月と星が輝く夜−−−
ここ星降る里高原の、とあるペンション 「ブルーフォレスト」 に2家族が泊まっていた。
六分儀家と惣流家である。
その中から鼻歌混じりの嬉しそうな声が聞こえる。

「ふんふんふ〜ん♪
 お風呂空いたわよ。」

そう言ったのは惣流アスカ。
風呂上りで頭からタオルをかぶり、片手には牛乳ビンが握られていた。
ここは高原で近くに牧場もあってか、搾りたての牛乳が手に入る。
アスカはそれをゴキュゴキュとノドを鳴らしながら一気に飲んだ。

「ぷっはぁ〜〜〜〜〜!
 やっぱ既製品じゃ、この味は出せないわねぇ!!」

腰に手を当てて飲む様は豪快で、ちょっとばかりオヤジが入っていた。
その姿を呆れて見るアベル。
もう少し上品に飲めないのかとは、心で思っても言えない。
豪快な性格は父親譲りであるからだ。

「あがったよ〜...」

アスカの背後からレイが現れた。
レイも牛乳ビンを持っていたが、アスカほどの元気はない。
顔にはなぜか 「負けた」 という文字が書かれているようにも見えた。
得意満面に胸を張るアスカ、それをジト目で見るレイ。
一体なにに負けたのかというと、一緒にお風呂に入ったからだ。
アスカがフフンと鼻で笑うとレイはカチンときて牛乳を一気に飲み、手で口を拭くとキッとアスカを睨み返す。
その目はまるで 「負けないわよ」 とでも言いたそうであった。

「ど...どうしたのかしら、あの2人?」

キョウコはワケが判らず口にした。

「...アナタには判らない悩みよ。」

ユミがボソリと呟く。

「どういうことなの、ユミ?」

キョウコの問いにユミは答えず、ずずずっとお茶をすする。
不穏な空気がここにも漂い始めた。
そこで1人離れていたアベルが誰にも聞こえないように呟く。

「ホント、母娘だねぇ...」

キョウコもアスカ同様にスタイルはすごい。
出るところはドーンと出て、引っ込むところはキューッと締まっている。
とても15歳の娘がいるとは思えないほどである。
一方のユミはキョウコと比べると完敗であり、しかも学生時代からそうだった。
まあキョウコは平均を上回り、ユミの場合はスレンダーという言葉がピッタリであった。
が、それでもユミはコンプレックスを感じていた。
というワケで、愛娘の悩みは痛いほど判るのだ(涙)





「...やれやれ...ん?」

窓から外を眺めていたら車のヘッドライトがペンションに近づいてくるのが見えた。
そしてゆっくりと駐車場に止まり、ドアが開く。

「ようやくきたか。
 オーイ、槙村君たちが到着したぞ。」

アベルの言葉によって今まで漂っていた重苦しい空気は払われた。
パタパタとスリッパを鳴らし、我先に玄関に向かうアスカとレイ。
2人とも槙村には懐いており、しかもシンジがいないので寂しいのだ。

「「いらっしゃい、槙村さん!」」

ドアを勢い良く開ける。
だが完全には開ききらず、代わりにドガッとなにかにぶつかる音が聞こえた。

「「あっちゃ〜...」」

バツが悪そうに身を縮みこませる2人。
しかしドア一枚挟んだ向こうから聞こえる声に耳を疑った。

「アタタ...」
「シンジ!」「兄さん!」

アスカとレイが見たモノは、玄関先でおでこを押さえてうずくまるシンジだった。











大切な人への想い

第六拾四話 過ぎ去った夏(其ノ七)











リビングの中央では1人の少年が正座させられていた。
言わずもがな、六分儀シンジである。
査問にかけるように、シンジを中心にその他の面々がグルッと囲んでいる。

「で、アンタはなんでこんなところにいるの?」

尋問するかのようにアスカが問いかける。
怒りを堪えるように、握った拳をなんとかその場に留めていた。
その隅ではアベルが 「せっかく苦労してとったのに、こんなところ?」 と涙を流さずにはいられなかった。

「いや...そのぉ...」

相変わらずハッキリと言わないシンジ。
それが2人の少女の怒りを増幅させるのに気づいていないのだろうか。

「兄さんは特待生の試験が控えてるんでしょう!
 こんなところにくるヒマは無いはずよ!!」

先ず始めにレイがキレる。
バンッとテーブルを叩き、乗っていたカップが飛び跳ねた。
で、アスカも負けじとキレる。

「アンタバカァ?
 こんなチャラチャラしたトコにきて甲子園に行けると思ってるってぇのぉ!!」
「アフュカァ〜(涙)」

ムニーッとシンジのほっぺたは力任せに引っ張られ、グニョ〜ンと顔が変形し、ルルル〜と涙目になって許しを乞う。
そして助けを求めるようにレイを見ると、ツーンとあからさまにそっぽを向かれてしまった。
せっかく一大決心をしてきてみたら、こんな仕打ちを食らうとは思ってもいず、シンジの黒い髪が真っ白に燃え尽きるほど呆然となる他はなかった。
一方、大人たちは目の前で繰り広げられる仕打ちを、3人の問題であるためにのんびりと見ていた。

「やれやれ、シンジ君も災難ね。」
「あの子たちも本当は嬉しいはずなのに...」
「こんなところ...チャラチャラしたトコ...」

などと両家の親は呟き、助けようとは微塵も思っていない。
見るに見兼ね、ワケを知るヒデユキが救いの手を差し伸べた...のだが。

「2人とも、もうそのくらいで勘弁してあげ...」
「「槙村さんは黙ってて!!」」

さすがのヒデユキでさえ2人のユニゾンには、目が点になって引いてしまう。

「さあシンジ、なんでここにきたの?
 キリキリ吐きなさい!」
「最低...
 兄さんなんて大っ嫌い。」

アスカとレイが追い打ちをかけるかの如く攻撃を加える。
だがそこでサエコが助け舟を出した。

「もういいでしょう、2人とも。
 シンジ君がここにきたのは練習の効率を上げるためなのよ。」
「「...どういうことなんですか、効率っていったって...?」」
「それはね...
 今はここにいるんだけど、向こうにはいないから、シンジ君ダメなのよ。」

からかうようにウィンクする。
アスカとレイには、サエコがなにを言わんとしているのか判らない。
チラリとシンジを見ると、耳まで真っ赤になってうつむいている。

「「今ここにいて、向こうにはいない...」」

アスカは腕を組んで、レイは天井に視線を泳がせて考える。
ほどなく頭の中を整理すると、まさかと思ってシンジに向き直った。
相変わらずシンジは真っ赤になってなにも話さない...というよりなにも話せない。

「シンジ、アンタまさか...」「兄さん、もしかして...」

自分の推測が合っているかを確かめようと2人が詰め寄ったとき、待ってましたと言わんばかりにサエコがとどめをさす。

「そ、シンジ君ってアスカちゃんとレイちゃんがいないとダメみたいなの。」

そのとき3人の時間が止まった。
再び時が流れたと思ったら、ピーッとお湯が沸いたように3人の顔から湯気が出た。
そして...

「こぉんのバカシンジっ!!」
ドカッ!!
「キャー、兄さん!!」

アスカの鉄拳が炸裂し、吹っ飛ぶシンジ。

「アンタって、ホンっっっっっっトにバカね!!」

アスカはくるっと背中を向け、ドスドスと足を鳴らして2階に上がっていった。
顔は真っ赤っかなのは言うまでもない。
そしてレイは鉄拳を食らって意識を失ったシンジを介抱する。
しっかりと自分のヒザの上にシンジの頭を乗せているのがポイントだった。

「...大丈夫、兄さん?」

いつものことだが、なぜかレイは懐かしく思えて苦笑してしまう。
そして意識を失う瞬間、シンジはふと思った。

「僕はここにいてもいいの?」










☆★☆★☆











あれからしばらく時間が経ち、2階からアスカが降りてきた。
リビングでは大人たちが談笑していたが、残る子供たちがいなかった。

「あれ、シンジは?」

ぐるっと見渡したがいない、しかもレイの姿までなかった。
もしかしてと考えた瞬間、キョウコが答えた。

「シンジ君なら部屋に連れてったわよ。
 せっかくきてくれたんだから、あんまりいじめちゃダメよ。」

そうは言ってもあの場合は恥ずかしさが表に出てしまい、照れ隠しにやってしまったのだ。
判ってはいるのだが自分の性格が恨めしい、何度も直そうとしてきたのだが一向に直らなかった。
そんな自分に気づかない朴念仁のシンジに腹が立つところもあるのだが...

「シンジももう少し女の子の気持ちが判ってればねぇ...」

アスカの気持ちを理解してかユミがシンジを責め、父親のソウですら自分の気持ちは判っていたというのにと内心思う。
では一体誰に似たのであろうか、或いは天然なのか?
アスカもそれにはほとほと困り果てたが、シンジだからしょうがないと決めることにした。

「ママ、シンジの部屋ってどこ?」
「奥の部屋よ。
 使ってないのが一つあったでしょう...あ、でも今は...」

キョウコが言葉を濁した。
アスカもピーンときて、さきほど気になったレイがいないことを思い出す。

「レイも一緒なの?」
「ごめんなさいアスカちゃん、今はレイが付き添ってるのよ。」
「ム...」

付き添う=介抱であり、その原因は自分にあったのでなにも言えなくなる。
嬉しいはずなのに、やることなすこと全て裏目に出てしまい、最大のライバルにリードを許してしまった。

(くっ、今回は譲ってあげるわレイ。
 でも...今回だけよ...)

しかし気を取り直し、まだ旅行は始まったばかりと言い聞かせ、明日に備えて早寝することにした。
なにしろ期間は7日間あるのだから...










☆★☆★☆











「うぅん...」

薄暗い部屋の中でシンジが寝返りをうった。
ふと頬に感じる柔らかさが気になり、目が覚める。

「...ベッド?
 ここは一体...あれ?」

起き上がろうとしたのだが、うたた寝をするレイの姿が見えた。
ベッドに上半身を預け、スゥスゥと静かに寝息を立てている。

「なんで僕の部屋に?
 ...そうか、旅行にきて、アスカに殴られたんだけ。」

殴られたところをさすりながら思い出す。
それ以後のことは容易に想像でき、自分を介抱してくれたレイの姿を見るとシンジの表情が綻ぶ。
だがそれも一瞬で、カゼをひかないように自分にかけられた毛布をレイにかけ、テーブルに置かれた時計を見た。

「日付が変わっている...」

音を立てないようにカーテンを開けると、窓から差す月明かりが部屋を薄く照らした。
その光はレイにもかかり、もぞもぞと身を震わせる。
夏とはいえ夜、しかも高原は冷え込む。

「カゼひくとマズイね。」

ヒョイっとレイを抱き上げ、今まで自分が寝ていたベッドに寝かせる。
抱いた感触は柔らかく、思ったよりも軽かった。
そのとき不意に昔を思い出す。
幼い頃は良く一緒に寝ていた...というよりも、いつの間にかレイが布団に潜り込んでいた。
あどけない寝顔と微かに聞こえる寝息は、今も昔も変わらない。
最後に毛布をかけてようとしたとき、その前にレイが起きてしまった。

「...兄さん、起きてたの?」

しょぼしょぼの眠い目を擦る。
まだ完全には起きていないようだ。

「ゴメンね、起こしちゃって。」
「ううん...
 それよりもありがとね、兄さん。」

色々な想いの詰まった感謝の言葉。
シンジの優しい心遣いに安心しきった笑顔を見せる。
いつでも自分を護ってくれて、ワガママも笑って許してる、頼りになる大好きな人。
そして今回も遅れたとは言え来てくれて、自分を必要としてくれてるのが嬉しかった。

pipi

時計の電子音が鳴った。
時刻は草木も眠る丑三つ時...










「レイ、もう遅いからお休み。」
「...ここで寝ていいの?」
「うん...いいんじゃない...?」

シンジはここがどこだか判らず、取り敢えずOKしてしまった。

「ここって兄さんの部屋だよ。」
「...そうなの?」
「ま、兄さんのお許しが出たからここで寝るね。
 おやすみなさい。」

知らなかったのをいいことに、レイは毛布にくるまって寝てしまう。
今までシンジが寝ていたので微かに温もりが残ってた。
温もりを肌でじかに感じてレイは幸せいっぱいの顔になる。

「ちょっとレイ、自分の部屋に戻ってよぉ。」
「だってふかふかして暖かくって寝心地が良いんだもん。
 ここで寝るぅ。」
「勘弁してよ、もう...」

ほとほと困り果ててしまい、ベッドの上で丸くなるレイになにも言えなくなってしまう。
妹のワガママに振り回されっぱなしのシンジであった。

「じゃ、お願い聞いてくれる?」
「いいけど...」

フゥとため息をこぼして、頭をボリボリと掻く。
そんな兄の姿を楽しそうに見ていた。

「だっこ。」
「はぁ?」
「だっこして部屋まで連れてって。」
「レイ...子供じゃないんだから...」

開いた口が塞がらない。
耳を疑いたくなるお願いであった。

「いいじゃない、小さい頃は良くやってじゃん。」
「一体いつの話だよ。」

大抵のワガママだったら聞いてあげるのだが、こればっかりはもう恥ずかしくてできない。
昔と違い、レイを妹ではなく女として意識してしまった。
あの頃とはもう違うのだと言いたかった。
しかし相変わらず迂闊なシンジは口を滑らせてしまう。

「だっこって言っても...さっきしたんだけどな...」

ピクッとレイの耳が反応した。

「...さっきって、いつ?」
「寝てる間に...」

レイをベッドに寝かせるときである。
全っ然身に覚えが無いレイ。
次の瞬間、ムッときて機嫌が大きく傾いた。

「私、ここで寝る。」
「え...?
 なに言ってるんだよ、レイ!」
「私、決めたの。
 おやすみなさい、兄さん。」

バサッと毛布を頭からかぶり、ふて寝する。
シンジには原因は判らなかったが、ここまでくるとテコでも動かないのを知っているので諦める他なかった。

「判ったよ...
 じゃあ僕はイスで寝るからね...」

すごすごと窓の近くにあるイスに浅く腰かけ、目を閉じた。
しばらくすると、うとうとと眠くなり始め、外界から全てが遮断される。
だがギシっとベッドのスプリングの音がした。

「...兄さん、起きてる?」

なるべく起こさないように、小さな声で話しかける。
しかしどんなに深い眠りについていても、シンジにはこの声だけはしっかりと届く。

「レイ...?」

薄っすらと視界が開けると、ぼんやりとレイのすまなそうな顔が広がっていた。

「こんなところで寝てるとカゼ引いちゃうよ。
 私、自分の部屋に戻るからさ...」
「いいの、レイ?」
「うん...
 ゴメンね、兄さん。」

レイが部屋を出ようとしたので、シンジはドアのところまで見送ることにした。
ガチャッとドアを開けて部屋からでたが、そこでレイは立ち止まって振り返る。

「さっきはゴメンナサイ、ワガママ言ったりして...
 それからね...」

レイが言葉を繋げる。

「きてくれて、ありがと。
 ホントに嬉しかったよ、兄さん。」

片目をパチッとつぶってウインクする。
かわいらしい仕草に、思わずシンジの顔が緩む。

「おやすみ、レイ。」
「おやすみ、兄さん。」

パタンとドアは閉じられ、静かになる。
ようやくレイから解放され、ベッドの上にゴロンと寝っ転がった。

「やっぱり来て良かったな...」

微かに匂うレイの香りに心が休まり、ほどなくして睡魔に襲われた。
一方レイはベッドに入ったのだが、なにか大事なことを忘れているような気がして寝つけなかった。

「う〜ん...
 言わなきゃいけないことがあったような...」

こうして初日の夜は過ぎて行った。










☆★☆★☆











AM5:00

高原の朝はとても早い。
気温差から朝モヤが立ち込め、木々からは鳥たちの囀りが聞こえ始める頃、チリンチリンと牛乳配達や新聞配達のお兄さんが自転車を走らせる時間帯に、とある別荘からトレーニングウェア姿の少年が出てきた。

「うう、寒...」

身を縮みこませ、体温が奪われるのを防ぐ。
高原であり、まだ日が昇ってからあまり時間が経っていないため、気温はそれほど上がっていないのだ。

「さてと、この辺りを軽く走るかな...
 旅行にきたからといっても練習をサボるわけにはいかない。」

キッと顔が引き締まる。
少年の名は六分儀シンジ。
シンジは朝モヤの中を走っていった。










AM7:00

シンジの部屋と書かれたドアの前にアスカが立っている。
正確には30分前からいるのだが...

「とにかく昨日はホントに驚かされたわ...
 だからあんな失態はもうシンジに見せられない、アタシは変わるのよ。
 せっかくきてくれたんだから、一緒にいられるんだから...
 レイには敗けない、アタシは敗けられないのよ!」

ドアの前で何度も自分に言い聞かせる。
緊張しているのか、落ち着かせるために大きく深呼吸をして...

「...いくわよ、アスカ!」

ドアノブを静かにひねって音もなくドアを開け、スルリと素早く部屋の中に入った。
そして後ろ手でドアを閉めると、寝てるであろう部屋の主のベッドを見る。

「...あれ...いない?
 シンジが朝起きれるなんて小学校の修学旅行以来ね...」

そんな昔のことを瞬時に思い出せるほど記憶力の良いアスカであった。
不審に思いベッドを触った。
だが体温は感じられない。

「冷たい...いなくなってからかなり時間が過ぎてる?」

少なくとも30分は経っているはずだった。
理由は前述の通り、30分間ドアの前にいたからだ。
アスカの灰色の脳みそが活動を始め、シンジの行動を予測する。
しかしそのとき1階から悲鳴が聞こえた。

「今の声...レイ?
 しかもお風呂場からだ!!」










時をさかのぼってAM6:45

「さぁって、朝のお風呂に入ろっかな♪」

レイが着替えを持って部屋を出た。
部屋は階段の近くにあり、そのまま1階に降りる(このためにアスカの行動には気づかなかった)
目指すはこのペンション一番のウリである露天風呂だ。
湯と書かれたのれんをくぐり脱衣所に入る。
ちなみに露天風呂への入り口はこれ一つしかない。
レイは着ている物を全て脱ぎ去り、タオルを体につけ、カラカラと露天風呂に続く引き戸を開ける。

「朝の、しかも露天風呂なんて最高ね。」

さっとお湯をかけてから湯船に足を入る。
ちゃぽんと音がして波紋が広がった。
レイの顔はしっとりと濡れ、ピンク色に上気し、空色の髪は頬に張りついて妙に色っぽい。
少女から大人の女へと変わっていくのか...

「...ほぇえ〜〜〜...」

だが気の抜けた声を出す辺りが限界であった。
それがAM6:50頃であった。










時を戻してAM7:00
ちょうどアスカがシンジの部屋に忍び込んだ時間である。
そのシンジが朝のトレーニングを終え、ヘロヘロになって帰ってきた。

「まさか迷子になるとは思わなかったな...
 さてと、お風呂に入って汗を流さないとな。」

シンジは露天風呂を目指し、すぐに見つかった。
のれんをくぐって脱衣所に入り、ちゃっちゃとトレーニングウェアを脱いで裸になる。
ふと目に入った大きな鏡に自分の体が映し出されていた。

「...やっぱり細いよな...」

いくら鍛えても体は締まるばかりで筋肉が中々つかない。
シンジの悩みの一つでもあった。

「体質ってあるのかな?」

愚痴をこぼしながらタオルを腰に巻き、露天風呂に続く引き戸を開ける。
そこに広がる純日本風の造りに感嘆の声を漏らしながら、ぐるっと視線を巡らせる。
よしず張りの塀、その向こうに見える白樺の木立、敷き詰められた石畳、白く濁ってほんわかと湯気を出す湯殿...そして空色の髪と自分を見つめる紅い瞳...
そこでシンジは現実に引き戻された。

「...空色の髪と自分を見つめる紅い瞳?
 な、なんでレイが入ってるの...?」
「なんでって...朝風呂...」

シンジもレイもビックリして今の状況を把握していない。
ただお互いを見て硬直しているだけだった。

「...ここって男湯じゃなかったの?」

もっともな疑問を聞く。
そう、ここは男湯であって男湯でなく、女湯でもあって女湯でもない。
とどのつまり、混浴であった(笑)
そのときなぜか吹き抜ける一陣の風。
風は悪戯が好きなのか、シンジの腰に巻いたタオルを落とす。

「「あ゛...」」

隠すのも忘れるほど呆然とするシンジ。
レイの視線は一点を凝視し、ピンク色だった顔色がさらに良い色に染まる。
そこでなぜかちょっと間ができた。
そして...

「キャァアアァア、兄さんのエッチぃ!
 ...(ポ)」

レイが悲鳴を上げた。
心なしか嬉しさ半分、恥ずかしさ半分のような気もするが。
慌てたシンジはタオルを素早く取って脱衣所へ駆け足だ。

「ゴメン、レイ!」

見られたのはシンジのはずだが、謝らずにはいられない。
ちなみにレイは白い濁り湯に入っていたためにハダカは見られていない。
ガラッと引き戸を開け脱衣所に逃げ込もうとしたが、そこで硬直してしまう。

「アンタは一体なにしてるの?」

角を生やして金棒を持った赤鬼の形相で立ち塞がるアスカ。
哀れシンジは言い訳を言う暇もなく、露天風呂に沈んでしまったとさ。



第六拾四話  完

第六拾伍話へつづく



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