終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  「アスカ、ちょっとこれが分からないんだけど・・・」

  MAGIのオペレートしていた小泉ハルカが聞いた。

  新人のMAGIオペレータではないにしても・・・まだドイツに来てから日が浅いもんだから言葉がぎこちない。日本ももっと早くから外国語の授業を始めるべきよね。それでなくても日本語って他の国の言葉とシンクロする部分が少ないのだから。

  いくらアタシも日本語を話せるって云ってもドイツにいる以上は英語かドイツ語が職場で使われているし、仕事の時だけ日本語を使っているのも変なものでしょ?だからアタシもこうして職場では英語ばかり使っている。

  「えっと・・・此処の処理なんだけど、最適化が上手く行かなくて」

  ディスプレイを見ると、ホント、初心者らしいと云うか・・・

  「ほら、ハルカ、云ったじゃない。

  またID入れずに操作しようとしたんでしょ?それじゃあMAGIが誰が操作してるか解らないわよ。

  MAGIのセキュリティは強いから曖昧なことを許さないの。簡単な作業はさせてくれるけどそれ以上の事はさせてくれないって何回もレクチャーしたと思うけど。

  だから多分・・・ほら、此処でハルカのIDいれておいて。

  これで今からの操作には制約かからないから上手に出来るはずよ。

  で、この作業終わったらちょっと此処のところ・・・ほら、最近暇人が増えたせいかウイルスが増えたらしいし・・・・・・防衛プログラム組んでおいた方が良いわね。諜報部からのMAGIへの直接アクセス可能なデータバンク。狙うとしたら真っ先に此処を狙えばMAGIを封じることだってひょっとしたら可能なんだから。

  ハルカだったら・・・一時間もあれば出来ると思うわ。

  言語体系は殆どのものに対応しているのは知っていると思うけど、出来たらアセンブラで組むと他との連係の関係で速いと思う。

  今のところまだMAGIにハッキング使用とする酔狂なバカはいないと思うけど一応、ね?

  MAGIの隠しコードも使えるから使いたかったらアタシに聞いて」

  キータッチひとつでコントロールパネルの奥のウィンドウを呼び出して示す。

  「ありがとう。

  何か・・・わたしじゃなくてアスカの方が年上のお姉さんみたいね」

  そんなことを云われてため息が出る。

  「まったく、あんた何云ってるのよ?

  だいだいあんたとアタシなんか生まれたのが3年違うだけじゃないの。

  そんな大した差じゃないわよ」

  ハルカの弾けるような笑みにつられるかのようにしてアタシも笑うと、終業の時間を知らせる音楽が流れた。

 

 

  「じゃあ、今日はアタシ帰るから」

  MAGIコンソロールの並ぶデータ処理室を後にすると自室に戻った。自室って云ってもMAGIの端末とデスク、それに本棚が並ぶばかりの味気ない部屋ではあるんだけどね。

  何となくだけど、一週間に一回はこうして早く家に帰るようになっている。

  それってつまり他の日は日付けが変わるくらいまで此処でいろいろやってるって事なんだけど。同じオペレータのハルカならともかく、男の誘いは一切断わってるの。

  あいつ以上にアタシのことを分かってくれる人間がいないことを知っているから・・・・・・

  「あ、アスカ。

  たまにはアスカの家に遊びに行って良い?」

  扉のところからハルカが声をかけた。

  ハルカも最近残業が続いていたし、きっとこれから帰るのよね。

  「う〜ん・・・、良いわよ。

  すぐに来る?それとも、一回家に帰ってから?」

  「すぐ行かせてもらうわ」

 

  そんなやり取りをしてからアタシは着替えて幾つかの書類をかばんに詰めてハルカの個室の外で待つ。着替えるって云っても白衣を脱いで上着を着るくらいなんだけどね。

  クリーンルーム使ったりする技術者だとそんなわけにもいかないけど、オペレータならこれくらいで充分よ。別に神経質になって清潔にしている必要はないんだから。

  「おまたせ。

  じゃあ、行きましょ」

  ハルカらしい明るい色調の服を着て、片手にブリーフケースを抱えているところなんか、知らない人が見たらきっと何処かの大学生よね。

  ちょっと長めの髪の毛は黒のままで染めてなかったけど、カラスの濡れ羽色って云うの?

  綺麗で似合ってるし・・・ヒカリも確かこんな感じの色だったわよね。

  まあ、こんなところにいるには似つかわしくないって云う点はアタシも似たようなものかも知れないけどね。ひょっとしたらアタシの方が此処には場違いかも知れないけど。

 

  アタシもハルカも電車で通勤しているからこういう時は楽。復興が進んできたおかげでまた交通渋滞って云うものが復活したしね。それに少なくともEUではネルフの権力がかなり行使出来るからいざと云う時のためにも公共機関を使った方が良いのよ。

  「ねえ、アスカ。

  アスカって・・・日本から来たんでしょ?

  何時ドイツに来たの?」

  郊外の、麦畑の広がる農耕地を横切っている時にハルカが聞いた。

  「もともとは・・・アタシはドイツ出身だったの。

  日本に14歳のときに行って、また戻って来ってわけ。

  クウォーターだから四分の一は日本人よ」

  「ふ〜ん。

  でも14歳って、けっこういろいろあったんじゃないの?

  確かわたしもサードインパクト当時は高校生だったけど、パニックになっちゃったしね。

  偶然ネルフが募集していたオペレータに採用されたから良かったけど、そうじゃなかったら今頃どうなってたかわかんないもん。

  趣味でやりこんでたプログラミングがこんなところで役にたつなんてね」

  彼女のは実は趣味とか云うレベルではなく、そっちの世界ではなかなか名前の知られたハッカーだったのよ。アタシが担当する様になってから履歴を見て知ったけど。

  でも・・・アタシには、ハルカの言葉に答えることが出来なかった。

  明るい調子でハルカは云っていたけれど、それでもその原因を造っ たのは他ならぬアタシだったのだから。

  ハルカがこのことを知ったらどう思うだろう・・・?

 

  それから、家までアタシは黙ったままだった。

  ハルカも、その雰囲気を察してくれたのか何も云わなかった。

 

  サードインパクトを引き起こした張本人かも知れないけど、自分の罪に向き合うにはまだ覚悟がたらないから。

 

  「どうぞ、散らかってるけど」

  二重のロックを外して部屋に入ったアタシは、スリッパを出しながらハルカを迎えた。

  「おじゃまします。

  なんだ、けっこう綺麗じゃないの」

  もぅ、そんなにきょろきょろして欲しくないな・・・って、あ、しまった!

  「ちょっと待ってて!

  リビングには入ってきちゃダメよ!」

  慌ててドアを閉じて、アタシはリビングに散らばっているシンジの写真をどうしようかと悩む。

  ちょっと・・・流石にマヤが何十枚も何百枚も送ってきたもんだから隠すにも一苦労しそう。どうしてこんなにも送ってきたのか理解に苦しむ。

  送られてきた時にはネルフの監視カメラで隠し撮りしたようなものまであったからちょっと慌てたけどね。でも嬉しかった。今までは知らなかったシンジのいろいろな面を知ることが出来て。

  記録でしかないことに、声を聞くことが出来ないことに、寂しさも感じたけれど。

 

  「アスカ〜?

  入るわよ〜」

  ドアの外から聞こえてくるのは暢気な声。

  「ハルカ・・・だから待ってなさいって云ってるでしょ?」

  返事をしながらもアタシはテーブルの上の写真をまとめ終わって空いてたブリーフケースにそそくさと、でも丁寧に入れる。

  「でも〜、早くこの写真の男の子の事聞きたしし・・・」

  え?

  あああ!!!

  キッチンにも張ってあったのすっかり忘れてた・・・

  アタシとしたことが・・・

 

  アタシはしかたなくどうしても見せたくない幾つかの写真だけ隠すとハルカを部屋にいれた。

  「ふ〜ん、けっこう綺麗じゃないの。

  で・・・彼は誰なの?」

  意地悪な微笑みを浮かべたハルカの顔。

  どうこう云ってもしかたないのは分かるけど、恨めしい。

  「あ、そうだ、ハルカ。

  飲み物いれてくるけど何が良い?

  折角だしワインでも開けようか?美味しいの買ってあるんだ。

  2001年ものでね、そろそろ飲み頃じゃないかなって」

  「そうね。

  わたしは紅茶が良いな。

  それとも・・・アスカは酔わないと話してくれない?」

  くっ

  話を逸らそうとしたのに・・・

  このしつこさったらミサト並みね。

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

    The story after conclusion

 

    Episode:8  それから

 

 

 

 

 

 

 

  結局ティーカップを片手にアタシ達はおしゃべりすることになった。

  こんな時にしか使わない予備のティーカップ。

  別に用意してあるペアカップは・・・アタシの未練。片方はいつも使っているけど、もう片方は・・・・・・紅茶を注ぐだけ。飲む為に使うと云う意味では一度も使っていないし、これからも使うことはないと思う。

  「で、さっきからわたしが聞いてるこの男の子って、だれ?」

  テーブルを挟んで向い側に座っているハルカがちらとアタシの顔を覗き込む。髪が緩やかに流れて、頬にかかった。

  アタシはハルカの声を耳にしながらぼーっと遠くの方を見つめてシンジの顔を思い出す。

 

 

  ユニゾンした時のシンジの顔

  溶岩の中に助けに来てくれた時の顔

  初めてキスした時の顔

  思い出したくもない、補完計画発動中にアタシが罵ったシンジの顔

  そして、想いがひとつになった時のシンジの優しい顔

 

 

  シンジ・・・

  どうしてるかな・・・?

  やっぱり、優しいままかな?

  優しくって、責任感が強いくせに何も出来ないって自分の事責めてたっけ・・・

  もうちょっとシンジも自分に自信を持てば良いのにね。

 

  ???

  想い出に浸っていたアタシは肩を掴まれて揺さぶられることで我に返った。

  目の前にあるのはハルカの顔。

  「ア〜ス〜カ〜?

  わたしの声、聞こえてる?」

  「え?

  うん・・・もちろん」

  ちょこっと首をかしげるようなかっこうでアタシは答えた。

  「じゃあ、答えてよ。

  この男の子はいったい誰?」

  ハルカは机の上に置いてあった写真をアタシの前に突き付けた。

  いつの間に撮ったのか知らないけど、シンジが目を閉じてチェロを操っている姿。

  今にも旋律が此処まで届きそうな、そしてシンジの息吹が聞こえそうな映像。

  場所はあの時と同じ、ミサトの・・・ううん、アタシ達家族のマンションの一室。

 

  「う〜ん・・・アタシが大好きなひと、かな?」

 

  爽やかな風がレースのカーテンを巻き込んで部屋の中を駆け巡った。

 

 

 

 

  「ふ〜ん・・・

  でもこれってどう見ても中学生でしょ?

  制服着てるし・・・さては、アスカってこーゆー趣味だったの?」

  真面目な顔で云うハルカにアタシは慌てた。

  「な・・・!!??

  あんた何云ってるのよ!?

  これはアタシが向こうにいた時の写真。

  だからシンジとは同じ歳なの。分かった?」

  慌てて云ったアタシの声に更に追い討ちをかけるようなハルカ。

  「ふ〜ん・・・シンジ君って云うんだ。

  ねえねえ、わたしに紹介してくれない?」

  「いや」

  紅茶のカップで口元を隠したままアタシは答えた。

  即答。

  「ねえ・・・良いでしょ?

  別にさ、直接じゃなくたってメールアドレス教えてくれるだけでも良いし・・・」

  「アタシ、シンジのアドレス知らないもん」

  本当は知っているけど、でもハルカに教えたらなんか嫌なことがありそうだから教えない。

  ハルカがわざとらしくため息をついた。

 

 

  「今日うちでご飯食べてく?」

  そろそろ夕食の準備でもしないと今日中に夕食取れないな・・・と思ってアタシはハルカに聞いた。

  「良いなら食べてくわ」

  にこにことハルカが答えた。

  もう・・・まったくあれからどれだけシンジのこと聞いたら気が済むのってくらい聞かれるし・・・

  「分かったわ。

  ハンバーグで良い?って云うか・・・あんたに選択肢はもうないんだけどね」

  冷蔵庫を開けると一通りは揃っている食材。

  こっちに来てからアタシも自炊するようになったからこまめに冷蔵庫の中はチェックするようにしていたんだから。

  こうして考えると凄く大変なことをシンジに毎日押し付けていたなあ・・・って思いながらね。ごめんね、でもホントに美味しかったんだから。きちんと伝えられなかったことにも後悔が残る。

  「でも、アスカ、料理出来るの?」

  「ハルカ・・・それどう云う意味よ?」

  「う〜ん・・・文字どおりの意味なんだけど・・・

  ま、期待してるわ」

  まったく、今のアタシはミサトとは違うんだからね。

 

 

  「ごちそうさま」

  「おそまつさま」

  何だかんだ云って食事が終わったのは九時過ぎだった。

  テーブルの上のお皿を片付けながらアタシは聞いた。

  「どうだった?アタシの料理の腕は?」

  「凄く美味しかったわ。

  ふう・・・でもアスカがあんなに料理出来るなんてショックだなあ・・・

  ひょっとして同僚の中でもわたしだけなんじゃないの?料理が苦手なのは」

  テーブルに突っ伏してハルカは恨めしそうに云った。ハルカの料理が苦手と云うことはあたしたちは皆知っている。ミサトのカレーほどじゃないにしてもちょっとね。

  キッチンで軽い飲み物の用意をしながらアタシはかつての自分のことを思って笑った。

  「・・・なによ、アスカも笑うなんて酷いじゃないの」

  「ふふふ・・・

  ううん、何か昔の自分思い出しちゃってね。

  大丈夫よ、アタシだって昔はシンジに料理作らせっぱなしで自分では何もしてなかったんだから。ハルカだって練習すれば・・・・・・」

  そこまで云ってしまって始めてアタシは自分のミスに気がついた。

  「え〜!!??アスカって、シンジ君と一緒に暮らしてたの?

  なんかそれって・・・ひょっとして同棲?

  なになに?ひょっとして将来を誓いあった仲とか?」

  「な・・・なにバカ云ってるのよ?

  保護者もいたし、一応ネルフの任務だったからしかたないじゃない」

  その保護者はどうしようもないほどずぼらだったけど・・・

 

  心の中でだけそっと呟いて、ミサトのことを思い出した。

  最後に聞いたミサトの声がエヴァシリーズを必ず殲滅、だったんだから・・・考えてみれば色気のない話よね。

  アタシには、それが相応しいかも知れないけど。

  でもミサトは・・・あっちで今度こそ加持さんと幸せになってるかな?

  神さまなんて信じないアタシだけど、これは願ってやまないこと。

  保護者だったけど、なんかお姉さんみたいな一面もあったし。

  もうちょっと早くミサトが『家族』にこだわった理由が解ってたら良かったのにね。

  そしたら・・・ひょっとしたら、アタシはシンジにあんな辛い想いをさせないで済んだのかも知れないのに。

 

  そんなこともあって十時を廻る頃、ハルカはちょっとアルコールの入ってほのかに赤くなった顔で帰っていった。

  「おやすみなさい」って一言残して。

 

  その一言は、何時聞いたのが最後だったんだろう?

  アタシが・・・シンジと別れてから聞いたこともなかったっけ・・・

 

  そう考えると、シンジとの絆がまたひとつ見つかった様で嬉しくなった。

  いつも「おやすみ」って云ってくれた意味。

  無くして初めて分かった意味をこんなカタチで思いだすことが出来て・・・

 

 

 

  何時の間にか東の空にウィニング・ムーンが輝いている。

  どうしてもその月を見ていたくて、アタシはそのまま窓の側のソファに腰を下ろした。

  東の空からゆっくり、本当にゆっくり月が昇ってきているのを感じながら・・・

 

  何時の間にか時計が三時を指してしまって、まだ南東の角度までしかやってきていない月に別れを告げた。

 

 

  今日は・・・良い夢が見られるかな?

  

  最初の頃は・・・夢の中でシンジに逢うと、翌朝現実を突き付けられた時に耐え切れなかった。

  でも・・・今は少し違う。

  夢の中でだけ、アタシはあの頃の自分に戻れる。

  強気な自分、シンジとじゃれ逢っていた自分、怖いもの知らずで前を見ることしか知らなかった自分。そして・・・シンジが側にいて、それを当然の様に感じていられた自分。

  まだまだ子供だったけど、血のつながりは少しもなかったけど、それでも大切な『家族』と共にあれた日々に・・・・・・

 

 

 

to be continued

 

 

 


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’99 Jun 03 初稿完成

’00 Mar 23 改訂第二稿完成




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