「アスカ…?」

 

終業のSHRも終わり、代わり映えのしない一日から解放された生徒達の、お決まりの忙しない

喧騒に包まれた教室の中、彼は早々と荷物を纏めて出入り口へ差し掛かった亜麻色の髪の彼女に

声をかける。

 

「ん? なに、シンジ?」

 

軽い違和感。

ふと朝の件をまだ気にしてるのかな、と思うがそれについてはビンタのおまけつきとは言えわざわざ

アスカの方からフォローを入れてくれたことであるし、その思いを打ち消す。

 

とはいえ。

 

その微笑みが、その顔に「浮かんでいる」というより「貼り付けられてる」と感じるのは、自分の

考えすぎなのだろうか、とシンジは思う。

突拍子もないことを考えてるな、そう思いつつも思考は答えを求めてシンジの内部を駆け回る。

 

 

ふと、かつての自分のビジョンが脳裏を過ぎる。

 

 

果てしなく何も知らなかった頃の自分。

 

あらゆる可能性を否定してた頃の自分。

 

善意に目を向けず悪意のみに怯えていた頃の自分。

 

 

それは、拒絶?

 

 

彼は、不安になる。だから訊ねる。

 

 

「もう、帰るの?」

 

努めて自然に。

 

「え? あ…」

 

僅かな間を挟んで、彼女は宙に視線をさ迷わせてから応える。

 

「ん…ちょっと…今日は家に帰ってしたいことあるから」

 

やはり、同じ、それはどこか遠い微笑みだ、そうシンジには思える。

 

「あ、そうなんだ…」

 

「…………」

「…………」

 

無言。

何かを口に出さなければいけないという意識は明確にあるものの、なにかに阻まれているかのように

言葉を紡ぐことがかなわない。

 

「…じゃあ、気をつけて」

 

結局溜息をつくように出てきたのは、そんな陳腐な別れの挨拶だった。

 

「ん。それじゃ、シンジ。また明日」

「うん。また明日」

 

それでも、彼は普段通りの微笑みを彼女に投げかける。

不安を打ち消すように。

せめて余計な不安を少女に与えないように。

 

そして、少女は亜麻色の髪を翻して教室を出ていった。

 

少女の溜息に気づく者は居ない。

 

 

 

 

 

 

 

【 TIP OFF 】

 

第十一話『輪舞』

 

 

 

 

 

 

 

どこか…そう、ボタンを掛け違えたような…そんなぎこちなさをシンジはアスカとの会話に感じていた。

今思えば、自分に原因があるのかそれともアスカに原因があるのか…何にせよぼんやりとした何か

に、距離感とでも言うべきものを狂わされてしまっていたようだった。

 

「…兄さん?」

 

『彼女』の出ていった出入り口を見つめたまま長いことぼうっと立ち尽くしてる兄に、空色の髪の

少女はその傍らに立ち上目遣いに気遣わしげな視線を送る。

 

「…え? あ、なに?」

 

それは意識的なものなのだろうか? それとも少女が近づいてきていたことを気づけなかったこと

に対する後ろめたさからなのだろうか? いずれにせよ慌てたように兄の顔の顔に浮かんだ照れ笑い

のようなものに、少女の表情は僅かに曇る。

 

「…レイ?」

 

気遣わしげに顔を覗き込んでくる兄は、もう普段通りの兄だった。

すると安心した少女は、少し甘えてみることにする。ともすれば微笑んでしまいそうになる自分を

抑えるのは一苦労だけれども。

 

「…時間」

 

「え?」

 

「…いいの?」

 

努めて拗ねた表情を浮かべたまま、少女はまだ訳が分からないといった様子の兄を置き去りにして

歩を進める。

 

「マズイッ! もうこんな時間じゃないかっ! …って、あ〜もう、レイ待ってよ!」

 

一瞬その場で足踏みするようにして迷ったすえ、自分を追って来た兄を背中で感じ少女は、その唇に

そっと笑みをのせた。

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ近なってっきたな…」

「ん…まあ、ねってタタタッ…」

「おっと、スマン。しかし相変わらず身体硬いやっちゃのう…」

「…ほっといてくれ」

 

練習前の空き時間を利用して、こうしてペアストレッチで体をほぐすのはこの二人、鈴原トウジと

相田ケンスケの習慣である。

 

「…日曜やな」

「ああ」

「勝てる…かのう?」

「…さあ」

「…何や…その他人事みたいな言い方」

 

あまりにも投げやりなこの友人の態度に、思わずその顔を覗き込むようにするトウジ。

 

「別に。ただ勝てるって断言できるほどの自信があるわけじゃないし、負けるって断定してしまう

ほど自信がない訳でもないってこと」

 

特に気にした風でもなく、ほら続けろよ、とその表情でケンスケはトウジに要求する。

 

「かぁ、ドライなやっちゃのう…もっとこうメラメラと燃える闘志はないのかい?オノレには」

「…相変わらず恥ずかしい奴」

「なんやて?」

「っタタタタタッ、ちょっトウジッ!!」

「はん…」

 

悶えるケンスケを、天誅やと言わんばかりの表情で見下ろしていたトウジの表情がふと曇る。

 

「しかしもし負けたら…先輩方は…」

 

そのトウジに同調するように、ケンスケの表情も僅かに暗いものとなる。

 

「…うん…一応ウチは進学校だからね。選抜までチームに残るわけにはいかないだろうね」

「…引退やな」

「だろうね」

「…………」

「…………」

 

互いに一つづつ溜息をついた視線が、ふと合う。

 

「…勝ちたいのう」

「…それにはついては異存ないね」

 

 

「ときに、フユミさん。また応援に来てくれるて?」

やおら、がらりと口調を変えるトウジ。

 

「…なんだよ、急に」

それを察知したケンスケの表情も、露骨に嫌そうなものになる。

 

「ええやないか。なあ、どうなんや? ん?」

「アノ人が来ようが来まいがトウジには関係ないだろ」

「何言うてんのや。美人さんの応援こそなにものにもかえがたい勝利への原動力やないか」

「それこそ何言ってんだか…」

「ぬう…煮えきらんやっちゃのう…とにかくどっちなんや? 来るんか?来ないんか?」

「そういうこと言ってると、委員長に言いつけるぞ?」

「なっ、お、オトコらしくないでっ!? 自分?」

「委員長、怒るだろうなあ…普段は『オマエ一筋やで』とか言ってるトウジが実は影ではこんな

ナンパなこと言ってるなんて知ったら…」

 

ジト目をきかせつつ、ケンスケは想像力をかきたてるようなねちっこい口調でトウジを追いつめる。

 

「うっ…だ、第一そないなこと言うたこと一度もあらへんっ!!」

「あ、いいの? ホントに? そんなこと言って?」

「か、かまへんっ!」

「はは〜ん。そう。じゃあ早速委員長に報告に…」

「じ、自分っ! オトコの友情っちゅうもんを持ち合わせてないんかいっ!!」

「さあねえ…知らないなあ…」

「ちょっ、待ちいなっ!! まさか本気やないやろな?」

「ふふ〜ん?」

 

「じゃかましいっっ!!!」

スパンスパンッ!

 

「「っ!?」」

 

「この俺の前でラブラブちっくな話をするんじゃねえっ!!」

 

頭を抑えてうずくまる二人を、薄っすらと涙さえ浮かべた目で桜ハヤトが見下ろす。

 

「「…つぅ…って、桜先輩?」」

 

「うるせいっ!! え!? なにかっ!? それは俺に対する婉曲な嫌がらせかなんかなのかっ!!?

あぁ!?」

 

「い、嫌がらせて…んなアホな…」

「それは先輩の被害妄想じゃあ…?」

頭をさすりながら、目尻に涙をため、桜を恨みがましい視線で見上げる。

 

「黙れっ!!」

スパパンッ!

 

「「っつぅ…!」」

 

「お前らみたいな幸せ星人に、彼女いない歴もうすぐ18年になる俺の気持ちが分かって

たまるかっ!! …ちょっとしたことに小さな喜びを見出した時、ふと寂しくなった時哀しく

なった時、思わず自分を見失った時…、ハムスター達に話かけるしかない人間の気持ちがオマエ

達にわかるかっ!? あん!?

…わからないだろう…わからないだろう…?物理的にも精神的にも寒い夜、猫を抱いて寝ることで

自分を誤魔化すしかない男の気持ち…オマエ達は考えたことあるのか…?」

拳を強く握り締めて力説しつつ、桜はさめざめと涙を流す。

 

(「「そ、そんなに気にしてたのか…この人は…」」)

 

「あ、あの…」

「そ、そのうちきっといいことありますよ…」

 

「…そうか? ホントにそうか?」

 

呆然としてしまっていた二人から辛うじて絞り出された慰めに、桜は食らいつくように縋ろうとする。

 

「あ、えっと…」

「その…」

 

そのあまりの切羽つまった表情に、思わず視線を泳がせてしまう二人。

 

「あっ! オマエらっ!! こっちがひよってるのをいいことに口からでまかせ言いやがったなっ!?

くそぅっ!! 馬鹿にしやがってっ!! ああ、そうかよっ!!持たざるものは永遠に持たざるもの

だって言うんだなっ!!? えっ? そうなんだろっ!! そう思ってるならそう思ってるとはっきり

言やあいいじゃねえかっ!! このヤロウっ!!」

 

「…………」

「…………」

 

「あっ! なんだその哀れみに溢れた目はっ!! くう…や、やめてくれ…そんな目で俺を見ないで

くれぇえええええええええええええええええええええええええ!!!!!」

「「ああ、先輩っ!?」」

 

 

「ああ、それからな…」 

思いっきり傷ついてその場から逃げ出すように駆け去ろうとした桜が、二人に背を向けたまますっと

立ち止まり、一転淡々とした口調で続ける。

 

「あのな…、別にオマエらが余計に気負う必要はないからな。むしろオマエらには或いは気負って

しまうかもしれない俺達を叱り飛ばすくらいの気持ちで居て欲しいぞ。『この試合はアンタ達だけの

試合じゃないんだ』ってな。俺は負けて俺達の高校バスケが終ることよりも、オマエ達との最後の

試合に悔いを残す方がムカツクぞ…」

 

頭を掻きつつそれだけ言うと、桜はそのまま彼の「同志」たる一年生の部員達の方に駆けていく。

 

 

「…………」

「…………」

「桜さんも案外結構恥ずかしいこと言うね」

「…そうやな」

「…………」

「…やっぱり勝ちたいのう」

「…ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

「でさ、レイはどうする?」

 

少し焦り気味の早足で歩を進めながら、斜め後ろを小走りについてくる妹にシンジは顔を向ける。

 

「待ってる」

 

当たり前のことのようにあっさり言うレイに、シンジは少し苦笑してしまう。

 

「でも、結構遅くなると思うよ。試合が近いみたいだから」

「…いい。待ってる」

「そう? ありがとう」

 

兄のこの笑顔に、レイは少し弱い。

 

「…気にしないで」

「うん」

僅かに紅潮した頬で控えめに微笑むレイに、シンジはもう一度笑いかける。

 

「…にしても、新人のくせに朝練サボった上遅刻かぁ…トホホだなあ」

「…………」

「…レイ。そんな他人事みたいな顔して」

気持ちスピードを緩めながら、シンジは恨めしそうな視線を妹に向ける。

 

「だって、他人事だもの」

そんな兄の視線にとりあわず、レイは僅かにつんと澄ましたような表情で応える。

 

「…言うね?」

効かないとは知りつつも、ジト目になってしまうことを抑えられないシンジ。

 

「…引っ掛かる方が悪いって、言ってたもの」

無論シンジの予想通り、レイはこのようなジト目などではまったくたじろがない。

 

「…いつも言ってるけど、お願いだから母さんの言うこと信じないでよ」

がくうっと肩を落としながら、言いたくはないとは思いつつもシンジはぼやいてしまう。

「…まったく…レイがホントに母さんみたいな大人になったら一体誰が責任とってくれるのさ」

 

「…兄さんがとってくれるって、言ってたわ」

「…アノ人は…ホントに」

本気で脱力してしまったシンジに、レイは柔らかい微笑みで応える。

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

今更ながら、この眼前の、自分と対峙してる男の発するプレッシャーのなんと強靭なことよ…

彼、鈴原トウジはそう内心唸り、改めて全神経をあらんかぎりシャープにする。

僅かにでも気を緩めれば、この男はその鋭いドライブで一瞬にして自分を置き去りにしてしまうこと

が可能なのだ。

トウジは、視線、首降り、足踏みなどで微妙なフェイントをかけつつ、寸分の隙も見せず右に左に

ゆっくりとドリブルする相手のコースを僅かに身体をずらすことで消しつつ、ブロックショットが

何とか間に合う距離から離されないことも忘れない。

 

如何に純然たる1on1とはいえ、おそらく高校生として屈指のオフェンス・スキルを持ち合わせる

男を相手にここまで渡り合えるトウジのデフェンス・スキルも非凡なものであると言えるかもしれない。

 

「…………ッ」

 

焦れた男は、トウジがコースを消しているにも関わらず無造作に突っ込んでくる。

フロントチェンジを繰り返しトウジを幻惑しようと試みるが、トウジは落ち着いてそれを処理。

苦し紛れのバックターンも、冷静に距離を詰めたトウジはその身体を密着させることで受け止める。

それでも背中に背負ったトウジを、今度はパワーで抑えようとするもののそこはパワープレイを信条

とするトウジ。そう容易にやれるものではない。

万策尽きたと思われる男に対し、トウジは一気にボールを奪いにかかる。

 

刹那。

 

プレッシャーをかけてきたトウジに対しボールを遠ざけるように、ゴールとは反対側に、一歩踏み

出した男の身体が反転したかと思うと、絶妙のシフトウェートでジャンプショットを放つ。

しかも、その態勢から自然フェーダウェイ。

 

トウジの必死のブロックショットも虚しく空を切り、沈みゆく男の手から放たれたボールは、僅かに

弧を描き綺麗にネットを揺らした。

 

 

 

 

「…アレ…なんですか?」

結城ハジメに、遅刻した旨を報告しにきたシンジが不思議そうな表情を浮かべて訊く。

 

「え? ああ、アレね」

 

シンジの視線の先に自分も視線を向けながら、シンジ達のクラスの担任でありバスケ部の監督を

務める32歳の美術担当教論であり、そのごつい顔と柔らかい物腰とのギャップで初対面のものには

少なからぬ困惑をある程度慣れたものには愛敬を感じさせる男として知られる、結城ハジメは苦笑する。

 

彼らの視線の先、つまりコートの反面ではいつもの面子で通常通りの練習が淡々とこなされている

のだが、もう反面に於いては鈴原トウジと、少なくともシンジにとっては、見知らぬ男が延々と熱く

1on1を繰り広げていた。

 

「時々思い出したようにここにきては、ああやって鈴原と1on1しにくるのよ、彼」

 

結城の傍らに控えていたマネージャー、冴木カノエはそう応えながら、シンジの背後に控える空色の

髪の少女の存在に気づいたのだろう、少女にペコリと頭を下げてからシンジに笑いかける。

 

「そのコが噂の妹さん? カワイイわね」

「…はあ、どうも」

 

きょとんとした表情で居るレイに、シンジは微笑みかけて挨拶を促す。

 

「それでアノ人誰なんですか?」

 

イマイチ場の空気が掴めず、シンジは若干困惑した表情を浮かべる。

 

「え? ああ、そっか。知らないのが当たり前よね。うん。あの男の子はね、東城コウメイって言って

今度対戦する静岡学園の2年生で、エースやってるコよ」

 

「へ?」

 

あまりにも突飛といえば突飛なその返答に、思わずマヌケな声を出してしまうシンジ。

対してカノエは、どこかうんざりしたような表情を浮かべている。

 

或いは自分の勘違いかもしれない…そう思いながら、シンジは恐々と口を開く。

 

「今度対戦するって…あの…例の週末の試合のことですよね…?」

「うん、そー。週末のインハイ地区予選の決勝戦の、よ。全国への切符を賭けたね」

 

あっさりそう言い切るカノエに、シンジは思わず頭を抱えそうになる。

 

…週末に重要な試合を控えた人間が、しかもその相手校にやってきて1on1に興じてる?

 

「…一体どういう人なんですか?」

「一言で言えばバカ、ね」

 

相も変わらず、1on1に打ち込む二人を呆れたような視線で眺めながらカノエは続ける。

 

「『勝負だっ壱校っ!!』とか言っていきなり現れるのよ、いつも。始めの頃はみんなもムキに

なって相手をしてたんだけど、こう何回も続くとね。結末もいつも同じだし。今じゃお互い熱血

属性なもんだから気が合うのかどうかは知らないけど、相手をするのは鈴原だけ」

「はあ…」

 

わかったようなわからないような表情で頷くシンジ。

 

「…でもいつも同じ結末って?」

「…見てればわかるわ。多分そろそろだから」

 

 

 

 

「しっかし毎度毎度、よう飽きんのぉ…自分…」

「フフフ…天才はそんなものとは無縁だぜ…」

 

ニヤリと笑う東城にボールを投げ渡しながら、トウジは少し心配そうな視線を向ける。

 

「自分、大丈夫か…?」

「別にどこも悪くないっ!!」

 

あからさまなトウジに、東城はムキになって噛み付く。

 

「っちゅうてもなあ…なかなかおらんで? 自分レベルのそっち系?」

「そっちってどっちだっ!!!」

「どっちて…そないなあからさまなこと口に出来る訳ないやないか…」

「充分あからさまだろぉがっ!!!」

「…自分カルシウム足りてるんかいな?」

「ぬぅうううううう…天才をコケにするとは信じがたい奴…しかしさ…」

「なんや?」

急に視線をもう反面のコートに転じさせた東城に、怪訝な表情を浮かべるトウジ。

 

「…こうやって俺様が来てるんだからもうちょっと燃えてくれてもいいんじゃないか?」

「…だからさすがに飽きたんやろ?」

「ぬう…ウチのみんなもそうだが、いかん! いかんよこんなことじゃあ! 高校生たるものもっと

こう熱く燃え滾るような…そんな青春を送らなくちゃ嘘だろっ!?」

「…そらまあな」

「だろっ!! やっぱオマエは話がわかるよなあ! うしっおまけだっ!」

「なんや?」

「天才と凡人の違い、特別にもう一度みせてやろうじゃないか? ん?」

 

軽くボールをつきながら不敵な表情を見せる東城に、トウジもまた応えようとした瞬間。

 

ゴッッ!!

「ブッ!?」

…ティンティン

 

何の前触れもなく前のめりに倒れる東城。

既に慣れっこになってるとはいえ、普段をはるかに越えるその強烈さに、トウジはそこに虚しく

転がる二つのボールを横目で見ながら、歩み寄ってくる二つの人影に視線をやる。

 

「本当にいつも悪いな。鈴原君」

 

その長身を折りたたむようにして、歩み寄ってきた男のうちの一人が頭を下げる。

 

「あ、いえ気にせんといてください」

 

後ろでは、すまなそうな表情で眼前に立つ男と同じ顔をした男が、うずくまる東城に優しげな声を

かけながら容赦のない苛烈な蹴りを浴びせている。

「ちっ違うんすよっ! あたっ…ちょっ! 先輩っ!!」

「何が…っ…どう違うの…っ…かな? 東城?」

「だっ…いつもと違ってってぇっ! 今日はっ…! イタイっイタイですってばっ!」

「…どう違うって言うのかな?」

「だっ、だからあ…壱校に粋のいい新人が入ったって聞いたから見に来たんすよっ!!」

「…ほう、粋のいい新人」

「そうすよ!」

「…で、なんで君はまたいつもの通り鈴原君と遊んでたのかな?」

「…あ」

 

 

「く、黒井さん達こそ、いつもいつもご苦労さんです」

その様子にさすがのトウジも、思わず顔を引きつらせてしまう。

 

「いや、それこそ気にしないでくれ。元はといえばウチの馬鹿がホントの馬鹿なのが原因だしな。

しかもよりにもよってこんな時期にだ…非紳士的行為として上に報告されてもおかしくない所業

だな…、本当にすまん」

「い、いえ…そ、それより後ろの黒井さんもそろそろ止めんと…東城つかいもんにならなくなるんと

ちゃいます…?」

「ん? ああ…そうだね…それじゃ…」

 

 

 

 

「…ね?」

相変わらずのうんざりした表情で、カノエが呆然としているシンジを振り返る。

「は、はあ…」

「んで、あの双子は黒井兄弟って言って、東城のイッコ上。静学のフロントラインって言ったら

全国区なんだけど、あの三人がそう」

もはやどうにでもしてくれといった具合に投げやりに解説するカノエに、シンジは苦笑いを送った。

 

 

 

 

「「本当にいつもいつもウチの東城がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」」

「だからぁ…いつもとは違うんすよぉ、先輩!」

「「…いいからオマエも頭を下げるっ!!」」

横から伸びてきた二人の黒井の腕に、東城は頭をがっしりおさえこまれる。

 

「ははは…いや、気にしなくていいよ。鈴原君なんかどちらかというと楽しみにしてるようだし」

 

深く腰を折る二人に、結城は困ったような笑みを浮かべる。

 

「ほら、壱校の監督さんもこう言って…ぐうっ!?」

「いえ、普段ならばまだしも…壱校にとってはこの上なく重要であろうこの時期ですから…」

「本当に申し訳ありませんでした」

東城の足を踏みにじりながらも、二人は真摯な表情を崩さない。

 

「…なんか引っ掛かる物言いね? 私達にとって確かにこの時期の時間は貴重なものだけど、それは

あなた達にとっても一緒じゃないの?」

「まあまあ、冴木君。そう尖がらないで」

「でもっ」

「君達もはやく戻らないといけないんじゃないかな? 何度も言うようだけどもそんなに気にしなく

てもいいから、もう行きなさい」

 

特に気にした風でもなく、結城は二人に笑いかける。

 

「「はい。それでは失礼させていただきます」」

「あ、じゃあ俺はもう少…っつぅっ!」

「「オマエもだよ」」

 

「ねえ、アンタ達!」

 

東城の両耳を掴んで引っ張っていく二人の背中をカノエが呼び止める。

 

「「?」」

 

肩越しに振り返った二人の黒井に、カノエは挑戦的な送る。

 

「あんまり舐めないでよね。でないと痛い目見るわよ」

「「…………」」

 

一度お互いの顔を見合わすようにしてから、二人の黒井はよどみない口調で応える。

 

「別に舐めてるわけじゃない…が、」

「壱校がウチに勝つにはまだ早い、とは思っている」

 

「っ!」

 

言葉の出ないカノエにもう一度ペコリと頭を下げてから、二人の黒井は再び背を向けて歩き出す。

 

 

 

 

「先輩っ! いまの展開なかなか熱血ちっくでよかったッス! 試合の時もあんな感じ…ぐはあっ!」

「「やらん」」

 

 

(第十二話に続く)

 

 


後書き

 

うーん…

 

あ、あと選手登録の問題については触れないでやってください(笑)

 

 

 



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