* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田




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序 . 死ぬ時はひとりぼっち

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アスカ:「なにこれ?」
シンジ:「なんでも、いちいち各章の頭で大雑把な解説をするらしいよ」
レイ :「あたし達が?」
シンジ:「僕達だけじゃなくて、他にもいろいろいるけど・・・・」
アスカ:「でももう終わりよね。」
シンジ:「いったいどこが解説なんだか(^^;;」
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そして、レイの腕はシンジの肩を離れ、音を立てて床の上に落ちた。

だがシンジは落ち着いていた。
これほどの状況において、笑いたくなるほど冷静にそれを見詰めていた。
あまりに多くの出来事が一度に起こり、自分が耐えられる心の許容範囲を超
えてしまったのかもしれない。

もう何も感じなかった。
胸の痛みも、心の苦しみも、腕の中で眠るレイの温もりも、

そして罪悪感も、全て・・・・・・・・・・・・・


頬を流れていた涙もいつのまにか止まっていた。

シンジは胸の中で小さな笑みを浮かべて眠るレイを見た。
彼女の口元には真っ赤な断片が大量に流れている。
シンジは自分のハンカチでその口もとの赤い物を丁寧に拭った。

「綾波・・・・・・・なんでこんな事に・・・・・・・・・・・」

まるで自分のものではないような、掠れた声が荒れ果てた部屋に空ろに響いた。

しかし、それに答える事のできる者は一人もいなかった。

ミサトは鈍器で殴られたように、頭から真っ赤な液体が垂れている。そこには白
いもの、黒いもの、茶色いもの、ピンク色のもの・・・・・・・様々な色が混ざり合い、
グロテスクなコントラストを現わしている。

アスカの手足は時々ヒクヒクと引き攣り、顔は断末魔の恐怖の表情を浮かべて
いる。死を目の当たりにした恐怖か、それとも未だ受け続けている精神への残虐
な拷問による物なのかもしれない。
そして恐らくは後者。
それはシンジが自らの意志で行った残酷な行為。

レイはシンジに抱かれ、笑顔を浮かべながら、口から赤い筋を流しながら横た
わっていた。

二人の足元には真っ赤な染みが大きく広がり、それは徐々に大きくなっていく。

トウジとリツコはそれを黙って見つめるしか出来なかった。


小さな部屋の至る所に真っ赤な染みが飛び散っている。

ひびだらけになった壁にこびり付いた真っ赤な『それ』は、嫌な匂いを発しな
がらズルズルと幾筋もの糸を垂らしながら伝い落ちていった。


「何でこんな事に・・・・・・・・・・・・・・・・」

心の中に冷たい囁きが忍び寄る・・・・・



その時、電話のコール音が、部屋の中に鳴り響いた。



地獄は、まだ始まっていない。
これから始まるのだ。

『血と欲望と惨劇の聖誕祭』と呼ばれ、阿鼻叫喚が響き渡る現世の地獄が・・・・・



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1.おかしな奴が多すぎる
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トウジ :「軍艦追っかけたり、女追いかけて写真とったり・・・・・・」
アスカ :「そういうのはおかしな奴、じゃなくて変態ってのよ」
ケンスケ:「今お前らは敵を作ったぞ(怒)」
シンジ :「あの、みんな、多分これはクリスマスを必要以上にはしゃぐ
人達の事を指してるんだと僕は思うんだけど・・・・・」
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事の発端は、いや、事件を全容を最低限に理解しうる最も近くのスタートライン
は1日前の放課後までさかのぼる・・・・


「あ〜ぁ、もうっ!!そろそろクリスマスも近いってのに・・・・・・・・・」

下校途中、ケンスケがいきなり叫んだ。

「なんや急に。どうせ予定はないんやろ。」
トウジは怪しげな関西弁で皮肉っぽく笑いながら言った。
「予定があったらあんな事は言わないって。なあ、シンジ。ほんとにお前んちで
パーティーを開こうとかいう予定はないのかあ・・・・」
「お前、ほんとにそればっかりやな。ミサトさんに迷惑がかかるっつーとるのに。」
トウジが今度は呆れたような顔で茶々を入れた。
「うるさいなっ!なぁ、シンジ、おまえはなにか用事あるのか?」
「別にないよ。クリスマスって、あんまり騒いだりするものじゃないような気が
するから・・・・」
「もったいないなぁ、シンジ。お前さんだったらパーティーに誘ってくれる男が
山ほどいるだろに。」
「何だよ、それ。」
「ほら、文化祭の時にさ-------------」
「わぁぁ!!それ以上言わないでケンスケ!思い出したくないんだから・・・・・・・」
「なんでや?結構好評やったやないか。シンジのドレス着たお姫さま姿。あれで
シンジに惚れた男の数は二十や三十じゃきかないって聞いたけんやけどな。」
「トウジっ!!!!」
それはシンジとって決して触れてはいけない傷になっていたのだが、ここでは
あまり関係の無い話なので割愛する。

第三新東京市の第壱中学校の三バカトリオはいつもの様に学校からの帰り道を
みんなしてつるんで帰っていた。

そして、その3人を呆れたように見つめるアスカとヒカリの視線もそこにあり、
頭上に太陽がいつに揉まして輝くその日、全ては平穏と日常の光の中に包まれ、
誰もがその平和を丁重に、しかし当然の事として享受していた・・・・・・・




時に201×年12月23日。

翌日に終業式を控え、クリスマスまで後少しという日。
俗に言うとクリスマス・イブイブ。

クリスマスの日に予定があると言う訳ではない。

だが、街の一帯にはクリスマスソングが流れ、商店街にはサンタの格好をして
プラカードを持った、いかにも『クリスマスっ』というクエスチョンマーク付き
の景色の中で、少し気が緩んでいたのかもしれない。
シンジは下校途中に、学校に忘れ物をしていた事に気付いた。

「せんせ、どないしたん?」
トウジは、急にディバッグの中を漁りはじめたシンジを振り返った。
「ん?いや、なんか学校に忘れ物してきちゃったみたいでさ。」
シンジは困った顔で答えた。
「バッカねぇ。」
先頭でヒカリと並んで歩いていたアスカの声がシンジの耳に届いた。
「アスカは先に帰ってていいよ。僕これから取りに戻るからさ。」
シンジはいつものように、困ったように笑いながら答えた。

アスカはシンジに付き合ってやるというのをそれとなくほのめかしたのだが、
結局の所、シンジはそれに気付かずに一人で取りに戻る事になった。

シンジはアスカが異様に不機嫌になって去っていくのを不思議そうに眺めながら
学校への道を戻りはじめた。

それが悲劇への道を辿りはじめる事になることも知らずに・・・・・


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= 2.私闘学園 =
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B:「いきなりふざけたタイトルになったわね。」
D:「いいんじゃないか?この作品の原型らしいし」
A:「そんなことよりも何よこれ!どうして私達がABCなのよ!」
E:「オリキャラの扱いなんて所詮こんなものよ・・・ニヤリ」
C:「・・・・・・・・・・あなたその笑いはやめなさい。」
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第三東京市第壱中学校。通称『壱中』。

至って普通のこの中学校にはただ一つ、普通でない点が存在した・・・



日が傾き、空が赤く染まる頃。校庭では野球部やサッカー部が近づいてくる大
会に向けて練習している。
廊下には吹奏楽部の練習するトランペットやフルートの音が絶えず響き渡る。

週一の強制的なクラブ活動日ではない今日、一般の学生と公然の帰宅部員は
早々に自宅に帰り、校内にはひとけがあまり無い。



そして壱中の三階、灰色のコンクリートを剥き出しにした寒々しい生徒会室の中
には十数名の少女が集まって怪しげな会合を開いていた。

ピッタリと蟻の這い出る隙間もないほど綺麗に“コ”の字に並べられた席に座る
十数名は全員女生徒。
発言者以外誰一人言葉を発する事もなく、機械的に会議が進められて行った。

一人が起立し、この会議の目的である定期報告を行っている。
眼鏡をかけ、その奥のやや垂れ目の瞳で何かのプリントを読み上げていく少女は
この組織の中では情報局長のチャーリーと呼ばれている。

当然“チャーリー”は偽名で、この集会の中で事実上第3位の権力を持っていた。

淡々と報告を終え、席に付こうとした情報局長チャーリーのスカートのポケッ
トから、突然、携帯電話のコール音が鳴り始めた。

彼女は皆が煩わしそうに見詰めるのを完全に無視しながら電話を取り出した。
ごく短い時間、電話に耳を傾けただけでチャーリーの目は驚愕し、見開かれた。

「何があったの?」

しばらくして、通話が終わっても固まったままのチャーリーに声をかけたのは
この会議の議長代理も務める総務局長にしてSILF評議会第一議員アルファ。

同時に、ここ第壱中学校の生徒会第一書記。

こげ茶色のヘアバンドで癖のないまっすぐな髪を押さえ、肩の辺りで綺麗に切
り揃えている。かなり整った顔立ちで背もさほど高くはないが、けんのある鋭い
目つきとハスキーは声はその場にいるものに圧倒的なまでの重圧感を持って迫っ
てくる。

彼女は、いや、ここに集まっている少女達はみな普通の中学生ではなかった。

彼女は影の生徒会長とも呼ばれ、幼少の頃より父から帝王学を叩き込まれてきた
才女。発足当初より評議会の第一議員として、SILFと言う名の怪しげな組織を
天性の指揮・運営・組織化・外交能力によって、知る人ぞ知る第二次SI争奪戦争で
内外にあまたある強敵を撃破、吸収、あるいは懐柔し、民間における一連の組織の
中で最大規模のSILFをわずか1年で創り上げた天才少女だった。


その彼女の声には押さえ切れない好奇心が見え隠れしている。

「あ、いえ・・・・」

チャーリーは動揺した。非常においしい情報だった。
しかし、そのタイミングがいささか悪すぎた。
この会議の最中でなければ抜け駆けする事も出来たであろうに・・・・

しかし、彼女は腹をくくると議長代理のアルファに向きなおる。

「SIが学校に冬休みの宿題の記録ディスクを忘れているそうです・・・・・・・・」

それを聞いた途端、今まで静寂に包まれていた会議室が大きくざわめき出した。

突然席を立ち、部屋から出ようとする者が続出する。
そしてそこを隣の人間に見つかり無理矢理席につかされる者、また止めようと
した者を味方に引き込もうとする者・・・・・・・・


冷静と沈黙と冷徹の代名詞だったような室内は、突然の爆弾発言により脆くも
崩れ去ったかに見えた、その時、

「静まりなさいっ!!!!」



腹の底より発せられたアルファの裂帛の気合によって、その場にいた者達は弾
かれたように顔を上げ、取り合えず落ち着きを取り戻した。

しかし、皆一様に先程までのような落ち着きはなく、今にもこの場から走り出
したそうな雰囲気が溢れている。
そして、それはアルファや彼女が右腕と頼むブラボーも同様だった。

彼女はしぶしぶと自分の席につく少女達をゆっくりと見まわした。
一人一人の顔をじっくりと見、その視線は公安局長デルタの上に止まった。

デルタは自分の携帯に向かって話し掛けている。

公安局局長のほか、惣流アスカ対策委員会会長や保安部特殊部隊隊長の職を兼任
している評議会第四議員のデルタは電話を切ると一拍間を置いた後、口を開いた。

「現在、SIはルート3を移動中。先程、第5ポイントを通過した。惣流アスカは
学級委員の洞木ヒカリの家で遊んでる。」

またもや室内がざわつく。
ルート3とはSIの通学路。
現在第5ポイントという事は彼が学校に来るとしたら後5分足らずしかない。

アルファは背もたれに身体を預け、腕を組む。
「不慮の事象に対する役割分担は常にローテーションが組まれていたわね?」
アルファはしばらく考え込んだ後、ブラボーに尋ねる。

威厳のある口調でブラボーと呼ばれた少女は、ストレートの黒い長髪を揺らし
ながら、その卓越した記憶力を駆使して遅滞なく答えた。

「ええ、確か前回は彼がハンカチを忘れた時に誰がハンカチを貸すか、だったと
思ったわ。たしかその時は科学技術局長のズールーがハンカチを貸したと思った
けど。」

そう言われて席の端に座っていた評議会の末席に座るポニーテールの目立たない
少女が顔を上げてコクコクと肯く。

「そう・・・・・・・・・、では今回は私という事になるわね。」

そう言ってアルファは勇んで席を立とうとした時、

「違うわ。」

ブラボーの冷たく静かな声がアルファの行動を止めた。

「確か貴方はこの前、彼の竹の子エンピツの芯を一つなくしてしまった罪で懲罰
委員会より全てのローテーションにおいて2回休みの勧告を受けた筈よ。」

「うっ・・・・・・・・・・・・」

言葉に詰まったアルファの情けない顔を見ながらブラボーは勝ち誇ったように
立ち上がった。

「従って今回はこの私、ブラボーの担当になります。」

その時、開け放された窓から吹き込んできた風が、夕焼けの匂いと一緒に綺麗
に切り揃えた前髪を揺らし、ブラボーの腰まで届く長い黒髪を大きく乱した。





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= 3.超革命的中学生集団 =
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A:「そのものずばり・・・」
C:「まあ、ありえない話である事は確かね・・・」
D:「?・・・、なにを言っているのかよく分からん」
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SILF財務局長 評議会第二議員ブラボー。
本名は別所ナツミ、14才、2年A組。
図書委員会所属、社会研究部部長 兼 舞踏部平部員。


腰まで届く艶やかで滑らかな黒髪を柔らかになびかせ、きめ細やかな真っ白
い肌を濡れたような漆黒の髪と対照的に輝かせながら、焦点の合わぬ大きな瞳
で2−Aの教室に入りこみ、お目当ての品、宿題の記録ディスクを探す。

もちろん彼女も他の少女達と同じく普通の中学生ではない。

SILF発足当時より活動指揮官だったアルファの右腕として、有能な秘書で
あり、才能豊かな会計官であり、また時に暴走しがちなアルファの押さえ役として、
SILFの組織運営上で欠かせない存在であり続けてきた幹部の一人。

彼女は、一度見たもの、聞いた事は決して忘れる事はなく、イミダスと広辞苑と
六法全書を丸暗記しているとさえ言われるほどの恐るべき記憶力と知識を持ち、さ
らに500名を軽く超え、推定1000名にまでのぼるとまで言われるSILFの
全メンバーの顔、名前、住所、生年月日、家族構成、家族の仕事、これまでの組織
への貢献、長所、短所、弱点、さらに学校の成績とクラスメートの評価を全て把握
しているとも言われ、彼女を知る組織の者は何があろうとも決して彼女の悪口を口
にしない。

彼女は机の中に入っていた目当てのディスクを見つけると喜びに胸躍らせなが
ら階段を駆け降り、正面玄関の下駄箱まで一気に走り抜ける。

と、突然、彼女は誰かにぶつかり、よろけて尻もちをついた。
びてい骨をしたたかに打ち、突き上げるような痛みに、思わず呻き声が上がった。

彼女は普段なら絶対に使わないような言葉で相手を罵倒しようを顔を上げた時、
口を開く前に上から声が降ってきた。

「あの・・・大丈夫?」

(え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)

彼女は我が耳を疑った。

もしやと思い、目を上げてみると、そこには彼女の同じクラスの色白で華奢な
感じの少年が一人、心配そうな表情で手を伸ばして立っていた。

その少年は色白で繊細、まつげは長く、鼻梁は細く高く美しく、細い唇は柔ら
かなカーブを描き、細いあごがクリスタルガラスのごとき繊細さを強調している。

「あの・・・・」
少年は呆けたように自分を見つめる女生徒にもう一度声をかけようとした。

「・・・・・・・・・はははは、はい、だだだ、大丈夫です。」

そこで彼女はその少年の顔を長い間ポーっと見つめていた事に気づき、気まずさ
と恥ずかしさとで耳まで真っ赤にしながらも、やっとの事で吃りながらそれだけ答
えた。

「そう、良かった。それじゃ、僕はちょっと用事があるから。」
「え?・・・・・・・・・・あ、ああ、ちょ、ちょっと待って!」
突然の事に動揺して大事な事を忘れていたブラボーこと別所ナツミは、思わず
そのままシンジを行かせてしまいそうになってしまった。
「なに?」
「あ、あの、い、碇君の用事ってこれじゃない?」

口篭もりながらも何とか言いたい事を言い、制服のポケットからディスクを取
り出して恥ずかしそうにシンジに手渡す。
それを見たシンジは、驚いた顔をした後、恥ずかしそうに手を伸ばした。

「あ・・・・ありがとう。別所さん。」
「ううん、今から碇君の家に・・・・・・・」

そこまで言った時、彼女はシンジにディスクを手渡さなければ彼の家に堂々と
臆する事なく乗り込めたはずだという事に気づいた。
その事に愕然としながらも、舞い上がって正常な思考を忘れてしまった己の浅
はかさに地団駄を踏みたくなるのを堪える。

「そうなんだ。ありがとう。じゃあ、これから帰る所だったの?」
シンジは目の前の少女の胸の内などこれっぽっちも知らずに尋ねた。
「え?・・・・・うん。碇君も帰るの?」
「いや。途中でスーパーによって買い物に行こうかなぁ、とか思うけど。」

シンジの答えにブラボーナツミは、しめた!、と考えた。

彼女はSILF総務局物流調査部が近隣のスーパーのチラシを片っ端から切り
抜きいて広報部と共同して製作・発行・配布する日刊紙『最も安い日用雑貨・食品・
その他カタログ』をその自慢の記憶力で、毎日すべて暗記する事を日課としていた。

と言っても、それは碇シンジの為にではなく、主に自分の為だった。
2年A組の大概の生徒と同じく、ブラボーナツミもまた母親不在の人間。

ついでに言っておくなら、会員特典として一部50円で販売されているのだが、
当然のごとく販売実績はあまり良くないらしい。
もっとも中学生の身の上で日常業務を全て行わなければならないなど、よほど
の環境でなければ滅多にあるものではない。

さらに付け加えるなら、このカタログは広報局直属特務隊が一日も欠かす事なく
碇シンジに無料で届けている。

もう少し言えば、カタログにはSILF科学技術局気象部が日本の内閣運輸省
気象庁の所有する気象衛星にハッキングし、独自に開発した天気予報プログラムを
使ってはじき出した洗濯度指数なども記載されているのだが、当のシンジはいつも
学校に来るたびに机の中に入っているチラシの出所など知らぬまま、またゴミが入っ
てるよ、程度の考えで読みもせずにゴミ箱にほうり込んでしまっている。


「あ、あのさ、あたしも買い物に行くつもりだったの。安いお店も知ってるし、一緒
に行かない?」

ブラボーナツミは自分の持ちうる全ての勇気を振り絞ってシンジを買い物に誘った。
もちろんシンジに断る理由もないし、他人の提案を断る勇気もない。

それよりも何よりも、最近、完全に主夫化しつつあるシンジにとって『安い店』
と言う言葉はどんな甘い誘惑よりも魅力的に聞こえたのだった。




「・・・・・・・・・・・・・二人はどうやら買い物に行くようね。」
ほこりとクモの巣だらけの天井裏から二人の様子を見ていた少女は携帯無線を
使って二人の会話を上司達に伝えた。

彼女はSILF情報局内に極秘に設立され、主に非合法な活動を担当するアク
ション・サービスの一員である。
そこに所属する少女達は皆、ありとあらゆる特殊専門技能のほか、格闘技も段位
の実力を持つエリート達で構成されている。

廊下の角から鈴なりになって二人を盗み見ていた幹部連中はアクションサービ
スから二人の会話を内容を聞き、怒りと嫉妬に拳を震わせた。

アルファは、ピンク色に頬を染めてシンジと一緒に学校を出て行くブラボーを
見ながら低く押し殺した声で、自分の下から顔を出している少女に尋ねる。
「法制局長エコー。この事に関して何か言う事は?」

SILF評議会議員には能力だけでなく容姿も重要視されている。
その中でただ一人、似合わない大きな眼鏡をかけたせいで浮いた存在のエコー
は、三つ編みで一つにまとめた髪を揺らしながら、クイッと中指でメガネを上げると
ニヤリと笑った。

「あるわね。会則第1章の総則の第3条に反してる。『抜け駆け厳禁』にね。」

それを聞き、大きく肯くと、アルファは大袈裟な動作で振り返り、片手を肩の
高さまで無意味に上げて声高らかに宣言した。

「これよりSILF会則第13章の罰則第121条の3の適用により、財務局長
ブラボーの抜け駆けに対して懲罰委員会を招集します!!」


彼女は嫉妬に駆られてそう宣言した。

その委員会の決定が、後に悲劇をもたらすとも知らずに・・・・・・


そう、彼女達は碇シンジファンクラブの人間だった。


『碇シンジ解放戦線』すなわち『Sinji Ikari Liberation the Front』
略してS.I.L.F。
各局の局長達が評議会を作り、組織を運営している。

呼び名はシルフ。某組織の呼び名と一字違いである事について、彼女達は全く
の偶然である事を主張している。

この組織の行動目的は明白である。

彼女達は、本人の意思を完全に無視して碇シンジを独占する惣流アスカ、及び
綾波レイをキリスト教におけるサタンと同一の対象として敵対視し、彼女達から
碇シンジのフリー化を図ろうという者達の集団。

かつて、この第三新東京市において碇シンジを巡って行われた二度に渡る大戦を
くぐり抜け、その行動力としっかりした組織作りで、民間では第3新東京市最大の
碇シンジ後援組織となったSILF。

その中で、組織において専制君主並みの絶対権力を得られる『議長』の座。
評議会が開かれる時だけアルファが代理としてその席につくが実際は未だ空席、
そして組織内の誰もその座に座ろうとしないのは、彼女達が将来、碇シンジ自身を
その座に迎えんとしていたからであるが、幸か不幸か、当のシンジはまだその事を
知らない。

・・・・いや、シンジはその事だけでなく、ここ第三新東京市においてそのような
組織が乱立している事を知らない。
それは彼女達の組織がひしめき合いながらもお互いを監視しあい、そして牽制
しあっているからでもあるが、なによりもシンジの周りに鉄壁のATフィールド
と全てを粉砕する鉄拳がそれらの組織の存在をシンジから遠ざけているからでも
あった。

また、SILFを構成するメンバーの総数は非公開となっているが、その数は
推定500とも1000とも言われており、主婦を中心とした『碇シンジ愛護婦
人同盟』や第弐中学校に設立された『碇シンジ促進委員会』を始めとする多数の
組織の中でも最大規模の民間組織として、第3新東京市で最強を誇るNERVに
設立された『碇シンジ公平分割機構』に対抗しうる唯一の組織とされている。



普通の中学校、壱中に存在する唯一つの普通でない点。
それがこの『碇シンジ解放戦線』なのだった。




<つづく>


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