「あら、今日は霧島さんがスタンドなの」
「も〜、遅いですよリツコ先生!」

1回の裏、広島商業高校の攻撃に移ったちょうどその時、遅れて到着したのはリツコだった。
理由はミット作製のため、連日深夜まで起きていたための寝坊である。
普段から冷静で時間にも遅れたことのない彼女しか見たことがなかったので、マナはなんとなく親近感を感じた。

「ごめんなさいね。
 ちょっとミサトひどいじゃない、自分だけさっさと行くなんて!」
「いやぁ、お疲れかなって思って起こしずらかったのよね」

急いできたために息が上がっているのも構わずミサトに食って掛かるが軽くあしらわれる。
ミサトなりに気を効かせたのだが、リツコにとっては自分の作品が使われるところを見たいのだ。
しかし間に合ったのが分かると、それ以上は強く出なかった。

スパーン!

目の前のグラウンドでは投球練習中のシンジの姿が見えた。
投げたボールがミットに突き刺さる音がリツコの耳に届くと思わず笑みが零れる。
仕上りは上々のようだ。
それを横目で見ていたミサトは無性にからかいたくなる。

「な〜にニヤニヤしてんのよ。
 そんなに嬉しい?」
「そっ、そんなんじゃないわよ!
 私はただ...」

さっきまで見ていた視線の先にはカヲルがいた。
ここからだと豆粒くらいにしか見えないが、入念にミットを使う姿がわかった。
普段のクールアンドビューティーな姿からは想像もできないくらいカワイイところがある。

「わぁかってるって。
 ...自分の造ってあげたものが大切に使われているからでしょ」

これ以上やると可哀相に思ったのか、ミサトは敵陣を見る。
もちろんジュンイチとヨシカズだ。
2人は打投守と三拍子揃い、チームの中心である要注意人物だ。
それ以上にミサトの気を引くのはもちろんこの一言。

「敵のバッテリーって幼なじみよ。
 シンジ君と同じように小さな頃から同じ夢を見てきた...ね」
「それがどうしたんですか?」

あっさりと返すマナに何も返せなくなる。
これはミサト同様にリツコも不思議に思っていた。

「「...驚かないの?」」
「そりゃ〜びっくりしますよ。
 でも『ここ』ってそういうトコなんじゃないですか?」











大切な人への想い

第九拾伍話 過去よりも強く











マウンドに立つシンジは青い空を見上げ、大きく息を吸う。
何度立っても、ここより最高の気分になれる場所はないと思う。
投手にしか立つことの許されない神聖な場所である。

自分の足に合うようにマウンドを踏み馴らす。
それが終われば滑り止めのロージンバッグを手につける。
いい調子で立ちあがるために投球練習を始める。
試合の行方を左右するピッチャーだからこそ闘いの準備に余念はなかった。

「コントロールもバッチリだ」

カヲルからの返球を受け、再び滑り止めをつける。
そしてバッターボックスに広島商業高校のバッターが入り、1回の裏の攻撃が始まった。

広島商業高校の打撃力は、なんといっても四番の村山ジュンイチにある。
三振が少なく、チャンスに強い。
そのことから第壱高校は、彼の前にランナーを溜めないように試合を運ぶつもりだった。
ただシンジとカヲルには他の狙いがあったが。

「ストライーク」

140km/hを軽く超えるストレートがミットに突き刺さる。
スタンドからは歓声が上がり、1回戦のノーヒットノーランを再現するかのように騒ぎ立てる。
しかし広島商業高校サイドは、あらかじめ予想していたようで驚きもしない。
そして二球目が投げられた時、バッターは早くも動いた。

コン!

三塁線ギリギリへ転がす絶妙なセーフティバント。
バントの技術と足に自信があればこその戦法だ。
すかさずカヲルはフェイスガードを上げ、シンジはマウンドから、そして三塁からタツヤが走る。
先にボールを取ったのはシンジだった。
ボールを掴むやいなや、鍛えぬかれた下半身で地面を踏み、一塁へと送球する。

「アウト!」

ファーストのヨウスケが上手く体を伸ばし、ランナーよりも先にボールをグラブに入れた。
返球を受けたシンジは再びマウンドに立つと次の打者を見据え、ロージンバッグで軽く滑り止めをする。
信頼する仲間を背にし、全力で向かってくる敵を相手に、広い広いグラウンドで闘いを繰り広げる。
全てが心地好かった。

キン!

コーナーを攻めた投球で打球はつまり、セカンド定位置に上がる。
それをフジオがしっかりとキャッチした。
シンジの立ちあがりはヨシカズと同様に好調だ。
そして2アウトとなったバッターボックスに、敵のエースである青木ヨシカズが入った。
静かに打席に立ち、足場を確認する。
改めてヘルメットの位置を直してマウンドに立つシンジを見る視線はどこか冷たい印象を感じさせる。

「?」

妙な気配が漂い、いち早く気づいたのは一番近くにいたキャッチャーのカヲルだった。
最初は何かを狙っているのかと思ったが、そんなモノでは済まされない雰囲気を纏っている。
警戒するカヲルは様子見で内角、しかもバッターの胸元近くを指示する。
何か狙いがあるのなら際どいボールに過敏に反応するとカマをかけた。
そしてシンジは頷き、カヲルの要求したコースに投げる。

危ない−−−

スピードが乗っていて、誰もがそう思うボールだった。
しかしヨシカズは上体を逸らせるようにしてボールを避ける。
実際にはコントロールは絶妙で、動かなくても当たることはなかったが、本能がそうさせた。
そしてカヲルがボールを投げ返したとき、いまだにヨシカズから発せられる気配が衰えてはいないことに気づく。

(...彼はいったい)

ピッチャーと対戦するときのバッターの殺気とは違う。
同じエースとしての対抗心とも違う。
ピリピリと肌に突き刺さるような空気は、怒りとも憎しみとも取れるように感じられた。
カヲルには初対面の人間になぜそんな感情を向けているのかが理解できなかった。
ケイタが持ってきた情報には、シンジに対してライバル意識はあれど、恨みを持つようなことは一切書かれていない。
カヲルの警戒は一層深まっていく。
しかし、逃げてばかりではアウトは一つも取れない。
得体の知れない人間だと思いつつもカウントを取りに行くため、シンジにサインを送る。
シンジは軽く頷き、大きく振りかぶってボールを放つ。
次の瞬間、快音が響いた。





快音を響かせた打球はショートの頭上を越え、左中間へと飛ぶ。
長打コースだ−−−
ボールを投げたとき、わずかにだが甘く入った感じがした。
次の瞬間には打球が飛ぶ。
シンジの背筋に冷たいモノが走り、焦る。

「「早くも出番か!」」

センターのムサシが、レフトのススムが走る。
打球はワンバウンドで壁に当たり、取ったのは守備範囲が広いムサシだ。
それを見たススムが二塁を差す。
促されて送球したときには、ヨシカズがスライディングで二塁に入っていた。

(ちょっと甘く入ったボールでこれか...)

シンジは改めて敵の恐ろしさを知る。
そして先制のチャンスと四番の登場により、勝敗の天秤が広島商業高校に傾く。
向き直った正面のバッターボックスには次の打者、四番の村山ジュンイチが入ったのだ。
一番回したくないバッターに回ってしまい、緊張の度合いが増す。
スタンドの喧騒とは逆に、水を打ったように静かになるグラウンド。

(さてシンジ君、見ての通り四番の登場だね。
 ここは慎重に...)

シンジはサインに頷き、二塁ランナーを警戒しながらセットポジションを作る。
その仕草を見ていたジュンイチはカヲルの方も気になっていた。

(なんのためにこんな大きなモノを?)

同じキャッチャーなだけにカヲルの行動が気になる。
キャッチャーとしての能力は低くはないので、わざわざ大きなミット使うはずがなかった。
問題の大きすぎるミットは近くで改めて見ると異様に感じられる。

一方、ランナーのヨシカズは後ろからシンジを観察することになる。
チラチラとこちらに視線が送られてくるので、思うようにリードがとれずにいた。
そして第1球が投げられた。

セットポジションから一気に踏み出す足、振り下ろされる腕、ボールを握る手。
その全てを目に焼き付けようとヨシカズはシンジの仕草を追う。

「ボール」

1球目はインハイに決まったがストライクゾーンからは外れていた。
ジュンイチは目で追っただけだ。
返球を受けたシンジは大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
大事な場面なので慎重に心を落ち着かせなければならない。
そしてヨシカズは今のフォームを頭の中で繰り返し見ていた。

(今のがストレートね...)

ヨシカズがシンジのクセを見抜こうとする中、シンジはフォークのサインに頷きセットポジションからボールを投げる。
スピードボールから一転してのゆるいボール。
普通のバッターならばタイミングを狂わせられるのだが、相手は百戦錬磨の四番バッター。
がっしりとした下半身でバランスを保ち、風を切るように一気に振り抜く。
フォークであることは見抜いていた。

「え?」

一筋の白い影が走った。
それだけしかサードのタツヤには理解できなかった。

バンっ!

大きな音がして三塁側のファールグラウンドからボールがフェアグラウンドに戻ってくる。
壁にぶつかって戻ってきたのだ。
気づいたススムが、慌ててボールを取る。
そこでようやく三塁の塁審がファールと叫んだ。

「おお...
 うおぉぉぉ、すげぇ!!」

目にもとまらぬ早さのバッティングで、広島商業高校のスタンドは唸る。
たとえファールでも、たった一振りで観客を魅了するのが四番だ。
静かにバッターボックスに立つ姿が逆に存在感を増していた。
しかしシンジとカヲルはそれを黙って見ているバッテリーではない。

(一歩間違えれば先制どころか流れが持っていかれるよ)
(じゃあ...)
(うん...)

広島商業高校の堅い守りから何点も取れるとは思ってはいない。
仲間を信じていないワケではなかったが、どう見ても歩が悪いかった。
配球も決まり、セットポジションに移るとバッターとランナーが構える。





セットポジションからの素早いモーション。
ヨシカズはその全てを見逃さないように、投球フォームだけを追う。
それは舞台裏から覗くようにも思えた。

(...違う!)

一瞬の流れの中でヨシカズは見逃さなかった。
気づいたのはヨシカズだけだった。
シンジの腕の振りが今までと違っていた−−−

対する打席に立つジュンイチはボールだけに集中していた。
一瞬の判断が明暗を分けるだけに、腕の振りにまで注意がいかなった。
ボールの行方だけを追い、体で反応するのみ。

(フォーク!)

頭で認識するよりも早く、ボールが通るであろう軌跡の先にバットが出る。
後は振り抜くだけでボールはスタンドに入る、はずだった。

フラ...

ボールが横にぶれる。
ジュンイチは我が目を疑い、それに気づいたときは最早手遅れだった。
一度出したバットは止まってはくれず、振り抜こうとする軌跡を変えようにもボールの動きが不規則で読めない。

(バウンドする!)

ボールの動きが不規則で読みづらいのはカヲルも同じだった。
体を落としてボールが後にこぼれないように体全体を使ってガードする。
そこで役に立ったのがリツコ謹製のお化けミットであった。
その大きさにより、普通では入りきらないコースのボールでも捕球することができる。
このわずかな一瞬の間に三者三様の思いが流れた。





ジュンイチのバットが空を切る−−−

ボールがバウンドする−−−

カヲルがボールを捕まえる−−−

その間中ヨシカズは、ずっとボールのコースを辿っていた−−−





「ス、ストイラーク!」

審判の声がやけに響いた。
呆然とバットを振り抜いたまま固まっているジュンイチ。
その脳裏には今のボールの変化が焼き付いたままだ。

「ハイ、タッチ」

そこにカヲルがボールの入ったミットをタッチして1回の裏の攻防は幕を下ろした。
その攻防の中で
エースの変化球で四番を打ち取った−−−
誰の目にもそう映っていたが、才能のある者たちにとっては違う。
ただのフォークならば、確実にスタンドまで運ばれていたはずであった。
それほどジュンイチのスイングのタイミングとコースは合っていた。

「今のボールなんだった?」

呆然と表情でベンチに戻ってきたところにヨシカズが声をかけたが、即答できずにジュンイチは唸った。
ボールがぶれた時は自分の目を疑ったが、自らの三振により事実だったと認識せざるをえない。

「...フォークじゃない...ことは確かだ」
「やっぱりそうか」
「って、オマエも見えたのか、あの変化を?」
「そうじゃない。
 ただ...ちょっと腕の振りが今までと違っていたからそう思ったんだ」

2人は新しい変化球に戸惑う。
それはスタンドにいるケンスケとトウジも同じだった。





「変化球...だよな?」

ケンスケがハンディカメラでもう一度再生してみるが、位置が悪かったのか球種が全然分からない。
ジュンイチの実力を知っているだけに、綺麗に空振りさせるのが不思議でならなかった。





「どうしたのトウジ...」

ヒカリが席から立ち上がったまま固まっていたトウジに話しかけた。

「なんで今のが空振りなんや...」

スイングのタイミングとスピードが完璧だったのは、同じスラッガーであるトウジには理解できた。
それを打ち取るシンジのボールに戦慄を覚え、冷や汗が流れた。










☆★☆★☆











「ナイスピッチング、シンジ」

意気揚々とベンチに戻ってくる際に、ナインたちから色々と声をかけられた。
エースと四番の対決が試合を大きく左右することは良くあるので、試合の流れは第壱高校に傾いたと言ってもいいだろう。
そして第壱高校の攻撃は四番のリュウスケからになる。

「シンジばかりにイイ格好させてられるか。
 ここはイッパツ...」

バットのグリップを握りなおしてから一気に振り抜くと、風を切る音がする。
四番としての資質はジュンイチに負けていないと思っている。
それが第壱高校の四番としてのプライドでもあった。
バッターボックスの奥に立ち、マウンド上のヨシカズを射抜くように見据える。



「第壱高校の四番か...どう思う?」

腕組みをした烏丸がカメラのレンジ越しに見ているであろうケンスケに尋ねた。

「悪くはありませんね。
 体格もいいし、構えにもムダがありません。
 さっき見たスイングのスピードも申し分ナシで、理想的なスラッガーに近いですよ」

多くのバッターを見てきた眼でリュウスケを捕らえたまま、バッターとしての能力を見極める。
客観的な物の見方ならケンスケは群を抜いていたのでチームをまとめるキャプテンとしては非常に助かっていた。
ケンスケの性格を評価するとすれば必ずそんな言葉が出てくる。

「じゃあ広島商業高校の四番と比べるとどうだ?」
「う〜ん...五分五分といったところですかね。
 2人ともパワーがあるから並みのピッチャーじゃ、すぐにスタンドインですよ」

その言葉の裏にシンジとヨシカズの実力が並以上であることを示していた。
クールに見せてはいるものの間が抜けているなと感じた烏丸はさらに続けた。

「じゃ、鈴原トウジと比べたらどうだ?」
「...」

黙り込んだケンスケはグラウンドを向いたままで、微動だにしない。
マウンドでは投球フォームに移ったヨシカズの姿が見える。
それに合わせてリュウスケも構える。
スタンドからの割れんばかりの声援がこだまする中、ボールが放たれる。





「アイツは特別ですよ。
 ...オレが認めた四番なんですから」

そのときだけケンスケの表情に変化が表れる。
目の前では初球を思いっきり引っ張った打球が甲高い金属音と共にレフト線の長打コースに走っていく。
第壱高校は先制のチャンスを手に入れた。










☆★☆★☆











「よっしゃあ!
 先制のチャンスだ!」

ムサシが吼える。
ストレートを見事に捉えたリュウスケのツーベースヒットで、早くも得点圏にランナーがでた。
広島商業高校は今度は逆の立場に立たされた形となった。
否応無しに第壱高校の士気は高まる。

「ムサシ、絶対に返せよ!」
「任せてください!!」

ネクストバッターズサークルに立つヨウスケに声を後に打席に立つムサシ。
自分の足元を入念に整える。
こうしたチャンスは、そう回ってはこないのを十分承知しているので、なんとしても活かさなければならない。
グリップを握る手のひらに汗が滲んでくる。

(...気が急いているな)

そんな心を読んだキャッチャーのジュンイチがサインを送る。
それを黙って頷いたヨシカズはリュウスケを警戒しながら、セットポジションから初球を投げる。
2人が出したコースはムサシにとって驚きと共に迫った。

「え...うわっ!」

顔面近くにボールが飛んできてムサシは大きくのけぞる。
実際には当たるはずはなかったのだが、そのスピードのせいで本能的に動く。
バランスを崩して倒れそうになったが、なんとか態勢を直したところでジュンイチが謝ってきた。

「スマナイ、君。
 大丈夫か?」
「え...ええ」

こうも素直に謝られては怒るわけにもいかず、次のボールに集中することになった。
改めて構えたムサシ。
しかしバットの先端が忙しなくバットが揺れていた。

「落ち着きなさいよ、ムサシ...」

ムサシが焦っているのを知っていたのは、スタンドにいたマナだけだった。
そして二球目は同じく内角を攻めてきた。
初球と違うのはコースギリギリでストライクゾーンに入っていたことだ。
ムサシは反応してバットが振り出されるが、バットの根元に当たって一塁線を割ってしまった。

「ダーーー、クソ!」

自分でも今のバッティングがダメなのは分かっていたから腹が立つ。
そんなムサシを見ていたケンスケがカメラを構えたままつぶやいた。

「狂わされたか」
「初球の顔面ギリギリのボールにビビって腰が引けたか?」
「そんなとこですね。
 でも大抵のバッターなら絶対ビビりますよ、あのスピードボールは」
「初出場校の二年生じゃ、しょうがないかな」

烏丸の言葉は、自分なら確実に打っていたと言わんばかりだ。
クリーンナップで注意すべきは四番だけだ、と烏丸の頭の中では固まっていった。
さっき見たリュウスケのバッティングは、思わず唸ってしまったくらい印象に残っていた。
しかしケンスケは違うところを見ていた。

(自分のコントロールに自信がなければ、あんなコースは投げられない。
 それを要求してくるキャッチャーもキャッチャーだ)

ケンスケが考える中、ムサシの打球はフラフラと舞い上がる。
ボールは外野には届かず、セカンドが少し下がったところでキャッチした。
その後の六番ヨウスケの送りバントでリュウスケは三塁へと進み、七番ススムは粘りに粘った末...

「ボール、フォアボール!」

僅かに反れたボールが運の尽きで、ランナー一・三塁と第壱高校のチャンスを広げてしまった。
しかし一塁へと走るススムの口から安堵のため息が出ているのを見ると、かなり際どかったか手が出なかったのだろう。
ジュンイチは一時マウンドに向かった。

「悪い、ジュン。
 さっきのボールはちょっと浮いてたな」
「たまにはこんなこともあるさ。
 ...そんなことよりも次のバッターだ」

見た先には素振りをするフジオの姿が。
フジオは打、投、守と全てをこなすだけに広島商業高校もマークしていた。
故に次のバッターのことを考えると、歩かせた方が特かとジュンイチの頭が働く。

「ワンヒットで先制だ。
 碇先輩に負担をかけないためにもオレが...」

意気込みが伝わってきそうな勢いだった。
いくら2回だといっても、この試合は1点が大きく左右する。
やはりフジオとの勝負は捨てて、安全なシンジで決めるべきだとジュンイチは腹を決めた。
しかし...

「ジュンイチ、次で終わらせるぞ」

その言葉一つ一つに強い意思が伝わる。
ヨシカズの目はシンジが映っていた。

「碇シンジは、オマエとの勝負を避けなかった。
 ...逃げるわけにはいかない」

今までのヨシカズでは有り得ない言葉だ。
不意にジュンイチの顔がほころぶ。
資質は申し分無し。
後は自信が着いてくれればと、いつも願っていた。

「...わかったよ。
 オマエに任せるから思いっきり投げろ」

ポンっと軽く胸を叩いてジュンイチは自分のポジションへと向かった。
楽しくて胸が踊る。
今まで抑えてきたモノが今すぐにでも飛び出してきそうなくらい嬉しかった。

「忘れられない夏になるな...」

今まで想い描いてきた夢、甲子園の土を踏んだことを改めて感じた。
大きく息を吸い込んで仲間たちに檄を飛ばす。
それに応える仲間たち。
試合は再開された。

フジオはバットを短く持つ。
ワンヒットで得点できるため、確実に狙うためだった。
広島商業高校の四番を打ち取った今、試合の流れは確実に第壱高校にあった。
しかしヨシカズは臆することなく、目の前のバッターと対峙し、投球モーションに入る。









(人は変われる...強くなれるんだよ、惣流アスカ)

力の限り投げたボールがミットに突き刺さった。




第九拾伍話 完

第九拾六話へつづく





試合の流れを書くと話が進まなくなります。
それとあることに気づきました。
綾波レイが出てない...



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