ミーンミンミンミン...

サンサンと輝く太陽。
忙しなく鳴くセミ。
街行く人の日除けカサや帽子をかぶる光景が目につき、軒先には飾られた風鈴の音とウチワに書かれた絵柄が涼しさを誘うこの時期。
天気予報では連日の夏日を記録し、陽炎が昇る道路のアスファルトが焼ける匂いが鼻につく。

カキン!

つけられたテレビでは白球を追う球児たちがいた。
その姿は汗とドロで汚れていたが、それは誇りでもある。

県の代表として、高校球児の憧れの地に立つことができる。
そのための練習に誰もが真剣になる。
そこでは数多くのドラマが生まれ、見る者を感動させる。
自分たちが夢を見るだけでなく、夢を与えることもできるのだ。
数多くの球児が憧れる訳は、数多くの球児が創り出した歴史を見てきたからでもある。

幼い頃に見てきた甲子園の歴史に憧れ、夢を見る。
しかし歴史を創る側に立ったとき、多くの壁にぶつかる。
ある者は挫折し、またある者は乗り越える。
歴史に現れることなく礎になる者もいれば、歴史に名を残す者もいる。

《ここ、甲子園では...》

モニターの向こう側ではキャスターが甲子園の歴史を語る。
数えきれないほどの球児たちが積み上げた歴史である。
そして今年もこの季節が巡ってきた。











大切な人への想い

第八拾壱話 それぞれの思惑











東雲高校野球部でも明日から始まる甲子園に備えて練習を続けていた。
グラウンドにいるのは一軍の選手で優勝候補に相応しい実力を持つ。
中でも際立つのが四番のトウジとエースのトシフミであった。

「相変わらず練習熱心だなオマエらは」

その2人に声をかけたのは監督の時田シロウ。
数多くの戦績を上げ、名選手を育ててきた名将である。

「明日から始まるんです。
 体を動かしてないと落ち着きませんから」

トシフミはそう言うと投球モーションに入る。
大きく振りかぶってからの長身を活かした投球はまさに投げ下ろすといった感じだ。
バッターの体感速度は実際の数字以上になる。

「最後の夏だからな...」

時田は目の前のエースを頼もしげに見る。
だが一方の四番には少し気にかかっていた。

ガキン!

鬼気迫るようなバッティングをするトウジ。
ピッチャーはもはや投げるコースが無く困り果てていた。

「鈴原、そのぐらいにしておかないとピッチャーがかわいそうだぞ」

などといっているがトウジが頑固なのは良く知っている。
現に流れた汗を拭こうとはせず、黙々とバッティングを続けていた。

(やれやれ...これがウチの四番とは。
 ま、コイツもやっぱり普通の高校生かな)

心配だがなぜか安心もしながらトウジを眺める。
なぜならばトウジが躍起になる理由を知っていたからだ。

「第壱高校エース、碇シンジ...」

ボソリと言った言葉にトウジの手が止まった。
時田はニヤリと笑い、続ける。

「どうやら帰ってきたようだな、彼が」
「知ってはったんですか監督?」
「どこかで見たことがあると思ってたんだがな。
 オマエの反応を見る限りじゃ当たりか」

ただ単にカマをかけただけだった。
監督たる者、カンの働かせるのも必要である。

「...にしてもあの六分儀君が戻ってきたとはな」
「監督はシンジの実力をどう見ます?」

今のトウジには余裕がなく、かなり切羽詰ったようだった。
反面、時田は動揺の色は全くなく落ち着いている。

「実際に試合を見てないから何とも言えないが...
 チームとして見るならそれほどでもないかな?」
「なっ...!
 あのシンジがいるんですよ、そんなんでええんですか!」
「落ち着け鈴原」

凄まじい剣幕のトウジを見ても顔色一つ変えない。

「まずチームとして見るなら第壱高校は初出場校だ。
 しかも去年までは県大会のベスト8にも顔を見せてないじゃないか」
「そ、そらそうですが...
 その学校をシンジは甲子園へと導いたんです!」
「その 『碇』 シンジにはなんの魅力も感じないな。
 岩瀬を見てみろ」

時田の示した先には、ちょうど投げるところのエースのトシフミがいる。
重厚かつ流麗なフォームから繰り出すボールはトウジの力を持ってしても打ち崩すことは難しい。

「あれがオレの求めていたエースの姿だ」

速球派でしかも重い球を投げる。
それでいて一試合を投げぬく力を持つ。
三年の今の時期にもなるとプロ球団のスカウトの話も一つや二つではない。
秋のドラフト会議では一位指名を確実視されているほどであった。

「岩瀬は一年の頃から実戦で鍛えてある。
 おかげでオレの予想を遥かに超えたピッチャーに育ってくれた」

三年目のトシフミの姿はトウジの目から見ても文句のつけようがない。
はっきり言って敵に回したくないピッチャーであった。
それでもトウジはシンジを高く評価していた。

「け、けど監督だってシンジのヤツを欲しがってたじゃないですか」
「確かにな。
 けどオレが欲しかったのは 『碇』 シンジじゃなくて 『六分儀』 シンジだ」

2人とも同じ人物なのに、あえて時田は別扱いする。

「シンジはシンジじゃないですか?
 監督がなに言ってるのかわかりません」
「そうだな...あの頃とは別人になった、といったところだな。
 オマエは付き合いが長かったから知ってるだろ、『六分儀』 シンジのあの目を」
「!」

トウジの背中に冷たい物が走った。

「見る機会は少なかったが、あの目を見た瞬間に惚れたのさ。
 ...あれこそがエースの目だ」
「し、知ってはったんですか...」
「あれだけで大抵のバッターはビビって打てなくなる。
 ...そしてその目を岩瀬も持っている」

相手を射竦める鋭い目。
あの目を見せられるだけで、投げる前に勝負は決まってしまっている。
ピッチャーの中でも、ごくわずかな者にしか与えられない特有の目である。

「『六分儀』 シンジにはあったはずモノが 『碇』 シンジにはない。
 だから魅力を感じないのさ」
「『碇』 シンジにはない...」










ヒュッ...パーン

シンジは明日の試合に備えて肩を慣らしている。
本戦は明日だというのについつい力が入ってしまう。

「もう少し落ち着いた方がいいよ、シンジ君」

ボールを受けていたカヲルが心配していた。
それでも心の中では 「ムリもないか」 などと思っている。
チラっとグラウンドを見ると他の面々も緊張して肩に力が入っていた。

「わっ、どこに投げてんだよ!」
「ス、スンマセーン」

緊張からミスが生まれる。
さらには本来の力が出せない。

(やれやれ...これじゃ明日はどうなることやら)

いつもと変わらぬ顔で心配するカヲル。
しかしシンジは好調であったので、それほど不安はなかった。

ヒュッ...パーン

シンジのボールはカヲルの要求するコースに寸分狂わずに入ってくる。
肩慣らしとはいえ140km/hを超えていた。
全力で投げたことを考えただけでカヲルの心が躍る。
一方シンジは明日の試合ではなく、ライバルとなったトウジとケンスケのことを考えていた。

ヒュッ.....パーン

(トウジはパワーヒッターだから甘い球は投げられない...)

ヒュッ....パーン

(ケンスケは器用だから大抵のボールに合わせることができる...)

ヒュッ...パーン

知らず知らずの内に投球リズムが早くなると共にスピードも上がってくる。
そしているはずのないバッターボックスにライバルの姿が浮かんだとき...

(勝てるはずだ!)

いつもと何も変わらぬフォーム。
バッテリーを組んでいるカヲルにもいつも通りに見えた。

ビュッ...
(え...?)

カヲルが自分の目を疑った。

「うわっ!?」
ザザっ!!

ダメだと思った瞬間、もはやカンだけでボールを地面にミットで押さえつけるようにして捕まえた。
だがホッとしたのも束の間で冷や汗が流れてきた。

(今のはナックル...?
 それともフォーク?)

今までの変化とは違う落ち方をしたボール。
カヲルが慌ててシンジを見たとき、シンジの顔に自信に満ちた笑みを浮かべていた。










☆★☆★☆









第壱高校野球部が練習するグラウンドの外ではマネージャーのマナとレイがいた。
マナは忙しく動く一方、レイはシンジを見ているだけで手が止まっていた。

「コラっ、レイ!
 なにボ〜っとしてる!」

この忙しいときにと不機嫌そうな顔をしているマナ。
だがレイが浮かない顔をしていたのが判ると、一変して心配になってくる。
元気が取得のはずなのに...とマナが思った矢先にピーンときた。

「はは〜ん、明日が開幕だからってシンジ君が心配なのね。
 でも考えすぎじゃない?
 ほら、愛しのシンジ君を見てみなよ」

カヲルと組んで投球練習をするシンジ。
そのボールは140km/h前後のスピードを叩き出す。
大抵のピッチャーはその辺りのスピードを行ったり来たりしている。
しかしシンジは肩慣らしでこのスピードである。
さらに調子も上がってきているので、今までのMAXスピードである147km/hも超えるかもしれない。

「すごいスピードでしょ」

変化球全盛の今、速球派のピッチャーは僅かしかいない。
今大会もエースと呼ばれるピッチャーの大半は変化球主体である。
シンジもフォークボールを投げるようになったが、元々は速球派なのでストレートの速さが違う。

「調べてみたけど、あれだけのスピードが出せるピッチャーってなかなかいないよ」
「でも、それだけで勝てますか...
 シンジさんが闘おうとしているのは東雲高校の鈴原トウジと十六夜高校の相田ケンスケなんですよ」

それだけでなく、シンジは過去とも闘わなければならない。
そこには精神的な揺らぎが生じる。
現に墓参りのときがそうだった。
あのときレイは初めてシンジの怒りというものを見た。
そして予選の決勝戦もそうである。
シンジの場合、こと過去に関するとなると大いに心が乱れ、それはピッチングにも必ず影響してくるだろう。

「時々思うんです...
 なんだかシンジさん、自分を追い込んでるんじゃないかって...」
「そ、そんなことないって...シンジ君に限って...」

様々な感情が作用するとき、時として100%以上の力を出すときもある。
怒りや憎しみ、恨みなどは特にである。
だがそれは決していいものではない。
能力以上の力を使ったとき、必ずどこかにツケがでる。
ツケが限界以上に溜まったとき、張り詰めた糸が切れるように...

(...シンジさん...)

心配なレイの目にはシンジの姿だけが映っていた。










☆★☆★☆









新東京市立第壱高校。
校舎には 「必勝第壱高校」 と書かれた垂れ幕が掲げられている。
そしてグラウンド脇に連なる部室棟では...

「オマエら準備はできたんだろうな?」

ドアを開けて中を覗くのは日向マコト。
その中にいる部員たちは漆黒の学ランを身に纏っていた。
猛者たちはマコトの姿を見るなり一糸乱れぬ大音響の声を発する。

「「「準備万端です!」」」
「うむっ、気合が入っているな。
 明日もこの調子で頼むぞ!」
「「「うっす!!」」」

部室棟を揺るがす男たちの声にマコトはいたく気に入っていた。










そして音楽室には吹奏楽部全員が集まっていた。
その前に立つ顧問の青葉シゲルの顔はいつになく真剣だ。

「ついに明日、甲子園が開幕する。
 そして我が第壱高校は栄えある第一試合に登場することになったのは知らせた通りだ。
 従って開会式が終わったらすぐにオレたちの出番が回ってくる」

開会式直後の第一試合。
それは甲子園の開幕を知らせる大切な試合である。
その試合を飾る応援にも注目されるのは当然で、その役割を負う応援団と吹奏楽部は自然と力が入る。

「で、オレたちは開会式に間に合うように今夜バスで出発する。
 かなりの強行軍が予想されるから体調の管理には十分気をつけるように」

シゲルがいったように吹奏楽部や応援団など、学校関係者は開会式に間に合うように一足先に出発することになっていた。
それ以外の一般の応援団は当日の朝早くにリニアで出発する。
開会式には間に合わないが第一試合にはなんとか間に合う予定である。

「では各自荷物をまとめておくように」










白で統一された清潔な部屋。
壁にかけられたプレートには保健室と書かれている。
中からは鼻歌が聞こえるとか聞こえないとか...
その保健室のドアを開けるのはこれまた白衣を着た先生、赤木リツコだった。

「マヤ、準備はできた?」
「先輩、それはもう大丈夫ですよ」

すでに準備は完了して、荷物は机の横にちょこんと置かれている。
その中の大半はもちろん校医らしく医療関連のものである。
なにしろ出場する選手だけでなく、応援する人たちのことも考えられているのだ。

「先輩も確かバス組でしたよね?」
「ええ、そうよ。
 でもリニア組にすれば良かったかなって今頃になって思うわ」

ため息が出る。
やはり30代に届いてしまった影響なのであろうか...
マヤはその辺りを心得ているので話をそらそうとした。

「せ、先輩っ、明日の試合はもちろん第壱高校が勝ちますよね」
「そうね...共に初出場だけど、ウチの方が戦力的には上よ。
 まったくマスコミはどこを見て戦力の分析しているのかしら」
「そ、そうですよね...」

マスコミ以上の情報網を持つリツコならではの言葉にマヤはただ頷くしかない。










☆★☆★☆










グラウンドを一望できる校舎の屋上で、野球部の練習風景を見下ろす少女がいた。
栗色の髪を風になびかせ、日本人離れしたスタイルを持つ。
かと思えば少女の顔には表情というモノはない。
物憂げな雰囲気から一部では有名な少女。

「アスカ!」

少女の名前を呼んだのは親友であるヒカリだった。
しかし当のアスカは何の反応も見せない。

「こんなところにいるなんて...探したわよ」

ヒカリが横に並んだが、それでもアスカはグラウンドを見詰めていた。
輝きのない蒼い瞳には何が映っていない。
ヒカリにはその理由が判っていた。
長い沈黙の末にヒカリの口が開く。

「ついに始まるね...甲子園」
「...そうね」

やっとアスカがしゃべった。
ヒカリは優しい目で親友のことを見ている。

「長かったね、二年間。
 言葉にすれば短いけど...本当に長かったね...」

姉が妹に諭すようにアスカに話しかけた。
そのアスカの心には二年間の時が流れる...

「やっときたのよ...この時が...」

後悔と自責の念に駆られながらも今まで耐え忍んできた。
それは明日から始まるシンジのいる甲子園を見届けるため。
今までアスカはそのときのために生きてきたようなものであった。
幼なじみとしてか、好きだったからなのか、それとも六分儀レイの替わりとしてかはヒカリには判らない。

(でもアスカだけじゃない。
 トウジだって待ってたんだから...)

トウジもいつか必ず逢えると信じて今まで闘ってきた。
そばで見てきたヒカリには痛いほど判っている。
しかしヒカリには今回の甲子園は不安でならなかった。





「アスカ、明日は甲子園に応援に行くんでしょ?」

今は敵同士になってしまったが、シンジの晴れ舞台。
自分たちが行かずにどうするのかといった感じである。
しかしアスカの返事は予期していないものであった。

「ゴメン、ヒカリ...
 アタシは行かない...」
「アスカ?」

ヒカリが驚くのも当然である。
シンジの帰りを誰よりも待ち、甲子園でシンジが投げることを誰よりも願っていたのは他でもない、惣流アスカなのだ。

「自分がなに言ってるのか判ってるの?」
「...判ってる...だから行けないの」

沈み行く夕陽を眺めたまま、アスカは静かに立っている。
ヒカリにはアスカの顔を伺うことができないが、親友であるために心を読むことができる。
アスカが何を思っているか判ったとき、何も言えなくなった。

「アタシはシンジに嫌われてるから...だから行けないの...
 ...アイツの負担にもなりたくない」
「アスカ...でも...!」

納得がいかず、何かを言おうとしたとき、アスカが振り返った。
その時のアスカを見たヒカリは、なぜか微笑んでいたように思えた。

「ゴメンね、ヒカリ。
 ...その代わりに...レイをつれてって欲しいの。
 あのコだって、ずっと待ってたんだから...ネ」

昔と同じように...










☆★☆★☆









十六夜高校のホテル−−−
ケンスケは夜のミーティングが終わると早々に部屋に閉じこもって端末に向かっていた。

「...確かこの時期に...があって...
 おっとこれを忘れるところだった」

端末を叩くと無意識の内に声に出る。
こればかりはクセのようなので半ばあきらめていた。
そこにキャプテンが現れた。

「相変わらず熱心だなオマエは」
「キャプテン」

ケンスケはとっさに打ち込んでいたデータを閉じた。

「他の連中は向こうの部屋で遊んでるぜ。
 オマエもこないか?」

甲子園にきてからというもの、練習が終わると食事もそこそこに今と同じように端末に向かっていることが多くなった。
ケンスケの付き合いが悪くなったのを気にしているようだった。

「スイマセン、キャプテン。
 まとめたいデータがあるんで...」
「そうか...でもムリすんなよ。
 オマエが倒れたら、それこそ一大事だ」

ケンスケは色々な仕事をこなさなければならないので、邪魔にならないように部屋を出ようとした。
が、途中で振り返った。

「そうそう。
 相田、明日は開会式だけだがどうする?」

十六夜高校の試合は3日目の第2試合に組まれていた。
キャプテンの問いに少し考えてからいった。

「残っていいですか?
 せっかく甲子園にきたからついでに試合も見ていきたいんで」
「試合?
 初日はこれといった学校はないだろ?」
「甲子園に少しでも長くいたいってことですよ」

ケンスケは冗談めかして言うと、ホッとしたのかキャプテンはそのまま部屋を後にした。





「え〜と...六分儀シンジ...それから...鈴原トウジとオレと...
 明日が開幕だから早くあげとかないとな...」

キャプテンがいなくなるのを確認すると再びキーボードを叩き始める。
その作業は夜遅くまで続けられた。










☆★☆★☆









「それではミーティングを始める」

部員たちの前でタツヤが恒例のミーティングを開いた。
議題はこれから始まる甲子園の対策である。
開幕はもう明日なので最後の検討を重ねる気であった。

「何度も言うが、今決まっている組合せはベスト8を決めるまでの組合せだ。
 それ以降、つまり準々決勝からの組合せは再び抽選となる。
 オレたちがそこまで進むのには3回勝たなければならない」

スクリーンに8ブロックに別れた組合せが表示された。
第壱高校は運が良いことに、優勝候補や強豪といった学校が入ったブロックから見事外れていた。
しかしそれはトウジやケンスケと闘うには最低でもベスト8に残らなければならないのを暗に示している。

「昨日話した通り1回戦の相手はオレたちと同じ初出場校、富山県代表砺波(となみ)高校だ。
 じゃあススム、始めてくれ」

最初は赤木親子からもらったデータの検証をススムが始めた。
これらは昨日までにススムとケイタの手によってまとめられている。
予選データにはチームの打率や防御率はもちろん、どこでどうやって調べたのか判らない個人データまで揃っていた。
ハッキングなど朝メシ前の赤木親子を前にして愚問かもしれないが...

「砺波高校はミスが少なく守りは堅い。
 少ないチャンスをモノにして勝ち上がってきたようだ」
「堅実な学校か...やれやれ地味だねぇ」
「そう思うのは早いぞヨウスケ、これを見てくれ」

ススムが目配せするとケイタが一つの資料をスクリーンに映した。
そこにはこれから投球するピッチャーの姿があった。

「...砺波高校のエースか?」

しかしボールのスピードはそれほど速くはなく、変化球にしても驚くほどのモノではなかった。
中継ぎや抑えとしてなら使えるかもしれないが、はっきり言ってエースと呼ぶには力不足ではないのかと思える。
目が慣れれば打ち崩せる自信はあった。
しかし映像はそれで終わりではなかった。

「次もピッチャーか。
 今度は変化球が主体だな」

スライダーとフォークを駆使するピッチャーだった。
それでも予選を勝ち抜いてきた自分たちから見ても打てなくはないと思う。

「...あれ、3人目?」

スクリーンにはすでに三番目のピッチャーが映っていた。
今度は一転して変化球は少なく、ストレートを軸にしたピッチングだ。
それでもシンジと比べると明らかに見劣りする。
そして映像は終わった。

「へ〜、砺波高校には3人のピッチャーがいるんだ」

第壱高校には2人しかいないため、ムサシが感心した風に言う。
それは全員が同じく思っていた。
しかしススムはムサシの言葉に付け加える。

「少し違うな。
 砺波高校は1試合をこの3人が投げるんだ」
「...な、何だって?」
「つまり1人3イニングずつで、オレたちに1人ずつに投げたら次のピッチャーに交代するんだ」
「じゃ、じゃあ同じピッチャーとは当たらないってことですか?」
「その通り」

ススムはさらっと言いのけるが、それがどれだけ難しいかは判っている。
ボールに目が慣れた頃には次のピッチャーに代わっているのだ。
しかも1人3イニングだけだからスタミナ切れの期待はできないし、守りは厚いときている。
地味ながら勝ち上がってきた理由がそこにあった。

「対策はどうするんですか?」

いくら守っていても点が取れなければ絶対に勝てない。
3人のピッチャーを擁する砺波高校相手に一番心配なところである。
しかし対策はすでにできていた。

「幸いなことに3人のピッチャーはそれほど強くはない。
 これを見てくれ」

スクリーンに各ピッチャーのデータが表示された。

「変化球リスト?」
「その通り。
 ストレートも入れた変化球毎の球数だ」

1試合にたった3イニングだけだが、予選を通じてとなると偏りが見えてくる。
未知の敵とはいえ、データさえ揃っていれば対処方法も必ずある。

「ピッチングの傾向と、決め手となる変化球が判れば恐れるに足らずだ」

こうして対砺波高校のミーティングは入念に進められ、最後に明日のスターティングメンバ−が発表された。










☆★☆★☆









深夜、誰もが寝静まった時間−−−
シンジ、トウジ、ケンスケが起きていた。
3人は違う場所だが同じ星空を眺める。

「昔はよくこうして星を眺めたっけ...
 覚えてるかな、2人は...」

シンジが過去を思い出す。
中学時代は3人集まって朝まで野球について話したこともあった。

「シンジとケンスケがおらんかったら今のワシはおらんな...
 あの2人にはホンマ、感謝しとるで」

3人はお互いを補う形で存在していた。
トウジが攻撃で点を取り、シンジは投げて守り、そしてケンスケは2人を的確にサポートする。

「忘れられるはずないな...
 ホント、昨日のことみたいだぜ」

まだ鮮明に思い出せるから今と比べてしまい、懐かしく思える。
3人が同じ夢を見ていたあの頃に戻ることはもはや叶わない。
それぞれがそれぞれの想いと覚悟を秘め、明日を待つ。










「そう...総てはこれからなんだ...」

シンジはボールを握り、トウジはバットを握り締め、そしてケンスケは一枚のディスクを持っていた。



第八拾壱話  完

 

第八拾弐話へつづく



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