終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  アタシは何度目かもう既に忘れてしまったくらい目の前の便箋に意味不明な言葉の羅列を並べてしまって、癇癪を起こして綺麗な透かしの入ったそれを何処かへ放り投げた。

  手に持っていた青色のペンをテーブルに転がすと、手元を照らしているライトにあたってそのまま止まった。

  満月の眩しい光が人工的な照明を押さえた部屋にその存在を強く主張して、青白い影がベランダから緩やかに伸びている。真南に向いているこの部屋にまっすぐ入って来る冷たい優しさ。

  リビングに置いてある飾り棚のひとつだけ写真立てにいれてあるシンジの写真を見つめながら、どうしても自分に云い聞かせられないことの証明のようにさっきから同じことばかり繰り返して。

 

  カレンダーはもう六月になってるし。

  それだけのことに、どれだけ時間をかけたんだろう・・・?

  本当に書きたいのは、伝えたいのは、おめでとうの一言だけなのに。

 

 

 

  アタシがシンジに手紙を書こうと思ったのは・・・きっと些細なことがきっかけ。

  半年前、十二月の初めには何時もシンジからのバースデーカードが届いていた。

  三年前に貰ったときは・・・すごく、嬉しかった。

  シンジがまだアタシの事を忘れていないと云う事が分かって。

  まだ憶えている、あのときの気持ち。

 

 

 

 

 

  いつもの様に家に帰りついたアタシは何気なく郵便受けを覗いてみて、一通の封筒に気がついた。

  オペレータになるために毎日講習とか受けて、出来たらアタシはすぐにでもシャワーを浴びて寝てしまいたい気分だったけど、それに最近では珍しい『手紙』に興味が引き付けられた。

  いぶかし気に差出人の名前を見る。

  「!?シンジ?」

  まさか、此処の住所は教えていないはずだけど?

  そんなアタシの杞憂もすぐだった。

  宛先を見るとシンジの几帳面な文字はネルフ本部宛になっている。

  そっか、転送されたんだ・・・直接渡すんじゃなくってこんな手のこんだ事してくれたんだ・・・・・・

  そっと胸に抱きしめる様に真っ白な、本当に真っ白な封筒を抱え込むとアタシは急いで部屋に入った。

 

  自分の部屋へばたばたと入って行って、リビングのソファに荷物も放り出したままその封筒の事を眺める。

  ペーパーナイフなんて洒落たものはないから、はさみではしっこの所を切り落とす。

  入っていたのは、数枚の便箋。レモンイエローの透かしのはいった綺麗な紙にシンジの丁寧な字が並んでいる。

 

 

 

    たんじょうびおめでとう、アスカ

 

    12月4日だったよね、アスカの誕生日。

    またひとつ大人になったアスカに、おめでとう。

 

    アスカがいなくなってからずいぶん寂しい思いもしたし、自分の気持ちをコントロール出来ない様なときも何度かあったよ。

    でもその度に日向さん・・・眼鏡かけてたオペレータの人だけど、憶えてる?・・・が云うんだ。『本当にそんな姿でアスカに逢いに行くつもりか』『がんばってたアスカに恥ずかしくないか』って。

    アスカが・・・アスカなりに考えた結果なんだって、分かる。

    だから『逢いたい』なんて云ってはいけないんだよね。

 

    僕は・・・まだ、自分の気持ちに整理がついていないみたいなんだ。

    自分がどうしたいのか、どうしたかったのか、まだわかんない。

    実は、アスカがいなくなってからなんだよ、こんな事考える様になったのは。

    そんなところは、感謝してる。

    きっとあのままだったら、アスカに依存するだけの人間だったんじゃないかな?

 

    そうそう、最近学校が始まったんだけど、洞木さんはアスカに会えないって、残念そうにしてた。

    たまには、メールを送ってあげてよ。

    トウジも、ケンスケも、以前と変わってないよ。

    アスカがいないって云うのは・・・ショックだったみたいだけど、それでも何とかやっていけるみたい。

 

    アスカの住んでいるところが分からないから、日向さんに頼んでネルフ経由で送ってもらうけど、誕生日過ぎちゃってないよね?

 

    じゃあ・・・また、来年もまた送るから。

    

 

          碇シンジ

 

 

  読み終わったアタシは、テーブルに手紙を置いたままクッションを抱えてソファの上で泣き出した。

  全てはアタシのした事だったのに、アタシが我が侭通しただけだったのに、それを責めないシンジは・・・

 

  「・・・バカ・・・どうしてそんなに優しいのよ・・・」

  そのままアタシは夜半過ぎまで泣きっぱなしだった。

  でもその涙は、少しも悲しくなかった。

  少しの感謝と、まだ自分には強すぎる想い出。

 

  お礼の手紙は、書かなかった。

  ・・・書けなかった。

  今シンジの事を想い出すのは、シンジとの想い出に浸るのは、アタシ自身を苦しめる事にしかならないから。

  決心が鈍る様な事があっては・・・いけないから。

  手紙の中ででも・・・シンジに甘える様な事はしたくなかったから。

 

  それでも書こうとする度にあの日の、あの頃のシンジの顔を想い出してしまって。

 

  困ったような顔

  苦しんでいる顔

  哀しそうな顔

  そして・・・笑顔

 

  想い出してしまうと、もう何も出来なかった。

  後から後から涙が流れ落ちてしまって・・・昔の記憶に縛られるみたいに。

 

 

 

  そして今も、三年の年を経て自分からシンジに連絡をとってみようと決めた今も、アタシの視界は海の深淵から見上げる太陽のようになってしまっていた。

  ただ、いつもの様に哀しくはなかった。

  あのときみたいにシンジの事を想い出さない様に自分の心を縛り上げるのではなく、素直になろうと決めたのだから。

  ある意味ようやく自分自身にひとつ決着がついた様な感じだったのだから。

  だから、哀しくなんか、ない。

 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Epsode:10  夢を見ずにおやすみ

 

 

 

 

 

 

 

  「おはよう、アスカ」

  「おはよ、ハルカ」

  アタシはいつものようにハルカと電車の中でお互いの姿を確認すると笑顔を見せた。

  「・・・あれ、アスカ、ひょっとして眠いとか・・・?」

  微妙に欠伸をしたアタシをハルカは見のがさなかったみたい。

  そして今日はハルカの後輩も一緒だった。そっか、今日からウチに配属だったっけ。

  「うん・・・ちょっとね。

  そっちの子はハルカの後輩?」

  「うん。

  ひとつ後輩のオペレータ。やっぱり日本から来たんだけど、神谷アイちゃん」

  ハルカが背中をポンっと叩くと彼女はおさげの髪の毛を揺らして挨拶した。

  「神谷アイです。

  よろしくお願いします、惣流先輩」

  何か、マヤを思い出させる様なイメージ。

  「こちらこそよろしくね。

  それから・・・良い?アタシのことはアスカって呼んで。約束よ?

  あんまり堅苦しいのは好きじゃないしね」

  そう云いながらアタシはアイの顔を覗き込んだ。

  「え・・・あの・・・アスカ、さん?」

  「さん付けも無しよ。

  ふ〜ん・・・ひょっとしてハルカってこんな趣味だったの?

  まあ、アイも結構可愛い顔してるしねぇ・・・アタシは文句なんか云わないけど」

  ハルカの顔色が変わった。

  まあ、これも以前アタシとシンジのことをとやかく云ってた罰よね。

  「な・・・!?誤解よ、アスカ」

  「え?

  先輩、私のことキライですか?そう、ですか・・・」

  「あ・・・そうじゃなくて、アイのことは好きだけど・・・」

  「ほらハルカ、自分で認めたんだからもう良いでしょ。

  あんまりのんびりしてると遅刻するわよ」

 

  アタシはそろそろ暖まりはじめた空気を感じながら、駅を出て少し行ったところの仕事場に向かってアタシは歩く。

  そして誰ともなく、空に向かって独り言。

 

  「今日も・・・晴れると良いなぁ・・・」

 

  アタシの声に反応するかの様に少しだけ陽の輝きが強くなった様な気がした。

 

 

  アタシは自分の部屋でいつもの白衣を着ると来ていたメールの幾つかをチェックする。

  仕事の依頼、頼んでおいた処理の報告、新しい機材の搬入予定とか、味もそっけもないようなものばかり。さっさと目を通してデリートしちゃいたかったけど、そうもいかないしね。

  ・・・そう思ってうんざりしながらメールを見ていたら、一通だけ懐かしいアカウントのメールが入っていた。

 

 

  「アスカ、どうしたの?

  アイもさっきからオペレーティング・ルームでずっと待っているんだけど」

  「ん・・・分かったわ、ハルカ。

  ちょっとメール見てから行くから、先に行ってて」

  後ろから声をかけてきたハルカにそんな返事をするともう一回アタシはディスプレイに向き直ってその中から懐かしい名前を見つけだす。

  「ヒカリかぁ・・・どうしてるんだろう・・・」

  机に飾ってある、学校でみんなで撮った写真に目を向ける。

  シンジの肩に手を置いて笑ってるアタシに、ペンペンを抱きかかえて微笑んでいるヒカリ。

  そして心からの笑みを浮かべているシンジ。

  懐かしい、あの日の記憶。

  昨夜諦めたシンジへの手紙のことがもう一度・・・頭に浮んだ。

  貰って嬉しいものだったら、そしてそれにアタシからの想いを込められるんだったら。

 

  ・・・もう一回、がんばってみようかな・・・

  アタシはかばんの中に入れてきたレターセットに意識を移した。

 

 

  「ごめん、待ったでしょ?」

  オペレーティング・ルームに入ると真正面に座っていたアイに声をかけた。

  「いいえ、アスカ先輩。

  ちょっと私も今メール見てたところですから」

  シートの背もたれ越しに顔を覗かせながらアイはアタシに答えた。

  アタシも笑顔でアイに応えて自分の席に向かった。

  「ちょっと、アスカ。

  わたしにはごめんの一言もなし?」

  その横で不機嫌そうにしているハルカにもやっぱり一言だけ謝ってアタシはいつものようにアタシ専用の右端のシートに腰掛ける。

  とりあえずアタシの端末のフリーズを解除してから二人の方を見た。

  「じゃあ・・・今日も始めるけど、アイも出来る?」

  「うん、わたしが指導したんだからばっちりよ」

  そっか、ハルカが指導したんだったら別に問題はないわね。

  「分かったわ。

  でもアイ、分からないところがあったらアタシに聞いて。

  わかんないことは恥ずかしいことじゃないから。

  で、ハルカは昨日の続き、アイは・・・とりあえずオペレータIDの登録からね。

  終わったらやることあるから声かけて」

 

  二人にそう云ってアタシはディスプレイを凝視する。

  此処では個人個人にモニタが二つずつあって、あと大形モニタで必要な時にはモニタ出来るようになっているシステム。

  フォログラフィ形式で使いやすいのよね。流石にお金かかってるものだから目も疲れないし。まさかオペレータが眼精疲労で休職だなんて云ったら目も当てられないものね。

  アタシは自分当てに届いていたメールのリプライを書く。

  いくらデータの通信網が発達したって確認くらい出しておかないと、途中で紛失したってことに気付かないこともあるしね。

  ブラインドでキーボードを叩きながらメールの中身に目を通す。

  さっきも一応概要くらい掴んだものもあるけど、見落としとかあったら大変だし。

  結局科学の発展した今になっても最後に頼りになるのは人間だからね。

  それはあの停電した第三新東京市にいた時にイヤと云うほど思い知らされたこと。

 

  最後の一通・・・ヒカリからのメールだけ私信だから後でゆっくり見ることにしてアタシも自分の作業に入った。

  最近MAGIにさせる仕事の多くは最適値を出すには変数が300から多い時には700以上にもなる様な計算をさせることになる。

  情報量が増えたぶん精度の高い数値が出せる様になったのは確かだけど、それに伴って計算量が莫大に増加したのも事実。最近は全世界のMAGIの許容範囲をも超えようとする勢いで情報が増えてるみたい。もともとそこまで汎用的に使うことは考慮されてなかったしね。

  その為にも新たなアルゴリズムとして遺伝的アルゴリズムの導入が決定されたの。

  要するに、素直に計算をするよりも近似的な最適値しか出せないけれどより効率の良い計算になるはず。

  これは本部からの要請でこっちで考えていたんだけど、結局これが採用されることになったの。アタシの提案だったから基礎理論から応用面まで全てアタシが指揮して実用化を目指すことになって。

  

 

 

 

  「アスカ、ご飯にしない?」

  「ふぇ?」

  突然のことだったから思わず変な声が出ちゃった。

  コマンドの最後のリターンキーを小指でぱしっと叩いて時計を見ると、もうすぐ一時。

  そっか、アタシもけっこう集中してお仕事してたわけだ。

  昔なんかけっこう集中力なくっていらいらしてたこともあったのにねえ・・・

  「そうね、じゃあ行こっか」

  二人を促してアタシ達は社員食堂へと向かった。

 

  「ねえ、ハルカ、アイ」

  アタシはサンドウィッチとコーヒーの載ったトレイを前にして、それに手をつける前に二人に声をかけた。

  「あのさ、手紙を書くときって・・・どうしたら良いのかな・・・」

  「「?」」

  ハルカとアイは顔を見合わせている。

  「だから・・・ずっと手紙を書いていなかった相手に書こうって思ったら・・・どんなこと書けば良いか、その・・・教えてくれない?」

  ちょっと俯きながら云うとハルカが紅茶に口をつけた。

  「そりゃあ・・・アスカ。何が書きたいの?

  その書きたいことを素直に書くのが一番じゃないの?」

  「そうですよ、アスカ先輩。

  自分が思ってることを書けばそれで良いんですよ。

  もともと自分の思ってることが全部相手に伝わるわけないんだし、正直な気持ちを書いて相手に少しでも解ってもらえた方が良いに決まってますよ。

  何も書かないで誤解されるようなことがあったら目も当てられませんもん」

 

  当たり前の様に云い返した二人の顔をアタシはまじまじと見つめ返してしまった。

  あまりに簡単に返されてしまった事に。

 

 

  そっか・・・

  アタシに足りなかったのはこの気持ちなんだ。

  シンジにどう思われるかって云うことよりも、先にアタシの方がどう思っているかって云うことを伝えないと何も始まらないんだ。

  「でも、どうしたの、アスカ?」

  考え込んでいたアタシにハルカが云った。

  「うん・・・ちょっと、ね。

  ありがとう、アイ、ハルカ」

  「・・・いきなりなによ?」

  「先輩、変なものでも食べました?」

 

  結局そそくさとご飯を食べるとアタシは自分の部屋に戻って、バッグに入れてあった便箋を取り出す。そしてペンケースからお気に入りの青いペンを取り出す。

 

  云いたいこと

  伝えたいこと

  想っていること

  知って欲しいこと

  そんなこと考えていたらきりがないから、今はとりあえず・・・書き始めなきゃ。

 

 

 

 

    Happy Birthday

             Shinji

    シンジ、久しぶり。

    6月6日、アンタの誕生日でしょ?

    この日にあんたが生まれてこなかったら、アタシたちは出逢う事がなかったのよね?

    そんな大切な日に、心からおめでとう。

 

    こっちの生活も、慣れてしまえば結構良いのよ。

    住めば都って、云うんだったけ?

    でもやっぱりシンジのあの紅茶の味が出せなくて苦労してるところ。

 

    今まで、手紙出せなくてごめんなさい。

    シンジの事、忘れたわけじゃないから。

    シンジの事想い出すと辛かったから、だから書けなかったの。

    でもこれからは大丈夫。

    きっと・・・壁をひとつ乗り越える事が出来たと思うから。

 

    来年もまた祝ってあげるから、

    そのときは・・・またアタシの言葉を受け止めてくれる?

 

 

          From ASUKA

 

 

 

 

 

 

  ホントに云いたかった事、書けなかったのかも知れない。

  もっと大切な事が書きたかったのかも知れない。

  心の底で願っている事があったのかも知れない。

  でも良いの。

  それは、なにも今すぐに伝えなければいけない事ではないのだから。

  来年でも、再来年でも、伝えるチャンスはいくらでもあるって信じているから。

 

 

 

 

  あ、勤務中だ。・・・まぁ、良いわよね。これくらい。

  今までがんばってきたんだからちょっとくらいは。

  そうやって自分に言い訳をする。

  後ろめたいことをするとき、自分に対してわざわざ言い訳までしてしまう自分のことはまだ好きになれない。

  他人に自分の価値を認めさせることに必死になっていた自分を無意識のうちに思い出させてしまうものだから。

 

  テーブルの上の薔薇の花。

  ピンクとオレンジ色のコントラストにアタシの目は引き付けられる。

  薔薇の花言葉って『純愛』だったかしら。

  純粋な愛って、どんなもの?

  純粋じゃない愛って、どんなもの?

  『愛』は『愛』

  相手を愛おしく想うキモチ

  相手を大切に想うキモチ

  いつまでも一緒にいたいって・・・想うキモチ

 

  伝わるの、このキモチ?

  解らないの・・・・・・でも、届いて欲しい。

  一年に一度だけは・・・・・・アタシのことを想い出して欲しい。

  アタシはまだシンジのことを愛してるって、伝えたい。

 

 

  想いがいつ届くのかなんてそんなこと解らない。

  でも、こっちから行動に出ない限り相手に届くことはあり得ないのだから。

 

  だから・・・・・・

  そう、これがアタシの本音。

  シンジには幸せになって欲しい。

  ホントはアタシからの手紙なんか欲しくないかも知れないけど、一年に一度だけの絆は守りたいの。

 

  わがまま?

  そうね、アタシのわがまま。

  だって、今はもう自分のキモチを隠すことなく云えるのだから。

  アタシはシンジのことを愛してますって。

 

 

to be continued

 

 

 


 御意見、感想、その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

 またソースにも幾らか書き込みがありますのでよろしければ御覧下さい。

’99 Jun 10 初稿完成

’00 Mar 30 改訂第二稿完成




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