終末の果て

 

THE END OF EVANGELION after story

 

 

 

 

  「サードインパクトを起こしたのは・・・僕なんだ・・・」

 

  それまで必死に隠していたかの様な傷を、僕は晒した。
  たった一言だったけど、ずっと避けていた一言。
  そして、
  刻がとまった、様な気がした。

 

  「碇・・・」

  「碇、君?」

  「センセ・・・」

  たった一人、何も云わなかったのはカナエちゃんだった。
  俯いたままで遠くを見る様にして。
  堪え難い傷に堪える様な、苦しそうな表情をしたまま。

  

  やがて縋る様に僕に訴えかける。

  「それ、本当・・・?
  嘘よね?ねえ・・・お願いだから嘘って云って。お願い・・・」

  彼女の声が僕の心を掻きむしった。
  僕だって否定出来ることなら否定したい事実。
  父さんに呼ばれたとか、カヲル君を殺さねば僕達が死ぬ事になったとか、そんなことじゃなくて・・・もっと根本的に、僕があの時勇気がなかったがために熾ってしまった事実。

 

  何時まででも黙っているわけにはいかない。

 

  勿論・・・黙っているだけだったら、出来ると思う。
  けど・・・それではいけないって、思った。
  全ての罪は僕にあったのだから、僕自身の手で暴かないと。
  このまま此処で停滞してしまうわけにはいかないのだから。

 

  今のままで・・・ある意味幸せかも知れない。
  けれどいつも僕のココロの奥に固まっているものが溶けていかないから。
  この濁った様な気持ち悪さにこれ以上耐えることは出来そうにないから。

 

  これ以上は・・・隠しておきたくないから。
  僕の事を知っているヒトが身近に欲しいから。
  全てを共有してくれるだなんて思ってないけど。
  それでも・・・僕の弱さなのかも知れないけど、自分に正直でいる為に、証人になってくれるヒトが欲しいから。

 

 

  逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ 逃げちゃダメだ

 

  自分に云い聞かせると、僕は話し始めた。
  誰のためでもない、自分自身のために。
 

 

 

 

 

 

 

   THE END OF EVANGELION

 

       The story after conclusion

 

       Episode:13  片翼だけの天使

 

 

 

 

 

 

 

  「僕は・・・カヲル君をこの手で殺してから・・・ずっと自分の殻に閉じこもっていたんだ・・・
  トウジやケンスケたち、みんな疎開してから、戦自がここに攻めて来て・・・
  アスカは戦ったんだ。
  九体のエヴァシリーズとたった独りで。

  でも僕は・・・自分の殻に閉じこもったままだった。
  エヴァに乗っていた価値すらも判らなくなって・・・自分で何かすることを放棄して。
 

  初号機が起動してから見たのは・・・エヴァシリーズに喰われていた弐号機だった。
  今まで信じてきたものが壊れた様な気がした。
  心の何処かでそんなことには絶対にならないって信じてきたものに裏切られた気がした。

 

  磔にされた初号機の中で見たのは・・・綾波だった。
  本部の地下深くにあったリリスも、そしてエヴァシリーズも全て綾波の顔になって・・・気味悪く笑うんだ。
  僕の心を見透かす様に、僕のやってきたこと全てを嘲笑うかの様に・・・」

 

  どんなに消そうとしても決して消えない記憶が脳裏を過って、身体が強張るのを感じた。
  思わず逃げ出しそうになる。

 

  「サードインパクトで・・・LCLに溶けたとき、僕の目の前にはアスカがいた。
  心の中で・・・アスカが責めるんだ。
  僕はアスカしか頼れるものがないって思っていたら、思いっきり否定された。
  僕は父さんのことが怖いから、ミサトさんのことも、加持さんのことも、綾波のこともみんな怖いから、だからアスカに縋っているだけだって・・・そう云われた。

 

  

 

  自分が情けなくって、許せなくって、それなのにあのとき・・・使徒との闘いの中でアスカは僕の存在を求めてくれた。
  その想い一つで頑張って来れたのに・・・
 

  サードインパクトから、LCLから戻ってきてようやくアスカとお互いのことを分かりあえると思っていたら・・・アスカはまた僕の元を去って行ってしまった。
  どうして良いか、分からなかった。
  今も・・・・・・」

 

 

 

 

 

  カナエちゃんがこっちを向くとゆっくりと話しはじめた。
  さっきと同じ悲しそうな目のままで。

  「シンジにいちゃん」

 

シンジ君

 

重くのしかかってくる様な言葉

・・・いや、重くのしかかっているのは僕に対してだけなのかも知れない

僕の意識が・・・そんな言葉を重く感じさせているのかも知れない

 

  「どうして・・・
  どうしてそないな事を云うの?」

 

君はどうして今まで君を信じてくれるヒト達に云わなかったんだい?

 

僕のやってきた事への償いが出来るかって云われたら・・・

出来ないとしか僕は云えなかったから

アスカを傷つけて、そのまま後を追う事も出来なかったのだから

 

  「他のヒトじゃ、だめなの?
  そうしてもシンジ兄ちゃんを傷つけまでしたその人でないとあかんの?」

 

セカンドチルドレン

彼女でないといけないのかい?

 

分からない・・・分からないんだ。

あのときは、エヴァに乗っていたときは・・・

綾波の事も、アスカの事も同じ様に大切だったんだと思う。

でも・・・今の気持ちは・・・

 

  「どうして・・・そこまで彼女にこだわるの?
  変わってしまったかも知れないヒトなんやろ?
  シンジにいちゃんを置いて行ってしまったヒトなんやろ?」

 

彼女でないといけない理由でもあるのかい?

 

ただ・・・

あのとき僕はアスカの事だけを考えていたんだと思う。

アスカの笑顔が眩しくて

アスカと一緒だった日々を思い出して・・・

何回罵られたんだろうね、サードインパクトの最中に

それでも・・・僕はアスカがいる世界を望んだんだ。

 

  「ねぇ、じゃあ・・・どうして今までその事を云わへんかったの?
  私はともかく、誰にも話さなかったんやろ?」

 

シンジ君

ココロの壁は・・・確かに君を傷つけるものだよ

それはあのときも云ったね

でも・・・他人に怯えて

理解してもらえない事を怖がってばかりいたら・・・

決して理解し合える事なんてないんだよ

 

 

 

 

 

  サードインパクトの最中、僕は誰にも見てもらえなかった。
  だって・・・他のヒトは僕で、僕は他のヒトだったんだから。
  自分が他のヒトを見ようとしていないのに、他のヒトが僕を見ようとすることなんてあり得なかったんだ。

  寂しかった?
  ううん、そんなことはなかった。
  エヴァに乗る前の生活、アスカと出逢う前、どうしても自分の認めることが出来なかったあの頃。
  あの頃に戻ったと思えば・・・何でもなかったはずだったんだ。

  それでも僕は戻ってきた。
  何故?
  傷つけ逢うことは判っていたのに。
  相手を傷つけて、自分も傷ついて、傷だらけになりながら・・・それでもお互いの間に何かを求める様な、そんな辛いことの連続になることは判っていたのに。

 

 

 

  そう云えば・・・
  いつの頃だったんだろう?
  僕は以前にもこんな思いをした様な気がする。
  自分の思いを全て吸収されてしまう様な辛さ。
  でもそれは同時に幸せだった様にも感じた。

  そうだ、チェロを始めてしばらくしてからだった。
  チェロの先生が少しだけ弾かせてくれた『ガダニーニ』
  1700年代にイタリアで作られたチェロの名器。
  まだ僕の手には大きすぎたけど、それでも精一杯弾いた記憶がある。

  弾く・・・その言葉すらも不適切な気がする。
  ただ単に僕はチェロから音を引き出しただけなんだから。
  音は最初からそこにあって、後は僕が自分の持っている力を使ってこっちの世界に引き出すだけだった。
 

  ガダニーニは、しっとりとしたニスの感触と共に重みがあった。
  質量と云う意味ではなくて・・・なんだろう?
  まるで転々とした持ち主全ての想いでもその中につまっているのではないかと信じたくなるくらいに。

  そうか、きっと・・・僕の気持ちも・・・ずっとここに逢ったんだね?
  ただそれに目を向けることが怖くて、ずっと逃げ回ってただけなんだ。
  逃げるのをやめたときには既に何処に逢ったのか忘れてしまった様な、そんな感情だったけど。
  それでも・・・きっと僕が僕である為に、自分のしてきたことを認める為にも、必要な『気持ち』。

 

 

 

  

  「ねえ、お兄ちゃん」

  不意にカナエちゃんが声を出した。

  「・・・何?」

  「その・・・アスカ、さん?
  そのひとにお兄ちゃんは云ったん?」

  「何、を?」

  「お兄ちゃんがアスカさんのことをどう考えているかってこと。
  云わないと、何も分からへんよ?」

  そう云ってくれた彼女の顔は、少なくとも晴れやかな顔をしていたと思う。

 

  「そうやで、シンジ」

  「トウジ・・・?」

  「そうだよ、碇。その通りだ。
  おれたちはお前がどんな気持ちでエヴァに乗っていたか知ってるんだぜ?
  あの惣流といつもいたじゃないか。
  いつも支え逢ったいたくせに惣流に振られたからってそれで諦められるのか?
  戻ってきてから、分かりあえたんだろ?

  もう一回、話してみろよ。
  このまま終わりって云うのは哀しいぞ」

  洞木さんもトウジの腕にしがみつきながら、潤んだ瞳を僕に向けながらそっと話した。

  「碇君、アスカ、きっと泣いてるわ。
  アスカを慰められるのはあなたしかいないのよ?
  アスカが意地っ張りなのは知ってるでしょ?

  追いかけなさいよ。
  ユニゾンの時、憶えてるでしょ?
  きっと、アスカは待ってるわよ、碇君が追ってきてくれることを」

 

  そして再びケンスケが口を開いた。

  「惣流は・・・碇のこと、意識してたよ。ずっとな。
  あのあとで何があったかは詳しく知らないし、きっと話されてもお前の苦しみは分からないと思う。
  それでも、好きって云えるのか?
  責められて、罵られて、それでも好きって・・・云えるのか?」

 

  凄く静かな声だった。
  彼がこんな真剣な表情をできるのかと思うくらい・・・真摯な目をしていた。

 

  「うん。
  これだけは」

  まっすぐにケンスケの目を見つめて僕は返事をする。
  ふっとケンスケの表情が柔らかくなった。

 

  「そうか・・・・・・じゃあ逢いに行けよ。
  ずっと逢ってないんだろ?
  もう一回直接逢って、話をしてこいよ。
  惣流がもう一回日本に来ることを待つ必要なんかないさ。行ってこいよ」

  「でも、アスカは・・・」

  僕の言葉を遮る様にしてトウジが続けた。

  「惣流が来るなっていったら、それはセンセにとって絶対の言葉なんかい?
  センセがどんなに逢いたくても逢いに行かへんのか?
  そんなに惣流への愛は小さなものなんか?」

 

 

 

 

 

 

  そっか・・・
  そうだよね
  昨日もそう思ったじゃない。
  僕の為だって思うくらいだったら、それは間違ってるってアスカに伝えたいって。
  だったら・・・僕が伝えに行けば良いじゃない。
  別に加持さんに頼らなくたって良いんだ。

  小さなことに囚われ過ぎていた自分だったけど。
  でも・・・やっぱりこのことをみんなに話して良かった気がする。
  だから云える、この一言。

 

  「ありがとう」

 

 

 

to be continued

 

 

 


  御意見感想その他は てらだたかし までお寄せ下さい。

  またソースにも幾らか書き込みがあるのでよろしければ御覧下さい。

'99 Aug 22 初稿完成

'00 Jul 07 改訂第二稿完成



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