「うおおおおおおおお!
 ついに 『この日』 がやってきたぜ!!!」

狂喜乱舞するのは榛名ムサシ。
それもそのはずで、彼は今、夢に見た甲子園にきているからだ。
今の時間はAM8:00ちょうど。
あと30分もすれば入場行進が始まるのだ。
彼におとなしくしていろというのは無理な話である。

「は、恥ずかしいからやめなよムサシ...」

心踊るムサシを諌めようとしたのが彼の小さい頃からの親友、苦労人の東ケイタ。
昔からムサシのブレーキ役として頑張ってきた。
ブレーキ役はもう1人いるのだが、あいにく今は別の場所にいる。










「ったく熱いヤツだな」
「ムサシのアレだけは直しようがないからな」
「ま、それだけうれしいのさ」

ムサシたちを一歩離れたところから見る2人は望月ヨウスケ、麻生ススム。
彼らにとってこれが最後の夏だった。
その最後の夏に長年の夢だった甲子園にこれたので、ムサシの気持ちも判らないでもない。
後輩を優しい目で見る2人。
が、しかし...

「でも...そろそろ止めるか。
 新東京区の品位が問われるぞ」










ソワソワ...

ここでは落ち着きなく右往左往する者と夏の炎天下なのに汗ひとつ流さずに涼しい顔をしている者が。

「...いい加減落ち着きなよフジオ君」
「で、でも渚先輩、あとちょっとで入場行進が始まるんですよ...
 それが終われば開会式、その後すぐにオレたちの試合が...緊張するなって方がムリですよ」

初めての大舞台に完全にあがってしまっている速水フジオと、冷静にマンウォッチングをしている渚カヲル。
対照的な2人だった。

「キミは中学時代、有名だったんだろう?
 だったらもっと胸を張って堂々としていてもいいんじゃないかな。
 それにボクたちは栄えある新東京区の代表なんだよ」
「ンなこと言っても甲子園ですよ甲子園!
 ...ああ、ダメだ...ちょっとトイレに行ってきます!」
「フジオ君...
 やれやれ、人の心は意外と脆いものだねぇ...」










そして碇シンジ。
シンジは黙って甲子園の壁を見詰めていた。
手は無意識の内に水晶の首飾りを握ってしまっている。

(レイ、父さん、母さん...やっと始まるよ...)

今は亡き家族に話しかける。
遠く離れたところに行ってしまったが、目を閉じるだけでいつでも逢える。

(見ていて...必ず優勝してみせるから...)

小さい頃から想い描いていた夢。
シンジは水晶の首飾りに願いをかける。










ザワザワ...

喧騒に包まれていた空間に、明らかに違う空気が漂い始めた。
シンジもその空気を感じて振り返るとそこには...

(トウジ...)

昨年の覇者、東雲高校の登場である。
周りにいた学校に緊張が走る。

「...東雲高校だぜ」
「去年の優勝校か...」
「おい、あれ鈴原トウジじゃないか」

誰もが東雲高校ナインに注目し、一瞬にしてその場の空気を張り詰めさせた。
それは覇者の風格である。
しかしそれで終わりではなかった。

「あ、十六夜高校...」

誰かが口にした言葉に周りの連中は振り返ったが、シンジとトウジは同時に視線だけ送った。
もちろんその先に見えるのはただ1人。
多くの球児が集まっているのだが、はっきりとケンスケの姿が見える。

((ケンスケ...))

やがてケンスケも2人の視線に気づいた。

(...シンジにトウジか)

表情にこそ出さないもののケンスケの心がざわつく。
シンジとトウジも同じだった。
いずれ始まるであろう激戦を3人は予感する。
3人がお互いを意識し、その場の空気を凍り付かせた。

「お、おい...なんかこの辺り変だぜ...」

シンジの近くにいたムサシが異様な空気を察した。
夏なのに腕に鳥肌が立ち、体を震わす。
無論ケイタたちもそうであったが、それが3人の織り成す冷たい闘志の現れだとは考えもつかなかった。










「東雲高校の鈴原トウジと十六夜高校の相田ケンスケか...」

だが何人かの名のある球児は別だ。
一流の球児だけが持つ感覚で闘気を感じ取り、互いに意識していることが判った。





(へっ...オレらなんて眼中にないってか...上等だぜ!)

福岡県代表の久留米工大付高校
投手 『村田シュウイチ』





(去年、一昨年の優勝校といっても所詮は過去の栄冠さ...)

宮城県代表の仙台南高校
左翼手 『鈴木リョウ』





(アイツらに勝ってオレたち広島商業の名を挙げるんだ!)

広島県代表の広島商業高校
捕手 『村山ジュンイチ』





(いくら強豪だといっても同じ高校生さ...勝算はある)

石川県代表の星陵高校
三塁手 『五田ユウヤ』





内に秘めた闘志を燃やす。
彼らとて甲子園に来た以上、自分の才には自信があり、チームを引っ張ってきたキャプテンとしてのプライドがある。
勝ち上がっていけば、いずれぶつかるであろう敵の姿を目に焼き付けた。










(ん...誰だアイツ?)

その中の1人、久留米工大付の村田シュウイチがシンジの気配に気づいた。
微かにだが感じるトウジ、ケンスケ、そして自分たちと同じ匂い。

(あれは新東京区の...エースナンバーか。
 第1試合だったな、確か)

同じ匂いを嗅ぎ当て、同じエースとしての本能がシンジを強いと感じ取る。
この時から彼らの闘いは始まった。










《そろそろ入場行進の時間です。
 各校は所定の位置に集合してください》

アナウンスが流れると、その場にいた球児たちは自分たちの学校の場所へと戻っていった。
甲子園の開会を告げる入場行進。
その先頭は去年の優勝校の東雲高校である。
トウジは先頭の方に向かった。

「鈴原、どうだった?
 なかなかの演出だったろ」
「...演出じゃなくて、ただ単に遅れただけやないですかキャプテン」
「ま、細かいことは気にするな」

周りの学校の注目が集まる中、岩瀬トシフミは堂々と前を歩く。
昨年はトウジと優勝の原動力となったトシフミ。
もはや名実ともにNO.1のエースである。
甲子園に出場する球児に、その名を知らぬ者はいない。

「あれだけの強豪が集まるなんて滅多にないんだぞ」
「あれだけって...他にはシンジとケンスケだけやないですか。
 まだ誰かおったんですか?」

トウジにはシンジとケンスケしか目に入っていなかったから知らないのは当然である。










「ええ、気づきましたよ。
 久留米工大付の村田シュウイチ、仙台南高校の鈴木リョウ、広島商業の村山ジュンイチ、それから星陵高校の五田ユウヤ」
「さすがだな。
 てっきり鈴原トウジにだけ目を奪われてたと思ったぜ」

ケンスケに話しかけるのは十六夜高校のキャプテンの 『上田アキヒロ』。
彼も十六夜高校を束ねるだけあって、一流の名に相応しい実力を持っている。
東雲高校のトウジとトシフミだけでなく久留米工大付のシュウイチ、仙台南のリョウ、広島商業のジュンイチ、星陵のユウヤに気づいていた。
そして名前は知らなくてもシンジの存在にも...

「...なあ、あそこにいたエースナンバーって何者なんだ...
 オマエ、知ってるんだろ?」
「ええ...新東京区代表、第壱高校の碇シンジです」
「碇...シンジ...聞かない名前だな」

アキヒロは記憶を手繰り寄せるが名前は浮かんでこなかった。
第壱高校という名前すら聞いたことがないので、当然といえば当然である。

「どんなヤツなんだ、その碇シンジってのは。
 知ってるんだろ?」
「百聞は一見にしかずっていうじゃないですか。
 ...すぐに見れますよ」
「そうか、第1試合だったな」










「シンジ、あそこにいたのが鈴原トウジと相田ケンスケだよな...」

少し控え目な感じでシンジに話しかけたのはキャプテンのタツヤだった。

「そうですが...それが?」
「いや、本人を見るのが初めてだったんでな。
 ...しかしあれほどとは...」

タツヤは東雲高校を見た。
その頬に冷や汗が流して...
遥か前にいる東雲高校との距離が、今の自分たちとの力の差のように思えてくる。

「それだけじゃないだろ。
 東雲高校の岩瀬トシフミ、久留米工大付の村田シュウイチ、仙台南高校の鈴木リョウ、広島商業の村山ジュンイチ、最後に星陵高校の五田ユウヤ」
「ああ、ヨウスケとケイタが作ったブラックリストに載ってたヤツだったな」

話しに加わってきたリュウスケも冷や汗が流れていた。
タツヤと同じように先ほどの冷たい緊張の空気にあてられたのだ。

「ったく、ああいう輩を見ると全国って広さを感じるぜ...」
「なに言ってるんだリュウスケ。
 オマエだってあの相洋学園の松田ワタルと張り合ってたんだろ?」

予選で敗れ、去っていったライバルたち。
勝った者は彼らのためにも闘わねばならない。
それが代表としての務めである。
その熱い想いを胸に秘めた学校がここに49校いる。
彼らの目指すモノはただ一つ。
全国制覇−−−
その偉大なる道への扉が今、開かれようとしていた。











大切な人への想い

第八拾弐話 開幕、甲子園選手権大会











夏の真っ青な空の下で開会式は行われた。
昨年の優勝校、東雲高校を先頭に北から南まで各地を勝ち抜いてきた学校が一同に介する。
彼らの心にあるのは、これから始まる華々しいまでの舞台で行われる試合、そして遥か向こうにある頂点。
選手宣誓では夢と希望に満ち溢れた未来を言葉にする。

「宣誓、我々選手一同は...」

宣誓を聞いた人たちは、これからは始まるたった二週間の闘いに胸をふくらませる。
しかしその中で、3人の球児だけは夢も希望も見ることはできない。
過去を振りきるために闘いにきた。
3人の球児、そして1人の少女はこの夏を越えない限り、前には進めない。
開催から100回目を数える記念すべき今大会の結末を、いったい誰が予想できただろうか...










《甲子園の開会を告げる第1試合、一塁側は富山県代表の砺波高校。
 対する三塁側は新東京区の第壱高校、共に初出場です》
《初出場同士の闘いですか、どちらもガンバってほしいですね》

開会式が終わるとすぐに第1試合の準備が行われる。
そこで放送席ではこれから試合をする両校の解説を始めた。

《先ずは先攻の砺波高校。
 そのキャプテンの上野コウイチ君が今年の選手宣誓を行いました》
《今年で100回を迎えますから、良い節目になるような甲子園になってほしいですね。
 さて砺波高校ですが、ここの特徴はなんといっても3人のピッチャーでしょう...》

テレビには砺波高校のスタメンのデータが解説に合わせて流れる。
それを眺める蒼い目には珍しく苛立ちが見えていた。
普段の少女を知る母親にとって、娘の感情の現れが嬉しく思えて優しくたしなめた。

「焦らなくてもすぐに終わるわよ。
 そしたらシンジ君が映るわ」
「わ、判ってるわよ...」

そうはいうものの、言葉には焦りと苛立ちが見える。
キョウコはそんな自分の娘、アスカを優しい目で見ていた。

「シンジっ!」
「えっ?」

アスカの言葉に画面を見ると、そこには成長した少年が映っていた。
身長が伸びて幼さは消えていた。
精悍な顔立ちを見たとき、キョウコは自分の目を疑った。

「これがシンジ君...」

キョウコの中のシンジは、いつもアスカやレイに振りまわされてばかりいたイメージが強い。
しかし画面に映っている姿は落ち着いていて、シンジの父であるソウを思い出させる。

《対する第壱高校は砺波高校と違って一本柱で、エースはこの碇シンジ君です。
 予選のほとんどを投げているようですね》
《しかしここ甲子園では辛いですね。
 予選と違って、二週間という短い期間の中で、何試合も投げ続けることになりますから...
 果たしてどこまで持つのか問題になりますね...》
《しかもここは甲子園ですからね。
 普段通りの力を発揮できるか...》

悲観的な意見が次々と流れる。
しかしアスカはシンジの勝利を信じて疑わない。

「...普通のピッチャーならそうかもしれない。
 でも、シンジは違う...!」

全てを知っているがゆえに出せるセリフ。
誰よりも想っているからシンジの勝利を願う。

「今日...この日からシンジの名前は全国に広まるんだから...」

この夏、アスカの言葉通り、碇シンジの名前は全国に広まることとなった。










☆★☆★☆











ザザ...

ベンチを飛び出した瞬間、強烈な光が辺りを白く染めた。
不安と緊張が走り、これが甲子園なのかと思うと胸が踊る。
次第に目が慣れるに従って、スタンドからの歓声が聞こえ始めた。

「どうしたんだい、シンジ君」

我に返ると仲間たちがすぐ近くにいたのに気づいた。

「なんでもない...
 うん、なんでもないよ」
「さては甲子園の初陣だから緊張してるな?」

ムサシが茶化す。
だがムサシもシンジと同じで緊張している。
しゃべることで気を紛らわそうとしていた。
なにしろ開会式直後とあって、スタンドは満員御礼の55000人。
その大舞台で試合をしたことナシ。
しかも全国ネットで流れるから緊張して当然である。

「迂闊なことはできないな」

全員、昨日のミーティングのときの加持の言葉を思い出す。
しかし本当の意味は同席していた責任教師のミサトに向けてだった。
誰が予想しただろうか...










「やっほー、マナちゃん」
「ミサト先生...って、もう飲んでるんですか?」
「固いことは言わない言わない」

右手にビール、左手に携帯用の小さな双眼鏡と、これまた準備万端なミサトの姿。
マナは呆れてモノがいえなかった。

「それはそうと、マナちゃんはベンチに入れるんじゃなかったの?」
「今日はレイが入ってるんです」
「あ、そっか」

今日はレイがスコアラーとしてシンジたちと同じベンチに入っていた。
ちなみにベンチに入れるのはスターティングメンバ−の9人、控えの7人、監督とマネージャーが1人ずつである。

「ふふ〜ん、残念だったわねぇ」
「構いませんよ。
 次の試合は私がベンチ入りしますから」
「ありゃりゃ、初戦突破は予定に入ってるの?」
「自分のチームを信じなくてどうするんですか。
 それとも...ミサト先生は信じてないんですか!」
「や、や〜ね〜、信じているからこうして飲んでられるんじゃない...」

ずずっと詰め寄るマナにミサトはビールをチラつかせて見せた。










それはさておき、加持の号令の許、第壱高校は円陣を組むこととなった。

「さて、いよいよオレたちの試合が始まる。
 甲子園での試合だが今まで通り...」

監督としてシンジたちに甲子園での心構えを説いていく。
どこにでもあるようなセリフをただただ棒読みする。
それが終わると...

「「「はっはっはははは!!」」」

緊張感でいっぱいだった円陣から笑い声が響く。
向かい側の一塁ベンチにも聞こえるほどだ。

「よくそんな恥ずかしいこと言えますね監督」
「ま、真顔で言ってるからよけいおかしい」

普段とのギャップの違いから笑いがこみ上げるほど加持は真面目だった。
しかし一気に緊張の糸がほぐされた。

「よし、オレの話はこんなトコだ。
 タツヤ、あとは頼む」

早々にベンチに戻っていく。
任されたタツヤは対照的に真面目だった。
この辺りでチームをまとめる監督とキャプテンのバランスが取れているようだ。

「...じゃ、しまっていこうぜ!」
「「「オウっ!」」」

最後に気合を入れ、グラウンドに駆け出した。
それをベンチから見送るレイ。
ここから先へ行くことはできない。
次第に小さくなる背番号を見ると胸が締めつけられる。

(神様、どうかシンジさんをお守りください...)

何かを予感したかのように、レイは不安だった。










☆★☆★☆











「ここにおったんか」
「トウジ」

外野席にいたヒカリを見つけた。
開会式直後の第1試合ということでトウジはユニフォームのまま。

「おはようございます」
「おはようさん、ノゾミちゃん。
 なんや一緒にきとったんか...ってミユキもおるんか」
「私たちだけじゃないよ、お兄ちゃん」

ミユキの膝の上にはレイの写真があった。

「...そやったな。
 レイも待っとったんやな」

そこでトウジはもう1人、シンジの帰りを待っていた少女がいないのに気づいた。
それを察したヒカリはすまなそうに首を振る。

「...因果なもんやな。
 シンジが甲子園にくるのを待っとったもんがおらんとは...」

静かに息を吐き捨てる。
トウジの視線の先にはマウンドに立つシンジの姿があった。

「...トウジさん、ケンスケさんとは一緒じゃなかったんですか?」

ノゾミは辺りを見渡したが、探し人はいない。
ヒカリとミユキも探したがケンスケの姿はどこにもなかった。

「ま、アイツもスタンドのどこかでシンジを見てるやろ。
 ...親友としてやない、敵として...な」
「ト、トウジ...」

トウジが近くの席に座ると同時に、第1試合開始のサイレンが鳴った。










「...さてと...甲子園での初陣か。
 せいぜい活躍してくれよ...なあ、シンジ」

バックネット裏の席からケンスケが1人で見ていた。


第八拾弐話  完

 

第八拾参話へつづく



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