終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 The first devison  

 

 

 

 

  僕たちが収容されてからもう二週間が経つ。気づいたら過ぎていた様な、変化に乏しい日々。

  またあの頃に逆戻り・・・そんな思いも幾度か脳裏を過る。きっとあのときとの違い、それは僕があのときにはなかったくらい深い罪悪感を持っている事だけなんだろう。

 

  ネルフの病院の天井は、相変わらず白くていつまで経っても慣れそうになかった。

  そして・・・あのときみたいに起きたときに僕の側にいてくれた綾波は、もういない。

  誰かが側にいてくれない事がこんなにも寂しいだなんて・・・

  独りで僕は膝を抱えてベッドに座るしかなかった。

  寝ていようだなんて、思いもしなかった。

  悪夢に脅かされるだけなんだから。

  疲れが溜まっているのに、身体は眠ろうとしているのに、本能が休息の必要性を訴えているのに、悪夢を見るのが怖かった。

 

 

  時々様子を見に来る日向さんも、見る度に疲れが増してきている。

  それでも世界中が驚くべき早さで復興していると云うのだから・・・きっと日向さん達のおかげなんだろう。

  ゼーレが壊滅したことで全ての責任は彼等が負うことになるらしい。

  顔も見た事のない、存在しか知らなかったヒト達だけど、同情する気にはならなかった。

  彼等に苦しめられた・・・そんな思いしか持っていない。

  遥か彼方の絶対的に高い位置から見下ろしているヒト達の願いを叶えるのはごめんだ。

 

  醜い、大人の世界だよ・・・

  僕の所にいろいろと報告に来てくれる度に日向さんは自嘲気味に、そして悲しそうに云っていた。

  せめて自分達の犯したことぐらいは自分達で始末をつけないとね、まだまだ若いのにこんな醜い世界に足を踏み入らせた君らに申し訳ないよ。

  そう云ってくれた。

 

  サードインパクトの原因は、諸悪の根源は僕であったのに・・・

 

 

  個室にしては広すぎる空間に、人間らしさを全く感じさせない無個性な調度。

  無機的すぎる部屋にいることがたまらなく息苦しい。

  する事もなく、自分の犯した事に対する内省と自閉の毎日が続く。

  そして、そんなある日のことだった。

 

 

  こんこん

  「シンジ君、ちょっと良いかい?」

  ぼーっと窓の外、焼け野原になったジオフロントに合わせていた焦点が部屋の中へと急速に引き戻される。

  「ええ・・・どうぞ」

  控えめな音がしてドアが開けられた。

 

  日向さんは書類を持ってきていた。

  いつもの丸椅子に腰掛けると僕にその書類を差し出した。

  「一応、君に関しては退院許可が出たよ。

  まだまだあれから一月も経っていないから慌ただしいんだけど・・・帰るかい?

  ネルフの方で住むところは用意してあるから。

  まだまだ街の方の復興は終わってないけどとりあえず生活に困るようなことはないはずだよ。

  何かあるんだったら僕の手も少しくらい貸すよ」

  落ち着いた声の向こうに、何かひとつ隠されているような表情だった。

  そして意図的に避けられている名前に気がついた。

 

  「あの、アスカは・・・?」

  その問いかけに黙って目を臥せると、日向さんは首を横に振った。

  それだけで何を意味するのかもちろん判ったけど・・・あえて僕は返事を待つ。

 

  やがて・・・日向さんは沈黙に絶え切れなくなったかの様に僕の顔から視線を逸らすと、トーンの落ちた声で僕に告げた。ブラインドからの光が彼の表情を覆い隠す。

  「衰弱が激しくてまだ意識が戻っていないみたいなんだ。容態が急変する事もないみたいなんだけど、何時起きるかも判らないって・・・主治医は云っているんだ。

  会うかい?303号病室だ。

  面会謝絶になってるけど・・・云っておくから入っても構わないよ」

 

  303って・・・

  確か、僕がアスカを穢した部屋じゃあ・・・

 

  「日向さん、あのとき・・・アスカの部屋はモニタされてなかったんですか?」

  もし見てたなら、何のことか解るだろう。

  ・・・そうだ、寧ろMAGIの管理下に置かれていて当然だったんだ。

 

  「・・・見ていた。

  うん、そうだ。見ていたよ、僕が。

  誰にも報告してないけど。

  あれ以上のことをするのだったら・・・僕も黙っていなかった」

 

  長過ぎる沈黙が、僕の思考を奪った。

  「でも、君にも分別くらいあるだろう?

  それに・・・今の彼女には、君が必要だ。と云うよりもシンジ君以外ではダメなんだ。

  僕達で、マヤちゃんで彼女が安心出来るかと云ったら、出来ないんだ。

  彼女が唯一ココロを開けたシンジ君、君でないと・・・

  だから、せめて少しだけでも側にいてあげてくれ」

 

  僕に書類を一枚だけ渡すと日向さんは席を立った。

  そのまま僕に話し掛ける。

  「あと一月もしないうちには何とか第三新東京だけでも落ち着くと思うんだ。

  それまで此処にいてくれても構わないし、一人になりたいって云うんなら、宿舎の方に移ってもらっても良いよ」

 

  日向さんは扉のところで振り返って云った。

  少し視線を僕の方に向けると、改まった感じで・・・

 

 

  「なあ、シンジ君。

  良ければちょっと外に出て話さないか?

  聞きたいことがあるんだ」

 

  彼の意図することは解らなかったけど、とにかく僕は承諾して上着を羽織り、後について部屋を出た。

  どうしてこの場でこのまま話さないのだろう、と云う疑問はココロの底に閉じ込めて。

  この病室も管理下に置かれている事は僕だって知っていたのだから。

  

  ゆっくりと歩いていく彼についていくと、やがて病院の中庭に置かれたベンチまで辿り着いた。

  途中で買ってきた缶コーヒーを僕に手渡すと、自分の分を両手で包み込むようにして日向さんは遠くを見るような目つきで話し始めた。

  ゆっくりと、本当に静かな声色で。

 

  「葛城三佐のことなんだけど・・・

  シンジ君、どうなったのか知らないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Episode:1  今はもうない

 

 

 

 

 

 

 

  「ミサトさんは・・・

  セカンドインパクトのこととか、ヒトが18番目の使徒であるとか、車の中で話してくれて・・・

  僕をケージのエレベータまで連れていってくれて・・・

  そこで・・・」

 

  僕の声が途切れた。

  涙が頬をきった。

  日向さんは黙ったまま、僕の次の言葉を待っている。

  記憶に甦るのは、情けない自分自身の姿。

  ミサトさんに云われるまで何にも気づかなかった自分自身への嫌悪。

  自分で決定する事すら放棄した、人形も同然だった自分・・・・・・いや、人形でもその存在に価値はあるのに、あのときの僕には存在価値そのものが無かったとしか思えない。

 

  「戦自に撃たれて・・・非常用エレベータで、別れました。

  最期に、エヴァに乗ることでエヴァに乗っていた自分にケリをつけなさいって云ってくれて・・・

  でも多分・・・・・・・・・」

 

  もちろん信じたくなんか、ない。

  でも・・・あの爆発の中で無事だと信じ込めるほど、僕は子供ではなかった。

 

 

 

 

  「いや、良いよ。シンジ君。

  それ以上は云わなくて良い。

  辛いことを思い出させて・・・悪かった」

 

  それだけ云って、日向さんは再び黙った。

  僕の遥か向こうの方、僕には見当もつかない様なところを見遣っている。

 

 

 

  遠くジオフロントの天井から長い影が中庭を覆い隠そうとする頃になって、ようやく彼が再び口を開いた。

 

  「シンジ君。

  これは僕の愚痴だから聞き流してもらって構わない。

  いや、今だけだから、忘れて欲しい。

 

  君があのとき落ち込んでいなかったら、ひょっとしたら葛城三佐も今一緒にいられたかも知れないって、今でも思うことがあるんだ。

  そう思うとやりきれなく君のことが憎い。

  もちろん・・・大人の勝手なエゴかも知れないよ。

  第17使徒だった彼・・・渚君を殺せと云ったのは僕ら大人だし、君をエヴァに乗せたのも僕らだ。

  それでも・・・何処か君たちチルドレンに期待をしていたんだね。

  大人の勝手な思い込みだったけど。

 

  ・・・・・・ココロに何処かスキマがあるのを知って、適格者は選ばれていたよ。

  そしてエヴァのコアにはパイロットの母親の意識が封じられていた。初号機とは君が、弐号機とは彼女しかシンクロしようとしなかったのはそれが理由だね。

  MAGIのデータに残っていたんだ。マルドゥック機関も・・・指令と副指令が操っていたみたいなんだ・・・

  葛城三佐もそのことを何処かで知ったのかも知れない。

  いや、その前に君の寂しそうな顔をみて同居を決めたとか云っていたね。

  僕は葛城三佐じゃないから、何を意図してそんなことをしたのかなんて解らない。

  でも、そうやって君のことを思っていたヒトもいたって・・・・・・忘れないで欲しいんだ。

  あのときの葛城三佐・・・いつもシンジ君が家で接していたような優しい葛城三佐じゃなかっただろ?僕だってあんな彼女を見た事はなかった。

  彼女は君にどう思われようと君を守ることでその意志を貫き通したんだ。

 

 

 

 

  愚痴って・・・悪かったね。

  僕はもう発令所の方へ行くから、何かあったら連絡をくれれば良いよ」

 

  そのまま立ち去ろうとした日向さんが不意にポケットに手をいれて振り返った。

  「そうだ。シンジ君に渡すものがあるんだ。

  これ、なんだけど・・・」

 

  それは、ミサトさんの十字架のペンダント。

  あそこに作ったお墓にかけたもの。

  最後にミサトさんが僕の手に握らせてくれたもの。

  「諜報部が君らを発見したところで見つけたらしいんだ。

  葛城三佐が君に託したものなんだろう?

  大切に・・・な」

 

 

  日向さんが去った後には、遠くで建物の影がその存在を主張しているだけだった。

 

 

 

 

  303号室。

  あのときと同じように、入室患者の名前が扉横のネームプレートに入っていた。

  無機的に患者の状態を知らせているのが扉にかけられた一枚のプレート。

 

  『面会謝絶』

 

  そう書いてあったけど、すぐそこまで来てくれた伊吹さんが入るよう促してくれた。

  気乗りのしなかった僕を半ば此処までひきずる様に連れてきて。

  他人に手を引かれる感触は、自分の気持ちに関係なく何処かに連れていかれるイメージは、心を強姦されるかの様に不快感しか伴わなかった。

 

  「アスカは・・・誰か頼れるヒトが必要なのよ。

  シンジ君。

  私たちにはアスカの支えになるなんて出来ない。出来ないのよ、悔しいけど・・・

  だから、お願い。

  少しでも良いからアスカの側にいてあげて」

 

  僕は頷いて、そっと扉を開けた。

  でも頷いた理由は決意なんかじゃない。

  贖罪、もしくは自分自身の断罪。

  

 

  ノブを開けた所に広がっていたのは、『あのとき』と同じ光景。

  アスカは包帯をもう巻いていなかった。

  傷ひとつない、透き通るような肌が露になっている。

  綺麗すぎて・・・・・・ヒトじゃないみたいな印象を受けた。

 

  けど。

  僕の脳裏に甦る、デジャヴ。

  あのとき僕は・・・

  此処で

  この手で

  アスカを

  穢したんだ・・・

 

  震える左手を右手で押さえ付けながらベッドの横の丸椅子に座った。

  視線の先はアスカの顔ではなく、窓の外。

  弐号機と量産機が戦った廃虚の跡。

 

  あそこでアスカは・・・

 

 

  そう思うと今でも自分自身が情けなくなる。

  いや、今だから、自分のやっていた事がなんだったか考える時間が出来てから、初めて気づいたのかも知れない。

 

 

 

 

  

どうしてケージで初号機を起動しようとしなかったんだ?

 

  だって・・・ベークライトで固められていたじゃないか。

  どうやって起動しろって云うんだよ・・・?

 

でも、最後には起動出来ただろ?

最初からなんで努力もしないで諦めたんだ?

アスカを助けたかったんじゃないのか?

 

  でも・・・あのときはそんなこと考えられなかった。

  何もかも嫌で、捨てたくって、どうしようもなかったんだよ!

  ほっといてくれよ!

  どうせ僕はそんな奴なんだよ!

  自分の勝手でアスカを見捨てたりする奴なんだから!!!

 

ミサトさんが最後に何と云ったのか・・・忘れたのか?

エヴァに乗る事でエヴァに乗っていた自分自身にケリをつけろって。

それでも・・・

 

  うるさい!

  うるさいうるさいうるさい!!

  黙れよ!

  ほっといてよ!!

  もぅ、僕を独りにしてよ!!!

 

 

 

 

 

  ココロの内側から責めてくる、もう一人の『僕』の声。

  辛いけれど、直っていない傷を抉られる様な痛みに叫びたくなるけれど、それでも僕が一番願っている、願って止まない声。欲しくてたまらない、コトバ。

 

 

 

 

責任の追求と云うカタチでも良いから、誰か構ってよ!

優しくして、僕をごまかさないでよ!

誰でも良いから・・・

お願いだから、僕を独りにしないで・・・

 

もう独りは嫌なんだよ!!

 

 

 

 

 

  しばらく顔を伏せて考えていたけど、もう涙が出るようなことはなかった。

  涙も・・・枯れ果てていたのかも知れない。

  枯れ果てるほど泣いたところで心が癒されないままであったけれど。

 

  何気なく、アスカの顔を覗き込んだ。

  天使が眠っているように優しい顔。

  ブラインドの隙間から入り込んで来た一筋の光がアスカの肌を真っ白に輝かせている。

 

  惣流・アスカ・ラングレー

  エヴァのパイロットで・・・

  我が侭でプライドが高くて・・・

  淋しいところなんか顔には絶対に出さないくせに、そのくせ人よりも寂しがりな処があって・・・

 

 

  ユニゾンの訓練が終わってからも、どうしてずっと一緒に住んでいたんだろう?

 

  浅間山でも・・・僕は何をしたかったんだろう・・・?

 

  いつも文句ばかり云われてて、それでも家族だったんじゃないのか?

  なのに彼女のことをどうして考えてあげられなかった・・・?

 

 

 

僕は彼女に何と云って欲しかったんだろう・・・?

 

僕は彼女に何をしたかったんだろう・・・?

 

 

僕は彼女に、何を求めていたんだろう・・・?

 

 

 

 

 

  考えても、その答えは出そうになかった。

  最初から答えなんかない問題に向かって問いかけている様で。

 

 

  病室の椅子に腰掛けながら、ただいたずらに時だけが過ぎていった。

  『今』と云うこの一瞬が、手の届かない遥か彼方へと・・・

 

  気づいたら辺りは闇に被われていた。

  その闇はまるで僕の心を被い尽くす闇の様に深かった。

 

 

 

to be continued

 

 

 


  御意見、感想、その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

  またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

’99 May 21 初稿完成

’99 Aug 17 改訂第二稿完成

’00 Mar 15 改訂第三稿完成




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