* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田







34. ER
アスカ:「さすがはマイクル・○ライトン!凄いわ・・・・」 シンジ:「・・・・・・ア、アスカが他人を誉めるなんて・・・・・・」 レイ :「可能性の一つとして、他人の実力を素直に認める事のできる 公正で、かつ自分は心が大きい人間であり、謙虚で良い人であ る事を示そうとしていると考えられるわ。」 シンジ:「そうか!それなら納得がいく!」 アスカ:「うううぅぅ、殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる! 殺してやる!殺殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる! 殺してやる!殺殺してやる!殺してやる!殺してやる!殺してやる!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――― デルタは定量の倍近い血管収縮剤を入れた注射器でブラボーに静脈注射をしようとしていた。 殺した人間は数知れずと言われる彼女だったが、さすがに毒殺をする事には抵抗感を憶え るのか、注射器を持つ手は小刻みに震えていた。 ブラボーの応急処置に忙しいリツコ達は誰一人、その事に気付いていなかった。 鋭い注射器の針がゆっくりと皮膚に近づき、チクリとブラボーの腕に突き刺さる。 ブラボーの静脈は色白の皮膚の上にはっきりと浮き出ているので挿し間違える事はない。 緊張で呼吸が小刻みになっていくのが分かっていながらそれを止める事ができない。 彼女は無理やり深呼吸して針を静脈まで刺し通し、やがて、たどり着いた注射器の中の 薬品をゆっくりとブラボーの体内に流し込んでゆく。 50ミリ・・・・100ミリ・・・・・150ミリ・・・・・・・・・・・ その時、装甲車の後部扉がばたんと開いた。 デルタは仰天し、危うく自分の指に注射してしまいかけた。 驚いて喉まででかかった声を飲み込み、振り返ってみると、そこには心配そうにブラボーを 見つめるシンジがいた。 「大丈夫?」 見たところではブラボーの細い腰はさらに細くなり、口の端から血の泡を吹いている。 そこにレイが顔を出した。 「大丈夫。峰打ちよ。」 「ど、どこがよ・・・・・・・・・・」 レイの声が聞こえたブラボーは血を吐くような口調で、ビタビタと血を吐ながら文句を 言った。 「と、とにかく、今は喋らない方がいいと思うな。」 シンジは自信なげにブラボーに言った。 彼女の若々しすぎて色気のあまりない太股も、ミサトやアスカと同居しているおかげで 大して意識していない。 しかし、そういう物に対して免疫力の低いトウジの視線は釘付けにされてしまった。 リツコはデルタに声をかけた。 「伊達さん。注射はおわったの?別所さんの血圧が下がってるわ。輸血しないとだめかも しれない。彼女の血液型は?」 「あ、う、え、あ、ああ、BのRH+。輸血用の血液なら低温ボックスに何本かあったけど。」 動揺しまくっていたデルタは素早く気を落ち着けようと焦った。 「だめ?だめって、もしかして・・・・・」 シンジは目の前で知り合いが死ぬという事に脅えていた。 心のどこかでそこはかとなく、彼女の怪我は自分が絡んでいるような気がして仕様がなかった。 リツコは報告を聞きながらブラボーの腹部をそっと押さえる。 途端にブラボーが呻き声を上げた。 「腹部が膨満して、圧痛あり。たぶん内臓ね。排尿管から血尿がないか調べてちょうだい。」 リツコはアクションサービスの少女達に言った。 言われた彼女達は一人残らずビクッとして手に持っていたものを後ろに隠した。 リツコは気付かなかったが、劇薬を塗った針や空気入りの注射器などをブラボーに挿そう としていた彼女たちは、日頃行っている超が付くほど過酷な訓練の甲斐も無く、かなり動揺 してしまった。 だが、そのうちの一人がいち早く落ち着きと冷静さを取り戻し、リツコの言った血尿を 調べるためにブラボーの下着に手をかけた。 と、それをリツコが手を伸ばして止めた。 彼女は不思議そうにリツコを見ると、彼女の視線は外を向いていた。つられてそちらを 向くと不思議そうに自分達を見つめているシンジと目が合った。 しばらく時が止まっていたが、不意にその事に気付いたシンジはボッという効果音が 聞こえてきそうなほどに突然顔を真っ赤にした。 「い、いや、あの、その、・・・・・ご、ごめん。すぐ降りるから・・・・・・」 そう言うと、隣でやっぱり不思議そうにしていたトウジの襟首を掴んで降りていく。 そのとき、シンジは不意に振り返ると真摯な表情で彼女達に言った。 「あのさ、そ、その・・・、何か出来る事無いかな。やっぱり人が死ぬのは見たくないし。」 その言葉はブラボーを亡き者にしようとしていた少女達を凝固させた。 そんな彼女達にかわってリツコが言った。 「今あなたに出来る事はないわ。外でしばらく待っててちょうだい。終わったらすぐに病院に 連れて行くから。」 その言葉にシンジは申し訳なさそうに肯いた。 「わかりました。・・・あの、みんな、頑張って・・・・・・・・」 そういうセリフを無意識に一人一人の目を覗き込んでいう所に、天性のスケコマシ野郎の実力を 感じ取る事ができるのかも知れない。 とにかく、先程まで殺意に満ちていた少女達は今度は本当にブラボーを救う為に活動を開始した。
「大丈夫かな?」 背後で重い扉の閉まる音を聞きながらシンジは心配そうに呟いた。 シエラはシンジの肩をぽんと叩いて元気付けた。 「大丈夫だって。あの程度で死ぬほどあの娘はヤワじゃないって。」 そう言うながらも額に一筋の汗が流れているのは、もしブラボーが死んだ場合、ATFが法的に 認められていない以上、少年院送りになるのが自分である事は確実だからかもしれない。 辺りは沈黙に包まれた。 「そ、そうだ、碇君。用は何かある?出来る事があるならなんでもするけど。」 アルファはその沈黙を何とか突き崩そうと儚い努力をした。 「え?いや、特に無い――――――」 「お腹が空いた!」 シンジの言葉を遮り、ここぞとばかりにアスカが元気に声を張り上げた。 あんなものを見た後なのに、とシンジは思ったが何も言わずにアルファを見た。 アルファはニッコリと笑いながらシンジをじっと見詰めていた。 「そ、そう言えば夕食はお酒ばっかりでなんにも食べてなかったからね。何かあるかな?」 シンジの言葉にアルファはまた嬉しそうに微笑んだ。 「コンビニで売ってるものなら買ってこさせるから。中はしばらくかかりそうだし。」 「牛肉の生姜焼き弁当。なければオムライス。」 またもやアスカが声を上げた。やや声を下げて。 アルファはシンジの顔をじっと見つめていた。 シンジはアスカがだんだん不機嫌になっていくのに気が付いた。 「そ、そうだね、そうしてもらえれば嬉しいな、僕はいいや。あんまり食欲無いし・・・・」 胃も痛い。 「飲み物は?」 アルファは気を利かせた。 「オレンジジュース。100%の。」 アスカは実に静かに言った。 シンジは胆が冷える思いだった。更に胃が痛んだ。 やはり、アルファはシンジから顔を逸らそうとしなかった。 「じゃ、じゃあ、僕も、そ、そうしてもらえる?」 アスカがキレた。 「あんたねぇ!!なんでいちいちシンジに聞くのよ!!どうせ答えは分りきっ てるんだからそんな必要はないじゃないの!!」 目と口と鼻から火を吹かんばかりのアスカを覚めた目で見詰めると、詰まらん、とでも 言うようにシンジに向き直って微笑んだ。 「じゃ、買ってこさせるね。」 トウジとシエラは間一髪、暴走したアスカを羽交い締めにすると人殺しだけは起こさせ まいと踏ん張った。 シンジはそんなトウジを見ると、アルファに慌てて付け加えた。 「綾波とトウジの分の弁当もお願いできるかな。お金は後でまとめて払うからさ。」 彼は胃薬も頼もうかと思ったが、何となく気恥ずかしかったので止めた。 と、そのとき車の中から叫び声が小さく聞こえて来た。
「脈が消えた!呼吸停止!」 「急いで心臓マッサージ!送管して呼吸を確保!」 「そこの気管内チューブをとって!」 「デルタ!血尿があったわ、凄い血の量よ!」 「血液はあと何本!?」 「500ccと300ccが一本ずつ!これだけじゃもたないわ!」 「かまわない!両方とも一番太い針で点滴、急げ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 シンジ達の間に沈黙が流れた。 中の騒ぎはまだ続いている。 辺りには常夏の日本に止む事のない夜虫の音色が、涼しげに響いていた。 時々、虫の音に混じって夜行性の鳥たちの鳴く声が混じる。 夜空に浮ぶ満月の光は眩しく、夜を青白く照らし出していた。 昨日まではとても平和だった。 目を瞑れば、楽しく平和だった日々に飽きる事なく遊んだ花火の記憶が鮮明に蘇える。 勢いよく吹き上げる色とりどりのまばゆい火花、線香花火の儚げな輝き・・・・・ ああ、そう言えばあの時、トウジはネズミ花火に追いかけられてたっけ。それでその後、 ネズミ花火に火をつけたケンスケに向けてロケット花火を撃って、それからはみんなでロ ケット花火のぶつけ合い・・・、本当なら注意するはずのミサトさんまで一緒になってロケッ ト花火を撃ち合っちゃって。・・・けっきょく委員長が大声上げてやっとみんな収まったんだ。 トウジやアスカ達に混じってミサトさんまで委員長に怒られて・・・。加持さんやリツコさん が来てくれなければ一晩中でも説教してたんじゃないのかな。僕はそのあいだ綾波と二人っ きりで線香花火をじっと見てたんだ・・・でも、僕が見てたのは本当は線香花火じゃなくて、 線香花火に魅入ってる綾波を見てたんだ。・・・その時の綾波はとても幻想的で、綺麗で、儚げ で、今にも消えてしまいそうで、まるで僕たちの手の中でパチパチと踊っていた線香花火の ようにゆっくりと、少しずつ、そして何の前触れもなく、何も言わず・・・・・・・・・・・・・・・・ 突然、装甲車の後部扉が開け放たれ、中からデルタが顔を出した。 シンジはハッとして現実逃避の世界から立ち戻った。 「乗って!今すぐ病院に向かわないとまずい。」 その言葉にアルファは困ったような顔でシンジに笑った。 「アハハ・・・ごめんなさい、食事はしばらく後になりそうだね。」 「いや、別に赤羽根さんのせいじゃないから・・・・・」 「そうや!委員長を忘れとった!」 唐突にトウジは叫び、唖然とするシンジ達を残してそこから走り去った。 しばらくして戻ってきたトウジの腕の中にはヒカリが抱えられていた。 「委員長、ほんとに目ぇ覚ますんか?」 死んだように眠るヒカリを見ながらトウジは呟いた。 「寝てるだからそのうち目を覚ますでしょ。行きましょう。」 アルファは素っ気なく言って車に乗り込んだ。 アスカはアルファの後ろ姿を、それだけで鉄板を溶かせそうなほどの強烈な視線で睨み 付けていた。 「ア、アスカ、とにかく行こうよ。急がないと・・・・」 「分かってるわよ!そのくらい!」 シンジの気弱な言葉に苛立たしげに叫びかえすと、足音も荒々しく装甲車に乗り込んで いった。シエラは呆れたように肩を竦めて後に続く。チャーリーはすでに運転席に乗り込 んでいた。 シンジは困ったようにレイと視線を合わせ、相手の無表情な顔に気弱に笑った。 その脇をヒカリを抱えたトウジが追い越し、車に乗り込もうとし、即座に固まった。 次の瞬間、デルタの前蹴りが空を切り裂いてトウジの顔面を襲う。 パキャッ、という音と共にトウジは頭を仰け反らせ。またもや鼻を押さえてうずくまった。 委員長はトウジの腕の中から落ち、ゴミ袋を放り投げたような音を立てて装甲車の床 の上に倒れ込んだ。 「うーん・・・・・・・・・・・・・・・」 その衝撃で、洞木ヒカリ学級委員長は呻き声を上げて目を薄っすらと目を開けた。 その視線の先で、トウジは激痛にのた打ち回っていた。 デルタはそんなトウジを冷ややかな目で見下ろしながら冷酷に言い放った。 「車に乗りたければずっと天井を見てろ。さもないと首をへし折る。」 文句を言う勇気すら粉微塵に打ち壊された関西男児は、ヒクヒクと痙攣するように肯いた。 「ああ、委員長。目が覚めたんだね。」 シンジはヒカリに声をかけると、何事かと思いながら装甲車の中を覗き込んだ。そこ では血にまみれ、裸同然のブラボーがリツコ達から治療を受けている真っ最中だった。 局部を隠しただけ、という姿にシンジは驚いたが、少なくとも彼は血まみれの裸に欲情 する人間ではなかった。
34.Tokyo−3大混戦 ACT2
アスカ:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ〜・・・」 ―――――――――――――――――――――――――――――――― コンソールに青いランプが灯った。 「副司令。兵装ビルの攻撃準備、整いました。」 ロンゲのあんちゃんは、加持を無視して直接副司令に報告する。 もっとも、加持は加持で下のオペレーターを口説いていたりする。 「今晩どう?レストランの予約は取ってあるんだ。」 「えー?でも、葛城三佐が・・・・」 「大丈夫、君が気にする事じゃないよ。どう?最高のクリスマスナイトをプレゼントする事 を約束するよ。」 ボーっとコンソールを眺めていたメガネのオペレーターは、加持のセリフを聞いて顔には 出さずにいきり立った。 彼は、ミサトの脈はもはやほとんどない事がわかった今、前向きにつぎの恋愛を探し はじめていた。 その最有力候補が、今、加持の口説いているオペレーターだったりする。 突然、警報が発令所に響き渡った。 「副司令!!MAGIがハッキングを受けています!」 ロンゲはとっさに声を張り上げる。 司令の椅子に座って喜んでいた冬月は、思わず手すりから身を乗り出した。 「現状は!?」 「現在、保安コンピューター経由でサブコントロールが・・・・・・・いえ!相手はMAGI の裏コードを知っています!!直接MAGIに侵入するつもりです!!」 「エントリーのエントランスポイントの数を減らせ!そのあいだにパスコードの変更。 A3の暗号化プログラムを立ち上げろ。出来なかったら電源を落とせ!急げ!」 「了解!」 きびきびとした声でロンゲが作業を進める。 「日向!A3暗号化プログラム起動!」 ロンゲは叫ぶが返事がない。 メガネは加持に喧嘩を売っていた。 「加持さん!今非常事態なんです!少しは場所をわきまえて下さい!」 「おいおい、そんなに怒るなよ。だいたい、この状況じゃ俺なんか何の役にも立たないだろ。」 「そんな問題じゃありません!士気に関わります!それに彼女が非常時に対処できないじゃないですか!」 「はぁん、さては君は彼女が目的だったのか?」 「そうではありません!!僕はただ----」 「おい、マコト・・・・・」 「うるさい!いいですか、加持さん。今は一刻の猶予も許されない事態なんです!そんな 事をしている暇があったら外に行って暴動の鎮圧でもしてきて下さい!」 「おいおい、俺はこう見えても君よりも階級が上の扱いなんだけどなぁ。」 「だったら、それらしい行動をして下さい!」 「だから、日向って・・・」 「しかしな、俺は暴力ってやつは嫌いなんだよ。」 「だからってなんでナンパなんてしてるんですか!」 「いいじゃないか、人の趣味にけちは付けない事だよ。」 「大体、あなたって人はいつもいつも--------」 こうしてMAGIはハッキングされた。
炎に包まれた街。 影の中をひた走る、我らが戦略自衛隊の精鋭チームは異様な雰囲気に包まれていた。 先程までのプロ意識の固まりは不安定に揺らぎ、後少しの衝撃で脆くも崩れ去るほど までに脅えながら、第三新東京市の路地裏を走っていた。 だが、彼らはプロとして深層意識にまで根を下ろした後天的本能ともいえるプライドが 恐慌状態に陥る事を踏み留めていた。 明かり一つない、真っ暗なビルの谷間を彼らは走り抜け、炎が渦巻く歩道をすばやく 横切り、新たな影に潜み、また走る。 いったい、どれだけの間そんな事を続けていたのだろうか。 闇を疾走し、先頭を走る隊長がふと足を止め、後ろを振り返ると十数名いた部隊は半分 ほどにまでその数を減じていた。 途中、ついてこれずに脱落したものもいるだろうが、それだけで半数も脱落するとは 考えられない以上、残る可能性は一つだけだった。 何者かに『狩られ』た。 「三分、休憩する。」 三佐のその言葉に、隊員たちは息をはいて腰を下ろした。 「一体、何だったんですか?あれは?」 部下の一人が腰を下ろさずに脅えた口調で隊長に尋ねた。 その言葉に疲労のあまり考える事をやめていた他の隊員たちからも脅えた声が上がった。 隊長はその言葉に決然とした声で言った。 「考えるな。与えられた任務をこなす事だけを考えろ。」 いつもならこの言葉だけで沈黙する彼らも、今度はそうは行かなかった。 部隊の全体に長時間に及ぶ逃走による疲労と絶え間なく続いた恐怖の影が重く圧しかか り、任務に集中するなど不可能も同然だった。 今にも頭上から虎の顔をした人間が襲い掛かってくる錯覚に襲われ、ちょっとした物音 でも、まるで暗闇を怖がる子供のようにびくりとする。 隊長はこのまま休憩を続けても逆効果になると判断した。 「行くぞ。サードチルドレンの家まであと少しだ。」 その時、頭上から声が降ってきた。 『残念ですが・・・・・、いま彼は外出中です・・・・・・・・』 隊員らは即座に空に向けて銃を構える。 が、頭上にはビルの隙間から夜空が小さく覗いているだけで、動くものは何一つなかった。 「急げ、ここを離れるぞ。」 (また、あの声だ。) 彼らを狩り立て続けている声。隊長は素早く命令を発した。 隊員らは不気味な面持ちのまま素早く隊列を組む。 ふたたび隊長が走り出そうとした時、突然背後から隊員の一人の悲鳴が上がった。 襲い来る恐怖に背筋を凍り付かせながら隊長は即座に振り返り、残りの隊員も素早く 銃を向けた。 そこには口から血を滴らせた狼がいた。 足元に一人の男が横たわっている。 それが普通の獣ではない事はすぐに分った。 どこの世界に熊ほども大きくで、しかも二本足で立つ狼がいるのだろうか。 彼らは恐怖に駆られて銃を乱射した。 銃弾は狙い違わず人狼の肉をはじきとばし、血を舞い上げ、胸や頭が小さく幾つも爆ぜる。 熱せられた薬莢が飛び出し、アスファルトの地面で跳ねて甲高い音を立てる。 暗く、狭い路地一帯に硝煙の匂いが立ち込めた。 一人が撃つのを止め、また一人、そしてまた一人と銃を撃つのを止める。 やがて全員が銃を撃つのを止め、狂おしいまでの静寂が辺りに響き渡った。 隊員の目は一点に集まり、その色は恐怖に染められていた。 銀色の毛皮に覆われた巨大な二足歩行の狼は、無数の銃弾に貫かれながらもまだ立っていた。 そして、血の滲む傷跡は目にはっきりとわかるほど素早く消えてゆく。 狼の血塗られた口が歪む。 笑ったように見えた。 その瞬間、精鋭たちの心の糸はプッツリと切れた。 プロ意識も、プライドも、メンツも、勇気も、全て恐怖に飲み込まれた。 ゆっくりとにじり寄る狼に、ある物は腰を抜かし、ある物は我先に逃げ出した。 そこは恐慌の匂いに溢れた。 彼らはビルの谷間を、路地裏を恐怖に駆られて走り抜ける。 耳元では狼の息遣いが聞こえ、自分達を追いかける足音を聞こえる。 たとえそれが幻覚であっても、彼らにとってそれは現実と同じだった。 やがて、彼らの逃避行は袋小路に突き当たった時に終わった。 四方をビルに囲まれたその場所は広く、ちょっとした体育館ほどの空間があった。 頭上には夜空の中に満月が浮かび、黙って地上の狂騒を見下ろしていた。 一人、また一人と隊員たちがその場に入り、少し正気を取り戻した隊長が近くの隊員に 聞いた。 「全員いるか?」 尋ねられた隊員はハッとして辺りを見回して答えた。 「五人しかいません。」 その言葉に、部隊唯一の女性である一曹は訂正を加えた。 「五人もいる、ですよ。妙ですね。」 そう言って彼女は隊長を見た。彼も肯いた。 「ああ、妙だ。俺たちはてんでバラバラに逃げ出したのに、はぐれずに大半がここに集ま るなんて、まるで・・・・」 彼はそれ以上の言葉を言う事は恐ろしくて出来なかった。 だが、彼の言わんとするところは隊員たちに伝わった。 過酷な訓練をこなしてきた自分が怖じ気づくなどという事があるとは、今まで思いもし なかった。 押し潰されそうな沈黙が流れた。 その時、彼らは初めて広場の中心に人が立っている事に気付いた。 どこかの学生服に身を包んだその少女は金色の髪を月の光に輝かせながら、ただ彼らを 黙って見つめていた。 「君は?」 隊長は訝しげに尋ねる。 「ここがどこか判るかい?外へ行く――――――――」 その時、隊長はぞっとして言葉を切った。 少女は寒気のするほどの冷たく美しい顔に薄っすらと笑みを浮かべている事に気付いた。 「君は・・・誰だ?」 本当は心のどこかでその答えが分かっていた。 だが彼はその心の言葉をむりやり無視し、銃をゆっくりと持ち上げた。 その時、背後で唸り声が聞こえた。 今までの恐怖の残滓が彼らを突き動かし、隊員たちは咄嗟に広場の奥へ逃げ込んだ。 振り返り、そして彼らは後悔し、絶望した。 彼らの入ってきた場所には獣がいた。 それも先に彼らを追いかけてきた狼だけではなく、虎や熊、鼠、蛇、そのどれでもない『何か』・・・・・・ 人外の者たちがそこに集まっていた。 今度は隊員たちは恐慌に陥らない。ただ圧倒的な絶望が空気を支配していた。 隊長は少女の事を思い出した。 まだ若すぎる民間人の少女をまきぞいにしてしまう事に罪悪感を憶えた。 「すまないな。」 彼は背後にいるだろう少女に声をかける。 「謝っても無駄だろうけど・・・・・」 振り返って少女を見ると、彼女は不思議そうな顔で彼を見ていた。 やがて少女は静かに笑い出した。 訝しげに自分を見つめる五対の目に、テンゴは笑いを堪えながら話しかけた。 金色の髪がサラサラと揺れた。 「いいえ・・・・、謝る必要はありません・・・・、むしろ謝るのはこちらの方なんですから・・・」 自衛隊の誇る精鋭たちはその声を聞き、全ての希望を失った。 その声は今まで彼らを狩り立てていた声だった。
「ちょっと!こんなに飛ばして大丈夫なの!?」 リツコはさすがに恐くなって尋ねた。 今、装甲車は暴動でゴミやら人やらが撒き散らされている中を時速100km近い速度で 突っ走っている。 本来、無限軌道によって最高時速はせいぜい60kmしか出せないのだが、NERV装備部 が総力を結集して改造したLVTP、水陸両用装甲強襲車はキャタピラを取り外され、今では 38口径で撃たれても傷一つつかないと言われるNERV特性のごっつい防弾タイヤを八輪も つけて舗装された道路ををひた走っている。 シンジは車の壁に取り付けられた、溶接の跡も生々しいガラスから道の至る所でくり かえされている乱闘を黙って見ていた。 乱闘に加わる大半が若い女性である事に気がついたが、なぜそうなのかは解らなかった。 それに、至る所で発生している乱闘は、女の子同士が髪を引っ張り合い、頬を引っ叩く とか言ったレベルのものではなかった。 スカートを履いているのにかかと落としを脳天に叩き込み、ハイキックで容赦なく鼻を 潰す、まわし蹴り、裏拳、肘、ひざ、頭突き、噛み付き、目潰し・・・・、ルールの上でヴァ ーレトゥードやアルティメットをはるかに凌ぐフルコンタクト制の闇試合を見ているよう な気分になる。 しかも、木刀や鉄パイプ、日本刀、木刀、薙刀、斧、パイプ椅子、金属バット、ゴルフ クラブ、包丁、日本弓、ボウガン、広辞苑、更には猟銃まで持ち出している者さえいる。 シンジ達を乗せた装甲車は、道路いっぱいに広がった彼女達の間を縫うように、それで いてスピードは落とさずに走り抜ける。 シンジは、この装甲車で跳ねた人間を数えるのは10人を超えた所で止めていた。 「大丈夫です!こう見えても私って運転得意なんですよ。」 SILF情報局長のチャーリーはハンドルを片手で握り、瞳を爛々と光らせながら、 空いた手でずれたメガネをかけなおした。 揺れる車内で、ブラボーは沢山の柔らかい光に抱かれる幻覚を見ていた。 デルタが人工呼吸器につながれたブラボーの上に乗り、すでに10分以上、心臓マッ サージを続けていた。 暗い雰囲気が車内にたち込め、車内に燈る小さな明かりは不安に彩られていた。 「伊達さん・・・・・、別所さんどう?」 デルタはシンジにをチラリと見るとぞんざいな口調で答えた。 「わからない。」 彼女はただ単にシンジに話しかけられて緊張してしまい、必要最小限の言葉しか言え なかっただけだが、シンジとしては必死に治療している彼女に、無神経にも声をかけて しまったせいでぞんざいな返事が返ってきたのだと勘違いし、モゴモゴと口の中で謝って 口を閉じた。 (どうして『何とかするから心配しないで(ニッコリ)』くらい言えないんだぁぁぁ!!) デルタは心の中で嘆いていた。 その時、なにか障害物を踏み越えたのだろう、車が小さく揺れた。 シンジはそれを人間を踏んだせいではないと信じたかった。 最大25人乗りの兵員輸送車の中は人で一杯だった。 胃が痛いシンジ、不機嫌なアスカ、いつものレイ、鼻に詰め物を入れたトウジ、いまだ 憑物が落ちずに突然クスクスと笑い出すヒカリ、時計を見て首を振るリツコ、気を失った ままのマヤ、何を考えているのかシンジをチラチラ見ながら唐突に顔を赤くするアルファ、 死んで10分以上経過しているブラボー心肺蘇生を試みるデルタ、それを見るエコー、 飄々としたシエラ、そして五体満足なアクションサービス4人と、ヒカリとデルタに よって黒焦げになったアクションサービスの4人の計20人。運転席で車を暴走させて いるチャーリーも入れると21人。 アメリカの海兵隊員たちは夏場にこの装甲車の中をオーブンの中と喩えている。 しかし、このNERV装備部が総力を上げて改造したこの戦闘車両は強力なエアコンを 完備しているおかげて比較的快適な温度に保たれているし、もともと付いていた50口径 の機銃はNERV装備部の手によって戦略自衛隊から分捕った中古のF15イーグルの、 見るからに恐ろしげな空戦用20ミリ機関砲に取って代えられている。 何よりも、それだけで非常用の戦闘指揮車両としても通用するほど強力で多種多様な 機能をもった通信装置と小型ながらにグレイUを遥かに凌ぐ計算能力を持つ兵站コンピュ ーターを積み、一見しただけでは新型飛行機のコックピットと見間違えるような運転席に 座るチャーリーは頻繁にSILFと連絡を取り合って病院までの安全で、かつ最短の道を 走らせていた。 「今のうちにやっとくか・・・・・」 その時、シエラが小さく呟き、車に乗せられた兵站コンピューターの電源を入れた。 「なにするの?」 それまでブラボーを見ていたエコーがシエラに尋ねた。 「ん?ズールーからPIシリーズの参号機を借りてきたからね。その行動処理プログラムのインストール。」 ちなみにズールーとはSILF科学技術局局長のコードネーム。 「あれって完成してたっけ?」 「いえ、まだよ。複雑な動きをするから内臓できる小型コンピュータじゃ計算が追いつかない んだって。だから今回は、脳みそは外部に置いておいて、無線で指令をだそうって言うシステ ムらしいわね。うまく動けばいいけど。」 「実験してないの?暴走とかしないでしょうね?」 エコーは嫌そうな顔をしてそこから少し離れた。 「ズールーの話だとそれは無いって話しだけどね。敵味方の判別方法ががカメラとマイクを使って 顔、声紋の照合、登録されていない者は全員敵と見なして攻撃するって事らしいからねぇ・・・」 道は真っ直ぐ雑木林の中を突っ切り、彼らを乗せた車は迷うことなくその道に入っていった。 物騒な会話をする二人の少女を乗せたまま・・・・・
『こちらトゥルー・ビショップ、ジャンボ・クィーン、おくれ。』 M1A1に乗り込んだ女性士官は、四つ目の予備周波数、簡単に言えば子供向け のトライシーバーから聞こえてきた通信を傍受した。 「こちらジャンボ・クィーン、トゥルー・ビショップ、どうかしたのか?」 『こちらトゥルービショップ、MAGIシステムのハッキングに成功、偵察衛星 を使ってキングを発見、現在キングは葛城宅を脱出。西区のD−8エリアをルー ト12を使って毎時100kmで西へ移動中、恐らくは非常用通路を使ってジオフロ ントに逃げ込むつもりと思われる、以上。』 「了解、ビショップ、ご苦労だった。」 度重なるNERV戦車部隊の攻撃によって煤だらけになってさえ鋭利な刃物の ような美貌を崩さない彼女の顔に不敵な笑いが浮んだ。 トランシーバーのスイッチを切り替え、仲間にその情報を知らせようとした時、 突然トランシーバーから大きな雑音が溢れてきた。 ついに四つ目の周波数もNERVの電子戦部隊に見つけられてしまったらしい。 「くそっ!」 女性らしいとはとても言えない口調で罵った。 しばらくそのまま黙り込んだ。 ついに彼女はやむを得ないと考え、彼女は『ワルキューレの騎行』のクライマッ クスをがなりたてるローランドの高級外部スピーカーのマイクに手を伸ばした。 『ジャンボ・クィーンより全車に通達。キングは現在西区D−8を毎時百kmで西に 移動中。我々は先回りして、不埒な女共を成敗し、彼に本来の幸せな人生を取り 戻させる事とする。 繰り返す、現在キングは西区D−8エリアを毎時100kmで――――――――』 こうして、第三新東京市全域に大音量でシンジの居場所がばれる事となった。 その時、そのスピーカーは『ワルキューレの騎行』は堂々の終章を終え、次い で荘厳で腹に響く『ディエス・イレ』を大合唱しはじめた。
『繰り返す、現在キングは西区D−8エリアを毎時100kmで――――――――』 その声はテンゴたちの耳にも届いた。 「お舘さま・・・・・、聞こえましたか・・・・・・」 テンゴは隣に立つローブの人影に尋ねた。 人影は肯いた。 「どうしますか・・・・・、我々も行くべきでしょうか・・・・・・」 テンゴは気を失った戦自の隊員たちを怪しげな模様の描かれた袋に押し込んでいる綾波 レイ対策委員会のメンバーを見ながら言った。 影は小さな声で答えた。 「・・・なぜですか・・・・」 「彼の身に危険が及ぶかもしれません・・・・・・・・」 影は音を立てずに、すっとテンゴに近づいた 「・・・よく耳を澄ませなさい・・・・・、彼女達の目標は今回は碇シンジではなくSILFの ブラボーです・・・、彼女の心臓は既に時を止めていますよ・・・・・・」 そう言われてテンゴはハッと顔を上げた。 しばらく目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。 「・・・・・・・・確かに・・・・・・、気付きませんでした・・・・」 「・・・・あなたの中に流れる我らの血はまだ薄い・・・、気にする事はありませんよ・・・」 「・・・しかし、彼らが碇シンジに手を出さない保証はありません・・・・、ここはやはり・・・・・・」 その時、対策委員会のメンバーの一人がテンゴに声をかけた。 「委員長。肉体の収容が終わったけど、どうすんの?」 その質問の意味は明らかで、テンゴは影を見つめた。 ローブに身を包んだ人影は肯いた。 「・・・・・お行きなさい・・・・、後は私一人で何とかなります・・・」 テンゴは感謝を視線で表わして肯くと、委員会のメンバーに向き直った。 「・・・・・飛びます・・・、用意して・・・・」 テンゴに声をかけた少女はコクリと肯き、懐から何やら真っ赤な液体の入った瓶を取り出すと 数人のメンバーを集め、小瓶に入った赤くドロリとした液体を使って魔法陣を描き始めた。 その作業を見詰めるテンゴの肩に、ローブから伸びた真っ白い手が触れた。 「・・・・わたくしの獣も使いなさい・・・・・、何かの役には立つでしょう・・・・・」
車は森に囲まれた道をひたすらに疾走していた。 いつのまにか辺りには全く人気が無くなり、その事に気付いたリツコは運転席でハンドル を握るチャーリーに声をかけた。 「千葉さん。ここからどこへ?」 「一度ジオフロントへ入ります。その後、そこから病院に近い別の出口へ向かうつもりです。」 彼女は街灯が静かに照らす道路の先を、じっと見詰めたまま返事をした。 リツコは納得してブラボーの様子を見るために立ち上がった。 「!!」 その時、突然けたたましいブレーキの音と共に車内に急激な制動がかかった。 装甲車はアスファルトの地面に薄っすらとタイヤの後を引きながら止る。 「どうしたの!?」 リツコは崩れたバランスを必死で取り戻すと、すぐにチャーリーに尋ねた。 チャーリーは厳しい目つきで道路を睨み付けていた。 「罠がある・・・」 リツコがチャーリーの目線を追って、訝しげに道路を見ると、雨が降った訳でもないの に大きな水溜まりができ、道路に沿って置かれた街灯の明かりを映し出していた。 「罠?ただの水溜まりじゃないの。確かに見るからに不自然だけど・・・」 チャーリーはその言葉には返事をせず、ギアをバックに入れた時、通信機が突然大声を 上げた。 「こちらTOC−11!機構の戦車隊が突然そちらの進路を大声でばらし始めた!大至急、 針路変更!現在の進路を400m直進した所に分岐点有り。そこを左に曲がり、450m 行ったところのR43トンネルの中央にある資材搬入用通路を通ってジオフロントへ。 暴徒どもはそちらの後方3200まで接近。数は約1500。以上。」 チャーリーとリツコは一瞬目を合わせた。 言葉を交わす必要はなく、すぐさまチャーリーはギアを入れ替え、通信機をとった。 「了解。」 短い返事が終わるか終わらないかの内にアクセルを踏み込み、スーパーA級免許を 持ったドライバー並みのテクニックでギアを素早く入れ替え、怪物のような装甲車は ロケットスタートを切った。 猛加速はシンジ達を襲い、彼らは必死に近くにある物を掴んで後ろに投げ出されない ように堪えた。 急速にスピードを上げた車は幾つもの水溜まりの水を跳ね上げながら突っ切った。 とたんに運転席にところ狭しと並べられた各種のランプの幾つかが黄色く灯った。 「ちっ!」 突然チャーリーが、アクセルを目一杯に押し込みながら罵った。 「どうしたの?」 リツコが尋ねる。 「やっぱり罠だったわ!」 「罠って?さっきの水溜まりが?」 「そう!たぶん、強力な溶解性の液体の水溜まりだわ。」 その言葉にリツコはなぜそんな物があるのかを考える前に疑問を口にした。 「エンジンは無事!?」 「ええ、でも跳ねた飛沫で底部の装甲板がほとんどおしゃかになったわ。タイヤもやられた。」 「なんとかもたせられない?せめてジオフロントの入り口まで。」 チャーリーは考え込み、少しして苦々しげに言った。 「タイヤのエアをこっちで上手く調節すればぎりぎりね。でも罠を仕掛けた奴がそう簡単 に逃がしてくれるか・・・・・・」 「NERVに連絡して新しい車を寄越すように要請してちょうだい。車が動かなくなった らこの車の中で篭城すればいいわ。内から鍵もかけられるし。」 リツコの意見に肯き、チャーリーはアクセルを踏んだまま通信機を取った。 ちょうどその連絡をし終わった時、デルタが二人の間に顔を出した。 ブラボーは今、デルタの代わりにアクションサービスの一人が面倒を見ている。 狭い運転席でせま苦しそうに3人が並んだ。 「篭城は無理じゃないか?」 「どうして?」 「さっき強酸の水溜まりって言ってたな。だとすると仕掛けたのは多分、SI促進委員会の 鬼頭三姉妹の雨の仕業だと思う。」 その言葉にチャーリーが凍り付いた。 「なるほど、御清糾恋愛教団の鬼影派魔道四天王と戦ってるって聞いてたからその可能性 は除外していたけど・・・、だとすると四天王に勝ったって事かしらね。少し厄介ね・・・・・・」 そう言いながらも彼女の口は怪しい微笑みを浮かべ、運転する傍ら片手でスカートをたくし 上げ、太股に取り付けられたホルスターから22口径の黒光りするオートマチックの拳銃を取 り出した。 今にもほおずりをしそうな表情で、ハンドル片手にうっとりとそれを眺めた。 危なげな顔をしたチャーリーを見ながらリツコが割り込んだ。 「ちょっと、あなた達がなにを言ってるのかよく解らないけど篭城が無理ってどういう事? この車は窒化チタンの表皮の下に厚さ200ミリのチタンにカーボン・カーボン結晶金属に 立方晶窒化ホウ素の多層構造の特殊装甲板に包まれてるのよ。全ての扉には電子錠もついて るし内側から掛ける炭素合金製の南京錠もある。中に入るには最低でも特大の対戦車ライフ ルでも持ってこないと――――――」 その時、すっかり瀕死のブラボーの事を忘れているリツコの耳元を一本の矢が走り抜け、 空を切り裂いた。 矢は車の中を走り、後部の分厚い合金の扉にビーンと音を立てて中ほどまで突き刺さった。 シンジ達の目の前で、それは小さな唸りを上げて小刻みに震えた。 数瞬遅れてリツコの金髪が数本、ハラリと空中に舞う。 装甲車の前面装甲板にちいさな穴が空き、放射状に細かい亀裂が走っていた。 リツコの視線はその穴に釘付けになり、呆然として立ち尽くした。 「そんな・・・、有り得ないわ・・・・、装甲表皮はダイヤ並みの硬さなのよ・・・・、9パラは元より ライフル弾でも傷一つ付かない事は・・・・、りり、理論的じゃないわ・・・、か、科学的説明が・・・ たかが弓矢で・・・」 ダイヤモンド並み、条件しだいでダイヤモンド以上の硬度に強度を誇る自慢の装甲をいとも あっさりと突き破られたリツコは、その現実を受け入れられずに自失した。 そんなリツコには構わず、チャーリーは即座にアクセルを踏み込む。 次の瞬間、右四つのタイヤの状態を示す全てのランプに赤ランプが瞬き、耳障りな警報が 鳴りはじめた。 チャーリーは素早く手元の操作板を叩き、警報の灯ったタイヤに空気を送り込み、即座 に警報をシャットした。 「タイヤを打ち抜かれた!エア圧が足りない!」 「道路脇!森の近くに留めろ!バランスが崩れたら道から外れる!」 「言われなくたって!!」 チャーリーはブレーキを力一杯踏み込んだ。 再び急な制動が車を襲い、後ろの方からシンジ達の驚いた叫びが聞こえて来た。 車が停まると、チャーリーはすぐさま運転席の扉を開け放ち、外に飛び出した。 そのまま地面を素早く転がり、近くの樹木の後ろに隠れて銃を構えるとデルタに向 かって肯いた。 デルタは、チャーリーの合図を見て取ると後部の扉に駆け寄り、そのまま蹴り開けた。 「みんな降りろ!ここからは徒歩で行く!」 慌ただしくアルファたちが立ち上がる。 「あ、ちょっと待って・・・・」 キョトンとしていたシエラが突然立ち上がると、座席の下から等身大の箱を引っ張り出した。 「なにそれ?」 「コブラよ。あのPIシリーズの参号機。」 法制局長エコーの問いに、外務局長のシエラは旅行バッグのようにタイヤ付きの箱を ロープで引き釣りながら得意げに答えた。 「役に立てばいいけどね。」 エコーは疑わしそうに言った。 「行くぞ。」 デルタは言い、最初に道路に飛び出すと素早く辺りをうかがった。 点々と光る街灯の明かりに照らされた道路は、左右を森に囲まれ、しんと静まり返っていた。 アルファはデルタたちのただならぬ雰囲気に気を引き締めた。 「一体どうしたの?」 「襲われた。」 「襲われた?進路確保のための先遣部隊がいたはずよ?」 「じゃあ、殺られたんだな。たぶん鬼頭三姉妹だ。」 デルタの短い返事にアルファ達は凍り付いた。 その時、森の中で爆竹を破裂させたような銃声が連続して聞こえてきた。 反射的に腰を低くして振り返る。 そこには銃を構えるチャーリーと、その銃口の向く路上には片手をチャーリーに延ばし て静かに立っている人影があった。 その人影が口を開いた。 「いきなり、ずいぶんな歓迎ですね。」 次の瞬間、3本の矢がチャーリーめがけて襲いかかった。 彼女は瞬時に腰をかがめて、間一髪それを避ける。 あとに残った数本の髪が音を立てずに切り裂かれた。 チャーリーは矢の飛んできた方へ向けて牽制の銃弾を放ちながら、森の中へ駆け込んだ。 一瞬デルタと視線を合わせ、短く肯いた。 シンジは唖然としながらその光景を見守っていた。 一瞬だけ森の中を駆け抜ける弓矢を持ったショートカットの少女の姿を見たような気がした。 彼らが急な展開に凍り付いている時、ただ一人、デルタだけが素早く行動した。 人影までの約20mの距離を一瞬にして走り抜ける。 相手がデルタに気付いた時、彼女はすでに木刀の射程内に入っていた。 デルタは木刀を振り上げると相手の右肩めがけ、渾身の力を込めて袈裟懸けに振り下ろす。 「獲った!!」 振り下ろされる木刀を一瞬でも肉眼で捉える事ができた者はそう確信した。 が、木刀が相手の右肩にその必殺の歯を食い込ませる寸前、耳障りな音を立てて一本の 鋼鉄の棍の前に勢いを止められた。 デルタは驚愕しながらも、素早く間合いを取ると、空から突然降って来た鋼鉄の棒を見る。 そして、まるで曲芸師のようにその棒の上に立っている人影に気付いた。 「ふん・・・、そう言えばまだお前ともけりが付いてなかったな。」 棒の上に立っていた人影はふわりと棒の上から飛び降りると、デルタの前に静かに着地 した。 危うくデルタに仕留められそうになった鬼頭三姉妹の末妹の雨は胸を撫で下ろしながら 数歩下がった。 「助かりました、姉さん。」 「お前は無謀すぎる。」 鋼鉄製の棍を素早くかまえた雷は、じつに冷静な口調で妹を批評した。 (良く言うわよ・・・・・・・・) 雨は少しムッとしながらも気を取り直すと、ようやく事態を掴みはじめたシンジ達の方 へ歩き出した。 その行動に気付いたデルタは雨の進路を塞ごうとした。が、その瞬間、雷の棍の先端が 空を切ってデルタに襲いかかった。 咄嗟にデルタは下から棍を一瞬で払い上げ、突きの軌道を逸らす。 しかし、棍は軌道を逸らされながらもデルタの肩をかすめた。 シャツが割け、皮膚が弾け飛んで血が小さな霧を吹き、宙に舞う。 デルタは一瞬だけ端正な顔を苦痛に歪ませながらも、素早く間合いを取った。 (油断した・・・・・・・・・・) 過去の経験から実力は伯仲している事が分かっている。 一瞬の気の揺らぎが死を招く。 そう目の前の敵は警告したかったのだろう。 もし敵が本気で一撃を放っていたら、今ごろは片腕を失っていた。 ゆっくりと歩み寄る鬼頭三姉妹の雨に、4人のアクションサービスの少女達がそれぞれ の得物をかまえて立ちふさがった。 (第弐中学のSI促進委員会、最強の三姉妹の一人、『雨』・・・) 四人の脳裏に相対しているうっすらと笑みを浮かべた少女の情報が浮んだ。 SILF最強と言われるデルタに匹敵すると恐れられる数少ない者達の一人。 7=4の位階を持つ強力な妖術師からその力を奪い取ったとさえ言われる女。 (勝てないかもしれない・・・・・・) 4対1と言う状況でさえそんな事を考えてしまう。 (ままよ!) 拳銃を構えた一人が一瞬もためらうことなく、警告も無しに引き金を引いた。 ハンマーが振り下ろされ、銃弾の底部を叩き、火薬を破裂させる。 小さな爆発音と共に鉛の弾頭が音速を超える初速で銃口から弾き出る。 続いて二発、三発と少女は立て続けに引き金を引いた。 が、その銃弾が雨に届く直前、彼女の姿が掻き消えた。 同時に彼女は一番後ろに隠れるようにしていたシンジの前にいた。 (さっきまで向こうを歩いていたはずなのに・・・・・・・) シンジは突然目の前に現われた少女に多いに動揺した。 そんなシンジを安心させるように雨は穏やかに微笑んだ。 「碇さん。ここからは私たちが安全な場所まで案内します。」 彼女はそう言ってシンジの手をさりげなく取った。 その瞬間、シンジの頭の中に靄がかかり、全ての事がどうでもよく思えてきた。 何も考える事ができず、相手の言う事は全て正しい。 目の焦点がぼやけ、シンジはぼんやりと肯いた。 アスカは何が起きたのか頭で理解するよりも早く、鉄拳を繰り出した。 しかし、雨に拳があたる直前、彼女はふたたび消え、数m離れた所に姿を現わした。 彼女は面白そうに笑った。 「ここには乱暴な人が多いですね。」 その間にアクションサービスの4人がシンジと雨の間に割って入る。 雨はスっと目を細めた。 「それに無粋な人も・・・・」 そして笑みを引っ込めると右手を体の前で躍らせはじめた。 「時間がありません。手早く済ませます。」 そう言ってブツブツと何かを呟き出した。 「吾れ水神王玄冥君に頼み奉る。罔象の妖、慶忌の魔を受け、以って水巫を召ず。兎公、 伍子、胥公、屈原公、王劾公、李白公―――――諸水仙尊王よ、吾れに天呉の精妙力を 与えたまえ。急急如律令!勅!勅!勅!」 「ハンッ!ワカメ音頭でも踊ろうっての!?」 アスカがカルトなネタをかました時、裂帛の気合と共に雨の右手が彼女達の方を向いた。 とつぜん、足元のアスファルトから滲み出るかのようにどす黒い水が溢れてきた。 それは、まるで自らが意志を持つかのように、アスカたちを足に絡みついた。 (!?) 足元になにかの異常を感じ取った瞬間、全身の力が抜けた。 水に触れている全員が立て続けに膝をついてその場に倒れ込む。 まるで自分の体が自分の物ではないかのように動かない。 「・・・あ、あんた!・・・何を・・・・・・」 アスカが苦しげに叫び、雨を睨み付けた。 シンジならば一発で泣き出してしまうような殺意のこもった視線を、雨は勝ち誇った 笑いを浮かべて無視し、唖然として立ち尽くすシンジに向かってゆっくりと歩き出した。 シンジの足元には黒い水は一滴も存在していなかった。 「ア、アスカ!綾波!・・・・いったい?」 彼女たちは何とかして、自らのからだの自由を取り戻そうと全身に力を入れる。 が、脳からの信号が筋肉に行き渡らず、何かがその信号を掻き乱し、逆にどんどん力は 抜けていく。 足元を濡らす黒い水がアスカ達の力を吸い取っているかの様にうっすらと輝いた。 まさに絶体絶命。 その中でシエラはポケットの中に入っている科学技術局長のズールーから借りた人型 兵器の起動用リモコンのスイッチを入れようともがいていた。 雨は右手の手の平を下に向けたまま、ゆっくりとシンジに近づいた。 「碇さん。さっきも言った通りここは危険です。時間も無いし、一刻も早くここを離れ なければ・・・・・・・・」 「で、でも、だったら尚更、アスカたちを置いていくなんて・・・・」 「碇さんが望めば彼女たちを連れて行くこともできます。」 シンジは少し考え、肯こうとした。 その時、ようやくシエラは人型兵器の電源を入れる事ができた。 足元に横たえられている金属製の箱が圧搾空気を勢いよく吹き出し、棺桶が開くように 蓋が開いた。 同時に箱の中から白くて冷たい霧が吹き出し、地面の上を這った。 シエラが辛うじて残った力を必死に掻き集めて叫んだ。 「コブラ!雨を押さえつけなさい!」 その途端、完全に開ききっていない蓋を弾き飛ばし、人影が立ち上がった。 そして霧が晴れる間もなく、それは雨に向かって走り出す。 道路全体にまで渡った黒い水も意に介さず、飛沫を跳ね上げながら雨に飛び掛かった。 生き物のような滑らかな動きに動揺しながらも、雨は人型兵器にぶつかる直前、瞬間 移動をしてタックルを避けた。 それと同時にアスカたちに襲い掛かっていた脱力感は嘘のように消えた。 まるで幻のように黒い水も消えてなくなっていた。 「チッ!!」 十数メートルは慣れた所に現われた雨は悔しげに舌打ちしながら、その兵器らしき物に向け て必殺の念を放とうと手の平を向ける。 そして、彼女はそのまま凍り付いた。 彼女だけではなく、その兵器の姿を見たSILFのメンバー以外の全員。つまりシンジや アスカやトウジ達、更にはレイまでも驚きの表情を浮かべていた。一人だけ、洞木ヒカリだ けは虚ろな瞳でぼうっと突っ立っているのを除いて。 シンジは唖然としながらそれを指差した。 「・・・・・・・あ、あれって・・・・・、も、も、もしかして・・・・・・・・・・・・・・・僕?」 「そう!」 シエラが意気込んで言った。 「あれはSILFの科学技術局が総力を結集して作り上げた対SI愛好家用の汎用人型挌闘 兵器、パワフルIKARIシリーズ。その参号機、通称『コブラ』なのよ!」 つまり、それは黒いロングコートを着たシンジだった。 凍り付いた皆の中、シエラの高笑いが響いた。 「雨!あなたに碇君の顔をした物を壊せるかしら!?」 その時、シエラの背後でデルタと雷が死闘を繰り広げていた。デルタの渾身の力を込めて 振り下ろした一撃が避けられる。その余波で音速を超えた剣先から迸る衝撃波が装甲車を襲い、 26トンもの車体を大きく揺さ振った。 が、誰もそれを振り返って見ようとはしなかった。 中からリツコとマヤの悲鳴が聞こえたが、やはり誰も気にしなかった。 シンジは腹の上から痛む胃を押さえながら、シエラに尋ねた。 「あの、桜井さん。・・・ど、どうして僕なの?」 その質問に、シエラは笑って答えた。 「踏み絵よ、踏み絵。」 事実、雨はシンジ型の挌闘兵器『コブラ』に攻撃を加える事ができず、タックルされる たびに瞬間移動して避けているだけだった。 シンジの首から上をつけた兵器は滑らかな動きで向きを変え、ダッシュし、ジャンプする。 一歩動くたびに大きな物音が響き、地面にちいさな亀裂が走る。 「あ、頭が痛いわ・・・・・・・・」 アスカの呟きが聞こえたが、当然みんな無視した。 雨はこれでは埒が明かないと、両手を嫌なほどシンジそっくりの顔をした兵器へ向ける。 途端に、人型兵器のまわりの空気が水気を帯びた。 人型兵器は無表情なシンジの顔のまま、雨に向かって突進しようとするが、唐突に見え ないコンクリートに固められたかのように動きを止めた。 だが、シンジ顔の人型兵器はそのまま力任せに押し進もうとし、両者の力比べが始まった。 機械と生者。 両者の力のぶつかり合いに空気が無音の絶叫を上げた。 雨は青白い額に汗を浮かべながら兵器を押え込もうとし、シンジ顔の兵器はそれを払い除け ようと全身の力を込める。 それを見ながら外務局長のシエラはぞっとするような笑みを浮かべた。 「コブラ、パワーリミッター解除!ふふふ・・・、SILF科学技術部謹製の伸縮金属ワイヤー の筋肉は素手で花崗岩を砕くわよ。」 その声を受け、碇シリーズの参号機は全身が唸り声を上げた。 そして、一歩、また一歩とゆっくりと着実に雨に近づきはじめる。 が・・・・ 「じれったいわね・・・・。」 ふたたびシエラが叫んだ。 「コブラ、法的リミッター解除!」 その声を聞き、コブラは片腕を持ち上げて雨に向けた。 突然、コブラの上腕部が真ん中からパックリと折れる。 その下から現われたのはぬらりと光る仕込みマシンガンの黒い銃身。 つまり、それが『コブラ』。 この時代でも知っている人はほとんどいないようなカルトなネタだった。 その仕込みマシンガンが火を吹いた。 が、その先の雨はまたしても姿を消し、コブラの後方に現われた。 それを見てシエラは舌打ちした。 「ちっ、まずは精神的動揺を与えないと駄目みたいね。」 そのセリフを小耳に挟んだアルファとエコーは目を剥いた。 「だめ!」「シエラ!」 二人は同時に叫んだ。しかし、シエラは聞いちゃいなかった。 アルファとエコーはシエラに突進する。 「コブラ!道徳的、及び常識的リミッターかい――――」 と、間一髪アルファとエコーはシエラの口を二人がかりで塞ぎ、それ以上の動きを止める 事に成功した。 彼らの頭上を雨に向けてマシンガンを乱射するコブラの流れ弾が飛んでいった。 「シエラ!馬鹿!こんな所でそんな事したら犯罪よ!碇君を変質者にしたいの!?」 「どこかで写真でもとられていたら言い逃れは聞かないんだってば!」 アルファの叱責が飛び、 エコーも珍しく怒鳴った。 一体、それらのリミッターを解除するとどのような現象が起きるのか、想像に難くないかも 知れないがシンジは極力考えないようにした。 「う、わ、悪かったわよぉ・・・・、調子乗り過ぎてたわよぉ・・・・」 二人に怒鳴られ、シエラはしゅんとしながらも素直に自分の非を認めた。 「まあいいわ。とにかく今のうちにここから離れるわよ。」 「どこに行くか知ってんの?」 エコーの素朴な疑問に言葉が詰まった。 「と、とにかく、ジオフロントに入る事にしましょう。」 「ブラボーは?」 「もちろん連れて行くわよ。」 そう言ってアルファは立ち上がり、装甲車の中に置きっぱなしのブラボーを取りに行こうと 振り向いた時。 目の入ったのは、唖然とした表情を浮かべ、腰を抜かしたリツコといつのまにか目を覚まして リツコにしがみ付いているマヤ、そして人を見下したような笑みを浮かべて装甲車の後部昇降板 の上に立つブラボーだった。 そして、彼女はゆっくりと凄みのある笑みを浮かべた。

<つづく>


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