終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  朝・・・か。

  僕はひとつ大きく伸びをするとぼさぼさになっているであろう髪の毛を掻きむしる。

  それにしても・・・・・・嫌な夢を見たもんだ、と思う。よりによってネルフが戦自に攻められてサードインパクトが勃発するなんて・・・・・・

 

  制服に着替えてエプロンをすると、何時ものようにお風呂の準備をして朝食を作り始める。

  何時になったらミサトさんもアスカも食事当番のこと思い出してくれるんだろう?まぁ、ミサトさんにご飯作られるくらいだったら自分で作った方が良いに決まってるけどさ。

 

  アスカが和食ばかりだと結構文句を云うんだけど、それくらいは僕の我が侭聞いてもらっても罰があたったりしないよね? 洋風の朝食が良いんだったらアスカがきちんと食事当番やってくれれば良いだけなんだから。

  それに・・・いつも僕に太ったからどうにかしろって文句を云うンだったらなおのこと低カロリーの和食の方が良いって思わない?洋食ってやっぱり肉とかそれだけでカロリー高いものが多いんだから。

 

  ふぅ、さてと。今日の朝食はこんな感じで良いかな?味噌汁は悪く無いし、卵焼きは・・・・・・我ながら良く出来たと思う。この隠し味に山芋いれると甘くなるんだよね。砂糖みたいな人工的なわざとらしい甘味じゃなくってほんのり漂ってくるようなって、云えば良い?そんな感じだからね。

 

 

  そう云えばミサトさんって今日は早くに出勤しないといけないんじゃなかったっけ?

  いつもよりも30分くらい早いけど起こしておこうかな。

 

  どんどん

  「ミサトさん?朝ですよ。今日は会議があるから早くに行かないといけないんじゃなかったんですか」

 

 

 

 

  ・・・・・・?

  おかしい、いつもなら「もーちょっと・・・・・・」とか云うのに、今日に限って何も返事がない。っていうか・・・・・・中に誰もいない様な感じ。

  直接起こさないとダメか・・・と思って麸を開けたそこには、誰もいなかった。

  勿論部屋は散らかったままだし、壁にかけてある車のハンドルも、脱ぎ捨ててあるジーンズも、この前片付けたのはいつか解らない様な万年床も、変わりない。

  ただ・・・・・・本来いるべきミサトさんだけがぽっかりいなくなってしまった様な感じ。

 

  「おかしいな・・・・・・もう行ったのかな?

  だったら書き置きでもしておいてくれれば良いのに・・・・・・」

 

  ミサトさんのずぼらな性格は今に始まった事じゃないから諦めてアスカを起こす事にする。

  最近、ようやくって感じで立ち入りの許可がでた。まぁ・・・朝起こすときだけね?

 

  かつて僕の部屋だった麸を開ける。

  ・・・・・・!?

 

  いつもなら綺麗な髪の毛を少しだけ布団からはみ出させて布団にくるまって眠っているはずのアスカがいない。

  窓のカーテンが何故か開いて・・・・・・!!!!

 

  いつも見えるはずの風景がそこにはなかった。

  慌てて窓に駆け寄ってみる、窓を開けて身体を乗り出してみる。

  目の前に広がっているはずの何時もの建物、いつもの道路、いつもの雰囲気が・・・・・・まるでない。

 

 

 

  あるのは・・・・・・エヴァシリーズに陵辱された弐号機の機体。

  虚ろに僕の方を見つめている綾波の顔。

  毒々しいまでに緋色に染まった空。

  破壊の限りを尽くされた街で、おびただしい数の死体が転がっている。

  苦痛に身を捩らせて、あるいは精神を侵されて。

 

  

 

  うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「はっ・・・・・・夢・・・・・・・・・か・・・・・・・・・」

  もう何度目になるのか解らない悪夢に安息の時を断たれると額の汗をぬぐった。

  冷たい汗が手のひらを冷たく染めあげる。

 

  疲れと恐怖を天秤にかけて、僕はほどなくするとベッドから起き上がった。

  自分自身に課せられた罰だから・・・・・・僕はこの夢のことを受け入れないといけないんだ。

  それが例え心が壊れる様な運命に逢ったとしても・・・・・・

 

 

 

  僕は朝起きると習慣で散歩に出ることにした。最近あの悪夢に悩まされるせいか起きるのが異常なほど早くなったから。

  まだ体力の戻っていないアスカは連れていけないし、何処に行っていたのか詮索されるのも嫌だったから。

  ・・・・・・いや、アスカが問い詰めてくれるのだったら逆にどんなにか嬉しいだろう。

  でも・・・何も云ってくれなかったときの、不自然なほどの間を埋める術を僕は知らないから。

  だから、アスカが起きる前、不自然なくらい早い時間に家を出る。

  誰かに決められた事でも、まして生きていくのに必要な事では決してなかったけど、それでも。

 

 

 

 

  爽やかな空気と新鮮な風。

  散歩の際に象徴されるものと云ったらまさにそれらの様な気がする。

  傷だらけの心と血まみれの手を癒してくれる様な・・・・・・

 

  今の僕の心が癒されるようなものではないかも知れないけれど、逆に癒されるようなことになってはいけないのかも知れないけれど。

  とにかく心の隙間を埋めるように僕は歩く。

  目的なんか・・・無いと思う。

  ただ、歩く。

  歩いている自分を、確認する。

  歩きながら何かに辿り着きたいと思っている自分を、哀しく見つめる。

  そんなことのために・・・ただひたすら。

  そんな事をしなければ自分自身さえも見失ってしまう様な脆弱さに嫌悪感すら憶えながら。

 

 

  あれ・・・

  向こうから来たのは・・・

  ときどき見かけるおじいさん。

  僕がこの時間帯に歩いていると向こうから歩いてくる人。

  逢うときは何時もこの公園のベンチの前辺りだ。

  おじいさんの体内時計と僕のそれが意外にも近いのかも知れない。

 

  「おはようございます」

  「・・・おはよう。

  君も散歩かい?」

  おじいさんは近くのベンチに腰を下ろした。

  古い木のベンチが軋んだ音をたてる。

  「ええ・・・何だか良く分からないんですけど、習慣です」

  僕の返事に満足そうに頷いて、取り出したハンカチで額を拭った。

  そして大きく息をひとつ吐くとおじいさんは持っていた杖に僅かに体重をかけた。

 

  「そうだな・・・そんなもんだ・・・

  儂もだが・・・

  いやね、サードインパクトからなんだよ、散歩の習慣が出来たのは」

 

  その一言は僕を凍りつかせるのに十分な一言だった。

  息を呑んだ。

  瞳孔が拡散して心臓の鼓動が速くなる。

  無意識のうちに僕の右手は自分の鼓動を静めようとするかの様に心臓に伸びていた。

 

  そんな僕のことには気付かない様子で彼は語った。

  昨日を、懐かしい日々を、振り返るような眼差しで・・・淡々と。

 

  「気付いたら家族は何処にもいなかった。

  儂だけが、此処におめおめと生きていると云うわけだ。生き恥を曝しながら・・・」

  彼は卑屈そうに笑った。

  それは・・・生への執着を棄てたような、何処か安堵のあった笑みだった。

  きっとやりたいことは全てやり終わったと云う安堵。

  かつての僕とは違って・・・

 

  「齢70まで生きればもう十分と思っていたのに、75を越えてもこうして生きていて、儂より ずっと可能性のあった息子夫婦がこっちへ戻って来ない。

  やりきれんよ・・・

  今さら何をしようと云う意志もなく、空虚に毎日を送っているだけで・・・

 

  ん?

  顔色が悪いが・・・どうしたね?」

 

  冷や汗が首筋を伝って、不快感を与えた。そのまま地面に吸い込まれていくだろうそれを、追い掛ける気には全くならなかった。

  「いえ・・・なんでも、ありません」

  それだけ返すのが精一杯だった。

  ハンカチで拭った肌が再び湿気に被われて、絶えることのない不快感に再び襲われる。

 

  「そうかね?

  なら良いんだが・・・

  おお、つい愚痴ってしまった。

  年寄りの戯言と思って気にしないでくれ。

  老い耄れの話を聞いてくれてありがとうよ・・・」

 

  そしておじいさんはさっき来た方へとしっかりとした足取りで帰っていった。

  僕はそんな彼の事を後ろから見つめているしか・・・・・・出来なかった。

 

  あのおじいさんからすべてを奪ったのは、僕?

  本当だったら今頃家族に囲まれて幸せな毎日を送っていることが出来たかも知れないのに?

 

  聞いているだけでも冷や汗が出たのは、誰に何といわれてもサードインパクトは僕自身の責任だと認めているから?

  どう取り繕っても心の奥深くで真実だと認識しているから、だから・・・?

 

 

  「ちくしょう、ちくしょう!ちくしょう!!」

  がむしゃらに僕は側の樹に拳を叩き付けた。

  微かに揺れた樹から枯れ葉が舞い降りる。

  「どうして僕がこんなに苦しまないといけないんだよ!?

  僕が何をしたって云うんだよ!?

  どうして誰も僕のことを助けてくれないんだよ!!??」

 

  僕が・・・自分で何をしたのか判っている。

  でも、それでもどうして僕がそんな目に逢わなければいけないのか、判らなかった。

  自分の意志に反してまでエヴァに乗ったのに。

  トウジを傷つけたり、カヲル君を殺してしまったりしながらも・・・

 

  何度も振り下ろした手に血が滲んだ。

  皮膚が裂けて、鮮血が一筋の流れを作って溢れた。

  にも拘らず、僕は痛みを感じることはなかった。

  ココロはどうしようもなく痛かったけれど。

 

  「ねえ・・・誰でも良いから、僕を助けてよ・・・

  僕を捨てないでよ・・・

  僕を裏切らないでよ・・・・・・」

 

 

 

  何時になったら・・・この罪の呪縛を軽く出来るのだろう・・・?

  忘れるなんて出来るわけがないのだから、せめて軽くするだけでも・・・

 

  自分への罪の重さに絶えかねるようにして、僕は部屋に戻るとそのまま・・・

  孤独の中へと閉じこもった。

 

  何時まででも、こうして自分の答えが見つかるのを待っていたい・・・

  そんなのじゃ決して見つからないと知っていても、抱かずにはいられない願望。

 

  僕の罪の証を明確にするものが、

  もっと絶対的なものが、

  僕の心に・・・欲しい。

 

  無力感と、絶望の淵に立たされた気分で僕はどうすることも出来なかった。

 

 

 

 

 

  アタシとシンジの共同生活がもう一度始まって、数週間が過ぎ去った。

  まさに・・・過ぎ去ったと云うのが相応しいくらい変化のない日々が光の様に。

  此処・・・ミサトとシンジの、そしてアタシが日本へ来てからの記憶が色濃く残る部屋。

 

  毎日学校へ行くわけでもなく、かと云って特に何かをするわけでもなく・・・淡々と時間ばかりが過ぎていった。

  特に会話も交わさずに、リビングで同じ刻を共有しているだけ。

 

  部屋に戻れば独りでいることの孤独に耐え切れなくて叫び出したくなるから。

  話し掛ければまた・・・・・・ただ傷つけあうことにしかならない様な気がしてならないから。

  触れるのと触れあわないのとのぎりぎりの境目。

  アタシが見つけだした一番居心地の良い線上。

  自分の境界を守ったまま・・・・・・相手の境界を侵食しようともするかの様に視野の端に捕らえてしまう。

  以前だったら何でもなかった距離があたかも心の壁で守られている様な気がしてならなかった。

 

  それでも此処にいる・・・・・・理由?

  理由なんて、分からない。

  ただ・・・シンジと離れ離れになりたくなくて、でも言葉を交わすことが怖くて、お互い無干渉のままで過ぎ去って行く時間。

 

  勿体無いのかしら?

  このままで過ぎ去ってしまうことは。

  それとも・・・悲しすぎるの?

 

  もう・・・準備は出来ていて、あとはアタシが此処から出て行くだけ。

  シンジに知らせずに・・・

  ただ、そこに踏み出すたった一歩に踏ん切りがつかなくて。

 

 

 

  アタシは・・・今までこんな思いで時間を過ごしたことはなかった。

  ココロに張り詰めたものがあっても、重いプレッシャーがのしかかっていても、いつも何処かに自信があった。

  でも、今のアタシにあるのは・・・判決を待つ咎人の気持ちと、その先にあるであろうアタシ自身の決めた未来。

 

 

  日が暮れて窓から差し込んでくる光に混じる赤い色が、シンジの半身を赤く塗り込めていた。鮮血に染まったかの様にも見えるその姿に、喉元まで声がでかかる。

  今のシンジの気持ち?

  自分の手は、身体は、血に染まっていると思っているの?

  決して取れない、取り払う事を許されない呪縛に取り付かれていると思っているの?

  そう考えるとどうしようも無く、アタシは悲しくなった。

  苦しんでいるかも知れないのに・・・・・・ううん、一番好きなヒトがすぐ側で苦しんでいるのに・・・自分は何もしてあげる事が出来無いと思って。

  アタシがする事は・・・きっとシンジを傷つける結果にしかならないだろうと思って。

 

  そしてシンジはさっきから動かず、瞳の焦点もあわずにひざを抱え込んで座っている。

  少しだけ下の方に傾けた視線に感情が見られないのは・・・やっぱりアタシのせい?

  アタシが此処にいるから安心出来ないの?ひょっとして、此処にいる事も許してくれないの?

  そうだとしたら・・・

 

  ごめん、アタシには何もしてあげられない。

  でももう少し、もう少しだけ・・・シンジと一緒にいられる時間を頂戴。

  そうしたら後腐れなく此処を出て行くから。

  もう一度自分の足で歩いていけると思うから・・・

 

 

 

 

  気がついたら南向きの窓から昼間の暖かい陽の光が消えて、黄昏時の淋しさがあたり一帯を包み込んでいた。

  ごはん、作らなきゃ・・・

  僕は立ち上がると壁にもたれ掛かって何か考え事をしているアスカに声をかけた。

  無駄な努力かも知れないと分かっていながら、返事が返ってくることを期待して・・・

  「アスカ、今から食事の準備するけど・・・何か希望はある?」

  ひとつかふたつ、遅れたテンポでアスカが返事をした。

  「別に・・・」

  返ってきたのはその投げやりな一言だけ。

  あとは待っても他の言葉は返って来なかった。

  どんなに、どんなに待っても・・・

 

 

  夕食後、僕はアスカに紅茶をいれながら云った。

  「何かして欲しいことがあったら云って。

  出来ることだったら、するから」

 

  アスカは無表情に紅茶のカップを傾ける。

  ストレートのままの紅茶の香りがあたりに漂う。

 

  結局何も云わずに、アスカはカップを空にすると立ち上がった。

  そのまま自分の部屋に入っていく。

  呆然としたままの僕を残して、壁の時計が十時を示した。

 

 

 

  再び、空白の思いが僕のココロを占めるようになった。

 

  僕がアスカにしたいこと、して欲しいこと。

  考えても、見つからない答え。

 

  カーテンを閉めていない窓から月が顔を覗かせた。

  青白く輝く満月。

 

 

  綾波・・・

  自分でも不意に脳裏に浮んだ彼女のことに驚いた。

  僕が此処、第三新東京市に来て初めて出逢った・・・彼女。

  エヴァに乗ることがなければ綾波と出逢うことはなかっただろうし、彼女の抱え込んでいた苦しみを知ることもなかったと思う。

  僕が綾波と逢うことが出来て、それが彼女に良いことだったのか悪いことだったのかなんて解らない。

  ただ僕に出来るのは、二度と逢うことの出来ない彼女の事を忘れないで記憶の片隅に止めておくこと。

  悲しくても、辛くても、あのとき綾波とカヲル君に諭してもらったコトバを信じていたいから。

  カケラだけでも、解りあえることへの希望を信じていたいから・・・

 

  僕はゆっくりと部屋に向かった。

  この後に待っているであろう真夜中の帳の事を考えながら。

  そう、決して僕を掴んで放さない恐怖によって塗り込められた暗闇への戸惑いと戦うため に・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Episode:4  暗闇の囁き

 

 

 

 

 

 

 

  夜。

  アタシのココロを揺さぶる時間。

  今のアタシに与えられるのは・・・・・・決して安らぎなんかじゃなくてあの時にも受けた屈辱と痛み。

  そして・・・恐怖。

 

  この夜を越えたら何か得られるものがあるんじゃないかと思っていても、目覚めた時に大切なものをなくしていそうな感じがして・・・・・・

  どうしても手放したくないものが、勝手にアタシの手を離れて何処か彼方へと行ってしまいそうな感じがして、どうしても戦慄を憶えてしまう。

 

  ベッドに腰掛けたまま、アタシはぼんやりとカーテン越しの星明かりを見つめた。

  ほのかに輝いているそれらが、アタシのココロを掴む。

  あんなに一生懸命輝いてるのにね。

  アタシはその星と自分自身を比較して、ため息をついた。

  比較してしまったことそのものと、そしてどうして良いか解らずに何も出来ない自分に。

 

  待ってくれているのに、すぐそこに手を伸ばせば良いのに、もう手の届くところまで来ているのに、それでも一歩踏み出す勇気が得られなくて・・・

  自分の両手を見つめながら、それでもアタシにはもう一人のアタシに逢うだけの勇気がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  アタシの頭上から光を放つ『使徒』

  容赦なく思い出される、強制的に掘り返される記憶の扉。封印してあったはずの匣。

  アタシがアタシである為に、封印されなければいけないもの。

  アタシがアタシである事をやめたときに、関わりを断ったもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一生懸命走るアタシ自身の姿。

  勢い良く開かれる扉。

  そこに『いる』ママの姿。

 

 

 

泣きながらママの事を呼び続けるアタシ。

何時の間にかアタシに手を差し伸べているママ。

ぬいぐるみを抱えたまま駆け寄るアタシ。

一瞬のうちに朽ちていくママ。

絶叫するアタシ。

 

 

 

  周りの人間の冷たい視線。

  同情めいた気持ち悪い中途半端な意識。

  可哀想

  そんな言葉、聞きたくない。

  だからアタシは・・・・・・独りで生きていく。

 

 

 

何でアタシがあんな奴なんかに負けなきゃいけないのよ!?

加持さんが・・・・・・?うそ・・・・・・

 

 

 

きらい嫌いキライ

みんな大っ嫌い!!

 

 

 

 

 

やめてよぉ、もう思い出したくない事ばかりなんだから

 

ねえ・・・

どうして、どうして安らぎの時間をくれないの?

夢の中でくらい、昔の、あの頃を思いだしたって良いじゃないの。

みんなでまだ幸せをかみしめていられた頃の想い出に浸りたいの。

それすら今のアタシには許されないの?

 

ねえ・・・

じゃあ、どうしたらアタシは許されるの?

どうしても・・・何をしても許されないの?

何で・・・?

アタシは、一生懸命頑張ったじゃないの。

それとも、あれでもまだ足りなかったって云うの?

 

もぅ、アタシはどうしたら良いの?

何をして欲しいの?

あんたは・・・あの時何がしたかったの?

どうして、あんなことをしたの?

それで・・・あんたは満足だったの?

だったら・・・・・・あたしがあんたに全てを赦したら、あたしは赦されるの?

 

 

やめて、やめて・・・

もう、アタシはそんなこと考えたくなんかないの。

アタシはもう何も失いたくないの。

ねぇ、せめて『今』と云う時間くらい安らぎを頂戴・・・

それ以上なんか全然望んでない。

もうアタシにとってその他の事なんかどうでも良いことなんだから。

だから・・・もう・・やめてよぅ・・・・・・

 

 

もうやめて!!!

アタシのココロを穢さないで!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ベッドに潜り込んで眼を閉じても一向にやって来ない安らぎ。

  一瞬の後に襲ってくるかも知れない恐怖に戦いて、睡魔に身を委ねると同時に眼が開いてしまう。

  悪夢と云う名の地獄に身を投じる事と疲れ切った身体を癒す事を天秤にかけても、決して睡魔は襲ってこない。

  疲れている事は分かっているのに。

 

 

 

「やめて!!!

アタシのココロを穢さないで!!!」

 

  あれは・・・アスカの声?

  僕は跳ね起きると部屋を出た。

  「アスカ?どうしたの?」

  アスカの部屋の前から呼び掛けてみても何も返事がない。

  でも・・・このままにしておくなんて、出来ない。

  アスカが苦しんでいるのかも知れないのに。

  第15使徒のときの記憶が甦る。

  あのとき・・・僕はアスカの気持ちが解らなかった。

  本当は・・・誰かに側にいて欲しかったんじゃないか・・・・・・

  近寄るなって云っても、本当は誰か頼れるヒトの胸に飛び込みたかったんじゃないか・・・

 

 

 僕は迷わず扉を開ける。

 眩しいくらいの月明かりの中、怯え切った表情でアスカが自分の身体を抱きしめて泣いていた。

 

  アスカの涙。

  縋る様に僕を捕らえて離さない蒼い瞳。

 

  逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げてちゃダメなんだ

  此処で逃げたらまたあの時と同じなんだから。同じ過ちなんてしたくない。

  もう・・・・・・僕自身が傷つきそうになったからと云って手を引っ込めている様では何も出来ないんだから。

  本当なら無理矢理にでも抱きしめてあげれば良かったあの時の繰り返しになってしまうのだから。

 

 

 

 

 

  もし・・・加持さんだったら何と云っただろう?

  ふと、そんな考えが頭を過った。

  アスカがココロの支えにしていた加持さんだったら・・・

 

 

  僕はアスカの顔を見て、云った。

  もしもアスカが僕と同じ苦しみを味わっているのなら、今度こそ自分だけの問題になんかしたくないから。

  アスカのそれも含めて、一緒に乗り越えて行きたいから。

  だから・・・

 

  「アスカ、リビングへ来てよ。

  僕は・・・独りじゃ淋しいんだ。

  ちょっとで良いから、話し相手になってよ」

  努めて明るい声で。震える手を握り締めながら。そして消極的になりかけた気持ちを奮い立たせる様に。

  そう・・・決して僕は同情ではなく、アスカの事を考えたいから。

  ひょっとして、それが自分自身への答えになるのかも知れないから。

 

  「うん・・・」

 

  ようやく返ってきた、アスカの答え。

  昔のアスカからは考えられない程か弱く、儚気な・・・

  一言だけの返事だったけど、それで十分。

  僕はアスカの手を取るとそのままリビングへ引っ張って行った。

  アスカの手は、暖かく柔らかくて、そしてそれが余計に悲し気だった。

  こんなに柔らかな手で自分の傷を抱きしめていた気持ちは、きっと僕には想像出来ない。

 

  何も云わずに、星の光を浴びながら窓辺に座る。

  さっきまでとは違うんだ。

  僕の前にはアスカがいて、アスカの前にも僕がいる。

  独りで乗り越えられないことでも、二人でだったら乗り越えられるかも知れなくて、そしてその可能性に賭けてみたくて。

 

 

  リビングにも、さっきと同じ月が輝いていた。

  完全なカタチのフルムーン。

  明るく、少しだけ儚気な月が、今日この時の証人。

  もう一歩だけ踏み出せたこの時の・・・

 

 

 

to be conti nued

 

 

 


 御意見、感想、その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

 またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

’99 May 26 初稿完成

’99 Sep 30 改訂第四稿完成

’00 Mar 15 改訂第五稿完成




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