「ねえ父さん、まだ?」

浴衣姿の幼いシンジが父に聞く。
花火大会の帰り、父親のソウに誘われてシンジたち家族は、とある場所を目指していた。
外灯も無い暗い夜道、月と星の明かりが微かに道を照らし、僅かな光があるだけで周りは闇に覆われている。
その中を浴衣姿の幼いレイは自分の兄にピッタリとくっついていた。
普段以上に身を寄せてくるのでシンジは怪訝に思う。

「どうしたのレイ?」

いつもならば、なにかしら返事が返ってくるのだが、今回は何も返してこない。
その代わりに繋いだ手に力を篭める。
そこで普段と違うレイに気づき、母親であるユミに助けを求めた。

「大丈夫よ、レイ。
 ほら、こうすれば...」

ユミはそう言うとレイを自分の胸元まで抱き上げる。
するとレイはユミの胸に顔をうずめた。

「母さん...」
「心配ないわよ、シンジ。」

ユミはポンポンとレイの背中を優しく叩く。
今のレイに聞こえるのはユミの心臓の鼓動だけ。
その昔、誰もが感じた心に染みわたる音。
やがてレイの小さな体から力が抜け、規則正しい息遣いが聞こえた。

「あらあら、寝ちゃったわね。」
「なに、レイが寝た?」

ソウが聞いてきた。

「アナタが引っ張り回すからですよ。
 一体いつ着くんですか?」
「う〜〜〜ん、もう少しなんだが...」

先頭を歩くソウは思い出しながら進む。
シンジも不思議そうに思いながら着いていく。
一体どこに連れて行ってくれるのだろう−−−

「やっと着いたぞ!」

ソウの嬉しそうな声がした。
シンジとレイを抱いたユミは走り出す。
暗い道を抜け、狭かった視界が一気に開けた。

「うわぁ...」

林道から出ると、夜空を埋め尽くすような星々の輝きが広がる。
幾百もの歳月を経て届く光に何も言えなくなる、言葉はなんの意味も持たない。
いくつもの星が集まって作り出す天の川はどこまでも続き、シンジは感動のあまりただボーッと見上げているだけだった。





「レイ...起きてごらんなさい。」
「ん...」

ユミが囁くとレイが寝ぼけ眼で起きた。
そして目の前に広がる満天の星空に言葉を失う。

「...ふぁあ...」

シンジもレイも、ユミですら我を忘れて星空を見上げていた。
連れてきた甲斐があったのか、ソウは微笑む。

「どうだ、オレの取っておきの場所は。」

手を伸ばせば掴めそうな星々。
シンジたちは時間を忘れて眺めていた。











大切な人への想い

第六拾壱話 過ぎ去った夏(其ノ四)











pipipipipi

目覚ましが朝の訪れを知らせる。
モソモソと手が伸びてスイッチを切ると、ノロノロと起きだすシンジ。
時間を確認するとベットから出て、学校(今はすでに夏休みなので練習だけ)に行くために身支度を整える。
その際にカレンダーに目を行かせて日付を見る。

「...あれ?」

Yシャツのボタンにかけていた手が止まる。
目をパチクリと瞬かせて見ると、今日の日付に赤丸でチェックされていた。
するとある情報が頭にかすめ、途端にダン! と壁に手をついて食い入るように見る。
ちなみに顔は青ざめていた。

「ウソ...今日だったっけ...」

今日の日付の欄には 「レイの14歳の誕生日」 と書かれてあった。
さすがのシンジもまさか今日まで気づかなかったとは思えなかった。

「...特待生の話が入ってから練習が忙しくなったから...?
 いや、そんなのは言い訳に過ぎない。
 ...でも何も用意してない...どうしよう...」

シンジたちは現在夏休みを利用して、特待生試験のために朝早くから夜遅くまで練習していた。
まさしく野球以外のことを考えずにである。
しかしそれが今日の日を忘れさせる原因になるとは思いもよらなかった。

「兄さ〜ん、朝だよ。」

キッチンから聞こえるレイの声。
なかなか起きてこないので、まだ寝ているのかと思ったらしい。

コンコン
「起きてる、兄さん?」
「お、お、お、起きてるよ(汗)
 今、出るから...」
「早くしないと練習に遅れちゃうよ。」

パタパタとドアから遠ざかるスリッパの音。
レイも朝は忙しいのだ。

「...レイは気づいてないのかな?
 でも自分の誕生日を忘れるはずないよね...」

とかなんとか言ってる割には自分の誕生日は忘れていた口である。
この場合も野球部の練習が忙しくて当日まで忘れており、アスカとレイからプレゼントをもらうまで気づかなかったのだ。

「まさか、ね。」

自分じゃあるまいし、と思って身支度を整え、最後に水晶の首飾りを手に取る。
これはレイの13歳の誕生日に、お互いにプレゼントした思い出のモノ。
幸せに恵まれますように、との願いが篭められた大切なモノ。
フッとシンジの顔が綻ぶ。
しかしそれも一瞬のことで複雑な顔になった。

「う〜ん、今年はどうしよう...」

うなって考えてしまう。
だが現実に引き戻すかの如く、レイの怒った声が響く。

「兄さん!
 いい加減に起きて!!」










☆★☆★☆











ガチャガチャとキッチンでは洗い物をするレイの姿が。
心なしか食器たちがヒィィと悲鳴をあげているようにも見えなくもない。
それもそのはずでレイの顔はいつもと違って仏頂面だった。
そこに現れる母親のユミ。
いつも絶やさぬ笑顔が性格をうかがわせる。

「おはよう、レイ。」
「おはよう、お母さん。」

笑顔で朝の挨拶を交わす。
でもレイの顔は機嫌の悪さが隠せなかったのか引きつっていた。

「どうしたの、レイ?」

笑顔で優しく聞いてくる。
血を分けた子供であるシンジ、血の繋がらない養子であるレイ。
しかしユミの笑顔は2人に分け隔てなく与えられる、それほどにまで想ってくれるのだ。
よってシンジとレイはユミの笑顔には弱い。

「...兄さん何も言ってくれなかった...」

拗ねた感じで母親に言う。

「誕生日ね。
 まったくあの子は...」
「練習で忙しいのは判ってるけど、おめでとうの一言ぐらいかけて欲しかった...」

プレゼントを買ってる暇などないことは百も承知だった。
でも、言葉だけでも欲しいのが正直な気持ちだ。
沈んだ気持ちを表すかのように、空色の髪と燃えるような紅い瞳は輝きを失っていた。

「大丈夫よ、レイ。
 今日はまだ始まったばかりなんだから...」

そっとレイを抱き寄せて諭しかける。
愛しい我が娘−−−
抱きしめる腕から暖かい想いがレイに伝わる。

「...そうだよね、まだ始まったばかりだった。
 ありがと、お母さん。」

レイにいつもの笑顔が戻る。
それを見ただけでユミは嬉しくなる。
子供の幸せは親の幸せにも繋がる。

「今日はまだ始まったばかり!
 今年こそ、今年こそは...!」

やけに気合が入っているレイ。
グッと握り拳を作り、自分の髪と同じ色の空を見上げる。
恋という闘いに挑む女の子であった。
とそこに入るユミのツッコミ。

「今年こそ、なに?」
「...(ポ)」

頬がいい色に染まる。
そして場を取り繕うようにしゃべるレイ。

「なんでもないよ!
 それよりお母さん、会社に遅れるよ。」

ガチャガチャと洗い物を再開する。
水がジャブジャブと飛び跳ねて浮かれているのが判る。
ユミはそんな我が娘を見守り、自分の部屋に戻ると今は亡きソウの写真を手に取る。

「おはよう、アナタ。
 今日でレイも14歳、恋に頑張る乙女ね。」

そのときのユミの顔も同じだった。
今でこそシンジとレイの母親だが、ソウの妻であった自分、そしてソウに恋した自分を想い出す。
あの頃も幸せだったが、今も幸せである。
そっと写真に手を添えてしばしの間、その刻に想いを馳せる。

「...さてと、そろそろ行かなくちゃ。
 行ってきます、アナタ。」

写真を置き、カバンを手にする。
それと一緒にリボンの着いた箱も取った。










☆★☆★☆











「「レイの誕生日?!」」

トウジとケンスケが見事にハモる。
ただいま3バカトリオは昼食でグラウンドの隅にある木陰で休んでいた。
そこでなにかと悩みの多いシンジは、親友たちに知恵を借りようとしていたのだ。

「実は今日の朝まで気づかなくてプレゼント買ってないんだ...」
「意外だな、忘れてたなんて。」
「そらま、ここんトコ忙しかったからな。」

トウジは弁当をかき込みながら答えている。
ケンスケはパンをかじりながらで、シンジはハシが動いていない。
考え事があるとそれ以外は疎かになってしまうのだ。
ちなみにシンジの弁当はレイのお手製であり、トウジはミユキの、ケンスケは近くのコンビニで買ってきた。

「2人とも何か良い考えない?」
「とは言っても...当日じゃ難しいな。
 帰りがけに買ってくしかないだろ。」
「ほな、早目に上がるか?」
「今日は特別だからな。」
「ありがとう、トウジ、ケンスケ。」

取り敢えずは帰りがけに、ということになった。
しかしそこに邪魔する者が現れる。

「なんの用意もしてないの、バカシンジ!」
「ア、アスカ!?」

腰に手を当ててシンジを見下ろすアスカだった。
その近くにはヒカリの姿もあり、2人は制服だった。

「なんでアスカがここに?
 夏休みだよ?」
「アンタバカァ?
 受験のための補習があんの!」

学校が主催する夏期講習会である。
シンジたちとは違い、アスカとヒカリは普通に学力での受験なのだ。

「そらまた難儀なヤツやなァ。
 夏休みまで勉強なんかしとうないワ。」
「ハン、アンタたちとは違うのよ!」
「2人ともやめなよ。」

イヌとサルの仲なのか、反りが合わない2人である。

「とにかくシンジ、アタシが着いてってあげるから感謝することね!」
「アスカがぁ?
 なんでまた...」
「アンタに任せたらいつまで経ってもプレゼント決まらないでしょ!
 それにあの2バカじゃ参考にならないわよ。」

アスカがビシッと指した方向にはその2バカが。
トウジを見ると弁当が終わって買ってきたパンを食べており、ケンスケは愛用のカメラを片手に陸上グラウンドへとレンズを向け、被写体となる女の子を探している。

「......うん。」
「決まりね。
 じゃ、今年もパーッとやるとしますか。
 ヒカリ!」

親友のヒカリに声をかける。
しかし彼女はトウジのパンを気にしていた。

「ヒ・カ・リ!」
「な、なにアスカ!?」
「鈴原のなにを見てるのかな?」
「う...」

まさかパンなんかより自分がお弁当を作ってこようか、などとは言えない。
でもニヤリと笑うアスカには判っているようだ。

「ま、そんなことよりヒカリ、確かノゾミちゃんたちってレイと買い物に行ってるわよね。」
「うん、朝からだったよ。」
「ミユキも一緒や。」
「なんでアンタが知ってんのよ?」
「そ、そらぁ...」

トウジもレイの誕生日を知らなかった。
今朝方ミユキに言われて気づき、その際に一緒にプレゼントでも買ってやれとお金を渡したのだ。

「なるほどねぇ。
 アンタがプレゼントを買うよりミユキちゃんに買ってもらった方が何倍も良いわね。」
「相変わらず根性ババ色なヤツやなぁ...」

怒りに堪えているのか握ったパンが変形する。
この険悪な空気をなんとかすべくヒカリが間に入る。

「ア、アスカ。
 ノゾミたちがどうしたの?」
「そうそう、忘れるトコだったわ。
 ねぇ、みんなで誕生パーティーやらない?」
「「「「誕生パーティー?」」」」

3バカトリオとアスカとヒカリ、レイとミユキとノゾミのメンバーで、という考えだ。
取り敢えずトウジ、ケンスケ、ヒカリ、ミユキ、ノゾミが先に行き用意をする。
その間にシンジとアスカでレイへのプレゼントを買う、という感じである。
そしてアスカの案は満場一致で可決された。










☆★☆★☆











「それでは六分儀レイちゃんの14歳の誕生パーティーを始めます。
 みなさんグラスの用意はよろしいですか?」

なぜか仕切るケンスケ。

「おめでとう、レイちゃん!」
「おめでとう。」「おめでとさん。」「めでたいな。」「レイ、おめでとう。」

1人1人から祝福される。
自分の誕生日をたくさんの人に祝ってくれるのが本当に嬉しかった。
レイは涙腺が弛みながらもお礼の言葉を返す。

「ありがとう、みんな。
 とってもうれしいよ。」

そして兄のシンジの方を向く。
一番おめでとうの言葉をかけて欲しい人だった。
だが、こう面と向かわれてしまうと、シンジはなかなか言えなくなる。
それでも言わなければならない。
とても大切な妹のために...
周りの連中は、今か今かと待たされる。
ケンスケはカメラを用意して、その瞬間を収めようとシンジの一挙手一投足に気を配る。
右を見ても左を見てもこんな調子、四面楚歌な状態だった。
シンジは意を決するかの如く、ゴホンと咳払いをして...

「...レイ、誕生日、おめでとう。」

飾りっ気一つ無い単純な言葉。
シンジらしいといえばそれまでなのだが、それでもレイにとっては何よりも待ち焦がれた言葉だった。
何百人に言われようとも、好きな人から掛けてくれる言葉には叶わない。
レイはこの日、一番の笑顔を向ける。

「ありがとう、兄さん。」










「レイちゃん、これは私から。」

ヒカリがリボンの付いた小さな箱を渡し、開けてもいいですか、というレイの問いに頷く。

「オルゴールだ。
 綺麗な音...」

箱から流れる静かな音色。
目を閉じて聞き入るレイの顔もまた綺麗だった。





「ハイ、私とお兄ちゃんから。」

ミユキはでっかいウサギのぬいぐるみを渡した。
真っ白な毛並みと燃えるような紅い瞳。

「カワイイー!
 ありがとうミユキ、トウジさん。」

ふかふかとしたぬいぐるみを気持ち良さそうに抱きしめながらお礼をいう。




「これは私からだよ。」

ノゾミが渡したのはなんと絶版になったクラシックのLPだった。
六分儀家にはソウが愛用していたLPプレーヤーがまだある。
父親の影響でシンジとレイはLPを良く聞いていた。
しかもシンジはクラシックが好みなのでレイもまた良く聞いている。
今のご時世ではDVD−Audioが主流なのだが、押されつつもまだ根強く残っているのだ。

「良く見つけてきたね、ノゾミ。」
「ふふん、私の情報網を甘く見ないでね。」
「ありがとう、大切にするよ。」

大切そうにジャケットを両手で持つ。





「おめでとう、レイ。
 これプレゼントね。」

ケンスケが何やら封筒を手渡す。

「な...なんですかこれ?」

レイは怪訝に思って聞く。
プレゼントといわれてもどこにでもあるような封筒であり、何よりもケンスケのメガネが光っていた。

「見れば判るよ。
 苦労したんだぜ、これでも。」
「写真?
 ...なにが写ってるのかな?」

ガサガサと中を見る。
そのとき一枚の写真がヒラッと落ちた。
みんなの視線は落ちた写真に集まる。
その写真は着替え中、上半身裸のシンジだった。

「あーーーーー!!
 僕の着替え中の写真じゃないか!!」

慌てて回収するシンジ。
しかしケンスケは悪びれた気配はまったくない。

「別にいいじゃないか、男のセミヌードぐらい。」
「良くないよ!
 第一こんなのもらっても嬉しくないよ!!」
「冗談だよシンジ。
 他のヤツはまともな写真だから安心しろ。」

念のために確認するシンジ。
他のはその通りだったのでホッと安堵のため息が出た。

「気に入った写真があったら引き伸ばしてもいいぜ。」

ケンスケは得意げな顔をして言う。





「レイ、アタシからよ。」

リボンの付いた長っ細い小さなケース。
レイは中を開けてみると驚いた。

「ネックレス...ええ?
 ひょっとして、これってルビー?」

レイの瞳と同じ色の宝石だった。
手に取って石を目線の高さまで持ってくる。

「すっごく綺麗!
 ありがとう、アス姉。」
「いいのよ、レイ。
 お礼はアタシの誕生日でいいから。」

見返りに期待するしっかり者のアスカだった。





で、最後に残ったのがシンジだった。
もちろんレイは一番楽しみにしていた。
例えどんなモノであろうとも、レイにとっては最高のプレゼントになる。
しかしシンジの言葉は意外だった。

「あの、レイ。
 プレゼントなんだけど...今はちょっと渡せないんだ。」
「...え?」
「と言うより...正確には渡せないモノなんだ。
 パーティーが終わったらプレゼントするよ。」

意味ありげなシンジの発言により、その場の空気が固まる。

正確には渡せない → 物品類ではない
パーティーが終わってから → 2人きりじゃないとダメ

「「「「「モノじゃなくて、しかも2人っきり...」」」」」

シンジ以外の人間は、以上のことを総合して悶々と考える。
例えばこんなこと...





熱い視線を絡めて見詰め合うシンジとレイ。
なぜか2人はベットの上で全裸、白いシーツと肌が眩しい。
手と手を重ね、シンジはレイを見下ろし、レイはシンジを見上げる。
恥ずかしそうにレイが目を閉じると、シンジは愛おしそうに空色の髪を手ですくい、上気した頬の曲線を指でなぞる。

「んっ...」

電流が走ったようにピリッとレイの体がしびれ、僅かにのけ反る。
小さな口からは、か細い声が漏れた。

「レイ...」

シンジが愛しき人の名を呼ぶ。
心まで染みわたる声を聞き、ゆっくりと目を開けるレイ。
目の前にあるシンジの顔は真剣で優しかった。

「兄さん...うぅん。
 シンジ、さん。」

呼び方が変わった。
再びレイは目を閉じて唇を差し出す。
そしてシンジとの距離が徐々に詰まる。
次の瞬間、兄と妹の関係が音を立てて崩れ去った。





「不潔よ!
 六分儀君がそんな人だとは思わなかったわ!!」

突然ヒカリが叫び出し、イヤンイヤンと体全体を使って振り回す。
それを口火に他の連中も壊れ始める。

「オマエだけ大人になろうったって、そうはさせんぞ!!」
「シンジ!
 ワシはオマエを殴らなアカン!」

儚く脆い男の友情に血の涙を流すトウジとケンスケ。

「キャーーー、シンジさんって大胆!
 おめでとうレイ、明日話を聞かせてね。」
「.........(ポ)」

自分の知らない世界に興味津々なノゾミと真っ赤になって黙って俯くミユキ。

「に、兄さん...」

ウレシハズカシながらもシンジにスススっとスライドしていくレイ。
兄のシンジならばOKの3連呼か?
何はともあれシンジの紛らわしい発言はあらぬ方向へと突き進む。

「ちょっとみんな、なんだと思ってるんだよ、誤解だよ!」
「誤解もロッカイもないわ!
 私たちまだ中学生なのよ!!」
「なに言ってんのよお姉ちゃん。
 遅かれ早かれ誰もが通る門なのよ、だったら早い方が...」
「抜け駆けは許さんで!!」
「男の友情なんて所詮こんなモノか...」
「.........(真っ赤)」

一方のレイは雪のように白い肌を熟したトマトのように真っ赤にさせて思考回路が完全にショートしていた。
とそこに降臨する赤き魔神こと、惣流アスカ。
猛々しいほどのオーラを放っているかと思いきや、意外なほど冷静だった。

「なに言ってんのよ、みんな。
 シンジなのよ、そんな大それたことできる訳ないじゃない。」
「...それもそうやな。
 センセにそんな度胸はないか。」
「「「「うんうん。」」」」

至極もっともなことに聞こえ、みんなが納得する。
良いのか悪いのか複雑なのはシンジ君本人であろう。
それと残念だったのはレイである。
しかも納得してしまうのが妹であるが故なのか?

「紛らわしいのよ、アンタの言い方じゃ。」
「イタッ!」

ぺチッとシンジにデコピンを決める。

「ゴメンね、レイ。
 なんか言い方が悪かったみたいだね。
 ...え〜と、プレゼントっていうのは僕とレイにとって 『想い出の場所』 なんだ。」
「「「「「「想い出の場所?」」」」」」

シンジとアスカ以外が全員ハモる。
レイですら心当たりがなかったのだ。










☆★☆★☆











シャーーー

自転車のライトが暗い夜道を照らす。
その自転車にはシンジとレイが乗っていた。
パーティーが終わってすぐにシンジがレイを誘ったのだ。
目的地は 『想い出の場所』 だがレイはどこなのかが判らない。
家を出てから時間は結構経っている。

「兄さん、どこに行くの?」
「もうちょっと行ったところだよ。」

レイはシンジの腰に手を廻し、しがみついていた。
暗い夜道と目的地が判らないことで、不安になってきたのか自然と手に力が入る。
シンジはその突然の行動に動揺した。

「レ、レイ?
 どうしたの?」
「.........」

何度呼びかけても答えは返ってこない。
それどころか廻された手震えていた。
レイは目をつぶってシンジの背中に顔をうずめている。
そこで初めてレイが怖がっていることに気づいた。

「大丈夫だよ、レイ。
 これから行くところはレイも覚えているはず...」
「.........」

返事はなかったが、依然として廻した手から力が抜けることはなかった。
まるでシンジから引き離さるのを恐れているかのように。
そしてシンジは優しく語りかける。

「そう、想い出の場所だからね...」





キキィ!!

ブレーキを鳴らして自転車は止まった。

「...着いたの、兄さん?」
「ここからは歩いていくんだ。」

シンジが見上げるとそこには一本の登り道があった。
外灯もなく月と星の明かりだけが頼りの暗い道、耳を澄ませば虫の鳴き声が聞こえる静かな場所。
レイは辺りをキョロキョロと見渡す。

「歩く?
 ここどこなの?」
「覚えてない?」

シンジの顔は優しく、どこかで見た笑顔だった。
いつも見ている兄の顔だが、そのときの笑顔は昔に見たような気がした。
とても優しく、自分を包み込んでくれた人の笑顔。

「さ、行こうか。」

持ってきた懐中電灯で道を照らし、先に行く。
取り残されたレイの不安を辺りの暗さが増幅させた。

「待って、兄さん!」
「レイ?」

慌ててシンジの手を取る。
そのときのレイは捨てられた子猫のような目−−−
その昔、容姿を理由にいじめられていた頃のレイだった。
レイはシンジの左腕をしっかりと抱きしめる。

「...大丈夫だよ、レイ。」

頭にポンと手を置いてそっと撫でる。
不意に懐かしさを覚えた。
いつも護ってきた女の子。
その子の笑顔が見たくてずっと頑張ってきた。
あの日から−−−
ソウが殉職した日から今まで。
シンジとレイは山道を登り続ける。

「ほら、あそこだよ。」

シンジが指したところで山道が終わり、その場所に行くと自分たちの街を一望できた。

「ここって...お父さん?」

遠い過去に微かにだが覚えていた。
数少ない父親の記憶と共に...

「そうだよ。
 父さんとの最期の想い出。」

シンジは懐かしむように話す。
そのときレイにはシンジの姿がフッと、父であるソウと重なって見えた。

「兄さん、どうしてここを?」

そこには昔と変わらない星空が広がっていた。
初めて連れていってくれた日以来、ここには来ていない。
正確にはこの場所が判らなかったのだ。

「実は...サエコさんが教えてくれたんだ。」

野上サエコ−−−
ソウが殉職して以来、ずっと残っていたのである。
本来ならば事件の解決で本庁に戻るはずだったが、敢えてこの地に留まることを希望した。

「サエコさんは槙村さんに連れてきてもらったって言ってた。
 で、槙村さんは父さんに...」
「そうなんだ...
 槙村さんはお父さんの部下だったし、サエコさんは槙村さんのパートナーだからか。」

2人並んで星空を眺める。
初めてここに来たときもそうだった。
ユミに抱かれていたレイがシンジの隣に降りて、手を伸ばして見上げた。

「綺麗...」
「そうだね。
 この星空は昔と変わらない、なつかしいね。」
「うん...」

返事と共にレイはシンジに寄り掛かる。
左手を取り、左肩に頭を乗せ、頬が染まる。
頭に巡るモノは父との想い出、母の優しさ、シンジへの想い。
ソウに引き取られ、ユミの暖かさに包まれ、シンジを好きになった。
そして14回目の誕生日に大好きな人は、家族みんなが生きていた頃の想い出をくれた。
この世に生を受けて本当に良かったと思う。

「どうかな、僕のプレゼント?」
「ありがと...
 最高のプレゼントだよ、兄さん。
 で、これはお礼...」

僅かな隙を突き、シンジの頬に唇を寄せる。
シンジは鼻腔をくすぐるほのかな香りを感じたかなと思ったら、頬に柔らかい感触が走った。
一瞬なにがあったのかが判らない。
だがレイが離れ、はにかんだ笑顔を見せたとき、ようやく全てを理解した。

「レ、レイ、今のは??」
「クスっ、今日は本当にありがとう。」
「あ...うん...」

どう対処したらいいのか判らないシンジは、ただ返事をするしかなかった。
なぜか他の言葉を口にすると、今のレイから笑顔が消えてしまうように思えたのかも知れない。
いつも笑顔でいてほしいと願う人だから...



第六拾壱話  完






―――予告―――



レイの誕生日の翌日は雨だった

雨は人の心を憂鬱にさせ、1人の少女の心を曇らせる

いつまでも一緒にいると思っていた少年が、いつの間にか自分とは違うモノを見ている

自分ではなく、少年にとって何よりも優先すべき人を見ていた...





次回

大切な人への想い

「過ぎ去った夏(其ノ伍)」



注) 予告はあくまでも予定です




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