時と言う時間の流れとともに・・・
第5話
・・・真実の奥に映るもの・・・
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ブロロロ・・・
低いエンジン音を立てて車が走り出した。
懐かしいミサトさんのハンドルさばき・・・
相変わらず荒っぽい・・・
でも、僕はこの荒っぽい運転のおかげであの時は助かったんだ。
そう、僕がはじめてミサトさんとであった時
初めて、使徒、そしてエヴァを見たとき
あれから・・・・ずいぶん時が過ぎた・・・
驚くほど早い時の流れ・・・僕の過ごしてきた日々・・・
エヴァのパイロットとして、いろんなことがありすぎた1年・・・
七転八倒を繰り返していた一年・・・
そして、今・・・・
ミサトさんが僕に教えてくれた、『過去』を捨てることなど、絶対にできない・・・たとえ逃げることはできても、と言う言葉がいまでも心に残っている。
今の僕・・・そして昔の僕・・・
昔の僕がいるから今の僕がいる・・・過去と未来・・・因果関係・・・
何年かすれば『今』が『過去』になる。
そして、僕が知らない『未来』という時を僕は生きる。
『未来』の僕は一体何をしているのだろう・・・
何を信じて生きているのだろう・・・
前に、加持さんが言っていた事・・・
「人生にはなにがあるか分からない・・・だから、面白いんだ、人生って奴は・・」
僕はまだ、そんな風には思えない・・・
なにが起こるか分からないことが、とても怖い・・・
次の瞬間になにが起こるのかを本当に知りたいと願う事もある。
もし、それを知る事ができればどんなに良いかとつくづく考えてしまう・・・
前にアスカにその話をしてみたら、例の「アンタ、バカァ〜?」という言葉で返されてしまった。
確かに常に前を向いているアスカには愚問だったかもしれない。
そう言うと、僕はアスカに本気で怒られた。
僕は忘れていたんだ。アスカにだって僕と同じ辛い『過去』があったってことを・・・
アスカは言う・・・
『未来』は自分が創るものだ。そして、『過去』を否定する人間にはそれはできない。
昔の自分はそうだった、だからそれが分かる。
だから、自分は出きる限り前を向いて生きていくのだと・・・。
「前か・・・」
ふうっと溜息をつくと、僕は車のウィンドウ越しに前をみた。
崩れかかったビル・・・荒れ果てた地形・・・
2年経った今も、いたるところでこういった風景を見る事ができる。
・・・これは『今』だ。
何年か経ってどうなっているかは、僕には想像もつかない。
だが、どうしてこうなったのかは僕はこの目で見てきている。
使徒との戦い、戦略自衛隊による破壊、そして・・・サードインパクト・・・
今、僕の瞳に映るこの光景こそ僕の過去の表れのひとつなのかもしれない。
『心の中の過去』というのは、思いでとして存在し、正確には存在しない。
従って、自分の都合の良いように創りかえることができる。
そうして人間は嫌な事を忘れ、明日に向かって生きていくことができるのだ。
でも、すべての過去が心の中にのみ、思いでとしてに宿るという事などない。
僕の目の前にある光景のように、思いで出はなく『今』とつながる過去だって確かに存在するのだ。
現実という時の中では・・・・
・・・・僕の持つ過去の場合は・・・それらがほとんどだ。
そして・・・それらを都合良く作り変える事はできない。
そうしたところで、決して変わる事のない事実が存在しているのだから。
でも、その事実を無理に変えようとして、事実から逃げまわっていても結局はなにも変わらない。
重くのしかかる『過去』から本当に逃げる事なんて出きるはずがない。
ミサトさんやアスカにも言われた、そしてなによりも自分で体験した。
逃げていてはなにも変わらない・・・
過去を理解し、逃げるのを止めた時初めて『未来』というものが見えてくる気がする。
・・・だから、僕は逃げない・・・
・・・過去から・・・
・・・真実から・・・
・・・そして、なにより自分から・・・
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「・・・ミサトさん、アスカの話を・・・聴かせて下さい・・・」
ミサトさんは無言で頷いた。
ミサトさんは車を脇に寄せた。
廃墟と呼ぶに相応しい、荒れ果てたビルの屋上の跡のような場所だった。
車を降りると日はすっかり沈んでいた。
冷たい秋の夜風が僕の頬をさわる。
ミサトさんは、ジャケットの内ポケットからジャケットと同じ色の煙草を取り出した。
自分を冷静に保つためには煙草が一番だと、ミサトさんは言う。
確かに、ミサトさんが徹夜で仕事をしていた翌朝にミサトさんの部屋に入ると、ミサトさんのつけているラベンダーの香水と、コーヒーと煙草が混ざった不思議な香りがしていたものだ。
箱から1本抜き取り、口にくわえた。
火をつける。
一瞬ついたライターの明かり・・・
だが、それも煙草にうっすらと余韻を残し、すぐに消えた。
ミサトさんは煙幕をはるかのように、せっせと煙草をふかした。
・・・そして、頬をくぼませて、煙草を深く吸いこんだ。
ゆっくりと煙を吐き出すミサトさん・・・
僕にはそのミサトさんの動きがスローモーションに見えた・・・
「・・・・やっぱり・・・シンジ君にはばれちゃったんだ・・・」
・・・僕に確信があったわけではなかった、けど、なにかを感じたんだ。
なんだか良く分からなかったけど、ミサとさんの何気ない返事に違和感を・・・
『なんの話だったんですか?』
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『ん〜?何でもないわ・・・』
『なんでもないわ・・・』
『・・・なんでも・・・』
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・・・やっぱりそうだったんだ。
ミサトさんがあんな中途半端な返事をするはずがなかった。
アスカは気付いただろうか?
いや、そんな事より、何故ミサトさんはあの時言わなかったんだろう・・・
-----!!!!!
まさか!!
僕はミサトさんの顔をみた。
ミサトさんは僕の前では見せた事のないような険しい顔をしていた。
「ミサトさん・・・ひょっとして・・・」
ミサトさんは無言で頷くと、煙草をはき捨て、足でもみ消した。
あたりは完全に闇と化した。
遠くにポツポツと町の明かりが見える。
「・・・・シンジ君・・・」
不意にミサトさんは口を開いた。
僕は無言でミサトさんの言葉を待った。
平常心を装うように心がけたがやはり無理だった。
僕の頭の中でいろいろな思いが交錯する。
そして、すべてが悪い方向に向かっていってしまう。
頭を振ってみたがダメだった。
そんな時ミサトさんが、再度口を開いた。
「・・・アスカ・・・もう、ダメなの・・・」
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僕の頭は真っ白になった。
ミサトさん何を言っているんだ・・・
アスカがダメ?どう意味??
アスカを物みたいな言い方しないでよ・・・
アスカは人間だ・・・僕の愛する女の子だ・・・
どうして、ダメだなんて言うんだ??
ミサトさん・・・・・
第一ダメって、ダメってなんだ??
・・・わからない・・・
・・・ダメ、だめ、駄目・・・
頭がぐらぐらする・・・
僕はどこへ行くんだ・・・
次の瞬間僕は倒れそうになった。
ミサトさんが支えてくれなかった確実に地面に頭をぶつけていた事だろう。
「・・・シンジ君・・・」
ミサトさんは歯を食いしばっている、だが、下唇がふるえていた。
「・・・ありがとう・・ございます。」
僕はミサトさんの手をそっとどかして、自分の足でたった。
かろうじて立つことはできたが、膝ががくがくしていた。
全身の毛が総毛だっていくような衝動に刈られた・・・
スウーっと血液が足のほうに降りてくるような感じがした。
つばを飲み込もうとしたが上手く行かなかった。
喉だけが音を立てた。
喉の渇きはおさまらなかった・・・
「シンジ君・・・大丈夫??」
ミサトさんの厳しい瞳が僕を萎縮させる。
ミサトさんの辛さが僕にもひしひしと伝わってきた。
こんな辛さを、今まで一人で背負ってきたのかミサとさんは・・・
なんて強い人なんだろう・・・
ミサトさんは自分を弱い人間だという。
でも、僕にはそうは思えない、ほんとに、強い人だとおもう・・・
「ミサトさん、すみません、続けてください・・・」
僕は本当に頭が下がるような思いで返事をした。
「アスカの症状は、前にも言ったとうり・・・確実に悪くなってきているわ・・・助かる見込みは・・・ほとんどゼロよ・・・」
再び僕の身体を衝撃が走った。
でも、実は分かっていたんだ。
この時がくることを・・・
ミサトさんが不思議な行動をとった時から分かってはいたんだ。
でも、認めたくはなかった・・・
そんな事をしたら、現実になってしまいそうな気がしていたんだ・・・
だから、自分からは絶対に聴こうとはしなかった。
結局、また僕は逃げていたのかな・・・
「シンジ君も知ってはいると思うけど、もちろん原因はエヴァ・・・
アスカの場合、シンジ君と違って、子供のころからからLCLに浸りつづけたから・・・
免疫力のほとんどないうちからLCLに触れるのはホントに危険な事なの・・・」
ミサトさんはホントにすまなそうにしていた。
「・・・・ミサトさん達はそれを知っていたんですか?!!なのに!!」
僕ははっとして、そこまで言ってやめた。
いまさら、ミサトさん達をせめても意味がない事を知っていたから・・・
こんな事を言ってもミサトさんを傷つけるだけだと思ったから・・・
「ごめんね・・・あなた達にはホントに・・・」
「すみません・・・僕も・・・つい・・・」
実際のところ、僕の苛立ちは取れてはいなかった。
どうしようもない怒りが腹の中で膨れ上がっていた。
僕はそれを必死に押さえようとしていた。
怒りの矛先はミサトさん達ではなく、僕自身に向けられていた。
なにもできない自分に・・・
好きになった人を、またも失ってしまうかもしれない・・・・
にもかかわらず、なにもできない僕に・・・
その瞬間、僕の頭に綾波の微笑む顔が浮かび上がった。
・・・なんで、こんな時に綾波が・・・・
ーー!!!!!
僕ははっとした・・・
僕は・・・・また、もう少しで逃げてしまうところだった。
まだ、アスカは生きているんだ、生きようとしているんだ。
僕がこんなんでどうする!
覚悟なんて当の昔にできているはずじゃないか!
あの時、アスカの病状を教えてもらった時から、こうなる事は予想されていたんだ!
僕が、アスカを支えなくちゃいけないんだ!
こぶしを強く握る・・・
爪が皮膚に食い込んでいく・・・
僕が・・・今しなきゃいけない事は・・・
・・・真実を知ることだ・・・
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「ミサトさん・・・アスカは・・・そのこと・・・気がついているんですか?」
「・・・ううん、言ってないわ・・・言えるわけないじゃない・・・でも、アスカ自身、自分の身体になにか異変が起きていることは、少なくとも気がついているはずよ・・・」
「・・・そう・・・ですか・・・」
僕はほっとした・・・が、同時に辛くなった。
アスカは、なにも知らないのか・・・
ただの病気くらいに感じているのだろうか?
でもそれは、アスカにとって良いことではないのか?
でも、どうして僕は・・・こんな気分なんだろう・・・
ミサトさんは、どう思っているんだろう・・・
いや・・・そんなことはどうでも良い・・・
僕はミサトさんに最後の質問をすることにした。
「・・・ミサトさん・・・正直・・・驚きました・・・
でも僕がホントに知りたいことは、病状のことではないんです・・・」
「・・・・わかっているわ・・・シンジ君・・・」
『・・・・アスカは・・・あとどれだけ生きられますか・・・・』
<つづく>
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