そろそろ第2試合が終わろうとする時間。
とある公園で対峙するアスカとアキと八神。

「で、何が知りたいの。
 聞きたいことがあるんでしょ?」

アスカが2人に毅然とした態度で言う。
そこには言い知れぬ緊張感が漂い、アキは口を開けなかった。
が、先輩記者である八神の口は動いた。

「まずはウチの記事に関してだけど、キミの意見を聞かせてほしいな」

八神は懐から取り出したメモ帳を取り出した。
年季の入ったメモ帳が八神の記者としての経験の長さを表す。

「あの記事...あれがどこまで当たっているのか−−−
 それをまず聞かせてくれないかな」

その問いに慌てて小声で反論するアキ。

(セ、先輩はあれが間違ってると思うんですか?)
(碇シンジ、鈴原トウジ、相田ケンスケ...この3人関係は昨日の鈴原トウジの話で明らかになったから疑う余地はない。
 ...しかしオレが知りたいのは誰が情報を流したかだ)

アキの問いに八神は推測の域だが答え始める。
が、今はアスカの答えを聞くのが先決だった。

「意外ね。
 本当かどうかもわからずにあんなモノを載せるなんて」

返ってきたのは皮肉をこめた答えだった。

「8割がた当たってると思うんだが...
 現に碇シンジ君たち3人の関係は記事の通りだったじゃないか」
「そうね。
 でもそんなこと調べればすぐにわかるわ」
「しかし六分儀シンジと碇シンジが同一人物だとわからなければ難しいぜ」

アスカは八神の答えに一瞬眉を歪める。
ある人物の顔を思い浮かべたからだ。
その後に吐き捨てるようにその名前をこぼした。
小声でアキたちには聞こえなかったが、八神には唇を読むことができた。

(...アイダ?
 今のはアイダって言ったのか...)

その名前を聞いて真っ先に思い浮かんだのはシンジの親友である相田ケンスケだった。
それからアスカは黙ってしまい、八神はアキに小声で話しかける。

(...さっきの続きだ。
 オレは情報を流したヤツが知りたい。
 そいつは3人の関係はおろか、あの事件のこともかなりの範囲を知っている。
 ...だが真実を知る者は極わずかのはず)

アキもあの情報を誰が漏らしたのかがわからず、気にかかっていた。
そして八神と同じことを思っていた。

(となると碇シンジ、惣流一家、それから親しい人間だけ...)
(そうだ。
 そして碇シンジ本人からはまずありえない)
(惣流アスカや彼女の両親でもないと思います...)
(同感だな。
 となると...)

消去法で人物の特定を進める。
そして先ほどのアスカの唇の動きが思い出される。

(やはり彼なのか...?
 しかしなんのメリットがあって...)

八神は辿り着いた推測に再び考え込んでしまう。
が、それもすぐに中断される。

「どうしたの...
 聞きたいことはそれだけ?」
「スマナイ、ちょっと考え事をね...
 それじゃ次の質問だ」

再び重い空気が漂い始める。











大切な人への想い

第八拾九話 胸に秘めた想い











カキン!

快音を響かせてボールが飛ぶ。
三塁からは打球を確認たランナーがゆっくりとホームベースを踏んだ。
しかも放り出されたバットを拾うなどの余裕も見せている。

「十六夜高校、二桁安打達成!」

均衡が破れたのは6回の裏。
一発の長打からペースが乱れた。
ケンスケにとって一度亀裂が入った留米工大付属の守りを切り崩すのは容易だった。
特に一枚岩であるエース村田シュウイチが崩れたために、6・7のたった2回で大差がついてしまった。

「最初は点が入らなくてヒヤヒヤしたけど、もうこっちのものだ。
 一気にたたみかけるぞ!」

溜まった鬱積を晴らし、意気揚々とする十六夜高校ベンチ。
流れがこちらに傾いた今がチャンスだとわかっていた。
だがそれをケンスケは諌める。

「ダメですよ気を緩めたら。
 まだ試合は終わってないんですから」
「しかしもう決まったと言ってもいいだろ。
 エースが崩れれば脆いものだな」

キャプテンであるナオキの軽い言葉にケンスケのメガネが光る。

「キャプテン、軽はずみな言葉はダメだと何度も言ってるじゃないですか。
 俺たちの敵である村田シュウイチの強さは知ってるはずです。
 軽挙妄動は慎んでください」

ケンスケの言葉が仲間たちの心に刺さる。
僅かな気の緩みから敗けた試合は何度も見たり経験している。
その過ちを犯すことはできなかった。

「さあ、もう一度気を引き締めて試合に臨んでください!」

十六夜高校ナインはケンスケの号令の元、8回の表の守りに散った。
第壱高校はノーヒットノーラン。
東雲高校は圧倒的な実力を見せ、しかも完封。
力の差を見せつけての2回戦進出は、これから先の試合に向けて士気も上がる。
十六夜高校もケンスケのシナリオ通りに大量得点で試合を決めようとしていた。
そしてケンスケの中にあったもう一つの目的も終わろうとしていた。

(仮想シンジという設定だったが...
 打線さえ抑えれば体力は無限じゃない、シンジを崩すチャンスはいくらでもある。
 ま、実際にはこう簡単にはいかないだろうけどな)

すでに大勢が決まってしまった試合を眺め、いずれ来るべきシンジとの試合に思いを馳せた。










☆★☆★☆











(さて...次の質問からが本題だな)

八神は柄にもなく深呼吸する。
その仕草が次に出る言葉の重要性を示す。

「碇シンジ...いや、君には六分儀シンジと言ったほうがいいか。
 彼について教えてくれないかな?」
「...マスコミのくせに勉強不足ね」
「いや、君だから知っていることが色々あるかなと思ってね。
 聞かせてくれないかな、君の言葉で」

碇シンジについてはいくらでも調べがつく。
現にそれらはアキがレポートにまとめていた。
だが六分儀シンジについては多少なりとも調べはしたが、時間的な余裕がなかったことから、まだ満足がいかない結果になっている。

「...アタシの言葉で...?」
「そうだ。
 六分儀シンジに一番近い場所にいた君の言葉でだ」
「.........」

不意にアスカの顔に陰りが見えた。
八神は言葉を選んで話していたが、その中でこんな反応を見せるとは思っていなかった。

「違う...」
「...惣流さん?」
「...アタシが一番じゃない」

そう言ったアスカは、手をグっと握って悔しさに耐えていた。
その変化に八神は戸惑ったが、先に切り出した手前、引き下がれない。

「じゃあ誰が一番だって言うんだ...?」
「レイよ...」
「...六分儀レイちゃんか。
 でも彼女は別だろ...妹だし、それに養子じゃ...」










...!










その時、2人の話を聞いていたアキは時間の流れが止まったかに思えた。
飛んだ眼鏡、何が起こったのかわからない八神の顔、耳に届いた音、振り抜かれた白い手。
次の瞬間、はっきりと現れていたアスカの怒りに驚く。





「...何も知らないくせに...」





今まで何も映らなかったアスカの蒼い目に光が見えた。





「...シンジとレイのことを何も知らないくせに軽く言うんじゃないわよ...」





アスカの声は、今までの淡々とした口調がウソのように聞こえた。





「アンタに何がわかるっていうのよ!」





振り抜いたままで止まっていた手がわなわなと震える。





「レイはシンジを愛していたのよ!
 兄妹としてじゃなくて、1人の女として!」





そして目には涙が溜まっていた。





「シンジだってレイを必要としていたわ!
 だから強くなったのよ!
 ...誰のためでもない、レイのために...!」





睨みつけるような目にアキは怖気づく。





「ずっとそばにいたアタシよりも...アタシよりもレイのことが大切だったのよ!」





歯を食いしばり、悔しさに耐えようとするが、一度口にした言葉はそれを許さない。





「ずっとそばにいたのに...レイよりも長くシンジの近くにいたのに...なんでアタシが...」





これまでの勢いが徐々に消えていく。





「...アンタなんかに...アンタなんかにシンジのことがわかるもんか...」





気がつけばアキの目の前にいるアスカは、ただの恋に破れた1人の少女だった。





「...そうよ...」





先ほどまでとは違った声がアスカの口から出た。





「アンタたちマスコミはよく 『気持ちはわかります』 って言うじゃない」
 じゃあ答えてくれる?」





その声は狂気じみていたせいか、アキたちの背筋を凍らせる。





「好きな人の妹が恋敵で、その妹に嫉妬してる女の気持ち...」





大切な想いが届かず、行き場を失った想いが虚空を彷徨わる女がいた。





「その妹が死んで...これで恋が叶うと喜んでいたバカな女の気持ちが!」





アスカは憐れで惨めな末路を進むしかないのかもしれない。





「答えなさいよ!
 アタシの気持ちがわかるんでしょ!」





シンジへの切なる想い。
それが成されぬことを知っているがゆえに想いは強くなる。
願えば願うほどシンジが離れていくのを感じずにはいられない。
アスカの胸に秘めた想いは同じ女であるアキには痛いほどわかる。
しばらくの間、アスカの想いに圧され、八神とアキは時が止まったかのように動くことができなかった。










☆★☆★☆











8回の表、久留米工大付属の攻撃。
ケンスケは打席に立つ四番のシュウイチを見ていた。

(やれやれ、すでに大勢は決したというのに闘志だけは衰えないか)

冷ややかな視線の先には、一矢報いようとするシュウイチの姿と二番手のピッチャーの後姿がある。
シュウイチに対してはこれまでと同じで、歩かせるようにケンスケはクギをさしていた。

「ボールっ!」

作戦通りボールカウントだけが進んでいく。
その間、シュウイチは微動だにせずマウンドに立つピッチャーに対して鋭い眼光を向けていた。
それに気づいたケンスケの口元が緩む。

(ムダですよ。
 谷村先輩ならいざ知らず、今マウンドにいるのは抑えのピッチャーなんですから)

抑えの投手の仕事はとにかく点を与えないことにある。
特に1点や2点を争う場合に、責任の重大性が増す。
ケンスケの言う通り、エースと抑えのピッチャーではタイプが違うのだ。
マウンドに立つピッチャーは淡々と自分の仕事をこなしていく。
守備に散らばったナインも自分の仕事を遂行する。
が、ライトに守備を変更した十六夜高校のエースの谷村ヨウジだけは、打席に立つ村田シュウイチを見据えていた。

(...村田シュウイチ...か
 個人の才能なら今大会中トップレベルだだろう。
 ウチの人間が束にかかっても敵わないな)
「ボールっ!」

無常にもカウントだけが進む。

( ...が、惜しいかな。
 野球はチームプレイ...仲間に恵まれなかったな...)

利き腕の手が知らないうちに握られていた。
結局ヨウジはシュウイチと闘うことはできなかった。
チームの勝利を考えれば、それは仕方がないことだとわかっていた。
だがプライドが許さなかった。
エースだけがもつ特有のプライドが...
それが握った拳にさらに力が入る。
スタンドで観ていたレイが助けを求めるようにシンジに話す。

「...シンジさん。
 あの人まだやるつもりなんですか?
 ...もう見てられないよ」

レイは思わず目を覆った。
だがシンジは目をそらさずに最後まで観続けるつもりでいる。

「...綾波。
 最後まで見ておいた方がいいよ」
「え...」
「村田シュウイチ...
 あの人は最後まであきらめない...逃げない...!」
「あの人がキャプテンだから...ですか?」
「違う...!」

それはエースとしてのプライドがシュウイチにそうさせているからだ。
同じエースだからわかった。

「あの人がエースだからさ。
 自分が打たれなければ点が入ることはない。
 エースだったら誰だって思うことだよ」

シンジもヨウジもエースとして、同じ想いを共有しているからわかっていた。

「...でもあの人は打たれてしまった。
 だから責任を感じているんだ」
「でもそれは...」
「そう、あの人の責任じゃない。
 だけどエースだったら思うんだ。
 打たれたのはオレのせいだって...ね」

シンジはシュウイチに自分の姿を重ねていた。
最後まで闘い続けようとする同じエースから目をそらすことはなかった。










その後、シュウイチはフォアボールで歩かされたが塁を進めることなく久留米工大付属の攻撃は終わった。
ベンチに戻っていく十六夜高校ナイン。
その中にはエース、谷村ヨウジの姿もある。
誰もヨウジの心を知らない。
キャプテンやキャッチャーでさえわからない一面もある。

(ケンスケはわかってるのか...
 十六夜高校のエースだって同じ想いを持っているのを知っているのか?)










☆★☆★☆











あれからどれだけ時間が流れただろうか−−−
太陽はまだ天高く昇ったまま大地をジリジリと照らし続ける。
おそらく小1時間程度しか経っていないだろう。
だがアキは永遠とも思えるような時間を感じていた。

「...そうか...やはり予想通りだったな」

八神は先ほどかかってきた電話に出ていた。
話が終わると携帯をポケットに仕舞いながらアスカに話す。

「十六夜高校が一回戦突破した。
 6回裏から久留米工大付属のエースが崩れたらしい」
「...相田のシナリオ通りね」

試合を見ずとも結果は予測できたのか、アスカは当然のように言い放った。
その時一瞬だけアスカは背筋が凍るほど冷たい目をしていた。
それを八神は見逃さない。

(まだこのコたちには何かあるのか...?)

そう考えていると、不意にアスカが背を向けた。
黙って立ち去ろうとするアスカの背中はひどく小さく見える。
その時、今まで一言も発せなかったアキが呼び止めた。

「そ、惣流さん!」
「...まだ何か...?」
「え...あの...」

呼ぶ声に静かに振り向いたが、向けられた視線に押されてアキは再び声が出なくなった。
最初に見たときと同じく濁った目を向けられ、射竦められる。





「最後の質問だが...答えてくれないか」

口を開いたのは八神だった。
『最後』 という言葉にアスカは黙って待つ。

「この大会で最後に残るのは誰かな?」

意味は無論、優勝だ。
アスカはそれに対して短く、そしてはっきりと答えた。

「シンジよ」

たった一言だけ。
だが想いは詰まっていた。
それが長い間見てきた夢なのだから...

「やっぱりそうか。
 じゃ、オレはそうなるように祈っているよ」

八神の言葉を最後まで聞くことなくアスカは立ち去った。
辺りを覆いつくすようなセミの鳴き声だけが耳につく。
次第に小さくなるアスカの背中を見ているアキは胸が締めつけられる思いをした。










(...何も知らない私たちが立ち入ってはいけなかったのかもしれない...)



第八拾九話  完

第九拾話へつづく

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