「鈴原、相田、六分儀。
 ちょっと応接室にきてくれないか?」

始まりは担任のこの一言だった。
ガタガタとイスを鳴らして3人が教室を出て行く。
だが長い中学校生活でも応接室にはてんで縁がない。

「なんで呼ばれるんや?
 進路相談室やったらまだしも応接室やからなぁ。」
「はぁ...トウジ、判らないのか?」
「ケンスケ、もしかして...」
「シンジは気づいたみたいだな。
 ふふん、オレの情報によると...」

ケンスケはメガネをクイッとかけ直す。

「オイ、シンジ。
 ケンスケのメガネ光っとるで...」
「だいたい情報ったってロクなことないからね...」

応接室の前で話し込む3人。
とそのときドアが開いて担任の先生が出てきた。

「何やってるんだオマエら、早く入ってくれ。」
「「ハイ。」」

いそいそと入っていく2人。
そしてポツンと取り残されるケンスケ。

「オマエらオレの話を聞け!!」











大切な人への想い

第伍拾九話 過ぎ去った夏(其ノ弐)











「特待生!?」

教室にアスカの大声が響く。
彼女の大声はいつものこと(シンジとの夫婦喧嘩で)なのだが、聞こえた言葉が特殊だったため、みんなが注目する。

「うん、そうなんだ。
 僕たち3人が東雲高校にね。」

意外に冷静に話すのはシンジだった。

「ホンマ、ビックリしたで。
 応接室に入ったら、そこの野球部の監督ハンが座っとってな。」
「東雲高校って言ったら名門じゃない!
 スゴイ鈴原!!」

普段とは違って自分のことのように狂喜乱舞するヒカリ。

「うぅ、オレの情報が...」

で、隅では1人でいじけるケンスケが。





「ふ〜ん、じゃあ受験からも解放されたんだ。
 良かったわね、シンジ。」
「受験からは解放されるけど、テストがあるんだよね。」
「テストって、特待生の?」
「うん。」

スポーツに力を入れている東雲高校で、特待生の資格を得るための試験である。
この試験は新学期に入ってから行われる。
従って中3は通常、新学期になると退部なのだが、シンジたちは試験に備えて練習をしなければならなくなった。
だが甲子園に行くという夢のため、トウジやケンスケは喜んでいたのだがシンジだけが違った。
表面上は喜んでいても、少し暗い影がある。
その僅かな変化を見逃さないのは、幼馴染みであるアスカだけだった。

「...嬉しくないの?」
「なに言ってんだよアスカ。
 嬉しいに決まってるじゃない...」
「ウソおっしゃい。」

通常シンジが反論してくるとアスカは実力を持って排除するのだが、今回はただジッと見詰めるだけだった。
無言の圧力というのか、2人の間の空気は重くなる。
やがて降参してシンジは理由を話し始めた。

「また忙しくなりそうなんだ...」
「じゃあキャンプはどうすんのよ?」
「ゴメン...」

久しぶりの家族旅行であり、みんな楽しみにしていたのが、ある日突然キャンセルになるのだ、シンジは謝るしかなかった。
どんよりとした暗雲をまとって沈むシンジ。
しかしそこに救いの手(?)が差し伸べられる。

ムギュウウ
「ア、アヒュカぁ。」
「ハイハイ、腐らない腐らない。
 ホント内罰的なんだから。」

ほっぺたをつねる。
傍若無人なアスカの振る舞いなのだが、シンジは怒れなかった。
原因は自分にあり、そしてアスカの気持ちも判っていた。

「アンタの夢でしょーが。
 しっかりと追いかけなさい。」
「でも...」
「デモもストもない!
 いいシンジ、必ず合格するのよ!!」
「う、うん。」
「よろしい。」

ニッコリと笑顔を向ける。
シンジは思う、何度この笑顔に励まされたことか。










☆★☆★☆











時はあっという間に流れて夜−−−

カッチコッチカッチコッチ...

時計の音が寂しく聞こえる。
リビングにはレイ1人しか居なかった。
ゴハンの仕度は完了しており、あとはシンジの帰りを待つだったが...

「...遅いな、兄さん...」

いつもだったらもう帰ってきてもいい時間はとっくに過ぎている。
なのにまだ帰ってくる気配はない。
シンジからの連絡とアスカからの伝言はあった。
だがそれは曖昧なモノで 「遅くなる、詳しくは直接話す」 だった。
シンジだけではなくアスカまで同じことを言った。

「...ん?
 なんでアス姉まで同じことを?」

そのときレイの頭に豆電球がパッと点灯し、アスカが理由を知っているのに気づいた。
そうなると自分だけがのけモノにされた感じがして寂しくなってくる。
テレビをつけても、本を読んでも、満たされない。
シンジが居れば明るくなるのだが、居なければ途端につまらなくなる。
そのとき玄関のドアが開いて待ち焦がれた声が聞こえた。

「ただいま〜。」
「おかえりなさい、兄さん。」

シンジが野球部の練習から帰ってくると、パタパタとスリッパを鳴らして出迎える。
しかし見たモノは汗だくになって疲れきったシンジだった。

「ど、どうしたの兄さん?」
「ハハハ、練習が厳しくてね。
 それよりも今日ね...」

笑顔で言っているのだがヘロヘロなのが見え見えだった。
しかしレイはシンジの言葉を無視するように...

「とにかく、お風呂沸いてるから入っちゃって。」

荷物を持ってあげてシンジを促すレイ。
...ここでもし 「ゴハン? お風呂にする? それとも...ワ・タ・シ?」 と言えば新婚夫婦同然だった。
実際やったことはあったのだが、そのときは運悪くアスカがいて総ては水泡に帰したのだ。





「あれ、シンジは?」

勝手知ったるシンジの家とでも言うのかアスカがお邪魔してきた。
グルッと中を見渡してもお目当ての人物は居ない。

「お風呂だよ、アス姉。」

キッチンからヒョイッと顔を出して答える。
そのときレイがしかめっ面になる。

「またそんな格好してる。
 なんとかならないの?」
「いいじゃない、楽なんだから。」

クッションの上であぐらをかくアスカはタンクトップにホットパンツという姿だった。
女同士だったらまだしも、シンジという思春期真っ只中な少年もいるので精神衛生面は甚だ悪し。
レイが再三に渡って注意してきているのだが、直す気配はまったくない。

「ところでレイ、シンジから聞いた?」
「それって遅くなった理由?
 ううん、聞いてないよ。」

料理を温め直しながら答える。
ちょうどそのとき、シンジが風呂から上がってきた。

「上がったよ、レイ。
 あ、きてたんだアスカ。」
「きてたじゃないわよ。
 アンタまだ話してなかったの?」
「う...それは...」

腰に手を当てて詰め寄り、シンジは早くも押され気味になる。
とそこに舞い降りる天使。

「私がお風呂に入るように言ったんだよ。
 ハイ、兄さん。」
「ありがと。」

助けに入ったレイがシンジに冷たい牛乳を渡す。
攻撃するアスカ、窮地に追いやられるシンジ、そして助けに入るレイ。
いつもの構図である。





「で、なんで遅くなったの?」

ゴハンを並べながら本題に入る。
シンジとアスカは既にテーブルについており、並べられる料理を見ているだけだった。

「うん、実は東雲高校の特待生の話があったんだ。」

とても重要なことなのにサラリと言ってしまう。
しかしシンジにとって重要なのはそれ以外にあったのだ。
そうとも知らずレイは自分の兄を祝福する。

「東雲高校って言ったら名門じゃない!
 おめでとう、兄さん。」

これ以上ないくらいに笑顔を向ける。
その反面シンジの顔はあまり嬉しくなさそうだった。
シンジに関してアスカ同様に僅かな変化も見逃さないレイは兄の異変に気づく。

「嬉しくないの?」
「...これから、忙しくなるんだ...」

事情を全て話し、今回の家族旅行に行けないことを告げた。










☆★☆★☆











で、翌日−−−

期末テストも終わると授業らしい授業もなくなり、午前中で学校も終わりになった。
放課後となった今、ある者は帰路につき、ある者はそのまま遊びに行く。
そして運が悪い者は掃除当番が回ってくるのだ。

「ねえ聞いた、お兄ちゃんたちのこと?」

放課後の掃除で教室に残っていたミユキがレイに話しかける。

「...特待生の話?」
「なんだ、知ってるんだ。
 でもスゴイよね、東雲高校だなんて。」
「特待生!?
 東雲高校!?
 なになに、なんの話してるの?」
「「ノゾミ...」」

2人の会話に入ってきたのは 『洞木ノゾミ』 と言い、ヒカリの妹である。
委員長な性格のヒカリと違っておしゃべり(特に噂話)が大好きな少女であった。
ちなみにこの3人はクラスメイトであると同時に親友である。
そしてノゾミは親友と言う特権と天性とも言うべき話術と強引さを持って詳しく話を聞き出した。

「へぇ〜、六分儀さんたちが東雲高校の特待生か...スゴイじゃない、あの私立東雲高校!
 スポーツは盛んで全国大会に出る部活は数知れず、しかも上位に必ず食い込むほどの実力よ!
 それに加えて学業も同様で進学率は県内で五指に入るのよね。
 もう文武両道って言葉がピッタリな学校よ。
 しかも、しかもよ!
 夏の甲子園出場回数は20を軽く超え、内4回優勝!
 それと一昨年は春夏連覇の偉業を成し遂げたのよ!!
 名門中の名門よ、東雲高校は!
 良かったわね、おめでとう、レイ、ミユキ。」

一気にまくし立て、すっきりしたノゾミとは対照的に、呆気に取られてコクコクと赤ベコのように首を縦に振る2人。

「はぁ〜、お姉ちゃんも受験には張りきっちゃうだろうなぁ。」
「もしかして原因はウチのお兄ちゃん?」

ノゾミの言葉にミユキが聞き返す。

「そんなの決まってんじゃない。
 お姉ちゃん、トウジさんにホの字なの知ってるでしょ。
 さっさと告白すればいいのに...
 それに知ってる、レベル高いのよ東雲高校って。」
「でもヒカリさんだったら大丈夫じゃない?
 お兄ちゃんと違って頭良いから。」

ちなみにヒカリの成績は学年トップクラスだ。
アスカもヒカリ同様で、シンジは中の上辺り(それでも野球と両立しているからスゴイ)をキープしている。
ケンスケはシンジと同じ、トウジは...本人の名誉のために伏せておきます。

「どうしたのレイ?」

1人黙っているレイを見てミユキが気遣う。
ノゾミと違い、しかも大雑把で豪快な兄トウジを持つとは思えないほどミユキは良く気がつく。

「なんでも、ないの。」

無理に笑顔を作るレイ。
しかし今回のはノゾミにも判った。

「また 『お兄さん』 絡みなの?
 一体何が不満なの?
 東雲高校よ、甲子園間違いナシの名門なのよ!」

更にまくし立てるノゾミとは反対にレイは静かだった。

「特待生の話は嬉しいよ。
 でも、また忙しくなるんだって...」
「キャンプは、どうするの?」

ピンときたミユキが尋ねる。
レイは少しだけ笑顔を作って答えた。

「うん、兄さん行けないんだって。」
「えーーー!?
 それってレイ、アンタ一番楽しみにしてたヤツじゃない!」
「だって兄さんの夢なんだもん。
 仕方ないよ...
 私、ゴミ捨ててくるね。」

最後の言葉は笑顔で言ったにもかかわらず、暗く沈んでいた。
そして逃げるように教室から離れる。

「強くなるのは嬉しいけど、一緒に居られないのは辛いか...
 乙女心は複雑ね。」
「ブラコンもここまでくるとは。
 ところでミユキはどうなのさ?」
「私はレイほどじゃないよ。
 ...でもレイ、かわいそうよね。」
「そうよね。
 しかも相手はあのアスカさんだから、ね...」










☆★☆★☆











「はぁ〜あ、つまんないね。」

アスカとヒカリは暇を持て余していた。
普段だったらシンジたち3バカトリオと行動を共にしているのだが、現在その3バカは特待生試験に備えて練習に勤しんでいる。

「仕方ないじゃない、練習してるんだから。」

判りきった答えが返ってくる。
だがそれは言った本人自身にも言い聞かせていた。
アスカはシンジを想い、ヒカリはトウジを想う。
...哀れなケンスケである。

「甲子園か。
 ちっちゃい頃からの夢だもんね。」

アスカは昔を思い出してしばしの間、感傷に浸る。
それを見てヒカリは優しく微笑む。

「ど、どうしたのよヒカリ!」
「アスカも女の子なんだなって思ったの。
 六分儀君との思い出に浸ってたんでしょ。」
「だ、だ、だ、誰があんなヤツとの!
 そもそもシンジは弟みたいなモンよ、出来の悪いね!」

プイッとそっぽを向く。
顔が真っ赤なのは夕陽のせいなのか、はたまた...

「そんなこと言っていいのアスカ?
 知ってるでしょ、六分儀君が人気あるの。」
「ハン!
 世の中間違ってるわよ。
 なんで優柔不断のバカシンジなんかが!」

頑なにシンジを否定する。
物心ついてから今の今までこんな調子である。
特に他人がシンジを語るとそりゃあもう...

「アスカ!」
「な、なによヒカリ...?」

いきなりの親友の呼ぶ声にビクッとする。
こんなに大声を出すときは限られているのを知っている。
委員長としての責務を果たすときとトウジに関するとき、そしてもう一つは親友を心から心配するときだ。
ヒカリはアスカの本当の心を知っている。
だから素直になれず、意地を張り続け、総てを終わりにしてほしくはない。
後悔なんてモノはしてほしくなかった。

「...判ってるわよ、ヒカリ。
 自分が素直になれないことぐらい...」
「でも早くしないとホントに六分儀君、手の届かないところに行っちゃうかもよ?」
「ぐ...」

産まれたときから一緒で、姉弟同然に育ってきた2人。
いつまでも一緒に居られると小さい頃は思っていた。
だが人は成長する。
やがて大人になり、シンジの傍に居るのが自分でないときを思い浮かべると、アスカは心が渇くのを感じる。
特にそれが空色の髪をした紅い瞳の少女だったことを考えると...

(アタシ、たぶん祝福なんてできないな...)










☆★☆★☆











カギを使ってロックを外し帰宅する。

「ただいま〜...って誰もいないか。」

アスカのところは共働きなので両方ともまだ帰っていない。
し〜んと静かで、家の中だというのに寂しくなる。
リビングにいっても、キッチンを覗いても、誰も居ない。

トントントン

足早に階段を登り、自分の部屋に入る。
早く着替えて、お隣のシンジの家に行く気である。
シンジは練習で帰ってないだろうが、レイがいるはずだった。
妹のような少女であり、恋敵でもある。
しかし独りでいるより何倍も良い。

ガチャ

ドアを開けると制服からラフな格好に着替え始める。
制服をハンガーに掛け、タンスからTシャツを取り出す。
Tシャツに頭を通したとき、壁に掛けてあったビキニに目が止まった。
赤と白のストライプのビキニ。
シンジとレイとの3人でショッピングに行ったときに買った物。
試着して見せてシンジが耳まで真っ赤にさせ、それが面白くてからかったときを思い出す。





「じゃーん!」

片手でカーテンを開け、もう片方は腰に当てていつものポーズだ。
シンジが自分を見たとき一瞬の間ができ、次の瞬間には背中を向けていた。
だがアスカは背中を見せる際に顔が赤くなったのを見逃さない。
平均以上に発育した体にビキニなので、まともに見ていられないのが判った。

「こらシンジ!
 アタシの水着姿が見れないってぇ〜の!」
「そ、そうじゃないよ!
 ...良く似合ってるよ...」

シンジにはアスカが怒っているように聞こえた。
しかし背中を向けているので表情は読めない。

「ちゃんと見てもいないのに良くそんなこと言えるわね。」

胡散臭そうに向けられた背中に問いただす。
だが顔がニヤけていた。

「み、見たよっ!
 ホントに似合ってるよ、アスカ!」

ガチガチになった体から裏返った声を絞り出していた。
そんな2人を見ているレイはなんだか面白くない顔をする。
ふふんと鼻で笑うような仕草を見せ、アスカはガシッとシンジの顔を掴んで力任せに振り向かせた。

「だったら面と向かって言いなさい!」
「うわぁ!?」

シンジとアスカの目が合う。
予想通りシンジの顔は真っ赤だったのでアスカは機嫌が良くなる。

「どう、シンジ?」

問われたシンジの視線が徐々に下がる。
目から口許、あごのラインから鎖骨、そして胸へと。
だが胸から下へは行かず、止まってしまったシンジの視線にアスカは気づく。

「どこ見てんのよシンジ!」
スパァン!

見ろと言っておきながらこれである。
紅葉を咲かせながら、るるる〜と涙を流すしかなかった。





「はぁ〜あ...ひっぱたいたのはマズかったかな?」

後悔先に立たずである。
しかも折角買ったのに、見せる機会が今年はもう無い。

「今年の夏は、終わっちゃったか...」

ビキニを眺めながら残念そうに呟いた。



第伍拾九話  完






―――予告―――



五年前の今日、シンジとレイの父ソウが命を落とした日

その死者を供養する日が今年もやってきた

だが五年という歳月は子供たちをその事実から解放する

過去に囚われず、今を、未来を見続け、夢を追う

大人たちはそんな子供たちの成長を微笑ましく眺める





次回

大切な人への想い

「過ぎ去った夏(其ノ参)」



注) 予告はあくまでも予定です




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