終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  目覚めると、そこにアスカはいなかった。

  「アスカ?」

  確か一緒に寝たと思ったのに・・・

  起き上がって僕のベッドを見ると二人分の痕跡。

  でもそこには温もりがない。

 

  盲目的にアスカがそこにいると信じ込んでいた僕は足下を掬われたような気がした。

  虚しく窓から差し込んできている光が僕を包み込んで、その明るさが余計に不安を駆り立てる。

  「アスカ?

  ねえ・・・アスカ、どこ?」

  おもむろにリビングへと向かった僕の目に飛び込んで来たものは・・・真っ白な封筒。

 

 

  『碇シンジ様』

 

  辿々しい字は、アスカのそれに間違いない。

 

  僕の心臓が悲鳴をあげた。

  本能が、見てはいけないと警告を発する。

  呼吸が乱れ、肺があたかも自分のものではないかの様に苦し気な吐息を吐き出した。

 

  それでも・・・震える手を押さえて、僕は封を切った。

  僕がしなければいけないことだから。

  探していた答えを見つけるために、そしてこれを見ないことはきっとアスカの意志に反する。それは、僕の望むことではなくて。

 

 

 

 

    バカシンジ

 

    いきなりいなくなっちゃって、ごめん。

    でも、アタシは決めてたんだ。

    ずっとこのまま一緒にいるのはシンジの迷惑になるから、シンジを追い詰めるだけだから、だからシンジの前からいなくなるんだって。

 

    多分・・・もう二度と逢うことはないと思うけど、

    もしも、次に逢うことがあったらその時はお互い幸せになってると良いわね。

 

    今まで・・・ありがとう。

    ずっと言いたかったけど、言えなくて・・・

    最後だから、言わせてよ、これくらい。

    わがままを聞いてくれて、ありがとう。

    それでもアタシの事を見てくれて、ありがとう

    微笑みと、優しさを・・・・・・・・・ありがとう

 

    その優しさを、今度は他の人のために使ってよ。

    あんたは、このアタシが認めた数少ないオトコなんだからね。

    じゃあね、バイバイ

 

       with love  Asuka

 

 

 

  どうして・・・

 

  どうして!!??

 

  アスカ、どうして僕の重荷になるだなんて考えたの?

  いつも自信に満ちた顔で僕を励ましてくれたじゃない!?

 

  それとも、僕から離れたくて、それでも僕を傷つけたくないって云うアスカの優しさ?

  そんなの、優しさじゃない・・・!絶対に・・・絶対に違うよ!

 

  「ねえ、アスカ、嘘だって云ってよ。

  冗談だって云って、顔を見せてよ。

  怒らないから、だから出てきてよ、ねぇ・・・」

  自分でも半分わらにでも縋るかの様に出てくる声。

  頭では判っていても、心が納得出来ない事実。

  心が壊れる前に、頭が制御してしまうキモチ。

 

 

 

  やがて心も納得したかの様に涙が溢れ出す。

  自分の泣く声がたった独りの寂しい空間に広がる。

  一頻り涙が流れるのを待って、静かに床が湿っていく様子を濡れた目で見つめた。

 

  「アスカ・・・

  どうして・・・ねえ・・・

  どうして行っちゃったの・・・?

  僕じゃやっぱりダメだったの・・・?」

  生活感のない空間でたった独り、

  所在な気に空虚な瞳の僕が、いる。

 

  エヴァに乗っていた時よりも、みんなに誉めてもらえる時よりも、アスカと一緒にいれた時の方が僕にとっては嬉しかったのに。

  どんなときでも、アスカの生き生きとした顔をみていたかったのに・・・

  それに気付けたのはついこの前で・・・

  取り繕った強さだけでなく、微かに覗かせた悲しみを今度こそ受け入れられると思ったのに・・・

 

 

  そしてそのまま、僕の時間は、止まった。

  止まったと、思った。

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Episode:6  封印再度

 

 

 

 

 

 

 

  「アスカ・・・

  あなた、本当に後悔しないの?」

  本部に寄ってから、空港に向かう車の中で助手席のマヤがアタシに聞く。

  開け放たれた窓から入って来る風が清涼感を残して、また窓の外へと走り去った。

 

  「何を?」

  云わなくても、分かっている答え。

  でも口に出すと不安になってしまうから、アタシから口に出したくない。

  気を抜くと涙が溢れそうになってしまうから・・・

  アタシはバッグを握り締めた。

 

  「シンジ君・・・

  きっと今頃・・・」

  紡がれかかったコトバがコトバになる前にアタシは云った。

  「良いの。

  これ以上シンジに迷惑かけるわけにもいかないし、それにアタシがいるとシンジを困らせるばかりだから。

  それに・・・」

  アタシはそっと唇に触れた。まださっきのキスの温もりが残っている様な感じがする。

 

  「初恋の人とは両想いになれたしね」

 

  あんなにも安心して眠れたのは何時以来の事だったかしら?

  綺麗に鋪装された道路から僅かに伝わってくる振動だけのせいではなく、アタシの手が震えた。

  つい昨日手にいれた幸せと、自分自身の手で葬った願い。

 

  しばらくは窓が風を切る音だけがアタシの耳に届いた。

  まだ交通量もさほど増えていないから幹線道路と云っても空気の汚れが少ない。

 

  「アスカ・・・

  分かったわ。

  あなたが決めた事なら、それで構わない。

  シンジ君には、伝えなければ良いのね?」

  寂しそうな笑顔のままマヤが云った。

  「そう。お願いするわ。

  シンジの事だから土下座してでもマヤから聞き出そうと思うかも知れないけど、絶対に教えないで。

  これが・・・アタシからのけじめでもあるから」

  「うん。

  じゃあ、アスカ。規定通りの事で悪いんだけど、向こうでの事について説明するわね。

  あなたはネルフ本部職員としてドイツ支部に派遣、オペレータ研修及びMAGIの基礎理論研究などを主な目的としてドイツ支部には書類受理されました。

 

  向こうでコトバが通じないようなことは・・・あなたならないと思うから良いわね。

  責任者はわたしと云うことになっているから、何か困ったことがあったら相談して。ただ・・・籍は日本に残ったままになるから。仮に籍を変えたい時は面倒でも一度日本に来て。

  もちろん国籍は向こうになっているけど、責任者の私の所で書類が管理される事になるからそのつもりでいてね。

  そしてネルフ職員として機密に指定されていることは無闇に一般人に話さないこと。

  もとパイロットのあなたなら、尚更ね。機密漏洩がどうこうではなくて、あなた自身の身に危険が及ぶ可能性があるから、気をつけて。まだネルフの事の事をよく思っていない団体、エヴァを悪用しようとしているヒトはたくさんいるのだから。

 

  それくらいだけど・・・何かしたいこととかある?

  今からなら・・・出来る限りあなたが向こうにつく前に、ドイツ支部の方に準備してもらえるようにするわ」

 

  何か・・・

  あ、そうだ・・・

  じゃあ・・・最後に・・・

 

  「あの、さ。云いにくいんだけど・・・

 

  シンジの写真が、欲しいな・・・」

 

  俯いたままでアタシは答えた。

  考えてみたらアタシはシンジの写真を一枚も持ってないのよね。

 

  マヤは小さく微笑むと、優しく頷いてくれた。

  「分かった。

  適当に見繕って送っておくわ。

  そうね・・・シンジ君の、ね・・・

  アスカは持ってなかったの?」

  意地悪く笑っているマヤにアタシも微笑み返すと、そのまま窓の外の風景に視線を移した。

 

  「もうあの笑顔も写真の中だけね・・・

  やっぱりちょっと寂しいかな・・・

  前は、どうでも良いことだと思ってたし・・・一枚も持ってないのよね。

  家族だったのに・・・」

 

  そう、家族なのに憎み合っていたから。

  憎み合っていても・・・そこにいるのが当然だと思っていたから。

  離れ離れになるだなんて思いもしなかったから・・・・・・

  だから写真はなかった。

 

 

  次々と建て直され、増殖していく建物を見流して、アタシはそれが初めてアタシ達の守ろうとしたものの一部に変わりないんだって気がついた。

  ただ、それに気がつかなかっただけでいつも側にあったのに変わりないのに。

  気づくととたんに愛おしくなってくる。

 

  アタシの視線に気づいたのかマヤは再び振り返る。

  「どうしたの、アスカ?」

  さっきから何も云わないアタシの事を不審に思ったのか問い掛ける、でも決してきつくはなくて、アタシの気持ちを落ち着かせる様な響きの声。

  「うん・・・

  もうこの風景も見ることがないんだって・・・思って」

  マヤは何も云わなかった。

  ただ、しきりに目もとを拭うだけで・・・

 

 

 

 

 

  空港のゲート。

  ようやく復旧した主要都市を結ぶ空の便は多くの人に使用されている。

  特に復旧の最中であるから一刻の時間の猶予もない様な人は多いみたいで。

 

  アタシはゲートの前でマヤの方を振り返った。

  「マヤ・・・ありがとう。

  アタシの我が侭聞いてくれて・・・」

  アタシは右手を差し出した。

  その手を、マヤの手が包み込む。

  「良いの。

  元はと云えば・・・私たち大人の勝手であなた達に迷惑をかけていたんだから。

  これくらいは・・・」

  もう何度でも聞いたそのコトバ。

  アタシが退院して、マヤに今回のことを相談し始めてからずっと。

  敢えて苦笑してみせるとアタシは云う。

  「もう、そのことなら気にしないでよ。

  エヴァは確かにアタシを苦しめたけど、エヴァのおかげでシンジと出逢えたことは確かなことだったんだから」

 

  そう、きっとそれがアタシがエヴァに乗っていた意味だったのかも知れないもの。

  もし運命って云うものがあるんだったら、運命の導きを信じるんだったら、きっとあれが運命だったから・・・・・・

 

 

 

  そのコトバを残して、アタシは日本を後にした。

  少しだけの未練を振り切るように。

 

 

 

 

  「日向さん!

  アスカ・・・知りませんか?

  朝からいなくて、それで・・・」

  ネルフの日向さんの部屋につくなり僕は日向さんにつかみかかるように、息せき切って喋り出す。

  それを日向さんがゆっくりと、押しとどめた。

  僕はそこでようやく自分の息が、苦しいほどに切れている事に気がついた。

 

  「アスカちゃんは・・・行ったよ」

  静かな声。

  「行ったよって・・・

  何処へですか!?どうして、止めてくれなかったんですか!?

  どうして・・・僕を残して・・・」

  床に崩れ落ちそうになった僕を誰かが支えてくれて、気づいたら側の椅子に座っていた。

 

  青葉さんだった。

  寂しそうな、辛そうな面もちで話す。

  「シンジ君、俺も聞いたんだ。

  どうしても行かなくちゃいけないのかって。

  でも彼女はどうしても行くって・・・行かなきゃいけないって、云って・・・

  それに・・・俺たちが彼女の決めたことを、あの苦しみの中で導き出した答えを否定するなんて出来ないんだ」

  僕の後ろに立ったままの青葉さんの声が僕には理解出来なかった。

  また僕が何か云いたそうなのを見て、日向さんも云う。

 

  「アスカちゃんは・・・苦しがっていたんだよ。

  サードインパクトの責任は、本当は自分にあるんじゃないかって、シンジ君をあそこまで追い詰めていた自分にこそ責任があるんじゃないかって。

  それでも、気づいたらシンジ君はそれまでのように接していてくれる。

  そんな自分に我慢が出来ないって。

  そして自分がシンジ君と一緒にいることがシンジ君のためにならないって思って・・・自分がシンジ君の可能性をもぎ取ってるって思って・・・

  そう、僕は聞いている。

 

  直接はマヤちゃんが対応していたから詳しいことは判らないけど、彼女のことは責めないで欲しい。

  オペレータのメンバーは君たちのやることの手助けはするけど干渉はしないって決めたから」

 

  日向さんの声は、僕の耳を素通りしていた。

  「じゃあ・・・アスカは・・・何処へ・・・?」

  もしもアスカが頼んだことだったら、彼等が答えてくれるだなんて思わないけど、それでも今あるのはわらにでも縋るような気持ち。

  そして、返ってきた答えも・・・

  「干渉はしないって、云っただろう?今は、云えない。

  彼女の頼みだ。

  君が・・・何をしても教えないでくれって」

 

  「じゃあ僕はどうすれば良いんですか!?

  今日まではアスカがいると思っていたから、アスカがいてくれると信じていたからやってこれたのに・・・僕はこれから・・・」

 

 

  「甘ったれるな!」

  怒声とともに、僕は椅子から放り出されていた。

  背中から床に転がる。

  痛みに一瞬肺の空気を全て吐き出してしまう。

  何を・・・と云いかけて顔をあげたところには青葉さんの顔があった。

  辛そうな、悲しみを堪える様な顔をしている。

  それでも、怒っていた。このうえなく。

  「俺はさっきなんて云った!?

  彼女が決めたことはもう俺たちにはどうこう云う権利なんかないんだ。

  彼女に何か云えるとしたら・・・シンジ君、それは君なんだ。君しかいないんだ。

  その君がそんなことでどうする!?

  彼女の云った通りこのままダメになっていくのか!?

  シンジ君の事を思って君の元を去った彼女の気持ちはどうなる!?

  このまま彼女の気持ちを無にするつもりか!?」

 

  怒鳴られて・・・ようやく頭に昇っていた血が下がったような思いになった。

  虚ろなままの僕を見ようとはせずに、日向さんが云った。

  さっきよりも、静かと云うよりも寂しそうな声で。

 

 

  「今、こいつの云ったことの意味が解ったら・・・その時はもう一度僕にでも、こいつにでも云ってくれよ。もちろんマヤちゃんでも構わない。

  本当に君が分かっているのだったら、アスカちゃんの事を想ってあげられるのなら、その時は教える。喜んで教えるよ、彼女の行き先。

 

  良いかい、シンジ君。

  この前僕は何と云った?

  葛城三佐のように、最後の最後まで君の事を信じていた人もいるんだ。

  彼女の想いは・・・無駄にしないで欲しい。

 

  君なら大丈夫、とかそんな気休めを云うつもりはないよ。

  彼女は凄く苦しんであの答えを見つけたんだ。その彼女の答えに見合うものを見つけるまで・・・待っているから。

 

  苦労して、絶望の淵を乗り越えて・・・見つけておいで。

  遅すぎるなんてことはない。

  もう君を縛り付けるものだってない。

  時間が全てを解決するなんて信じないけど、納得出来る答えを、探しておいで」

  

 

 

  「・・・解り、ました・・・」

  その一言、それを返すだけで僕は精一杯だった。

 

 

 

 

  やがて穏やかな顔に戻った青葉さんは、一杯のジュースを出してくれた。

  「いきなり怒鳴ったりして、悪かったな。こいつはお詫びだ」

  「え?・・・あ、ありがとうございます」

  僕は差し出された紙コップを両手で受け止めた。

  程よく冷えたコップは僕の心を冷やしたのかも知れない、だんだん暖かくなっていった。

  そして・・・・・・本当なら甘いはずのオレンジジュースは、何度も飲んで甘いと知っているはずのそれは、どうしても涙の味しかしなかった。

 

 

 

 

  涙で曇った瞳の奥で、アスカが一瞬笑った様な、そんな気がした。

 

 

  ・・・うん。大丈夫。

  アスカが見ていてくれるなら。

  たとえ遠くにいるんでも、大丈夫。

  自分の答えを・・・見つけてみせるから。

  自分の答えを見つけて、今度こそ・・・・・・・・・

 

 

 

to be continued next chapter

 

 

 


 御意見、感想、その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

 またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

’99 May 28 初稿完成

’99 Sep 30 改訂第二稿完成

’00 Mar 15 改訂第三稿完成


  あとがき

 

 表では初めまして、かな?てらだです。

 第一部完ということで、あとがきです。

 このお話を通して伝えたい事・・・なんてかっこいいものがあるわけじゃありません。

 ただ、劇場版があれだけで終わってしまう様な悲しい事だけはしたくないと云う、ただそれだけの気持ちで書き始めました。

 予定では21話まであります。何時になったら書き上がるか知りませんけどね。

 

 本当の意味での長篇はこれが初めてです。

 未熟さ故に読みにくいところは多数あると思いますが御容赦下さい。

 また、「こんなふうにしたらどう?」って感じのアドヴァイスなどもいただければ幸いです。

 でわ ちょっと時間を経た二人のお話、第二部でまた逢いましょう。

 

 

 

  全面改訂稿後書き

 

 今回の改訂では個人的に気に入らなかった表現を直してみたりしました。

たいしてシーンが増えているわけではありませんが、更には自己満足の極みでもありますが、おつき合いいただけたら幸いです。

 また、外伝の計画もいくらかありますが、そちらの方は少々お待ち下さい。




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