時と言う時間の流れとともに・・・
第8話(前編)
・・・そして・・・いつものように・・・
プシュー・・・ガタン・・・
聞きなれた、ドアの音が僕の背後で鳴った。
10階の面会者のところに名前を書く。
時間のせいだろうか。
いつもよりも、看護婦さん達が忙しく動き回っているような気がする。
時計の針は8時を回っていた。
面会時間はとっくに過ぎていたが特別に許可をもらった。
ここでもやはり、ネルフという肩書きの世話になってしまった。
いつもより早足で彼女の待つ病室に急ぐ。
「アスカ!!ごめん、遅くなちゃって。晩御飯は一緒に食べようかと思ったんだけど・・・」
僕はドアを開けると同時に早口にしゃべった。
「・・・アスカ・・・??」
スー、スーというアスカの呼吸音が聞こえる。
なんだ・・・寝ちゃったんだ。
僕はアスカを起こさないようにゆっくりと病室にはいった。
隣のベッドにドサッと座った。
はっとして、アスカのほうを見るが、起きる気配はない。
確かに・・・けっこう遅くなっちゃったからなあ。
ふーとと肩で息をすると、近くの自動販売機でかって来たコーヒーの口を開けた。
ほぅっと溜息をつくと、息が一瞬白くなった。
薄暗い部屋・・・
清潔な感じはするがどことなく寂しい・・
アスカは僕が来なければいつもここで一人なのだろうか・・・
僕は立ち上がるとアスカに近づいた。
そして、かけ布団をかけなおしてやる。
近くにあった丸イスを持ってきてそっと、アスカの側に座った。
アスカ・・・
喉まででかかったが、それを飲み込んだ。
アスカを起こしては可哀想だ。
ふと僕はアスカの顔をみた。
考えてみると、アスカの寝顔を見たのはひさしぶりだ。
閉じられた、切れが長い瞳の隙間から見える長いまつげ
すうっととおった鼻筋
形の良い唇
・・・ホント溜息が出るくらい綺麗だよ・・・
とはいっても、こんな事恥ずかしくて口には出せないけどね・・・
前髪を掻き揚げながら後ろの壁に寄りかかった。
軽く目を閉じる。
・・・昔も・・・こんな事あったっけな・・・
もう1度息をはぁっと吐く。
まぶたを開けてアスカをもう1度見た。
あの時よりも、大人びた表情・・・
相変わらずの金髪・・・
僕は・・・変わったのかな・・・変わる事ができたのかな・・・
相変わらず昔の幻影を追っかけているのかもしれない・・・
僕は・・・僕には、なにができるのかな・・・
「・・・・ンジ・・・・シンジ・・・」
僕は目をうっすらと開けてアスカの方を見た。
寝返りを打ったのだろう、布団が少しはねあがっている。
・・・・アスカ、今僕の名前を・・・
昔は・・・お母さんのこと呼んでた・・・
・・・アスカ・・・
アスカ・・・僕は・・・君の柱に・・・君を支えることができるのかな・・・
ねえ・・・・アスカ・・・
僕は今度はもう1度まぶたを閉じた。
・・・こんどはさっきよりも強く・・・
◇
・・・夢?・・・
なんかさっきまで、シンジがいたような気がしたんだけど・・・
・・・そんなわけないか・・・
シンジのバカ・・・結局、昨日は来なかったじゃない・・・
はあ・・・待ってたあたしが馬鹿みたいじゃない・・・
んとに、せっかく話したいことがあったのに・・・
ま、看護婦さんもああ言ってたし、忙しかったのかな・・・
とにかく、今日は説教ね!
あたしよりガキの世話を選ぶなんて!!
許せないわ!!
目を開けると、窓から日光の光がさしこんでまぶしかった。
・・・ふと気付くと、自分の腰に触れるものがある。
眼下には、見慣れた少年がうつ伏せになっていた。
なんだ・・・・来てたんじゃない・・・・
自然と表情が和らいでしまう。
昔の自分にはどうやってもできなかった表情
それを教えてくれたのは、誰でもない・・・この少年・・・
優しく、髪のなかに指をとうす・・・
「・・・シンジの・・・バカ・・・」
「ん・・・アスカ??」
シンジは目をこすりながらもそもそ動いた。
のそのそとおきあがると自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻きまわしている。
「・・・ふあ・・・おはよ・・・」
まだ、眠そうに目をこすっている。
「あんたねえ・・・なにが、おはよよ。風邪ひくわよホントに!・・・その前に、どうしてここにいるわけえ??
そうよ、アンタ昨日こなかったじゃない!!」
思い出したようにアスカが怒り出した。
アスカの形の良い眉毛がきりきりと上がっている。
「ちょ、ちょっと待ってよ・・・」
一応、約束どうり昨日も来たんだけど、確かにあの時アスカは寝ちゃってたしなあ・・・
アスカにしてみれば、来なかったのといっしょなのかな・・・
「看護婦さんが、遅くなるだけだから大丈夫ですよ、って言ってたから晩御飯一緒に食べようとおもって待ってたのに!!
あんたいつまでたっても現れないしさあ!!」
「いや・・・アスカちょっと、僕の話も聞いてよ・・・昨日僕ちゃんとここに来たんだよ・・・」
「嘘ばっかり!!だいたい、なにか証拠でもあるわけ!!」
困ったような顔をするシンジ。
確かに証拠はない・・・あえて、アスカを起こさなかったのが裏目に出てしまった。
「はいはい!他の患者さんの迷惑になりますからね。静かにね、惣流さん。」
そこへ丁度、アスカの担当の看護婦さんが現れた。
アスカともう一人前の朝食を運んできてくれている。
「だってえ!!シンジが昨日、来てくれなかったくせに認めようとしないんですもの!!」
僕はなんとかしてくれとでも言うように看護婦さんに肩をすくめて見せた。
「あらまあ・・・そんなこと??」
「林さん!!そんなこと、じゃないです!!シンジが毎日来てくれるから私は入院することをあえて、受け入れたんですよ!!なのに・・・」
どうやら、看護婦さんは林さんというらしい。
林さんは、僕のほうに視線を送り「いいの?」というようなそぶりを見せた。
頷くシンジ。
「あのねえ、アスカちゃん。シンジ君、ちゃんと昨日来てたわよ。」
「林さんまで、あたしをかつごうとするんですか???」
「あのね、シンジ君がここに着いたのずいぶん遅くてね。
その時・・・あなた・・・待ちくたびれて、寝ちゃってたのよ。
体に支障はないから、起こしてあげてって言ったんだけどシンジ君・・・いいんです。って言ってね。」
林さんは続けた。
「それで、晩御飯食べてないでしょってきいたら、アスカが食べてないんだから僕だけ食べたら待っててくれたアスカに悪いです、って言ってね・・・そのまま、あなたの側にいたのよ。」
「・・・・・・・」
アスカは沈黙している。
「まあ、と言うわけよ。ほら、二人ぶんの朝食ここにおいて置くから。
食事しながら仲直りしなさい。・・・じゃあ、またあとでね。シンジ君、あとよろしく。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
林さんは、ふっと微笑を浮かべ部屋から出ていった。
・・・・・
気まずい雰囲気が流れる・・・
林さんが持ってきてくれた朝食は湯気を立てている。
でも、僕もアスカもそれをとりに行こうとはしない。
ふと、アスカと視線がからんだ。
・・・沈黙・・・
「・・・・あの・・・シンジ・・・・」
「ん。」
「・・・あの・・・その・・・ご・・・ごめん・・・なさい・・・」
「・・・アスカ・・・その、僕のほうこそ・・・「待って!!!」
僕の言葉はアスカにさえぎられてしまった。
「・・・今回のことに関しては、アタシが悪いんだから・・・シンジが・・誤る必要なんてないんだから・・・」
アスカの言わんとしていることはわかった。
僕の胸の中でなにかがはじけるような衝動に刈られた。
目の前にいる、この少女を思いっきり抱きしめたくなった。
「わかった。じゃあ・・・・ありがとう。・・・ほらこれならいいだろ。」
僕はアスカのプライドの高さを知っていた。
謝罪すると言うことはアスカが最も避けていたことだ。
だから、僕はそんなアスカの気持ちをくんでやるために、あえてお礼の言葉を言った。
「・・・うん。」
赤面しているアスカ。
・・・やっぱり、朝感じたぬくもりはシンジのだったんだ。
林さんに感謝するべきよね・・・
よかった・・・仲直りできて・・・
ほんとに・・・せっかくの日だもの!
シンジには笑って教えてあげたいもの!
「じゃあ。せっかく林さんが、持ってきてくれたんだから食べようか、アスカ!」
「うん!!」
アスカのベッドに備え付けてある折りたたみテーブルの上に食事を置いてやる。
自分はさっきまで座っていたまるイスに座り、膝の上にトレイを置いた。
「「いっただきます!!」」
声をユニゾンさせて食べ始める。
シンジは猛烈な勢いで食事を胃の中にかきこんでいる。
・・・ふふ・・・・
やっぱり、シンジも男の子なんだな・・・
まあ、確かに、子供相手して、そのうえ、昨日から食べてないんだから仕方ないか・・・
「・・・ん??アスカどうしたの??はやく食べないと冷めちゃうよ!!」
「わ、わかってるわよ!!・・・だいたい、レディのまえでがっつかないでよ!!」
「・・あ、ごめん・・昨日、忙しくてろくになにも食べてないんだ。」
昨日は帰ってきたのが、朝の六時ごろ。
その時食べた適当な食事が、シンジの最後の食事。
昼はお昼時に幣原さんと話しこんでいたため、なにも食べていない。
夜はというと、さっきも言ったとうり一心不乱に病院に向かったためどこへも寄らず、これまたなにも口にしていない。
したがって、昨日の朝から今日の朝までの間で、シンジが口にしたものは、
病院に来てから自動販売機で手にいれたコーヒーだけだったのだ。
「あっきれた!!ガキのためになにも食べないだなんて!!
アンタ、バカッ!!??ってなに笑ってんのよ?」
僕の顔はアスカのお決まりの台詞を聞いていつのまにか微笑んでいたんだろう。
この台詞はアスカが言うと本当にしっくりくる。
まさに、アスカ専用語句と言ったところか。
「ま、とにかく、ゆっくり食べなさいよ!いくら病院の食事だからって、そんなに一気に食べたら胃がビックリしちゃうわよ。」
まだ、相手を思いやるという事が恥ずかしいのだろうか、そっぽを向くアスカ。
「アスカ。ありがとう。」
相変わらずそっぽを向いているアスカ・・・
「ありがとう・・・ほんとに・・・」
「うっさいわね!!わかったわよ・・・
どういたしまして!!」
思わず僕は吹きだしてしまった。
「なに笑ってんのよ!!アンタは!!・・・あたしだってそれくらい言うわよ!」
アスカ自身わらっている。
静かだった病室に暖かい空気が戻ってきた。
・・・今日も良い天気だ・・・
アスカの側にいられる・・・
そして、アスカが側にいてくれる・・・
二人で、いつものように食事して、他愛のないおしゃべりに浸る・・・
僕はこんな、なんて事のない日々がいつまでも続けば良いと思った・・・
<つづく>
八色さんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る