『瞬間、心、重ねて ――Girls,Dance Like You Want to Win!』(Aパート)

芹沢 軍鶏




『――本日午前10時58分15秒、二体に分離した目標甲の攻撃を受けた初号機
は、駿河湾沖合2キロの海上に水没。同20秒、弐号機は目標乙の攻撃により活動
停止。この状況に対するE計画責任者のコメント』
『……無様ね』
『午前11時03分をもって、ネルフは作戦遂行を断念。国連第2方面軍に指揮権
を委譲。同05分、N2爆雷により目標を攻撃、構成物質の28パーセントを焼却
に成功。以後、戦況は膠着状態――』


「もうっ! あんたのせいで、せっかくのデビュー戦がめちゃめちゃになっちゃっ
たじゃないっ!」
 惣流・アスカ・ラングレーは怒鳴った。
「なに言ってんだよっ! 惣流がマヌケなことをしただけじゃ……」
 言い返そうとした碇シンジは、
「……ふぁっ、ふぁっ、ふぁっくしょんっ!」
 と、大きなくしゃみをする。
「うわっ! 何よ、汚いわねっ! 人に向かってくしゃみなんかしないでよっ!」
「ごめん……」
「まったく、マヌケはどっちなのよ? 救助に来たボートから、海に落っこちちゃ
うなんて」
「仕方ないだろ。ちょうど乗り移ろうとしたときにボートが揺れて……ふぁ、ふぁ
くしょんっ!」
「ほら、またぁ!」
 ネルフ本部内、ブリーフィングルーム。
 第7使徒撃退に失敗した特務機関ネルフのスタッフは、その反省会を行っている
ところであった。
「まったく。恥をかかせてくれおって」
 苦り切った顔をした副司令の冬月が、シンジたちに向かって言った。
「いいか、君たち。君たちの仕事は何だかわかるかね?」
「エヴァの操縦」
 答えるアスカに、冬月は首を振って、
「違う。使徒に勝つことだ。そのためには君たちが協力し合って……」
「「何でこんな奴とっ!」」
 シンジとアスカはお互い睨み合って声を揃えて叫ぶ。
「だいたいアスカがあせって倒そうとするから、大変なことになるんだろ!」
「何よっ! 溺れたマヌケに言われたくないわよ。だっさー」
「そ、それとこれとは関係ないじゃ……ふぁっ、ふぁっ、ふぁくしょんっ!」
「もうっ! こっち向いてくしゃみしないでって言ってるでしょうにっ!」
「し、仕方ないだろ、止まんないんだから……」
「はんっ! 昔からバカは風邪ひかないって言うけど、最近の風邪はバカでもかか
るみたいね?」
「何だよっ! 人のことバカ、バカって。自分はどれだけ利口なつもり……ふぁっ、
ふぁっくしょんっ!」
「だから、もうっ! 何べん同じこと言わせるわけっ!? まったくあんたと話して
ると、風邪と一緒にバカまでうつりそうだわっ!」
言い争う二人に、冬月は頭を抱えた。
「……もういい。こっちが病気になりそうだ」



          第九+X話 『瞬間、心、重ねて』



「ふぁっ、ふぁっくしょんっ! ……ううっ、本格的に風邪かな?」
 翌日、学校からの帰り道。
 シンジは、ぶるるっと震えるような仕草をしながら、重い足どりで歩いていた。
「今日は無理しないで早退すればよかったよ。ミサトさんもまだ帰ってないだろう
し……こんなとき心細いよなぁ。家に帰っても、誰もいないって」
 引越しセンターのトラックが、シンジとすれ違って走り去っていく。


 シンジの保護者、葛城ミサトのマンション。
 玄関の扉を開けて、シンジは部屋の中に入った。
「はぁー……早く寝よっと」
 廊下に積み上げられている段ボール箱の山にも気づかず、自分の部屋の襖を開け
たシンジは、そこもまた引越し荷物の山で占められているのを見て、驚きの声を上
げた。
「な、なんだこれえっ!?」
「失礼ね。あたしの荷物よ」
 声に、シンジは振り向く。
 シャワー上がりらしいアスカが、Tシャツとジョギングパンツ姿で首にタオルを
かけて、缶ジュースを片手にそこに立っていた。
「な、なんで惣流がここにいるんだよ?」
 たずねるシンジに、アスカは冷ややかな目を向けて、
「あんたこそまだいたの?」
「まだって……えっ……?」
「あんた、今日からお払い箱よ。ミサトはあたしと暮らすの」
「惣流が……?」
「まあ、どっちが優秀かを考えれば、当然の選択よね。もっとも、あたしとしては
本当は、加持さんと一緒のほうがいいんだけど。――あ、あんたの荷物は、あっち
にまとめておいたから」
 アスカは廊下に置いた段ボール箱を顎でしゃくる。
「僕の荷物って……あああああっ!」
 シンジは絶望的な声を上げる。
 そこには、『シンちゃんのお部屋』と書かれたネームプレートを始め、ラジカセ
や電気スタンド、学校の教科書など、シンジの荷物が一つの段ボール箱にまとめて
ぶち込まれて置いてあった。
「しっかし、どうして日本の部屋って、こう狭いのかしら? 荷物が半分も入らな
いじゃない。おまけに、どうしてこう日本人って、危機感足りないのかしら? よ
くこんな鍵のない部屋で暮らせるわね……って、聞いてるの、あんた?」
 襖を開けたり閉めたりしながら言っていたアスカは、シンジを振り返った。
 シンジは、自分の荷物の前で、ガックリと膝をついている。
「そんなにショックだった? 仕方ないじゃないの、あんたの実力を考えれば。で
も、まだエヴァのパイロットまでクビになったってわけじゃないみたいだから、安
心しなさい。あんたには、たぶんミサトが別に住む場所を用意してくれるわよ」
 アスカは、ぽんっと軽くシンジの肩を叩く。
 シンジは、どさっとその場に倒れ込んだ。
「何よー、大げさな奴……って、えっ!? ちょっとあんたっ!?」
 シンジは床に倒れ込んだまま、真っ赤な顔で苦しげに息をしている。
 アスカは恐る恐る、シンジの額に手を触れてみた。
「すごい熱……! ちょっと、やだ、どうしようっ!?」
 アスカは、あわてて辺りを見回す。
「すぐにミサトに電話して……って、電話はどこなのよ、この家はっ!?」
「……父さん……母さん……」
 シンジのうめく声に、アスカは、はっと彼の顔を見た。
「どうしろっていうのよ、このあたしに……」


 誰かの気配と足音が遠ざかっていく。
 すっと襖の開く音がして、微かな光が顔に当たる。
(どう? 彼の様子は?)
(まだ眠ってるわ。まったくあのバカ、具合が悪いなら学校くらい休めばよかった
のに)
 襖の閉まる音。
 元の暗闇。
(あたしが悪いんだわ。一緒に暮らしていながら、気づいてあげられなかったなん
て……)
(ミサトのせいじゃないわよ。自分の体調の管理もできないあいつがマヌケなの。
あんなに熱が出るまで我慢してたなんて、バカもいいとこ)
 人の話している声が聞こえて来る。
 シンジは、目を開けた。
 いつのまにか、眠ってしまっていたらしい。
 すでに窓の外は日が落ちている。
 室内を見回す。
 見慣れないタンスと、鏡台が置いてある。
 そこはシンジの部屋ではなく、いつもはミサトが使っている、リビングの隣の寝
室だった。
 そっか。僕の部屋、惣流にとられちゃったんだもんな……。
 シンジは心の中でつぶやき、布団から起き上がった。
 額に乗せられていた濡れタオルが、布団の上に落ちる。
 タオルは、まだ冷たかった。
「惣流……?」


 シンジは襖を開けた。
 リビングにいたミサトとアスカが振り向いた。
 ミサトは、今まで泣いていたのか、さっと目をこすってから、笑顔を作って、
「あ、シンジ君起きたの? 具合はどう?」
「あ、なんとか……」
 シンジは言いかけて、咳き込む。
「やだ、肺炎なんかならないでよ。入院なんかされても、付き添ってあげるつもり
ないからね」
 渋い顔をして言ったアスカに、シンジは口をとがらせて、
「誰も惣流にそんなこと頼んでないだろっ……ごほっ! ごほっ!」
 咳き込んだ。
「もうっ、大人しく寝てればいいのよ。病人は」
「言われなくてもそうするよ。惣流のしゃべってる声がうるさくて目が覚めちゃっ
ただけだよ」
 ふてくされたように言って、寝室に戻ろうとするシンジを、ミサトが呼び止めた。
「あ、待って。もう一度寝る前に、何か飲んだほうがいいわ。熱が出ているときに
は、水分をとったほうがいいから」
「あ、はい……」
「いま、お茶入れてきてあげるからね」
「えっ……ミサトさんのお茶……?」
「何よー、その顔? 大丈夫、ティーパックだから、失敗しようがないでしょ?」
「だったらいいですけど……」
 立ち上がってキッチンのほうへ行くミサトを、シンジは不安げに見送る。
「まったく。あんたがぶっ倒れてくれちゃったおかげで、みんなが迷惑してるんだ
からね」
「え……?」
 シンジは、アスカの顔を見た。
 アスカは座卓に頬杖をついて、そっぽを向いたまま、
「ミサトは本部に送りつけられた抗議文書の整理をしなくちゃいけないところをわ
ざわざ家に帰って来たんだし、あたしはあたしで引越し荷物の片づけも終わってな
いのに、あんたにつきっきりで看病するはめになって」
「つきっきりって……惣流が僕に?」
 目をぱちくりさせるシンジを、アスカは睨みつけて、
「そうよー、あんたが死にそうな顔してうんうんうなってるから、仕方なくね。誰
が制服、脱がしてやったと思ってんの?」
「えっ……」
 シンジは、自分の格好を見た。
 制服の開襟シャツとズボンを脱がされて、Tシャツとトランクスという姿になっ
ている。
「あああっ!」
 シンジはあわててトランクスの前を隠した。
「ばっかみたい。今さら隠してどーすんのよ?」
 あきれた顔で言うアスカに、シンジは真っ赤になりながら、
「そ、そりゃそうだけど……」
「迷惑かけられてるのはあたしたちだけじゃないの。加持さんにだって迷惑かかっ
てるのよ」
「加持さんに……どうして?」
「加持さんがせっかく使徒をやっつけるために立てた作戦が、あんたが倒れたおか
げで台無しになったのよ」
「あ、そのことなんだけどー」
 と、キッチンから戻って来たミサトが言った。
 お盆にのせて運んで来たお茶を、シンジの前に置いて、
「あの作戦は、あのまま続行」
「どうやって!? シンジがこういう状態で、特訓なんかできるわけないじゃない!」
 叫ぶアスカに、シンジはたずねる。
「あの、特訓って?」
「完璧なユニゾンを作るための訓練よ。あたしはそのために、ここに引越しさせら
れたんだって。ミサトに聞かされてあたしも驚いたんだけど」
「完璧なユニゾンって……ミサトさん?」
「んんっ?」
 ミサトはにこっと笑って、シンジにウインクした。
「シンジ君は気にしなくていいの。それよりも、早く風邪を治すことを考えなさい」
「はぁ……」
「何よ、じゃあ、シンジ抜きであたしだけ特訓するってこと? それでどうやって
本番合わせるって言うの? 無理よ! というより、我慢できないわ! 何の訓練
もしてないシンジがあたしの足をひっぱって、全てぶち壊しになるのが目に見えて
るもの!」
「シンジ君と一緒にやってもらおうとは思ってないわよ」
「じゃあ、いったい誰と一緒にやるって……」
アスカは言いかけて、はたと気づいた。
「もしかして、あの子とぉっ!?」
「そ。エヴァのパイロットといったら、アスカとシンジ君のほかには、あの子しか
いないでしょ?」
「えっ、あの子って……」
 ミサトにたずねるシンジに、アスカはあきれきった顔をして、
「あんたバカぁ? ファーストチルドレンしかいないでしょう!」
「え……綾波?」
「そっ、綾波レイ。実のところ、もう呼んであるの。あたしたちには時間がないか
らね、今日からでも訓練してもらおうと思って」
 ミサトが答えて言ったそのとき、
 ピンポーン!
 と、玄関のチャイムが鳴る音。
「あ、来たみたいね。――はーいっ!」
 ミサトは返事をして、玄関のほうへ出て行く。
 アスカは頭を抱えて、ため息をついた。
「はぁっ……よりにもよって、あんな変な子と。まあ、変といったらシンジも充分
に変だったんだけど」
「どういう意味だよ、それ……」
 シンジはふくれ面をして、ミサトの入れてくれたお茶を一口すすり、
「……ぶへっ! けほっ! こほっ!」
 お茶を吹き出して、咳き込んだ。
「何よっ! 汚いわねっ!」
 怒鳴るアスカに、シンジは湯呑みをつきつけて、
「このお茶っ! 変な味がするっ!」
「えっ?」
 アスカは湯呑みを受けとって、お茶の匂いを嗅いでみた。
「アルコールの匂い……お酒っ!?」
 アスカは湯呑みを手にリビングを飛び出して行って、玄関でレイを迎えていたミ
サトを怒鳴りつけた。
「ミサトっ! シンジのお茶に何を入れたのよっ!?」
「えー、日本酒だけど? ほら、紅茶にちょっちブランデー入れたら体があったま
るじゃない? だったら、日本茶には日本酒かなって」
「まったく、あんたって人は……」
アスカは、頭を抱えた。


《Bパートへ》



軍鶏さんの部屋に戻る

inserted by FC2 system