通勤・通学の慌ただしさが収まり、静寂にも似た静けさを漂わせる午前9時50分の住宅街。

道路で戯れる雀らが平穏さを表している。

と、雀達が突然、一斉に飛翔し手近な電線へと場を移す。

その瞬間を、その動きを待っていたかのようなタイミングで曲がり角を滑るように現れ出た

一台のルノーは、豪快な爆音をあげ住宅街特有の短い直線にそのボディーの鮮やかな青を

残すほどの速度で駆け抜けていった。

 

数秒の後、静まり返る道の上に雀らがまた戯れている…。それが真の日常であると言わんばかりに。

 


 電脳戦記バーチャロン

〜福音の名を背負いしモノ達〜


 

「よりによってこんな日に寝坊するなんてぇ!」

 

世間の平穏さとは裏腹に異常な速度の車の中、ハンドルを握る女性葛城ミサトは何度目かの

セリフを叫んだ。





 

終業間近なその日、彼女はこの施設の中で最も入りがたい部屋の前に立っていた。

少しの間、声を発するのを躊躇したが、ゴクリと唾を呑み声に出す。

 

「葛城ミサト一尉、出頭致しました。」

 

重々しい扉がそれに応えるようにゆっくりとスライドする。

この空間には何度足を踏み入れても慣れることが出来ないわね、、、そう思いながらミサトは

青ざめた顔のまま、部屋で待っていた2人の男の前に若干の距離を置き直立不動の姿勢を取った。

 

「葛城君、君に一つ頼みたいことがある。」

「・・・? 頼み事、ですか?」

 

冬月の口から出た一言にミサトは首をひねった。此処に呼ばれたからには、先ほどの失態で

少なくともお叱りを受けるか悪くすれば減棒・降格の命が下って間違いないと彼女は予想していたのである。

 

「そうだ、ある人物を迎えに行って貰いたい。」

 

疑問符を顔中に浮かべるミサトを全く気にするでもなく冬月は話を続け、ミサトにその人物に関わる

書類を受け取るよう目で促す。逆らう訳にもいかないミサトは書類を手にする。

 

「いいかね?明日必ず本部のこの部屋まで連れてきて貰いたい。資料に目を通しておいてくれたまえ。」

「・・・了解しました。」

 

断る理由も見あたらず仕方なくミサトは了承した。かと言って断ることもできないのだが、

 

「では、もう失礼しても宜しいでしょうか・・・?」

 

未だ黙りこくったままのゲンドウとその横の冬月の顔を交互に見、もう用件がないのなら…とミサトは

部屋を出ようとする・・・が、そうは問屋が卸さなかった。

 

「…まだ肝心の、君自身の事について何も話は終わっていないがね?」

冬月は今まで抑えに抑えていたのであろう、激情の一片から来る冷気に満ちた一言を放ちミサトの足を

氷付けにした。

 

「大体君は!この仕事を何だと‥‥‥‥‥‥」

 

彼の爆発はこの後延々続き、20分を過ぎた頃流石にバテた声での一言によって終着した。

 

「いいかね!いくら君が優秀でも人員を遊ばせておくほど余裕は無い! 以後気を付けなさい!・・・。」

「はっ!申し訳ありませんでした!」

やれやれやっと終わったかと、きびすを返し退出しかけた彼女の背に今まで黙っていたゲンドウの

重々しい声が掛かる。

 

「葛城一尉・・・」

 

「は、はい!」

恐る恐る振り返った彼女の目にはニヤリと口の端を歪ませた悪魔の微笑とでも言うべきゲンドウの顔が写る。

 

「明日の十時までに連れてきたまえ…遅れたら、解っているな?」

 

危うく停まりかける心臓をおさえ返事をし、退出した彼女はその日10は老けて見えたと同僚の女性は語っている。


「無様ね…」

 





ピーンポーン

 

住宅街のとある一軒家の前で派手に急停車させ車から飛び出たミサトは息を整え、

チャイムを鳴らす…が誰も出てくる気配すらない。

 

ピーンポーン

 

「おっかしいわねぇ・・・」

 

静まり返る相田家を見上げるミサトの耳に携帯の着信音が聞こえる。

発信元は本部。

(ヤバイわね、、)

 

ピッ

「はい・・・葛城です。って、リツコぉ〜何の用?」

『何の用じゃないわよ!アナタまた寝坊したわね・・・シンジ君もうこっちに来てるわよ?』

「・・・嘘」

『嘘吐いてどうするのよ?約束の時間になっても来ないからって、相田さんが連れて来たわよ。』

「ねぇ〜リツコぉ、どうしたらいぃ〜?」

『先に本部を案内するって事で時間は稼いであげるから…兎に角早く戻ってらっしゃい!』

「恩に着るわ!」

ピッ

 

ミサトは携帯を切ると同時に再び神速の領域へと舞い戻る為アクセルを踏み込んだ。

 


Episode.1 求めるもの求められるもの
#2


 

「と、言うわけでシンジ君?私がしばらく此処を案内するわ。」

特有の長い廊下に備え付けられた電話の受話器を置いて振り返ったリツコは

横でポカンと辺りを眺めるシンジに声を掛けた。

「あ、ハイ・・・お願いします

 

我に返ったシンジの反応にクスリと笑いエレベーターへと足を向ける。

「・・・じゃ、VRでも見に行きましょうか。」

 

 

 

 

 

 

エレベーターの扉が開いた先には何とも言えぬ重厚な空気の中、鎮座する何体ものVRの

姿が在った。

「す、凄い・・・」

「これが私達ネルフの仕事、何よりあなたのお父さんのね。」

 

一望できるデッキからは、ケージで整備に勤しむ何人もの整備員の姿・・・その中に相田曹長の姿も見て取れた。

 

「これが・・・父さんの仕事・・・」

 

「そうだ」

 

圧倒されたシンジの背に上の方から声が掛かる。

振り返り仰ぎ見たシンジの目にガラスで覆われた部屋に立つゲンドウの姿が映った。

 

 

「と、父さん?」

 

 

見上げたシンジに対し不敵に笑みを浮かべたゲンドウが何か口にしようとしたその時、

 

ケージに異変が起きた・・・。

 

 

 

沈黙保っていたはずの一体の無人VR、装甲を装備していない素体のままのソレは、

紅き光をモノアイに灯し拘束具を引き契り立ち上がると手当たり次第に破壊活動を始めたのだ。

 

「まさか、暴走なの!?」

 

突然のことに慌ただしくなるケージ。警報が鳴り渡り警告灯の赤いランプが事態の

深刻さに煽りを立てる。慌てて持ち場から離れる整備班・・・幸い怪我人は出なかったようだが

肝心のVRは制御装置からの停止信号に動きを止める様子すらなく、一瞬のうちに周囲のVRを

瓦礫と化す。ケーブルが装着されていないのを見極めたリツコが下の整備班に大声で怒鳴る。

 

「内部電源はどうなってるの!?」

爆音が響きわたるケージで整備班から辛うじて聞き取れる声が帰ってくる。

「残量は0の筈です!」

 

「そ、そんな・・・」

愕然とするリツコ、未だ全貌が解明されないVRとは言えエネルギーは外部から供給しなければ

動かない筈・・・しかしその考えも眼下で動きを止めることの無いVRによって打ち砕かれた。

 

「このままでは・・・何とかしてアレを止めなくては・・・」

 

かといって止めようにもパイロットがネルフには居ない。リストは在ってもこれから徴集する予定

でしかない。必死で他の方法を発令所のマヤに指示し続けるリツコ。

 

どうすることも出来ず事態を眺めていたシンジの視界に一体の無傷なVRが映る。

デッキから飛び降りればそのまま乗り込める位置にある・・・。

 

(どうする・・・)

 

既に心では決まっているのに踏ん切りがつかず手を開き閉じ繰り返し続ける。

その様子を只黙って見下ろすゲンドウ。

 

(どうする・・・)

 

 

(どうする・・・)

 

悩むシンジの脳裏にふっと何かが浮かんで消えた。その瞬間、拳を硬く握りしめ彼は

覚悟を決めた。

 

 

「!? シンジ君、何をする気!?」

 

 

リツコの声を無視しデッキからそのままの勢いで跳躍する。次の瞬間コックピットの真上に

着地を決めコックピットへと滑り込む。

 

考えるよりも早く体が動き、幾つものスイッチを切り替え眠っていたメインスクリーンを呼び起こす。

 

「・・・シンジ君?」

『先輩!何者かがテスト機09の起動を!』

 

画面に小さく映るリツコが此方を見つめているのが見える、発令所から彼の乗ったVRが起動したことが告げられた。

 

「リツコさん!この邪魔なものを退けて貰えますか!」

 

凛としたシンジの声にただ唖然と彼女はゲンドウを振り返り目で指示を請う。

 

「・・・解除しろ。」

『は、はい!』

 

戒めがゆっくりと解かれてゆく・・・。それを感じ取ったのか暴走したVRがシンジの乗る機体に向け歩んでくる。

完全に解除されたのを確認したシンジは確かめるように一歩機体を進めた。

 

「そんな・・・全くの素人にアレが動かせるなんて・・・ゲームなんかとは規模が違うのよ!?」

 

お互いに距離を置き間合いを計る・・・刻一刻と減っていくカウンターを横目にシンジは静かに

その時を待った。

 

 

エレベーターから飛び出してきたミサトがリツコに駆け寄る。

「ちょっ、どうかしたの?」

「見ていれば解るわよ・・・」

彼女に視線すらよこさずジッと現状を見つめるリツコ。

 

「何なのよ・・・一体」

見下ろした先の状態にミサトは言葉を失い、ケージを喧しい警報と警告灯の点滅だけが支配する。

 

 

カウンターが30を切った辺りで、漏電の火花を散らしVRが動いた。

バーニアを全開にしダッシュで狭いケージを突っ込んでくるソレに対し、シンジは動こうとはしない。

 

「危ない!」

 

直撃する!そう皆が思った瞬間、シンジの駆るVRはバーニアを一瞬噴かし垂直に飛び上がり

突進してくるVRをギリギリで回避し後ろを取った。

そのまま、振り返ろうと急速旋回しているVRの動力部の一点を狙い澄まし渾身の一撃を放つ。

シンジの乗るVRの腕から鈍い音が響き、右腕が肘からもげ落ちる。

その場は暫し床の破壊によって生じた粉塵により全く見えなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スプリンクラーの作動により空気が落ち着いた時、その場にはモノアイから光を失った2体のVRが静かに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

事態が落ち着いたことを見て取った整備班がケージに駆け入り消火活動を始める・・・

その様子を彼女らはただ見つめているより他無かった。

 

 

 

 

「・・・君が碇シンジ君か」

 

最小限の灯りだけの司令室、一つ存在する執務机を中心に冬月・ゲンドウ、シンジ・ミサト・リツコが

向かい合って立っている。

・・・ただゲンドウだけは強化ガラスの彼方、外を向いたまま此方を振り返る気配もない。

 

「ハ、ハイ。」

 

(やはりユイ君似だな)

冬月の穏やかな笑顔にシンジの緊張もややほぐれたと見える。その彼にユイの面影を見出し嬉しくなる冬月だった。

 

「しかし、VRをあれだけ動かせるとはいやはや大したものだ。此処を救ってくれた礼を言おう。」

「い、いえ・・・そんな。」

深々と頭を下げる冬月におろおろするシンジ、その姿からは先ほどの活躍をした人間とは到底思えなかった。

 

「しかし、あの一撃・・・ほんの少しでもずれていたら此処も無傷では済まなかったでしょう、

 かなりの無茶です。」

 

MAGIによって算出されたデータに目を通しながらリツコはそう告げる。

 

「ま、その時は我々は此処に居なかった・・・それで良いじゃないかね、赤木君?」

「まぁ・・・そうですが・・・。」

「それにしてもシンジ君。君のあの見事な操縦、疑うわけではないのだが何処かで習ったりでもしたのかね?」

「い、いえ・・・ただ」

「ただ?」

「やらなくちゃ、何とかしなくちゃ・・・そう思ったら体が勝手に動いちゃって、」

「ふむ、無意識の内に、か。」

 

例え碇の息子とはいえ、パイロットの訓練などしている筈がない・・・四方やユイ君がその様なことを許すはずもないだろう。

となると、恐らく消息不明だった間に彼の身に何か遭ったに違いない。

しばし間を開け、冬月はネルフの諜報部をも煙に巻いた三ヶ月間の足取りをやんわりと彼に尋ねた。

しかし、彼から帰ってくる答えは何とも曖昧なもので要領を得難いものであった。

(ふむ、三ヶ月間の記憶もない、か…)

冬月の目から見てもシンジが嘘を言っているようには感じられない、かといって鵜呑みにすることもできなかったのだが。

 

「この話を他に知っている者はいるかね?」

「鈴原君と相田君には話しました。」

「そうか」

 

ここで黙ってやり取りを目にしていたミサトが前に出る。

「司令、これだけの活躍をする彼を作戦課としては見逃す手だてはありません!

シンジ君をパイロットとしてネルフに登録して頂くわけには?」

「葛城君!彼はまだ子供なのだぞ!?」

「しかし、副司令・・・」

 

ミサトの常識からほど遠い意見に冬月は頭を抱える。例え今が非常時に面しているとは言え、年端もいかぬ

少年を戦場に送り込めるほど冬月の精神は図太くない。

 

 

「問題ない・・・葛城君、許可しよう。」

 

「い、碇!?」 

 

 

 

外に見えるジオフロントの風景を見つめたままゲンドウが余りにも簡単に答える。

 

「問題あるまい、シンジ?」

 

未だガラスに向かったままゲンドウは対象を代え言葉を投げる。

 

「え…?」

 

「問題あるのか?」

「べ、べ、別にないけど…でも…」

 

「『でも』何だ?早く言え!」

ビクつきながら声を出す彼に、ゲンドウはイライラした声を掛ける。

シンジにはゲンドウにどうしろと言われれば拒否しようという意志はない、しかし、十年来思い続けた

トラウマとも言うべきモノがある、それが事実なのかどうか確かめたかった…だから口にした。

「そ、それは僕だから必要なの?」

 

「VRに乗れるからな・・・・お前自体、目障りな存在に過ぎん。」

 

 

「そ…そんな…‥父さん、う、嘘だよね?」

その言葉に全身を震わせ涙目でシンジは必死で問うが、ゲンドウはもう話すことは無いとばかり

口を閉ざし答えない。

 

「どうすればいいんだよ!父さん!…‥どうすれば僕を必要としてくれるんだよぉ…」

床に泣き崩れてしまった少年をどうすることも出来ぬまま冬月は冷ややかな目でゲンドウの背中を見つめていた。

碇ユイがVR起動実験中で失われたあの事故から冷酷になってしまったその背中を。

 

 

「答えてよ…父さん」

Pi−
『司令、第二での会議のお時間が…』

「あぁ…判った。今から行く。」

 

もう何度呟いたろうシンジの言葉に応えることの無かったゲンドウは端末の声に応じ部屋を出て行く。

扉がゆっくりと開く、と足を止めたゲンドウは振り返り床に伏したままのシンジを見、口の端をゆがめたあの顔で

声にする。

 

「シンジ…乗らんのなら何処へでも失せろ…」

 

 

 

 

 

 


「一人でホントに良いの、シンジ君?」

「ええ…いいんです。」

 

宛われた職員用マンションの前まで車で送り届けたミサトは尋ねるが、

シンジは未だ涙の痕の乾かない顔で笑って答える。

 

「私の家で一緒に住めるよう手配しても良いのよ?」

「いえ…ミサトさんに迷惑を掛けるわけにはいきませんし…‥それに」

 

「それに?」

 

「今は一人になりたいんです。」

 

「そう…解ったわ。でもね、シンジ君。辛くなったらいつでも私の処へ来て良いからね?」

「有り難う御座います…じゃ、お休みなさい。」

 

マンションに入って行くシンジの姿が見えなくなるまでミサトは彼の背を見つめていた。

もう辺りは暗くなりつつある。年中真夏とはいえ肌寒く感じたミサトは車に乗り込む。

 

「あの子、目が笑ってはいなかったわね……」

先ほどのシンジの顔を思い出しボソリと呟きハンドルに頭を預ける…。本来ならば、自分が彼の今の状況を

作り出したのだ、少しでも自分が彼の心理負担を軽減してやるべきではないのか、、、。

 

「彼、私を恨んでいるかもね…」

 

 

 

 

 


「何にも無いや…」

 

 

 

鍵を開け部屋に入った感想はその一言で言い尽くせた。宛われたのは全くの新居、生活感のまるでない

真っ白な壁。低い音で存在感を表す片隅の冷蔵庫、簡素なパイプベットが照明もなく薄暗いこの部屋に

用意された全ての家具であるらしい。

 

そのままシンジは硬いベットに横たわりゲンドウの言葉を何度も思い起こす。

「VRか…」

自分には、一歩間違えば死、生き残るには相手を殺すしかない鉄の棺桶に乗らなければ必要無いと言う父の言葉…

月明かりだけの真っ暗な部屋でぼんやりとする白き天井に翳した右手を見つめシンジは冷たい笑みを浮かべた。

 

「僕にこの手を汚せと言うんだね…父さん。」

 


−Next−
Episode.1  求めるもの求められるもの
#3


 

−−−−−−−

後書き・・・

スイマセン、かなり遅れちゃいました&アスカが出てきませんでした・・・。

遅れたのは私のバカさ加減ですハイ。

アスカはこの話で出るとキリが悪いので次回に移動・・・

期待してた方いらっしゃったらスンマセン。




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