【 TIP OFF 】

 

第一話『帰国』

 

 

 

 

……ここはどこ?

 

……ここは寒いからイヤ。

……ここは暗いからイヤ。

……ここは狭いからイヤ。

……ここは息苦しいからイヤ。 

……ここは気持ち悪いからイヤ。

 

 

……でも、外に居るよりイイ。

……いらない子だっていわれるよりイイ。

……誰からも必要とされないよりはイイ。

……誰も居ないからイイ。

……ひとりぼっちだからイイ。

 

…………

……寂しいけど。

……寂しいけどイイ……

 

 

……?

……なに?

 

……暖かい。

……気持ちいい。

……優しい。

 

……ママ?

……ママなの?

 

…………

……違う。

……ママじゃない。

……知ってる。

……コイツ知ってる。

 

……碇シンジ。

……バカシンジ。

 

……コイツキライ、いつもオドオドしてるから。

……コイツキライ、内罰的だから。

……コイツキライ、優柔不断だから。

……コイツキライ、ファ−ストと仲が良いから。

…………

……コイツキライ、優しいから。

 

……コイツキライ……好きだから。

 

 

……ここはやっぱりイヤ。

 

 

……コイツが必要だって言ってくれるから。

 

……ここはやっぱりイヤ。

 

……コイツと一緒に居たいから。

 

……ここはやっぱり……イヤ。 

 

……ずっとこうして手を握っていてもらいたい。

……ずっとこうして手を握っていてあげたい。

……ずっとこうして抱きしめていてもらいたい。

……ずっとこうして抱きしめていてあげたい。

 

……ずっと一緒に居たい。

 

 

 

 

……?

……シンジ?

……シンジ!?

……どこ行くの、シンジ!?

……待って!!

……待ってよ!!

……置いていかないで!!

……アタシのこと必要だって言ったじゃない!!

……アタシにはアンタが必要なのよ!!

……待ってよ……置いてかないでよ!!

……アタシを独りにしないで!!

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「シンジ!!」

 

悲痛な叫び声が静寂を切り裂く……

 

「…………」

徐々に覚醒の波が拡がっていくその気だるさにみをゆだねつつ、深い溜息をつく。

布団を跳ね除け伸ばされた腕は、やはり何も掴んでいない。

薄明かりに包まれた部屋を見渡しても、やはり誰も居ない。

汗に濡れたパジャマや下着の肌に張り付く不快な感覚が、否応無しに現実を意識させた。

「…最近見てなかったのにな、この夢」

枕元のデジタル時計の表示は午前4時。

今更着替える気力はない。

この明るさでは見えないことを承知しつつ机の上の写真立てを一瞥し、彼女、

惣流・アスカ・ラングレ−は、滴り落ち続ける涙もそのままに再び瞼を閉じた。

もう一度眠りにつくことことはできないと知りながら……

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「ミサト〜、じゃあ出かけてくるけどアンタ晩御飯ど−すんの!?」

玄関にたったアスカが、私室でまどろんでいるであろう彼女の同居人兼保護者に声をかける。

「家で食べるつもりだからお願い〜アスカぁ〜」

「…わかった、じゃあ行ってくるけど… もう昼過ぎなんだから、アンタもいい加減起き

なさいよ!」

「ハ〜イ」

あまりにも締まりない同居人の声に一つ軽く溜息をついてから、彼女の気配は軽いエアの

音と共に玄関から消えていった。 

 

 

「成績は…各教科共非常に優秀。何々…スポーツはアメフトとバスケを選択。ことバスケ

に至っては州大会で優勝を経験し、州MVPに選出され、各大学どころかNBAスカウト

達からも注目されるほどぉ? …まぁ、運動神経は良いとは思ってたケドここまでとはね…。

このルックスにこの成績、それにこの運動神経ときたらもうモテモテね♪」

布団にくるまったままファイルをめくりながら独りほくそ笑む。

「アスカってば苦労しそうねぇ〜♪」

さらにパラパラとファイルをめくりつつ、昨日通信を通してこの資料を寄越してきた、

久しぶりに顔を合わせた上司が見慣れない表情を浮かべながら、言いづらそうに(これもまた

見慣れないものであったが)言った言葉を思い出す。

3年前には聞けなかった言葉。

3年前には想像もつかなかった言葉。

 

「…息子を、頼む。葛城君」

 

……上手くいってるのね、あの家族は。

そう思うと葛城ミサトは、自然と頬が緩でくるのを感じる。

 

あの混乱の中で。

あの少年は。

誰よりも傷つき。

誰よりも重たいものを背負いながら。

誰よりも強く必死に戦った。

だから……

 

あの少年には誰よりも幸せになって欲しいし、そうなる権利が当然あると思う。

約10年ぶりとなる母、ぎこちない父、急にできた妹。

2年前彼を還すにあたって、正直なところ不安であったが、このファイルの中で、

友人に囲まれ、家族に囲まれ、微笑んでいる彼の表情を見るとどうも杞憂だったようである。

 

……だから。

……だから今度は。

 

「アスカを幸せにしてあげて……シンジ君」

あの娘の本当の幸せは、そこにしかないのだから……

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「ゴメーン、ヒカリ! 待った?」

洞木ヒカリは、そう声をかけながら駆け寄ってくる亜麻色の艶やかな髪の親友に笑いかけ

ながら口を開く。

「全然! 丁度今来たとこ!」

「朝っぱらからごきげんねぇー、ヒカリ?」

「そっ、そんなことないわよ?」

「ハイハイ、お熱いことで」

「なっ、何いってるのよ… もう!アスカったら!」

「照れない、照れない。ラブラブってやつ?羨ましい限りだわぁ」

「…そういうアスカだって、樹先輩に言い寄られてるんでしょ?」

「…あたしはねえ、ああいうスカした奴はだいっキライなの!!」

「え〜? どうして〜? 背は高いし、頭は良いし、カッコイイじゃない?」

「そんなに言うならヒカリが付き合えばいいじゃない!! あたしは、あたしはねえ…」

「うふふ、碇君、でしょ? アスカ?」

「!! ナ、ナ、何いってんのよ!!」

真っ赤になって両手を振りながら、夢中になって体全体を使って否定してるアスカを

優しい眼差しで見つめるヒカリ。

スッキリ整った顔立ちに、背に広がる豊かで艶やかな亜麻色の髪、日本人離れした

スタイル。運動神経抜群で成績優秀。毎朝下駄箱には10数通のラブレター。名実ともに

県立第三新東京第壱高校のアイドル。

だが、衆目の一致するところ曰く……

 

……男嫌いかあ。まあ、あれだけ露骨にラブレター捨てて嫌悪感を露わにしてたんじゃあ

そう思われても仕方ないけど。

思わず苦笑しかける。

……その実態が、この前世紀の古典的ヒロインばりの[一途に恋する乙女]だってわかったら、

みんなどういう表情するのかしら?

 

「…というワケで、あたしはアイツのことなんかこれっぽちも気にしてないの!!

わかった? ヒカリ!?」

ゼエゼエ肩で息しながら力説するアスカに相変わらず優しい眼差しを向け続けるヒカリ。

「手紙…、また来てるんでしょ?」

「え? あ、その、…ウン、昨日…」

「封、開けられるようになった?」

「…まだ」

「でも大事なことが書いてあるかもしれないのよ?」

「…ウン、でも…怖いの…」

「そう…、でもそろそろ返事書かなきゃだめよ? 碇君だってアスカのことアスカから

聞きたいはずだから」

「…うん、がんばってみる。でも、今回は…。またお願いできる…? ヒカリ?」

「ええ、もちろん。でも、今回が最後よ?」

「…ウン」

ヒカリは慈母の微笑みを浮かべると、耳まで赤くしながら俯むくアスカをギュッと抱きしめてやる。

「可愛いね、アスカ。碇君が見たらきっとこうやって抱きしめてくれるわ…」

「…そうかな?」

「そうよ!」

「だといいな…」

更に赤くなるアスカを微笑ましく思いながら、ポンポンと背中を叩いてやり今度は明るく声を

かける。

「さあ、行きましょう! 早くしないと試合始まっちゃうわ!」

「…別にあたしは始まってたって、一向にかまわないんだけどね」

「私がかまうの! さ、はやくはやく!」

「もう、引っ張らないでよ、このラブラブ娘ぇ!」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

ローポストの鈴原トウジFにボールが入ると、会場の歓声が一際高くなった。

その日第三新東京市総合体育館では、バスケットボールインターハイ静岡地区予選準決勝

(県立 第三新東京壱校−私立 尽征学園)が行われていた。

後半18分過ぎ、スコアは壱校76−79尽征学園

先程から盛んにポジション争いをしている、鈴原トウジと神崎トオルFは壱校と尽征学園

それぞれのスコアラーであり、レベルの高いここ静岡において県内No.1C(センター)

の座を争う選手である。

190後半のトウジと200そこそこのトオルのマッチアップは素人目にも迫力がある。

ここまで、互いのポイントはトウジ24、トオル26。リバウンドは、それぞれ12づつ。

ほぼ互角。

互いのチェックが厳しくポイントはアベレージより低めだが、噂にたがわぬハイレベルな

攻防を展開していた。

刹那、背後に背負ったトオルをトウジがスピンムーブで躱しシュートを放つ。

とっさのトオルのブロックショットは僅かに及ばない。

歓声に包まれる場内。

「これであいこや」

「クッ…」

スコアは78−79。

尽征ボールからリスタート。

「1本ゆっくりいこう!」

30秒じっくり使うべく、ゆっくりボールを運びながら指示を出す尽征PG(ポイントガード)C。

徐々に過ぎていく時間。

20秒を回ったところで尽征PGがパスを出そうと視線をはずした瞬間。

マッチアップしていた壱校PG桜ハヤトEがスティールをきめる。

「速攻!!」

すかさず叫ぶ桜から、すでに前を走るSF(スモールフォワード)剣野タケヒコDにパスが

通る、が、尽征ディフェンスの戻りも早い。

「……」

剣野は一瞬周囲を見渡すと、3Pライン外から無造作にリングに向けボールを放る。

「リバンッ!!」

そう叫んで振向いた尽征SFGの目に映ったのは……。

リング付近に落ちてきたボールを空中で掴み、華麗にアリウープをきめて見せる壱校PF

(パワーフォワード)樹ユウCの姿だった。

どよめく会場。

樹は、そこかしこから上がる黄色い声援に手を振って応える。

気を取り直してボールを出し、今度こそ30秒ギリギリまで使って得点する尽征。

残り30秒と少し。

スコアは80−81。

勝負はこの壱校オフェンスで決まる。

ゆっくりとボールを運ぶ桜。

盛んにポジション争いを繰り広げる両校選手。

右に左に盛んに視線を振る桜。

と、トウジがかけたスクリーンでフリーになるSG(シューティングガード)相田ケンスケG。

すかさずケンスケにパスが通る。

ケンスケのクイックリリース。

普通なら無謀ともいうべきクイックであったが、3P成功率は46%、フリースローに

至っては85%という驚異的な数字を誇る生っ粋のシューターであるケンスケなればこそ。

ボールを放った瞬間ケンスケの拳が天をつく。

ボールは奇麗な弧を描いてネットを揺らす。

爆発する場内。

尽征がボールを出した段階で、終了を知らせるブザーが鳴る。

 

尽征選手達は、コートにがっくりと膝を突き、壱校選手達は、控えも含めて飛び上がらん

ばかりに狂喜する。

そんな独特の雰囲気に包まれる中、ふと視線が会い、コートの中央に歩み寄り抱き合う二人。

「やられたな…。おめでとう、トウジ。」

「試合はうちの勝ちやけど、また、わし達の決着はまたつかれへんかったな。トオル」

「それは、次に持ち越しだな」

「次こそは、わしが勝ったる!!」

「ぬかせ! しかし、ここまで来たからには…倒せよ静学!」

「おう!! 」

最後にハイタッチを交わし、離れる。

自陣では、ケンスケがチームメイト達にこずき回されている最中だった。

改めて湧き起こってきた勝利の味を噛み締めると、自らも加わるべく走り出すトウジ。

 

スコアは、県立 第三新東京第壱高校 82−81 私立 尽征学園。

この日第三新東京第一高校バスケ部は、インターハイ地区予選決勝へと駒を進めた。

決勝の相手は、昨年全国ベスト4の私立静岡学園高校である。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

西の空を紅く染め、今まさに沈まんとする太陽がそれでもなお、二人の足元に長い影を

投げかける。

第三新東京市総合体育館前の広場は、帰途につく観客達の喧騒から開放され心地よい静けさを

保っていた。

 

「あ、出てきたわよ。ヒカリ」

バスケ部メンバー達(主にトウジ)にお祝いを言いたいというヒカリに泣きつかれて、

不承不承付き合わされて不貞腐れていたアスカが、そわそわしている親友の肩を叩きながら

体育館正面玄関からガヤガヤ出てきた一団を指差す。

「ほーら、行くんでしょ!?」

いい加減待ちくたびれていたアスカは、今度はモジモジしだした親友の手を引っ張って

一行に向けて歩き出してしまう。

 

「ねえ、あれアスカちゃんとヒカリちゃんじゃない?」

近寄ってくる二人に気付いた、一同より2歩前を剣野タケヒコと仲良く手をつないで歩いていた、

マネージャーの冴木カノエが振り返って言った。

「あ、ホンマや」

「フフ、アスカちゃん、さてはお祝いのキスがしたくて待ってたな?」

鈴原トウジは真っ赤になって、樹ユウはヤレヤレとばかりに肩をす竦めておどけながら、

それぞれお目当ての相手に駆け寄っていく。

「……ラブラブっすねえ」

「クッ、しっかり美人の彼女が居やがるテメーも敵だっ!!」

しみじみつぶやくケンスケに、桜ハヤトが涙ながらにも鋭くつっこむ。

なおもさめざめと泣く桜の肩を剣野が抱く。

「……」

「なに? いつかいいことあるって? …余計なお世話だ! …だいたい年がら年中俺の前で

イチャイチャしてやがるテメーが何言いやがる!」

「ちょっと、せっかくタッくんが慰めてあげてるのになんて口きいてんのよ! ったく、

そんなんだからモテないのよ 、アンタは!」

「べ、別にモテないわけじゃないぞ、俺は…」

「なあに言ってんだか! スターターでファンレター貰ったことないのアンタだけよ!?

現実はしっかり直視すべきよねえ?」

「クッ…、おい! 剣野! お前よくこんな性悪女と付き合ってられるな!? こんな

女のどこがいいんだ一体!?」

「……」

「ん? なに? 正直なところがカワイイ? クッ…テメー、それは婉曲に俺がモテないのは

事実だって言いてーのか…?」

何時の間にか安全圏に退避したケンスケが、キレていつものように大騒ぎしだした桜から

視線を外し、正面を向いてみるとそこには、相変わらず互いに顔を真っ赤にしてよろしく

やってるトウジとヒカリのいつ見ても初々しい姿と、いつものようにアスカにグウで殴られて

宙を舞う樹の姿があった。

「平和だねえ…」

彼もまたいつものように、呟いた。

 

 

「どうして来てくれないんだい、アスカちゃん!? 」

あからさまに落胆の表情をみせる樹。

「ゴメンね、ヒカリ。今日ミサトに御飯作る約束しちゃったから」

鮮やかにシカトするアスカ。

「ううん。ごめんね、アスカ。今日付き合わせちゃって…」

「なに言ってんの。気にしないでよ、何時も世話になってんのはあたしの方なんだから。

それより、鈴原! いくら祝勝会だからってあんまり遅くまでヒカリを引っ張りまわすんじゃ

ないわよ!」

「わっかとるがな」

「それに…」

「帰りはちゃんと送っていけ、やろ? わかっとるがな」

「やっとわかってきたようね…。それじゃヒカリ、お先にね。皆さんも今日はお疲れさま。

次もがんばってくださいね!」

ぺこり、とお辞儀をしてから軽くヒカリに手を振ると、くるっと踵を反して去っていく。

「それじゃ、あした学校でねアスカ」

そのヒカリの声にもう一度だけ振り返って手を振ると、アスカの姿は宵闇に溶け込んでいった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「ふーん。じゃあ、あと一つ勝てばインターハイに出れるんだあ。すごいじゃない」

食後のえびちゅを呷りながら、へー、と感心するミサト。

「みたいね。でも次の相手は強いみたいなこと言ってたわ」

「ふーん。バスケットねえ… ウフフぅ。ところでアスカ、鈴原君の足どうだった? 辛そうに

してなかった?」

「? …べつに何ともなさそうだったわ。近くから見ても普通に見えたし。あれなら…」

そこまで言って、ミサトの優しい笑みに気付き赤くなって俯むいてしまうアスカ。

「なによ…?」

「ううん、そうね… それならシンジくんの痛みも少しは癒されるかもね… アスカ?」

「…ウン」

そんなアスカの健気さに、つい口が滑りそうになるのを懸命にこらえる。

「さてと、アスカ? あたし明日早いからもう寝るわね。朝御飯いらないから」

「? …わかった。おやすみ、ミサト」

「おやすみ、アスカ」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

同時刻。第三新東京市国際空港。

 

アメリカから再びここ、第三新東京市に舞い戻ってきたしっかりとした体つきの少年は

サムソナイトのスーツケースを脇に置いて1度背伸びをすると、幾分幼さの残る端正な顔を綻ばせた。

「…帰ってきたんだ、僕は…」

 

 この日、碇シンジは2年振りの帰国を果たした。

 

(第二話に続く)


 

あとがき

 

主役、セリフ1つ。

こんなはずじゃなかったのに…、ゴメンよシンジくん。

 

その分次回はアスカのラブラブです(予定)。

 

こんなヘボヘボですが、そこはSS初挑戦。やっぱり感想聞きたいです。

苦情、お叱り、誤りの指摘、読んでいただいた後に感じたこと何でもいいですからメール

ください。お願いします。

 



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