時と言う時間の流れとともに・・・

第七話

・・・I MIGHT BE ABLE TO DO ANYTHING・・・ 









ブロロロ・・・・


僕はミサトさんのテールランプに手を振った。

朝の6時

今日も良い天気になりそうだ。

僕は睡眠不足で身体を縦に伸ばした。

骨の節々がぎしぎしとしなるようだ。

なれないことはするもんじゃないな、とつくづく感じた。

ミサトさんはこれから仕事だろう。

精神的にも肉体的にも本当に強い人だ。

近所の早起きのおばさんに挨拶をして、僕は階段のほうに歩いていった。

本当はエレベータを使えばいいのだが、体を起こさなければならなかったのであえて階段を選んだ。

螺旋状に作られた階段を一段一段ゆっくりと上っていく。

眠気と疲労から頭がふらふらした。

途中階段から少し身を乗り出して景色を眺めてみた。

見慣れた住宅街がそこには広がっていた。

さっきのような、不思議な雰囲気はまったく感じなかった。

子供のように、階段の数を1,2・・・と数えながらようやく4階についた。

しめて、96段・・・なかなか良い運動になった。

401号室。

ここが僕の部屋だ。

前とほとんど変わらないつくりの4LDKだ。

前同様、ネルフが管理しているので家賃を払う必要はない。

僕はもうEVAのパイロットではないわけだし、自分で払いますといったが、ミサトさん達に、これも退職金の一つだからと言われ、お言葉に甘えることにした。

今考えるとあの時の選択は正しかった。

と、言うかミサトさん達にしてみればこのことを見越しての勧めだったのかもしれない。

今もそうだが、当時の僕にはほとんど収入と言えるものがなかった。

たしかに、EVAのパイロットには莫大な謝礼金が退職金と言う形で支払われた。

でも、やっぱりそう言うものはいざと言う時のためにとっておくものだということは僕でもわかる。

まあ、そんなわけで独り暮らしには豪勢過ぎるほどの部屋で僕は毎日を送っている。






ガチャ・・・ギー・・・バタン


「・・・ただいま・・・」


僕の声がこだまする。

誰も答えてくれるはずはないのだが、独り暮らしをはじめてずっとそうしてきた。

これもミサトさんから教わった事だ。

そうしていると、答えてくれる人がいると言うことの大切さがわかると言うことだった。

たしかに、暗い玄関で返事の帰ってくるはずのない「ただいま」を言うということはあまり気持ちの良いものではない。

「お帰り」と言う言葉も近頃言っていない。

いざっていう時に忘れてしまうような気がしてたまに練習してみることもある。

だが、玄関の鏡に映る一人二役を演じている自分を見てすぐにやめてしまうのがほとんどだ。

ほんとにその「いざという時」なんてものはくるのだろうか・・・・






靴を乱暴に脱ぎ捨てて自分の部屋のほうへと向かった。

カバンを放り投げ、そのままベッドにうつ伏せになり目を閉じた。

はあ、と溜息をつくと生暖かい空気が枕と自分の顔の間にたまるのがわかる。

ふと、目を開けて時計を見た。

時計は6時半を指している。

僕の部屋の時計は五分早いので今は25分と言う事だ。

頭の後ろを掻きながら、ベッドから立ちあがってクローゼットからタオルを数枚引っ張り出した。

すべてのタオルには「ネルフ」のマークがプリントされている。

これも僕が一人暮らしをすることになった時にネルフのみんなからもらったものだ。

まあ、タオルはともかく、やっぱり今の僕があるのはミサトさん達、ネルフのみんなのおかげなのかもしれない。

ふと、机の上を見ると僕がアスカの病気のことを知るために医者から借りてきた専門書の側に写真立てが転がっていた。

僕は机の上にうつ伏せになっていた写真立てを起こした。

写真には・・・もう帰らぬ人となった父さん・・・そして、小さいころの僕が映っている。

相変わらず、ぶっちょう面の父さんと無邪気な僕・・・対照的に見えてどこか似ている二人。

・・・父さんはサードインパクトの時に結局還らなかった・・・

向うには母さんがいるのだから、父さんにとってはそのほうがよかったのかもしれない。

結局、僕は父さんを理解できなかった。

いや、わかろうとしなかっただけなのかもしれない。

まあ、今となってはどうにもならないのだが・・・

父さんのことを思い出せるものは唯一この写真だけなんだから・・・

僕は無造作に写真立てを机の引き出しに押し込むとバスルームへと向かった。

手早く服を脱いでシャワーを浴びた。

熱めの温度に設定されたお湯が僕の皮膚に刺激を与える。

時間がないので風呂には入らなかった。






タオルで頭をこすりながらリビングへと向かう。

頭はずいぶんとすっきりした。

壁に貼ってあるカレンダーを見る。



・・・そうか、今日は水曜日なんだ・・・

アスカのとこに遅くなるからって連絡いれなきゃなあ・・・

今日は看護婦さん・・・大変だろうなあ・・・

そんなことを思いながら、受話器を手に取り、ダイヤルをプッシュする。

ピポパピポパ・・・・・

プルルルル・・・・プルルルル・・・・



メモ帳になんの意味も持たない記号や文字のようなものをぐにゃぐにゃとかきながら、相手の応答を待つ。



「はい!第三新東京市総合病院でございます。」


「・・・あ・・・あの・・・すみません、碇ですが・・・」


相変わらず僕はこう言うないようの電話は苦手だ。

どうでもよいことが頭の中に浮かんでしまう。

そして、いつもそのごちゃごちゃになった頭の中から適当な言葉をピックアップするために四苦八苦してしまう。


「ああ。碇さんですね。今日は何時ごろいらっしゃるのですか?アスカちゃん、首を長くして待ってますよ。」


僕とは対照的に受付の看護婦ははきはきと応答している。

そのことがなおいっそう僕をあせらせる。


「・・・・あ・・あの・・・そのことなんですが・・・今日はちょっと・・・・」


「え??あああ。今日は水曜日でしたね!」


看護婦は先回りして僕の言わんとしていることを察してくれたようだ。


「ええ。まあ・・・今日も行こうと思ってるんです。だから、面会にくるのが・・・少し遅くなってしまうんですが・・・」


僕はどもりながら言った。


「はい。わかりました。では、アスカちゃんのほうには私どものほうから言っておきから。」


「ありがとうございます・・・あの・・・でも・・」


「え??ああ。大丈夫です。シンジ君がいなくちゃなにもできない、なんて言ったら看護婦失格ですからね。アスカちゃんのことは私達に任せてください。」


「・・・あ・・はい。どうも、ありがとうございます。・・・では、お願いします・・・」


「はい。では・・・後ほど・・」


僕はふうっと溜息をついて受話器をゆっくりと置いた。

でんわの最中に落書きをしたメモ用紙をちぎってごみ箱に投げ捨てた。

僕は思い出したようにもう1度受話器を手に取った。

そして、先ほどとは異なる番号をダイアルする。

ピポパパパパ・・・・・

プルルルルル・・・・プルルル・・・

ガチャ・・・


「はい!第三新東京市幣原孤児院です・・・」


さっきよりも年配の女性で僕の聞きなれた声が聞こえる。

「すみません、幣原さん、碇ですが・・・」


「あら、シンジ君何かご用??」


「いえ、ただ、今日もうかがわせて頂こうかとおもっているんですが・・・」


「あら、ありがとう。きっと子供達も喜ぶわ。じゃあ、まってるわ・・・・

 ほらほらアナタ達喧嘩しないの・・・

 ごめんね、シンジ君・・・ちょっと電話切るわね。」


電話ごしに泣き声が聞こえる。


「いえ・・・僕もすぐそちらに向かいますから。」


「わかったわ。じゃあ。後でね。」


言い終えると幣原さんはすぐに電話を切った。

僕もでかける用意をはじめることにした。

冷蔵庫をのぞいて適当に卵とハムを取り出した。

最近の僕の朝ご飯は大抵ハムエッグとパンのみという寂しいメニューとなっている。

やっぱり、自分一人だとちゃんとしたものを作る気もしない。

栄養や味付け、そして見た目を考えるのはアスカの弁当を作るときくらいだ。

こんなんじゃ、自慢の腕もなまってしまうと感じることもあるが、それも仕方ないことだ。








身支度を済ませ、財布に鍵が入っていることを確かめると僕は玄関に向かった。

そして、いつものように返事を望めない「いってきます。」を言うとドアを開け外に出た。





すっかり目もさめ頭もすっきりしているが相変わらず身体的な疲れは取れていないらしい。

歩いていても足の裏が重い感じがする。

それでも、サンサンと光る太陽の光を浴びていると心なし元気になったような気がした。



僕は、1ヶ月に1度か2度、それも水曜日に第三新東京のとある孤児院に行くことにしている。

どうして水曜日なのかというのは自分でもよくわからない。

どうしても理由をつけろと言われれば、僕はこう言うしかない。

ただ、水曜日が1週間の真中にあるから・・・・

それだけだ。

孤児院は名前のとおり孤児、つまり両親をなくした子供達を養うところだ。

僕も、もしミサトさんと会うことがなかったらこう施設にお世話になっていたかもしれない。

そして、愛情を与えられること、優しくされることを知らずに成長してしまったかもしれなかった。

現に僕はそうなりかけた。

・・・・そしてアスカも・・・・








そんなわけで、僕は偶然うちに迷い込んできたここの求人広告を見て、すぐさま連絡をいれた。

その時も幣原さんが電話を受けた。

いかにも人の良さそうなどこか安心させてくれるような声。

はじめてあった時も本当に優しそうな笑顔が印象的だった。

そして、僕は安心した。

一つは、幣原さんと上手くやっていけそうだと感じたから。

そしてもう一つは、そこにいる子供達が本当に楽しそうだったからだ。

心から微笑んでいる子供達。

僕はこの子達の笑顔が絶えないように努力することを決めたんだ。







突然、目の前にビニールのサッカーボールが飛んできた。


「ごめんなさーい。
あ、シンジお兄ちゃん!!ボールとってえ。」


見ると、小さな男の子がフェンス越しに僕の足元に転がったボールを指差している。

彼もこの孤児院の生徒のひとり。

彼の両親は、こんな言い方は行けないかもしれないけど、ごく普通の交通事故で亡くなっている。

すくなくともネルフ関係ではないということだ。

でも、残念なことにそんな子は実際ごくわずかだ。

使徒との戦闘の影響でいくつもの街が廃墟とかした。

犠牲となった人も数知れない・・・

僕ができることは、何でもしたい・・・僕はそう思っている。




ふと気付くと、男の子が僕を見ている。

僕は急いで足元のボールを拾った。


「じゃあ!いくぞー!」


僕は、目を輝かせて待っている男の子にボールを蹴ってやった。

「ありがとう!」


男の子は向うにかけて行った。




ふう・・・・

友達とサッカーか・・・

僕の子供の頃には考えられない光景だ。

物心がついたことにはもうすでに人を拒絶し、殻に閉じこもることを自然と覚えていた。

確かに、運動は苦手だったけど人と話すのがいやだったわけじゃない。

でもいつのまにかそうなってしまっていた。


「・・・シンジ君!!速かったわね!!」


そんなことを考えていると、さっきの電話のときの声と同じ明るい声が聞こえてきた。

体格の良い、優しそうな30中盤くらいの女性が手を振っている。

幣原さんだ。


「はい!今日もお世話になります。」


「いいえ。お世話になるのはこっちのほうよ!ほんとにすまないわねえ。」


はきはきと大きな声が耳に心地良い。

幣原さんの周りにはいつものように子供達がたくさんまとわりついている。


「シンジ君あがって頂戴!お茶でもご馳走するわ!
 ほらほら、あなた達も外で遊んでらっしゃい!子供は風の子よ!」


  子供達は声を合わせて返事をするとグランドのほうに出て行った。

僕と幣原さんは彼らを見送った。




















「・・・それで、お友達はどうなの??」


ティーカップにお茶を注ぎながら幣原さんが尋ねてきた。

「・・・・いまのところは・・・なにも言えません・・・」


「・・・そう・・・」


僕はカップに口をつけた。

紅茶の香りが花をつく・・・

これ・・・アスカが好きなお茶の香り・・・

名前は・・・出てこない・・・また聞かなくちゃな・・・




「シンジ君、どうしたの??」


「いっ、いえ!!なんでもないです・・・」


いけない、疲れているせいかついボーっとしてしまった。

しかも、僕はどんな顔をしていたのだろう?

幣原さんはニヤニヤしながら僕の目をのぞきこんでいる。


「はは〜ん、シンジ君、今その娘の事考えてたでしょ?惣流さんだっけ??」


「なななな、なに言ってるんですか!!」


説得力は皆無だ。

そんな事は僕でもわかる。

しかもこのパターンはミサトさんの時とほぼ同じじゃないか。

僕はどこへ行ってもからかわれるのだろうか・・・


「まあ、いいわ・・・幸せな事よ、愛する人がいるというのは・・・」


幣原さんは、紅茶を口に含んで、遠い目をしながら言った。


「・・・幣原さん・・・」





「シンジ君・・・私の夫はね、戦略自衛隊だったわ・・・

未来のために、子供達のために俺は戦う、あの人の口癖だったっけ・・・」


「・・・そうですか・・・・


  ・・あの・・・今は・・・」


「・・・・死んだわ・・・・」


幣原さんはそう言うとうつむいていた。

僕は幣原さんハンカチを渡した。


「・・・だいじょぶよ、ちょっと思い出しちゃってね・・・ありがとう・・・」


そのとき、僕の胸ポケットからぼくの定期入れが落ちた。

僕が拾おうとすると、幣原さんが合図するように僕を見た。

僕は軽く頷いた。

僕の定期入れには、僕とアスカが映っている写真が入っている。

もちろん、カメラマンはケンスケ。

いつの間に撮ったのだろうか、まあ、その辺はさすがと言うところだろう。

幣原さんは一枚の写真を食い入るように見ている。

わずかに微笑んでいるようにも見える。


「へえ。この娘が惣流さんていうの。ハーフなのかしら?」


「あ、いえ、クオーターだそうです。なんか彼女が言うにはクオータで目が青いのはホントにわずからしいですね・・・まあ、彼女はそれが自慢らしいんですけど・・・」


「たしかに、綺麗な娘ねえ。下の名前はなんて言うのかしら??」


「あ、あの、アスカっていうんです。惣流=アスカ=ラングレー、彼女の本名です。」


「ふーん・・・気が強そうねえ、この娘・・」


僕は苦笑いして頷いた。

この写真を見れば誰だってそう思うに違いない。

なんせ、アスカが僕を誇らしげにヘッドロックしているのだから・・・


「ま、シンジ君。せいぜい尻にしかれないように頑張りなさい!」


「し、幣原さん!はなしを飛躍させないでください!!」


「そぉーお??そう遠い話じゃないんじゃない??」


僕が立ち上がってなにか言おうとしたそのとき、一人の男の子が入ってきた。


「ね〜、シンジ兄ちゃん・・・一緒に遊ぼうよお。」


「マコト君。先生がお話しているときは入ってきちゃダメっていているでしょう。」


「だって・・・・」


「いえ、幣原さん、僕はそのために来たんですから。ちょっと行って来ます。
あ、それ持っていてください。落とすとまずいんで。
 じゃ、行こうか!!」


「うん!!」


僕はマコト君と手をつないでグランドに出て行った。


















「ふう・・・シンジ君、良い顔するようになったじゃない・・・
あなたのおかげかしら?
惣流さん・・・」



彼女の頭には先ほどの写真が映し出されていた・・・

ひょっとすると、自分とその今は亡き夫をダブらせていたのかもしれない・・・




















あたりはずいぶん薄暗くなってきていた。

夕焼けが夜の空の色に変わろうとしている。


「はーい!みんな、中に入りましょうねえ!!」


校舎のほうで幣原さんがみんなを呼んでいる。

嫌がる子を説得するのも僕の仕事だ。

誰もいなくなったグランドはずいぶん寂しさを漂わせるものだ。

僕も校舎のほうに戻ることにした。







「シンジ君、ご苦労様!今日もお見舞い行くんでしょ?」


「あ、はい。これからいく予定です」


「じゃあ、もう行かないとね。今日はご苦労様。じゃあこれ・・」


幣原さんが、封筒を僕に渡そうとしたが僕はそれを断った。


「幣原さん。言ったでしょ、これは僕が好きでやっているんだから、お金はいらないって。」


「また、受け取ってくれないんだ。

 まあ、シンジ君がそう言ってくれるならお言葉に甘えるとするわ。」


「じゃあ、また来ますね!」


僕は持ってきたカバンを方にかけると幣原さんに背を向けた。






すると、その瞬間声がした。












僕が返ると同時に幣原さんが何か投げてよこした。

僕の定期だ。



「忘れ物よ!」




僕は幣原さんにぺこりと頭を下げてドアをくぐった。


「アスカちゃん、大事にしなさい!それと、今度は、二人でくると良いわ!」


僕は背を向けたまま手を振ると走り出した。



















「・・・二人で・・・か・・・」














僕は、幣原さんの声に反応する事ができなかった。

なにも言えなかった。

だから、手を振った

・・・亡き母親の姿・・・

ここにも僕達を支えてくれる人がいる・・・

現実のこの世界にも・・・そして、僕の心の中にも僕達を支えてくれている人がいるんだ・・・

未来なんて、どうにでもなるものなのかもしれない・・・



















僕は目を強くつぶり・・・上を向いて駅まで走った・・・


・・・涙の味がした・・・



<つづく>


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