テンポ良く階段を駆け上がる少女がいる。

「ホッ、ホッ、ホッ...」

お寺に続く階段を飛び跳ねるように登って行く少女は六分儀レイ。
白い肌、空と同じ色の髪、紅い瞳、そして整った顔立。
どこか別の世界から迷い込んだ妖精にも見える。

「105、106、107...108!」

最後の段を大きく跳び、スカートをフワリとさせ、腕を広げて静かに着地する。
10点満点、と心の中でガッツポーズを取ったかもしれない。

「ふ〜、さすがにこの階段は疲れるね。」

息を弾ませ空を見上げる。
レイは計108段の階段を登りきり、腰に手を当てて後ろを振り返った。
そこからは自分の住んでいる街を一望でき、階段を見下ろせば枝を伸ばす並木道と登ってくる数人の姿が見える。
その先頭は栗色の髪をした少女、惣流アスカ。

「遅いよ、アス姉!」
「アンタねぇ、1人でひょいひょい行かないでよ!
 ただでさえこの階段はキツイのに。」
「あ〜、ひょっとして運動不足ってヤツ?」
「んな訳ないでしょ!!」
バサバサバサ!

アスカは周りで鳴いているセミに負けないくらい大きな声を出すと、枝に止まっていた小鳥たちが驚いて飛び立つ。

「あ〜あ、大声出すから鳥さんたちが逃げてたじゃない。
 ゴメンね、声がでっかいアス姉を許してあげて。」
「レ〜イ〜(怒)
 誰の声がでかいってぇ?」
「ア、アス姉いつの間に...?」

つい先ほどまで階段を登ってたかと思いきや、レイのすぐ近くまできていた。
肩で息をしているところを見るとかなりの疲れが判る。
間合いを詰めたアスカは凄みをきかせて睨み付けた。

「アンタにはガツンと言ってやらなきゃダメね。」
「あわわ...
 ゴメンね!」
「レイ!
 待ちなさーい!」

脱兎の如く逃げるレイを追うハンターのアスカ。
階段を登りながら3人の大人たちが2人の声を聞いていた。

「あの2人はソウの墓参りにきてるのが判ってるのかな?」

長身痩躯な男が苦笑する。
彼の名は惣流アベル、アスカの父である。

「いいじゃないですか惣流さん。
 元気なのはあの人にとって何よりの供養になりますよ。」
「そうですよアナタ。
 子供は元気が一番って、いつも言ってるじゃないですか。」











大切な人への想い

第六拾話 過ぎ去った夏(其ノ参)











シャーーーーーー

風を切りながら自転車を走らせるシンジ。
時計を気にし、しかも立ちこぎなのでかなり急いでいた。

「まいったな、早くしないと...」

コーナーを曲がるために自転車を傾け、アウトインアウトで曲がる。
曲がりきると直線が続き、ペダルを思いっきり踏んだ。

ギキキィ!

長い階段の手前で自転車を止め、大急ぎで階段を駆け上がった。
目まぐるしい早さでシンジの体に木漏れ日が移り行く。
いくら体を鍛えているとはいえ階段、しかも108段も駆け登るのはかなりキツイ。
階段を2段飛ばしで行っても頂上はまだ遥か上だった。

「くっそぉ〜〜〜、一体誰なんだよ、こんな長い階段を作ったのは。」

不平不満を口にしながら駆け上がり、頂上で階段は途切れてそこからは青空が見える。
時々木漏れ日が目に入って眩しさに目を細める。
そして階段を登りきったとき、大きくバランスを崩した。

「うわぁ!?」
ズッデェ〜ン!

仰向けに倒れ、青空が広がる。
真っ昼間なのに酸欠からか辺りに星がちらついた。

「イッテ〜...ん?」
ススッ

太陽の光を遮る影が2つ現れた。
そして頭上から聞こえる聞きなれた声。

「ようやく到着のようね、シンジ。」
「遅かったね、兄さん。」
「これでも急いできたんだけど...あ。」

言い訳をするために2人を見上げたとき何かが見えた。

「...白...」

間の抜けた声でボーッと見る。
次の瞬間、シンジの目の前は真っ暗になり、一緒に激痛が走った。

「アンタどこみてんのよ!!」
バサバサバサ...

アスカの怒りの言葉が響き、鳥たちが驚いて飛び去る。
シンジの顔面はアスカに踏みぬかれ、これでもかとばかりにグリグリと捻りを加える。
哀れ、シンジの意識はどこか遠い世界に旅立ってしまった。










☆★☆★☆











チュン、チチチチ...

水汲み場では鳥たちが井戸端会議をしている。
その近くの竹でできたベンチにシンジは寝かされていた。
顔には水で濡らして冷たくなったハンカチが掛けられ、周りを取り囲むようにアスカたちが陣取る。

「まったくやりすぎよアス姉。」
「フン、シンジが悪いのよ!」

赤くなった顔をバツが悪そうにプイッとそむける。
多少なりとも悪いことをしたなと思ってはいるのだが、口より先に手(今回は足)が出るためにどうしようもない。
それをはたから見る親たちの顔は苦笑いだった。

「どうしてあんな風に育ったんだ?」

まったく心当たりが無いのか首を傾げて真剣に考えるアベル。
けど原因は少なからずこの父親にある。
豪快で細かいことは気にもせず、押しの強い破天荒な性格の父の背中を見てアスカは育ったのだ。
カエルの子はカエルとでもいうのか...
とにもかくにも子は親の背中を見て育つという。
アベルは自分のことをとかく忘れがちなので、妻のキョウコは力なく笑うしかなかった。

「うぅ...ん...」

呻き声を出しながらシンジは覚醒し、顔にかけてあったハンカチが落ちた。
レイは覗きこむように見る。

「気がついた?」
「あれ、レイ?
 ...イタッ。」

上体を起こすと顔面に痛みが走った。
良く見ると顔には足跡がついている。
それもそのはずでアスカは手加減ナシで踏んだのだ。
でもヒールじゃなかったのが幸いした。
ヒールだったら額に穴が開きかねないほどの威力を秘めているかもしれない...

「イタタタ...顔が痛いよ。
 でもなんで顔が...?」

不思議な顔をして思い出そうとするが、アスカはそれを慌てて制した。

「男なんだから細かいこと気にしない!
 それよりもさっさと墓参りする!」
「え?
 みんな終わっちゃったの?」
「とっくに終わってるわよ!
 ホラ、早く!」

背中を押してシンジを急かす。
レイも早くソウに挨拶をして欲しかったので、ニコニコと手を振っている。

「判ったって。
 じゃ、行ってくるね。」

走ってソウの眠る墓を目指す。
墓地の奥、冷たい石の下に五年前から眠っている。
享年35才だった。

「父さん、きたよ。」

笑顔で磨かれた墓石に挨拶をする。
五年という歳月は父親の死という事実を乗り越えさせた。
母親のユミが見守り、妹のために強くなり、幼馴染みに励まされた。
多くの人のお陰で今を笑っていられる。

「聞いてくれる?
 名門の東雲高校から特待生の話があったんだ。
 そこに入れば甲子園に行ける、夢が叶うんだ。」

シンジはなにも言わない石に向かって嬉しそうに話す。
そこに父親が居るかのように...

「テストに合格すれば...うぅん、必ず受かってみせる。
 絶対に甲子園の土を踏むよ。」

今は亡き父親に誓いを立て、しばらくの間なにも言わずに墓石を見詰める。
なにも語ってくれないただの石。
だがシンジにとってそれで良かった。
過ぎ去った刻よりも今、そして夢のある未来が大切なのだ。
傍には親友や幼馴染みや家族、大切な人がいる。
過去を振り返る必要などなかった。
そしてシンジは別れを告げる。

「じゃあね、父さん。
 ...また来年...」










☆★☆★☆











「お待たせ〜。」

シンジは墓参りを済ませて戻ってきた。
アスカたちはお寺の縁側で、住職さんから頂いたお茶とお菓子を摘んでいた。

「ちゃんと挨拶したの?」
「うん、いつも通りにね。」
「そっ...ならよろしい。」

アスカに笑顔で返し、レイから冷たいお茶を受け取ってノドを潤す。
飲み終わるとこれからの予定を聞いた。

「ところで、これからどうするの?」
「ん〜、これといって予定がないのよね。
 シンジはまだ練習があるんでしょ?」
「それなんだけど、予定が変わってね、予選を見に行くんだ。」
「予選って、甲子園の?」

今の時期は甲子園出場を懸けた闘いが全国各地で行われている。
そしてココ兵庫県でも始まっているのだ。

「今日は東雲高校の試合があるんだ。
 だからね。」

シンジは嬉しそうに話す。
もしかしたら来年はそこのユニフォームを着るかもしれない。
しかも夢にまで見た甲子園でだ。
浮かれるのも無理はなかった。

「ふ〜ん。
 じゃ、あの2人も一緒なんだ。」
「もちろん。
 ケンスケなんかカメラ持ってたよ。
 駅前で落ち合う約束なんだ。」
「駅前...」

なぜかアスカはそこでジャージ姿と迷彩服を思い浮かべる。
すると不機嫌な顔になり、頭痛がしてきた。
過去に何かあったのだ。
そのときレイが入ってきた。

「兄さん、私も着いてって良いかな?」
「もちろん良いよ。
 アスカはどうする?」

いきなり自分に振られ、ハッと我に返る。
そして返事は即答だった。

「行くに決まってるでしょ!」

だがトウジとケンスケも一緒という、不安要素も混じっていた。





で、待ち合わせ場所−−−

「ちょっと意外ね。」

アスカの感想であった。
迷彩服だと思っていたケンスケの服装はちゃんと学校の制服だった。

「そりゃ学校には制服じゃないと行けないからね。」

カメラを片手に答える。
しかしケンスケの言葉に例外もあるようで、トウジはジャージ姿だった。

「変わり映えのしない男ね。」
「なめとんのか!」

今も昔も変わらないジャージ姿である。
こうして美少女2人と平凡な少年、カメラを持った学生、ジャージ男と、かなり異質な組み合わせで予選会場に向かうこととなった。



電車の中−−−

「あんまり近づかないでよ、恥ずかしい!」
「ジャージはワイのポリシーや!
 心の狭いヤツやなぁ。」
「2人ともやめなよ...」
「すごい美人だ、カメラカメラぁ!!」
「兄さん、予選会場ってどこなの?」
「ああ、それはね...」
「シンジ!
 なんとか言ってやりなさいよ、このバカに!」
「ワシらは親友や!
 な、シンジ。」
「いや...そのぉ...」
「シャッターチャンスだぁぁぁ!!」
「席あいたよ、座ろう兄さん。」
「そうだね、早く座ろう(ダッシュ)」
「「待ちなさい(待たんかい)シンジ!!」」
「ぐはぁ!
 フィ、フィルムが切れたぁ(血涙)」
「このアタシから逃げるとは良い度胸してるわねぇ(怒)」
「見損なったでシンジ!
 ワシらの友情はそないなモンやったんかぁ(涙)」
「た、助けて、レイ...
 あれ、いない?」
「ゴメンナサイ、兄さん。
 ...無力な私を許して...」
     :
     :
     :
     :





で、到着−−−

「アンタのお陰で、えらい恥をかいちゃったじゃない!」
「オマエかてでかい声でわめき散らしおって!
 よ〜そないなこと言えるな!」

電車から降りても続いている口喧嘩。
ヒカリがいればなんとかなったかもしれないのだが、あいにくと今はいない。

「もうやめなよ2人とも...」

両方の頬に紅葉を咲かせているシンジが止めに入る。

「ムダよ、兄さん。
 ほっといて行きましょ。」
「先に行けば行ったで後が怖いんだけど...」

その後、予選会場に着くまで延々と続いてしまったという。










☆★☆★☆











「ここが予選会場か...」

兵庫県内にある、とある市民球場。
今日はここで強豪東雲高校の試合が行われている。

「グズグズしてないで、さっさと入るわよ。」

アスカを先頭にシンジたちはスタンドに入った。
まず驚いたのは観客たちの応援であった。
甲子園の常連校ともなれば応援団やブラスバンド、チアガール等、全てが揃っていた。

「ス、スゴイ...」

今まで、こんな応援を受けたことの無いシンジたちの正直な感想だった。
しかも甲子園ともなると、これ以上になるのだから想像もできなかった。

さらに驚いたのがグラウンドで闘う球児たちの姿だった。
中学レベルとはまったく違い、両チームともに統率が取れ、甲子園を経験している東雲高校は個々の実力さえも自分たちとは段違いだというのが一目で判った。

シンジたちは完全に目を奪われ、気がつけば圧倒的な実力で東雲高校が大差で勝利したところだった。





「これが甲子園のレベルなのか...」

不安や気負いがシンジの体を駆け巡る。
クセなのか手を握っては開いたりして汗がにじんでくる。
その気持ちはトウジもケンスケも同じだった。
東雲高校から特待生の誘いがきたと言っても、レギュラーになれるかどうかも判らない。
それどころか自分たちと同じように特待生の試験を受ける球児たちも沢山いるのだ。
シンジの頬に夏の炎天下にもかかわらず、冷や汗が流れる。
近くにいたレイは心配そうに見ていた。

「兄さん...」
「あ...ゴメンね、ちょっと驚いてたんだ。」

不安な顔から一転していつもの顔に戻る。
しかし無理に作っているのがレイには判った。
いつもの笑顔が見えず、それがレイの不安を増大させる。

「ふふ〜ん。
 さてはシンジ、ビビッてるなぁ?」

悪戯っぽくアスカが寄ってきた。
すかさずシンジは反論するのだがアスカには通じない。

「そ、そんなことないよ!
 ただちょっとだけ驚いただけだよ!」
「ちょっと〜?
 アンタのちょっとって一体どれぐらいなのよ?」
「う...」
「ほれ見なさい。」

アスカに対して隠し事のできない性格なので言葉に詰まる。
実際シンジに関することは9割方知っているのだ。
顔の表情からしゃべり方、目線、etc...
産まれたときからお隣りさんなので誰よりも、家族であるレイよりもシンジを把握していた。
従って元気の無いシンジの接し方を心得ているのだ。

「今からそんなんでどうすんの!」
「そんなんでって、だって実力が違いすぎるから...」
「甲子園は来年からでしょうが!
 あと一年あるんだからガンバりなさい!!」
「ハイ...」

まったくの正論なので黙って聞くしかなかった。
頭の上がらないのは、今も昔も変わらない。
しかし時と場合によっては、アスカはとても心強かった。
気落ちしたときなど、いつも傍にいてくれた。
からかいにも思えるのだが、いつの間にか元の自分に戻っているのだ。
そして今回もまた...

「うん...そうだよね。
 頑張ってみるよ。」
「よろしい。」
「とりあえずは特待生の試験をクリアしないと!」
「...ガンバレ。」

自信を取り戻したシンジに励ましの言葉を伝えるアスカ。
そんな2人をレイは複雑な気持ちで聞いていた。

レイは妹という存在でシンジに護らなければならない、という気持ちを植えさせて強くした。
アスカはシンジの傍にいて支える。
どちらがよりシンジにとって良いのかは、レイには判っていた。
自分は今まで支えてもらうしかできなかった。
しかしアスカは...

「.........」

レイにとってアスカという存在は、頼りになる姉であると同時に最大の恋敵でもあった。
そのときケンスケが切り出した。

「なぁ、もっと近くにいかないか?」

階段を降りてフェンス際に行こうとしていたときだった。





フェンス際までくると、ちょうど選手たちがグラウンドを出るところだった。
グラウンドに一礼をして出口に向かう。
その先頭は東雲高校の監督の 『時田シロウ』 であり、シンジたちに特待生の話を切り出した本人でもある。

「見てみい、アンときの監督ハンや。」
「時田シロウ。
 三年前に赴任してきて、一昨年の春夏甲子園連覇の仕掛人さ。
 レギュラーの個々の実力も去ることながら、あの監督の采配も一級品と言われている。
 今年も優勝候補の筆頭に挙げられるだろうな。」

ケンスケが知っている情報を話していると、その時田が3人の存在に気づいた。

「六分儀君に鈴原君、相田君じゃないか。
 なんだ、きてくれたなら言ってくれれば良かったのに。」

結構気さくな人柄なのか、柔らかい口調で話しかけられた。

「で、どうだったかなウチの試合は?」
「いやもう、スゴイの一言ですワ。
 さすが甲子園の常連校です。」
「相手校も中々のところですよね。
 その学校を相手に余裕の大差で勝つなんてスゴイですよ!」

トウジとケンスケは、東雲高校の実力にただただ感動していた。

「そう言ってくれると嬉しいね。
 六分儀君はどうだい?」
「え、僕ですか?」

突然話を振られて戸惑う。
それもそのはずで、シンジは時田の話をあまり聞いていなかった。
理由は東雲高校の一年生にしてエースの座に着いた少年であり、そのことは時田も気づいていた。

「どうかな、ウチのエースの 『岩瀬トシフミ』 は。」
「あ...とてもすごかったです。
 まだ一年生なのに...」
「ウチの秘蔵っ子だ。
 これで来年は君たちが入ればもう言うことないね。
 投手面では君との連携ができるし、打撃面は鈴原君、守備は相田君と...
 来年や再来年が本当に楽しみだよ。
 じゃ、特待生のテスト、頑張ってな。」

それだけ言うと時田はグラウンドを後にして、その後ろに続く東雲高校のレギュラーたちをシンジたちはフェンスから眺める。
そのフェンス一枚分が今の自分たちとの差なのだがヤケに大きく感じられた。
ベンチ入りを含めて16人しか甲子園の土を踏むことができない。
特待生として入学しても、その16人に入れる保証は無いのだ。
しかしこの学校ならば確実に甲子園に行ける。
優勝も夢ではない、それだけの球児たちがそろっているのだ。





「なに今の監督!
 シンジとの連携ですって、二股かけようってぇの?」

先ほどの会話を聞いていたアスカが自分のことのように憤慨する。
さらに苛立たせるのがシンジの態度だった。
あんなことを言われても何も言い返さない、時田の言うことが当たり前のように見えたのである。

「アンタもアンタよ!
 あんなこと言われて腹が立たないの!!」
「実際、向こうの方が強いんだよ。
 だから仕方が無いかなって、ハハハ...」
「ハハハ...って、笑ってる場合か!!
 だったら練習する、でもってあの監督を見返してやるのよ!
 傷つけられたプライドは、10倍にして返すのよ!!」
「傷つけられたって...そんな風には思ってないんだけど...」
「うだうだ言ってる場合か!
 早く帰って練習するのよ!!」

スタンドの一角で始まるいつもの出来事。
それを眺めるいつもの仲間たち。

「また始めよったで。
 よ〜飽きんな。」
「いつものことさ。
 変わらないのは良いことってね。」

呆れ果てて傍観するトウジと2人の姿をファインダーに収めるケンスケ。
そしてレイはその光景を面白くなさそうに見ていた。










☆★☆★☆











「...ただい、ま〜〜〜。」
バタン、キュウ...

シンジはその後アスカの絶対命令により、死ぬほど練習をして帰ってきた。
巻き添えを食らったトウジとケンスケも同様であろう。
その後ろにはもちろんアスカとレイが着いていた。

「だらしないわねシンジ!
 さっさとお風呂入って着替えなさい!!」
「アス姉...兄さん力尽きて寝ちゃったよ。」

玄関先で倒れて寝てしまっていた。

「今帰ったのか、みんな。」

アベルが笑顔で迎えにやってきた。
しかしこの有様を見て苦笑に早変わりし、シンジを担ぎ上げる。

「シンジ君も大変だな...よっと。」
「ただ単に根性ナシなだけよ!
 ホント、シンジったら!!」
「根性はあると思うよアス姉。
 今日は今までで一番ひどかったじゃない...」
「アタシが言いたいのはあの監督よ!!」

ご立腹なアスカはどうやらあれからずっとこの調子だったようだ。
お陰でシンジは精も魂も尽き果てるまで練習をやらされた。
リビングまで運ぶと、取り敢えずシンジをソファーに寝かせて上にタオルケットをかけた。

「まったくここまで焚きつけることはないだろう。」
「なに言ってるのよパパ、あの監督ったらひどいのよ!!」

ここまでくると、もはや焼け石に水である。
しょうがないのでレイに事情を聞くことにした。
で、そのときのことを話すと...

「う〜〜〜む、そんなことを言ってたのか。
 でもそれは当たり前なんじゃないか?」
「パパまでそんなこと言うの?
 見る目ないわねぇ。」

身内にまで言われて不機嫌極まりないアスカはジト目で睨む。
最愛の娘の痛い視線にもめげず、大人の余裕でアベルは諭す。

「シンジ君の強さは判っているさ。
 でも野球は1人でやるものじゃないだろう。
 現にシンジ君の打率は...」
「そ、そりゃシンジは打つのはからっきしよ...」
「打つ人、投げる人、守る人、それぞれが役割を持ってチームを作るんだ。
 足りない部分はお互いに補うモノさ。」
「でも...」
「それに勝ち上がれば上がるほど連戦連投じゃないか。
 いくらシンジ君とはいえ体力にも限界がある。」
「む〜〜〜〜〜...」

上手い具合にやり込まれてしまい、なにも言えなくなるアスカ。
ユミもキョウコもそんなアスカを微笑ましく見ていた。

「相変わらずね、アスカちゃんも。」
「あの子も自分がシンジ君のことを言うのは良いけど、他人に言われるとダメみたいね。」

レイは静かに寝息を立てているシンジの傍らで、古風にもウチワで扇いでいた。

(大丈夫かな、兄さん...)





こうしてソウの命日は騒がしくも、いつも通りに過ぎていった。
そして日は進み、レイの14歳の誕生日がやってくる。
最期の誕生日が...



第六拾話  完






―――予告―――



年に一度の記念日である誕生日

今年もまたレイの許にやってきた

だが今年で最期になるのを、まだ誰も知らない

兄であるシンジも、姉のようなアスカも、そしてレイ本人ですら...





次回

大切な人への想い

「過ぎ去った夏(其ノ四)」



注) 予告はあくまでも予定です




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