カラス 〜残酷な世界で〜
 
 
 閉じていた目を開くと空を覆うように繁っている木々の枝が見えた。その隙間から木漏れ日のように月明かりが差し込み、地面に倒れる私を照らしていた。月明かりは細く、あまりにも頼りない。
 だが、私は月明かりによって薄められた闇を見通すことが出来た。
 淡い闇の中には、徹底的に破壊された死体が幾つも転がっていた。千切れた手足が地面のいたる所に散らばっている。へその辺りで二つになった胴体からピンク色の内臓が飛び出し、地面にベッタリと張り付いていた。内臓が木の枝から蔓のように垂れ下がり、中に残る体液を地面にこぼしていた。焼け焦げた頭部はザクロのように割れて、元の形をとどめてはいない。
 失敗を悟った途端、彼女のことが心配になった。
 彼女は無事だろうか?
 私は仲間の死を悼むより彼女の安否を確認するのを優先させた。
 そして、彼女の姿を求めてスライドさせた視界に飛び込んできたモノを見た瞬間、私は息をのんだ。
 私は『彼女』がどうなっているのか理解したくなかった。それが夢であると信じたかった。
 激痛すら無視して、私は這い寄り、『彼女』だった物を抱き上げた。半分になった『彼女』は軽く、私が強く抱き上げたせいで腹腔からズルリと生々しいピンク色の蔓が飛び出た。生気を失った青い瞳は虚ろに見開かれ、月を映していた。短く刈られた金髪は血と泥にまみれて見る影もない。私は目の前にある現実から目を反らしたかった。だが、腕から伝わる『冷たさ』が許してはくれない。
 喉の奥が痺れていた。体の震えを止めることが出来ない。言葉を紡ごうと口を開いても、声が出なかった。
 渦巻く感情が思考を千々に引き裂く。ただ、私が理解しているのは、彼女が死んでいると言うことだった。
 もう二度と彼女は私を見つめない、私の名前を呼ぶこともない。
 その瞬間から全てが失われる、それが『死』だ。
 私達が一体何をしたのだ。
(人を殺してばかりいてさ、私達……何のために生まれてきたんだろうね?)
 私達は人として生きることを望んだだけだ。 
(逃げようよ! 何も見つけてないのに、殺されたくないよ!)
 それさえ、罪にまみれた私達には許されないのだろうか。
(信じてるんだ……この世界の何処かには私達を望んでくれる神様だっているって)
 祈りは通じない、奇跡は起きない。
 私達の存在を望む神も、誘惑する悪魔もいない。
(自由に生きるの。そして、小さな家と家族……ちっぽけだけど、当たり前の幸せを手に入れるの)
 浮かんでは消えてゆく思い出に胸を締め付けられた。
 『彼女』が望んでいたのは自由、その代償に命を失った。
 そして、私は自由を手に入れて、命よりも大切な人を失ってしまった。求めていた物の代償は遙かに大きかった。
 自由を得るために逃げ出すのが正しかったのか、座して死を待った方が良かったのか、どちらを選んでいれば良かったのか、それすらも私には分からなかった。
 得たのは自由、失ったのは命より大切な人。
 

(つづく)


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