「「六分儀さんっ!」」
「キミたちは...」

フェンスを挟んで3人が再会した。
ミユキとノゾミは信じられないような顔をしていた。

「一体いつ戻ってきたんですか?」

ノゾミが身を乗り出して聞いてくる。
ミユキにしてもそうだった。

「それにしても碇って...?」

帰ってきたこと、姓が変わったこと、甲子園に出場することなど、ミユキとノゾミには判らないことだらけだった。
答えを求めるあまり、2人は他のことには気が回らなくなってくる。

「あの...どちら様ですか?」

間にいたレイが割って入った。
だがそれが2人をさらに混乱させる。

「「レ、レイっ!?」」

2人は再び叫んだ。
シンジ、レイ、ミユキ、ノゾミの4人を中心にして辺りがざわめきだす。

「どうしたんだ、シンジっ!」

キャプテンのタツヤが走ってくる。
第壱高校野球部の部員たちはもはや練習どころではなかった。

「どうしたん...キミは昨日の...
 確か、鈴原ミユキちゃん、だよね?」
「鈴原...!」

その名字にレイが反応した。
昨日逢ったシンジの親友にも鈴原という名字の人間がいた。

「一体何がどうしたんだぁ?」

次第に集まりだす野球部の面々。
辺りも騒ぎ出し、収拾がつかなくなってくる。

「シンジさん...」

レイは不安げな目を向ける。
そしてやっとシンジの口が動いた。

「久しぶりだね、ミユキちゃん、ノゾミちゃん...」











大切な人への想い

第七拾伍話 広がる波紋











「しっかし驚いたよな...
 シンジの昔の知り合いがこの学校にいるなんてなぁ?」

ムサシとケイタがキャッチボールをしながら先ほどのことを思い出してた。
気が散漫としているのかボールのキレはよくない。

「この辺りが地元だったとは思いもよらなかったね。
 ...それに六分儀シンジか。」
「前の名字...僕たちの知らないシンジ君か...」

と、そこにカヲルも入ってくる。
珍しく考え事があるのか、いつもの涼しい顔はなく険しかった。

「なんだカヲル、シンジがいないとヒマみたいだな?」
「嫌味をいうキミは好意に値しないよ...」

ガックリと肩を落とすカヲル。
いつもならシンジがいない場合は控えのピッチャーのフジオがいるで良く相手をしている。
だが今は投球練習をする気はないらしい。
もちろん理由は練習を抜け出したシンジである。

「それにしても、シンジの妹の親友ね...」
「うわぁっ、望月先輩!?」
「ふふん、手間が省けるな...」

ニヤリと笑うヨウスケ。

「手間って何がですか?」
「バカ、決まってんだろ、こっちのコと知り合うためだ!」

望月ヨウスケ、女の子と知り合うためだったら努力は惜しまず、使えるモノはなんでも使うタチである。
だがそこに伸びる黒い影が3つ。

「バカはオマエだ、ヨウスケ!
 忘れたのか、アイツらが今日くるってことを?」
「ゲっ...!」
「キャプテンまで...」

アイツら=タツヤたち3年レギュラー陣の恋人たちである。
特にヨウスケの彼女のミドリは 『第壱高校のナンパ師』 とまで呼ばれた彼を尻に敷くほどの猛者である。

「ま、それはそれとしてだ。
 シンジは大丈夫なのか...?」

キャプテンであるタツヤは常に部員のことを気遣う。
特にシンジの過去に関してはタブーなところが多いので気にしているのだ。
過去に関しては、槇村との再会の時がそれを物語っている。
そして今度は、今は亡き妹の親友ときていた。

「大事な時期だってのに...」

タツヤは空を仰ぐ。
見上げた空は暗くなり、遠くに見える街並みは紅く染まっていた。

「なんにしても、今回も綾波に頑張ってもらうしかないな...」

悩める少年を救えるのはその恋人のみ、というところで最終的には落ち着く。
だが今回はそうはいかないようだった。

「だけど、あのコたち...綾波とは初対面なのに名前を呼んでたよな、レイって?」
「...そう言えばそうだったな。」

ススムの言葉で再びワケが判らなくなる。
そんな中ヨウスケは気配を消し、どこへともなく消えていった。
そしてヨウスケの行動に気づいたのはフジオだけだった。










☆★☆★☆











喫茶店 CAT’S EYE に到着したアユたち。
そこのマスターであるミキに挨拶する。

「「「「「では、甲子園が終わるまでお世話になります。」」」」」
「よろしくね、みんな。
 今日は疲れたでしょうからお店の方はいいわ。」

そう、アユたちは下宿させてもらう代わりにお店を手伝うことにしたのだ。
しかし初日はミキの配慮によりナシとなった。
となるとヒマになるので...

「いえ、手伝いますよ。」

動いたのはアユとミズホとシズカだった。

「え〜、行きたいところあるんだけど...」

早速の反対意見はミドリだ。
それをしかるのはシズカ。

「なに駄々こねてるんだよっ、ちゃっちゃと着替えな。」
「べつに遊びに行くわけじゃないのに...え〜と...あ、あった!
 ジャーン、これよこれ。」

がさがさとバッグをあさり雑誌を取り出し、誇らしげに一冊の雑誌を掲げる。
だが雑誌を見て4人は呆れ返った。

「...関西グルメマップ...
 オマエは一体何を考えてるんだ!」
「ああっこれじゃない、これじゃないのよぉ...
 ええと...あった、甲子園出場校データ。」

慌てて出場校データの本と入れ替える。
それには全49校のデータが書かれており、もちろん第壱高校も入っている。
それを見てピーンとくるシズカ。

「ひょっとして、実際に見に行くのか?」
「そっ、こうして恩を売っておくと後々便利よぉ♪」

ぱらぱらとめくっているとミキとカオリが入ってきた。

「ここからだと東雲高校が近いわよ。」
「そうそう、昨年の優勝校だから見ておいて損はないんじゃない?」

顔を見合わせるアユたち。
ミドリは行く気満々だ。

「5人そろって行くのもなんだから私は残るよ。」
「シズカ残るの?
 じゃ、私も残るからミズホとカナちゃん、ミドリのお守りよろしくね。」
「ちょっとお守りって何よ?」

アユとシズカが残り、他の3人が偵察に行くことになった。










☆★☆★☆











「ここが東雲高校ね。」

門のところにしっかりと名前が書かれているのだが、思わず言ってしまいたくなるモノである。

「それにしてもスゴイ学校ですね...」
「そうね、私たちの学校もスゴイって言われてるけど...ここはそれ以上ね。」

広大な敷地の中に畏怖堂々と構える校舎。
どこを挙げても第壱高校に引けを取らない学校だった。
その学校を外からザっと見渡すと、早速門をくぐる。

「さて、野球部を探してみますか。」
「でもどこにあるのか判るのミドリ?
 これだけ広い敷地なんだから...」

一抹の不安がよぎる。
かというミドリは何も考えず、行き当たりバッタリな部分もあったりする。

「あははははっ...なんとか、なる...わよ...」
「「.........」」

ミズホとカナは、不安が現実へと移行するのを感じた。
事実構内を動き回ってもグラウンドを見渡しても見つからない。
野球のグラウンドすらなかった。

「なんでないのよ...」
「それらしいのはどこにも書かれてないわね...」
「ホントにここって野球の名門、東雲高校なんですかぁ?」

構内の案内板の前で困り果てる。
その3人の近くを通り過ぎようとする1人の少女がいた。
これ幸いにとミドリが話しかける。

「あ、スイマセーン。
 私たち野球部を見にきたん...ですが...」

呼び止められ、振り返った少女の顔を見た途端、言葉が出なくなった。
同じ女である自分でさえ驚いてしまうような端正な顔立ちの少女だった。

「...野球部...?
 野球部のグラウンドは構外にあるわよ、ホラ...」

少女は案内板を指して野球部の練習場を教える。
確かに場所は外にあった。

「ホントだ...」

盲点だったのかしばしの間、案内板から目が離せなくなる。

「どうもありがとう...あれ...」
「ミドリ、ちゃんとお礼言った?」
「気づいたらどこかに行っちゃったわ。」

礼を言おうとしたのだが、辺りには人の気配はない。
すでに少女はいなくなっていた。

「でも、キレイな人でしたよね。
 栗色の髪に蒼い瞳なんて...日本人じゃないですよね。」
「そうね、カナちゃん...
 でも、冷たい感じがしたわ...」

親切に道を教えてもらったのに、躊躇ったが口に出てしまった。

「ちょっとミドリっ!」
「だってしょうがないじゃない...
 あのコの目を見たら誰だってそう思うわよ。」

思い出しただけでも寒気がするのか、ミドリは体を震わせる。

「あのコの目...何も映ってなかったわ...」










☆★☆★☆











「そういえばさ、シンジの親友って確か鈴原トウジと相田ケンスケだったよね?」

時が流れ、とっぷりと日も暮れて真夜中。
あとは寝るだけの状態となった時間にケイタがカヲルに尋ねた。

「そう、鈴原トウジ君に相田ケンスケ君。
 ちなみに2人とも優勝候補に挙げられる学校さ。」
「昨年の優勝校東雲高校と一昨年の優勝校十六夜高校だろ?
 ほらこれ。」

昨日もらったディスクからプリントアウトしたデータを見せる。
そこには当時のデータが書かれていた。

「なんだって...シンジのダチってそんなにすげぇヤツなの?」
「そうだよ、ムサシ君。
 なんでもシンジ君は彼らと闘うために戻ってきた。
 そう言っても過言ではないくらいだからね。」
「じゃあオレらは優勝候補と闘わなきゃならんのか...」

ちょっと怖気づいたのか震えるムサシ。
それを見て、ここぞとばかりに突っ込むカヲル。

「あれ、怖くなったのかな、ムサシ君?」
「...違うよ、カヲル...」

だがケイタの考えは違っていた。
少々思案し、カヲルはようやく気づいた。

「ああ、なるほどね。」
「そういうこと。」

すっくと立ち上がってフトンを持ち上げる2人。
それをなんだなんだと不思議に見ているその他の部員たち。
そして...

「うおおおおおっ!
 すげぇ、すげぇぞ、優勝候補と闘えるなんてっ!!」

ムサシの叫びがホテル内に響いた。
が、次の瞬間にはそれもかき消される。
2人がかりでフトンを上からかけて黙らせたのであった。

「な、何しやがるケイタ、カヲル!」
「僕たちだけが泊まってるんじゃないんだよ、ムサシ君。」
「それに組合せはまだ決まってないんだよ。
 当たるかどうかは運次第。」

フトンの中でもがくムサシの上に乗っかる2人。
こうでもしなければ彼を止められないから仕方がない。
もっともこの場にマナがいれば瞬時に黙らせることはできるのだが...

「でもさ、正直なところ...当たりたくない相手だね。」
「...弱気だね、ケイタ君。」
「そりゃそうさ。
 相手は甲子園の常連校なんだよ、しかも優勝経験アリの。」

ざっとデータを見ても、自分たちとは格が違うのが一目で判る。
自分たちも甲子園出場校を倒してきているのに、どうしてもそう感じてしまう結果が書かれていた。
今年のデータは特にである。
3人が色々と話していると、フジオも加わってきた。

「東雲高校に十六夜高校ですか...」
「まだ寝てなかったのか、フジオ?」
「はぁ、なかなか寝つけなくて...」

困った顔をするフジオ。
だがそれも不思議そうな表情にシフトする。

「鈴原トウジと相田ケンスケ、そして碇先輩。
 この3人は親友同士だったんですよね?」
「ああ、そうだけど...」

問いにケイタが答える。
フジオが何を言いたいのか判らない顔をしていた。

「じゃあなんで今は3人バラバラなんですか?
 仲が良かったんなら同じ学校でもいいじゃないですか?」

フジオが不思議に思っていたことをぶつける。
それはもっともな疑問だった。

「元々はここが出身だったんでしょう?
 碇先輩は別として、鈴原トウジだけが残って相田ケンスケは四国の十六夜高校...
 これは一体なぜ...3人とも違う高校に行くのはどうしてなんですかね?」
「それは...なんでだろ?」

言われてみればもっともだった。
ムサシたちは一緒の学校に進学したというのに、シンジたちは全く違う。
シンジの場合は別として考えても、相田ケンスケまでが別の地に行くのは妙な話だった。
だがその疑問を一蹴する言葉が出た。

「んなこたぁ、どうだっていいんだよ。」

フトンの中から声がした。
無論ムサシである。

「大事なのはシンジが再会を望んで闘うことを決めたことだ。
 ただ状況が変わって3人バラバラになっちまっただけのことさ。」
「しかし...」
「しかしもカカシもない!
 オレたちは悔いの残らないように闘い、シンジを助ける。
 それだけだ、判ったな!」

シンジの過去に大きく関係するかもしれない疑問を強引にねじ伏せる。
親友を想ってのためだった。

「明日も早いんだ、今日はもう寝るぞ!」

ここで話は打ち切られ、電気は消された。
だが一度芽生えた疑問は拭えないのか、フジオはなかなか寝つけなかった。

(甲子園で再会を果たすため...確かに碇先輩はそう言ってたな...)

真っ暗になった部屋の中でフジオの目が光る。
だがその意識は今日あったことを思い出していた。

(でもあのときの碇先輩を見る限りじゃ、何かあるな...)










シンジは練習を抜け出してミユキとノゾミの3人になった。

「帰ってきてたんですね...」

二年前、あんな別れ方をしていたので、シンジが帰ってきたことにミユキはホッとした。

「まさか第壱高校のエースだったなんて思わなかったですよ。
 名字も変わってるし。」
「...うん、母さんのお姉さん、つまり伯母さんから養子の話があってね。
 今は碇シンジなんだ。」

シンジは少し寂しそうに話す。
ミユキとノゾミに話す顔には妹の親友であるからなのか、昨日のトウジたちとのように険しさはない。

「やっぱりエースなんですね、六分儀...じゃなかった碇さんって。」
「どっちでもいいよ、ミユキちゃん。」

六分儀と呼ばれるのが懐かしいのか、シンジの顔が綻ぶ。
そんなシンジをノゾミは値踏みするかのように眺めていた。

「何ジロジロ見てるのよ、ノゾミっ!」
「あ...ハハハ、いや...そのぉ...
 そうっ背、伸びましたね。」

ミユキたちには中学時代の記憶しかなく、その頃のシンジは自分たちより少し高い程度だった。

「高校に入ってから伸び始めてね、180弱だったかな?」
「頭一つ分以上、差が着いちゃいましたね。」
「ホントだ。」

近くによって並んでみる2人。
シンジは恥ずかしいのか顔が赤くなる。
そしてその3人を盗み見る影があった。

「ふむ、あのコたちはシンジの知り合いだったのか。」
「そんなの見れば判りますよ、望月先輩。
 ...でもいいんですか、練習もしないで覗きなんかして...」
「そういうフジオ、オマエだって覗いているじゃないか?」

ヨウスケとフジオであった。
この2人はずっと3人を観察していた。

「...碇先輩より年下みたいだから1年生...オレと同い年か。」
「おっ、気になるのかフジオ?
 でも辛いぞ、遠距離恋愛は。」
「そんなんじゃない...って、先輩っ、なんかあったみたいですよ。」

などと2人が話していると、シンジたちの方に変化が現れた。
フジオが指したところでは3人が言い合いを始めていた。
特にミユキが詰め寄り、シンジは押され気味である。

「穏やかじゃないな...」
「ええ...なんかレイがどうのこうのって...
 ここからだと上手く聞き取れなませんね...」
「レイだって?
 なんでウチのマネージャーの名前が出てくるんだ?」
「オ、オレに聞かれても判りませんよ。」

3人の言い合いは、なおも続く。
次第に熱を帯び、声も段々と大きくなり、はっきりと聞き取れるくらいにまでなった。
そして最後にミユキが何かを叫んで走り出した。

「マズイっ、こっちにきますよ!」
「何してるフジオ、隠れるぞっ!」

大急ぎで物影に隠れた。
ミユキに続き、後を追うノゾミをやり過ごす。

「...行ったか...」
「...みたいですね。」
「シンジは?」
「まだあそこにいます。」

シンジは先ほどの場所から動いていなかった。
ただ一つ違うのは、ひどく疲れて見えたところだった。










(六分儀シンジ...鈴原トウジと相田ケンスケ...
 昔の先輩を知っている2人の女のコ...あのとき出てきたレイという名前...)

今日の記憶を整理するが、どうも情報が少なすぎた。
結局フジオが眠りについたのは、それからしばらくしてからだった。










☆★☆★☆











夜も更け、みんなが寝静まった時間、部屋を抜け出す影が一つ。
寝ている仲間を起こさないように注意を払いながらシンジはドアを閉めた。
一階のロビーに降りるとノドが乾いたのか自販機でジュースを買い、備え付けのソファに腰を下ろす。

「...ふぅ...」

一気に飲み干した。
それでもノドの乾きは取れない。
乾きの原因は昼間の練習のあと、ミユキたちとの言い合いにあった。
昼間のことを思い出すだけで気持ちが沈んでくる。










「...あのコ、誰なんですか?」

ミユキが神妙な顔で聞いてきた。
無論綾波レイ、親友である六分儀レイに似ている少女のことである。

「マネージャーの綾波レイだよ...」

シンジが名前を教えるとミユキの顔に僅かだが変化が現れた。

「...同じ名前なんですね...」

レイという名前に驚く。
だが知りたかったのは名前ではない。

「...似てますね...」

そう言うとミユキは視線を逸らした。
そのまま面と向かって話していると自分が何を言い出すのか判らなくなってしまいそうだった。
シンジも同じなのかミユキの顔をまともに見れない。

「...あのコ、碇さんにとって何なんですか?」

一番聞きたかった、聞かなければならないことをノゾミが聞いてきた。
六分儀レイに似ている綾波レイをそばに置いているのは、必ず何かあると思っているようだった。
途端にイヤな重苦しい空気が漂い、沈黙が支配する。
遠くから聞こえてくる喧騒が、その場の雰囲気をさらに重くしていた。
やがてシンジの口が開く。

「...僕の、大切な人だよ。」
「恋人...なんですか...?」

ミユキはさらに追求し、シンジは言葉につまる。
だが自分で選んだ以上は答えなければならない。
シンジは静かに告げる。

「...そうだよ...綾波レイは僕の恋人だ...」
「なぜですか...?」
「綾波は僕のことを好きだといった...
 いつもそばにいてくれるといってくれたんだ...」

シンジはそのときのことを思い出していた。
真っ直ぐに向けられた真剣なまなざしと優しい言葉がシンジの心の壁を壊し、助けてくれた。
それが綾波レイに惹かれた理由だと思った。

「ウソよっ!!」

だがシンジの気持ちを否定するように、力の限りミユキが叫んだ。
普段の彼女を知っているノゾミは、ミユキがこうも感情を露わにするとは思わなかったのか驚く。

「そんなの違うっ!
 本当はただあのコが似ているから好きになったんじゃないんですか?」
「...それは僕も感じた...でもレイと綾波は違うんだ...
 好きになった人が、たまたまレイに似ているだけだって気づいたんだ...」
「ウソよっ、レイに似ているから惹かれたに決まってる!
 だってあんなに似ているんだもん!!」

髪と目の色以外の外見はもちろん、雰囲気まで似ている。
長年付き合ってきた親友でさえそう思えるほど綾波レイは六分儀レイに似ていた。
そこが気に入らなかった。

「なんでレイがダメであのコだったらいいんですかっ?
 知ってるんでしょう、レイが碇...いえ、六分儀シンジを愛していたって!
 兄としてじゃなく、1人の男として!」

親友の心の奥に秘めた密かな想いを知っていた。
それが叶わぬモノとなったとき、ミユキは親友のために泣いた。
だからこそ親友の想い人の心を奪った綾波レイが憎かった。
激しい怒りと憎しみは次第にミユキの冷静さを失わせる。
ノゾミが止めに入るが、それでもミユキは止まらなかった。

「どうしてレイを選んであげなかったのよ!」

ミユキの想いがシンジの胸に突き刺さった。
何度も自分を責める言葉。
あのときレイの気持ちに応えていれば、レイは死なずにすんだかもしれない。

「...何も言ってくれないんですか...?」

シンジは言い訳はせず、ただ受け止めていただけだった。
それが却ってミユキの心を苛立たせる。

「...知ってたんですね、レイの気持ち...
 だったらなんでっ!」

シンジは答えなかったが、そのときの自分の気持ちは判っていた。
アスカが心の中にいたからレイの想いに応えられたかったのだ。
そのことはミユキたちは知っていた。
だが知っていたからこそ、今のシンジが妹ではなく、よく似た少女を愛していることが憎かった。

「六分儀さんのバカ!!」
「あっ、待ちなさいミユキ!」

ミユキが走り去り、ノゾミが後を追う。
そのときミユキの目に光るものが見えた気がしたが、シンジは追わなかった。
取り残されたシンジはミユキの言葉のせいか、しばらくの間、動けなかった。










「...似ているから...?
 いや、そんなことはない...」

あのとき、綾波レイの温もりを感じたときの気持ちは本当だと思った。
妹のレイではなく、純粋に綾波レイを想っていたはずだった。
しかし親友たち、そしてアスカとの再会から、何かが狂い始めた。

「僕は綾波を選んだ...レイではなく、綾波自身を...なのに、なぜ...」

あれからずっとミユキの言葉が頭の中を駆け巡り、自分の気持ちが徐々に霞がかってくる。
故郷に帰ってきたせいかシンジはよく昔のこと、特に妹を思い出すようになってきていた。

「大事なときだっていうのに...」

深夜の暗く静かなロビーでシンジはがっくりとうな垂れ、落ち込んでしまう。
ある程度のことは予想していたが、ここまで事態が悪化してくるとは思わなかったのだろう。

「...シンジさん?」

不意に呼びかけられた声に振り返るとレイがいた。
しかもシンジはその姿に妹を重ねてしまい、似ていることを意識してしまう。

「レ...綾波...
 どうしたの、眠れないの?」

思わず出かかった言葉を飲み込む。
その言葉にレイは胸を締め付けられる。

「...となり、いいですか?」
「うん...」

レイはシンジの横に座った。
暗いせいで表情はよく読めないが、レイもシンジと同じく気持ちが沈んでいる。
座っても2人は黙ったままで居心地が悪かった。
聞きたいことがあるのだが、なかなか切り出せない。
それが判っているのか、意外にもシンジの方から話し出した。

「今日逢った2人は鈴原ミユキちゃんと洞木ノゾミちゃん...
 ...2人ともレイの親友だった...
 ある意味、僕よりレイに近かったかもしれないコたちだね...」
「妹さんの...」

シンジから妹のレイという名前を聞くたびに、レイは彼女に対して嫉妬する自分に気づく。
未だシンジの心にいる六分儀レイには、どうあがいても勝てないのかと思えてしまう。
だがそこで一つ気づいたことがあった。

「鈴原、ミユキ...?」

聞き覚えのある名字に昨日のことが思い出される。
墓参りのとき、あの場所にも鈴原という球児がいた。
その球児が東雲高校の四番を任されているバッターであることも知っていた。

「...そう、ミユキちゃんはトウジの妹なんだ...」
「!」










レイの心臓が大きく鼓動した。
そこに自分の知らない六分儀シンジを知る道があったのだ。



第七拾伍話  完






―――予告―――



霧島マナです

聞いてくれます? 今回で番無かったんですよ、なんでぇ?

せっかく現代に話が戻ってきたっていうのにこれじゃ変わんないですよ(涙)

まったく...グチを言えばきりがないんで次回の予告に行きます...

どうやらレイがミユキさんとノゾミさんと接触するようです

でもすっごく険悪なムードが漂ってます...





次回

大切な人への想い

「親友への想い」



注) 予告はあくまで予定です





sugiさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system