ガタガタ...

立て付けの悪い戸をなんとか開けた。

「真っ暗だな...
 レイ、足元気をつけてね。」

返事はないが、しがみついた腕に力が入るところから、怖いという気持ちが伝わってくる。
なぜだかは判らないが、レイは暗闇が嫌いなのだ。
人は潜在的に暗闇を恐れるというが、レイの場合はどう考えてもそれ以上であった。
養子に迎えられたときからこうだったので、今のレイが不安なのを知っている。

「大丈夫だから...
 怖がらないで。」

とは言ってもレイはぎゅっと目を閉じてガチガチである。
いつまでも外にはいられないので、シンジは意を決して中に踏み込んだ。

(うわっ、カビ臭いな)

あまり使われていないのでカビやホコリでいっぱいだったが贅沢は言ってられない。
中に入ると雨や風が入ってこないように、戸を閉める。
すると...

「兄さんっ!」
「うわぁ、レイ!?」

真っ正面からレイが抱き着いてきた。
予期せぬ出来事のため、バランスが崩れて倒れてしまう。
ちょうどレイに押し倒された形となった。

「お、お、お、落ち着いてよレイっ!」

そう言ってる自分が一番落ち着いていない(笑)
レイはギュッと力を緩めることなく抱き着く。

(れ、れい...これいじょうそんなことされると...)

当然、全身でレイを感じてしまうので、再び理性の壁に亀裂が走った。
欲望というもう1人の自分との無制限一本勝負が始まった。
両手は宙を舞い、もしこのままレイを抱きしめてしまったら後戻りはできなくなる!
そんな切羽詰った状況に陥ってしまった。










「...うぅ...おにいちゃん...」

脅えた声がした。
スっと体から力が抜け落ち、冷静な気持ちに戻ることができた。
忘れるはずもない、決して忘れられない声。
危うくレイを哀しませてしまうところだった。

「...大丈夫だよ...僕がそばにいるから...」

そう言ってレイの頭を撫でる。
やがてレイの体からも力が抜け、震えも収まっていった。

「...あ、ランプがある。」

落ち着きは冷静さを取り戻し、暗闇にも目が慣れ、小屋の様子が判った。
手探りでランプの近くにマッチも見つけた。
その2つを手元に引き寄せ、ポッと火を灯すとオレンジ色の光が揺れる。

「大丈夫、レイ?」

ランプは小屋の中を照らし、小さいながらも暖かさも感じられた。
そして光はレイの心を落ち着かせる。

「...兄さん...」

レイの安心した声。
シンジには雨の音がやけに静かに聞こえた...











大切な人への想い

第六十九話 過ぎ去った夏(其ノ拾弐)











なんのために作られたのか、湖の中央に浮かぶこの小島にぽつんと建つこの小屋は、わらとランプしかない時代錯誤な雰囲気だった。
しかしこの小屋がなかったら、雨や風をしのぐこともできなかった。
小屋の中にランプがあったお陰でかろうじて暖をとれる...夏とはいえ、雨に濡れたこの状態はかなりキツイ。
浮島の小屋に避難したシンジとレイは、濡れた服を身につけたまま休んでいた。

「...レイ、大丈夫?
 寒くない?」
「.........」
「レイ...?」
「...へ...平気、大丈夫...」

そうは言うものの、体を小刻みに震わせている。
濡れた服が彼女の体温を奪っているのだ。
そしておびえたような瞳はシンジの視線を避けているみたいだった。
警戒心を抱いているのだろうか?

「レイ...ホントに大丈夫?」
「う...うん...」
「でも、全身濡れちゃって...」
「兄さんだって...」

顔色がどんどん悪くなっていく...紫色になった唇から、微かに歯がカチカチなる音がもれている...

「こんなことになっちゃってゴメン。」
「兄さんが悪いことなんて...ないよ。」

濡れた髪からポタポタと滴がしたたり落ちる。
レイの濡れた髪はとてもキレイで、シンジは思わず見惚れてしまう。
濡れて光る髪から、肌をつたって、まだ水が滴っていた...

「...寒くない?」
「...ちょっと...寒い。」

濡れてぺったりと体に張り付いた服は夏の空気とランプの炎に温められても一向に乾く様子はなく、下着や素肌をいたずらに透かしている。
華奢なその体を細い両腕でかき抱き、小刻みに震え、こうしている間にも、濡れた服はレイの体温を奪い続けている。
細く白い両腕は、自らを守るようにしっかりと体をかき抱き、力を込めすぎたその指先は真っ白になる...










「...服は脱いだ方がいいのかな...」

シンジは自分でも信じられないことを口にした。
確かに濡れた服が体温を奪っているが、だからと言って服を脱ぐには抵抗を感じる。
特に異性同士の場合は...

「えっ...!?」
「あ、いや、その...誤解しないで欲しいんだけど...あの、えっと...」

しどろもどろになっていく...
泥沼に自らはまっていくようだった。

「あ、そのさ...濡れた服って体温を下げちゃうから...だから、体によくないから...」
「あ...そ、そうだけど...でも、すぐ乾くと思うから...いい...」

そうは言ってもランプ程度の温度ではいつ乾くか判らない。
逃げちゃダメだと何度も自分に言い聞かせ、シンジは腹を決める。

「...でもこのままじゃカゼひくから、でもこのままじゃホントに風邪ひくから服脱ぐ。」
「ええっ!?
 ちょ、ちょっと...」
「見苦しいもの見せるけどゴメン!」

と言って、あられもないブリーフ一枚になった。
あの雨でパンツまでずぶ濡れになってしまったのだが、さすがにこれだけは譲れないようだ(笑)
シンジは背中合わせに座った。

「...兄さん、恥ずかしくない?」
「そりゃあ恥ずかしいけど...カゼひいて寝込むよりはマシだと思ってさ。」

脱いだシャツを固く絞ると、ポタポタと水滴が落ちた。
それだけ雨を吸い取っていたのだ。

「...そうだね...私も恥ずかしいけど...でも脱ぐね...目、つぶってて...」

ついにレイも服を脱ぎだした。
見てはならないと思ってシンジは背中を向け、固く目を閉じる。
するとごそごそと音がし、濡れた服と格闘を始めた...

「み、見ないでね...」
「う、うんっ...」

レイの言葉に絶対に見ないと心に誓う。
だが目を閉じていると頭にイヤらしい妄想が浮かんでくるものだ。
理性、理性...と頭の中で文字を書き、必死にいけない妄想と戦っていた...










「も、もういいよ...」

やがて声がして、おそるおそる目を開けた。
そこにはレイのスリップ姿が...

「あ、えっと...(これじゃあまり変わらないんじゃ)」
「いや、そんなに見ないで!
 恥ずかしい...」
「あ、ゴメン...で、でも...それじゃあまり変わらないと思うんだよ
 その、体温下がっちゃうって言うか...」

こんなにしどろもどろと話しては誤解されるだけである。
だがそんなことは判っていても、冷静になれという方が酷があるのか...

「で、でも...」

気まずいムードが漂ってしまった。











「...本当に寒くなってきちゃった...やっぱりワンピース脱がなきゃよかったかな...」

カタカタと震えるてきた。
スリップも雨に濡れ、肌にべったりと着き、体温を徐々に奪う。

「脱いでよかったんだよ。
 本当は...っくしょん!」
「兄さんも寒いのね...」

レイはぴとっと背中を合わせてきた。
触れた背中が冷たかったが、なぜかホッとする。

「兄さん...とんでもないことになっちゃったね。
 私たち、ちゃんと帰れるのかな?」
「大丈夫だよ。」
「...だといいけど...」

ひざを抱え、身を縮込ませても、震えは止まらない。

「寒くない?」
「...だって、スリップが...まとわりついて脱げなかったんだもん...」
「えっ、そうだったの?
 また目をつぶってようか?」
「えっ、でも...脱ぐのは...」

さすがにした躊躇してしまうのか弱気になる。

「僕だってブリーフ姿なんだよ。
 濡れたものを身につけてると本当に風邪ひくと思うし...」
「それは...わかってるけど...」

レイの声は徐々に小さくなり、最後は聞き取れないほどになった。

「...って僕がとやかく言うことじゃないよね。」
「え!?
 あ...怒らないで...お願い...」

急にシンジの考えが変わったことに不安を感じたのか、振り返る。
しかしそこにはいつもの顔があった。

「怒ってなんかいないよ...ただ、心配なだけなんだ。」

その顔はレイを安心させる...

「あ...あのね、また目をつぶっててもらっても、いい?」
「うん...」

目をつぶると、暗闇の世界が訪れる。
視覚が失われたことにより、聴覚がいつもより働き始め、辺りの音を拾う。

パサ...

布のようなモノが床に落ちた音がした。
状況からしてスリップが落ちたのだろうとシンジは判断する。

(こ、これでレイは下着姿に...)

そう考えるだけでシンジのある一点に血液が集まる。
ブリーフ一枚だけなので一目瞭然(笑)
だが音はそれだけで終わりじゃなかった。

ぷち...

なにかのホックが外れる音がした。
シンジには瞬時になんなのかが判った。

(い、今のぷちって音は...ま、まさかっ?)

シンジの心臓がバコバコ鳴る中、音は続く。
そして最後の一枚と思われる音がした...

「も...もういいよ...」
「レイ...さ、寒くない?」
「...」

いつもだったら弾むような心地好い声で返してくれるのだが、なにも返ってこない。

(...なにも話してくれない)










レイは唇をキッと噛みしめて、固く閉ざしていた。
整った顔がいっそう青ざめ、美しい彫刻を連想させる。
回りに視線を向けることを頑なな意志で拒絶するみたいに一点を見続けている。
白い肩にも水滴がこぼれ、寒さに震えるその体が可哀想でたまらなかった...

(せめて、上着だけでもかけた方がいい...)

シンジは自分のシャツを手にそっと近づいた。

「...」

レイは、それでもシンジの方を見ようともしない。

(無視されているんなら、それでもいい...)

後ろから、そっと、レイの肩にシャツをかける。
そのとき濡れたうなじが、目に入る...

(レイは、僕に言われるままに、脱いで...無抵抗だ...)

シンジは必死で自分を押さえながら、小さく震えているレイの肩にシャツをかけた...

「なにも言ってくれなくてもいい...
 せめて、これくらいのことはさせてくれ...」
「...」

シンジはそのまま背中を向かい合わせた。












ザァーーー...

外からはまだ雨の降る音が聞こえている。
シンジもレイも、なにもしゃべらず、ただお互いに背中を向けて座っていた。

(ま、まずい...)

これはもちろんシンジの心の声だ。
なにしろ自分の後ろには全裸の女の子がいるからである。
いくら妹とはいえ、ふつふつと込み上げてくる欲望に押され気味であった。

(勃っちゃダメだ、勃っちゃダメだ、勃っちゃダメだ、勃っちゃダメだ...)

先ほどからずっとこれである。
固く目を閉じて、なにか他のことを考えようとしても、頭に浮かぶのはレイの艶かしい後姿。
チラっと見てしまったらしい(笑)

「ぼ、僕、外に出てるねっ!」

取り敢えずの打開策として、その場から逃げようとした。
だが、そうは問屋が卸さない。

「待って!」

パシッと腕を取られた。
そして聞こえてくる弱々しい声。

「...そばにいて...お願い...」

そんなことを言われては断れない。

「寒いの...」
「レイ...」

仕方なくレイの後ろに座ろうとする。
だが...

「隣にきて...お願い...」

レイのお願いを断ることはできず、追いつめられたシンジはできるだけ下を見ないようにして、となりに座った...










☆★☆★☆










「うひゃ〜...参った参った。
 いきなり降ってくるんだもんなぁ。」

玄関のドアが勢いよく開かれ、雨に濡れたヒデユキとサエコが帰ってきた。

「お帰り...ハイ、タオル。」
「ありがと、アスカちゃん。」

玄関まで迎えにきたアスカからタオルを受け取る。
だがそこでシンジとレイの姿がないことに気づいた。

「あら、シンジ君とレイちゃんは...クツもないようだけど?」
「まだ...帰ってこないんです...」

言いにくそうに答えるアスカの顔はひどく辛そうだった。

「一緒じゃないの?」
「うん...今日は、ちょっと。」

暗く沈む表情はいつもの明るい雰囲気とは、かけ離れていた。
とそこにユミがやってきた。

「あら、お帰りなさい、槙村さんにサエコさん...
 なにか温かいものでもいれますね。」
「ありがとうございます。」
「あ、アタシがやります、おばさま...」

ユミと入れ違いに、アスカは玄関を去る。
その後ろ姿はなぜか寂しそうだった。

「...どうしたんですか、アスカちゃん?」
「シンジとレイが、2人してまだ帰ってこないから...ね。」

ほとほと困った顔を見せる。
ユミがこんな顔を見せるのは滅多にないことだった。
そのとき、キッチンの方からカップが割れる音がした。
3人が急いで行ってみると、そこには心配そうに駆け寄るキョウコと、何が起こったのか判らない顔をしたアスカの姿が...

「大丈夫、アスカ?」
「...ア、アタシ...なにを...イタッ!」

反射的に手を引っ込める。
指からは血が流れ落ち、割れたカップに赤い点を残した。

「アスカ、ここはいいからアナタはケガを診てもらいなさい。
 ユミ、お願い。」

テキパキと指示を出し、キョウコはカップの破片を片付ける。
アスカの方はいまだに自分がケガをしたのに気づいていないようだった。

「...赤い...真っ赤だ...紅い、瞳...」










☆★☆★☆










すきま風にチラチラと揺れる炎は弱々しい光りを放っている。
こんなちっぽけな炎では、冷えた体を温めるには役不足だった。
しかしランプの柔らかな光を見ていると、なんだか別の世界に足を踏み入れたみたいな錯覚に陥る。

「...もっと、そばにきて。」
「...」

言われるがままにそばに寄り、肩と肩が触れ合う...
レイは相変わらず、両手で体を抱きかかえていた。

「...ごめんなさい...」

不意に小さく、弱い声が聞こえた。

「僕の方こそ...ひどいこと考えてた...」
「ううん...私が悪いの。」
「...どうして、レイは...」

僅かな時間...だが永遠とも思える時が流れ、レイの唇が動く...

「...試すようなことしたの...」

シンジの顔は見れなかった。
もしシンジの目を見たら涙が出そうなくらい辛かった。
好きな人を試すのがこれほど胸が痛くなるとは思わなかった。

「なっ...じゃあ...だけど、なぜ?
 もし僕が...レイにひどいことしたら...」
「それでもよかったの...兄さんなら...」










「ねぇ、覚えてる...
 昔もよくこうやってくれてたよね。」

肩に頭をちょこんと乗せ、幸せな顔になる。

「私がいじめられてて、兄さんが助けてくれて...ずっとそばにいてくれたよね。」

思い出せばいつもシンジが護ってくれた。
泣きやむまで、目が覚めるまでそばにいてくれた。

「今でも感謝してるよ。
 ...ありがとう...」
「な、なに言ってるんだよ。
 ...兄妹じゃないか。」
「私ね、あの頃からずっと...ううん、初めて逢ったときから...好きだったよ...」

好きと言うだけで心が満たされる。
好きと言ってあげられる人がそばに感じる。
ドキドキと胸が高鳴るのがとても心地好かった。

「私を見る人の目はみんな一緒...冷たい目だった。
 髪の毛や目の色が違うからね。」
「レイ...?」
「でもお父さんやお母さん...兄さんは違ってたね。
 初めて逢ったときからずっと、今でも変わらないよ。」

初めて出逢った刻を昨日のように感じる。
今でも鮮明に思い出せるからなのか...
幾年月を経ても色褪せぬ想いが胸の中に募る。

「来たばっかりの時は戸惑ってばかりだったけど...それでも温かく包み込んでくれたね。」
「...あの頃はホント苦労したよ。
 どうしたら笑ってくれるのかなってね。」

来た当初は感情を表に出さず、笑うどころか泣きもしない。
凍りついたように、なんの変化もなかった。
それでもシンジは頑張って笑わそうとした。
レイの手を取って連れ回し、色々なモノを見せ、感じさせた。
その甲斐あってか、初めて見せたレイの笑顔がとてもキレイだったことを覚えている。
僅かな変化だったが、その笑顔に心を奪われてしまった。

「そうだね、あの頃は笑うことなんてできなかったもんね。」

そう言って笑うレイの顔もキレイだとシンジは思った。

「...笑ったり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだり...
 お父さんに引き取られて、兄さんやお母さんに出逢わなかったら、そんな当たり前なこともできなかったかもしれない。」

今はいない父親のソウ、女手一つで育ててくれたユミ、そしていつも護ってくれたシンジ。
家族の絆と温かさを与えてくれた六分儀という人たちには感謝の言葉もなかった。

「...でもね、一番ありがとうって言いたいのは兄さんだよ。」
「僕?
 なんで...?」
「人を好きになるなんて信じられなかった...
 恋をすることができるなんて思わなかった...」

ドキッとするような笑顔をシンジに向ける。
それは昔、忘れるはずもない、初めて見たレイの笑顔と同じだった。
真っ直ぐに向けられた紅い瞳に吸い込まれそうになる。

「レ、レイ...」
「大好きだよ、兄さん...ううん、シンジ...さん。」

外の雨はまだやむ気配はなかった...









☆★☆★☆









静かにドアが開き、アスカの部屋からキョウコが出てきた。

「アスカは大丈夫なのか?」
「ええ、今は静かに眠ってます...」

アベルの問い掛けに元気無く答える。

「どうしちゃったんですかね...ってやっぱりシンジ君とレイちゃんですか?
 あの2人も帰ってきてませんし。」
「槙村君たちも何も聞いてないのか?」
「...申し訳ありません。」

その場が一気に重く静まる。










「あの子たち...一体どこに...」

ユミはシンジとレイを思う。










「アスカ...」
「...きっと大丈夫さ...」

アベルとキョウコはアスカを思う。










「...槙村...」

サエコの不安な顔がヒデユキに向けたとき、ぎゅっと手を握られた。

「雨は、イヤな思い出しかないな...」

シンジの父、ソウが殉職した日も、雨が降っていた...








☆★☆★☆










「大好きだよ...」

穏やかな顔を、すぐ近くにいるシンジに向ける。
やっと伝えられた想いだった。

「レ、レイ...」

シンジはただ驚くことしかできなかった。

「...兄さんは、私のこと、どう想ってる...?
 妹...それとも...」

真っ直ぐに向けられた目は、シンジを捕らえて離さない。

「私はね、兄さんのこと...兄だとは思ってない、思えないんだよ。
 兄さんにとって、私は妹でしかないの?」

紅い瞳がひどく哀しい色に染まる。
そこに映るシンジは戸惑いを隠せなかった。

(ぼ、僕は...)

レイが喜んだだけで、自分も嬉しくなる。
一番幸せになってほしいと願う人が、自分を好きだといってくれた。

(レイが...)

その笑顔をいつまでも絶やさぬようにできるのは、自分しかいないことに気づいた。
レイを幸せにできるのは、その想いに応えるしかないと。
やがて視線が絡み合う...

「レイ...」

隣り合った肩がずれ、2人は向かい合う。
小さな肩にかけられた自分のシャツにシンジはそっと手を置いた。
そして2人は何も話さなくなる。
言葉は何も要らない。
必要なのは、相手の温もりだけだった。










ちくっ...

シンジの胸に痛みが走り、いつも見慣れた顔が浮かんだ...

(だ、誰だ...?)

だがそれは目の前のレイではなかった。
柔らかな栗色の長い髪がとてもキレイで、見つめられるだけで吸い込まれそうな錯覚に陥る蒼い瞳がとても好きだった少女。

(ア、アスカ...)

産まれたときからそばにいた、自分のことを誰よりも理解してくれる少女。
なぜだか知らないが、ずっとそばにいてくれた。
楽しいときや寂しいとき、嬉しいときや悲しいとき、同じものを一番近くで一緒に見てきた。

(なぜ...?)

目の前にレイがいるのだが、驚きを隠すことはできなかった。
幸せにしてあげたい人がそぐそこにいる。
だが心に引っかかるものがあった。










「兄さん...」

シンジの心にアスカがいることを感じた。
考えるだけで悔しかった。

(こんなに...こんなに近くにいるのに...)

下唇を噛みしめる。

(ダメ、アス姉には渡したくないっ!)

あきらめきれない想いがあった。
目の前には好きな人が、離れたくない人がいる。
そしてシンジの心を繋ぎ止めるためにレイは心を決めた。

「見て...」

肩にかけられたシャツが落ちる。

「レ、レイ、なにを...」

目を逸らそうとするが、レイの言葉が引き止める。

「お願い...私を見て、兄さん...」

産まれたままの、一糸まとわぬレイのカラダがそこにあった。
色素が無く、病的なまでの真っ白なカラダがシンジの目をくぎ付けにさせ、膨らんだ胸がイヤでも女であることを感じさせた。

「好きだから...私、兄さんが好きだから...だから...」

レイの目から涙が零れ落ちる。
幸せになってほしいと思い続けた人が今、辛い思いをしていた。
それを見るだけでシンジの胸が締めつけられる。

「...兄さんになら、何されたっていいよ。」

手をぎゅっと握って恥ずかしさに耐える。
僅かな時間がとても長く感じられる。
手を伸ばせばすぐそこにレイのカラダがある。
しかもレイはシンジと1つになることを望んでいた。
だがそれはシンジの心がアスカに向くことをさせないためであった。

「抱いて、兄さ...」

そのときレイの両肩に手がかけられた。
シンジの手はそこで止まり、「何か」 を必死に押しとどめていた。
そして一気にレイのカラダは離させた。

「...兄さん?」

レイが見たシンジは肩で荒々しく息をしていた。
額には汗が行く筋も流れ落ち、「何か」 に耐えていた。
それがなんなのかは、レイには判っていた。

「ダ、ダメだよレイ...こんなのって...」
「なんで...どうして...」
「だって兄妹じゃないか、僕たち...」

それだけが今のシンジを押しとどめているのか...今のシンジには判らない。

「そんなの関係無いじゃない!
 兄妹でも、私たち血は繋がってないのよ!」

堰を切ったようにレイの想いは溢れ出す。
今まで閉じ込めていた分、総てをシンジにぶつける。

「なんで判ってくれないのよ!
 兄さんが好きなんだよ、ずっと私のそばにいてよ...」
「レイ...今のレイって変だよ...だから落ち着いて...」
「私が兄さんを好きになるのって変なの、それっておかしいの?」

届かない想いにレイの涙が溢れた。

「想ってるの...私のアソコはもう濡れてるの...
 こんなにも兄さんを欲しがってる...求めてるの!」

明らかに雨ではないモノがレイの太ももを伝っていた。

「や、やめてよレイ...」
「見てよ、私を見て...なんでダメなのよ!
 こんなことだったら...」

一度溢れた想いはとどまるところを知らず、レイの心を狂わせた。

「こんなことだったら兄妹になんかなりたくなかった!
 拾われたくなかった!!」










パン!










小さな小屋で乾いた音が鳴った。

「あ...」

しばらくしてレイの頬に痛みが走った。
時間はゆっくりと流れ、レイの昂ぶった気持ちが消えていく。

「なんてことを言うんだ...」

シンジの声は震えていた。
その声でレイは気持ちを落ち着かされ、シンジに叩かれたことが理解できた。
レイはふるふると震えた手を叩かれた頬に添える。

「拾われたなんて言うなよ...父さんはそんな風に思ってない!
 レイはそんな気持ちで引き取られたと思ってたのかよ!!」

自分が何を口走ったのが判り、心に痛みが走る。

「そんな悲しいこというなよ...」
「あ...あ...」










そして小屋の中でレイの絶叫がした。
雨が降りしきる中、それでもシンジが好きなのだという想いが、その叫びには込められているのだろうか...



第六拾九話  完






―――予告―――



...うわぁ...シンジ君、よく耐えられたわね

普通だったら獣になってもおかしくないのに...特にシンジ君の年頃じゃ...

と、申し遅れました、野上サエコです

さて来週のお話はアレですね、その後のお話でアスカちゃん対レイちゃん

どう考えても修羅場よねぇ...

ところでシンジ君、レイちゃん...青少年保護条例って知ってる?





次回

大切な人への想い

「過ぎ去った夏(其ノ拾参)」



注) 予告はあくまで予定です





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