ゴソゴソ・・・


はっとしてアタシは目を覚ました。

原因は耳慣れない物音・・・

まわりを見まわして物音の発生源を確認するとあたしは安心する。


いつもは耳にしないはずの音。

でもそれは自分以外の人間のぬくもりのなによりの証拠・・・



・・・昨日初めて異性の人と一緒に寝た。

父親とでさえ一緒に寝たことはなかったのに・・・

母親以上のぬくもりと優しさをくれるこの少年・・・


「・・・シンジ・・・」









時と言う時間の流れとともに・・・

第九話(後編)

前奏曲








・・・ん・・・もう朝かな・・・

ゆっくりと目を開ける。



そこにはいつもとは違う景色が横たわっていた。




僕の一番大切な人・・・

僕の守らなければいけない存在・・・

かけがえのない家族・・・

そして、僕の辛さを唯一解ってくれる女性・・・


「おはよう・・・アスカ・・・」


「ん・・・シンジ、起きたんだ。」


「あ。うん。」


二人ともベッドに横たわったままの会話。

お互いに相手の顔は確認せずに天井を見つめながらの会話。


「昨日は・・・その・・・ごめんね。

取り乱しちゃって・・・、アタシがいつもあんなんじゃ、シンジ一人でコンビニに行く事もできないわよね・・・」


いつになく静かな調子のアスカ。


「・・・ううん。いんだよ。・・・昨日は僕が何も言わずに行っちゃったのが悪いんだし。

それに、もう「一人」でコンビニに行く必要なんてないし・・・ね。」


「・・・シンジ。」


「・・・あとね・・・実を言うと、ちょっと嬉しかった。

・・・その・・・アスカが僕の胸の中で泣いてくれるなんて、夢にも思わなかったし・・・」


照れくさそうに布団をこねくり回しながら、ぼそぼそというシンジ。


「・・・なにそれ。じゃあアタシが泣いてたのにアンタは嬉しかったわけぇ?

シンジったら、優しいのか、意地悪なのかわからないわね。」


アスカは寝返りをうってこちらを向くと笑いながら、シンジのおでこをはじいた。


「いや・・・あの・・・そう言う意味じゃなくて、うまく言えないけど・・・

ほら、アスカいつも一人で泣いてたじゃない・・・一人で泣いて、一人で苦しんで・・・

僕は力になることも、慰めることもできなくてさ。・・・でも昨日は、少しだけだけど、アスカの力になれた気がしたんだ。

・・・ほんとに少しだけど・・・だからなんか嬉しくて・・・」


「結局、嬉しかったんじゃない。」


嬉しそうにシンジをからかうアスカ。

だが、それに気づかないシンジは必死に弁解の言葉を探すべく意味不明なジェスチャーをしている。


「いや、だから!あの、嬉しかったんだけど・・その・・・」


「・・・フフフ・・・冗談よ。あんたの言いたいことわかったわ。

それに、アタシも嬉しかったもの、シンジに支えてもらって・・」


「ほんと!」


とたんに明るくなるシンジの表情。


「それに・・・・」


そこまで言うと、アスカは言葉を止めまたシンジに背中を向けた。


「・・・それにアタシ自身・・・自分の気持ちに整理がついたし・・・」


恥ずかしそうにごにょごにょというアスカ。

もちろん、シンジの方を向こうとはしない。

一方のシンジはアスカの言葉を聞くことはできたが、それがどういう意味か理解していなかった。


「え・・・気持ちに整理?・・・・なんの?」


「・・・・・・アンタになら・・・・その・・・・いいかなって・・・」


「・・・え?・・・あの・・・アスカ?・・・なにが・・・」


その瞬間、ベッドからがばと起きあがるアスカ。


「フンッ!なんでもないわ!おばかさん♪

アンタにそんなこといっても無駄よね。 ・・じゃあ、アタシ、シャワー浴びてくるから・・・」


アスカはシンジにウィンクをして手をひらひらさせながら寝室から出ていった。


「なんだよ・・・一体??」


一人部屋に残され訳がわからずぽかんとしているシンジ。

・・・まあいいや・・・とりあえず、アスカが上がる前に朝ご飯の支度でもはじめよう・・・

このマンションに備え付けてあるいわゆるシステムキッチンの前に立つ。

皿洗いから乾燥まで、すべて機械がやってくれる。

しかしながら、料理というものはいかに万能化の世の中になろうとも、人の手でやるものだ。

特にシンジはできるかぎり、機械を使わないようにしていた。

人の手をとうして初めて本当の人の愛情が伝わるものだと固く信じていたから・・・

とはいっても、このところはコンビニ弁当に頼りっぱなしだった自分。

ためしに包丁を手に取り野菜をきざんでみた。


どうやら腕のほうは一応落ちていないようだ。

しかしながら・・・何を作れば良いんだろう・・・


アスカの好みはわかっていたけど・・・なんにしてもあれから四年・・・


こういうことは本人に聞くのが一番なのだが、アスカは今シャワーだ。

浴室からシャワーの音が漏れている。

水の音に混ざって時折、アスカの鼻歌も聞こえてくる。

自然と赤面してしまう。

壁一枚ごしに女の子がシャワーを浴びている。


まともな男ならこんな状況下で何も思わないほうがおかしい。

しかも、相手がアスカなんていったら・・・


バランスの取れた四肢。

透けるような白い肌

そして、綺麗な金色の髪・・・


今ごろ、アスカの髪は水に濡れて、その毛先からは水滴がポタポタと音を立てているに違いない・・・・

そして、その髪の毛はアスカの白い背中にへばりついて・・・・・




っは!!

僕は何を考えているんだ・・・いけないいけない・・・


昨日のあの状況と比べれば、なんて事のないはずなのだが、そう割り切れないのがシンジ。

頭を切り替えるべく一生懸命になっている。

そんなことをしていても、らちが空かないのを悟ったのだろうか、意を決してそのまま浴室のほうに歩いていくシンジ。


浴室の扉から湯気が少し溢れている・・・










浴室の中で、お湯に打たれながら、はあっと溜息をつくアスカ・・・

少し熱めのお湯の刺激が肌に心地よい。

濡れた自分の髪に手をやる。

自分で言うのもなんだが、お湯に濡れて色の変わった金髪は美しさをひきだたせる。

映画などでブロンド女性の入浴シーンが多いのはそのせいであろう。

もう1度溜息をつく。

今度は目をつぶりながら・・・



あーあ、どうしてだろう・・・

昨日の晩、シンジはそんなそぶりも見せなかったし・・・

疲れてたのかもしれないけど・・・すぐに寝ちゃって・・・

あそこまで痺れさせといて・・・しかも一つ屋根の下どころか、同じ部屋で寝てたのに。

あの状況下で・・・・ねえ。

なんか緊張してたアタシがバカみたいだったわ・・・

アタシ・・・魅力・・・ないのかな?

そんなこと・・・ないわよね・・・

まあ・・・でも、その辺はシンジよね・・・

でも、アイツがそんなことに敏感になるなんて・・・そんなの似合わないかな・・・

・・・・でも・・・・女だったら、抱かれたい夜ってあってもいいはずよね・・・

もし、シンジとそういう事になったら・・・どうしよ・・・・

シンジ・・・褒めてくれるかな・・・・

あはは・・・・アタシ何言ってんだろ?なんで、褒めるなんて言葉が出てくんのよ・・・

アタシってエゴイストかしらね・・・

にしても・・・・褒める・・・か・・・

そういえば、昔のせっぱつまったアタシがシンジのこと褒めたのって、あの時だけだったっけ・・・

シンジの意外な一面をみつけて、いつのまにか拍手してたのよね・・・



どんな曲だったかしら・・・














・・・・・・♪〜・・・・・♪〜〜

ふいに、どう声をかけていいものか迷っていたシンジの耳に懐かしいメロディが流れ込んできた。

自分の少ないレパートリーの中では一番気に入っていた曲・・・

ところどころが飛び飛びになっているが、アスカの鼻歌はシンジにあの時の光景を思い出させた。

自分のチェロ演奏・・・

そして・・・・拍手・・・




初めて自分の演奏に拍手をくれた人物・・・アスカ。

そう言えば、弦が切れてしまったのを境にチェロには長いこと触っていない。

今では、いわゆるクラシカルなオブジェと化してしまっている。

寄り掛かっていた壁をあとに、その場から離れるシンジ。

行き先は自分の部屋・・・



ほこりを払って久し振りにチェロを手にとってみる。

なんだかその質量が懐かしく感じた。

ネックにしてもそうだ。

何か違和感を感じる。

手早く切れてしまった弦のところに新しい弦を張って、浴室のところに戻る。

浴室からはいまだアスカの鼻歌が響いている。

イスに座りチェロを構えた、が、弾くことに少し戸惑いを見せるシンジ。

弓を構えては止めを繰り返した。


・・・上手く弾けるだろうか・・・



・・・・・・・・・・・・




沈黙の後、シンジは微笑を浮かべた。

・・・・・そうだ・・・・・・別に下手でもいいじゃないか・・・・

昨日だって・・・・ただ、なんとなくそうしただけだったんだ・・・・

そうしたら、何かが変われるきがしたんだ・・・・

だから、今だって小さいこと気にする必要なんか・・・・

すこしでも、アスカに喜んでもらえれば・・・・それでいい・・・



そう考えると気持ちが楽になった。

今まで悩んでいた自分があほらしく思えた。

もう一度ふっと微笑を浮かべてから、きっと口を閉じ、まじめな面立ちを作る。

僕なりの、スポーツで言うならば準備体操のようなものだ。

ふーっと大きく息を吸い込み、弓を構えた。

久し振りのこの雰囲気。

僕はゆっくりと弓を動かし始めた。


・・・曲はバッハ作、無伴奏チェロ組曲第1番より『プレリュード』


























・・・そう・・・この曲・・・

記憶だけを頼りに病院で何度も口ずさむうちに覚えた曲・・・

・・・アタシの思い出の曲・・・

あの日と同じ感じ・・・



壁に頭をつけ寄り掛かるアスカ・・・

小刻みに揺れるその肩・・・

でもそれは、悲しさからではなかった・・・

少年のチェロがつむぎだす・・・懐かしさ・・・

・・・美しさ・・・

そして優しさ・・・



彼女の耳に水の音はもう届かない・・・

唯一届くのは、アスカの心に響くシンジの愛のプレリュード・・・




<つづく>


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