TECHNO ANGEL 1.01
【ghost】

「伊吹博士、ちょっとこっち来てもらえます?」
ハンガーの上から言われた言葉にマヤは振り返った。

伊吹博士、という呼び方に慣れるまでにずいぶん時間がかかったような気がする。
あの戦いから三年。長かった、という気はしない。
短かったと言う気もない。
ただ三年過ぎたとだけ言える。

「そっか、三年なんだ。」
マヤは夏の日差しに目を細めた。



喪服姿の女性がタクシーから降りる。
支払いをカードで終えると彼女は大地に足をおろした。
誇りっぽい土。乾ききった足下だった。

歩く。
彼女がここに来たのは初めてではない。
彼女は知っている。一つしかない場所。世界でたった一つしかなかった場所。

高純度チタン合金製の墓標。
その名は、
「RITUKO AKAGI」

マヤがどうしても捨てることのできない思い出だ。

「やっぱり来たか。」
メガネをかけた青年が振り返った。
「来ると思ってたよ。」
変わらない、短髪。
「日向君。久しぶりね。」


花束が二つ。冷たい金属を彩る。
そこだけ美しい。

「三年ぶりかな。」
「そうね。あの日以来ね。」

リツコが死んだ。その日から三回忌にあたる。
意味のない風習だと思っていたが、三年の月日は正しかった。
やっと傷を忘れられそうなのである。

「さっき、シンジ君にあったよ。アスカも一緒だ。」
「元気そうだった?」
「ああ。ずっと強くなってた。」
日向は腰をかがめて、合金の表面を手で少し払った。
埃が軽く落ちる。

「二人とも、ずいぶん変わった。あのころよりも大人になってた。」
「そう。」

風がマヤの髪を乱した。
思わず髪を掻き上げた。
乾いた大地に太陽が熱い。

「シンジ君は葛城三佐のネックレスをしてたよ。アイツ、ずっともってたんだな。」
日向は少し寂しそうに言った。
葛城ミサトは彼の愛した女性。強い女だった。
「見せたかったな。葛城さんに。今のシンジ君を。」

「きっと喜んだと思う。」
「きっとね。」

「じゃ、オレもう行くから。今晩ロスにつかなきゃいけないんだ。」
「気をつけてね。」
「ああ。」
日向はかろく手を振って歩いてゆく。
背中にあのころとは違うものを背負っているのだとマヤは思った。

マヤは花束を墓標に置いた。
「ふたりっきりですね、先輩。」

特務機関ネルフ。
使徒、と呼ばれる生物を倒すために結成された国連直属の組織だ。
西暦2000年のセカンドインパクトから15年。ネルフはその年の一年間を戦いに費やした。
使徒はすべてで15体。エヴァと呼ばれる人型決戦兵器で戦い続けた。
それが使命であったはずなのに。
どこを間違えたのだろう。
やがて、ネルフは親組織のゼーレとの戦いを繰り広げる。
そして。
ミサトが死んだ。リツコが死んだ。ゲンドウも死んだ。
そのあと、何が起こったのか。
心が解け合うような感触。気がつけば再びもとの世界へと帰っていた。

あれから三年。
スタッフはちりぢりになった。
きわめて好条件でマヤも新しい職場に迎えられ、博士論文を提出し、
ついに博士資格を手に入れた。

幸せな、はずなのに。
太陽が熱く彼女の背中を焼く。

「なにが私に欠けているんでしょうか、先輩。」
だが墓標は無言であった。


「これのデバッグ、お願いね。北島君。」
北島、と呼ばれた男は短く返事をしてキーボードに向かった。

「どうですか?新しいシステム。ちょっと荒っぽい感じなんですけど。」
「デリケートなシステムがいいとは限らないのよ。
実際に通してみないと何とも言えないけど、問題ないと思うわ。」
パラリパラリと仕様書をめくりながらマヤは答えた。

「確か、このシステムって必須条件いくつで推定したんだっけ?」
「100テラflopsくらいじゃなかったかと。」
「そんなおっきいの?」
「ええ。もともとレンダリング特化ですから。」
「じゃぁ、5号機使って。吉見さん、パスわかってるよね。」
「はい、先輩。」
女はそう答えた。

先輩、か。
その呼び方はあのころを思い出す。

先輩。
赤城リツコ先輩。
ネルフに入ったマヤの最初で最後の恩師だ。
マヤはおっちょこちょいな性格でいくつもミスをしていたが、そのたびにリツコは
順序立てて教えてくれた。
決して笑顔を見せず、でも丁寧に。

初めて会った時。
「ああ、あの、すいません。技術課ってどちらですか?」
「技術課?」
まだ鉄骨がむき出しのネルフの通路で白衣の女性にマヤは聞いた。
金髪の背の高い女性だった。
「技術課なら私も行くけど。」
そう言って女性は歩き始めた。
「ついていらっしゃい。」
「はいっ。」

あわててマヤは後をついて歩いた。
コツコツとヒールの音が響く。
「あの、ここってまだ作りかけなんですか?」
「いつでも作りかけみたいなものよ。この先五年は建設予定がびっしり。」
「そうなんですか。」
マヤはキョロキョロと見回した。
初出勤で緊張が隠せない。
髪をなおしてみるが落ち着かない。

「ここよ。」
技術1課と書いてあった。
「初めまして、かしら。伊吹マヤさん。」
「え?」
マヤは相手をもう一度見直した。
「技術課主任、赤城リツコです。よろしく。」
彼女の手を見てマヤは思わずお辞儀をした。

「ああああ、あのよろしくお願いします。」
リツコの手は空中で止まっている。

く。くすくす。
リツコは笑った。
「ごめんなさい。」
笑いながらそう言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
リツコは頭を下げた。
「お願いしますっ」
マヤもまた頭を下げた。

あのころは、純粋だった。
そして・・・潔癖だったのかもしれない。
『潔癖性はつらいわよ。自分が汚れたと思ったときにそれがわかるわ。』

リツコの声が聞こえた。

先輩は「汚れた」と言った。
先輩は汚れていたんだろうか。
あんな笑顔をしてたのに。あんなに優しかったのに。

信じることが、できなくなっていたような気がする。

三年。それはそう考えると長かった気がした。

けれども三年。
あのころを忘れるには短すぎたのである。

version1.02:


(c)Ray Yamaguchi
All right reserved. Don't Copy or reUPLOAD.

NEON GENESIS EVANGELION
(c)GAINAX



山口さんの部屋に戻る/投稿小説の部屋に戻る
inserted by FC2 system