深夜零時、自分の机に突っ伏す岡沢アキ。
日付が変わったので昨日の第1試合となったシンジの姿を思い出す。

「碇シンジ、鮮烈デビュー...
 怪物、碇シンジ...」

机の上に置かれたレポートにはラフの段階の原稿。
アキがシンジに目をつけた日から、これを使う日がくるのを何度夢見たことであろう。

「確かに鮮烈デビューよ、怪物よ。
 でもねぇ...」

しかし今となっては何の意味も持たなくなっていた。
周りではハチの巣を突ついたように人が飛び交っている。
彼らの言葉を拾ってみると 『碇シンジ』、『ノーヒットノーラン』 という単語が何度も聞こえていた。

「こんなにすごかったなんて予想外もいいとこよ」

自分の考え以上の活躍をみせたお陰で、明日のスポーツ欄の差し替えに戦場のごとく騒がしくなっていた。
にもかかわらず、アキは自分で撮ったシンジの写真を先ほどから眺めている。
今まで調べてきた碇シンジのレポートが役に立ったというのに、今のアキはどこか
冷めてしまった感じが見えるのはなぜだろうか。

「どうした岡沢、浮かない顔して?
 オマエのお陰でいい記事ができるんだぞ」
「あ...先輩...」

ちょっと太めの先輩記者が声をかけてきたが、覇気のない声しか出ない。
それを見て先輩記者がピーンときた。

「ひょっとしてアレか?
 目をかけていた売れないアイドルがメジャーになった途端に興味がなくなるって...」
「違います!」

机を叩き、声をあげる。
フロア中に響いた途端に辺りは静まり返り、みんなの視線が注目した。
それに気づいたアキはバツが悪そうに縮こまり、辺りは元の喧騒に包まれる。

「...私はただ...」
「ただ...なんだ?」

ユニフォーム姿の碇シンジの写真を見る。
ちょうどカヲルからボールを受け取った瞬間を撮ったもの。
試合中のヤツなので汗と土で汚れていたがリアリティがあるので、お気に入りの1枚であった。
写真を眺めながらボソリとつぶやく。

「みんなが見ている碇シンジの姿と私が書いてきた碇シンジは違うと思うんです」

確かにシンジのピッチングは力強かった。
しかしアキが記事を通して伝えようとしたのは強さではなく、瞳の奥にある何かを伝えたかった。
普通の球児とは一線を画す輝きを宿すシンジの瞳。
アキはそれが何かを知りたかった。

「...ふぅん...
 ま、あんまり入れ込みすぎるなよ。
 周りが見れなくなるからな」

先輩記者はアキが何を言おうとしてるのかを理解できなかった。
再び1人になったアキはシンジの写真を眺める。
他人には判らない悩みが辺りの喧騒を遮る。





...ピコっ

不意にメールの着信を告げる音が鳴った。
見ると差出人は不明。
ウィルスかと思ったが件名を見た瞬間、そんな考えは消し飛んだ。

「碇シンジの...過去...!」

直後、オフィスは戦場のような状況と化した。











大切な人への想い

第八拾四話 放たれた矢











第壱高校宿泊ホテル
朝の7時ちょっと前−−−

「ふぁぁ...あ」

大きなアクビをしながらロビーに現れたのは加持。
手近なイスに腰を下ろし、これまた近くにあった新聞を見る。
のんびりとしているのは、次の試合まで1週間ほど空いているからだ。

がさっ

加持は一面から新聞に目を通すところは大人である。
しかしミサトはテレビ欄から見る。
あと1人、リツコに至っては新聞紙などのペーパーデバイスではなくネットで済ませてしまう。

「ふむふむ、円が急落か...お、甲子園開幕。
 一面を飾るなんてやるなシンジ君」

開幕直後にノーヒットノーランという話題性。
他にめぼしいネタがなかったためか、甲子園のことが一面を飾っていた。
チラリと他を見ると試合結果と今日の組合せが一緒に載っている。

「...そうそう、東雲高校がお昼からだったか...」

優勝候補筆頭の試合が早くも行われる。
相手は石川県代表の星陵高校。
甲子園へは何度も顔を出しているので実力はなかなかのモノである。

「面白いカードだな。
 みんなで見るのもいいか」

冷たい麦茶をズズっとすすりながら今日のことを考えていた。
その時...

「か、加持ぃぃぃ!!!」

ゆるやかな時間を見事にぶち壊すミサト。
彼女の手には新聞が握られていた。

「おはよう葛城。
 朝なんだから静かにした方がいいぜ」
「なに悠長にお茶なんかすすってるのよ、これ見なさい!!」

持ってた新聞を加持に思いっきり叩きつける。
同時に麦茶を奪い取って一気に飲み干した。
一方、加持は新聞を手に取ると急に力が抜けたような感じがした。

「...スポーツ新聞誌...
 葛城、普通の新聞も見た方がいいぞ...」
「見るのはそこじゃない!
 ここ、こぉ〜〜〜こ!!」

バシバシと叩いたところには昨日の試合のことが書かれていた。
第壱高校、碇シンジ、ノーヒットノーラン達成など、さっき見た新聞と同じことが書かれている。
が、そこで終わりではなかった。
一瞬にして加持の顔が引き締まる。

「な、なんだこれは!?」

先ほどのミサトの声に負けないくらい大きな声。
それからしばらくしての朝食の席が、緊急のミーティングに変わることになった。










時を同じくして東雲高校の合宿所。
今は野球部のためだけに解放されている。
朝の軽い素振りを終えたトウジが帰ってきたところに時田が待ち構えていた。

「おはようございます監督。
 どないしたんですか?
 そない難しい顔して...」
「...見てみろ」

すっと渡されたスポーツ新聞。
ミサトと加持が見たのと同じモノで、一面を飾るのはシンジの勇姿だった。
しかし読むにつれてトウジの顔が険しくなっていく。

「な、なんやこれは!」

新聞を持つ手が怒りによって震えていた。
そこには二年前の事故を中心に中学時代のことが一通り載せられており、最後の結びの言葉には 『今は亡き家族のために』 とか 『親友だったライバルと再び合間見える』 など、大衆受けすることばかりが書かれていた。

「いったい誰が...何のために...」

トウジの取り乱す様を見て時田は書かれてある記事が事実であるのを確信し、同時に改めてマスメディアの情報網の恐ろしさを思い知らされることになった。

「落ち着け鈴原。
 今日は試合があるんだぞ」
「これが落ち着いてられますか!
 こんなアホなこと書いたのを見つけて殴らんと気が済まへんのや!」

時田は監督として常に選手のコンディションを考えなければならない。
シンジの記事がここまで影響を受けるとは思ってもいなかった。

「彼に関しての記事はこれ1誌だが、明日になればもっと増えるかもしれないな...」

無名だったシンジがヒーローとなった次の日に想像もつかない過去が暴かれる。
僅か1日でこれだけ調べられるものかと時田はゾっとした。

「ま、まさか...」

そのとき激昂していたトウジにある人物の顔がよぎった。
六分儀シンジと碇シンジを同一人物であるのを知る者は少ない。
二年前の事故の全貌ならなおさらであった。
それすらも知り、今回の一件を仕出かす可能性のある人物はただ1人しか思い浮かばなかった。

「ケンスケ...
 あのドアホが...!」










☆★☆★☆











「じゃ、いってきます」

その一言を残してシンジとレイはホテルを出た。
行き先は甲子園球場で、お目当ての試合は東雲高校対星陵高校。
今朝の騒動があったので心配だったが、レイが着いていくのでムサシたちは何も言わないことにした。

「綾波がいるからシンジは大丈夫としてだ。
 問題は...当然これだな」

ムサシたちの目の前には問題のスポーツ新聞が広げられていた。
二年前のシンジの過去が事細かく書かれている。

「家族が死んだってのは知ってたけど...
 まさかこんなことがあったとはね」
「そんなのはどうでもいいだろ!
 問題は誰がこんなのを書いたかだ!」

シンジのことがこんな形で知らされたのと、親友だと思っていたのに肝心なところは何も知らなかったことにムサシが苛立つ。
自分の知らないところでシンジが悩んでいたのを考えると、自分の不甲斐なさを痛感する。
それとも自分は親友の悩みも聞けないほど頼りないのかとも思えてくる。

「ちきしょう...!
 なんでシンジは言ってくれなかったんだ!」
「落ち着きなよムサシ君。
 それにそんな言い方はないだろう。
 誰だって知られたくないことの1つや2つあるんだから」
「そうはいってもなカヲル!」

一度熱くなったらなかなか止まらない。
しかも冷静なカヲルを見てさらに熱くなってくる。

「オマエは心配じゃないっていうのか?」
「心配だよ。
 でもね、あまり他人の心に踏み込むのはどうかと思うんだ。
 特にシンジ君の心は繊細だからね」
「オマエそれでもバッテリー組んでるのかよ!
 なんでもかんでもシンジ1人で解決できるもんじゃないだろ!!」
「シンジ君には綾波さんがいる。
 彼女に任せる方が僕たちよりきっと上手くいくよ」
「それでも仲間か!」

バンッと新聞を叩く。
どちらの言い分ももっともで、どちらも引くつもりはない。
テーブルを挟んで2人の口論が続く。

『三つ巴の闘い』

一面には第1試合のシンジの写真と一緒にトウジ、ケンスケが載せられ、そう書かれていた。
3人の関係は中学校時代はおろか小学校時代のリトルリーグのことまで書かれ、写真つきで掲載されている。
マナとケイタは実際に自分たちの知らないシンジを見て驚きを隠せなかった。

「戦績まで書いてあるよこれ」
「ホントだ。
 3人ともこの頃からすごかったのね」

3人のことが詳細に書かれており、戦績は輝かしいばかりであった。
シンジの防御率や連続奪三振記録、トウジとケンスケの打率や打点など...
全てが当時の中学レベルに比べて群を抜いていた。
そして中3の夏を最後に途切れ、去年の甲子園へと繋がっている。
シンジはトウジとケンスケと違い、去年は野球部にも所属していない。

『空白の一年半』

もちろんその理由も書かれてあり、当時の事故の新聞記事も一緒に載せられていた。
しかし当時の事故の記事は、割かれたスペースは大きくはなかった。
従って注意しなければ見落としてしまう。
それでもユミとレイの顔写真が載っていた。





「まいったわね、こんなときに...
 でも知ってるようだったわね、レイ...」
「多分そうだね。
 シンジが話し終っても綾波、何ともなかったから」

マナとケイタはテーブルに広げられた新聞に目を落とす。
それはシンジがレイに話した通り−−−
アスカが原因とも取れるように書かれていた。

「この惣流アスカってコ、シンジの幼なじみなんだ...」










☆★☆★☆











甲子園に到着したシンジは改めて球場を見上げる。
やはり球児である以上、ここは特別な場所なのだろう。
しかし一緒にいるレイは心配そうにシンジの顔を覗き込む。
スポーツ誌にすっぱ抜かれた記事が気になっていた。

「こんなときに甲子園にきて、本当に大丈夫なんですか...?」
「僕は大丈夫だよ。
 それにトウジの試合はこの目で確かめたいからね」
「でも...」

今日、ホテルを出る前にも待ち構えていたマスコミからインタビューという名目の質問を受けた。
しかしシンジは意外なほどあっさりとしていて拍子抜けするほどだった。

「それよりもゴメンね。
 綾波まで巻き込んだみたいで...」
「うぅん...気にしてないから大丈夫です」

心配させずとシンジに微笑みかける。
インタビューはシンジが脈なしと見るといつの間にかレイへと変わってしまったのだ。
記事にも載っていた六分儀レイの写真とウリ二つの少女に驚き、そして喜ぶ。
そのとき現れた加持が何とかしなければ今も質問攻めを受けていたことだろう。

「えーと外野席の入り口は...」

シンジは近くにある案内板を見上げる。
道案内だけに簡略化された大きな絵が立てかけてあり、そこからチケットに書かれた席のナンバーを探そうとした。
そのとき...

「入り口ならこっちだぜシンジ」

聞き覚えのある声。
振り返ったそこにはケンスケがいた。
ケンスケはチケットを取り出してシンジたちを誘う。

「トウジを見にきたんだろ。
 だったら一緒に見ようぜ...ほら、チケットならあるから」
「いや、遠慮しとくよ。
 それにチケットは持ってるよ」
「つれないこというなよ、親友だろ?」

2人の会話を聞いていたレイは、なぜ気軽に言葉を交わしているのだろうと思った。
何気ない会話が今までの対立がウソのようにも思え、もし二年前の事故がなければ2人の関係はこうなのかと錯覚する。
しかし歴史に 『もし』 という言葉は存在せず、2人の雰囲気に不信感を募らせていた。





ざわざわ...

気づくと自分たちの周りに人だかりができている。
もちろんシンジとケンスケも気づいている。

「なあシンジ、アイツらにはオレたちの姿ってどう映ってるかな?」

ケンスケは近づいて、シンジにだけ聞こえるように話した。

「昔の親友?
 それともライバル同士かな?」
「何がいいたいんだケンスケ。
 今朝のアレだってオマエの仕業なんだろ」

一転してシンジの顔が険しくなる。
だがケンスケは意にも介さなかった。
それどころか軽く笑っていた。

「なぜそう思う?
 ひょっとしたらトウジかもしれないぜ?」
「トウジはそんな男じゃない...!
 いったい何を考えてるんだケンスケ?」

2人の間に緊張が走る。
シンジは真剣な顔を向け、対するケンスケは余裕なのか見下すような笑みは消えない。
近くにいたレイは2人の対峙に戸惑いを隠せない。
拍車をかけるようにトウジたち東雲高校野球部が到着した。
周りのざわめきがそれを伝える。

「おっと...どうやらそのトウジが着たみたいだぜ」

ケンスケがアゴで指した駐車場には、バスから降りてくる東雲高校野球部の姿が見える。
第3試合の時間がすぐそこまで迫り、時田を先頭にトシフミ、トウジが続く。
彼らを目当てにきたのか、騒ぎながら多くの人が集まっていった。

「「「キャーキャー...」」」

だが我先にと駆けていった高校野球ファンたちは、一瞬にして冷水を浴びせたように冷めさせる。
東雲高校野球部は声をかけられないほどの緊張感を身にまとい、強豪校という奢りを消し去っていた。
勝利への飽くことのない餓えがひしひしと伝わってくる。










「よう、トウジ」

聞きなれた声が上から聞こえてきた。
聞くだけで誰だか判る。
おそらくきているだろうと予測できていたのだろう。

「シンジ...ケンスケ...!」

見上げた先にはシンジと、薄ら笑いを浮かべているケンスケがいた。
トウジの顔は一層険しくなった。



第八拾四話  完

 

第八拾伍話へつづく



sugiさんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system