終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  僕が退院してから二週間。

  そしてアスカのところに通い始めてからやっぱり同じだけの時間が過ぎた。

 

  街の再建が急ピッチで進むみながらも当然学校はまだ始まらず、他にやることがないと云うのが現状だった。

  尤も、疎開先から帰ってきた人は未だ零にも等しいんだから、学校を再開したとしてもどれだけの生徒が集まるのかと云う事に関しては疑わざるを得ない気がする。

  また・・・政府の方も現段階では教育にまわせるお金が無いに等しいみたい。

  当然かも知れないけどね。

 

 

 

  自分の罪を認識するには短すぎる時間かも知れないけれど。

  僕が僕の罪を知るには永遠の時間が逢ってもまだ足りないのかも知れないけど。

  でも、僕が落ち着いて自分の事を見れる様になるには・・・それは十分な時間だった。

  落ち着いて・・・・・・それが自分自身の犯した罪をまっすぐ見つめられる、と云う事ならば。

  未だ・・・・・僕自身がこれからすべき事は解らない。

  どんな言葉を以て謝罪の言葉にしたら良いかなんて判らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

  「アスカ、入るよ」

  返事がないのを分かっていながら、どうしても一言声をかけられずにいられなかった。

  ひょっとしたら・・・と云う甘い幻想に溺れながら。

  そして何時も扉を開けた僕の目に映る情け容赦ない現実に耐えながら。

 

  白い床、白い壁、白い天井、そしてブラインドを通して広がる浄化されたかのような光。

  その中で眠っている・・・アスカ。あのときと同じ光景。僕が彼女を穢したときと寸分違わぬ光景。

  記憶の中にあるそれとシンクロする目の前のそれが僕の心を締め付ける様に責める。

 

  僕が彼女にしてあげられる事なんて何もないのだから。

  僕がしている事なんて、小学生でもできる様な、受動的に待ち続けている事の反復なのだから。ひょっとしたら明確な意図がない分、僕のしている事は人形のそれに近いのかも知れない。

  そしてそんな彼女に縋って生きているのだから、きっと独りで生きていけないのは彼女じゃない。他でもない僕なんだと思う。

 

  何もせずに、僕は此処の椅子で座っているだけ。

  何もせずに、ただ時が過ぎていくのを待っているだけ。

  本当に何もせずに・・・・・・自分のして来た事を、自分の汚れの落ちない手を、見つめるだけ。

 

  何を考えているんだろう?

  何を考えれば良いんだろう?

  答えのない問題を自分自身に問い掛けるかの様に僕は自分を見つめる。

 

 

 

 

  こんこん

  「私だけど・・・良いかな、シンジ君?」

  「ええ、どうぞ、マヤさん」

  ときどきオペレータの人たちも様子を見に来てくれる。

  「仕事の方は・・・良いんですか?」

  その場の空白を埋めるかの様に僕は問いかけた。

  何度も説明してくれた事だけど、それでも嫌な顔ひとつしないで説明してくれる。

  僕に関する政府側の対応に関しては完全に僕に伏せたまま。

  「うん。ちょっと休憩。

  まあ・・・最初と比べたらかなり進んできたからオペレータなしでも本当は進むんだけどね、他の情報工作ってところかな・・・・・・

  各国からの問い合わせが殺到する前にエヴァに関するデータの大半は破棄したし、ゼーレの存在も明らかにしたから・・・各国政府からの非難も専らゼーレの方に集中していてね。

  そんなふうだからもう殆どMAGIに任せっぱなしでも何とかなるのよ。

  街の再建計画とかだったらMAGIの方がよっぽど得意な事だしね。

 

  それより、シンジ君。

  アスカの顔色、だんだん良くなってきたんじゃない?

  前は蝋みたいな白さだったけど今はもっと血色が良くなってきたでしょ?」

 

  僕はアスカの方を見た。

  顔色が良くなった?

  そう、なのかな・・・?

  あの一件があって以来アスカの顔をまじまじと見るようなことはなくて・・・いや、見れなくて、見る権利がない様にしか思えなくて・・・

 

  「そうですか?

  僕には良く分からないんですけど・・・」

  「でも、私が見たときと比べたら全然良くなってるわ」

  明るい顔でマヤさんは断言した。

 

  アスカが目覚める事を僕は確かに望んでいる。

  それは確かな事だと思う。

  でも心の底でまたアスカに否定されたら僕は・・・・・・と云う恐怖があるのもまた事実。

  アスカが目覚めなければこの恐怖が少なくとも現実になる事はないと思う。

 

  ・・・・・・酷い奴だよね、僕って。

  本当は起きて欲しいくせに。

  アスカに側にいて欲しいって願ってるくせに。

  それでも未だ自分は認めてもらえないんじゃないかって考えているんだから。

  自分から、今度こそアスカの為に何かしてあげたいって・・・・・・思っているのに、その思いそのものが赦されないんじゃないかとも考えているくらいなんだから。

 

  あのとき、綾波とカヲル君と云ったのに。

  たとえ解りあえるわけじゃなくたって、もう一度僕はこの世界を望んだのに。

  

 

  そのとき、僕が自分を蔑んでいるとき、不意にアスカの顔が歪んだ。

  白魚の様に白い手が宙を掻きむしる。

  何かを引き裂くかの様に。

  何かに怯えるかの様に。

 

  苦痛?

  憎悪?

  やっぱり・・・僕が此処にいるから?

 

  起きていなくても、身体が拒否するの?

  僕は・・・ずっと拒絶されつづけるの?

  それが僕の罪なの?

  決して許される事のない、アスカに何も出来なかった僕に与えつづけられる罰なの?

 

 

  僕がどうして良いか分からないでいると、マヤさんは僕の肩に手を置いて云った。

  軽いのに、しっかりと重みの伝わってくるその手。

  「シンジ君。

  アスカの手、握ってあげて」

 

  どうして・・・?

  そう声をだす前にマヤさんによって僕の手とアスカの手は繋がっていた。

  強く、握り締めるアスカの白く柔らかい手。

  暖かいのに、何処かか弱い手のひら。

  何かを必死になって掴もうと動く細い指先。

  思い切って僕がその手を握り返すと、アスカの顔が少し弛んだ。

  探していたものが見つかったかの様な微笑みになる。

  そして二度と離さないとするかの様にしっかりとアスカの指が僕の指に絡まる。

 

 

  やがてアスカは何時もの安らかな寝顔に戻っていった。

 

  何も云えないままでいると、マヤさんは僕とアスカの手に自分の手を重ねたまま云った。

  優しく・・・哀しいくらいに、優しく。

  「ほら、アスカもシンジ君がいた方が安心出来るんでしょ。

  だから・・・アスカの手を握っていてあげて。

  もう、アスカのことを、アスカの苦しみを解ってあげられるのはシンジ君しかいないんだから・・・」

 

  僕を励ましてくれるかの様に云って、マヤさんは部屋を出て行った。

 

 

  僕が此処にいるから、アスカは苦しいんじゃないの?

  僕の手じゃなくても、誰かの手でも良かったんじゃないの?

  寧ろ・・・僕の手ではいけないんじゃないの?

 

  この僕の穢れた手では・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  陽が陰った。

  いつものように、僕は部屋を出ようとして・・・それから気がついた。

  結局、ずっとアスカの手を握っていたことに。

 

  その間、アスカは少しも嫌そうな顔をしていなかったし、いつものように苦しそうにすることもなかった。

 

 

  それなら・・・良いのかも知れない。

  アスカ自身が僕のことをどう思っていようと、僕のすることがアスカの為になるのだったら。

  アスカが目覚めるまでは、このまま・・・淡い想いに身を委ねていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  面会時間を終えて病室を出ると、そのまままっすぐ家には帰らずにいつもの場所へ向かう。

  ネルフ職員の、墓地。

  何もないところに味気ない墓標が立っているだけれど・・・それでも彼等が確かに生きていたと云う標。

 

  先の戦闘でなくなった人。

  LCLに回帰することでそのまま戻って来なかった人。

  そんな人たちが此処で永遠の眠りについている。

  敢えてネルフの本部を見下ろす様な土地を選んだのも、一切の事を見守っていてもらうため・・・・・・そんなふうに副指令は云っていた。

 

  理由はたくさんあるけど、とにかく此処は今を必死に生きている人たちにとってある意味心の支えとも云う存在。

  その片隅にある、幾つかの墓標の前で立ち止まる。

  忘れるわけにはいかない人たちの記憶。

 

  「?」

  いつもは独りだけど、今日は先客がいた。

  「ああ、シンジ君か・・・」

  「日向さん?」

  見ると、花束を片手にした日向さんがいる。その向こうには伊吹さんも一緒だった。

  「・・・」

  「・・・どうしたんだい?

  僕達が此処にいることがそんなに不思議かな?」

  無理な作り笑いを浮かべて、日向さんは云った。

  明らかにその顔には涙の痕跡。

  「いえ・・・そんなことはないですけど・・・」

  日向さんは眼鏡を取ると目を閉じたまま目もとを拭った。

 

 

  僕はいつものように首にかけていたペンダントを握り締めた。

  そのままの姿勢で、黙祷を捧げる。 

 

 

  一緒にいた記憶の一番多いミサトさんに。

  そのミサトさんが心の支えにしていた加持さんに。

  毅然とした態度で、いつもいたリツコさんに。

  最後まで僕に心のうちを明かしてくれなかった父さんに。

  一瞬しか逢う事が出来なかった母さんに。

  そして・・・僕を守ってくれたまま、ありがとうも言えなかった綾波に。

 

 

  「シンジ君は、いつも此処に来ているの?」

  静けさに絶え切れなくなったかの様に伊吹さんは云った。

  「ええ・・・」

  それくらいしか、僕に返す言葉はない。

  謝っても謝り切れない思いがあったから。

 

  日向さんは何もいわずに花束を墓標のひとつに捧げると手を合わせて目を閉じた。

  伊吹さんも、一つの墓標に向かって囁いている・・・嗚咽を洩らすまいと、必死になっている、そんな様子が痛々しい。

  僕はこの場にいることそのものが場違いな気がして、それでも去るわけにもいかなかった。

  「葛城三佐・・・」

  日向さんが呟くのが聞こえた。先日の彼の言葉がフラッシュバックの様に僕の脳裏を過る。

  「先輩・・・どうして・・・」

  伊吹さんの絞り出す様な声が僕の心臓を締め上げた。

 

  どうしても話すことが見つからなくて黙っていると、そのまま日向さんは去っていった。

  後には、ラベンダーの可憐な花束が残されていた。

  淡い香りを漂わせながら。

 

  しばらく、僕はどうする事も出来なかった。

  嗚咽を洩らす伊吹さんの傍らで見ているだけしか。

 

  たった一人の、『僕』と云う存在の弱さを思い知らされた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  僕がアスカのところに通い始めて一月が経った。

 

  「アスカ、入るよ」

  ほんの少しの期待を込めて開けたドアの向こうは、いつもとは違っていた。

  「・・・シン・・・ジ?」

  僕の声に返事をしてくれる人がいる。

  「アスカ・・・

  起きたんだ・・・」

  アスカは、大きめの枕に身体を預ける様にしてにいた。

  僕は何か云おうと思って・・・結局何も云えなかった。

  アスカが起きたら云おうと思っていた事はたくさんあったのに。

 

  ただ後から後から涙が溢れてきて、それでも尚その涙を拭いもせずに僕はアスカを見つめた。やっと目覚めたアスカの顔を近くで見たくて、本当にココロからそう思って、僕はアスカに歩み寄る。

  側で泣いている僕の方をじっと見ていたアスカは、やがてあやすかの様に僕の頬をなで始めた。

  ゆっくりとその手が涙をぬぐい取る。

  「・・・おはよう、シンジ」

  優しい響きが、広がる。僕が願っていた笑みと共に。

  涙目のままで僕は微笑み返した。

  「おはよう、アスカ」

 

 

 

 

  しばらくすると副指令が入ってきた。

  くたびれた様な感じがしたけど、何処か威厳の様なものが漂っていた。

  「どうだね、調子の方は?

  起きたのならば医者も大丈夫と云っているから好きな時に退院しなさい。

  ただ・・・出来ることならば彼と再び同居して欲しいのだが・・・」

  最後の方は云いにくかった事のせいか自然と声が小さくなる。

  ・・・副指令の云いたいことは良く判る。

  まだ身体の調子が良くないアスカが一人で生活出来るわけがないし、そんなことをさせるわけにもいかない。

  また、まだまだ混乱期にある世界で元チルドレンの肩書きのある人間をガードなしに放り出すわけにもいかないけど、今のネルフにそんなにも余分な人材があるわけではない。

  それでも・・・きっと副指令はあの頃の僕達の事を知っているから。

  だから・・・・・・云いにくそうにしたんだと思う。

 

  しばらくアスカは考え込む様な姿勢で目を閉じていた。

 

  「・・・シンジは、良いの?」

  アスカが僕に振った。小さな、でもはっきりとした声で。

  「え?」

  「また・・・アタシが一緒でも・・・良いの・・・?」

  いつものアスカからは・・・少なくとも、僕がアスカに対して持っているイメージからは全く考えられない様なか細い声。

 

  「アスカが、そうしたいんなら・・・」

  それが僕の精一杯の答え。

  いくら僕がアスカのことを好きでも、ここまで彼女を不幸に巻き込んだ以上は僕に選択権なんかないに等しいのだから。

 

  

  「少し・・・考えさせて下さい」

  アスカの答えに副指令は頷いた。

  「そうだな。

  何より君自身の体調の事もある、今は自分の身体のことだけ考えなさい。

  無理をしないように・・・な」

  

  しばらく誰も何も云わない時間が部屋を埋めた。

  副指令はこの後もスケジュールがつまっているのか、時計に目をやった。

  やがて俯いていたアスカが再び副指令の顔を決然とした面もちで見つめる。

  「すいません。

  やっぱり今日から、退院したいです」

  アスカの決然とした声が、響く。

  副指令は頷いた。僅かに目を細める。

  「・・・そうか。

  分かった。

  今、伊吹君にでも着替えを持って来させよう。

  今日・・・と云うと、シンジ君と住むしかないのだが、それでも良いと云うことかな?」

  アスカは黙って頷いた。

  その目は、何処を見ているのか僕には解らない。

  ただ、今、この場を見ているわけではないと云う事だけは僕の目からでも手に取る様に分かった。

 

  「そういうことで、シンジ君。彼女の事はよろしく頼む。

  何かあったら・・・いつものように私のところにでもオペレータのところにでも連絡すれば良い」

  副指令は部屋を出て行った。

 

  気まずい沈黙が、あたりを支配する。

  部屋を埋めるのは窓から差し込む光だけ。

  開けっ放しの窓から吹き込んだそよ風がブラインドを静かに揺らして、床に映っている影がざわめいた。

 

 

  「アスカは・・・良いの?」

  どれだけの時がたったのか、僕の口から漏れたのはそんな言葉だった。

  「・・・何が?」

  「だからもう一度僕と一緒に住むのが、イヤじゃないのかなって・・・」

  僕の気持ちを反映するかの様に小さく細くなってしまう声。

 

  アスカはひとつため息をつくと云った。

  「良いから、さっさと帰るわよ。

  まったく・・・いつまで経ってもシンジはバカなんだから・・・」

  以前と変わらず僕に向けられた言葉が懐かしくて、どうしようもない衝動に駆られそうになった。

  そしてその様子を見ていたのは、すでに天井都市の再建が始まっているジオフロントに差し込む光ファイバーの光のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Episode:3  夏のレプリカ

 

 

 

 

 

 

  アタシが辛そうに歩いているのを見てシンジは何度も肩をかしてくれると云ったけれど、アタシはそれを頑なに拒んだ。

  意地をはっているのではなくて、シンジにアタシに対する罪悪感があるんだったら早くそれをなくして欲しいから。

  義務感だけでシンジにアタシといるなんて云う辛いことをさせたくない。

  罪の意識でシンジがアタシに何かするのなら、そんな事しないで欲しい。

  その罪を背負わないといけないのはアタシも同じなのだから。

  ・・・・・・その罪の大半をシンジに負わせたのは、押し付けたのはアタシかも知れないのだから。

 

  自分自身の事だけでも大変だったシンジに無茶を云っていたのはアタシだったのだから。

  指令の命令とは云ってもシンジに級友を傷つけさせたのはアタシにも責任の一端があったのだから。先にアタシの知ってた事を幾らかでも教えられたら・・・・・・全てを知ったあとでシンジが苦しむ事もなかったかも知れないのに。

  他人にココロを覗かれたときに・・・・・・声をかけてくれたシンジに怒鳴り返したのはアタシだったのだから。

  エヴァを起動出来ないほどシンクロ率が堕ちたとき・・・16使徒のときにもシンジがアタシを助けに来てくれなかったのは何よりも指令の命令だったのだから。

  本当は・・・・・・誰よりもシンジと近い境遇だった、誰よりもシンジの辛さが解っているはずだったアタシが・・・・・・シンジがフィフスを手にかけたときに側にいる事が出来なかったのだから。

 

  それでももう一度一緒に住む事を選んだのは・・・数週間だけでもまたあの日の事が想い出せるんじゃないか・・・そんな考えでの選択だった。

  たとえお互いの関係を今以上に哀しくするものであっても、もう一度幸せだった日々を振り返れるんじゃないかって・・・思ったから。

 

 

 

  帰りの電車の中でも、結局何も話さなかった。

  毎日のように通っていたあの頃の面影はないけれど、それでもまだエヴァに頼っていた自分を思い出すには十分な光景。

  アタシがサードインパクトの中でシンジを罵ったところ。

  云ってはいけない事を云った場所。

  

  そして今感じているこの感情。これは・・・・・・

  苛立ち?

  それとも、後悔?

  なんともつかない気持ちを背負ったままで流れていく風景を目で追った。

 

  シンジはずっと下を向いて、何かを考えているようだった。目を開けて入るけれど、何処にも焦点が合っていない。

  アタシから話し掛けるのも躊躇われて、結局何も話さずに終わった。

  切っ掛けがないだけじゃない、話し掛ける内容がなかったわけじゃない。

 

  干渉することが、干渉の結果傷つけてしまう事が、怖かったから。

  無意味な干渉で自分が傷付くのが、嫌だったから。

 

 

  「此処、だよ。

  今僕が住んでいるのは」

  そうシンジが示してくれたのはコンフォート-17と書かれた建物。

  懐かしい、あの部屋。

  目を閉じたままでもきっと部屋まで行ける。

  変わっていないそこを黙ったままでエレベータに乗って11階の、あの部屋まで。

 

  アタシが部屋に入ろうとするのを遮って、シンジが先に部屋に入ると振り向いた。

  あの時と同じ・・・優しい笑顔がアタシを待っている。

  無理しているのかも知れないけれど、精一杯の笑顔で。

 

 

 

 

「おかえり、アスカ」

 

 

「・・・ただいま」

 

 

 

 

 

  呆然として、眼から涙が溢れ出てくることを押さえられなかった。

  人前では泣かないって決めていたのに・・・その決意が脆くも崩れ去ったのが、おかしなことに全然悔しくなかった。

  何も云わずに優しい瞳でアタシを見つめているシンジに抱きついて、声をあげて泣いた。

 

  ずっとアタシが信じられなかったのに、酷いこともたくさん云ったのに、それでも優しいシンジの気持ちが、温もりが嬉しかった。

  同時にやりきれなさもココロに浮んで来たのだけれど・・・

 

  

  アタシが泣いている間、シンジはアタシの髪をなでていた。

  優しく、慈しむかの様に。

  アタシはその暖かい抱擁にただ身を任せるだけ。

 

 

 

 

 

  アタシが落ち着いたのを見て、シンジは喋りだした。

  「もう一度、此処からやり直さない?」

  ゆっくりとした口調で、でもはっきりと。

  「もう・・・エヴァもないし、ミサトさんも、加持さんも、綾波も、そして父さんもいないんだ。

  それでも、もう一度僕はアスカとやり直したいから・・・」

 

  それは決意?

  それとも・・・・・・

 

  その疑問に答えが出る前に、シンジがアタシをそっと解放した。

  シンジに預けていた身体を自分の力で立たせる。

  視線をシンジに向ける。

 

  「うん・・・」

  アタシは答えた。

 

  シンジは、きっと無理しているんだろうって、思う。

  アタシにしてきたことを償うために?

  それとも・・・同情?

  ひょっとしたら・・・

 

 

 

 

  ごめん・・・

  アタシ、そんなに気を使ってもらう権利なんかない。

  シンジが思ってるほど、綺麗じゃないんだよ、アタシは。

 

 

  それでも、もう少しだけ、この幸せに浸らせて。

  シンジと別れる前にもう少しだけの想い出が欲しいから・・・

  誰でも良いから、お願い。

 

  この一瞬の幸せが永遠の彼方まで繋げられるなら、悪魔に頼んだって構わない。

  シンジへの償いを果たすために、アタシ自身の手で壊さなければいけない関係なのだから。

 

 

 

to be continued

 

 

 


 御意見、感想、その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

 またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

’99 May 24 初稿完成

’99 Sep 19 改訂第三稿完成

’00 Mar 15 改訂第四稿完成




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