カンカンカンカン...

踏み切りの警報機がこだまする。
赤いランプが交互に点灯し、目の前の線路に電車が通り過ぎていく。

カタンカタン...カタンカタン...

遠ざかる電車の音。
遮断機が上がり、人が流れ始める。

ザワザワ...

行き交う人たち。
陽はすでに沈み、空には月と星が見える。
そして雑踏に紛れ込む2人の姿。
シンジが先頭を歩き、その後ろにレイが続く。
レイはシンジの背中を見て、聞かされた過去の全てについて考えていた。

(惣流アスカ...)

シンジの帰りをこの二年間ずっと待っていた少女。
どれだけシンジを想っていたかはすぐに判った。
なまじ、同じ人を好きになったからなおさらである。
しかしシンジの妹の死に大きく関わりを持ち、シンジの憎むべき人...

(六分儀レイ...)

シンジの妹であり、シンジのために死んだ少女。
文字通りシンジを死ぬほど愛していた。
そして自分に似た少女。
いや、自分が似ているだけなのかもしれない...

(碇じゃない、六分儀シンジ...)

自分の知らないもう1人のシンジ、そして2人の少女に愛されていた人。
全ての話を聞かされて色々なことが駆け巡り、きちんと整理できなかった。
今まで色々と想像していたモノとは違っていた。
しかし一つだけ判ったことがある。

(多分、今でも六分儀レイを愛してる...)

それを考えるだけで言い知れぬ不安が湧き上がり、心がザラついてくる。
自分と似ている人に対して嫉妬した。
逆に自分が似ていたからシンジは好きになってくれたのかと思ってくる。

(知りたい...)

シンジからだけでなく、もっと他の人からも聞きたかった。
好きな人が信じられないワケではないが、もっと多くのことを知りたかった。
あの場に居合わせたトウジ、ケンスケ、ヒカリ、そしてアスカの4人にどうしても逢って話を聞きたい、総てを理解したかった。
だがここは初めての土地であり、当てがない。
しかもトウジとケンスケは同じ甲子園出場校ということもあって、会うことすら難しいかも知れない。

(どうすれば...)











大切な人への想い

第七拾四話 始まった夏










カポーン

第壱高校が泊まっているホテルの男湯である。
男湯は第壱高校野球部が占領していた。

「タツヤ、練習場を貸してくれる学校に行ってきたんだろ、どうだった?」

リュウスケが聞いてきた。
湯船に浸かると足を伸ばして旅の疲れを取る。
やはり疲れはその日のうちに流すのが一番である。

「ウチのグラウンドと大して変わらなかったぜ。
 環境の方は心配無用。」

タツヤも同じように足を伸ばしてゆったりとしている。
各自が思い思いに体を休めるひととき。
だがそんな時でも遊んでばかりではいない人間もいる。

「フジオ、オマエ何やってるんだ?」
「ボールの握り方の練習です。」

お湯の中で一生懸命にボールの握り方を変えている。
それと一緒に手首を限界近くまで動かし、ボールを放つ瞬間も探っていた。

「風呂に入ってると体が柔らかくなりますからね。
 こういうところから慣らして変化球の方を...」
「あれ...でもその握り方ってフォークボールじゃ...?」

そう、フジオは人差し指と中指の間にボールを挟んでいた。
ボールの回転を押さえるための独特な握り方である。

「今持ってる変化球じゃ不安なんです...」
「...オマエあれだけじゃ物足りないのか?」
「だって全国ですよ、全国。
 オレぐらいのピッチャーなんて吐いて棄てるほどいますからね。」

フジオの変化球の種類はカーブにシュートにスライダーの3種類である。
が、この3種類は大抵のピッチャーならば使ってくるのでそんなに珍しくはない。
つまりフジオは全国から見ると平均かそれ以下の力しか持っていないのである。

「ま、あと1週間ほどで身につくかといえば怪しいモノですが...」
「そうだよな来週から始まるんだよな、甲子園。」

タツヤは天井を見てその時のことを想像する。
予定としては来週の日曜日から甲子園は開幕し、2週間の熱い夏が展開される。
全国4096校の内49校が代表として甲子園の土を踏み、その頂点を目指して闘うのだ。
そのため、どのチームもどんな小さな努力でも惜しまない。

「それに碇先輩もやってるんですよ、ほらあそこで。」
「ホントだ...」
「普段からの積み重ねがモノをいいますからね。」

顔を向けた先にはボールを握るシンジの姿があった。
疲れを落とすための時間でも勝ち上がるための姿勢、要は気構えの問題でもある。
技術的な面で優れていたとしても、精神面で圧されて敗けてしまうのは不思議ではないのだ。
だがそのシンジを気にする者もいた。

「.........」
「どうしたんだカヲル、シンジをジロジロ見て?」
「う〜ん、なんだか元気ないみたいなんだ、シンジ君...」










☆★☆★☆










場所を移して洞木家。

「ただいま...」

ヒカリが帰宅を知らせる。
今日1日色々なことがありすぎて、疲れ切った様子のヒカリはやっとの思いで靴を脱いだ。
そると妹のノゾミがやってきた。

「おかえり、お姉ちゃん。
 今日は遅かったんじゃない?」
「...うん、ちょっとね...」

シンジとの二年ぶりの再会、そして決別。
何も知らない妹とは違い、ヒカリの表情は沈む。

「???
 何かあったの?」
「...なんでもないわよ...」
「変なお姉ちゃん。」

違和感を覚えたノゾミは何度も聞いてくるがヒカリは言葉を濁すだけだった。
その内あきらめたのか、ノゾミはリビングへスタスタと戻っていく。
ヒカリはそれを目で追い、見えなくなるのを確認すると急に疲れが出てきた。

「...ふぅ...」

静かに息を吐く。
疲れのせいか、動きは遅かった。

「お姉ちゃ〜ん、お腹へったぁ〜。」

現実へと引き戻すノゾミの言葉。
ヒカリはやれやれといった感じでキッチンへと向かい、エプロンを身につけ、いつも通りに料理を始める。
だがその手が突然止まった。

「お姉ちゃんレイのお墓参り行ってきたんでしょ、どうだった?」

妹の何気ない言葉にギクリとして体が震え、あの時の光景が蘇る。
帰ってきたシンジ。
しかし何も変わらない、別れたあの頃と同じであった。
だがノゾミには事実を伝えられなかった。

「うん...去年と同じ...」
「ふ〜ん、今年も4人だけだったんだ。」
「そ、そうなのよ...」

妹の言葉が痛かった。
やがて言葉は無くなり、包丁の音とテレビの音だけが響く。
リズミカルな音と他愛も無いテレビの会話。

「あ、そうだお姉ちゃん。
 明日からウチの学校にくるんだよ。」

ノゾミが思い出したように言う。
その間にもヒカリの手は止まず、絶えず動いていた。

「...何が?」
「前に言ってなかったっけ?
 甲子園に出る学校がね、練習場としてウチのグラウンドを借りるの。」

ノゾミはテレビを見ながら、ヒカリは料理をしながら何気ない会話が続く。
だが現実は意外な巡り合わせの糸を紡いでいた。

「新東京区の代表で、第3新東京市立第壱高校っていうの。」
「!」

包丁の音が突然止まった。
しかしお互い顔を見ていないお陰でノゾミは姉の心の変化は読み取れない。
そして再びリズミカルな包丁の音が鳴り始める。

「そ、そうなんだ...」

震える危ない手で包丁を動かし続ける。
結局ヒカリはシンジの帰郷を知らせることができなかった。










☆★☆★☆











場所を戻して第壱高校のホテル。
男湯と壁を一枚隔てた隣りの女湯である。
湯気が立ち込める場所にレイとマナは2人きりだった。

「どうしたのよレイ、考え込んじゃって?」

レイは口の辺りまで浸かり、プクプクと息を吐いて考え事に没頭していたので誰だって気づく。
マナもちゃぷんとお湯に入り、レイの近くに腰を落ち着ける。
そして開口一番に出た言葉が...

「そういえば今日はどうだったのよ?」

興味津々にマナは寄ってくる。
一方のレイは追求を避けるように揺らめく湯船に視線を落とす。

「どうって、別に何も...」
「その割には深刻な顔になってるじゃない。」

ホテルに帰ってきてからずっとである。
まるでシンジと槇村が再会した頃のように戻ってしまった。
しかも2人揃ってである。

「何かあったんでしょう?」

マナが優しく語りかける。
同じマネージャーの先輩であるマナには色々と相談に乗ってもらったこともある。
今のレイにとってマナは友達のようであり、姉のような存在だった。

「話してごらんなさい。」

いつもの優しい声。
それをどこか遠くで聞いているような感覚に陥る。
だがいきなり大声がした。
しかも聞き覚えのある声だった。

「ひゃ〜、広いお風呂じゃない!」
「ミサト先生?」
「あらマナちゃん、入ってたの?」

ちょっと顔が赤いのは多分酒が入っているからであろう。
ざっと体を流すと2人の近くに寄ってくる。

「そうだ、2人ともお風呂上がったらミーティングやるからね。
 ディスクが届いたのよぉ〜♪」
「「ディスク?」」

レイとマナはお互いに見合わせる。

「そっ、リツコに頼んであった甲子園出場校の全データよん♪」

得意げな顔を見せるミサト。
つい数刻前にフロントから連絡があり、届いたのだ。

「勝つためには先ず敵を知ること、ね。」
「ウチ以外の代表48校が敵...
 闘いはもう始まっているんですよね。」

全国47都道府県で49の代表校。
これは北海道区と旧東京区が2校ずつで、あとの県は1校ずつで計49校なのだ。
その内の2校を知ったレイの顔が暗くなる。

(確か東雲高校と十六夜高校だったよね...)

六分儀レイの墓参りで出逢った2人、トウジとケンスケの学校である。
考えてみれば2校とも甲子園優勝経験がある強豪で、優勝候補に挙げられている。
なんとしてもその2つだけは知りたかった。
そんな思いがあって、お風呂に入っている3人の顔は真剣である。
だが緊張の糸は突然切られた。

「うひひひひ、レ〜イちゃん♪
 今日はシンちゃんと2人でどこ行ってたのかな?」
「そうよっ、あれからずっと2人っきりだったんでしょう!」

早速これである。
やはり他人の色恋沙汰には目がない。
マナもこれ幸いにと詰め寄ってくる。

「だ、だから何もなかったんです!」

レイがザバっと立ち上がる。
そのとき辺りがチカチカと光ったように見えた。

「あれれ?」

傾く景色。
そして湯船の中に沈没。

「キャアアアア、レイっ!!」
「おおおお、落ち着いてマナちゃん。
 とにかくここから出さないと。」

焦るマナと的確に対処するミサト。
湯アタリして目がグルグル回っているレイを2人で運んでいった。
とそこに運良く(?)現れる加持。

「何やってんだ葛城?」
「見れば判るでしょ、アンタも手伝いなさい!」

あっという間に加持がレイを背負うことになった。










「ったくツイてないな...」
「監督でしょアンタはっ!
 それに、これ見せたげないわよ。」

チラッと見せるディスク。

「なんだそれ?」
「ふっふ〜ん。
 聞いて驚け、赤木リツコ制作の甲子園出場校全データよ!」
「ほう、そりゃすごいな。」

と言ってもあまり驚いてない加持。
当然カチンとくるミサト。

「なんなのよ、もっと驚いてもいいじゃない?」
「いや、オレも似たようなモノをもらったんだ。」
「甲子園出場校データ?
 ハっ、そんなのリツコに敵うワケないじゃない。」

ハナっから勝負が見えていると思い、完全に見下している感じのミサト。
だがその余裕も数秒のことだった。

「聞いて驚け、赤木ナオコ制作の甲子園出場校全データだ。」

カターンと落ちるリツコ謹製のディスク。
一緒にいたマナは、何がなんだか判らず2人を見比べていた。
で、レイを寝かせて部員を集めて2枚のディスクを見たら...

「...何これ、全く同じじゃない...?」
「ふっ、親子だな...」

ディスクの内容はコピーじゃないかと思えるほど、全く同じだった。
だがデータとしては申し分はなく、部員たちの中ではすでに議論が始まっている。
各校の短所や長所、自分たちには何が欠けているかを洗い出し、甲子園が始まるまでのこの1週間で、何をすべきかを話し合う。
そんな中でシンジ1人だけが食い入るように2校のデータを見ていた。










☆★☆★☆











ケンスケの十六夜高校が泊まっているホテル。
その一室でキーボードを叩く音だけがしていた。

カタカタカタカタ...

ディスプレイに次々と表れる様々なデータ。
それら全ては第壱高校に関してであった。

「チーム全体の能力はDランク...初出場だから比較のしようがないか。
 去年の甲子園ベスト4を倒したところを考えると、そんなに低くはないと思うんだが...」

長時間ディスプレイを凝視していたからか目を休めて考える。
ふっと上を見上げるが天井があるだけで他は何もない。

「去年の第壱高校のメンバーにはシンジの名前はない...事実、去年の成績は話にならない...
 しかし今年の第壱高校の予選のデータは凄い...
 やはりシンジの存在は侮れないな。」

だがケンスケは別のモノ、思い出の中のシンジを見ている。
どうしても思い出の中のシンジと予選のデータのシンジとでは大きくかけ離れていた。

「けど、全国レベルじゃ平均だ...
 それと気になるのはこれだ。」

キーボードを打つと画面に2つの項目が表れた。
2つの球種と最高速である。

「あのシンジが変化球を使うようになったとは驚きだな。
 投球パターンを変えるためなのかな...やっぱり...」

そこで再び考え始めた。
過去と現在の違いを洗い直す。
すると一つの結論に達した。

「...ひょっとして限界を感じたのか...?」

データを見る限り可能性は高いと睨み始めた。
そこには147km/hという数値が表示されている。

「球速があの頃と変わらないな...」










☆★☆★☆











「ここが今日からお世話になる風早高校だ。」

時は流れて翌日−−−
泊まっているホテルからそれほど遠くない学校。
監督である加持に案内され、第壱高校野球部は風早高校に到着した。

「それからだな、この学校は甲子園の開会式のお手伝いをしてくれるそうだ。
 あっちを見てみろ。」

指したところにはプラカードを持った女の子たちが練習をしている。
それを見たムサシが合宿を思い出す。

「ホントだ...でも入場行進の練習はオレたちもやったよなぁ。」
「足並み揃わなくて最初は大変だったけどね。」
「考えてみれば、あとちょっとで開会式があるんだよな。
 ああ、時間よ早く流れろ!!」

晴れ舞台に早く立ちたいという気持ちを表現したいのか、青い空に向かって叫ぶムサシ。
それを遠巻きに見ている学校の生徒がちらほらと。

「...ったく恥ずかしいヤツだな。」
「これ以上ウチの恥をさらすワケにはいかんだろ。
 止めるからみんな手伝え。」
「「「おうっ!」」」

見ていた他のレギュラー陣が全力を持って押さえに行く。
だがシンジだけがそれを目で追っていた。
黒い瞳は濁り、生気は感じられない。

「やれやれ、どこに行っても変わらないなぁ。」

とかなんとか言っても加持も変わってない。
髪の毛を無造作に後ろで束ね、不精ヒゲは剃っていない。
これで甲子園入りを果たした学校の監督だと誰が信じようか。

「ま、変わらないのは良いことだな。」
「...そうでしょうか?」

シンジが珍しく反論する。
だが感情の起伏のないような声でだった。

「変わらないのは成長してないだけ...
 人は変わっていくから成長しているんじゃないですか?」
(昨日、やっぱり何かあったのか...)

加持は墓参りに行ったシンジに何かを感じた。
綾波レイにしてもそうだ。
甲子園にくるまではシンジにベッタリだったのが、今では少し距離を置いている感じだった。

(やっと立ち直ったかと思ったらこれか...調べないといけないな)

そう言えばとポケットをゴソゴソと探り、出てきたアドレス帳をパラパラとめくる。
止まったページにはヒデユキから紹介された冴羽リョウという名前が書かれていた。

(あったあった、早速かけてみるかな)











☆★☆★☆











西宮市の駅から数分の場所−−−
ボストンバッグを抱えた女のコたちの集団があった。

「ねぇまだ着かないのぉ...?」

大通りの真ん中で弱音を吐いたのは出雲ミドリ。
それをまたかとあきれて聞いているのは古川アユ、須藤ミズホ、野上シズカ、若槻カナの4人である。
先頭を歩いていたアユがわざわざミドリのところまで戻って言う。

「ミドリ、一体何度目だと思ってるんだよ。」
「何度でも疲れたのは疲れたのよ!
 ねぇどっか涼しいところに入らない?」

両手を合わせてお願いする。
だがそんなものは通じない。

「お世話になるところに着いてもいないのよ、休むのはそれからっ!」
「普段から運動してないから、こんなんでへばるんだよ。
 大体な...」

シズカが一緒になって説教する。
それを横で聞いているミズホとカナはヒデユキからもらった地図を広げていた。

「もうちょっとで着くはずなんだけど...  これはもう聞くしかないですね。」
「うん、そうね。
 その方が早いわね。」

キョロキョロと見渡すとこちらの方向に歩いてくる人がいた。
ショートカットで、どことなく中性的な感じのする女性だった。

「スイマセーン、道を教えてほしいんですが。」

すかさず走っていくカナ。
近くにくるとヒールを履いていないのに、結構背が高いのが判った。

「あの、この辺りにある 『CAT’S EYE』 ってお店に行きたいんですが...」
「あら、私もちょうど行くところなのよ。
 一緒に行きましょうか。」

渡りに舟とはこのことか。
かくして一行は一緒に行くことになった。

「あ、私は若槻カナって言います。
 で、こちらから...
 ...で私たち、第3新東京市からきました。」

カナが1人1人紹介していき、地名を聞いたところで女性はピーンときた。
そして親しみのある声で話してくる。

「えっ...じゃあミキさんのところに下宿する第3新東京市のコたちって、アナタたちなの?」
「へっ、なんで知ってるんですか?」

1人納得して、ジロジロと5人を見る。
カナたちには、何がなんだか判らない。

「へぇ...アナタたちが兄貴が言ってたね...」
「あの...失礼ですけど、どちら様なんですか...?」
「あ、ゴメンね、自己紹介が遅れたわね。
 私の名前は槇村カオリ、アナタたちのことは兄の槇村ヒデユキから聞いてるわ。」
「槇村さんの...妹?」

お忘れかもしれないが、カナたちの下宿先を紹介したのはヒデユキである。
で、下宿先の CAT’S EYE とは、カオリの友達のミキのお店である。










☆★☆★☆











「ほら、早く早くっ!」

元気のいい声の主が野球グラウンドを目指していた。
セミロングの髪に八重歯の光る少女、名は洞木ノゾミという。

「そんなに急がなくても野球部の人たちは逃げないって...」

ノゾミの後を追うのは親友の鈴原ミユキである。
2人は第壱高校の練習を見に行こうとしていた。
特にノゾミの方はなぜか気合いが入っている。
なぜかというと...

「急がないと先越されちゃうじゃない!
 そんなんだからミユキはいい男を見つけられないのよ!」

彼女は出逢いを求めていた。
高校生にもなったので、どうやら本気で探しているらしい。

「プラカード持ちの練習が終わったらこれだもん...
 ノゾミったらホントに見つける気なのね。」

ミユキはやれやれと、しょうがなく後を追う。
彼女の場合は親友が心配なだけのようだ。
ノゾミの後を走り、グラウンドに辿り着く。
そこでは甲子園に出場した他県の学校を見ようと、すでに人だかりができていた。

「うわぁ、結構きてるんだ...」
「ミユキっ、早く早くっ!!」

ノゾミは果敢に人込みをかき分けて最前列を確保しようと躍起である。
やがて戦いに勝利し、フェンス際まで到達した。
そこには練習を始めた第壱高校ナインが各々の場所に散らばっていた。
真っ白なユニフォームを身にまとい、薄っすらと汗を流す。

「へぇ〜、第壱高校のユニフォームってオーソドックなタイプか。」

ミユキがボソっと呟いた。
ミユキの感想通り、第壱高校のユニフォームは飾りっけが無い。
真っ白なユニフォームに黒いアンダー、そして学校名がプリントされただけのヤツだ。

「でもさ、こういったタイプって今じゃ珍しいんじゃない?
 トウジさんのトコは縦縞だし、ケンスケさんのトコなんかアンダーが真っ赤だよ。」

最近はプロ野球のユニフォーム並みに個性が出てきたりしている。
やはり晴れ舞台で学校名を知らしめるための格好のPRにもなっているせいなのか。

「それよりもさ、ミユキが会ったっていう人よっ!
 若槻って言ったっけ?」
「うん、若槻タツヤさん...その人がどうしたの?」
「ばっかねぇ、決まってるじゃない。
 知り合ったっていうんだから、そっから開拓しなきゃ!」

ぐっと手を握ってやる気満々なノゾミ。
ミユキは我が親友ながらと思うと気が重くなってくるようである。

「それにさ、その若槻って人もいい男だったんでしょ?」
「う〜ん...さわやか系って感じの...あ、あそこの人だ。」

ミユキの指した方向ではタツヤが部員たちに指示を出していた。

「おお、なかなかじゃない?」

ニコニコと笑顔になる。
そのときボールがミットに突き刺さる音がした。

「あら、結構いいボールの音じゃない。
 どんなピッチャーなのかしら...?」

すぐさまピッチャーを探すノゾミ。
ミユキは呆れ果てていた。
だがそこでエースの名前を知っていたミユキに悪戯心が湧き上がる。

「そうそう、ここのエースってね、シンジっていう名前なんだって。」
「!」

シンジの名前にピクリと反応する。
不思議そうな顔でノゾミは親友を見る。

「シ、シンジ...?」

耳を疑い、聞き返す。
それを待てましたとばかりにミユキは言う。

「うん、シンジ、碇シンジ。」
「...いかり?」
「そっ♪」

にっこり笑って悪戯が成功したことを喜ぶ。

「ミユキっ、アンタって人は!」
「いいじゃない、いつもはノゾミにやられてるんだから。」
「も〜、六分儀さんかと思ったじゃないっ!」

キャイキャイとじゃれ合う2人。
そんな2人には構わず、ボールがミットに突き刺さる音は鳴り響く。

「へ〜、あの人がエースの碇シンジか。」

ミユキが投げていた球児の顔を見た。
それは見たことの無い顔だったので内心ほっとした。
だがノゾミはあることに気づいた。

「うぅん、違うみたいだよミユキ。」
「ウソ、なんで判るのよ?」
「だってエースナンバーじゃないよ、ほら4番。」

ノゾミの言う通り背番号は4番、二塁手の番号だった。
ちなみに速水フジオである。

「ホントだ、違うや...」
「セカンドと兼任なんだね、あの人って。
 リリーフで出てくるのかな?」

勝手に想像し始めるノゾミ。
そのときフジオがしゃべった。

「碇先輩、遅いじゃないですか。」

その名前に気づくミユキ。

「エースの登場のようね、ノゾミ。」

だがノゾミの返事はない。
ちらっと見るとすでに彼女の興味は違うところに向いていた。

「...はぁ...
 ま、いつものことだけどね。」

気を取り直してミユキはやってきた碇シンジを見た。
しかし今は背番号だけしか見れない。
ノゾミに気を取られていたので顔は見逃したようだった。

「さてさて、エースのお手並み拝見といこうかな...」

エースナンバーの1−−−
それはもう1人の親友だった人、六分儀レイの大好きな人の背番号だった。
ミユキは懐かしさと不思議な気持ちで見つめる。

「え...?」

目を疑い、ごしごしと擦る。
一瞬だが、後ろ姿が良く知っている人と重なった気がした。

「...まさか、ね。」

自分の考えを否定するが、目は背中に釘付けとなる。

ザ...

エースナンバーのピッチャーがマウンドを踏み直して投球モーションに入った。
見覚えのある後ろ姿に震える。
かつて親友たちと一緒になって眺めていたフォームだった。

「ウ...ソ...?」

二年前までの光景が目の前で再現される錯覚に陥った。
横には親友の六分儀レイがいて一生懸命応援し、その憧れの人が投げている。
近くには兄のトウジがいて、ケンスケもヒカリもいる。
そしてかつてのアスカもいる...

「六分儀さん...?」

ボールがミットに突き刺さった。
その音は忘れるはずがなかった。
六分儀レイが一番喜ぶ瞬間の音−−−

「ミユキ...今の音って、まさか...」

ノゾミも気づいたようだった。
2人の目が集まる。

「シンジさんっ!」

グラウンドに響く少女の声。
2人の表情が凍りつく。

「「レイ...」」

かつての親友だった人とウリ二つの顔をした少女がいた。
その少女はマウンドに走っていく。
心配そうな表情も見覚えがある。

「もう大丈夫なんですか?」
「綾波、心配かけてゴメンね。
 体を動かしていると落ち着くんだ。」

少女、綾波レイに向かって微笑むその姿は二年前となんら変わらない。

「「六分儀さんっ!」」

ミユキとノゾミは一緒に叫ぶ。
そしてシンジはゆっくりとした動作で振り向く。










「キミたちは...」



第七拾四話  完






―――予告―――



やあみんな、久しぶりだね

えっ、誰だってって...僕だよっカヲルだよっ、シンジ君の女房役さ(ポっ)

今回はあんまり出番がなかったからここに登場さ...っと、次回の予告をしなくてはね

意外なところにシンジ君の知り合いがいた

しかもシンジ君の妹に近い人だった

人の巡り合わせは色々なところから始まる...





次回

大切な人への想い

「広がる波紋」



注) 予告はあくまで予定です





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