34.Tokyo−3大混戦 ACT.3
シンジ:「この題名っていつまで続くのかな?」 アスカ:「あたしに聞かないでよ」 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「起きて大丈夫なの!?」 大量出血、内臓破裂、骨折、打撲、裂傷、脱臼、そして心肺停止・・・・・・・・・ さっきまでのブラボーの状態を考えればあまりに不自然な状況なのにアルファは思わず そう尋ねていた。 薄い毛布を体に巻き付けて両足で立つブラボーは、うっすらと人を小馬鹿にしたような 笑みを浮かべながらアルファたちに目を向けた。 奥で青白い光を発して輝く瞳はどこか破滅的な匂いを漂わせ、アルファ達の背筋に寒い ものが走った。 「・・・あなた・・・・・・・・・・・・・・・・・」 エコーが呟いた。 ブラボーが普通でないと判断したと同時に、彼女たちは事態を正確に認識すべく頭脳を 動かせはじめた。 エコーがアルファにチラリと目を向けた。 その目はこう語っていた。 『まさか生き返った?』 アルファは友人だったブラボーを睨み付けた。 (間違い) アルファの直感がそう言っていた。 (少なくとも『それ』にまともな手段はない・・・・) その答えを導くヒントは彼女本人の口から飛び出した。 「あなたがたには人の心って物が無いのかしら?仲間を自分達の手で殺すなんて。」 その時、すぐ近くの森の中で枝が折れる音がした。 アルファたちが反射的に振り向くと、暗い闇の中から幾つもの影が走り出してきた。 厳しい訓練に裏打ちされた素早さで、アクションサービスの四人が迎撃に向かう。 両者が激突する寸前、日本刀を構えたアクションサービスの一人が驚いて叫んだ。 「・・・・カオリ!?」 が、呼ばれた人影は走る速度をいささかも落とす事なく叫んだ少女に飛び掛かった。 とっさに彼女はその場に屈み込んでその攻撃を避ける。 振り返るとカオリはいつのまにが両手に婉月刀を持ち、彼女に振り返る所だった。 「カオリ!どうして・・・・・・!?」 言いかけ、少女は思わず息を呑んだ。 かつての親友だったカオリの胸からに二本の鋼の矢尻が突き出ているのを見た。 二本の鋼の矢は正確に背中から胸に突き抜け、彼女の心臓を串刺しにしたまま凶悪な姿を晒していた。 その時、背後で何かが動く気配を感じ、彼女は反射的にその場から飛び退いた。 一瞬遅れて彼女の立っていた場所にヌンチャクが振り下ろされる。 道路が小さくへこみ、飛び散ったアスファルトの破片が頬を打った。 数メートル離れた所で立ち上がり、日本刀を正眼に構えた彼女は目を剥いた。 襲い掛かってきた人影は全て第壱中学の制服を着ていた。 どころか全てSILFの一員として自分達と一緒に仕事をした事のある者達だった。 鋼の矢は彼女達全員の心臓を貫き、首に、背中に、あるいは胸から鋭い頭部をさらけ 出していた。 「あなたがやったの!?」 アルファは激昂してブラボーに向かって叫んだ。 「いいえ。私はただ落ちてた物を拾っただけよ。この状況じゃ、死体なんてそれ以外に 使い道ないし。」 ブラボーは肩を竦めると事も無げに言った。 「御清糾恋愛教団の東天!?」 突然、エコーが叫んだ。 その時、アルファたちはようやくブラボーの身体に乗り移っている者の正体を知った。 御清糾恋愛教団。 構成メンバー、総数、活動目的、行動原理、それら一切が闇に包まれている組織。 その存在は第二次SI争奪戦争の際、当時SILF、公平分割機構と並んで三強の一つと 考えられていた有力な組織の一つ、『碇シンジの戦う追随者連合』が鬼影派魔道四天王と称 する者達の怪しげの技によって半壊の憂き目を見ると同時に明らかになった。 彼らは四天王と名乗る北王、南王、青天、東天の四人がそれぞれ強大な力を持って教団の 各方面を分担して運営していると言われており、一説には彼女らは活動拠点を持たず、メン バーは一人残らずSILFや機構などの組織に潜むスパイで、四天王を中心に内密に連絡を 取り合って活動していると言われ、機を見て内部から一気にすべての組織を壊滅させるのが 目的だとも言われている。 しかし、四天王がみずからを鬼影派と名乗る以上、その他の派閥も存在する、もしくは存 在したのだろうというのが外部の人間の共通認識で、一説には教団は元は全く完全な地下組 織だったのだが、教義に賛成できなくなった過激派が自らを四天王と名乗り、多数の教団員 を引き連れて組織から分離、第二次SI争奪戦争を機に表に出てきたのではないかという話 だった。 その話が本当だとすると、今でも地下組織として何らかの活動を行っている本家の教団が 存在する事になり、事実、幾つかの組織が水面下でその真偽を探っているという。 が、肝心の碇シンジに対する活動の目的に関しては、邪神復活の生け贄、暗黒界のドンの 色子に、教祖と肉体的、精神的に融合して新たな神に、など諸説紛々。およそまともな人間 なら取り合おうともしない噂で溢れていた。 また、彼女達の秘密主義は徹底しており、魔道四天王達はもとより末端の一兵士にしても けっして人前に顔を出さず、表だった活動には全て彼女たちが独自に製作したゴーレムや合 成獣、人工生命、動いて喋れる元気な死体や霊体を使っていた。 そして四天王の一人、東天とはブードゥーの黒魔術、ペトロの儀礼を極めた魔術師、すな わちボコールと呼ばれる黒魔術師の一人だというのが信頼できる筋からの情報だった。 ブードゥーの黒魔術師たるボコール。 彼らの行使する力は教えの始祖たる黒人奴隷たちの、自らに苦役を課した者達への復讐の力。 すなわち、破壊、疫病、災厄、死・・・・・・・・・・・・・ そして、その中で最も有名な物はかのゾンビー製造に関する知識。 と、言うのが御清糾恋愛教団と四天王に対するSILFその他の組織のメンバーの基礎知識だった。 「だから、どうだってのよ!」 エコーは思わず叫んだ。 それはすなわち、そんな基礎知識を持っていた所で現状をどうやって打開できると言うのか、と言う 叫びだった。 「アルファ、あいつらに関する情報は調べてないの?」 エコーはゆっくりと近づいてくるブラボー、もとい、東天から後ずさりながら尋ねた。 「調べたわよ。でもこの状況じゃ意味が無いわ・・・・・」 アルファは東天を睨み付けながら、ワイシャツの下からアーミーナイフを取り出した。 「どういう事?」 シエラはシンジの前に立ち、どこからとも無く取り出した密造拳銃を構えて尋ねた。 アルファは苦悩の表情を美麗な相貌に張り付かせたまま黙り込んでいた。 「アルファ!」 いつまでも話そうとしないアルファに、業を煮やしたエコーが叫んだ。 「実はね・・・・・」 アルファはぽつりと言った。 「資料は全部ブラボーに渡しちゃったの・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 涼しい夜風が彼女たちの髪を静かに揺らした。 「なんて事してくれんのよ!!!!」 一瞬の沈黙の後、二人は堰を切ったようにアルファを非難した。 「あなたって人はいつもそういう重要な事を―――――――」 「いつもいつもそういう仕事はブラボーに任せて、たまには自分で――――――」 「だ、だってしょうがないじゃない!あたし暗記は好きじゃないのよ。それに比べたら ブラボーは暗記が仕事みたいなもんだし・・・・・・・・・」 「だぁぁぁっ!!だからって見もしないで渡す!?命に関わる問題だってのに!」 「あなたSILFの代理議長だっていう自覚がないの!?」 「だっていつも解説とはウンチク役はあの娘にしてもらってるから・・・ヒック・・・・・」 「泣き真似したって駄目っ!そんなの理由にならないわ!」 「でも、全く目を通さなかったって訳じゃ・・・・・・・・・・」 「この状況で使えないんじゃ、無意味よ!」 「まったく、なんであたしがこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。」 「そう!それよ、シエラ!誰のせいでこんなせいになったと思ってるの?」 「あ、あたしのせいだって言うの!?」 「ブラボーを車で跳ねたのは誰よ?」 「だ、だってあの状況じゃ、ああしないと後で後悔するかも知れないじゃない・・・・・・」 「え?桜井さん。わざと別所さんを跳ねたの?」 「え?や、やーね、碇君。わ、私がそんな事するはずないじゃない。ね、動機に欠けるでしょ?」 「・・・・・・・・・・・・・そ、それもそうだね。アハハ、ごめん、妙な事言っちゃって。」 「い、いいのよ。気にしないで。あはははは。」 その時、彼女たちの背後で苛立たしげな溜息が聞こえた。 「話は終わった?」 雑談に興じていたアルファたちは凍り付いた。 「余計なお世話かも知れないけど、敵と言っていい相手を前にして仲間割れは感心しないわよ。」 薄い毛布を体に巻き付けたブラボー、もとい東天は体の前で腕を組みながら言った。 「現実逃避と言ってちょうだい。」 シエラは長い髪を大きくかき上げた。 「シエラ、それって嬉しくない。」 エコーが優しく突っ込む。 「あ゛〜〜〜〜!!!!と・に・か・く!!」 アルファはアーミーナイフを東天に向けた。 ナイフを持った右手を腰の前に置き、ナイフを敵に奪われないように左手を前に出す。 軍隊式の実戦的な構えの一つだった。 「現状で持ちうる限りの全てを使って碇君をガードします。二人ともいいわね。」 言いながら、それは間違いだと彼女の直感が囁いた。 しかし、彼女は他に手段が見つけられなかった。 「私は別にその事に異存はないんだけどね・・・・・・・・」 密造拳銃を構えたシエラはそう言ってエコーを見た。 アルファもつられてエコーを見る。 エコーは不思議そうに見つめ返した。 三人の間に奇妙な静寂が流れた。 「なんであなた、丸腰なの!?」 ワンテンポ置いてからアルファが叫んだ。 「え?だって、あたし事務職だし・・・・・・・・・」 「理由になりますかっ!『緊急時はメンバー総武装』の会則はあなたが制定したんでしょうが!」 「決めた本人がルールを破るようになっちゃ終わりよねぇ〜。」 「な、なによ。よくある事じゃない。無いほうが不自然だわ。」 「開き直るなっ!とにかく――――」 「あ〜の〜ね〜〜〜〜、あなた達、私を意図的に無視してるような気がするんだけど〜〜」 東天は恨みがましい声を発してアルファたちの注意を引いた。 「当り前じゃない・・・・」 法制局局長エコーの声が冷たく響いた。 「と・に・か・く!!」 「とにかく?」 外務局局長シエラは、総務局局長アルファに聞き返した。 「現状打開のためには現在の状況分析から。 其の一、私とシエラとエコーの三人が三十人になった所で東天との戦力差に大した違いはない。 其の二、敵(東天に限らず)は碇君が目的なので彼を大人しく渡せば私たちに危害は加えない。 其の三、今ここにいる外部の人間は全て敵対組織、または敵対人物である。 其の四、この場で碇君を守るだけの戦闘能力を持ったSILFの人員や装備は全てふさがっている。 其の五、後方から暴徒が迫っているので、ここでのんびりしている事は出来ない。 其の六、逃走するにも移動手段はなく、また移動手段無くして敵から逃れる事はほぼ不可能。 以上、六つの状況をかんがみた上で私たちが取り得る最善かつ最良の行動はなに?」 彼女たちの脳裏に『現実逃避』の4文字がちらついた。
「調査、観測、及び分析よ!」 彼女たちの脇で正気を取り戻したリツコが叫んだ。 その後ろに張り付いていたマヤは両目をはちきれんばかりに見開いて、キラキラしている。 「セ、センパイ・・・、す、凄いですね!凄いです!あたし今モーレツにカンドーしてます!」 両者共に未知の事象を目の前にした科学者としての本分を取り戻していた。 「こんな魔法みたいな事が実際にできる事を科学的に証明できたらノーベル賞なんて目じゃない ですね!先輩っ!」 「マヤ!」 「はい!!」 リツコの声にビシッ!と答えた。 「超伝導量子干渉素子を持ってきて。車の中にSQUIDのハンディタイプが合ったわ。」 「dc−SQUIDとrf−SQUID、どっちを?」 「rfの高感度磁束検出器で磁場を測るわ。200万画素のCCD素子を使ったビデオカメラも あったわね。それも使ってちょうだい。レーザー式透過型光学カラーセンサーを用意。装甲車の パッシブレーダーを感度最大で起動、火器管制レーダーの出力を最小に落として対象を連続観測。 開始次第、装甲車のコンピューターをデータ回線をNERV本部のMAGIに直結させて。私は 本部に連絡を入れるわ。」 リツコはマヤが東天の脇をすり抜けてLVTP(水陸両用装甲強襲車)の中へ駆け込んで行くの を見届けるとおもむろに白衣のポケットから携帯電話を取り出した。 「・・・・・あ、青葉君?今こっちを見てる?・・・え?なに?ハッキング?そんなものはA−12自己診 断プログラムを走らせて黙らせなさい。MAGIが勝手に処理してくれるわ。終わったら出来るだ け早くロッキード・マーチン社に連絡してランドサット5号にある地球観測用多重スペクトル走査 放射計とRBV、TMの緊急最優先使用許可を取って。それとハッブル宇宙望遠鏡の分光装置もこ こへ向けて。それに岐阜のスーパーカミオカンデでニュートリノの観測。三鷹にあるTAMA重力 波検出装置も起動させてちょうだい。大至急よ。・・・・え?応援?パイロットたちの保護にVTOL 機小隊を?ああ、そう、気を付けて。ここは今、普通じゃないから。」 普通じゃない。 それなりに現状を認識した答えと言えるかもしれない。
トウジはボーッとしたまま立ち尽くしているヒカリの手を引き、東天たちに見つからないように そっとその場を離れようとしていた。 (シンジ、済まん・・・、しかし、今わいがここで死ぬ訳にはいかんのや・・・・・妹を一人にする訳には いかんのや。) トウジは見事に自己欺瞞をおこない、涙を飲んでそっと移動した。 手の平に感じる柔らかい委員長の感触が否応も無く思春期の脳下垂体を刺激する。 「委員長。ここから早よう逃げるで。なに、惣流たちなら大丈夫や。あいつらならきっと殺しても 死なん。今はわしらが足手まといにならないようにせなあかんのや。」 様々な緊張の余り、いつになく饒舌になりながら怪しげな関西弁でヒカリに言い聞かせた。 が、当のヒカリは焦点の合わない目でトウジを見つめ返し、やはり焦点の合わないままニコリと 微笑んだ。 しばらく歩き、後方の騒ぎも余り聞こえないくらい離れて、ようやくトウジはホッと一息ついた。 が、次の瞬間、安心するのはまだ早いと思い知らされた。 突然森の中からなにか巨大な物が木々を薙ぎ倒しながら進んでいるような音が響いてきた。 その音は次第にトウジ達に近づいてくる。 トウジは足を止め、つられてヒカリの足も止まった。 得体の知れない恐怖がトウジの心臓を鷲掴みにし、早く逃げろ、ここからすぐに立ち去れと叫ぶ 本能の言葉はその恐怖の前に掻き消された。 トウジはどうする事も出来ず、恐怖に震えながらその場に立ち尽くした。 彼は無意識のうちにヒカリの手を力を込めて握っていた。 ヒカリはうっすらと笑みを浮かべた表情のまま何の反応も示さない。 その時、驚くほど近くで樹齢五十年を軽く越えているような立派な樹木が薙ぎ倒された。 その木の枝で夜の安眠を楽しんでいた何十匹もの小鳥たちがけたたましい鳴き声を上げながら夜空 に飛び立った。 そしてトウジは見た。 森の中で赤暗く燃える、獰猛な眼光。 その赤い光は頭上を遥かに超える梢の、更に上からトウジ達を見下ろしていた。 どうしようもない震えがトウジの両足を支配した。 ともすればその場に崩れ落ちてしまいそうな体を無理やり引き摺って、ゆっくりと下がっていく。 トウジを見下ろす巨大な影は、そんな行動を嘲笑うかのようにノソリと動きだした。 巨大な影が一歩足を踏み出し、地面が小さく揺れた。 そして月明かりに照らされ、その影の全貌が明らかになった。 信じがたいほど巨大な体は鋼鉄に覆われ、熊の姿をした『それ』は至る所に大小の亀裂が入っていた。 その頭部は半分ほど欠け、たった一つ残された右目が鋭く赤い光を放つ。 脇腹には巨大な電柱が突き刺さり、右足の太股の鋼の皮膚はほとんど剥がれ落ちている。 左腕は肘の辺りから無くなり、成分不明の紫色の液体が滴っていた。 だがそれだけの深手を負っていながら、それの放つ力感は強烈だった。 その巨大な喉から絞り出したような咆哮が上がった。 現実には有り得ない、あまりに不自然な存在。 それは少し前にケンスケの眼前で鬼頭三姉妹の次女、雷と死闘を演じた北王の鋼人形だった。 トウジにはそれが手負いの獣のように見えた。 唐突にその獣は今までの鬱憤を晴らすかのように右の鈎爪をトウジ達に振り下ろした。 外見からは想像も付かない素早さで鋼鉄の凶器が襲いかかる。 トウジの取った行動はエヴァのパイロットとしての訓練の賜物だろうか。 トウジは頭が反応するよりも早く委員長に飛び掛かると道路の脇に押し倒した。 巨大な鈎爪は委員長を押し倒したトウジの肩をかすめる。 ただ掠めただけなのにトウジのジャージは裂け、ザックリと肉を抉り取った。 血が宙を舞い、ヒカリの頬に数滴かかった。 顔をしかめたトウジは激痛を堪えて無理やり半身起こし、委員長を背中に隠した。 鋼鉄の熊は、ゆっくりと体勢を立て直す。 そして、鋭い牙がずらりと並んだ口を歪めた。 それはもがく獲物を見て楽しむ真正のサディストの瞳だった。 トウジは自分の死を確信した。 一瞬、彼の脳裏にたった一人で病院のベッドに横たわる妹の姿が浮んだ。 鋼鉄の熊はゆっくりと右手を上げる。 その時、背後の委員長がすっくと立ち上がった。 その頬にはトウジの血が数滴したたり、双眸に真っ赤な炎が宿っていた。 「委員長・・・・・・・・・・」 トウジはぽつりと呟いた。 その声に反応してヒカリはゆっくりと首を動かした。 「いったそー。大丈夫ですかぁ?」 突然ヒカリはブリッコちゃんな口調で言った。 「は?」 トウジにはそう答えるしかなかった。 その時、熊は直立する委員長に向け、右手を振り下ろした。 「委員長!」 トウジが叫ぶ。 「きゃ!」 ヒカリはすばやく地面に転がり、間一髪で鉤爪を避けた。 ヒカリは即座に立ち上がると、どこからともなく取り出したアホな鳥の飾りのついたワンドを 胸の前に立てた。 「委員長、逃げろ!」 トウジは叫び、立ち上がると委員長の肩を掴んだ。 しかしヒカリは煩わしそうにその手を振り払った。 「このくらい自分で何とかします!」 「馬鹿な事を―――――」 委員長はトウジを無視し、ワンドを狂暴に睨み付ける熊へ向けた。 「イヤア シュウブ ニッグ ラトフ!」 呪文に応じ、ワンドの先端が突然輝き出した。 一瞬の後、その光は鋼鉄の巨大な熊を包み込む。 その刹那、熊は突然コマの様にクルクルと勢い良く回転しはじめた。 「あれぇ?どうして回っちゃうんだろう?」 ヒカリは可愛らしく人差し指を顎に当てていった。 熊は道路をえぐり、アスファルトの破片を飛ばしながら回る。周囲には熊の紫色の血液が 撒き散らされた。 熊を包み込む輝きは、熊が回転するのに合わせるように収束し、尾を引いて光る。 突然、輝きはポンッと音を立てて飛び散った。 そしてトウジは目を疑った。 先程まで巨大な熊が立っていた場所には、今はぬいぐるみサイズの小熊が目を回して しゃがみ込んでいた。 「これって沢野口先輩のジェフくんに似てません?」 ヒカリは無邪気に尋ねた。 しかし、トウジはその質問の意味すら理解できないほど混乱の極みにあった。 だが混乱していなくとも、質問を理解できなかったかも知れない。
SILF情報局局長チャーリーは素早く辺りを見回すと、隣の木の枝に飛び移った。 全身を滑らかに屈伸させ、着地の衝撃を和らげる。 木の枝に飛び乗った時も、羽毛が絨毯の上に落ちた程度の物音もたたなかった。 目を細め、五感を研ぎ澄まし、風の動きを探り、風上から流れてくる『匂い』とは言えない ほどの微妙な感覚の変化に気を配る。 今は眼鏡を外している。 あれは実はダテ眼鏡だった。 下手な国の情報機関など目ではない、と言われる程の情報収集及び分析能力を持つSILF 情報局の情報網から、碇シンジは眼鏡っ娘が好きらしい、と言う類の話を聞いた彼女が、身を 持ってその真偽を確かめる為にかけていた物だった。 肝心の効果のほどはいまだ未確認のままだが、副次効果として新参の敵対組織が、眼鏡をか けているから体育会系ではないだろうという安易な予想で彼女にチョッカイを出し、逆に痛い 目を見るという事もあった。 彼女は様々な暗号やトラップ、コンピューター、電子機器、尋問、拷問、ありとあらゆる銃器、 様々な刃物を使いこなし、多彩なテクニックで確実に対象を殺害する技術、そして確実に逃走す る方法を知り、そして幾多の実戦を生き残り、その経験と知識を卓越した技術で生かして十二分 に使いこなす事のできる、恐るべき殺人機械になることも出来る人間だった。 その時、鬱蒼と繁った森の奥で風に揺れる梢の音とはまた別の音がした。 常人には何の区別も付かないだろうその音に、チャーリーは素早く反応した。 3メートルはある樹の枝から一瞬のためらいも見せずに飛び下り、体重が無いのではと思わせる ほど静かに着地をきめる。 そして、まったく足音を立てずに音の聞こえた所へ風下から回り込んだ。 普通の人間には聞き取れないような微かな音は、非常にゆっくり場所を変えていた。 チャーリーはその進んでいる方向を頭の中で計算すると、素早く先回りをする。 先回りした先は意外に道路の近くだった。 音が進む方向を変えずに真っ直ぐ進むとすればここへ辿り着く。 鬱蒼とした森の中でできた人が一人寝転がれる位の小さな空地、一角にはチャーリーの腰ほどまで ある大きな岩が転がっていた。 何の変哲もない風景だが、なにか違和感を感じた。 しかし、もし音の正体が鬼頭三姉妹の長女、風だとすれば、彼女の武器であるその長大な鋼弓は この密集した森の中では動かしづらい。 従って、恐らくはここに陣取り、チャーリーをそばへ誘い込んだら転がっている岩を遮蔽物として 一方的に鋼の矢を雨のように降らせるのが目的なのだろう。現にそこからだと、木々の間から先が良 く見える。 彼女はそう考えるとニヤリと笑い、逆に自分がその岩を遮蔽物として使おうと空地に近づいた。 そして空地に一歩を踏み込んだ時、先ほど感じた違和感の正体を掴んだ。 道路の脇に立った街灯の明かりが、木の葉の作った屋根にポッカリと空いた穴から差し込み、空地 を真っ直ぐに明るく照らし出していた。 街灯の明かりに照らされ、彼女の影が地面に長く、くっきりと映し出された。 チャーリーの背筋に寒気が走り抜けた。 反射的にその場から離れようと膝を曲げた時、一瞬早く一本の鋼の矢が彼女の影を貫いた。 その瞬間、彼女のからだはコンクリートに固められたかのように動かなくなった。 (影縫い!?) 彼女の身体が反射的に対応した。 自分の影に隠れ、自由に動かせる右手首を動かして銃口を空地の岩に向ける。 そのまま、マガジンから弾が無くなるまで引き金を立て続けに引いた。 跳弾の一発が街灯に命中し、ガラスの割れる甲高い響きと共に明かりを打ち消した。 もし狙ってやったのだとしたら神業だった。 明かりは消え、影はより暗い夜の闇の中に溶け込んだ。 体の自由を取り戻したチャーリーは素早くその場から走り去る。 その途中、彼女の視界に自分を誘い出した音の正体が見えた。 後ろの両足に深い傷を負った野良猫が地面を這いずっている。 しかし、その光景には何の感慨も抱かず、彼女は走り出した。 背後から撃たれる、と言う心配は相手が影縫いを放った時に消えた。 少なくとも今の所は。 (あそばれてる・・・・) その屈辱に唇をかんだ時、夜空に人工の太陽が打ち上げられた。 「照明弾?」 突き刺すような青白い光に浮かび上がった彼女は思わずそう呟いていた。
コンソールで輝いていた最後の赤ランプがグリーンに変わった。 「A−12自己診断プログラム実行終了。システムオールグリーン。MAGI、全システム回復!」 途端にメインスクリーンにずらりと文字が流れはじめた。
人物名 総合ポイント 開始時とのポイント差 惣流アスカ 486 −15 綾波レイ 525 +23 葛城ミサト 82 −370(脱落) 赤木リツコ 162 +72 伊吹マヤ 182 −8 鈴原トウジ 394 +2 相田ケンスケ 389 −11(脱落) 洞木ヒカリ 272 +34 別所ナツミ 229 +207(状態不明・カウント停止) : : : : : : : : : : : :