TECHNO ANGEL 1.02【ghost】

「これ、見てもらえますか?」
木崎がそう尋ねた。
「どれ?」
プリントアウトされたニューズの内容を見てマヤは絶句した。
マギシステムが破られたというのである。

「モスクワ端末。生半可な人間に破れるもんじゃありません。」
「でも、事実なんでしょ?」
「ええ。PINGが帰ってきません。」

「先輩、マギが落ちたことってあるんですか?」
「いえ。私の知る限り一度もないわ。」
「じゃぁ、どうして。」
「吉見さん。ちょっとモスクワに確認してくれる?」

メガネの女性はとまどっていたようだったが
「はい。」と駆け出していく。

「木崎くんはシステムの再点検して。一応、調べておかないと。」
ワイヤーでつながれたシステムはどこがどうつながっているのか
すぐにはわからない。
 マギに依存するシステムでは、マギが破られた以上クラッキングされた可能性がある
と考えておかしくはなかった。

「ログの解析。わかってるよね。」
「はい。」

「北島君は・・・警戒情報を端末に流して。」
「はいっ。」

なんてことなの。
この三年間安全だったマギシステム。
いつかは来るかもしれないと思っていたし、来ることも予想していた。
でもどうしてこんな時期に。

先輩。私どうすればいいんですか?


「アクセスログ流れました。」
マルチスクリーンに流れるログ。

「モスクワは計12回ほど入られてますね。」
「いつから?」
「二週間前からです。」
マヤは息をのんだ。
それはネルフが壊滅した日である。
マヤは小さなめまいを感じて机に手を突いた。

「回数としては・・・それほど多くないですが。何が入ってるかと思うと
恐ろしいですね。」
「チェックにウイルスは?」
「かかりません。マクロも出てこないみたいですが。」

「うちのところは入られてないんじゃないですか?」
吉見が気休めを言う。
本人もわかっているが、恐怖に勝てないのだ。

「ログをばらすしかないわね。ひとまずアプリケーション使用とアクセスを禁止して。」
「そんなことしかできないんですか?おれたちは。」
北島が不満を漏らす。
色の黒い格闘家の彼は感情を消すことが苦手だ。
「それが、最善なのよ。」
なによりね。


「うちのこところは入られてないようです。」
汗を拭いながら北島が言った。
冷蔵庫、と呼ばれるほどの端末室である。

「ログも書き換えしてないし。新しいアプリケーションもないです。」
「古いのは?日付を変えてる可能性だってあるのよ。」
「古いのも全部知ってるものばかりですよ。ソースもかわってません。」

シュッ。
木崎が入ってきた。
「例の侵入事件、プロクシたどった結果の途中経過です。」
まさしく世界中をまわるような経由の仕方だった。
南半球から西アジア、トンガ、ワシントン、アラスカ、ハバロフスク、モスクワ。
南半球のシドニー以前はまだ解析中である。

「ずいぶん長い経路ね。」
「ええ。これだけ回るのには相当な回線速度が必要です。」
「でも、マギをやぶったってことは・・・相手は相当早くないといけない。こんなに経由して
破れるものかしら。」
「ボクにはわかりません。悔しいですけど。」

やがてほかのマギシステムからも報告が入る。
日本のマギ(1,2)は問題なし。
アメリカの三号は解析中。
ドイツの四号は現在メンテ中のため接続されていなかった。

「これで一安心できるかしら。」
だが、犯人は捕まっていない。
次にどこがねらわれるのかわからないのだ。
「犯人が見つかるまではつながない方がいいんじゃないですか?」
吉見は慎重だ。マヤもできればそうしたい。
だが。
「クライアントから催促来てるんですよ。早く納期に間に合わせろって。」
木崎がいらいらしたように告げる。
そうなのだ。新しく開発している次世代有機コンピュータのシステムは
もうコンパイルも終わりあとは実際に動かす段階に入っていた。

ここまでが大変だったのだ。申し込み申請から許可までの長い交渉を経て
やっとのことで許可が出てもあとは順番待ち。
 次には走らせられると思った矢先のことなのである。

「少なくとも、プレゼンまでにデモプログラム動かして見せないと。
あの会社みたいにホットプラグ入れたとたんにハングじゃしゃれにならないんですよ。」

「わかってるわよ。」
すねたように言ってみる。まだ大人になりきれない。

「わかってるから、一緒に謝りに行きましょ。」


「なにもあんな言い方しなくても・・・」
「仕方ないじゃない。」
木崎をつれてきて正解だった。
吉見ではショックで落ち込んでいたろうし、北島では喧嘩をしたに違いない。
マヤ自身も一番不愉快な言い方だった。
こちらの技術力を知っていて、あえてその技術の初歩から説明して見せたのである。
"その程度のことがわからないんですか?"
とでも言うような言い方であった。

不愉快、はとっくに通り越している。
今はどう収集ををつけるかだった。
スポンサーも決まりかけていた矢先だった。

このシステムの開発に二年半。
マヤの前任の青田主任のアーキテクチャ構築を含めると五年になるだろうか。
青田が不幸な事故で死んでしまわなければもっとうまくいったはずだが。

「失礼。」
笑顔で男が声をかけた。
いや、、笑ってるのだろうか。目の細い男。
「わたくし、佐野ともうします。」
名刺を両手でうやうやしく差し出した男は、中背だがやや小太りである。
丸い顔に細い目が不自然に見えた。

「伊吹マヤ博士でいらっしゃいますね。」
「ええ、そうですが。」
マヤは少し警戒した。
危険な感じがしたのである。

「先輩、」
知り合いですか?と聞きかけてやめた。
知り合いのはずがないではないか。
名刺を出している人間。初対面?

「少しお話ししたいことがあるのですが。」
「内容を明かせない話ですか?」
ヘッドハンティングだろうか。その話なら何度も受けた。
「ええ。ここでは言えません。」
正直に答える男に警戒はより強まった。
「では聞く気になれません。」

マヤは立ち去ろうとした。
「intのC。覚えてらっしゃいます?」
男はにこり、としてつぶやいた。
男のしわがれた一段と低い声はマヤの記憶にダイブするには
十分すぎる周波数だった。

「・・その話。彼も一緒でかまいませんか?」
マヤは木崎を指していた。
「ええ、あなたがそれでかまわないなら。」


佐野は傍らに停めておいたセダンに乗るように促した。
外からはわかりにくいがこの黒い車。どうも仕掛けが多いように思える。
まず異様に静かだ。防音装備を施してあるのだろう。
ついでに、防電波も。
マヤは携帯が圏外になっていることを確認した。
「ドライブ、お嫌いじゃないでしょ。」

走る車の中はやたらと静かで気味が悪いくらいだった。
「早くお話ししていただけませんか?」
ルームミラーから男の顔をのぞき込む。
なにがうれしいのか、男はそれでも笑顔であった。
「おや。お急ぎでしたか。これは失礼。」
謝るときにも笑顔である。

「では本題に入りましょうか。・・あ、そうそう。
この車では音は外に漏れませんし電波も通りませんのでご心配なく。」
それを正直に言うところが恐ろしい。
普通、そういうことは隠すものだ。
つまりこの男は「そういう事実」を暴露しても困らないほどの
爆弾をまだ後ろに抱えていることになる。
「あれはいつの頃でしたか。」
男は細い目をますます細めた。
それで車が運転できるんだろうか?
マヤには疑問である。

「警報がなりましたねぇ。すぐに取り消されましたが。『間違い』でしたっけ。
碇さんがおっしゃったのは。」
この男。知ってることを明かしてこちらに情報を握っていることを知らせてるんだわ。

とぼけても無駄なことがわかった。
やはりこいつはすべて知っている。元職員。
ゼーレか・・ネルフではないと思うが。
碇さん、という言い方もあやしい。しかも彼の言葉はゼーレの直上会議でのセリフのはず。
最高機密以上のものだ。

「過去二度でしたね。マギシステムのハッキング事件は。」
「二度?」
「第11使徒の時と、ネルフの最後の日のですよ。」

隣を車が通り過ぎる。高速道路が近い。
「それが本題ですか?」
マヤはすこしいらいらするように聞いた。
「これは失礼。お急ぎでしたね。」
そう言って男は目を細めた。笑っているのだ。

木崎は黙っている。
理解ができないのだ。
マギシステム、くらいは知っている。
だがほかのすべてはわからない。
『使徒って何だ?』

「早い話。今回のモスクワ五号機の侵入事件。あれがどうも妙な話になりそうでしてね。」
男は少し目を見開いた。
笑っていない。
「もうご存じですか?」
「何をです?」
「例のハッキング、どうもモスクワらしいんですよ。発信源。」
マヤは驚愕した。
その報告はまだマヤの耳には入っていない。
この男、情報を知りすぎている。

「発表を遅らせてるみたいですけどね。上は大騒ぎですよ。とっと。失礼。」

そう言うと男は高速のゲートに向かった。
「時に伊吹さん、あなたあの映画ごらんになりました?」
「あの映画?」
「あれですよ。大地震が起こってそこからはい上がる人間を描いた奴。
わたくしはあれが好きなんですよねぇ。」

良くしゃべる男だ。
だが話題の変化が唐突すぎる。
「あの映画で泥の中で娘を捜すシーンがあるでしょう?あれがね・・とっと。」
男はあわてて窓を開ける。
気がつけばゲートであった。
「どうも、すいませんね。」
男は笑顔を返した。
ゲートの役人はへたくそな笑顔で答える。
車を流す。
男は無言だった。

「さて。失礼いたしました。続きを話しましょう。」

木崎は男に不信感を募らせているようだが黙り込んでいた。
自分は必要があるわけじゃない。
だが、伊吹の過去には興味がある。

ルームミラーを男は見た。
マヤの顔が映る。
マヤの顔は真剣だ。
「伊吹さん、お急ぎでしたよね。」
男はにこり、と笑って見せた。

version1.03:


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