。
とそこで、ちょいちょいとマヤの浴衣が引っ張られる。

「あらミズホちゃん、アナタも来てたの。」
「こんばんはマヤ先生。
 今日はみんなと来たんです。」

ミズホの後ろにはアユ、ミドリ、シズカ、カナといった3年レギュラー陣の恋人たちが並んでいた。
だが肝心の野球部員の姿が見えない。

「ったく何やってんのかしら加持のヤツ。
 普通遅れるのは女のはずでしょうが!」

ほろ酔い、というか泥酔の一歩手前になったミサトがグチる。

「そうね。
 ミサトの場合は待たせることはあっても待つことは無いからね。」

なだめているのかどうか判らないリツコ。
それを冷や冷やと見守るその他大勢。
そうこうしていると、やっと加持に率いられた野球部員たちがやってきた。

「よう、待たせたな葛城。」

飄々とした態度で加持が到着した。
その後ろに野球部員たちをズラズラと引き連れている。

「アンタねえ!
 女を待たせるとはいい度胸してるわねぇ(怒)」
「ワルイワルイ。
 商店街を歩いてたらお店の人たちに捕まって沢山もらっちまったぜ。
 な、みんな!」
「「「はい!」」」

ビールやジュースのケースや、お菓子やスイカやら、様々な商店街の贈り物を見せつける。
そしてミサトはビールケースを見るや否や走り寄り、頬ずりする。

「あああ...エビチュがこんなにぃ...」
「コラコラ、いい歳して何やってんだ葛城...」

そんな2人を尻目にマナやレイもやってくる。

「こんなにもらったんですかシンジさん?」
「うん、遠慮したんだけど...」
「これじゃあヘタな成績残せないわよムサシ...」
「そこはそれだマナ。
 祭りが終わったら、戻って宴会にしようって話になってな...
 という訳で...祭りだ!!」
「「「オウ!」」」

そして雪崩式に祭りへと散っていく。

「オイ、あそこにあんず飴があるぜ。」
「金魚すくいだ、なっつかし〜!」
「射的まであるぜ!」

仲の良い面子と境内へと通じる道に沿って並ぶ露店の人ゴミに消える。
レイはシンジのそばに寄って行く。
そしてわざわざ目の前で立ち止まった。

「シンジさん♪」
「ん、どうしたの...
 あ...綾波...浴衣カワイイね。」

そっぽを向いてシンジは話す。
気恥ずかしかったのかもしれない。
だがその言葉が嬉しかったのか、レイは頬を染めて答える。

「あ...(ポ)
 シンジさんだって似合いますよ、浴衣。
 男っぽくてかっこよく見えるし...」
「あ、ホント?」
「うん...
 でも浴衣なんて久しぶりで、なんだか恥ずかしい...」










☆★☆★☆











ドンデケ、テッテ、ツクツク...

遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
シンジは音の発する方を見てみると、そこには浴衣を着た少年や少女が櫓の周りで輪を描いて踊っていた。
ふとムサシから聞いたことを思い出す。

(ここにもご多分に漏れずにな、『第3新東京音頭』 ってのがあるんだ。
 昔はマナやケイタと踊ったもんだ)

シンジはそれを微笑ましく見ていた。
そしていつの間にか横に来ていたレイが話しかける。

「ここのお祭りは意外と有名で、隣町からも人が来るんですよ。」
「そっか、綾波は地元だもんね。
 それじゃ、あのコたちみたいに踊ったこともあるんだ。」
「ハイ、昔のことですけど。
 それからですね、お祭りの最後に花火大会があるんです。」

レイはこれ以上に無いほどの幸せそうな顔をしていた。

「じゃあ、2人で見ようか...」

その顔を見ているとシンジは自然に言葉が出た。
そしてレイはとびっきりの笑顔で答える。

「ハイ♪」










「ねえタツヤ、あんず飴とミカン飴、どっちがいい?」

紺色にヒマワリの柄の浴衣を着たアユがタツヤの目の前に差し出す。
しかもあんず飴には何故かかじった跡が...

「ミカン!」

タツヤはそれを見たのか即答する。
氷に置かれて冷やされた水飴、それに絡められたミカンにガブッとかぶりつく。
それをジト目で睨むアユ。

「ん、どしたんだアユ?」
「タツヤ、アンタねぇ!
 普通はちょっと間を置いて、頬赤らめてからあんず飴を取るのが常識ってモンじゃないの!!」
「オマエなぁ、少女漫画の見過ぎだぞ...
 それにオレはベロを真っ赤にしたくないだけだ。」
「ムーーーーー!
 それでも男か!!」

膨れっ面で残った食べかけのあんず飴にかじりつく。
それを横で見ていたタツヤの顔が優しく笑う。
そしてそのタツヤの視線に気づいたアユの顔が真っ赤に染まった。

「な、なに見てんのよ!」
「いや、その...なんだ。
 ...似合ってるよ、浴衣...」
「あ...」

アユの顔が持っているあんずよりも赤くなる。
会話がそこで途絶え、気まずい雰囲気が訪れる。
だがそれはアユだけがただ単に恥ずかしいだけであって、タツヤにとっては幸せな一時だった。
と言う訳でアユは話しを逸らすべく、他のネタを探す。

「そ、そうそう!
 甲子園には私たちも応援に行くからね。
 ほら、なんて言ったっけ、シンジ君の知り合いの人...」
「???
 ...ひょっとして槙村さんのことか?」

心当たりはそれしか思い付かなかった。
だが当たりらしく、話が弾む。

「そう、槙村さん。
 その人がね、甲子園の間だけ下宿させてくれるところを紹介してくれたの。
 名前は 『CAT’S EYE』 っていう喫茶店なんだ。」
「へぇ〜〜〜。
 あの槙村さんが。
 ...それで?」
「???
 ...だから...応援するから頑張ってね。」
「もちろん全力を尽くすさ。
 それから?」

『何か』 を執拗に聞いてくるタツヤ。

「...(汗)
 ...体に気をつけるのよ...」
「ハハハ、シャレにもならんことを言うなって。
 で?」
「...(汗々)」

アユにはその 『何か』 が判っていたが、恥ずかしくてとてもじゃないが言えなかった。
だがそれでもタツヤは聞きたかったのだ。
やがてアユは降参する。

「...言わなきゃダメ?」
「無視されたままじゃ、立場がないんでね。」

悪戯っぽく言うタツヤ。
その顔に観念してアユは言った。

「あ...ありがと。
 それから、タツヤも浴衣...カッコイイぞ...」
「サンキュ♪」

ボソボソッと小さな声だったが、タツヤには十分伝わった。










「あれ、ムサシに霧島さん。」

シンジがレイと歩いていると、ムサシとマナの2人に出くわした。
ムサシの浴衣姿は腕を大きく捲くり、胸元を大きく開けて、明治時代の柔道家と言ってもおかしくない出で立ちである。

「よおシンジ...
 コ、コイツと一緒にいるのはだな...その、深い意味は無いんだ...」
「...往生際が悪いよムサシ。」

恥ずかしそうな顔のムサシとは対照的にマナは幸せいっぱいの顔で、これまた幸せいっぱいな顔をしたレイと話している。
それを横で眺めるシンジとムサシ。

「そ、それにしてもさすがに恥ずかしいものがあるな...
 なあシンジ。」
「でかい図体してモジモジしないでくれ。
 気持ち悪いから...」

ムサシの顔は元々の色黒から真っ赤になり、更に青や黄色の光に照らされ、なにがなんだか判らなくなっていた。
更に良く見るとタコの風船を持っている。
ムサシにそんな趣味があったのかシンジには新鮮に思えた。

「ムサシ、どしたのそれ。」
「コイツか?
 ちょっとそこで買ったんだ。
 コイツと目が合った瞬間に 『買って(はぁと)』 って言われたもんだから。」
「ふ、ふ〜〜〜ん...」

疑わしさ120%のまなざしで見るシンジ。
とそこに浴衣の袖が引っ張られた。

「ねえシンジさん、あっちにかき氷があるんですって。
 しかもオマケしてくれるそうだから行きましょ♪」
「うん。
 じゃムサシ、そういうことで。」
「オウ、じゃあなシンジ。」

レイはシンジの手を取って人ゴミの中に消え、ムサシとマナもまた仲睦まじく消えていった。










☆★☆★☆











ポン! ポポン!

遠くから花火の音が聞こえる。
見上げればどこまでも続く漆黒の闇。
その中で輝く月と星。
シンジとレイは仲間たちから離れ、2人だけで過ごしていた。

「綾波、ここからなら良く見えるはずだよ。」

小高い丘に先に出たシンジが右手を差し出した。

「ありがとうございます。」

その大切な手を取るレイの頬は桜色に色づく。
そしてシンジは手を取ると、一気にレイを自分の元に引き寄せた。

「ヨッ!」
「キャッ!」

予想以上の力強さにレイは勢い余ってつまづいてしまった。
しかも慣れない浴衣姿だったために体勢を大きく崩す。

「危ない!」

転ぶ寸前のところでシンジがレイを支えた。
小さな肩を抱き、自分の胸元でその小さな体を受け止め、しばらくその大勢のままで時が流れる。
夜空を彩る花火の音が何故だか遠く感じた。
レイはおでこをシンジの胸板にピトッとくっつけ、心臓の鼓動を感じる。
その音は心地よく響き、いつの間にかレイは目を閉じて聞いていた。

(このまま時が止まってくれれば...)

そう思ったとき夜空に大きな花火が光った。

ドーン!

空気を震わせて、お腹に響く重低音。
やがて輝きを失う光の欠片。
シンジとレイは静かにその光が消えるまで眺めていた。
そして再び夜空を照らす花火。

「...座ろうか、綾波。」
「そうですね...」

2人は肩を寄せ合って腰を下ろす。
何も会話はなかった。
だがそれでも2人は幸せを感じていた。
好きな人を近くに感じるだけで心が優しくなる。
そばにキミを感じるだけで心が満たされていった。










ドーン! ...パラパラパラ...

やむことを知らない光の祭典が続く。
空に光が輝くたびに、その光の色に辺りが染まる。

ポフ...

するとシンジは自分の右肩が微かだが重くなったのを感じた。
ふと見るとレイの頭がちょこんと肩に乗っかっていた。
そしてその顔が桜色に染まっていたのが判った。
恥ずかしそうに、だが幸せそうな顔だった。
その顔を近くで見たシンジも目を細めて幸せそうにほころぶ。

グ...

そしてごく自然にレイの肩に自分の手が回された。
レイは最初は固く抱きしめるシンジを見上げ驚いたが、嫌じゃないのかされるがままに自分の体重を傾ける。
普段の自分からは考えられない行動だったのが判った。
だがこの夏を過ごしてきて、自分は変われたことを知った。
その変化をもたらしたのがこの少女であるのも...










「こっちに...第3新東京市に来る前に、ずっとこうしていたかった女の子がいたんだ...」

空に明滅する花火の光に照らされ、シンジが呟く。
その目はどこまでも哀しく、その果たせなかった想いを伝えていた。

「いつまでも...ずっとそばにいられると思っていた。
 僕が投げるだけでそのコは喜んでくれた。
 そのコが笑ってくれるだけで幸せだったんだ...」
「妹のレイさん、ですね...」
「うん...」

シンジはレイの問いに躊躇せずに答えた。

「大切な...たった1人の妹。
 僕が闘える理由だった...
 ...でも、二年前の夏の日に...レイは...
 その日を境に僕は闘わなくなった。」

そのときを想い出し、その目に涙が溜まる。
だが、それも少しだけだった。
心配をかけまいと、シンジはレイに微笑を向ける。

「でも、その無くなったモノを見つけた。
 たくさんの仲間たちと応援してくれる人たち...
 そして、綾波のお陰で。」

過去を振り返れば多くの仲間たちの笑顔が見えた。
失ったモノを見つけて、共に歩んできた日々。
その年月があったからこそ、自分は再び夢を見ることができた。

「綾波...」

シンジは自分を一番想ってくれている少女の目を見る。
そこには自分自身の顔が映っていた。
瞳と同じ色の髪に指をそっと入れる。
そしてその指を滑らせて頬から顎にかけての、そこはかとない曲線に添える。

「ありがとう...」

シンジはレイに微笑を向ける
するとレイは静かに目を閉じ、唇を差し出す。

「ん...」

レイの声が微かに漏れる。
重ねた唇のやわらかさが愛おしく、息の続く限り求め合い、そして名残惜しそうに離すと、そのままシンジの肩に頭を乗せた。










ドーン!

一瞬夜空が照らされ、キラキラと光の欠片が舞い踊る。
レイは肩に頭を乗せたまま、体をすり寄せて呟く。

「...綺麗ですね...」

シンジが回した右手に力を篭めてそれに答える。

「そうだね...」

満天の星空の輝きをかき消すような輝きを放つ色とりどりの花火は続いた...










☆★☆★☆











ザザザザザ

暗闇の中を、ぬかるんだ傾斜を滑り降りる。
雨が降りしきり、視界もまったく開けないのに走り続ける少年。

ピシャァ!!

雷鳴が走り、一瞬辺りを照らす。
その一瞬の光で少年の表情が読めた。
少年には焦りと怒りの色が現れ、走り続けていた。

バシャバシャバシャ...

飛び散る泥にも構わず走り続ける。

ドドドドドドドド

川は狂ったように降る雨により増水し、濁流となって荒れ狂う。
上流から流れてきた木々が幾本も浮き沈みし、その流れのすさまじさを物語る。
その川の流れの真ン中には1本の木が流れに逆らうように立ち、しかもそこには少女が必死にしがみついている。
川の流れに打ちのめされ、いつ流れに飲み込まれてもおかしくは無い状況であった。
そして少年は少女を助けようと走り続ける。










場面は移り、少年もまた濁流に飲み込まれようとしていた。
少年は必死になって木につかまり、腕の中で気絶している少女を護る。
そこから少し離れたところにも少年と同じように、もう1人の少女を護る大人の女性の姿が。
だが所詮は女の力、濁流に飲み込まれるのは時間の問題であった。
それでも女性は少女を護ろうと必死に木につかまる。

「.........!」

少年は声の限りに叫ぶが、濁流に飲まれて届くことは無かった。
流れに逆らうように立つ木に、力の限りにしがみつく少年と女性。
すぐそこにいるのに助けに行けない自分の非力さを少年は呪う。
少年は腕の中の少女を護らなければならなかった。
そして目の前で力尽きようとする女性と少女も...
だがどちらかを取ればどちらかを切り離さなければならない。
今の少年にはその残酷な選択ができない。
時間と体力が徐々に消耗し、やがて運命の刻が訪れた。

「.........!」

女性の力が尽き、流されまいと掴んでいた木から手が離れてしまう。
そこに流れ込む濁流により女性と少女はそのまま流され、少年はただその流れていく様を見ているだけだった。
だが少年は見てしまった。
力尽きる前に、女性は少年に向かって言葉と笑顔を贈っていたのだ。
死を予感したのか、或いは少年を想った行動だったのか、もはや知ることはできない...
少年は力の限り、腕の中の少女を護るだけとなった。
だが、女性の最期の笑顔と言葉は少年の記憶に刻み込まれてしまった。
そして少年は女性と少女の名前を声の限りに叫ぶ。










「レイ! 母さん!」
ガバ!!

視界が突然開けた。
そこは見慣れた合宿所であり、仲間たちがいびきと歯ぎしりを奏で、雑魚寝状態で所狭しと寝ている。
シンジは脂汗が流し、肩で大きく息をする。

「ハァッハァ...ハァ...
 ゆ、夢か...」

現実と夢の区別がついた。
いや、現在と過去の−−− そう言ったほうが正しい。
完全に目が醒めてしまったシンジは起き上がり、フラフラと部屋を出て外に向かう。
まだ夜明けには遠く、辺りは闇に包まれている。
シンジは頭上にある常夜灯に照らされ、呟いた。










「そうか、あの日が近いんだ...
 だから見たのか...あのときの光景を...」



第伍拾四話  完






落書き

これにてシンジ編は終了です。
今回は予選のエピローグ的なお話だったのですが、時間が足りなかったのかちょっと不完全でスイマセン。
いずれ描き直しますので...いつになるかは判りませんけど(笑)
で、次回からは新章に突入します。
という訳で予告です。
しかも今回はロングバージョンで。





















遂に舞台は甲子園へ移る










「よくやったな、シンジ。」
「おめでとう、シンジ君。」
「ありがとう、伯父さん、伯母さん。」










だがそれは過去との闘いの
始まりでもあった











「僕を置いていかないで...父さん...母さん...レイ...」
「シンジ、それがオマエの夢か。」
「頑張ってね、シンジ。」
「兄さん、今度の試合、見に行くからね。」










甲子園を舞台に
過去に夢を共にした者たちが集う













「シンジ、オマエの総てを否定したるワ!」
「アレはオレたちが知ってるシンジじゃない。」
「トウジ...ケンスケ...」










様々な想いが交錯し
不協和音を奏でる










「知っている? アンタは所詮、シンジの妹の代わりなのよ。」
「オナゴの顔を平気で殴れるヤツの気持ちなど、知りとうもないワ!!」
「シンジさん! 私は一体シンジさんのなんなんですか?!」
「誰も僕の気持ちは判らないよ...」










次々に明かされるシンジの過去










「今日からオマエは 『碇』 と名乗れ。」
「ここには父さんと母さん...そして妹が眠っているんだ。」
「碇...だったっけ、今の名字。」
「二年前...どうしたらいいのユミ、ソウさん...レイちゃん。」










二年前の夏の夜―――
総てはそこから始まった










「レイ、アンタもシンジが好きなんでしょう? だったらアタシたちはライバルね。」
「アナタ...シンジとレイは今、幸せですって。」
「大好きだよ、兄さん。 ...うぅん、シンジ...さん。」
「僕は誰が好きなんだろう...」










或いはそこで
総てが終わってしまったのか










「レイ! 今からそっちに行く!!」
「来ないで、兄さん!!」
「アタシが悪いのよ! あの時...アタシが...」
「さよなら、シンジ...それからゴメンなさいね、レイ...私のかわいい娘...」










甲子園で何を想い
何を願うのか










「夢だと思っていた甲子園...けど夢のままで良かったのかもしれない。」
「明日だよね、闘うの...どうする、鈴原?」
「アタシにはアイツの名前を呼ぶ資格すら無い...」
「レイ...シンジさんの妹...死んでまでシンジさんの心を縛るなんて...」










球児たちは総てを懸けて闘う










「望み通り潰してあげるよ...この僕の手でね。」
「今のシンジに勝っても嬉しくもなんともないワ!」
「データは全部揃っている。 シンジの過去を含めてね。」










否応無しに巻き込まれる仲間たち










「甲子園は復讐の場所じゃないよ、シンジ君。」
「ピッチャー交代だ! フジオ、オマエが投げろ!」
「オレはアナタに憧れていたんですよ、碇先輩!」
「私はシンジさんに何もしてあげられないの?」










掛け替えの無い仲間を
愛しき人を想い続ける










「私じゃダメなんです! だから...助けて...下さい...」
「いつまで悲劇のヒーローを演じるつもりなんだい?」
「忘れないよ...例えみんなが忘れても、アタシだけは忘れない!」
「ありがとう、レイ。 そして...」










過去と現在が繋がる時
 未来には何が見えるのか










「シンジは真のエースや...一緒に闘えるオマエらが羨ましいワ。」
「シンジだよ! シンジが帰ってきたんだよ!!」
「頑張れバカシンジ!」
「僕は...僕は第壱高校のエース、碇シンジです!」










大切な人への想い

甲子園編

「再会の刻」




















んで、申し訳ありませんが一回お休みさせていただきます。
いやちょっと...というか、まったく準備が出来てないんですよ。



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