秋日和

 

3.こころの色 

 

 現在時計は朝6時45分。いま、僕は一人で関空の国際便入国ゲートに来

ていた。もちろん、明日香を迎えるためだ。麗は当然の事ながら、起きては

くれず、しょうがないから一人で来ているというわけだ。フランクフルトか

らの飛行機はまだ着いていなかった。ただ電光掲示板を見ている限り、遅延

なく到着する予定のようだ。

 僕は売店で新聞と缶コーヒーを買う。そして、ソファに座って、甘ったる

い缶コーヒーを飲みながら、新聞を読み始めた。第一面は憲法調査会の設置

で、毎度おなじみ憲法第9条改正問題の記事だった。あんまり興味はないの

で、その記事はすっとパス。他の記事にもあんまり興味をもてそうもなかっ

た。やれアフリカでどっかの国同士で武力衝突だの、やれ国連安全保障理事

会による非難決議だの、世界中で重要な問題が山積みされているのは知って

いる。しかし、どうも今一つ身近に感じられないのが、こういう「大切な問

題」の悪いところだ。めんどくさくなって、一気に社会面を開いた。そこに

は父さんの死亡記事が、父さんの写真と共にその左下に結構大きく書かれて

あった。

 

元ネルフ司令 碇 厳堂 氏 死去

昨日午前9時30分、国連特務機関ネルフ元総司令碇厳堂氏が、蜘蛛膜下出

血のため京都大学病院にて死去した。享年63歳。氏は国連特務機関ネルフ

総司令として、「使徒」撃退の指揮を執った。「使徒絶滅宣言」がなされた

2018年にはノーベル平和賞を受賞した。日本人でノーベル平和賞を受賞

したのは佐藤栄作以来二人目であった。2027年のネルフ解体以後は、京

都に居住し、実質上の隠退生活を送っていた。喪主は長男の慎治氏。通夜は

本日午後6時より、葬儀・告別式は10日3日に五条大通りの公益社パレ・

デュ・ラ・パにておこなわれる予定。

 

 ざっとこんな事が書いてあった。父さんの社会的地位の高さを改めて知ら

された気分だった。複雑な気分だ。社会の方では、個人としての父さんは知

らないし、また知る必要もない。だから父さんの業績を見て、父さんが社会

に必要な人だったかどうか客観的に判断できる。そして、明らかに父さんは

社会に貢献した偉大な人たちの一人だった。

 しかし、僕は個人としての父さんを知っている。少なくても家庭人として

の最悪な面は嫌というほど見せつけられた。だから、僕は父さんの側にいた

くなった。話もしたくなかった。父さんの存在を感じること自体が嫌だった。

 でも、今はよく分からなくなっている。僕は父さんの死をぜんぜん悲しく

思っていないことを、寂しく感じ始めていた。これはどういうことだろう。

僕は父さんが嫌いだから、父さんから距離をとっていた。父さんが死ぬ前は

それでいいと思っていた。父さんの死は隣近所のおじさんの死よりも価値が

なく、それでよかったはずだった。でも、今は少し違う。父さんの死を悲し

むことができないのを当然とは思えなくなってきたのだ。この心境の変化を

どう考えればいいのか、僕自身戸惑っていた。

「困ったなぁ。」

僕は誰ともなく一人つぶやいた。掲示板を見る。フランクフルト発のJAL

便が到着したことを告げていた。それは明日香の再来日を意味していた。

 ゲートの方をじっと見ていると、僕と同じように白いポロシャツを着てジ

ーンズをはいた明日香が出てきた。レイバンのサングラスをかけている。僕

は新聞を畳んで立ち上がった。明日香がニッコリ笑う。

「ただいま、というのは変かな?。慎治。」

「ううん、そんなことないよ。おかえり、明日香。どうだった飛行機は?。」

「ん?、まぁあんなもんでしょ。」

「荷物はこれだけ?。」

中型のトランク一つを受け取りながら、僕らはエレベーターにすすむ。

「うん、2、3日の滞在だからね。」

エレベーターのドアはすぐに開き、僕らは乗り込む。2階のボタンを押すと、

ドアは静かに閉まった。

「この度はご愁傷様でした、っていうのかな?。日本語では。」

僕の左に立っているアスカは僕の顔を見ずに聞いた。僕は僕でガラス張りに

なっているエレベーターからおもちゃのようなロビーを眺めていた。

「うん。ありがとう。」

エレベーターのドアが静かに開くと、僕らは駐車場に向かった。ごろごろと

明日香のトランクを引きずる僕の後ろを彼女はのんびりとついてきた。駐車

場に置いてある僕の車を早速見つけると、車のトランクに荷物を積み込んで、

僕らは乗り込んだ。

 車は関空の連絡橋を抜け、湾岸道路にはいる。その間僕らの間に会話らし

い会話はなかった。助手席ではアスカは静かに外を眺めていた。明日香の横

顔はとても綺麗で、僕との昔をすべて振り切ったように見えた。同棲生活の

5年間と涙と怒鳴り声で過ごした最後の3ヶ月が、彼女にとってももはや過

去であることに、何となく寂しさを感じるのは僕の身勝手なんだろう。

「明日香の最近の調子はどう?」

「まぁ、そんなに悪くはないわ。研究も順調だし、私生活も張り合いができ

たし。」

彼女は助手席で背を伸ばして、あくびをする。

「それって、恋人ができたってこと?。」

「まぁね。こんな美女をほっておく男はいないわよ。でもね、あんまり長続

きしないのよね。ほんと、最近の男はだらしがないわ。」

僕は苦笑する。「明日香に振り回されても、平気でいる奴がすごいんだよ」

と思ったが、口には出せなかった。

「あんたのほうこそどうなのよ?。子供ができたって話だけど。男の子だっ

たわよね。」

「うん。薫っていうんだ。」

「男の子って母親に似るんだよね。なんか、ファーストに似てすごく憎たら

しそうな子じゃない?。」

「何いってんだよ。僕のかわいいかわいい子供に向かって。」

僕はそう言って、怒ったフリをする。明日香もつられてクスリと笑った。

「明日香の今の彼氏ってどんな人?。」

「かっこいいわよ、頭もいいし。年下だけど、頼りになるわ。あんたと違っ

てね。」

「ドイツ人?」

「ううん。イギリス人。」

「じゃぁ、もし結婚したらイギリスに行くんだ。」

そんなことを言う僕に明日香は不機嫌そうな表情を見せた。

「結婚するかどうかなんか分からないわ。まだつきあって6ヶ月だし。それ

でも、あんた以後では最長記録だけどさぁ。」

「そ、そうなんだ。」

僕はそう言うしかなかった。明日香が話題を替える。

「あんた、碇司令が死んだっていうのに、結構平気そうね。」

「そうかい?。」

「そうよ。もっとショックを受けていると思っていたけど。」

「ショックを受けていない訳じゃないけど...。なんと言っていいのかな、

明日香も知っているでしょ。僕と父さんの関係。実感が湧かないっていうの

が正直なところかな。」

「ふうん。そんなもんかな。でも、言ってることは分かるわ。パパが死んだ

としたら、あたしもそうかもしれない。」

明日香は少し考え込んだ。

「うん、多分そうなると思うわ。」

「麗や律子さんはだいぶショックを受けているけどね。」

「そりゃそうでしょ。あの二人は碇司令のお気に入りだったんだから。でも

なんだか、腹が立つわね、あの頃のことを考えると。死んだ人の悪口は言う

べきじゃないけどさぁ。碇司令って、ほんとに優等生ばっかりえこひいきし

ちゃってさぁ。まぁ、どうでもいいけど。」

僕は苦笑するしかなかった。

「ほんと、あのクソ親父、ファーストとできてたんじゃない?」

僕は思わず、面食らってしまった。確かにあり得ない話ではないが、考えた

くもないことだった。

「なんてこと言うんだよ、明日香。やめてくれよ。」

「わかんないわよ。案外、そうかもよ。スケベなロリコンオヤジ。ぴったり

なイメージだわ。」

「...」

僕はふてくされて黙る。車は渋滞に巻き込まれるし、最悪だ。

「ねぇ、慎治?。怒ったの?。」

「...別に。」

「怒ったんでしょ?」

「...怒ってなんかないよ。」

「まったく、あんたって成長がないわよね。私とつきあっていた頃から。」

「そんなことないよ。僕だって大人になったよ。」

「ぜーんぜん。すぐにふてくされるし、他人の言うことをすぐ真に受けるし。

私にとってはあの時のまんまよ。」

「そんなことはない。僕だって、就職して、結婚して、子供ができて変わっ

たよ。」

「ほらほら、そういうところ。すぐムキになるんだから。ぜんぜん、変わっ

ていないわよ。エヴァに乗っていた頃から。」

「...」

「それに、私がドイツに帰ったときに、あんたが部屋で一人めそめそ泣いて

いたの知ってんだから。今でも、私を思って時々泣いてんじゃない?」

「...」

「こら、慎治。無視するな。」

そう言って、明日香は僕の頬をつねる。

「いててて、何するんだよ。」

「何であんた結婚するとき、私に案内状を出さなかったの?」

「明日香、式に来たじゃないか。」

「私が言ってるのは、あんたが案内状を出さなかったことよ。あんたの態度

で、ファーストが私に出してくれたことはすぐに分かったわ。」

「...ア、明日香が僕に連絡するなっていったじゃないか。」

「だーかーらー、あんたは変わっていないって言ったのよ。」

僕の頬を思いっ切りつねりながら、明日香はにこやかに笑った。

「いててて、やめてよ、明日香。」

「いーや。」

「ごめん。悪かったよ。明日香に会う勇気がなくってさ。いてー。」

僕の頬をこれでもかというぐらい強くひねってから、明日香は離してくれた。

「まったく、私がいつまであんたを引きずったと思うの?。」

「...」

「もっと早くファーストとの関係を言ってくれていたら、私も楽だったのに。」

「...」

「まぁ、いいけどね。あんたも今じゃ、私の綺麗な思い出の一つよ。」

それは僕との関係の終りを告げる明日香の正式な宣言だった。

***

 僕らが律子さん宅に戻ると、美里さんと律子さんが迎えに出てくれた。

「「いらっしゃい、明日香。」」

「律子、この度はほんとにご愁傷様でした。」

明日香は律子さんに頭を下げた。そんな明日香を前に、律子さんと美里さん

は何となく気まずそうにした。

「ありがとう、明日香。」

「あら、明日香もいつの間に挨拶のできる一人前になったのねえ。」

美里さんは感慨深く呟いた。そんな美里さんには明日香はちゃんと期待に応

える。

「あら、美里また太ったわね。」

美里さんの顔がひきつり、律子さんが吹き出すのをこらえる。

「う、うるさいわね。し、幸せな証拠よ。」

「はいはい。せいぜい加持さんに捨てられないようにね。」

「明日香、本当に久しぶりだな。」 

「あ、カージーさーん。ほんとにお久しぶりです。」

明日香の顔が少女が顔に戻った。彼女にとって、加持さんはいつまでも「初

恋」の人ということか。

「明日香、とりあえず碇司令に挨拶を。」

そう言って、加持さんは父さんが眠っている部屋に明日香を案内した。明日

香は荷物を玄関に置きっぱなしにして、加持さんについていく。僕らはそん

な明日香についていく。

 父さんの眠っている部屋には、麗が薫を膝の上に置いて静かに座っていた。

明日香は麗に目で挨拶をし、彼女は軽くうなずいた。明日香は父さんの枕元

に座り、線香をあげて、父さんに手を合わせた。僕はそんな明日香を部屋の

入り口で眺めていた。彼女が一体どういう気持ちで父さんと向かい合ってい

るのだろうか。父さんが死ぬ以前の僕みたいに父さんを恨んでいるわけでは

ない。かといって、麗のように父さんを慕っているわけでもない。あえて言

えば、他人。完璧な他人。ネルフでのつきあいもほとんどなかったことを考

えれば、そう考えるのが自然だった。彼女にとって、父さんの死は隣近所の

おじさんの死と変わりなかった。そして、それは今の僕にとっても同じだっ

た。父さんへの挨拶が終わると、明日香は立ち上がって、ニコッと笑った。

「さぁ、慎治。河原町に行くわよ。」

「へ?。」

「なに寝ぼけたこといってんのよ。数珠を買いに行かないと。」

「数珠って...。明日香、クリスチャンじゃないの?。」

「郷にいらば、郷に従えよ。」

「...」

「明日香、私の貸してあげるわよ。」

美里さんの優しい申し出に明日香はきっぱりと断った。

「いらなーい。こういうのはやっぱり自分のでないと。」

その言葉を聞くと、美里さんはニヤリと嫌な笑顔を浮かべ、それから言葉を

続けた。

「それじゃ、シンちゃん行かないとね。グフ。」

「何ですか、その『グフ』は?。」

「別に。早く行かないと、明日香、つむじ曲げるわよ。」

「何いってんですか。それじゃ、律子さん、麗、行こうか?。」

律子さんは「そんな気分じゃないわ。」と一言いって、自分の部屋に戻り、

麗は麗でつめたい視線で僕を一瞥して、薫を抱いて居間に戻った。

「あんた、相変わらず往生際の悪い奴ね。」

その言葉と共に、明日香は僕を引きずっていった。

「12時までには戻るのよー。」

玄関に響く美里さんの声がむなしく聞こえた。

 河原町に来るや否や、明日香が「私、しんどいなぁ」と言い出した。それ

じゃ、ちょっとお茶でも、としたのがまずかった。学生時代のような止めど

もない会話であっと言う間に時間が過ぎ、気がつくと11時30分を回って

いた。僕は今、「数珠が欲しい」という明日香の希望を叶えるため、彼女の

腕を無理やりとって、河原町を歩いていた。僕の焦りを知ってか知らずか、

明日香がのんびりと言う。

「久しぶりね。こうやってここを歩くのも。」

「そうだね。」

「全然変わってないなぁ。あっ、丸善まだあったんだ。ちょっと寄ろうよ。

私、日本の本最近ぜんぜん読んでないしさ。」

「アースーカー、時間ないよ。12時に公益社の人たち来るんだから。」

「何よ。うるさい男ね、相変わらず。だいたい、あんたぜんぜん悲しくない

んでしょ。あんなオヤジ見送らなくてもいいわよ。」

「あのね、明日香。一応、僕、喪主なんだけど。」 

明日香は丸善のエントランスにの前にあるワゴンに置かれたミステリーのベ

ストセラーに目を通しながら、おざなりに答える。

「ふうん、よかったわね。」

「アースーカー、頼むよ。かっこうがつかないよ。」

ページをめぐりながら、明日香は答える。

「ふうん。あんたに体面なんてあったんだ。」

「マジで頼むからさ。数珠買うんだったら、早く買いに行こうよ。」

「うるさいわね。分かったわよ。買いに行くわよ。買えばいいんでしょ。

ほんとにあんたってうるさいところ、変わってないわね。」

「数珠欲しいって言ったの、明日香じゃないか。」

明日香は本を手に取ってから、僕をにらむ。

「うるさいわね。私カソリックなんだから、本当はいらないのよ。」

それから、簡易レジの方に向かいその本を購入した。

「じゃ、なんで数珠なんか欲しいって言ったのさ。」

僕は明日香に聞こえないようにボソリと言った。しかし、明日香が僕を睨む。

「なんか言った?。」

「ううん、別に。」

「ふうんだ。ちゃぁーんと、聞こえているんだからね。数珠はあんたもちね。」

「な、何でだよ。明日香が欲しいって言ったんだろ。」

明日香が買ったばかりのミステリーを僕に押しつけながら言った。

「あんたねぇ、私が日本に来る旅費、いくらかかってんとおもってんのよ。」

「だから、来なくていいっていったじゃないかぁ。」

「何よ、半泣きで私んとこまで、電話でかけてきたくせに。」

「な、泣いてなんかいないよ。」

「『明日香、君がいないと僕はダメだよ。』って電話してきたのは誰よ。」

「い、いつの話してるんだよ。」

「昨日。」

「言ってないじゃないかぁ、そんなこと一言も。」

「あんたが私に電話くれるときはいつもそういう時なの。あんた自分で分か

ってないの?。」

「うっ。そ、そうなの?。」

「そうよ、昔から。あんたは私の迷惑なんて、これっぽっちも考えてないん

だから。」

「...分かったよ。数珠ぐらい買ってあげるよ。」

「『買わせて頂きます』でしょ。あんた、私より日本語下手ね。」

ちょっと、ムッとして明日香を睨んだそのとき、携帯が鳴った。

「はい、碇です。」

『...あなた、いま何時?。』

絶対零度の声が携帯から聞こえる。慌てて時計をみる。12時10分過ぎ。

「...12時10分」

『公益社の人たちが待ってるわ。』

そして、携帯がプツリと切れた。僕は明日香の顔を見る。

「アースーカー、頼むよう。麗、怒ってるじゃないかぁ。」

「そんなこと知らないわよ。だいたいあんたでしょ、数珠買いに行かずにこ

んなところで、暇うってんの。」

手にしている明日香のミステリーを地面に叩きつけたい衝動を抑えて、僕は

明日香の手を強引に引っ張って、仏具屋に入り、ちょっと高級な数珠を買っ

て、急いで律子さんのお宅に戻った。

 僕らが律子さんのお宅に戻ると、すでに父さんの棺は斎場に行く準備が終

わっていた。僕と明日香以外はみんな、喪服を着ており、葬儀の準備は整え

られていた。美里さんは黒の羽二重で、律子さんは黒のツーピース、麗は黒

のワンピースを着ている。加持さんと副司令は黒のスーツだった。僕と明日

香だけが白いポロシャツにジーンズという普段着だった。本当は喪服に着替

えたかったのだが、時間がおしているとの理由で、そのままの格好で父さん

の出立を見送る。父さんの棺には、律子さんと加持さんと副司令が付き添っ

た。父さんを玄関先で見送ると、美里さんがニヤリと笑いながら言った。

「シンちゃん、言ったじゃなーい。12時までには帰ってくるようにって。」

「すみません。」

「律子も麗もカンカンに怒ってたわよ。」

「はい。」

「まぁ、あとでちゃんと謝っておくことね。」

「はい。」

僕は美里さんから離れて、薫を抱いて律子さん宅に入ろうとする麗に言葉を

かける。

「あ、あの麗。」

麗は返事をせずにこっちをじっと見ている。こういう時は遅刻の言い訳をせ

ずに、素直に謝るしかない。僕は手を合わせて、麗に謝る。

「ごめん。」

麗は冷たい視線で僕を一瞥し、何も言わずに、玄関に入ってしまった。

「やーい、怒られてやんの。」

明日香がチャチャを入れる。僕は舌打ちして、明日香の方に振り返る。

「アースーカー、誰のせいだと思ってんだよ。」

「あんたのせいでしょ。」

「な、何で僕のせいなんだよ。」

「あんたがあそこでぐちゃぐちゃ文句を垂れているからよ。黙って私につき

あって、本を買わせていたら、とっとと買い物も済んでたわよ。」

そう言って明日香も玄関の中に入っていった。思わず涙が出そうになってし

まった。美里さんが苦笑いしながら、僕の背中をばんばん叩く。

「律子も麗も分かってくれるわよ。」

何の慰めにもならなかった。

 部屋に戻り、とりあえず喪服に着替えはじめる。通夜自体は6時から始ま

るが、打ち合わせなどやるべきことが多い。式そのものの段取りや細かい話

などは加持さんと副司令がやってくれるが、それでもやはり僕が聞いておか

なければならないことは多い。

 鏡に向かいながら黒ネクタイをつける。普段の背広と違って、やはり何と

なく着馴れていないせいか、鏡に映った自分は少し変な風に思えた。ちょう

どそのときに麗が部屋に入ってきた。彼女は黙って、部屋に入り、薫用のボ

ストンバックの中をいじっている。

「あ、あの、麗。本当にご免。ちゃんと間に合うように帰ってくる予定だっ

たんだけど...。」

彼女は僕の方を見ずに、ボソッと答える。

「もう、いいわ。でも、赤木博士には謝っておいて。」

そう言って、彼女は薫の紙おむつを取り出し、部屋を出ていった。僕はため

息を一つつき、彼女についで部屋を出ていった。

***

 斎場は豪華そうな感じのところで、父さんの祭壇が設けられている場所は、

500人は軽く入れそうなホールだった。父さんの祭壇も立派なもので、お

金がかかっていることは一目で分かるようなものだった。祭壇には、生前の

父さんの大きな写真が飾られていた。写真の父さんは、ネルフが人工進化研

究所だった頃か、ネルフ設立直後のものだろう。あごひげは生やしているも

のの、サングラスではなく、眼鏡を掛けていた。

 僕は生前の父さんについてはネルフ時代しか知らない。いや、実際のとこ

ろ、ネルフ時代の父さんもよくは知らない。14の時に突然第三新東京市に

呼びつけられてからも、まともに会話を交わしたことなどなかったし、最後

の使徒を殲滅したときも、僕がエヴァを降りたときも、声をかけてくれたこ

ともなかった。これでは父さんを理解したとはとても言えなかった。

 親子的なつきあいが全くないまま、この人は黄泉の国へ旅発とうとしてい

る。本当にこれでいいのだろうか?。朝からの疑問が頭をよぎる。お互いに

赤の他人でしかない親子。血の繋がりは僕らにとって何の意味もなかったの

だろうか?。今まではそれでいいと思っていた。というよりも、父さんと関

わり合うのがいやだった。ただ、昨日からずっと感じている違和感、父さん

の死を悲しむことができない寂しさは、僕が何かを決定的に欠いている人間

のように思わせた。

「やぁ、慎治君。」

懐かしい声に振り向いてみると、そこには戦自の制服を着た日向さんがいた。

「こんにちは、日向さん。お久しぶりです。」

カーキー色の戦自の制服を着、制帽を右の脇に挟んだ日向さんは、ネルフ時

代と同じように、制服に合っていた。

「碇司令のこと、お悔やみ申し上げます。」

「ありがとうございます。」

一通りの葬儀の挨拶を交わした後に、日向さんは父さんの祭壇を見上げた。

「立派だなあ。碇司令も喜ぶよ、きっと。」

「ええ、たぶん。」

「でも、本当に急なことだったよな。俺、青葉から連絡をもらったときには

本当に驚いたよ。」

「ええ。」

「一つの時代の終わりなのかなぁ。碇司令ってさ、良くも悪くもあの時代を

代表した人だと思うんだ、俺。考えて見れば、あの危機の時代にあれだけの

指導力を発揮したんだもんなぁ。個人的には司令のこと知らないけどさ、や

っぱりすごい人だったんだと思うよ。」

感慨深そうに日向さんは呟く。僕と日向さんは、ホールを出ながら、会話を

続ける。

「そうですね。」

「さてと、慎治君。今日と明日はけっこう大変かもしれないよ。けっこう偉

い人たち来るしさ。戦自の方でも将官クラスの人だけじゃなく、参謀本部総

長も明日来るって言ってたよ。もっとも、戦自の方は俺がやるからさ、心配

しなくてもいいよ。あとは政府関係者と各国の外交官相手かな。加持元二佐

と葛城元一佐がいるから、まぁ大丈夫だと思うけど。」

「ええ、もう腹を据えましたから。」

「そうか。」

そう言って日向さんはにっこり笑って、制帽をかぶる。斎場の入口では、青

葉夫妻が来ていた。青葉さんは長髪に飽きたのか、髪の毛を短くそろえてい

てる。どうも、青葉さんという感じがしない。ただ、それでも喪服すらもス

マートに着こなしているのはさすがに青葉さんだった。摩耶さんは軽くパー

マをかけているが、これがとてもよく似合い、あいも変わらずかわいらしい。

真珠のイヤリングが光っている。

「よう、誠。久しぶりだなぁ。」

「おっ、茂に摩耶ちゃん。元気?。」

「元気だけど。なんか、先輩と会うのがつらくって。きっとすごい落ち込ん

でいると思うし。」

「まぁ、赤木博士はなぁ...。でも、さっき会ったとき、わりとしっかり

していたよ。」

「えっ、先輩どこにいるんですか?。」

「奥の貴賓室でみんなとコーヒーを飲んでいたよ。」

「じゃ、ちょっと挨拶してくるわ。ごめんね、慎治君。」

そう言うや否や、摩耶さんは小走りで中に入っていった。

「ごめんな、慎治君。あいかわらず、摩耶の奴、赤木博士フリークで。」

青葉さんが困った顔をする。僕はクスリと笑う。

「いえ、摩耶さんがいれば、律子さんも少しは元気になるでしょうし。」

「ああ、あと明日香ちゃんが来ているんだって。」

「ええ、一緒にここまで来たんですけど。どこかで本を読んでいるのかもし

れません。」

「ふうん。麗ちゃんは?」

「ええ、麗もここにいますよ。おそらく貴賓室にいるんだと思います。」

「そうか。それじゃ、俺も貴賓室に行くかな。誠はどうする。」

「俺の方は、戦自の偉いさんの世話をしなきゃなんないから。」

「そうか、大変だよな、軍人さんは。それでは日向三佐殿、ご武運をお祈り

しております。」

「ばーか。」

笑いながら、日向さんは外で待たせてあった車に乗り込む。僕と青葉さんは

貴賓室に向かった。貴賓室では、なぜか摩耶さんが涙をぽろぽろ流して泣い

ていた。

「先輩。先輩の悲しみ、私よく分かります。」

「あ、ありがとう。摩耶。ほら、これで涙を拭いて。あなたが泣いてどうす

るのよ。」

「せ、先輩。すみません。でも、でも、私。」

「はいはい、摩耶の気持ちはよく分かったから。」

律子さんも少し苦笑している。それから、僕と青葉さんに気がついた。

「この度は、お悔やみ申し上げます。」

青葉さんは頭をスッと下げる。

「あら、ありがとう。青葉君。」

「すみませんでした、律子さん。」

僕は僕で律子さんに頭を下げた。律子さんは僕を見て苦笑いを浮かべた。

「もういいのよ。だいたいの話は、明日香から聞いたから。本当に明日香は

しょうがないわね。それよりも打ち合わせをしないと。摩耶、悪いんだけど、

加持君と副司令を呼んできてくれないかしら。あと、公益社の人たちも。」

「は、はい、分かりました。先輩」

摩耶さんは涙を浮かべながらも、嬉々として部屋を出ていった。

***

 夕方5時を前に弔問客がちらほら見えるようになった。受付の方は、青葉

さんが責任者となり、元ネルフ関係者達に受付をやってもらうことになった。

明日香もミステリーを読むのに飽きたのか、受付をかって出てくれた。先ほ

どの打ち合わせで、香典は受け取らないことにする。正式な香典返しをやる

のは大変なことだし、義理と形式にとらわれるのを嫌ってのことだった。薫

は美里さんにお願いした。この二日間は、僕も麗も表に出なければならない

し、美里さんなら子供の世話になれているからだ。摩耶さんには弔問客の対

応をお願いした。副司令には当然のことながら弔辞をお願いし、そして、加

持さんには葬儀全体の指揮をお任せした。

 僕ら遺族三人と葬儀委員長を務める副司令が貴賓室で待機する。通夜が始

まるまでは挨拶に来てくれた人たちに対応しなければいけないからだ。本来、

通夜は近親者だけで行われるのが習わしだが、この忙しい時代では告別式に

出席できない人も通夜に来る。ただ挨拶に訪れる人が、考えていたよりもそ

う多くないのは助かった。いまのところ、日向さんが連れてきた戦自の将官

が数人と、国会議員並びに京都市議員や京都府議員といった政治家、あと律

子さんの関係で大学の先生が多かった。ただ、戦自の将官には僕と麗を見て、

「ほう、君たちがあの..」ともの珍しそうに見る人が数人いて、多少不快

を覚えた。

 挨拶に来てくれた弔問客で一番驚いたのは、元総理大臣のタカケンこと、

高岡賢治がわざわざ来てくれたことだ。自民党最大派閥である高岡派のドン

が涙をぽろぽろながして、父さんの死を悔やんだのは印象的だった。タカケ

ンが会場の方に移った後に、苦虫をかみつぶしたような表情をした律子さん

がボソリとつぶやいた一言も印象的だった。

「だから政治家は油断がならないのよ。あれだけネルフの邪魔しておいて。」

その他の弔問客として中高並びに大学の友人達が来てくれたことは嬉しかっ

た。冬司夫妻も駆けつけてきてくれた。

「なぁ、俺のいうたとおりやったやろ。慎治。親っちゅうのは、なんやかん

やいうて、子供を愛してんるんや。死に目にあえんかったら、絶対おまえ後

悔するとこやったぞ。」

そうかぁ?、とは思いつつ、「ありがとう、冬司。」と答えておいた。他に

健介も来てくれていた。もっとも健介は、新聞カメラマンとしての仕事が半

分あったが。

「偉大だったよ、おまえの親父は。おそらく21世紀の偉人100人に入る

よ。」

「そ、そうかな?。」

「そうさ。考えてみろよ、エヴァという究極の決戦兵器を開発して、使徒と

いう訳の分からない化け物と戦うための組織を作った人だぜ。おまえは昔か

らそうだけど、自分と自分の周りを過小評価する癖があるからな、よく分か

らないのさ。」

そう言って、健介は笑った。そして、小声でボソッと僕の耳元でささやく。

「なぁ、明日香ってさぁ、彼氏いるのかな?」

僕は肩をすくめるしかなかった。

 6時になると通夜が始まる。僕らは会場に移り、祭壇に向かって右側の席

列に座る。一番右が喪主の僕、その横がレイで、次に律子さんが座る。副司

令と加持さんは左の席列に座る。碇家・六分儀家とも親族はいなかったので、

ある意味、非常に楽だった。左側を見ると、席に座ったタカケンが秘書と何

か密談をし、忍び笑いをしていた。律子さんの言うことが分かるような気が

した。お坊さんが会場に入ってくる。昨日枕教で来てくれた阿闍梨だった。

やはり弟子を二人連れている。会場に一礼をして、読経をはじめる。それは

父さんの黄泉の国への出立の宣言だった。

***

 読経が終わると、弔電の紹介にはいった。今日は通夜のためそれほど多く

はなかった。ただ国連関係者や在外の日本人、特に外務省関係者と駐在武官

ないしは平和維持活動として海外にいる戦自関係者の弔電が多かった。

 弔電の紹介が終わると、読経が再び始まり、焼香となる。まずは喪主の僕

が一番先に焼香をする。次に麗、そして律子さんと続く。僕と麗と律子さん

そして副司令は焼香が終わると会場の出口に立ち、弔問者に挨拶をする。タ

カケンや戦自関係者、元ネルフ関係者などが一礼して出ていく。僕は余りな

にも考えず、頭を自動的に下げていた。

 焼香を終えた人たちが次々と出ていくその列の中で、その女性を見つけた

ときの衝撃は大きかった。黒いワンピースを着ているが、そのお腹は彼女が

妊娠していることを示している。まだそれほど大きくはないにせよ、それは

明らかだった。その女性はトーク型帽子をかぶって、顔を隠していた、しか

し、それでも明らかだった。彼女が麗にそっくりだということは。

 その女性は僕らの前に来ると、顔を下に向け通り過ぎた。僕もその女性に

目をあわさないように頭を下げた。心臓の鼓動が異常に早くなっているのが

分かった。彼女が会場が出ていくと、僕は横目で麗と律子さんを見た。麗も

律子さんも真っ青な顔をしていた。特に律子さんはひどかった。今にも倒れ

そうな状況だった。実際、副司令が支えていなかったなら、律子さんは倒れ

ていたと思う。状況を察してやってきた加持さんに、麗と律子さんのことを

お願いして、僕は弔問者達の列を割って入った。

 あの女性をつかまえなきゃ。そんな思いで列をすり抜けていく。身重な人

だから、まだそれほど遠くには行っていないはずだ。エントランスまで来る

と、受付席にいた明日香が立ち上がる。

「慎治、急いで!。」

「どっちに行った?。」

「右よ。」

僕は駆け出す。30メートルほど先に、その女性はいた。タクシーをつかま

えようとして、焦っている。一台のタクシーが、女性の元に近づいてくる。

僕は全速力で走った。タクシーが止まるや、その女性は慌てて乗り込もうと

する。僕はすんでの所で閉まろうとするタクシーのドアに身をねじ入れた。

後部座席に乗り込んだ女性はおびえた表情で僕を見ている。タクシーの運転

手が迷惑そうにぼやく。

「お客さん。困るわ、無理してもろうたら。」

「すみません。」

「行って。」

「はあ?。」

「お願いだから、早く行って!。」

その女性の声は割と甲高かった。タクシーの運転手がイライラしながら僕に

言う。

「お客さん。お連れさんがそない言ってますけど。」

「いいんです、かまいません。ちょっと喧嘩しただけですから。」

僕は彼女の手を無理やり取って、タクシーから引きずり降ろす。

「いやー。」

彼女は道路にへたり座る。

「お客さん。お連れさん嫌がってますよ。無理はやめた方がええんちゃいま

す?。」

「すみません。ちょっとした行き違いで。」

僕は運転手に謝って、ドアを閉める。運転手は嫌な顔をして、車を出した。

僕は走り出したタクシーを後ろで見て、ほぉーと一息安堵のため息をついた。

それから、しゃがんでその女性に優しく話しかけた。

「ごめんなさい。無理しちゃって。お体大丈夫ですか?。どうしても、お話

しをしないといけないと思って。」

女性はおびえた目で僕を見ていた。帽子の脱げた彼女はあまりにも麗に似て

いた。違うのは髪の色と瞳の色だけと言ってよかった。麗の蒼い髪に対して、

彼女は綺麗な黒髪で、やはりショートカットだった。レイの赤い瞳に対して、

彼女は綺麗な黒曜石の瞳だった。まさしく、父さんの好みのタイプだった。

「本当にごめんなさい。」

僕は彼女の帽子を拾い、そして、彼女を立たせた。女性の瞳が涙で潤んでい

た。

「自己紹介をしないといけませんね。僕は碇慎治と申します。碇厳堂の長男

です。」

女性は唇を咬んで、下を向いた。

「もしよろしければ、少しお話を。」

「...」

「ああ、あそこに喫茶店がありますね。あそこでどうでしょうか?。」

僕は彼女の腰に手を回し、その場所のすぐ側にある喫茶店に入った。幸いな

ことに喫茶店には人がいなかった。口ひげをはやした店のマスターが「あと、

30分で閉店ですけど、よろしいですか?」と聞く。僕は「結構です。」と

答えながら、彼女を店の端にある二人用のテーブル席に座らせる。ここから

なら、観葉植物が邪魔をして、外からは僕らが見えない。そして、僕は彼女

の対面に座った。

 口ひげを生やし、なかなか恰幅のある40歳頃の店のマスターがお手拭き

とお冷やをお盆に乗せて、注文を取りに来る。お手拭きを受け取りながら、

僕はメニューにさっと目を通して、彼女に渡す。

「何にしましょ?」

「えーと、僕はモカ。あなたは?。」

女性に話しかける。彼女は、小さな声で「オレンジ・ジュース」と答えた。

「モカとオレンジ・ジュースで。」

そう言って、マスターは厨房に戻った。僕はお手拭きで、顔を拭き、お冷や

に口を付けた。

「いやー、運動不足でして。」

そう言って彼女に笑いかけたが、彼女は反応しなかった。

「....そ、そうですね。あまり時間がないんで。率直にお聞きしたいと

思います。」

彼女はビクッとした。

「ああ、大丈夫です。どんなことでも、あなたを責めるようなことはしませ

んから。」

そう言うと、彼女は上目遣いで僕に聞く。

「ほ、本当ですか?。」

「本当です。」

僕は断言して、彼女にできる限りの微笑みを見せる。彼女の態度が少し和ら

いだ。

「ああ、改めて自己紹介しないといけませんね。先ほど申し上げましたが、

僕は碇厳堂の長男の碇慎治と申します。すみません、これ、会社の名刺なん

ですが。」

そう言って、定期入れから名刺を出して、彼女に渡す。彼女はそれを受け取

ると、まじまじ眺めた。そして、次にまじまじと僕の顔を見つめる。

「あんまり見つめられると、弱っちゃいますね、ハハハ。」

そう言うと、彼女がクスッと笑ってくれた。

「あ、あのお名前は?。」

「聡美。大森聡美と言います。」

「大森さんですか。はじめまして、大森さん。」

そう言って、僕は頭を彼女に下げた。

「フフフ、変な人。」

「よく言われるんですよ。いや、本当に。」

そう言って、僕は「ハハハ」と笑った。壁に掛かっている時計をちらりと見

る。あまり時間はなかった。

「ところで、大森さんは父の知り合いの方ですか?」

その質問は彼女をこわばらせ、話の流れが停まった。何とも言えない雰囲気

が流れる。そこにマスターがモカとオレンジ・ジュースを持ってきてくれた。

僕はマスターに会釈し、口を付ける。「おいしいコーヒーだ」と独り言を口

にする。大森さんもオレンジ・ジュースのストローに口を付ける。彼女の表

情がちょっと和らいだ。しかし、僕を上目遣いで見ていることには変わりな

かった。

「あ、あの、大森さん。間違ってたら、ごめんなさい。でも、すごく大切な

ことなので。あ、あなたと父はひょっとしてつきあっていましたか?。」

この質問に、彼女のストローの中にあるオレンジ・ジュースの流れがとまる。

しばらくして、彼女はこくんとうなずいた。予想通りだった。

「こ、これも大切なことなので、お聞きしますが、あなたは妊娠しています

よね。」

この質問にも彼女はコクンとうなずいた。

「そ、それじゃ、お腹にいる子は.....」

彼女はやはりコクンとうなずいた。僕は右手で頭を抱えた。そんな僕を彼女

は、おびえを湛えた瞳で見ている。僕は慌てて両手を振って言う。

「いや、せ、責めているわけじゃないんです。本当に。ただ、そ、そのあま

りに突然なことだったから、びっくりしちゃって。」

 僕はひきつりながらも、懸命に笑顔を作ろうとした。そんな僕を彼女は疑

わしそうな目でジーと見ている。僕はコーヒーに口を付け、懸命に考える。

分かったことは、彼女の名前は大森聡美であること(偽名かもしれないけど)、

彼女は父さんとつきあっていた(ということは、父さんの愛人?)、彼女は

いま妊娠していて、その子は父さんの子だということ(ということは、僕の

弟か妹?)か。

「本当にごめんなさいね。正直なことを言うとちょっと動揺していますけど、

別段、それはあなたを責めている訳じゃないんです。言いたくない、答えた

くないということは別段言わなくてもいいです。ただ、これは本当に大切な

ことなので。」

そう言って、僕はコーヒーに一口つけて言う。

「あ、あのいま何ヶ月ですか?」

彼女はちょっと頬を染め、両手をつかって指を6本あげた。6ヶ月...。

ということは、少なくとも父さんとのつきあいは6ヶ月かそれ以上になる。

そして、彼女が子供をおろすのには遅すぎる。

「そ、そうですか。元気な子が産まれるといいですね。」

僕は何を言っているんだろう?。しかし、彼女を見ると、少し安堵の表情を

見せた。

「ごめんなさい。」

彼女が小さな声でささやくように言った。

「えっ。」

「ほ、本当は来るつもりやなかったんですぅ。冬月さんにもこんように言わ

れてたんやけど。そ、そやけど、新聞であの人の記事読んで、ほんで、あの

人の写真みとったら、なんか、こう胸がジーンときて、いてもたってもおれ

んようになって...。で、でもやっぱし、こうへんほうがよかった。」

そう言って、彼女はハンカチをだして、泣きだした。

「い、いや、そんなことはないんですよ。だって、あなたが来てくれなかっ

たら、僕はあなたのことをぜんぜん知らないままだったから。だから、来て

くれてよかったんです。」

「ほ、ほんまにそう思うてくれてはるの?。」

「本当です。」

「よかったぁ。ほんまはすごいこわかってん。妾って弱い立場でしょ、そや

から、『この子処分せえ』とか言われたら、どうしようかぁ、と思うて。」

そう言いながら、彼女は自分のお腹を愛おしそうになでた。僕は首を横に振

った。

「そんなことは言いません。でも、いろいろ知っておかないと、何もしてあ

げれませんし。話してくれますよね。父との関係について。」

彼女はうなずいた。僕は一呼吸つけて、聞き始めた。

「父とはいつ知り合いましたか?。」

「去年の2月。」

「どこで、父と知り合いました。」

「わたしの働いている店で。祇園で働いているんよ。」

「本格的につきあい始めたのは?」

「碇さん、怖い...。」

「あっ、ごめんなさい。そんなつもりはないんです。で、つきあい始めたの

はいつ頃ですか?。」

「去年のゴールデン・ウィークから。」

「なるほど。」

そう言って、僕は冷め始めたコーヒーを飲む。ということは、父さんと彼女

のつきあいは、1年以上前からか。あと、副司令の名前をさっき彼女は出し

ていた。ということは、副司令は全部知っている可能性がある。

「お客さん。もう閉店の時間です。」

マスターが厨房から僕らに声をかける。

「はい、わかりました。」

僕はマスターに答えてから、大森さんに向く。

「もう少し、いろいろと聞きたいのですが...。最後に一つだけ。父はそ

の子を認知しましたか?。」

彼女はかぶりを振った。その答えの意味するところは、彼女もよく分かって

いた。僕はため息をついた。

「さっき渡した僕の名刺あります?」

彼女は財布をとりだし、そこから僕の名刺を出した。僕はそれを受け取ると、

ボールペンを内ポケットから取り出し、名刺の裏に僕の住所、電話番号そし

てe-mailアドレスを書いた。

「何かあればここに連絡を下さい。あと、できればこちらからあなたに連絡

を取りたいのですが。」

「それなら」と言いながら、彼女は自分の店の名刺を取り出し、僕のボール

ペンで名刺の裏に自宅の住所と電話番号を書いて、僕に渡した。

「じゃ、行きましょうか?。」

レジに行き、彼女が自分の分を払おうとしたのを押し止め、僕が払ってから、

店を出た。

「ほんまにありがとうございます。」

彼女は頭を深く下げた。

「いえ、こちらの方こそ、いままで気がつかず、すみませんでした。あと、

タクシーの件、ごめんなさい。ああでもしないと、あなたが逃げてしまって

いたので。」

そう言うと、彼女はくすくす笑った。

「いいんです。でも、ほんまによかった。碇さんが優しい人で。」

僕はかぶりを振った。

「それで、実はお願いがあるんです。父には奥さんがいます。法律上ではな

いんですけど。僕から見たら義理の母にあたります。僕は彼女の悲しむ姿を

あまり見たくないんです。それで、本当に申し訳ないんですが...」

彼女は僕の言うことを理解して、うなずいた。

「明日は来ません。今日、あの人に挨拶したから...。」

「すみません。勝手なことを言って。」

そう言って、僕は頭を下げた。

「いややわぁ、碇さん。ほんまは、碇さんが謝るようなことやないのに。」

彼女はそう言って、ちょっと笑った。しかし、その瞳には涙が浮かんでいた。

「それじゃ、また連絡します。」

「ほんまにありがとうございます。ほな、また。」

彼女はそう言って、京阪の五条駅の方に歩き出した。僕は彼女の後ろ姿を見

送る。しかし、突然思い出した。

「あっ、ごめんなさい。大森さん。」

ちょっと大きな声を出して、彼女を呼び止める。彼女はこちらを振り向き、

怪訝そうな顔をしている。

「冬月っていう人、知ってますよね。」

「ええ。お客さんの一人やし、あの人の友達やし。」

僕は大きくうなずいた。

「ありがとうございます。それじゃ、また今度連絡します。」

彼女はちょっと首をひねって、また歩き始めた。僕も斎場の方に戻った。歩

きながら、彼女の名刺を見た。名刺には彼女のお店と住所が書かれていた。

お店の名前は「有美」。彼女の源氏名はミサコだった。場所は確かに祇園だ。

裏を見る。彼女の名前と住所と電話番号が書かれていた。大森聡美。住所は

下京区のマンションだった。その字はいわゆる丸文字で、彼女の性格がよく

出ているような気がした。話をした感じでも、少なくとも律子さんとは逆の

性格のように思われた。また姿や顔は麗にそっくりだが...、とそこまで

考えて愕然とした。ってことは、母さんにそっくりだということじゃないか。

病院での律子さんの言葉が脳裏をよぎる。

「あの人にとっての奥さんは、唯さんだけよ。」

余りなことに、僕は呆然とした。そんなに父さんの母さんへの思いは強いの

か?。長年連れ添った律子さんを裏切ってまで。

「本当の話よ。」

確かに律子さんの言うとおりだった。僕は何も考えられないまま、斎場に戻

った。通夜はほとんど終わりに近づいていた。弔問客のほとんどが帰り、ロ

ビーも閑散としていた。戻ってきた僕を見て、明日香が立ち上がる。

「慎治...。ねぇ、やっぱりそうだった?。」

僕は答えなかった。それを見て、明日香は理解する。

「律子さんは?。」

「さっき、美里と一緒に帰ったわ。大変だったわよ。『また、裏切られた』

って大泣き状態。あんな律子はじめてみた。」

「...そう。麗は?。」

「ファーストも律子と一緒に帰ったわ。泣いてはいなかったけど、ちょっと

変だった。何喋りかけても、『うん』としか言わないし、歩いているとフラ

フラしてあちこち人にぶつかっているし。」

「...そう。あと、副司令は?。」

「ん?。多分、貴賓室にでもいるんじゃない?」

「わかった。行ってみるよ。」

そう言って、僕は貴賓室に向かって歩き始めた。明日香も僕について来る。

「ねぇ、慎治。大丈夫?。顔色悪いわよ。」

「ああ、僕は大丈夫。」

「待っておこうか?。車、運転してあげるわよ。」

僕は右手で自分の顔をなでて、ため息をついた。

「いや、いい。長くなるだろうし。悪いけど、明日香、僕の車で帰ってくれ

ないかなぁ。これ鍵。」

僕はポケットに突っ込んでいた車のキーを彼女に渡す。明日香は本当に心配

そうな顔をしているが、気を使っている余裕はなかった。

「あんたはどうすんの?」

「タクシーで帰るよ。」

「わかった。」

そう言って、彼女はロビーに戻った。僕は貴賓室の前につく。ノックをする。

「入りたまえ。」という副司令の声が聞こえた。

僕は意を決して、扉を開けた。副司令はテーブルを前にして、椅子に座って、

お酒を飲んでいた。テーブルには「天狗舞」の一升瓶がおかれていた。副司

令は僕を見て、テーブルの上に置かれていたお盆に並んでいる沢山のグラス

から一つ掴んで、僕の前に差し出した。僕はグラスを副司令から受け取ると、

副司令が一升瓶を手にして、なみなみと注いてくれた。僕はそれを一息で飲

む。そして、副司令の前にあるテーブルに腰掛けた。

「冬月さん。」

僕は初めて副司令の名前を読んだ。副司令は、僕と目をあわさずに、グラス

を傾ける。

「分かってる。あの子のことだろ?。」

僕はうなずいた。

「どこまで聞いた?。」

僕は正直に今まで分かったことを話した。副司令は何も言わずに聞いていた。

そして、僕が語り終わると、グラスに残っている酒を飲み干して言った。

「上出来だ。」

「でも、分からないことが他に沢山あります。」

「言いたまえ。」

「冬月さんがどこまで状況を把握しているのか。どこまで、律子さんとの関

係を壊す覚悟があるのか?。」

副司令は答えずに一升瓶をグラスに傾け、僕のグラスにも酒を注いだ。それ

から答えた。

「わたしは、全部把握しているよ。律子君との関係も、残念だが仕方がない

と思っている。」

僕はグラスを一気にあおった。副司令が一升瓶を僕のグラスに傾ける。

「律子さんは、絶対納得しないですよ。」

「そりゃ、そうだ。」

そう言って、副司令はクックと笑った。それは狡猾な老人の笑いだった。

「あの親子をどうするつもりですか?。」

副司令はグラスの酒を飲み干し、また一升瓶を傾ける。

「君たちには迷惑はかけないよ。」

「どういう意味です?」

「わたしが面倒を見る。」

とてもではないが、信じられない気分で、副司令を睨む。

「本気ですか?。」

「ああ。」

「いくら父さんの愛人だからって、どうしてそこまで冬月さんがするんです

か?。遺産の方は彼女の子供にちゃんと分けてあげますよ。父さんの遺産が

どれぐらいあるかは知りませんが、十分あの親子が困らない程度にはあるで

しょう。」

「困らないだろうな。碇の遺産は有価証券・不動産を含めて、軽く100億

はある。税金で8割とられるとして、残り20億。その半額を君が譲るとし

たら10億だ。まともに暮らしていけば、十分な金額だ。」

「...その計算は間違っています。」

「ん?」

「律子さんの分がぬけています。」

「おやおや。君は彼女に半分を譲るつもりかね。それじゃ、聡美君親子には

5億しかないじゃないか。それでも、まぁちょっとしたボーナスだな。」

そう言って副司令は笑った。そして、一息ついて言った。僕は自分のグラス

に酒を注ぐ。

「君にそんなことをする義務がないのは知っているだろう。」

僕はうなずいた。律子さんは内縁の妻にすぎない。そして、父さんは大森さ

んのお腹にいる子供をまだ認知していない。

「義務の問題じゃないんです。道義の問題です。」

そういう僕の答えに、副司令はまた狡猾な笑い声をあげた。

「若いなぁ、君は。」

「そうですか?。」

「ああ、いいことだ。君の気がそれで済むのであれば、そうしてくれたまえ。

ただ、それでもあの親子の心配は君がする必要はない。」

僕はグラスの酒を飲み干してから、副司令の胸ぐらを掴んだ。

「なぜです。なぜ、そこまでするんです?。いくら、父さんの親友だからっ

ていって。」

副司令は胸ぐらを掴んだ僕の手をふりほどき、ふらっと立った。

「私が碇の親友だって?。馬鹿なことを。私ほどあいつを憎んでいる奴はい

ない。君は私と碇の関係をぜんぜん理解していない。」

そして、副司令はグラスを床にたたきつけた。グラスが大きな音をたて割れ、

床にその破片が散らばった。

「あいつは私の人生をむちゃくちゃにしたんだぞ。君は知っているのか、あ

いつがセカンド・インパクトに荷担していることを。これで私の家族は私一

人を残して全員死んだ。両親はもちろんのこと、私より若い、妻も息子も娘

もだ。それだけじゃない。奴は私から京大のポストを取り上げるように裏か

ら細工して、それを成功させた。私がセカンド・インパクトの真実を探って

いたからだ。それから、私をネルフに取り込み、常に私を側に置くことで、

私を支配したんだ。」

副司令の怒りは今まで見たことがないほど大きかった。そしてそれは僕の酔

いを醒ませるのに十分だった。

「それじゃ、どうしてネルフ解体後も父さんの側にいたんですか?。父さん

に復讐を果たすためですか?。」

副司令は天井を仰ぐ。そして、静かに言った。

「だから、君は私と碇の関係を理解していないと言ったんだ。私と碇の関係

は、そういうものではない。まだ君の年では分からないかもしれない。お互

いに憎みつつ、しかし、いやだからこそ、お互いがお互いを必要としている

関係を。」

「...」

「言ってみれば、私と碇は友達とか親友とかそういう言葉では片づけられな

いものなんだ。あえて言えば、そうだな、同志と言うべきかな。お互いに憎

みあいながら、しかし、お互いを理解しあい、そして、お互いの目的のため

なら、平気で相手を斬り、また平気で相手に斬られることのできる関係だ。」

そういって、副司令は新しいグラスを持ち、一升瓶を傾けた。

「君は飲むかね?。」

僕は首を横に振った。

「いや、まだきれいごとを言っているな、私は。」

副司令はグラスに口をつける。

「他に聞きたいことがあるかね?。」

「一つだけ。」

僕は今まで口にできなかった疑問を問いかけた。

「副司令、いえ冬月さんは、母さんを愛していましたね。」

僕は副司令の答えを待った。しかし、副司令は答えなかった。

「けっこうです。沈黙もまた答えです。」

そう言って、僕はテーブルから降り、部屋を出ていこうとした。

「待ちなさい。」

背後から副司令の声が聞こえた。扉を開きかけて、僕はとまった。

「私は唯君の指導教官だった。これが意味することは分かるかね。」

僕はうなずいた。

「しかし、当時あいつはそういうことを気にしなくてもいい立場だった。こ

れが私と碇の最大の違いだ。」

「だから今度は大森さんでその心の隙間を埋めるつもりなんですね。なるほ

ど、冬月さんと父さんはよく似ている。」

僕はそういって、部屋から出た。そして、そのままトイレに駆け込んだ。最

低な気分だった。僕はこみ上げるむかつきを便器に流し込んだ。何も食べて

いないせいか、さっき飲んだお酒だけがこみ上げてくる。ひとしきり吐いた

後に、トイレの洗面台でうがいをし、顔を洗う。顔を上げ、鏡に映った自分

の顔を見た。そこには父さんにそっくりな僕がいた。眼鏡を掛けていなくて

も、顎髭を生やしていなくても、僕は父さんにそっくりだった。

 鏡を殴りつけた。何度も殴りつけた。鏡にヒビが入り、僕の拳が血まみれ

になる。それにかまわず、僕は鏡を殴り続けた。息が切れてしんどくなった

ので、僕は鏡を殴るのをやめた。鏡には大きなヒビが無数に入っていた。僕

は自分の拳と服を見る。拳は血まみれで、僕の喪服には血が飛び散っていた。

拳の血と細かいガラスの破片を水で洗い流す。しみたが、それは心地よい痛

みだった。ひとしきり洗い流してから、トイレット・ペーパーをかなり長く

引き出し、乱暴に僕の両手に巻き付けて、トイレを出た。トイレの前には明

日香と加持さんがいた。

「あ、あんた一体何したの?」

明日香は僕の喪服に飛び散った血と、両手に巻き付けたトイレットペーパー

を見て、驚愕の表情で僕に語りかけた。

「何でもないよ。」

加持さんが黙って、僕の右手を掴んで、じっと見つめた。それから、僕の右

手首を掴んで、強引に引きずって医務室に連れていった。僕は何も喋らなか

った。加持さんは何も話しかけてこなかった。明日香も黙ってついてきた。

医務室に入って、加持さんは僕の手に巻き付いているトイレットペーパーを

綺麗にはぎ取り、僕の両手を乱暴に洗ってから、オキシドールをつけてくれ

た。血はほとんど止まっていた。それから、丁寧にガーゼを拳に張り付けて、

これまた丁寧に包帯を巻いてくれた。明日香は黙って僕の治療を見ていた。

「さてと、これでよし。」

初めて加持さんが口を開いた。

「あ、ありがとうございます。」

そして、加持さんは男臭い笑いを浮かべた。

「気にするな。」

何について、言っているのか分からなかった。治療をしてくれたことか、大

森さんのことか、律子さんのことか、副司令のことか、父さんのことか、母

さんのことか、麗のことか、鏡を割ったことか。どれについても言ってくれ

ているような気がした。知らないうちに涙が出てきた。僕は包帯を巻かれた

右手で涙を拭いた。加持さんはそんな僕の頭を右手でくしゃくしゃに撫でく

れた。

「こんな夜は、寝るもんだ。」

それから、加持さんは明日香の方に向いた。

「悪いけど、慎治君を連れて帰ってくれ。」

「う、うん。でも、加持さんは?。」

「通夜ってもんは、誰かが故人に一晩中つきあってやるものさ。それに..。」

「それに?。」

「副司令の面倒も見てやらなきゃならんだろう。まったく、あの人も若いん

だから。」

「う、うん。」

僕と明日香は医務室からでて、長い廊下を歩く。二人とも言葉はなかった。

斎場であるパレ・デュ・ラ・パを出て、その駐車場に止めてある僕の車に乗

る。明日香が運転席に座り、僕が助手席に乗った。彼女は静かに車を出した。

流れていく街灯を見ながら、僕は明日香の左手を握った。彼女は右手で運転

しながら、優しく応えてくれた。

「まったく、男って本当に馬鹿なんだから。」

明日香のつぶやきが僕の耳に入ったが、僕は気にしなかった。

 

【つづく】




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