今日は六分儀家と惣流家はともに朝から忙しかった。

「大きい荷物は車に積み込んだぞ。」
「ご苦労様。
 あと玄関に置いてあるのもお願いできるかしら。」
「判ったよ、キョウコ。」

アベルはドタバタと走りまわる。
AM5:00だというのにこんな調子だった。
そしてアスカの自室でも。

「これで持ってくモノは全部ね。」

自分の荷物を見下ろすアスカ。
そのでかさは並大抵のものではない。
しかしシンジとレイが昨日見たときはもっとでかかった。
一晩考えに考えて、削った結果なのだがまだ大きい。

「さすがにこれ以上は削れないわ。」
「アスカ、早く荷物を運んでちょうだい。」
「ハーイ。」

キョウコの言葉に早速荷物を持って部屋を出ようとする...がしかし、重くて運べない。
アベルも今は別の荷物を運んでいて呼べない。
すると取るべき行動はただ一つ。





「バカシンジ、起きろ!!」

あっという間にシンジの部屋。
眠りから覚めたシンジは眠たそうにしながらも誰だかは判っていた。

「...なんだよアスカ...って、まだ5時じゃないか!?」
「アンタバカァ?
 今日は旅行に行くの、だから荷物を運ぶのよ!!」
「旅行って言ったって僕は行けないんだよ...」

毎度のことながらささやかな抵抗をみせ、再び眠りにつこうとする。
しかしアスカにはそんなのは通じない。

「んもう、つべこべ言ってないで手伝いなさい!」

バッと舞い上がるシーツ。
とある場所を見て赤くなるアスカ...以下略...





「...シンジ君はこれなかったはずだよね...」
「ええ...そうなんですけど...」

車に荷物を積め込むアベルの前にシンジが現れた。
夏なのだが頬に紅葉を咲かせ、アスカの大きな荷物を持ってきた。
その後ろでプリプリと怒っている我が娘を見てようやく全ての謎が解ける。

「...いつもいつもスマンな、シンジ君...」
「気にしないでください...」











大切な人への想い

第六拾参話 過ぎ去った夏(其ノ六)











「あれ、兄さん起きたの?」

一仕事終えて帰ってきたところにレイが気づいた。

「...起こされたの...」
「またアス姉なの?」
「うん...荷物が重くて持てないってね...
 なんであんなに持ってくんだろ...?」

眠い目を擦る。
ちなみにシンジも今日からキャンプが終わるまでケンスケの家に泊まりだ。
その際に用意された荷物はアスカの半分以下だった。

「そんなものなのかな...
 レイだって見たろ、アスカの。」
「う〜ん...確かに、ね...」

レイから見てもアスカの荷物の量は多かった。
もっともレイが地味目な方だからそう思えたのかも知れないが...

「ふぁ〜〜〜...」

レイの前で大きなあくびをしてちょっと間抜けな顔になる。
だが身近にいる者だけにしか見せない姿なので、自然にレイの顔が綻ぶ。

「まだ5時だからもう一度寝れば?」
「う〜ん...
 時間はあるけど、二度寝するとなぁ...」

考え込んでしまう。
そんな兄をずっと見てきたのでレイが決めることにした。
決めてあげないとずっと考えているからである。
いつも通りの優柔不断さを全開であった。

「だったら起きてたら?
 簡単なモノで良かったら作ってあげるよ。」
「そうだね。
 じゃあお願いするよ。」
「うん♪」

笑顔を交わす2人。
仲睦まじき兄妹であった。










☆★☆★☆











<昨日、甲子園では決勝戦が行われ...>

ニュースのスポーツ特集で甲子園の決勝戦の結果が流されていた。
決勝戦は地元の東雲高校対四国の十六夜高校で、優勝したのは十六夜高校だった。
互角の闘いだったのだが、延長戦の末に十六夜高校が得点を上げてサヨナラ勝ちとなったのだ。

<...台風が近づいています...付近の方々はご注意下さい...>

一通りの紹介が終わると、台風情報が取り上げられ今後の予報を流し始めたとき、レイができたばかりのトーストと目玉焼きを持ってきた。

「1コ目の台風は外れるんだけどね、2コ目は旅行が終わって次の日にココを直撃なんだって。」
「ふ〜ん、じゃあ旅行自体は大丈夫なんだ。
 いただきます。」
「はい、どうぞ。」

早速シンジはトーストに目玉焼きを乗せ、ケチャップをかけて食べ始めた。
レイはシンジの正面に座ってその食べる様を見る。
口を大きく開けてガブッとトーストにかぶりついた。
しかし頬杖をついてニコニコと見ているので、さすがにシンジも恥ずかしくなる。

「...あの、食べにくいんだけど...」
「いいじゃない、しばらくは見れないんだから。
 ホラ、ほっぺにケチャップがついたよ。」

雪のように白い人差し指で真っ赤なケチャップをすくい取る。
そのまま人差し指を自分の口に運び...

「ふふ、オイシっ♪」
「レイ...」

悪戯っ気たっぷりの笑顔を向けられてシンジの顔は真っ赤になった。










「あらシンジ、起きてたの?」
「「おはよう母さん。」」

家長のユミがやってきて一緒に座る。

「準備はできたの、レイ?」
「うん、あとは手荷物を持ってくだけだよ。」

準備万端、あとは出発を待つだけだった。
そして目的地は同じだが泊まる所が少し変わり、アベルが知り合いのツテでペンションを貸し切りで見つけたので、そこに行くこととなった。
ペンションの名前は 「ブルーフォレスト」 という。

「どこに行くんだっけ?」

シンジは行けないので詳しいことは知らない。

「星降る里高原よ!!」
「アスカ?!」
「アタシとレイがあれだけ言ってたのに覚えてないの?」

どうやらアスカとレイがしきりに言っていたのに聞いていなかったようだ。
星降る里高原とは女の子に人気NO.1の避暑地である。
山と湖、美味しい空気と眩しい緑、大自然そのままの高原だ。

「アスカちゃん、そっちの準備は終わったの?」
「ハイ、おばさま。
 パパとママはもう下で待ってます。」
「じゃあそろそろ行こうかしら。」

ユミがイスから立ち上がるとレイの表情が曇る。
アスカも同じであった。

「え〜、もう行くの?」

今生の別れじゃないのだが、やはり離れたくはない。
そんな子供たちを見てユミの顔が綻ぶ。

「判ったわよ、もう少しゆっくりして行きなさい。
 母さんは先に行ってるからね。」

しばらくの間、子供たちだけにしようとユミは先に出る。
で、下に行くと車の前でキョウコとアベルが待っていた。

「あらユミ、アスカとレイちゃんは?」
「旅行中は会えないんだから少しぐらいはね。」










「じゃあシンジ、行ってくるわね。」
「行ってきます、兄さん。」
「行ってらっしゃい。」

それぞれの車の窓から顔を出す2人にしばしの別れを告げる。

「アタシたちがいないからって練習サボるんじゃないわよ。」
「3食しっかりと食べてよ。
 朝抜いたりするのは絶対にダメだからね。」
「朝昼晩と、必ず電話するのよ。
 もし忘れたりしたらタダじゃおかないんだから。」
「好きなモノばかりじゃなくて、ちゃんとバランスを考えて食べてね。」
「鈴原と相田が一緒だからって、あんまりバカなことはやらないこと。」
「夜遅くまで遊んでないで早く寝てね。」

などなど、様々な注意事項を突きつけられ、気持ちの良い朝なのだがうんざりとする。

「2人とも判ったから...」
「でも心配なのよね〜。
 いっつもボケボケっとしてるから。」
「そうそう、それからケガしないでね。」

アスカとレイにとっては出来の悪い弟か兄にしか見えないのだろうか。
しかし実際、この2人がいないとどうなるか判ったものじゃない。

「それくらいで許してあげたら、2人とも。」
「「は〜い。」」

ユミの一言で大人しく引き下がる。

「じゃあシンジ、行ってくるわね。
 それから相田さんにあんまりご迷惑をかけないでね。」
「判ってるよ、母さん。
 運転気をつけてね、おじさんとおばさんも。」
「判ってるよ、シンジ君。」
「練習頑張ってね。」

エンジンが鳴り、車が動き出す。
ウィィィンとドアウィンドウがせり上がる。

「じゃあね、シンジ。」
「お土産、買ってくるからね。」
「行ってらっしゃい。」

小さくてを振るシンジに見送られ、車はゆっくりとスタートする。
途端に訪れる静寂。
いつも3人でいたのだから余計に寂しさが込み上げる。
最後の挨拶を交わし、シンジは車が見えなくなるまでその場にいた。










☆★☆★☆











太陽は頂上まで昇り、さんさんと陽射しが照りつける。
その下で走りまわる3バカトリオ。
しかしその内の1人は何やら考え事があるのか、心ここに在らずであった。

「どないしたんや、シンジのヤツ?」
「朝からずっとだよな。
 ま、大方惣流かレイだろ?」
「今日から旅行やったな。」

シンジはボーッと空を見上げたり投げてもボールに力が入っていなかった。
いつもと違う環境が、こうも変えるとは...

「シンジ、ボールが行ったでぇ。」

試しにトウジがボールを投げた。
とっさによけるくらいはできるはずなのだが、ボールはシンジの頭に当たってしまう。
手加減して投げたのだが痛いものは痛い、はずなのだが...

「...トウジ、どうしたの?」
「シンジがボールを顔で受けるなんて初めてやな。」
「え、今ボールが当たったの?」
「はぁ...重症やな。」

自分に何が起こったのさえ気づかず、見ていたトウジは呆れた。
ボールを顔で受け、鼻の頭がジワジワと赤くなってくる。

「お、おい...しっかりしてくれよ。
 野球してるときにボーっとするなんてらしくないな。」
「ん...そうだね...」
「で、どないしたんや?」
「どうかって...ボールがぶつかったんだろ?」

考え事の理由を聞いているのに通じていない。

「ちゃうちゃう...
 打ち所悪かったんか?」
「え、なにが?
 ...あ、そうだ、練習しなきゃ...」

そう言っている割にはボールもグラブも持たずにマウンドに上がる。










☆★☆★☆











六分儀家と惣流家の車が高速から降りた。
目的地の星降る里高原はインターからすぐそばなので、そんなに時間はかからない。
この辺りまでくると都会とは違い、視界を埋め尽す夏の木々の緑が新鮮に感じられた。

「すっご.........い。」

休憩がてらに眺めの良いところで車から降りた。
右から左へ首を回しても見える景色はレイを圧倒する。
360度の大パノラマに山脈が広がり、頂上付近には夏なのに白く雪が残っていた。
薄く万年雪をかぶっただけの岩だらけの山脈が、空気のせいか青白く染まって見える。
真っ青な空に、山の綾線が切り抜いたようにくっきりと見えるのもやっぱり空気が澄んでいるせいだろう。

「ほぇぇ〜...」
「レイ、間抜けな声出すんじゃない。」
「だってこんなの見たの初めてだよ、アス姉。」

景色から目が離せない。
高原の涼しい風がアスカとレイの髪をなびかせる。
それを後ろから見る大人たち。

「子供たちも喜んでるし、やはりきて良かったな。」

アベルは胸を張って言う。
そもそも旅行に行こうと言い出したのはアベルだった。
子供たちの喜ぶ姿を見て本当に良かったと思う。
しかし気になる点もある。

「シンジ君もこれれば良かったのにね、ユミ...」
「仕方ないのよ、キョウコ。
 あの子はあの子でやらなきゃいけないことがあるんだから。」

想い描いた夢のために犠牲になるモノがある。
それが今回の特待生の話が急浮上して旅行に行けなくなったことだ。
しかし特待生ともなれば、夢が現実に変わる。
アスカとレイには本当に申し訳無いと思っているのだが、こればかりはどうしようもなかったのだ。

「あの人の子供で、やっぱり男の子だからね。」

ソウとユミが出逢ったのは大学生の頃だった。
その頃のソウは警察学校に入り、刑事になる夢を追っていた。
そのソウの姿にユミは惹かれたのだ。
待っていれば必ず自分の許に帰ってくれると信じて...

「そう言えば槙村君たちはこれるのかな?」
「ええ、昨日連絡があって夜には到着できるようにするって言っていたわ。」
「そいつは良かった。
 なにしろオレ以外の男手がなかったからな。」

力仕事は自然と回ってくるので、槙村の存在は嬉しかった。
そのときアスカとレイが帰ってきた。

「パパ、そろそろ行きましょ。」
「早く別荘見てみたい。」










☆★☆★☆











時は流れてお昼休み−−−
今日も木陰で3バカトリオが昼ゴハンを取っていた。

「ふっふっふ...今日の夜は楽しみにしててくれ。
 オレの秘蔵ディスクを見せてやるよ。」

ケンスケがメガネを光らせる。
そして今回はトウジも乗ってきた。

「さすがは越後屋、お主も悪よのう。」
「いえいえ、お代官さまにはかないませんよ。」
「「はっはっはっはっは。」」

声高らかに笑う2人を尻目に、シンジは相変わらずボーッとしていた。
トウジとケンスケはすでに昼食は食べ終わったのだが、シンジは箸が進まず一向に終わらない。
ケンスケが目の前で手を振っても、トウジが弁当のおかずを取っても、まったく反応なし。

「...こないなシンジ初めて見るワ。」
「そうだな...
 ま、それだけあの2人の存在が大きいってことだな。」
「お兄ちゃんたち、頑張ってる?」
「こんにちわ。」

ミユキとノゾミが差し入れを持ってきた。
一日千秋の想いで待っていたトウジが嬉しそうに寄ってくる。

「待っとったでミユキ。」
「ハイ、お兄ちゃん、ケンスケさん。」
「ありがとう、ミユキちゃん。」

一緒に腰を下し、ノゾミが昨日の甲子園の決勝を話す。

「そう言えば昨日の決勝戦、東雲高校、敗けちゃいましたね。」
「まさかあの場面でなぁ...」
「そらまピッチャーも限界やったろ、延長戦まで1人で投げたんやで。」
「岩瀬トシフミ、予選から昨日の決勝までほとんど投げたのはすごいけど、東雲高校の弱点もそこにあった、という訳だ。」

ケンスケの言う弱点とは、投手層の薄さであった。
去年まではローテーションを組めるまでいたのだが、その全てが卒業してしまい、1年生エースの誕生となった声もあった。
しかしその評価は甲子園が始まると一蹴される。
今はあまり見ない速球派で、完封、完投、三振の山を築き、岩瀬トシフミの名は全国に轟いた。
だが、連戦連投で疲れがたまり、優勝を懸けた決勝戦は延長戦までもたなかったのである。

「そのことは時田監督も始めから気づいていたのさ。」
「それでシンジさんの獲得に出たって訳ですか。
 でも今の姿を見たらどう思いますかね?」
「「「.........」」」

全員の視線がシンジに集中する。
相変わらずボケーっとして覇気がなく、ホケーっとした顔に口まで運んだ箸が止まったままだった。

「「「「はぁ...」」」」

一斉にため息をはく。

「どうしたの...?
 あ、ミユキちゃんにノゾミちゃんじゃないか。
 いつきたの?」

さっきからいたのにまったく気づいていない。
アスカとレイがいないだけで腑抜けたシンジになってしまった。
もはや処置なしのシンジは今日1日ずっとこんな調子だったが、奇跡的にケガもせず無事練習を終えることができた。










☆★☆★☆











時は流れて太陽はすでに傾いていた。
シンジたちの街を走り、避暑地である星降る里高原を目指す車がある。
運転席にはヒデユキが、助手席には野上サエコが乗っていた。

「ねえ槙村、あそこを歩いているのってシンジ君じゃない?」

車の助手席でサエコが指差す。

「あれ、ホントだ。
 妙だな、今日からキャンプのはずなんだが...?」
「行ってみましょう。」

不思議に思い、車を近づけてクラクションを鳴らした。

「シンジ君!」
「???
 あれ、槙村さん?」










「...そうだったんだ、なるほどね。」
「ハイ、そうなんです...」

事情を話していくと次第にシンジの表情が曇り、話し終わる頃には不幸のどん底にいるような顔になっていた。
その理由はシンジを知っている者ならば誰にも判った。

「シンジ君はアスカちゃんとレイちゃんがいないと気が抜けてしまうからな。」
「な、な、なに言ってるんですか!
 違います!」
「本当にそうなのかい?」
「...多分...」

なぜかそこで自信無さそうに言う。
自分の気持ちがはっきり判るほど、まだシンジは大人ではなかった。
身体的にも精神的にも成長途上のシンジを見てヒデユキはフッと微笑む。

「シンジ君、電話よ。」

そのとき今まで話に加わっていなかったサエコが携帯をシンジに渡した。

「僕にですか?」
「ええ、ご指名がかかってね。」

誰からだろうと不思議に思いながら携帯を受け取る。
その際にサエコの顔に悪戯な笑みが浮かんだ。
そしてサエコの考えを見抜き、ヒデユキは苦笑する。

「もしもし...」
「バカシンジ!!」
「アスカぁ?」

携帯からは聞き慣れているのに懐かしく感じられる声がした。

「ど、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないでしょ!
 このアタシが電話してあげてるんだから、もっと嬉しそうにしなさい!」

姿は見えないが電話越しにアスカの存在を感じる。
いつもと変わらぬ日常が電話を通してだが、そこにはあった。
自然とシンジの顔に笑みが戻ってくる。

「もう着いているんでしょ、そっちの方はどう?」
「こっちはもう天国よ。
 おいしい空気と眩しい太陽、都会には無い緑とどこまでも続く青空ってね。
 アタシの頭脳を持ってしても、ホントこの素晴らしさは言葉じゃ伝えきれないわよ。」
「良かったじゃない、アスカ。
 うらやましいな。」
「ふっふ〜ん、今ごろ後悔してるのかなシンジ...
 ...ちょ、ちょっとレイ、もう少し待ってよ...」

電話の向こうが何やら騒がしくなってきた。
シンジが不思議に思って待っていると、再び聞き慣れた声が届いた。

「アス姉、もういいでしょ!
 ...あ、兄さん、元気してる?」

やたらと大きい声が聞こえてきた。

「まだ1日も経ってないじゃないか、心配性なんだからレイは。」
「そんなこと言うと、もう心配してあげないぞ。」
「ゴメン、レイ。」

目をつぶれば、レイがどんな仕草をしているかがすぐに判る。
シンジは懐かしそうに思いながら、レイとの電話を楽しんだ。










☆★☆★☆











「ありがとうございます。」

電話が終わると携帯をサエコに返す。
その顔は先ほどまでとはまったく違い、いつもの笑顔が戻っていた。
それを見てトウジとケンスケが目配せする。

「シンジ、オマエも旅行に行きたいんか?」
「...無理だよ、特待生のテストが控えてるだろ。」
「けど、行きたいんだろ?」
「そりゃまあ...行きたいね...」

偽らざるシンジの本心だった。
親友の本当の気持ちを聞き、2人が微笑んだ。

「行ってこいよ、シンジ。」
「なに言ってんだよ、ケンスケ!
 新学期には特待生のテストがあるじゃないか、旅行になんか行ってられないよ!」

予想もしていなかった言葉に驚く。

「はっきり言わせてもらうけどなシンジ、今日の練習みたいなことやっていたら、なんにも身につかないぜ。」
「せや、あれじゃ時間のムダや!」
「確かに今日はボーっとしてたけど...
 でも明日からは...」
「「明日も明後日も同じや(だ)!!」」
「.........」

シンジは親友たちの言葉に引いてしまい、何も言い返せなくなる。
トウジたちは次第に落ち込もうとするシンジに救いの言葉を告げた。

「気づかんか?
 あの2人の声を聞いただけで元気が出たやろ。」
「そうそう。
 今日だってあの2人がいないだけで、あとはいつもと変わらないんだぜ。
 それなのにオマエは腑抜けになっちまった。」
「それが、どうしたんだよ...?」

この後に及んでシラを切ろうとする。
だがそれは、少なからず自分の気持ちを理解したからである。

「そこから導き出される答えは一つ!
 オマエはあの2人がいないと何もできないダメダメ人間だ!!」
「なんだよそのダメダメ人間って!」
「ホナ、あの2人がおらんときを考えてみ?」
「.........」

何も考えられなかった。
そばにいるのが当たり前の2人がいなくなることを考えたくなかった。
それを見たトウジとケンスケは最後の一押しをする。

「判ったみたいだな。」
「...うん。」
「決まりやな、行ってこいやシンジ。」
「でも...」

それでもシンジは躊躇った。
多くの球児が甲子園を目指して、多くの血と汗と涙を流す。
自分だけが遊んでいてはダメなのだ。
しかしトウジとケンスケはそんな親友の考えなどお見通しだった。

「但し条件付だ!」
「その通りや、向こうでも気合入れて練習するんやで!」

ニヤリと笑った顔が頼もしかった。
シンジはこの2人の親友と一緒に野球ができたことを深く感謝する。

「...ありがとう、トウジ、ケンスケ...
 槙村さん...僕も一緒に連れてってくれませんか?」










シンジはアスカとレイがいる星降る里高原に行くことを決めた。
待ち受ける運命も知らずに...



第六拾参話  完






―――予告―――



こんにちわ、六分儀シンジです

結局、僕も旅行に合流することになりました

でもなぁ...向こうに着いたらなんて言えばいいんだろう?

2・3発は覚悟しといた方がいいな...2・3発で済めばいいけど...

神様、無事に朝日を拝めますように...





次回

大切な人への想い

「過ぎ去った夏(其ノ七)」



注) 予告はあくまでも予定です




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