大会2日目−−−

「綾波、ここ空いてるみたいだよ」

見つけた空席にシンジとレイが座る。
この日、空いている席を見つけるのは難しいほど、スタンドは観衆で埋め尽くされていた。
今日の試合を楽しみにしているのか、期待に胸を膨らませている者ばかりだ。
そしてスタンドだけではなく、記者用の席も同じだった。
それだけこの試合が注目されている。

第3試合
兵庫県代表 東雲高校 対 石川県代表 星陵高校

東雲高校の実力は言うに及ばずだが、相手が甲子園常連校星陵高校ともなれば激戦は必至。
大方の予想では星陵高校の反撃があるが、最終的には力及ばず東雲高校の勝利となっている。
戦力分析には絶好の試合だった。

先攻は王者、東雲高校。
先頭打者は自分の打席に備えて素振りを始める。

ブンっ!

トウジがバットを振る。
遠く米粒ほどにしか見えないが、シンジにはちゃんと聞こえているようだった。
その真剣な眼差しにレイは声をかけずらくなる。





「...トウジはね、生まれもっての四番なんだ」

先に話しかけてきたのはシンジだった。
二年前までは同じチームメイトとして闘い、夢を追い続けてきた昔を思い出す。
どんなピンチに追い込まれていても、トウジがなんとかしてくれる。
そう思うだけで自分は思いきり投げることができた。

「試合を覆す一打、相手を引き離す一打、試合の流れを引き込む一打...
 全ての可能性を握っているのが四番。
 その資質をトウジは小さい頃から開花させていたんだ」

トウジという四番がいたからこそ、シンジというエースがいたのかもしれない−−−
そんな考えがレイに浮かんでくる。
しかしそれはシンジにもいえるのではないかとも思える。
2人が同じチームにいたからシンジというエース、トウジという四番が現れた。
どちらが欠けても2人はここまで強くはならなかっただろう。




















―――同じ時代―――





―――同じ場所に産まれ―――





―――人は出逢い―――





―――別れ―――





―――そして再び巡り会う―――




















「正直にいったら、トウジを敵には回したくはなかったね...」

微かにシンジの手は震えていた。
口にした言葉が本心であるのを伝えているかのように...
そして太陽が天高く昇ったときサイレンが鳴り、試合は始まった。











大切な人への想い

第八拾伍話 闘いの始まりは











試合は始まった。
先攻は東雲高校、攻撃面は切れ目のない打線として評価されている。

ガキン!

先頭打者の痛烈な当たりがレフト方向に飛ぶ。
しかしレフトの正面だったため、シングルヒットに止まった。

「星陵の立ち上がりは悪くないはずなんだが...」

スタンドから見るケンスケはスコアブックを付けながら、戦力を分析する。
東雲高校の打線は今大会一の重量打線である。
打率、打点、本塁打数など攻撃面を見ても随一の成績を残している。
その中心となるのが四番、鈴原トウジ。
予選の成績を見ると長打がほとんどで、打率は5割をゆうに超えている。

「ホント、同じ高校生なのかっていつも思うぜ。
 弱点なんかないんじゃないか?」

1人ごちているのをよそに試合は送りバント、ヒットと続き、一・三塁となったところでスタンドが沸きあがる。
高校二年生ながら、名実ともにナンバー1となったトウジがバッターボックスに立ったところだ。
1回からピンチを迎え、星陵高校には緊張が走る。

「まだ始まったばかりだから逃げずに闘う...だろうな」

ケンスケの言葉通り、満塁策もあったが東雲高校バッテリーは勝負を選んだ。
慎重にボールを選び、キャッチャーの出したサインに小さくうなずく。
ピッチャーは勝負を前にして心臓が高鳴り、緊張が増す。
一・三塁のランナーを気にしつつ、セットポジションからボールを投げた。

(きわどいコースだがいける!)

投げた瞬間、ピッチャーは会心の投球に心の中で叫んだ。
コースぎりぎりのボールが内角を攻める。

「コースは悪くなかった。
 並みのバッターなら打ち取れたんだが...」

しかしエースの会心の笑みは一瞬にして消え去た。

ガキン!

バットが火を吹いたように打球はバックスクリーンに向かって飛び立つ。
信じられないような表情でピッチャーは振り返ったが、ボールは吸い込まれるようにフェンスを越え、大きくバウンドした。

「相手はあの鈴原トウジだぜ」

歓声に包まれる中をトウジは静かにダイヤモンドを回る。
しかし東雲高校側のスタンドは総立ちになって英雄を称えていたが、トウジは表情1つ変えることはなかった。

《主砲、鈴原トウジのホームラン!
 今年一本目が早くも出ました!》

アナウンサーの声も冴え、実況にも熱が入る。
そしてスコアブックをつけながらしゃべるケンスケの顔は笑っていた。
しかしその笑顔は親友に向けたモノではなかった。










☆★☆★☆










試合も中盤に差し掛かり、東雲高校のペースで進んだ。
星陵高校のエースはすでに打ち崩され、マウンドには二番手のピッチャーが立っていた。
東雲高校の打撃もさることながら、守備の面でも格の違いを見せつけている。

ズバァン!

エース、岩瀬トシフミのボールが突き刺さる。
スピードは中盤にきて肩が出来上がってきたのか、140km/hの後半を軒並みマーク。
MAXスピードは149km/hと150km/hの壁まであと僅かとなった。

《エース岩瀬、これで7つ目の三振を奪った!
 昨日の第壱高校対砺波高校戦に触発されたのか、力強いピッチングです!》

しかもピッチャーだけでなく、バックの守りも堅い。
長打を決して許さず、単発で出たランナーも三塁まで進まず終わってしまう。
東雲高校が今、闘っているのは歴戦の学校、シンジたちが闘った格下の学校ではない。
どちらが強いかと比べたら間違いなく東雲高校と答えるだろう。





「...スゴイですね、東雲高校って...」

夏の暑い盛りのはずなのにレイの頬に冷や汗が流れ落ちる。
それは隣にいるシンジも同じだった。
自分たちが昨日成し遂げた記録など、この試合を前にすると薄れていくように感じるのは気のせいではないだろう。

「東雲高校創設来、最強のメンバーって話、間違いないですね...」
「何その話...
 そんなのが出てたの?」
「はい、東雲高校野球部の歴史って結構古いんですよ。
 この甲子園球場ができてからすでに大会に参加していますが、その歴史を見ても今年以上の戦績は見つからないんです」
「トウジと岩瀬さんがいるからね」

攻守、それぞれの要であるトウジとトシフミ。
去年の時点で2人ともいたが、あれから一年が過ぎ、さらに一回りの成長を遂げた。
トシフミは最後の夏にキャプテンとして、トウジは一年の頃の甘さは抜けている。

「あれ以上のチームはどこを探しても見つからないよ」

東雲高校の試合を前にしてシンジは自分の力が通じるかどうか不安になる。
現にトシフミを打ち崩すのは、どの学校の四番を持ってしても不可能に近い。
いくら自分が点を許さなくても、味方が点を取らなければ勝利を手にすることはできない。
長期戦になれば第壱高校が不利なのは火を見るより明らかだった。





「あの、岩瀬トシフミってどんなピッチャーだか知ってます?」

今まで鈴原トウジにばかり目を奪われていたが、シンジと同じタイプのエースであるトシフミについてあまり知らないことを思い出した。
戦績を見れば実力は計れるのだが、どんな人物なのか興味が湧いてくる。

「僕が知ってるのは高校に現れてからだよ。
 出身が違う県だから中学時代の頃は知らない。
 でも...」

一旦そこで言葉を切る。
中学三年の夏、東雲高校からの誘いがあったときに少しだけ聞いたことがあった。

「時田監督がね、わざわざとなりの県まで行って口説いた選手なんだ。
 ...その力は本物だよ」

トシフミが三振を取った瞬間、東雲高校側のスタンドが沸きあがる。
150km/hの壁を突き破った瞬間でもあった。










☆★☆★☆










4回の裏、東雲高校の守備も終わり、ベンチへと下がっていく。
時田は今日の試合経過に満足していても隙のない顔をしている。
いくら勝っていても、勝負は終わってみないことには判らない。
しかも相手は気の抜けない甲子園常連校。
油断は禁物だった。
5回の表、東雲高校はクリーンナップからの好打順であった。
ネクストバッターサークルで待つトウジからは静かだが熱い闘志を燃やしていた。

「そういえば綾波には言ってなかったね。
 僕が野球を始めたきっかけ」

トウジを見るシンジは、昔を懐かしむ優しい顔になる。
それは最近見なくなったシンジ本来の笑顔だった。

「最初のきっかけは、トウジがさそってくれたんだ」











「なあシンジ、野球やらんか?」

小学生時代−−−
夏休み、トウジが家族でプロ野球観戦に行ってきた翌日のこと。

「トウジ、その帽子どうしたんだ?」
「ケンスケ、ちょうどええ。
 オマエも野球やらへんか?」

帽子をかぶって2人を誘った。
もちろん縦縞の模様が入っている。
シンジとケンスケは呆れ顔で聞いた。

「今度は野球...」
「なんやそのやる気のない声は!」
「だ、だって続いたためしはないだろ」

トウジの迫力に押されて一瞬逃げ腰になるシンジ。
そこにケンスケが加勢してくる。

「シンジの言う通りだ。
 それにオマエは飽きっぽい性格だからな、すぐにほかの遊びを見つけてくるのがオチだろ」
「せやかて今度のはホンマなんや!
 男に二言は無い!」

2人の追求も意に介さず自分の意見を押し通す。
この頃のトウジはケンスケの言う通り飽きっぽい性格であった。
...とは少し語弊がある。





トウジはスポーツ万能である。
少しかじっただけで持ち前の才能を発揮してしまう。
問題はそこからであった。
シンジ、トウジ、ケンスケの3人は3バカトリオと言われる通りいつも一緒。
当然なにかを始めるとなると3人一緒になる。
トウジが最初に頭角を現し、その後に器用なケンスケがじわじわと上手くなる。
最後がシンジなのだが...大器晩成型なのか、なかなか上手くはならない。
トウジとケンスケが残ったシンジを教えるのだが、歩みはカメのごとく遅い。
そうこうしている内にアスカが入ってきてややこしくなり、トウジがあきらめて他のモノを見つけてくるといった調子だった。
なんだかんだ言っても2人ともシンジのことを考えている。





近くの河川敷で3人が野球をしていた。
トウジがピッチャーでケンスケがキャッチャー、シンジがバッターだ。

ブゥン!

「きゃはははっ!
 カッコ悪いわねぇ、シンジ」

土手の上から聞こえる罵声はもちろんアスカだった。
どこで聞きつけたのかは知らないが、気がついたときにはそこにいた。

「やかましいぞ外野、ええかげんにせぇ!!」
「アタシは本当のことを言ったまでよ」

トウジの文句にもアスカは動じない。
一方のシンジはヤジは飛んでくるわ、バットにかすりもしないでストレスが溜まる。
ガマンの限界もピークに達していた。

「...やめる...」
「なんやてぇシンジ、まだ始めたばかりやないか!」
「続けたって同じだよ...才能無いから...」

いつも通りのパターンが始まったとケンスケがため息を吐いた。
売り言葉に買い言葉で、アスカもアスカで本当に言いたいことを言えずに悪態をついてしまう。

「やっぱりシンジね、途中であきらめるなんてなっさけない!」
「オマエは黙っとれ!
 シンジ、気にすることないで」

トウジが引きとめようして肩をつかむ。
しかしシンジは普段の大人しい性格からは思いもつかないほど大きな声を上げた。
そして手近に転がっていたボールを憂さ晴らしに思いっきり投げた。

「ほっといてくれっ!!」

トウジもケンスケも、アスカも目を疑った。

ボチャン

遠くから聞こえる川にボールが落ちた音。
驚きから何もしゃべれない。
しかし誰よりも驚いたのは他でもない、投げたシンジだった。
何が起きたのか判らず、川の方と自分の右手を見る。

「シ、シンジ...もう一回投げてみないか?」

ケンスケの言葉にうなずいて、もう一度思いっきり投げてみた。

ビュッ!
......ボチャン!

さっきと同じ音が聞こえた。
まだ荒削りだが体全体を使ったフォーム。
腕を振り抜く際の空気を切る音。

「ス、スゴイやないかシンジ!」
「え?」
「あそこまでどう考えても3・40mぐらいあるんじゃないか?」
「え、ええ?」

初めて見せた才能の片鱗に驚く。
アスカも目の前で起こった現実に驚いた。
だがそれ以上にショックだったのは、シンジにこんな才能があるのに今まで気づけなかったことだった。

「な、なによシンジのくせに!
 ボールを遠くに飛ばせたぐらいでなにさ!!」
「そうでもないぜ。
 シンジ、今度はこっちで投げてみろよ」

ケンスケはマウンドを指し、自分はキャッチャーの位置に向かう。

「そのマウンドからこのホームベースまでの距離は18mちょっとだ。
 正確には18.44mなんだが」
「なんや中途半端な距離やな」
「どうせあれでしょ。
 メーターじゃなくてフィートに直したらちょうどいいんじゃないの?」

そんな判りきったことをいうなといわんばかりに態度がでかくなるアスカ。
ところが答えは違っていた。

「さすが惣流、いいカンしてるな。
 でも実際にはならなくてな、60フィート6インチなんだ」
「...なによ、そのハンパな数字は?」
「作った人が間違えたらしい(本当)」
「「「.........」」」

怪しさいっぱいで3人とも疑いのまなざしを送る。
しかしケンスケはお構いなしに続ける。

「さて、ウンチクはここまでにして。
 シンジ、投げてみろよ」

キャッチャーの低位置につく。
自信たっぷりな余裕の笑顔でシンジを見る。

「じゃ、じゃあいくよ」
「よしこい、シンジ!」

ケンスケがなにをやりたいのか判らないまま、誘われるままにシンジは大きく振りかぶった。
まだアスカの身長にも及ばない小さな体。
その体が大きく動く。

パァン!

響き渡るミットに突き刺さる音。
シンジの年齢からすれば、ボールがホームに届くことすら難しい。
今まで眠っていたモノが目覚めた−−−
エースとしての才能を初めて見せた瞬間であった。









「トウジとケンスケには本当に感謝している...
 僕を野球に引き合わせてくれたことに...」

シンジの告白にレイは黙って聞いていた。
恩人であるトウジとケンスケ。
それからずっと3人で同じ夢を見て走り続けてきた。
互いに才能を発揮し、足りない部分を補い合い、時代を築いてきた。
その3人が今は敵としてお互いの前に立ちふさがる。
3人を知る者は今年の夏を信じられなかったかもしれない。
だがあの日、トウジが野球を誘ったとき、ケンスケが才能を見抜いたとき、シンジがマウンドから投げたとき、今日の日がくることを運命づけたのかもしれない...










「トウジとケンスケには本当に感謝している...
 だから...だからこそ、僕は2人に勝ちたい...」

そのとき快音を響かせ、トウジの打球は青空へと吸い込まれていった。



第八拾伍話  完

 


第八拾六話へつづく





はぁ...
ここ最近ペース落ちまくりで週一更新していた頃が懐かしいです。
このまま隔週でいこうかなと思う今日この頃...
さて、今回マウンドからホームベースまでの距離の話が出ましたので、この場を借りてエピソードなどを書きましょう。



マウンドからホームベースまでの距離は、作中にもあった通り18.44mで60フィート6インチ。
現在のこの距離に決まったのは1893年です。
原因は当時、ニューヨーク・ジャイアンツに所属していたアモス・ラジーという速球投手で、サンダーボルトというニックネームを持ってたくらい速いタマを投げてたらしいです。
あまりにも速くて、これじゃ打てるわけないよって打者側が苦情が出たんだか出ないんだか...
そんな折、ラジー投手が相手打者の頭にぶっつけ、その選手は4日間も意識不明の状態だったらしい(恐)
こんなことがあってルール委員会はその当時の50フィートから60フィートに改変しました。
しかし委員会がこの数字の修正を出したところ、それを担当した製図屋が60フィート0インチの0インチを6インチと見間違えたらしい(笑)
当のルール委員会は、6インチ程度だったらいいかという感じでそのままにしたんですね。

う〜ん、結構アバウトなんですね。


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