終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  月明かりがアタシとシンジを包み込んでいる。

  日付けが変わったことを壁の時計がもの静かに指し示していて、アナログクロックの機械仕掛けだけが今この場を支配する唯一の音。

  部屋の明かりをつけないまま、シンジは床に座り込んだ。

  窓から差し込む淡い光が、一層シンジの中性的な顔を浮かび上がらせている。

 

 

 

  「あのね・・・あれから、独りでいるのが怖いんだ」

 

  おもむろにシンジが喋りだした。

  その眼は、真直ぐにアタシを射抜いていた。

  透明な硝子のように、何処までも透き通った瞳。

  深海の底に差し込んでくる光のように、全てを浄化させるような輝きで・・・

 

  そしてその瞳に映りこんだかの様な自分のココロ。

  誰よりも他人の存在に怯えているのに、誰よりも他人がどう評価するかと云うことに神経を尖らせていた自分。

  いつも他人を拒絶していたのに、一時も他人なしには生きられない自分。

  完全に矛盾していて、しかもその矛盾を解っていたのに否定したがっていた事実。

  その矛盾を受け入れなければ自分の存在がその意味すら失ってしまう様に感じた・・・・・・二律背反。

 

  アタシの考えていることと同じ事を考えているのか、シンジは自嘲気味に笑った。

  「笑っちゃうよね・・・

  ずっと他人の事が信じられなくて僕の方から避けていたのに、こんな時になったら独りでいるのが怖いだなんて云ってるんだから」

 

  少しだけ開いていた窓から風が入り込んだ。

  その風を避けるかの様に、それとも記憶を掘り起こすかの様に、シンジの顔がそっと伏せられる。

  少しだけ伸びたシンジの前髪がその瞳を覆い隠した。

  あたかもそれがシンジ自身の 意志であるかの様に。

  シンジの繊細さそのものであるかの様に。

 

  「アスカ、僕は今でもあの日の事が忘れられなくて・・・

  ミサトさんが身を呈してケイジまで行かせてくれたこと。

  ケイジで僕を待っていたのがベークライトに固められた初号機だったこと。

  そして・・・外に出た時に視た・・・・・・弐号機の姿が・・・脳裏に焼き付いたまま、離れないんだ。

 

  怖いんだ。

  今はアスカとこうして一緒にいられるけど、それがまた何時終わりになってしまうんじゃないかって・・・

 

  それに今考えてみると、僕にとってどうしても捨てられたくなかったのが・・・アスカだったと思って・・・

  だからアスカに拒絶されたのは辛かった。

  やりきれなかった。

  あんな・・・酷い事をしておいて、アスカに拒否されるのなんて当然だったのにね」

 

 

  アタシはシンジのコトバを黙って聞いた。

  そっと目を伏せたままのシンジの顔を、

  辛そうにしながらもそれでもその傷を暴いてくれた勇気を、見つめたままで。

 

  それから・・・・・・ショックだった。

  あんなにまでしてシンジの事を忌み嫌っていたアタシの事を、シンジがそうやって思っていてくれたなんて。

  ずっと誰にも解ってもらえないって思っていたアタシ自身の苦しみのことを気付いたのがシンジだってことに、アタシがたった今気付いて。

 

 

 

 

  涙が頬を伝った。

  後から後から途切れることなく流れてくる暖かさにアタシは拭うことなくシンジのことを見つめる。

 

  ホントに・・・どうしてあんたはそんなに優しいのよ・・・?

  そんなに優しくして、じゃあ今までアンタのことを傷つけてきたアタシはどうなるのよ?

  赦しを乞う事は出来ないの?

  償うことすら・・・出来ないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

  「・・・・・・どうして、そう思うのよ?

  アタシ・・・シンジに酷いことを云ったのに。

  アタシはシンジに何もしてあげられなかったのに、シンジに何か云い付けてばかりで、あんたに迷惑掛けてばかりだったのに。

  どうして・・・

  どうしてあんたはそんなに優しいのよ・・・

  アタシ、シンジに優しくしてもらうだなんて、そんな資格なんかない!」

 

  アタシは、零れ落ちてくる涙を押さえることが出来なかった。

  辛うじて声をあげることだけは押さえ込んで、思わず顔を覆い隠したくなる衝動に耐えてじっと、シンジを見る。シンジの事だけをまっすぐに見つめる。

  涙の向こうに滲んだシンジは、俯いたかっこうのままで動く気配がない。

 

 

 

  そのあと・・・どれくらい経ったのだろう?ゆっくりと頭を擡げたシンジの頬に光る涙を、何故か綺麗だと思った。

  そして想ったままに・・・

 

 

 

  シンジに、そのシンジの胸に、抱きついた。

  自分のその行動は、どうしても押さえられなかった。

  ホントは・・・・・・してはいけなかったのに。

  してはいけない事なんだって・・・・・・自分に云い聞かせてきたのに。

 

 

 

  お互いの身体を通して伝わる心臓の鼓動、吐息、身動きのひとつひとつを共にしながらアタシは目を閉じた。

  どうしてアタシが今こんなことをしているのかを考えながら。

  シンジに同情したと云うのもあるのかも知れないけれど、そんなのは些細な事。

  何よりも・・・シンジと共有したかった想いがあったから。

  アタシ達は同じだけの罪を持っていて・・・ううん、意識していると云う点ではきっとシンジの方がずっと重い罪を背負っているんだろうけど、それでも二人一緒でだったらどうにかできるかも知れないって云う・・・・・・甘い考え。

 

  そうよね・・・きっとそれだけで全てがどうにかなるのだったら補完計画なんか必要無いのだから。

  でも、今のアタシに出来ることと云ったらこれくらいしかなくて・・・

  なによりアタシ自身が補完計画がなくても此処まで出来るってことを誰かに、シンジに教えてあげたくて・・・

 

 

 

 

 

 

 

  アスカが僕に抱きついている?

  どうして・・・?

 

  だって・・・アスカは僕の事がキライで・・・

  それで、僕を避けていたんじゃないの?

  エヴァとのシンクロ率で勝ってしまった僕は彼女のプライドを傷つけて、それが原因でアスカは心を閉ざしてしまったんじゃないかったの?

 

  ぼんやりと考えていた僕の思考を止めたのが彼女自身のコトバだった。

 

  「シンジ・・・

  アタシも・・・ずっと淋しかった・・・

  ずっと、ずっと、誰かに認めてもらうのを、待ってた。

  誰にも認めてもらえなくて、誰にもアタシを必要とされなくて、どうでも良いって思って・・・

 

 

  アタシは・・・シンジの才能に嫉妬してたの。

  ずっとずっと苦労してきたアタシがようやく手に入れることが出来たエヴァのエースパイロットの座をシンジに奪われるのが悲しかった。

  だから、シンジに辛く当たったり、怒鳴り散らしたり・・・

 

  あのとき、シンジのそれは才能じゃなくて、どうしようもないくらいの寂しさなんだって気付いても、もうアタシにはどうすることも出来なかったの。

 

  シンジだって、決して自分の意志でエヴァに乗ってるんじゃないって知ってても・・・それでもそうせずにはいられなかった。

  どうしても、アタシとママの絆だって、信じていたかったから。それまでアタシのプライドだったものを棄てるなんて出来なかったから・・・

  その絆が切れてしまうことは、切れてしまいそうになることは耐えられなかった。

 

  ごめんね、シンジ。

  ごめんね・・・・・・・・・」

 

  ずっと、アスカが僕に謝っているのに違和感を感じながら、それでも何処か安心したような、心地よさに身を委ねながら・・・

 

  アスカと少しだけ解りあえたことは・・・確かに僕にとっては大切な第一歩。

  ずっと云わずにしまっておいた気持ちを吐き出したように、自分のしたことに対する少しの後悔ともう少しだけ大きな満足。

 

  大丈夫、アスカがいるのだったら、僕はまだまだやっていけると思うから・・・

  そしてそれをアスカと一緒に証明して行きたいと思うから・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Episode:5  時の鳥籠

 

 

 

 

 

 

  お互いの体温を感じながら、時間だけが過ぎて行った。

  もう月も傾こうとしている。

  でも、何も云わないからこそ伝わる、アタシとシンジだけのココロ。

  相手のキモチ、そして自分の想い。

 

  それまでの自分では考えられないほど、他の人に身を委ねることが安心出来た。

  望んでいたものがこんなにも近くにあったのに、

  なのにアタシ自身がそれを拒絶していただなんて・・・

 

 

  もうすでに明日の予定は決まってしまっているからやれるのは、想いを伝えられるチャンスは今だけ。

  ひとつだけ、決心してアタシがシンジに残していきたいことがあって・・・

 

  あのときは・・・あの時のキスは半分加持さんとミサトへのあてつけの様なものだったから・・・

  だから、今度は。

 

 

 

  アタシは、そっと抱かれているシンジの顔に自分の顔を寄せて・・・

  不思議そうな顔をしているシンジにそっと微笑んで

  有無を云わさず

  唇を奪った

  二度目のシンジとのキスは、少しだけ切ない気分になった。

  涙の味がしたわけじゃないんだけど・・・これから先の事が解っているアタシには、どうしても切なく感じられた。

 

 

  あの時とは違って、きちんとしたアタシからの想い。

  加持さんじゃなくて、初恋の相手に。

  そして・・・初恋は実らないって云うコトバの意味深さに悲しく笑いながら。

 

  キスしたままアタシはシンジの背中に手をまわした。ゆっくりとシンジの身体を抱きしめる。全身でシンジを感じていたいから。

  やがて、シンジがアタシのことを抱きしめてくれた時に、はじめてアタシは想いが繋がったって思った。

 

 

  その夜は、一晩中シンジと同じ時を共有した。

 

  何かしたとか云うわけじゃなくて、ただシンジの腕の中で眠っただけだけど・・・ね。

  もう・・・あんな夢は見ないと思う。

  どうしてか解らないけど、それでもそう云い切れるだけの自信がアタシにはあった。

 

  すぐ側にはシンジがいて、そしてシンジがアタシのことを信じていてくれるって思うし、そう信じているから。

  あどけない寝顔のシンジを見つめていると、どうしてもそう思えてしかたがなかった。

  それはもちろん嬉しいことなんだけど、凄く辛いことなのに・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  気づくと、朝。

  暖かさを感じて、シンジに抱かれて眠ったことを思い出す。

  きっとこれが・・・最初で最後の、シンジの寝顔。

 

  窓から入る風に心地よさ気にして・・・

  ホント、ずっと一緒だったのにシンジのこんな顔見たのは初めて・・・

 

 

  そっと自分の部屋に戻ると、アタシは予てより準備をしてあった荷物を手に取る。

  ひとつだけ、真っ白の封筒をテーブルに残して。

 

  時計を見ると、まだ早い時間。

  太陽も出ていなくて、陽の出前の空の紫色に見とれながら、シンジに・・・

 

  「今までありがとう。

  シンジに、こんなに想ってもらえるなんて、嬉しかった。

 

  でも・・・やっぱりアタシにはシンジにそんなに想ってもらう資格、ないんだ。

  シンジの優しさは、もっと素敵なことに、大切な人の為に使ってあげてよ。

 

  アタシは行っちゃうけど、あんたも結構良いところあるんだからしっかりしなさいよ。

  それでも・・・時々は想い出してくれると、嬉しいな・・・

 

  じゃあね、一番大好きな、バカシンジ」

 

  小さく呟いて、幸せそうな寝顔をしているシンジにもう一度だけキスをして、立ち上がった。

  こんなことばかりしていたら、別れ辛くなるから。

  今のキスがアタシからの最後のけじめ。

 

  涙を拭いて、後も見ずに部屋を出る。

  ドアの前で、もう一言だけ。

 

  「ありがとね

  バイバイ、シンジ」

 

  誰にでもない、シンジに、このコトバが届きますように・・・

 

 

  それから予定通りネルフに向かう。

  全てアタシのしたかったことは終わったし、これでシンジも新しいことが出来るって思うから。

 

  途中で溢れる涙は、今までのアタシを綺麗に流し去ってくれる、

  そして今だけはアタシを浄化させてくれる・・・そう信じたかった。

 

 

 

to be continued

 

 

 


 御意見、感想、その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

 またソースに幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

’99 May 27 初稿完成

’99 Sep 30 改訂第二稿完成

’00 Mar 15 改訂第三稿完成




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