時と言う時間の流れとともに・・・

第8話(後編)

・・・そして・・・いつものように・・・












病室の隅っこにあるいつもは使われない灰色のパイプ机・・・

今日彼に久々に仕事ができた・・・

そっと、その机に物を運ぶ少年。

二つの弁当箱が並べて置かれる。

机から離れる少年・・・

どことなく微笑を浮かべるその優しげな横顔

彼に送られる軽快な声











・・・・今日も良い1日でありますように・・・・





























「シンジ!!」


















いつものようにハイトーンの声がシンジに向けられる。






「なんだよ、アスカ。」


ちょっとビックリして振り向くシンジ。

「お弁当箱なんかじっと見つめちゃってさ!!なにやってるわけ??
 しかも、何回呼んでも返事しないしさあ。」


「ああ。ごめん、ごめん。でもさ、アスカ、相変わらずピーマン食べられないんだ。」


巧妙に話を摩り替えるシンジ。

このへんはお手のものだ。

そして、シンジの計画どうりアスカの気持ちはそっちに動いてくれた。


「う・・うっさいわねえ!!アタシはあの緑色とあの臭さが我慢できないのよ!!」


「そんなに臭いかなあ・・それで、アスカ、緑色だから嫌いなの??それだけ?」


・・・臭いはともかく、色で嫌うなんて・・・


「そ・・そうよ!!
とにかく!!人間には、得て不得手ってのがあるの!!
ほら、アンタだって泳げないでしょ!!」


「そ・・・それはそうだけど・・・」


そう、僕は相変わらず泳げない。


「ほらみなさい!!アタシがピーマン食べられないのと同じじゃない!!」


「・・・なんか違う気がするけど・・・
じゃあ、アスカ、僕に泳ぐの教えてよ!
かわりに僕がアスカのピーマン嫌い治してあげるからさ。」








僕がそう言ったとたんにアスカの表情が暗くなる。


「・・・シンジ・・・アタシ、まだ退院できないのよ・・・もしかしたら・・・ずっと・・・」


・・・・しまった・・・・


「ご・・・ごめん・・・アスカ・・・僕、無神経で・・・」


「・・・いいのよ・・・シンジはアタシのこと思って言ってくれたのよね。
わかっているわ・・・でも・・・アタシは・・・」


アスカの肩が小刻みにふるえている。

金色の前髪が垂れ下がって、アスカの顔を覆い隠している。


「・・・アスカ・・・」


アスカの髪に軽く触れる。


「・・・シンジ・・・っく・ううう






・・・くくくく・・・」


「・・っ!!??」


「あははははは!!!シンジなにその顔!!」


突然笑い出すアスカ。


「え??アスカ??え・・・ど・・どういう・・・」


「お二人さん!もう食べ終わりましたか??」


僕が目を白黒させているところへ小林さんがやってきた。


「はい、ごちそうさま!!」


元気なアスカとは対照的に相変わらず無言のシンジ。

目が明後日を向いている。


「アスカちゃん。またピーマン残したのねえ・・・
そんなんじゃ、これからシンジ君に迷惑かけるわよ!!」


「ピーマンくらいで迷惑も何もないわよ!!」


先ほどのシンジのように溜息をつく小林さん。


「はあ・・・そんなんだから・・・」


「あの、すみません・・・」


僕は小林さんの言葉を遮った。

「・・あ・・あの・・一体どう言うことなんですか??これから、僕に迷惑って・・・」


「あれ?まだ聞いてなかった??
アスカちゃん、今日退院できるのよ!」


「ほ・・・ホントですか??」


「ええ!!シンジ君に教えようと思ってたんだけど、アスカちゃんに止められててね・・・」


「・・・そうだったんですか・・・」



はっとして、アスカの方を見る。


「やっと気付いたのお??んとに鈍いわね!!」


勝ち誇ったようにいつものポーズを取るアスカ。

「ひどいよアスカ!!」


  「アンタが、ピーマンなんかのことで、グチグチ言ってるからよ!!」


「でも・・・アスカ!!」


「イチイチ細かいこと言わない!!もう過ぎた事よ!!
それとも、アタシが退院しちゃまずいってえの??」


はあ・・・こうなったらもう、アスカは止められない。

僕には選択の余地は残されていなさそうだ。

いわゆる、YES OR YESといったところだ。

そこへ、小林さんがアスカをなだめる様に言葉を発する。


「ほらほら!いいのアスカちゃん、これからシンジ君にお世話になるんでしょ?」


「いいのよ!なんたって、このアタシが側にいてあげるんだから!感謝してしかるべきよ!」


「シンジ君、ごめんなさいね。あんな事言ってるけど、シンジ君にはわかるでしょ。
  アスカなりの御礼みたいなものだから・・・・、ほんとに強情と言うか・・・・」


「なっ!!」


アスカの顔は真っ赤になっている。

まるで今日のお弁当に入っていたトマトのようだ。


「そうそう、昨日なんかシンジ君が来ないかもしれないって言ったらねえ・・・
 アスカちゃん、急に泣き出しちゃってねえ!ホント大変だったんだから!!」


「違うわよ!!あれは・・・」


「え?なに??目にごみでも入ったって言いたいの??」


小林さんの巧みな言葉はシンジとアスカの昔の保護者を思い出させる。

にやにやしているその顔つきまでダブってしまう。

そして、アスカが反論しようとしたその瞬間、わざとらしく袖をまくって手首に目をやる。


「あら??もうこんな時間だわ!

大変、そろそろ行かなきゃね。

じゃあ、シンジ君、退院の準備手伝ってあげてね!」


小林さんはアスカの方に手をひらひらさせながら出ていった。

・・・だが少なくとも僕にはその腕に時計なんて見えなかったのだが・・・

どうやら、アスカはその事に気付かなかったようだ。






「もう!っとに!!」


ベッドの上で骨をポキポキと鳴らすアスカ。

・・・もう、なんかシンジと二人でいるといつもからからかわれる気がするわ。

ミサトしかり、小林さんしかりよ!

しかも、昨日のことまで言うなんて、もう最悪!

アタシもどうして泣いちゃったのか良くわからないわ!

なんか、いつのまにか泣いてたのよ・・・


「アスカ??どしたの??」


シンジの声にはっとして顔を上げるアスカ。

険しい顔をしている彼女を怪訝そうに眺めるシンジ。

不自然に笑顔を作り、手を振るアスカ。


「なんでもないわよ!じゃあ、これから準備するからシンジも手伝ってよ!」


クローゼットからボストンバッグを引っ張り出すアスカ。

僕はアスカの不自然極まりない行動を不思議に思っていたが、仕方なくアスカに従うことにした。

ボーっと突っ立てても暇だったし、そんなことをしたらアスカに何を言われるかわからない。

荷造りなんて、ふつうに考えたらつまらない仕事だ。

でも・・僕はスキップでもはじめたい気分だった。

・・・アスカが退院できる。

理由はそれだけで十分だ。


「アスカ〜、僕は何をすればいいの??」


アスカはベッドから降りてクローゼットの中をごそごそやっている。


「そっちの引き出しのやつ、適当にそん中入れといてえ。」


そっちの引き出しっていうと・・これかな??


よいっしょっと・・・


!!!!


・・・これは・・・


僕は息を呑んだ。

僕の目に色々な色の綺麗な布が映った。


ドクン・・・ドクン・・・





「シンジ〜、終わったあ??」


「いっ!!いやっ、まだっ・・・まだだよ!!!」


僕は一気に引き出しを閉めた。

・・・まずい・・・


「ん?シンジ何やってんの??」


「いっ、いやっ!!別に・・」


僕は背中で引き出しを押した。

しかし、それが裏目に出た。

僕にアスカが考えている事がになんとなくわかるように、アスカも僕の考えている事を微妙に感じ取る事ができるのだ。


「はは〜ん。シンジ、なんか隠してるでしょ??」


・・・ばれた??・・・

どうしよう!!


そんな事を考えているうちにアスカがどんどん近づいてくる。


「あの、アスカ・・・」


「ほら!いいから、どきなさいよ!」


僕は逆らう事もできず、アスカの後ろで、びくびくしていた。

・・・アスカ・・なんて言うかな・・・

まさか、あんなところにあるとは思ってなかったんだ・・・

アスカの下着が・・・

でも、なんか女の人って感じがしたな・・・

ああ!!こんな事考えてる場合じゃないよ・・・どうしよ・・


「シンジく〜ん。」


「あの、アスカ・・・あの僕見てないよ!!
だって、アスカの下着がそんなところにあるなんて知らなかったから・・・あっ!!」


言ってから気付いた。

話にならない。

自ら墓穴を掘ってしまった。


「ふ〜ん・・・そう・・・ってえことは見たのね・・・」


はあ・・・もう仕方がないか・・・


僕は腹をくくることにした。


「うん・・・でも・・・わざとじゃないんだよ・・・・
だから・・・その・・・」


どうしよう、なんて言えば・・・

諦めず言い訳をしようとした僕の頭は空回りばかりしていて使い物にならない。

結局僕は何も言えず押し黙ってしまった。

なんだか、アスカの視線がぐさぐさと僕に突き刺さってくる感じがする。

そして、仕方なく覚悟を決めて顔を上げると、アスカは困ったような顔をしていたものの怒ってはいないようだった。


僕がもう1度あやまろうと口を開く前にアスカが話し出した。


「ふん!・・・・まあ・・・・いいわ!下着くらい、減るもんじゃないし!

どうせ、前に見たでしょ!一緒に暮らしててアンタが洗濯してたんだし。

それに、これからもそうなるんだし!」


・・・・・え?これからも・・・・


それってつまり・・・・・・・・・・






「ええ!!アスカ、僕と一緒に住むの??」


僕はアスカにもネルフから部屋が与えられるものと思っていたので面食らってしまった。


「そうよ!さっきも言ったじゃない。それに前もそうだったんだし!
・・・まあ、途中お互い帰らなかった時期もあったけど・・・」



「いや、そうだけど・・・もう僕達18歳なんだよ。
前はミサトさんもいたし、僕達も小さかったから良かったかもしれないけど・・・」


「いいんじゃない?別に!広いんでしょ?
ちょっとくらいアタシ達が成長したからって大ジョブでしょ?」


僕は思わずガクッとなってしまった。

これが前に「男女7歳にして同衾せず!」などと言っていた人物の言葉だろうか?


「だから!若い男女が一つ屋根のしたってのは!!」


「ああ。そんなこと?
シンジも気になるんだ??」


なにを当たり前の事を・・・

気にならないわけがない!

4年前だって、気にしてたのに・・・今なら尚更だよ。


「だって、僕男なんだよ!アスカと一緒になんていったら・・・」


「なに?ナンカする気なわけえ??シンジのエッチ。」


アスカはニヤニヤしている。

あきらかに僕をからかっているようだ。

しかたない、ここで引き下がったら男じゃない!

・・・どうなっても僕は知らないからね・・・

「・・・・・・・・・・・わかったよ・・・・・
アスカ準備はもういいの??」


「ええ!終わったわ!」


「じゃあ、看護婦さんに挨拶して、出発しようか?」


自分の覚悟をアピールするために半強引にアスカを促す。

・・・まあ、たぶんアスカは僕の声がちょっとが大きいなくらいにしか感じていなかったと思うが・・

僕はさらにアスカに手を差し出した。

これも僕がれっきとした男である事をアスカにわからせるため・・・のはずだったのに・・・

ニヤニヤしながらとんちんかんなことを言うアスカ。


「なに、この手??手でもつなぐの??
なに?看護婦さんに見せつけようってわけえ?
なかなかやるわね、シンジ。」


「ちっ、違うよ!!ほらアスカ、荷物、荷物・・・重いだろ!」


僕はそっぽを向きながら床のパンパンに詰まったボストンバッグを指差した。


「ああ。そういうことね。
じゃあ、お願いするわ!」


ボストンバッグをシンジに手渡すアスカ。

照れ隠しに早足で部屋を出ていくシンジ。

・・・ふふ・・・自分で言って真っ赤になってちゃ世話ないわね。

じゃあ、こうしたらどうかな??



シンジの腕にからみ付くアスカ。

僕の腕をアスカの柔らかい膨らみが包み込む。

あまりの緊張で自分の顔から血液が引いていくような感じがした。


「・・・ア・・アスカ・・・」


あら?白くなちゃった・・・

もう、この間KISSまでしたって言うのに、どうして腕組むくらいで・・・

退院したら、しっかり鍛えないとね!


「ほら、シンジ!
いくわよ!」





引きずられるようにして、アスカに引っ張っていかれるシンジ。

看護婦達に見守られ、二人は病院をあとにした。













ーーー第三東京市第五中学校前・・・


「ありがとうございました・・・」


バスの運転手さんにぺこりと頭を下げるシンジ、アスカもそれに続く。

他の乗客がひそひそと何やら言っている。

シンジは恥ずかしそうに、アスカは誇らしげに歩き始める。


「シンジ、この辺??」


「ほら!もう見えるよ、あそこの4階。」


「へ〜。じゃあ、早く行きましょう!!」


「待ってよ!アスカ」


走り出すアスカ。

それを追うシンジ。

軽やかに階段を駆け上がっていくアスカ。

・・・はあ・・・はあ・・・

アスカ・・・僕が荷物持ってるのすっかり忘れちゃってるんじゃないの??

・・・スゴイ重さだよこれ・・・

にしても、ほんとにアスカ、病気なの??

「ほら、なにブツブツ言ってんの?遅いわよ!」


「そんなこと言ったって・・・この荷物、五キロくらいあるんじゃないの??」


僕の息切れはいまだに取れない。


「あら、忘れてたわ、ごめん、ごめん。」


「まあ、いいや、ちょっと待ってて、今、鍵開けるから・・・」





ガチャ。ギー・・・ ドサッ


「ああ・・・重かった!!
ほら!アスカ上がって!」


どう言うわけかアスカは渋っている。

僕はその理由を解ってはいた。

いくら慣れ親しんだ僕の家とはいってもやっぱり他所の家には変わりはない。

そして、アスカが口にした言葉は僕が予想したとおりだった。

それは僕がミサトさんに叱られた言葉。







「・・う・・うん・・・じゃあ・・・おじゃましま・・・「アスカ。」


「・・・え??」


僕はあえてアスカのそれを遮った。

自分でも「あの言葉」を言いたかったのもあったが、何よりアスカにも「あの言葉」を言ってほしかったから・・・・

そして、優しくアスカを促す。

昔、ミサトさんが言ってくれたように。


「アスカはこれからここで暮らすんだから・・・ね。」


「・・・・・・・」











うつむいていた顔を上げるアスカ。

その瞬間、ぱあっと明るくなるアスカの表情。

僕もそれに笑顔で答えた。


「・・・シンジ、ありがとう・・・」



・・・心地良い・・・

・・・どうしてこんなに気持ちが落ち着くの・・・

・・嘘・・

・・・ホントはわかってるわ・・・

・・・全部、こいつの・・・シンジのおかげ・・・







「ほら・・・アスカ・・・」










シンジの優しい笑顔にもう1度精一杯の笑顔で答えるアスカ。

そして・・・・アスカの口から発せられるあの言葉。










「・・・・・ただいま、シンジ・・・!!」

























次の瞬間、アタシはシンジに抱きしめられていた。





























シンジは離そうとしない・・・

それどころか、よりいっそう強くアスカを抱く・・・





















「・・・もう絶対に、なにがあっても絶対に離さないよ!
・・・・・アスカ・・・・






・・・・お帰り・・・



<つづく>


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