* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田







34.Tokyo−3大混戦 ACT.3
シンジ:「この題名っていつまで続くのかな?」 アスカ:「あたしに聞かないでよ」 ―――――――――――――――――――――――――――――――― 「起きて大丈夫なの!?」 大量出血、内臓破裂、骨折、打撲、裂傷、脱臼、そして心肺停止・・・・・・・・・ さっきまでのブラボーの状態を考えればあまりに不自然な状況なのにアルファは思わず そう尋ねていた。 薄い毛布を体に巻き付けて両足で立つブラボーは、うっすらと人を小馬鹿にしたような 笑みを浮かべながらアルファたちに目を向けた。 奥で青白い光を発して輝く瞳はどこか破滅的な匂いを漂わせ、アルファ達の背筋に寒い ものが走った。 「・・・あなた・・・・・・・・・・・・・・・・・」 エコーが呟いた。 ブラボーが普通でないと判断したと同時に、彼女たちは事態を正確に認識すべく頭脳を 動かせはじめた。 エコーがアルファにチラリと目を向けた。 その目はこう語っていた。 『まさか生き返った?』 アルファは友人だったブラボーを睨み付けた。 (間違い) アルファの直感がそう言っていた。 (少なくとも『それ』にまともな手段はない・・・・) その答えを導くヒントは彼女本人の口から飛び出した。 「あなたがたには人の心って物が無いのかしら?仲間を自分達の手で殺すなんて。」 その時、すぐ近くの森の中で枝が折れる音がした。 アルファたちが反射的に振り向くと、暗い闇の中から幾つもの影が走り出してきた。 厳しい訓練に裏打ちされた素早さで、アクションサービスの四人が迎撃に向かう。 両者が激突する寸前、日本刀を構えたアクションサービスの一人が驚いて叫んだ。 「・・・・カオリ!?」 が、呼ばれた人影は走る速度をいささかも落とす事なく叫んだ少女に飛び掛かった。 とっさに彼女はその場に屈み込んでその攻撃を避ける。 振り返るとカオリはいつのまにが両手に婉月刀を持ち、彼女に振り返る所だった。 「カオリ!どうして・・・・・・!?」 言いかけ、少女は思わず息を呑んだ。 かつての親友だったカオリの胸からに二本の鋼の矢尻が突き出ているのを見た。 二本の鋼の矢は正確に背中から胸に突き抜け、彼女の心臓を串刺しにしたまま凶悪な姿を晒していた。 その時、背後で何かが動く気配を感じ、彼女は反射的にその場から飛び退いた。 一瞬遅れて彼女の立っていた場所にヌンチャクが振り下ろされる。 道路が小さくへこみ、飛び散ったアスファルトの破片が頬を打った。 数メートル離れた所で立ち上がり、日本刀を正眼に構えた彼女は目を剥いた。 襲い掛かってきた人影は全て第壱中学の制服を着ていた。 どころか全てSILFの一員として自分達と一緒に仕事をした事のある者達だった。 鋼の矢は彼女達全員の心臓を貫き、首に、背中に、あるいは胸から鋭い頭部をさらけ 出していた。 「あなたがやったの!?」 アルファは激昂してブラボーに向かって叫んだ。 「いいえ。私はただ落ちてた物を拾っただけよ。この状況じゃ、死体なんてそれ以外に 使い道ないし。」 ブラボーは肩を竦めると事も無げに言った。 「御清糾恋愛教団の東天!?」 突然、エコーが叫んだ。 その時、アルファたちはようやくブラボーの身体に乗り移っている者の正体を知った。 御清糾恋愛教団。 構成メンバー、総数、活動目的、行動原理、それら一切が闇に包まれている組織。 その存在は第二次SI争奪戦争の際、当時SILF、公平分割機構と並んで三強の一つと 考えられていた有力な組織の一つ、『碇シンジの戦う追随者連合』が鬼影派魔道四天王と称 する者達の怪しげの技によって半壊の憂き目を見ると同時に明らかになった。 彼らは四天王と名乗る北王、南王、青天、東天の四人がそれぞれ強大な力を持って教団の 各方面を分担して運営していると言われており、一説には彼女らは活動拠点を持たず、メン バーは一人残らずSILFや機構などの組織に潜むスパイで、四天王を中心に内密に連絡を 取り合って活動していると言われ、機を見て内部から一気にすべての組織を壊滅させるのが 目的だとも言われている。 しかし、四天王がみずからを鬼影派と名乗る以上、その他の派閥も存在する、もしくは存 在したのだろうというのが外部の人間の共通認識で、一説には教団は元は全く完全な地下組 織だったのだが、教義に賛成できなくなった過激派が自らを四天王と名乗り、多数の教団員 を引き連れて組織から分離、第二次SI争奪戦争を機に表に出てきたのではないかという話 だった。 その話が本当だとすると、今でも地下組織として何らかの活動を行っている本家の教団が 存在する事になり、事実、幾つかの組織が水面下でその真偽を探っているという。 が、肝心の碇シンジに対する活動の目的に関しては、邪神復活の生け贄、暗黒界のドンの 色子に、教祖と肉体的、精神的に融合して新たな神に、など諸説紛々。およそまともな人間 なら取り合おうともしない噂で溢れていた。 また、彼女達の秘密主義は徹底しており、魔道四天王達はもとより末端の一兵士にしても けっして人前に顔を出さず、表だった活動には全て彼女たちが独自に製作したゴーレムや合 成獣、人工生命、動いて喋れる元気な死体や霊体を使っていた。 そして四天王の一人、東天とはブードゥーの黒魔術、ペトロの儀礼を極めた魔術師、すな わちボコールと呼ばれる黒魔術師の一人だというのが信頼できる筋からの情報だった。 ブードゥーの黒魔術師たるボコール。 彼らの行使する力は教えの始祖たる黒人奴隷たちの、自らに苦役を課した者達への復讐の力。 すなわち、破壊、疫病、災厄、死・・・・・・・・・・・・・ そして、その中で最も有名な物はかのゾンビー製造に関する知識。 と、言うのが御清糾恋愛教団と四天王に対するSILFその他の組織のメンバーの基礎知識だった。 「だから、どうだってのよ!」 エコーは思わず叫んだ。 それはすなわち、そんな基礎知識を持っていた所で現状をどうやって打開できると言うのか、と言う 叫びだった。 「アルファ、あいつらに関する情報は調べてないの?」 エコーはゆっくりと近づいてくるブラボー、もとい、東天から後ずさりながら尋ねた。 「調べたわよ。でもこの状況じゃ意味が無いわ・・・・・」 アルファは東天を睨み付けながら、ワイシャツの下からアーミーナイフを取り出した。 「どういう事?」 シエラはシンジの前に立ち、どこからとも無く取り出した密造拳銃を構えて尋ねた。 アルファは苦悩の表情を美麗な相貌に張り付かせたまま黙り込んでいた。 「アルファ!」 いつまでも話そうとしないアルファに、業を煮やしたエコーが叫んだ。 「実はね・・・・・」 アルファはぽつりと言った。 「資料は全部ブラボーに渡しちゃったの・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 涼しい夜風が彼女たちの髪を静かに揺らした。 「なんて事してくれんのよ!!!!」 一瞬の沈黙の後、二人は堰を切ったようにアルファを非難した。 「あなたって人はいつもそういう重要な事を―――――――」 「いつもいつもそういう仕事はブラボーに任せて、たまには自分で――――――」 「だ、だってしょうがないじゃない!あたし暗記は好きじゃないのよ。それに比べたら ブラボーは暗記が仕事みたいなもんだし・・・・・・・・・」 「だぁぁぁっ!!だからって見もしないで渡す!?命に関わる問題だってのに!」 「あなたSILFの代理議長だっていう自覚がないの!?」 「だっていつも解説とはウンチク役はあの娘にしてもらってるから・・・ヒック・・・・・」 「泣き真似したって駄目っ!そんなの理由にならないわ!」 「でも、全く目を通さなかったって訳じゃ・・・・・・・・・・」 「この状況で使えないんじゃ、無意味よ!」 「まったく、なんであたしがこんな目に遭わなくちゃいけないのよ。」 「そう!それよ、シエラ!誰のせいでこんなせいになったと思ってるの?」 「あ、あたしのせいだって言うの!?」 「ブラボーを車で跳ねたのは誰よ?」 「だ、だってあの状況じゃ、ああしないと後で後悔するかも知れないじゃない・・・・・・」 「え?桜井さん。わざと別所さんを跳ねたの?」 「え?や、やーね、碇君。わ、私がそんな事するはずないじゃない。ね、動機に欠けるでしょ?」 「・・・・・・・・・・・・・そ、それもそうだね。アハハ、ごめん、妙な事言っちゃって。」 「い、いいのよ。気にしないで。あはははは。」 その時、彼女たちの背後で苛立たしげな溜息が聞こえた。 「話は終わった?」 雑談に興じていたアルファたちは凍り付いた。 「余計なお世話かも知れないけど、敵と言っていい相手を前にして仲間割れは感心しないわよ。」 薄い毛布を体に巻き付けたブラボー、もとい東天は体の前で腕を組みながら言った。 「現実逃避と言ってちょうだい。」 シエラは長い髪を大きくかき上げた。 「シエラ、それって嬉しくない。」 エコーが優しく突っ込む。 「あ゛〜〜〜〜!!!!と・に・か・く!!」 アルファはアーミーナイフを東天に向けた。 ナイフを持った右手を腰の前に置き、ナイフを敵に奪われないように左手を前に出す。 軍隊式の実戦的な構えの一つだった。 「現状で持ちうる限りの全てを使って碇君をガードします。二人ともいいわね。」 言いながら、それは間違いだと彼女の直感が囁いた。 しかし、彼女は他に手段が見つけられなかった。 「私は別にその事に異存はないんだけどね・・・・・・・・」 密造拳銃を構えたシエラはそう言ってエコーを見た。 アルファもつられてエコーを見る。 エコーは不思議そうに見つめ返した。 三人の間に奇妙な静寂が流れた。 「なんであなた、丸腰なの!?」 ワンテンポ置いてからアルファが叫んだ。 「え?だって、あたし事務職だし・・・・・・・・・」 「理由になりますかっ!『緊急時はメンバー総武装』の会則はあなたが制定したんでしょうが!」 「決めた本人がルールを破るようになっちゃ終わりよねぇ〜。」 「な、なによ。よくある事じゃない。無いほうが不自然だわ。」 「開き直るなっ!とにかく――――」 「あ〜の〜ね〜〜〜〜、あなた達、私を意図的に無視してるような気がするんだけど〜〜」 東天は恨みがましい声を発してアルファたちの注意を引いた。 「当り前じゃない・・・・」 法制局局長エコーの声が冷たく響いた。 「と・に・か・く!!」 「とにかく?」 外務局局長シエラは、総務局局長アルファに聞き返した。 「現状打開のためには現在の状況分析から。 其の一、私とシエラとエコーの三人が三十人になった所で東天との戦力差に大した違いはない。 其の二、敵(東天に限らず)は碇君が目的なので彼を大人しく渡せば私たちに危害は加えない。 其の三、今ここにいる外部の人間は全て敵対組織、または敵対人物である。 其の四、この場で碇君を守るだけの戦闘能力を持ったSILFの人員や装備は全てふさがっている。 其の五、後方から暴徒が迫っているので、ここでのんびりしている事は出来ない。 其の六、逃走するにも移動手段はなく、また移動手段無くして敵から逃れる事はほぼ不可能。 以上、六つの状況をかんがみた上で私たちが取り得る最善かつ最良の行動はなに?」 彼女たちの脳裏に『現実逃避』の4文字がちらついた。
「調査、観測、及び分析よ!」 彼女たちの脇で正気を取り戻したリツコが叫んだ。 その後ろに張り付いていたマヤは両目をはちきれんばかりに見開いて、キラキラしている。 「セ、センパイ・・・、す、凄いですね!凄いです!あたし今モーレツにカンドーしてます!」 両者共に未知の事象を目の前にした科学者としての本分を取り戻していた。 「こんな魔法みたいな事が実際にできる事を科学的に証明できたらノーベル賞なんて目じゃない ですね!先輩っ!」 「マヤ!」 「はい!!」 リツコの声にビシッ!と答えた。 「超伝導量子干渉素子を持ってきて。車の中にSQUIDのハンディタイプが合ったわ。」 「dc−SQUIDとrf−SQUID、どっちを?」 「rfの高感度磁束検出器で磁場を測るわ。200万画素のCCD素子を使ったビデオカメラも あったわね。それも使ってちょうだい。レーザー式透過型光学カラーセンサーを用意。装甲車の パッシブレーダーを感度最大で起動、火器管制レーダーの出力を最小に落として対象を連続観測。 開始次第、装甲車のコンピューターをデータ回線をNERV本部のMAGIに直結させて。私は 本部に連絡を入れるわ。」 リツコはマヤが東天の脇をすり抜けてLVTP(水陸両用装甲強襲車)の中へ駆け込んで行くの を見届けるとおもむろに白衣のポケットから携帯電話を取り出した。 「・・・・・あ、青葉君?今こっちを見てる?・・・え?なに?ハッキング?そんなものはA−12自己診 断プログラムを走らせて黙らせなさい。MAGIが勝手に処理してくれるわ。終わったら出来るだ け早くロッキード・マーチン社に連絡してランドサット5号にある地球観測用多重スペクトル走査 放射計とRBV、TMの緊急最優先使用許可を取って。それとハッブル宇宙望遠鏡の分光装置もこ こへ向けて。それに岐阜のスーパーカミオカンデでニュートリノの観測。三鷹にあるTAMA重力 波検出装置も起動させてちょうだい。大至急よ。・・・・え?応援?パイロットたちの保護にVTOL 機小隊を?ああ、そう、気を付けて。ここは今、普通じゃないから。」 普通じゃない。 それなりに現状を認識した答えと言えるかもしれない。
トウジはボーッとしたまま立ち尽くしているヒカリの手を引き、東天たちに見つからないように そっとその場を離れようとしていた。 (シンジ、済まん・・・、しかし、今わいがここで死ぬ訳にはいかんのや・・・・・妹を一人にする訳には いかんのや。) トウジは見事に自己欺瞞をおこない、涙を飲んでそっと移動した。 手の平に感じる柔らかい委員長の感触が否応も無く思春期の脳下垂体を刺激する。 「委員長。ここから早よう逃げるで。なに、惣流たちなら大丈夫や。あいつらならきっと殺しても 死なん。今はわしらが足手まといにならないようにせなあかんのや。」 様々な緊張の余り、いつになく饒舌になりながら怪しげな関西弁でヒカリに言い聞かせた。 が、当のヒカリは焦点の合わない目でトウジを見つめ返し、やはり焦点の合わないままニコリと 微笑んだ。 しばらく歩き、後方の騒ぎも余り聞こえないくらい離れて、ようやくトウジはホッと一息ついた。 が、次の瞬間、安心するのはまだ早いと思い知らされた。 突然森の中からなにか巨大な物が木々を薙ぎ倒しながら進んでいるような音が響いてきた。 その音は次第にトウジ達に近づいてくる。 トウジは足を止め、つられてヒカリの足も止まった。 得体の知れない恐怖がトウジの心臓を鷲掴みにし、早く逃げろ、ここからすぐに立ち去れと叫ぶ 本能の言葉はその恐怖の前に掻き消された。 トウジはどうする事も出来ず、恐怖に震えながらその場に立ち尽くした。 彼は無意識のうちにヒカリの手を力を込めて握っていた。 ヒカリはうっすらと笑みを浮かべた表情のまま何の反応も示さない。 その時、驚くほど近くで樹齢五十年を軽く越えているような立派な樹木が薙ぎ倒された。 その木の枝で夜の安眠を楽しんでいた何十匹もの小鳥たちがけたたましい鳴き声を上げながら夜空 に飛び立った。 そしてトウジは見た。 森の中で赤暗く燃える、獰猛な眼光。 その赤い光は頭上を遥かに超える梢の、更に上からトウジ達を見下ろしていた。 どうしようもない震えがトウジの両足を支配した。 ともすればその場に崩れ落ちてしまいそうな体を無理やり引き摺って、ゆっくりと下がっていく。 トウジを見下ろす巨大な影は、そんな行動を嘲笑うかのようにノソリと動きだした。 巨大な影が一歩足を踏み出し、地面が小さく揺れた。 そして月明かりに照らされ、その影の全貌が明らかになった。 信じがたいほど巨大な体は鋼鉄に覆われ、熊の姿をした『それ』は至る所に大小の亀裂が入っていた。 その頭部は半分ほど欠け、たった一つ残された右目が鋭く赤い光を放つ。 脇腹には巨大な電柱が突き刺さり、右足の太股の鋼の皮膚はほとんど剥がれ落ちている。 左腕は肘の辺りから無くなり、成分不明の紫色の液体が滴っていた。 だがそれだけの深手を負っていながら、それの放つ力感は強烈だった。 その巨大な喉から絞り出したような咆哮が上がった。 現実には有り得ない、あまりに不自然な存在。 それは少し前にケンスケの眼前で鬼頭三姉妹の次女、雷と死闘を演じた北王の鋼人形だった。 トウジにはそれが手負いの獣のように見えた。 唐突にその獣は今までの鬱憤を晴らすかのように右の鈎爪をトウジ達に振り下ろした。 外見からは想像も付かない素早さで鋼鉄の凶器が襲いかかる。 トウジの取った行動はエヴァのパイロットとしての訓練の賜物だろうか。 トウジは頭が反応するよりも早く委員長に飛び掛かると道路の脇に押し倒した。 巨大な鈎爪は委員長を押し倒したトウジの肩をかすめる。 ただ掠めただけなのにトウジのジャージは裂け、ザックリと肉を抉り取った。 血が宙を舞い、ヒカリの頬に数滴かかった。 顔をしかめたトウジは激痛を堪えて無理やり半身起こし、委員長を背中に隠した。 鋼鉄の熊は、ゆっくりと体勢を立て直す。 そして、鋭い牙がずらりと並んだ口を歪めた。 それはもがく獲物を見て楽しむ真正のサディストの瞳だった。 トウジは自分の死を確信した。 一瞬、彼の脳裏にたった一人で病院のベッドに横たわる妹の姿が浮んだ。 鋼鉄の熊はゆっくりと右手を上げる。 その時、背後の委員長がすっくと立ち上がった。 その頬にはトウジの血が数滴したたり、双眸に真っ赤な炎が宿っていた。 「委員長・・・・・・・・・・」 トウジはぽつりと呟いた。 その声に反応してヒカリはゆっくりと首を動かした。 「いったそー。大丈夫ですかぁ?」 突然ヒカリはブリッコちゃんな口調で言った。 「は?」 トウジにはそう答えるしかなかった。 その時、熊は直立する委員長に向け、右手を振り下ろした。 「委員長!」 トウジが叫ぶ。 「きゃ!」 ヒカリはすばやく地面に転がり、間一髪で鉤爪を避けた。 ヒカリは即座に立ち上がると、どこからともなく取り出したアホな鳥の飾りのついたワンドを 胸の前に立てた。 「委員長、逃げろ!」 トウジは叫び、立ち上がると委員長の肩を掴んだ。 しかしヒカリは煩わしそうにその手を振り払った。 「このくらい自分で何とかします!」 「馬鹿な事を―――――」 委員長はトウジを無視し、ワンドを狂暴に睨み付ける熊へ向けた。 「イヤア シュウブ ニッグ ラトフ!」 呪文に応じ、ワンドの先端が突然輝き出した。 一瞬の後、その光は鋼鉄の巨大な熊を包み込む。 その刹那、熊は突然コマの様にクルクルと勢い良く回転しはじめた。 「あれぇ?どうして回っちゃうんだろう?」 ヒカリは可愛らしく人差し指を顎に当てていった。 熊は道路をえぐり、アスファルトの破片を飛ばしながら回る。周囲には熊の紫色の血液が 撒き散らされた。 熊を包み込む輝きは、熊が回転するのに合わせるように収束し、尾を引いて光る。 突然、輝きはポンッと音を立てて飛び散った。 そしてトウジは目を疑った。 先程まで巨大な熊が立っていた場所には、今はぬいぐるみサイズの小熊が目を回して しゃがみ込んでいた。 「これって沢野口先輩のジェフくんに似てません?」 ヒカリは無邪気に尋ねた。 しかし、トウジはその質問の意味すら理解できないほど混乱の極みにあった。 だが混乱していなくとも、質問を理解できなかったかも知れない。
SILF情報局局長チャーリーは素早く辺りを見回すと、隣の木の枝に飛び移った。 全身を滑らかに屈伸させ、着地の衝撃を和らげる。 木の枝に飛び乗った時も、羽毛が絨毯の上に落ちた程度の物音もたたなかった。 目を細め、五感を研ぎ澄まし、風の動きを探り、風上から流れてくる『匂い』とは言えない ほどの微妙な感覚の変化に気を配る。 今は眼鏡を外している。 あれは実はダテ眼鏡だった。 下手な国の情報機関など目ではない、と言われる程の情報収集及び分析能力を持つSILF 情報局の情報網から、碇シンジは眼鏡っ娘が好きらしい、と言う類の話を聞いた彼女が、身を 持ってその真偽を確かめる為にかけていた物だった。 肝心の効果のほどはいまだ未確認のままだが、副次効果として新参の敵対組織が、眼鏡をか けているから体育会系ではないだろうという安易な予想で彼女にチョッカイを出し、逆に痛い 目を見るという事もあった。 彼女は様々な暗号やトラップ、コンピューター、電子機器、尋問、拷問、ありとあらゆる銃器、 様々な刃物を使いこなし、多彩なテクニックで確実に対象を殺害する技術、そして確実に逃走す る方法を知り、そして幾多の実戦を生き残り、その経験と知識を卓越した技術で生かして十二分 に使いこなす事のできる、恐るべき殺人機械になることも出来る人間だった。 その時、鬱蒼と繁った森の奥で風に揺れる梢の音とはまた別の音がした。 常人には何の区別も付かないだろうその音に、チャーリーは素早く反応した。 3メートルはある樹の枝から一瞬のためらいも見せずに飛び下り、体重が無いのではと思わせる ほど静かに着地をきめる。 そして、まったく足音を立てずに音の聞こえた所へ風下から回り込んだ。 普通の人間には聞き取れないような微かな音は、非常にゆっくり場所を変えていた。 チャーリーはその進んでいる方向を頭の中で計算すると、素早く先回りをする。 先回りした先は意外に道路の近くだった。 音が進む方向を変えずに真っ直ぐ進むとすればここへ辿り着く。 鬱蒼とした森の中でできた人が一人寝転がれる位の小さな空地、一角にはチャーリーの腰ほどまで ある大きな岩が転がっていた。 何の変哲もない風景だが、なにか違和感を感じた。 しかし、もし音の正体が鬼頭三姉妹の長女、風だとすれば、彼女の武器であるその長大な鋼弓は この密集した森の中では動かしづらい。 従って、恐らくはここに陣取り、チャーリーをそばへ誘い込んだら転がっている岩を遮蔽物として 一方的に鋼の矢を雨のように降らせるのが目的なのだろう。現にそこからだと、木々の間から先が良 く見える。 彼女はそう考えるとニヤリと笑い、逆に自分がその岩を遮蔽物として使おうと空地に近づいた。 そして空地に一歩を踏み込んだ時、先ほど感じた違和感の正体を掴んだ。 道路の脇に立った街灯の明かりが、木の葉の作った屋根にポッカリと空いた穴から差し込み、空地 を真っ直ぐに明るく照らし出していた。 街灯の明かりに照らされ、彼女の影が地面に長く、くっきりと映し出された。 チャーリーの背筋に寒気が走り抜けた。 反射的にその場から離れようと膝を曲げた時、一瞬早く一本の鋼の矢が彼女の影を貫いた。 その瞬間、彼女のからだはコンクリートに固められたかのように動かなくなった。 (影縫い!?) 彼女の身体が反射的に対応した。 自分の影に隠れ、自由に動かせる右手首を動かして銃口を空地の岩に向ける。 そのまま、マガジンから弾が無くなるまで引き金を立て続けに引いた。 跳弾の一発が街灯に命中し、ガラスの割れる甲高い響きと共に明かりを打ち消した。 もし狙ってやったのだとしたら神業だった。 明かりは消え、影はより暗い夜の闇の中に溶け込んだ。 体の自由を取り戻したチャーリーは素早くその場から走り去る。 その途中、彼女の視界に自分を誘い出した音の正体が見えた。 後ろの両足に深い傷を負った野良猫が地面を這いずっている。 しかし、その光景には何の感慨も抱かず、彼女は走り出した。 背後から撃たれる、と言う心配は相手が影縫いを放った時に消えた。 少なくとも今の所は。 (あそばれてる・・・・) その屈辱に唇をかんだ時、夜空に人工の太陽が打ち上げられた。 「照明弾?」 突き刺すような青白い光に浮かび上がった彼女は思わずそう呟いていた。
コンソールで輝いていた最後の赤ランプがグリーンに変わった。 「A−12自己診断プログラム実行終了。システムオールグリーン。MAGI、全システム回復!」 途端にメインスクリーンにずらりと文字が流れはじめた。


     人物名          総合ポイント      開始時とのポイント差

    惣流アスカ         486               −15
    綾波レイ           525               +23
    葛城ミサト           82              −370(脱落)
    赤木リツコ         162               +72
    伊吹マヤ           182                −8
    鈴原トウジ         394                +2
    相田ケンスケ       389               −11(脱落)
    洞木ヒカリ         272               +34
    別所ナツミ         229              +207(状態不明・カウント停止)   
        :               :                  :
        :               :                  :
        :               :                  :
        :               :                  :
しばらくの間、それが何を意味するのかわかるまで発令所は沈黙に包まれた。 いち早く気付いたのは冬月だった。 「MAGIの恋愛エキスパートシステムはまだ動いていたのか?」 声を掛けられた長髪のオペレーターはハッとしてコンソールのディスプレイを眺めた。 「ど、どうやらそうらしいです。」 「プログラムを現状のまま停止。」 「了解。」 そして、外部からの情報が流れ込んできた。 「VTOL機編隊より連絡。赤木博士からの信号受信。エヴァパイロットの所在確認のため照明弾灯火。」 「パイロットの現在地確認。衛星からの映像を受信しました。メインモニターに回します」 オペレーターたちから連絡に続いて巨大なメインモニターに照明弾に照らされたシンジ達の姿が 映し出された。 「よし!大至急VTOL機はパイロットの回収に向かえ!暴徒の団体の現在地は?」 冬月は手すりから身を乗り出して命令を下した。 「先頭集団は現在エヴァパイロットたちの後方2200。戦車、装甲車を含む戦闘車両二十八台。 徒歩の民間人も少数含まれている模様。小規模な戦闘を行いながら移動中。約三分後に接触すると 思われます。その後方750に徒歩の民間人の団体が移動中、約11分で接触の可能性が大です。 数、およそ1800。」 「C区画の防衛担当の第二、第三、第七方面の戦車部隊は壊滅。F区画から第一タスクフォースが 現在、残存兵力と合流しながら暴徒の群れを追いかけています。接触まで後10分の予定。」 「ぎりぎりだな。全兵装システムの起動を急げ!完了しだい照準を敵、戦闘車両に固定。余剰砲門 は弾頭をナパーム、榴弾等の対人弾頭に変換、万一に備えて民間人の暴徒に向けておけ!発射の許 可は私が出す!」 その時、先程の長髪のオペレーターが冬月に声をかけた。 「あの、副司令。」 「なんだ?」 「碇司令の所在が判明しました・・・・・・」 気弱そうな答えに、冬月は呆れたような溜息を付いた。 「あいつか・・・、それで、今どこにいる?」 「そ、それが・・・・・・・」 彼は良いずらそうに言いよどんだ。 「あの・・・・、暴徒達の先頭集団に紛れて兵員輸送用装甲車で移動しています・・・・・・」 「な・・・・・・・・・・・」 冬月は絶句した。 「・・・・・・・・・・・なんだと・・・」
「無駄な事に時間をかけ過ぎたわ!」 照明弾が空に高く上った瞬間、東天は地面を蹴って飛び上がり、アルファたちの頭上を大きく 越えてシンジの前に立った。 「シンジ君、私に付いてきて!」 そう言って、ブラボーの死体に乗り移った東天が、現状を認識し損ねているシンジの腕を掴も うと手を伸ばした時、シンジと彼女の間に突然八角形の不可視の壁が立ちふさがった。 「ATフィールド!?ちっ、ここに居る事を忘れてた!」 東天は思わず罵り、シンジの後方からこちらを睨み付けているレイの目を真っ向から睨み返した。 その時、前後の虎狼に挟まれて身動きのとれない上に事態の掴めていないシンジに代わり、やはり 今まで存在を忘れられていたアスカが鉄拳に力を漲らせて東天に飛び掛かった。 「いつまでバカやってんのよぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!」 アスカは叫びと共に彗星の如く青白い光の残像を曳く鉄拳パンチを東天めがけて繰り出した。 肉と肉がぶつかり合い、挽肉を壁に叩き付けたような音が響き渡る。 誰もが咄嗟に目を背け、ペースト状になった東天、すなわちブラボーの身体を見るまいと目を瞑った。 が、その時、東天の声、すなわち今はブラボーの声が耳朶を打った。 「あまいわよ。惣流アスカ。」 その声にアルファたちは驚いて目を開けた。 そこには顔面にぶつかる直前のアスカの鉄拳パンチを東天が何の防具も付けていない手の平で受け 止めているという誠に信じがたい光景が広がっていた。 「ちっ!」 アスカは舌打ちすると空いた手で相手にボディブローを打ち込んだ。 肉の潰れる鈍い音と同時にアスカの手首まで東天、すなわちブラボーの鳩尾にのめり込む。 が、東天は見下したような笑みを浮かべ、腹にのめり込んだアスカの手首を力一杯掴みあげる。 痛みを感じていない東天に、アスカの背筋が怖気立った。 アスカはその手を強引に振り払い、再度鉄拳パンチを放つ。 しかし、東天は今度は難なくそのパンチを受け止めるとプロレスラーの力比べのような形でアスカと 組み合った。 歯を食いしばったアスカは持ち前の怪力で腕を潰そうと全身に力を込める。 その時、相手は呼吸をしていないのに気付いた。 恐らく心臓も動いていないのだろう。 「化け物!」 アスカは自分の腕力と対等に渡り合っている別所ナツミの成れ果てに罵った。 「あんた、普通の中学生がどうしてこんな力があんのよ!」 少しずれていた。 東天はニヤリと笑った。 「生身でこれだけの腕力を出せる方が化け物よ。それにご存知かしら、学士さん?動物には自分の体を 保護する為に筋肉の出力を制御する一種のリミッターが付いてるのよ。それをちょっと解除してやれば 普段の二倍や三倍の力は簡単に出せるってこと。」 「ハンッ!あたしは素手でゴルフボールが握り潰せるのよ!その程度と一緒にされちゃ困るわ!」 組み合っている両手はギリギリと音を立てて軋んでいる。 「じゃあ、もう一つ付け加えましょうか?人間は血液中に取り込んだ酸素分子を筋肉組織の細胞内で 炭素と結合させ、その化学反応で生じた熱エネルギーで体温を維持し、同時に筋肉を収縮させるエネ ルギーを取り出している。さてここで質問。呼吸をしてない私はどこから筋肉を動かすエネルギーを 得ているのか?」 「それよりも、呼吸をしてないあんたがどうして喋れるのかが疑問だわっ!」 「発声器官を震わせるくらいの呼吸はしてるのよ、お馬鹿さん。」 最後の単語と人を小馬鹿にしたような笑みにアスカはキレた。 ただでさえ、せっかくのクリスマスをぶち壊しにされていた事とその他の要因で異様に不機嫌だった のが、その言葉で完全にぶちキレた。 「・・・お、お馬鹿?お馬鹿ですってぇぇっ!?馬鹿はあんたでしょうがぁぁっ!体を保護するための リミッターってやつを取っ払ったぁ!?あんたの方が絶対に大馬鹿だわっ!!ゼェェェッッタイに、 シンジ以上の超大バカだわっ!!!!」 そう絶叫すると東天に圧し掛かるように力を込める。 東天は足を踏ん張って対抗した。 その時、東天の、すなわちブラボーの腕でなにかが千切れるような音が響いた。 「大して鍛えてもいない細腕で、こんな過負荷に耐えられるとでも考えてたの!?」 アスカは世にも恐ろしい笑みを浮かべながら目を血走らせて叫んだ。 そう言っている間にもブラボーの腕の靭帯がブツブツと音を立てて切れていく。 しかし、東天は慌てる様子もなく言った。 「物忘れの激しいお馬鹿さんだこと。背骨の折れたこの体がどうして立っていられるかは考えなかったの?」 アスカの視界にブラボーの腕の皮膚の下でズルリとなにかが動く光景が入った。 途端にアスカの手の中に、失いかけてきた東天の腕力が戻ってくるのを感じた。 「おわかり?古代エジプトの死体蘇生の技術をヴォドゥンに組み合わせてみたのよ。なかなかでしょ。」 フフン、とでも言いたそうな顔で気楽に言って退ける。 更に力を込めるアスカ。 そして靭帯が千切れる端から治療、もとい修理して対抗する東天。 ブラボーの白く細い腕の下で何匹もの蛇が暴れているようなエグイ光景を目の当たりにしながら、 シンジはいまだに事態を掴めないでいた。 「えっとぉ・・・・・・・」 アスカが怒っている。 ブラボーこと別所ナツミが元気になっている。 喜ぶべき筈なのに何故か喜んではいけないような気がする。 なにより胃が痛い。 その時、彼らの頭上から熱気を帯びた強烈な突風が吹き付けてきた。
ゲンドウは揺れる車内で、対戦車ロケットランチャーを肩にかけて立ち上がった。 運転席に座っていた中年の技術者が振り返り、ゲンドウに声をかけた。 「あ、あの、司令。息子さんの所まではもう少しかかりますよ。」 「構わん。あと数分でサードチルドレンを助け出す。これはその成功率を高めるためだ。」 ゲンドウは、気分はランボー、と心の中で歌いながら、表面は無愛想な面のまま男に答えた。 (やはり、妻と子に遺書を残しておくべきだったか・・・・) 中年の技術者は泣きそうになりながら考えた。 それもこれも、運悪く整備中のこの車にゲンドウが目を付け、更に運悪くこの車を整備して いたのが自分だった事からこの悲劇が始まったのだ。 ふと目を下げると、NERVの車両には標準装備されているテープレコーダーが目に入った。 男は片手で車に取り付けられた録音機のマイクを取り出し、録音ボタンを押して喋り出した。 「妻よ、多分これを聞いているという事は私はもうこの世にいないという事なのだろう。私は 死ぬという事に恐怖した事はない。私が恐れるのは勇気を持って任務を全うする事が出来たか だ。そうであれば、どんな死に方であっても、私は自分を誇りながら死ぬ事が出来ると思う。 だから聞いて欲しい。そして私と共に戦った同僚たちに聞いて欲しい・・・・・・・・ 自分の夫は勇敢だったか、と――――」 分厚い防弾ガラスの張られた覗き穴の向こうでは、すぐ近くにSI公平分割機構に所属する 混合自動車化部隊が疾走していた。 その余りにも煩雑で種類が多く、様々な塗装をされた(シンジの似顔絵、シンジの名前、シン ジの手製特大ポスター、シンジの・・・・・・・)寄り合い所帯の戦車部隊のおかげで、『NERV』と でかでかと書かれたゲンドウたちの乗る兵員輸送装甲車は、その乗員がばれることなくに紛れて いる事ができた。 ゲンドウはそれらの車両を見ながらランチャーやバズーカにHEAT弾を詰め込んでいく。 天井伝いに敵兵が襲い掛かってきた事も考えてオートマチックの拳銃と、サブマシンガンを 二丁ずつ取り出し、腰のベルトに差し込んだ。 準備万端整い、ゲンドウが天井のハッチを開けようとした時、運転席で涙を流しながらマイ クに向かって喋っている中年の技術者が目に入った。 彼はちょうど遺言を終える所だった。 「――――――息子の高校受験も近い、NERVから支払われる慰謝料をそれにあてれば 何とかなるだろう。そして・・・・・妻よ、愛している。お前はまだ充分に美しいし、私よりも 良い男はごまんと居るだろう。願わくば早く再婚を。娘はまだ4歳で、父親が必要だ・・・・・。 それじゃ、そろそろお別れを・・・・・、私の分まで生きて、人生を楽しんでほしい・・・・・・・・・・ じゃあ、さよなら。元気で・・・」 男は録音を止めた。 いつのまにか流れていた涙を拭うと、ランチャーの中からカセットを取り出し、胸ポケットに 入れようとした。 が、それは横から伸びてきた手に、するりと奪われた。 「・・・・・碇司令?」 男は呆然としながらゲンドウに問いかけた。 ゲンドウは黙ったまま、突然カセットを床に落とし、足で踏みにじった。 「な、ななななんななななな・・・・・・」 男は余りの事に言葉を失い、吃りまくった。 ゲンドウはニヤリと笑うと、銃の尻でカセットを叩き割った。 「無駄な事はするな。」 ゲンドウは中年男の家族への愛に感動し、何があってもお前は生かして返すから遺言は必要ない、 と言う意味で言おうとしたのだが、何故か男の耳にはゲンドウの気持ちは届かなかった。 ゲンドウは固まってしまった中年男から離れると天井のハッチを開けた。 強烈な風が車内に吹き込み、ゲンドウの髪や制服を勢い良くはためかせる。 ゲンドウの風の中に、火薬とガソリンの匂いを認め、全身の血が沸き立つのを感じた。 ゲンドウはそこから半身を乗り上げ、肩にかけたバズーカの照準を隣を疾走する重装甲車に向けた。 照準器の中の×印はちょうど装甲車の横腹の中心で止まった。
「こちらビートル・ワン。エヴァパイロット3名を確認。これより降下し、回収する。ビートル・ツー 及びスリーは高度800を維持、周辺空域の監視と警戒に当たれ。フォー、ファイブ、シックスは 後方の戦闘車両群を牽制、目標到達までの時間を稼げ。アウト。」 機長はVTOL機の操縦幹を片手で握りながら下を見た。 遥か下方ではサードチルドレンを中心に同心円状にその戦いの輪が広がっていた。 その外れには巨大な熊のような物体が見えたような気がしたが機長は賢明にもそれを無視した。 「副長。下に降りるぞ。回収用のハッチを開けてくれ。」 機長は後部のナビシートに座るナビゲーター兼コ・パイロットに言うと、自分は座席の隣の レバーを倒してエンジンの出力を落とし、ゆっくりと機体の高度を下げていった。 その時、通信が入った。 『こちらビートル・フォー、暴徒達の戦闘車両は現在、連絡のあった碇指令の装甲車と交戦中。』 「了解、ビートル・フォー。碇司令の援護に当たれ。気を付けて―――――――」 『ビートル・ワン!ビートル・ワン!こちらビートル・ツー!警戒空域に侵入した未確認飛行物体を視認! ビートル・スリーと共に現在交戦中!至急応援を頼む!繰り返す、至急応援を頼む!』 突然、叫び声が通信に割って入った。 機長は慌ててレーダーを見た。が、そこには敵味方判別装置の味方を示す青のマークがいくつ か飛び交っているだけで、敵をしめす赤、もしくは判別不能な未確認機をしめす黄色のマークは 一つも無かった。 「ビートル・ツー。こちらビートル・ワン。了解した。未確認機の正確な数、形状、及び武装を知らせろ。」 『未確認機は一機!い、いや一匹!で、ですが・・・こ、こんなの普通じゃない!早く応援を!!』 通信機からは動揺した叫びが漏れてくる。機長は小さく舌打ちすると通信機に叫んだ。 「ビートル・ファイヴ、シックス。聞いていたな。大至急ビートル・ツー、スリーの応援に向かえ。新型の ステルス機が侵入したのかもしれん。充分注意しろ。ビートル・スリー、応答しろ。未確認機の形状、武装 を知らせろ。ビートル・スリー――――」 ビートル・ツーでは混乱して情報が聞き出せないと判断した機長はビートル・スリーに通信を入れた。 と、その瞬間、上空に二つの光が輝いた。 明らかに照明弾とは違う二つの光は、濛々たる煙を纏わり付かせたままゆっくりと山の中へ落ちていった。 「機長!ツーとスリーがレーダーから消失!撃墜されたものと思われます!パイロットは生死不明!」 副長の焦りを帯びた叫びに呆然と光点を見つめていた機長はハッと気を取り直した。 「副長!本部に連絡、大至急応援の要請を!ビートル・ファイブ、シックスは現在空域から離脱、応援が 来るまで無理をするな!ビートル・フォーは現在の任務を続行!こちらは早急にパイロットを保護する!」 命令を飛ばしながらも操縦幹の動きは鈍らない。 長年培われ、芸術的とさえ言えるテクニックで機体の振れを僅かずつ修正しながら、危険を覚悟で シンジ達から数メートルと離れれていない場所に着地する寸前、再び副長の叫びが上がった。 「未確認機を索敵レーダーに捕捉!!距離1500!この低空でなんて速度だ!正面!・・・・来ます!」 機長は素早くレーダーに目をやった。 未確認飛行物体を示す黄色のマークが真っ直ぐにこちらに向かってくる。 パイロットの本能がその場から離れろと鋭い警告を発した。 機長は素早くスロットルを押し倒し、エンジン出力を上げる。 シンジ達をジェットエンジンの強烈な熱気をはらんだ突風で吹き飛ばしそうになった時、照明弾の マグネシウム光の白く鋭い明かりに照らされ、ほんの一瞬、パイロット達の視界に『それ』は映った。 全ての光を吸い取るような、ぬめりを帯びながらも光沢のない黒い鱗・・・ 蝙蝠のような漆黒の翼・・・・ イグアナのような爬虫類の持つ顔・・・・ 彼の乗るVTOL機など豆腐のように切り裂きそうな、鋭く巨大な鈎爪・・・・・・・・・・ 大人の身長ほどもある巨大な牙がずらりと並んだ口・・・・・・ そしてその巨体・・・・ 機長は考えるよりも先に緊急脱出用のレバーを引いた。 彼らの座る座席は蹴り上げられたサッカーボールように空高く放り上げられた。 次の瞬間、彼らは愛機のVTOL機が巨大な飛行生物の体当たりによって弾き飛ばされ、まるで 水切り石のように地面を何度も何度もバウンドしながら小爆発を繰り返し、やがて燃料に引火し、 真っ赤な炎と共に爆発する瞬間を視界の隅に捕らえた。
そこは静寂だけが支配する聖域だった。 月はいつものように沈黙を守り、ただ下界を見守っていた。 そこに古びた洋館が建っていた。 苔生し、蔦の絡まるレンガの壁、生者を拒絶する大きな扉。 沢山ある大きなガラス窓には明かりは一つも灯っていない。 その中には暗闇が淀んでいた。 まるで死者を誘う地獄への空隙のように。 それがいつからあるのか、誰が建てたのか、何の為に在るのか、もう誰も憶えていない。 それが建っている事を憶えている人間すら、もはや誰一人として存在しない。 人は滅多に踏み入れない深い山の奥深く。 日の照る時間でさえ寒気を催す深い森の中。 鬱蒼と生い茂る深緑の苔がびっしりと生えた木々、至る所で自分の存在を主張する木の根。 それらの木の根を覆い尽くすように白い霧が地面を這い、ピクリとも動く事の無い空気の中で 静かに揺らいでいた。 やがてその乳白色の濃い霧が一ヶ所に集まり始めた。 それは次第にゆっくりと渦を巻きながら実体を持ちはじめる。 そして瞬きするほどの一瞬、霧は固まり黒いローブを纏った人の形を取った。 静かに佇む黒ローブの足元には、いつのまにか死体袋のようなものが五つ、無造作に横たわっていた。 袋には一面に怪しげな模様でびっしりと覆われ、淡青の輝きを放っていた。 やがてその光はゆっくりと輝きを失っていった。 黒ローブの人影はそれを見向きもせず、ゆっくりと正面玄関の前に歩を進めた。 すると音もなく巨大な扉が開き始めた。 中には背広を一分の隙もなく身に纏い、白髪で初老の男がピンと背筋を伸ばして立っていた。 男は腰を曲げて黒ローブに頭を下げた。 「お帰りなさいませ、お館さま。」 黒ローブは小さく男に肯くと足元に横たわる袋をゆっくりと順に指差した。 「・・・・・・すみませんが、フール。これを祭壇まで運んでもらえますか・・・・・・」 「かしこまりました。もう儀式の準備は整っておりますので。」 「そう・・・・・・、ありがとうございます・・・・・・」 お館と呼ばれた黒いローブの人影はそのまま洋館の中に足を運ぶ。 その時、遠くの方で突然赤い光がともった。 それは大量の煙とともに火の粉を舞い上げ、天を焦がすように激しく燃えた。 少し遅れて腹に響く爆音が聞こえてきた。それと同時に獣の咆哮も。 「・・・あの声は南王さまのお造りになった合成獣のようでございますね。」 耳を澄ましていたフールはさして驚きもせずに遠く離れたところで燃える炎を眺めた。 「どうやら、あまり躾がなっていないようで。」 「・・・・四天王の方々もこの事態が予測できなかったのでしょう・・・・よほど慌てたようですね・・・・・・・」 「お嬢様は大丈夫でしょうか?躾がなっていないとはいえ、あれは強力で御座いましょう。」 お館は首を振った。 「・・・・・大丈夫・・・、SILFの方々は自分たちだけで十分あれに対抗できる強さを持っています・・・・・・、 もうすぐ立花さんたちも到着するでしょうから・・・・」 そう言うと、黒ローブの人影は興味を失ったように館の中に入っていった。
鬼頭三姉妹の次女、雷は小刻みに震える左足を叱咤して強引に立ち上がった。 膝は大きく腫れ、そのすぐ下に深く抉れた傷が口を開いてグチグチと赤黒い血が滲み出ている。 風を切る音にハッとして顔を上げると目前に木刀が迫っていた。 咄嗟に棍を立てて防ぐがその勢いを完全に殺す事は出来なかった。 まるでダンプカーに跳ねられたような衝撃を全身に感じながら弾き飛ばされる。 本能的に受け身をとり、左足に体重を掛けないように素早く立ち上がったものの、すでに勝敗は はっきりしていた。 デルタは両手で木刀を正眼に構え、少しの気の揺らぎもみせずに直立している。 右肩から大量の血が流れているが気にした様子もなく摺り足で雷に近づいていく。 秀麗な釣り上がった瞳から発せられる鋭い眼光はいささかも衰えていない。 デルタが一歩近づくたびに、雷は反発し合うS極とS極のように一歩下がった。 彼女たち三姉妹は無駄に命を捨てるような真似はしない。 ただ死にたくないという本能のままにこれまでの無意味に長い時間を生き延びてきた。 碇シンジが現われるまでは。 今では生き延びる理由が少し変わっていた。 彼女はすでに逃げる算段を始めていた。 そしてデルタが片を付けようと一歩踏み出した時、空から飛行機が降ってきた。 二人が避ける暇もなくそれは道路に墜落し、紅蓮の炎を撒き散らしながら爆発する。 強烈な熱気と爆風が圧倒的な威力でデルタと雷を弾き飛ばした。 焼けた破片が肉を引き裂いて四散し、彼女たちは反射的に頭を庇いながら地面を転がった。 爆発が収まった時、内臓が引き千切られてしまいそうな凄まじい咆哮が響いた。 デルタは顔を上げた。 途端に左肩に耐えがたい激痛が走った。 視界が苦痛で赤く染まり、頭の中は異常な耳鳴りが支配する。 彼女は歯が砕けるほどに強く噛み締め、喉まで出かかった呻き声を殺した。 ゆっくりと体を起こしながら左肩を見ると、肘が不自然な方向をむいてダラリと垂れ下がって いた。ピクリとも動かすことが出来ない。 右手に強く握っていた木刀を杖にして、ようやく立ち上がった時、首に棍を突きつけられた。 「私は運が良い。お前ほどの傷は負っていない。」 雷はそう言うと、デルタの予想に反して棍を下ろした。 デルタは背後に立った雷に訝しげな視線を向けた。 「何のつもりだ?」 それには答えず、雷は突然デルタを突き飛ばした。 次の瞬間、バランスを崩したデルタの目の前を激しい水流が迸る。 素早くデルタはそこから跳んで離れた。 甘ったるい匂いが辺りに立ち込め、その匂いを嗅いだデルタは喉や目に焼けるような痛みを感じた。 (塩酸か!?) 素早く視線を移すと、そこには巨大な影が赤い目を爛々と輝かせながら炎の中で蠢いていた。 背後のガードレールが酸に冒され、肉を焼くような音を立てながら、白煙を立ててズルズルと崩れ落ちる。 「・・・・西洋龍?馬鹿な・・・・・・」 余りの衝撃にデルタは呟いた。 その呟きを聞き取った雷は薄く笑った。 「西洋龍?そんな上等なもんじゃない。南王の造った合成獣だ。」 竜は彼女たちに向かって短い足でゆっくりと歩いてくる。 一歩歩くたびに地面が振動し、足元のアスファルトに亀裂が入った。 「イグアナにコウモリ、胃液を吐いて敵を攻撃する何とかカエル・・・・、そんなとこだ。」 雷は両手で棍を構えた。 それに釣られるようにデルタも怪我をしていない右手で木刀を構える。 二人は巨大な翼ある爬虫類を向き、身構えた。
深い森の中、深淵の暗闇の中に一条の閃光が走り、同時に銃声が鳴り響いた。 空気は氷の固まりに閉じ込められたかのように凍り付き、虫の音さえ聞こえなくなる。 しばらくして、森に住む獣たちの鋭い嗅覚はすぐに血の匂いを嗅ぎ付けた。 人間の血。 だが、樹木の王国で一番狂暴な肉食動物ですらそこには近づこうとしない。 近づけない、と言った方が正しいのかもしれない。 そこには二人の少女が向かい合い、鋼と氷で創られた戦乙女の彫像のように立ち尽くしていた。 チャーリーの滑らかな額は鋭いカッターで切り裂かれたようにパックリと傷口が開き、そこからは 大量の血が滴って顔の左半分を真っ赤に覆い隠している。 細い顎から滴った血が制服の襟を赤く汚す。 風は弓の弦を引いている右肩に銃弾を受け、そこから流れ出した血で純白の制服は真っ赤に染まっ ていた。 彼女たちがそれぞれの武器を放ったのはあれからただの一度だけ。 それだけで二人とも身体に一ヶ所ずつ深手を負っていた。 チャーリーと三姉妹の長女、風は必殺の威力を秘めた武器をお互いの脳天に定めたまま微動だにしない。 今までのように気配を殺し、殺気を消して敵の背後に回り込むような、静かな戦いとは全くの別物。 敵は正面に立ち、自分に向けて必殺の武器を突きつけている。 相打ちにならない為には一瞬よりも更に小さな一瞬の隙をついての攻撃以外、道はない。 自分の身体の持ちうる全ての感覚を敵だけに集中させる。 余計な事は何一つ考えない、敵を目や耳や鼻で《見る》だけ。 相手の弓を絞る腕の筋肉が引き攣れる。 相手の銃口が微かにぶれる。 敵が一瞬でも隙を見せれば大脳よりも素早く脊髄が反応する。 彼女たちはそれだけの訓練と実戦を数多く積んできた。 自分の生命がペテン師の手の平に置かれた天秤の上で大きく揺れようとも動揺はしない。 死は身近で、そして見慣れた物だった。 運悪くその近くに狩りに出ていたタヌキや野良猫などの小動物たちは、彼女たちの強烈な殺気に 飲まれて身動きが取れずにいた。 その時、謎の巨獣の咆哮が森の中に響き渡った。 その叫びは彼女たちの腹の底に響き、鳥肌を立たせるに十分だった。 夜行性の動物たちは一瞬にして木の根や大地の窪みに身を隠す。 しかし二人の気はいささかも揺るがない。 叫びの後の不自然で恐ろしげな沈黙だけがその場を支配した。 どれくらい時間が経ったのか、空気すら微動だにしないその沈黙を破ったのはチャーリーが先だった。 「さっきのが聞こえた?」 絶対の冷静さを保ちつつ発せられたその声は、しかし二人の殺気を解くには至らなかった。 彼女は続ける。 「一時休戦にしない?」 しばらく二人は睨み続けた。 不意に、まるで申し合わせたように同時に二人の殺気は霧消した。 チャーリーは血に覆われた半顔を、まだ綺麗な裾で拭き取りながら走り出した。 風はすでに視界から消えている。 多分、デルタは苦戦しているだろう。 そして恐らく三姉妹の次女、雷も。 あの獣の叫び声はそれだけの力を秘めている。 彼女の嗅覚と聴覚、そして経験がそう告げていた。
事態は急速に、そして目まぐるしく変化していた。 どのような事態にあっても素早く現状を把握し、見抜き、出し抜く事にかけては天才的と呼ばれた アルファは目まぐるしく頭を回転させて考えていた。 目の前ではアスカと東天が力比べをしている。 その更に先ではデルタと雷が共同戦線を張って、恐らく南天の造ったのであろう巨大生物と戦っている。 すぐ後ろでは東天の造ったゾンビたちとアクションサービスが死闘を繰り広げている。 更にその後ろではPIシリーズ3号機と鬼頭三姉妹の三女、雨の戦いが千日手になっている。 その間を縫って赤木博士とその助手が様々な観測機器を持って走り回っている。 道路脇の森の中では風とチャーリーが戦っているのだろう。 いつのまにか居なくなっている鈴原トウジと洞木ヒカリは賢明にも逃げ出したようだ。 そして、シンジはとなりに綾波レイを侍らせて立ち尽くしている。 (考えろ。) アルファは自分に言い聞かせた。 自分にはある種の直感力が備わっている事を漠然と感じていた。 なにが間違った選択で、なにが正しい選択かをおぼろげに感じ取る事ができる。 だから一度も道に迷った事も無いし、テストだって勉強もせずに人よりも良い点がとれた。 誰かを喜ばせたい、悔しがらせたいと思って取った行動は全て外れた事はない。 はじめはただ“勘”が良いと考えていたが、父親から企業を継ぐための英才教育を受けはじめた時、 それがただの勘だけではないという事を“直感”した。 その直感が今はこう言っている。 《ここにいる事は『間違って』いる》 どうする事が『正しい』のかは判らない。しかしここでただ立っている事は絶対に『間違って』いる。 だから彼女は自分に言い聞かせた。 (考えろ。) 正しい答えを見つけた時、彼女の直感がそれを『正しい』と言う。 今、答えを見つけるために考える。それについて彼女の直感は何も言わなかった。 彼女は辺りを見回した。 碇シンジ、デルタ、鬼頭三姉妹、惣流アスカ・・・・・・・・・・・・・ (なにかが欠けている?) NERV、暴動、ブラボー、御清糾恋愛教団・・・・・・・・・・・・ 龍の咆哮が体を震わせる。 雨とPI参号機の力の衝突に耐え切れず、凍り付いた空気が悲鳴を上げる。 アスカと東天の力比べの余波で彼女たちを中心にしてアスファルトに亀裂が走る。 (ここに来てからの流れの向きは?) SILF、SI促進委員会、SI公平分割機構、鬼影派魔道四天王・・・・・・ アルファはハッと顔を上げた。 全てが誰かの仕組んだ通りに動いている。 彼女の直感はそれを正しいと感じさせた。 そして同時に、そこから逃げる術もないと理解させられた。 「碇君!すぐにここを離れましょう!」 アルファは袋小路に追いつめられたような焦燥感に駆られながら叫んだ。 その声にエコーは不思議そうな顔をした。 「離れるたって、さっきアルファが自分で言った状況分析の其の六で――――」 「分からないの!?」 アルファはエコーの言葉を遮った。 エコーとシエラは思わず顔を見合わせた。 シンジは話を聞いているのかいないのか、目を点にしたまま立ち尽くしている。 アルファはシンジの手を引きながら行った。 「まだここに来ていない教団の魔道四天王が――――」 その時、空間が歪んだ。
「サードチルドレンをロスト!」 第二発令所で一人のオペレーターが叫んだ。 「なに!?」 冬月はあまりに唐突な報告に耳を疑った。 同時に、まるで待っていたように立て続けに報告が入った。 「三鷹の国立天文台から緊急連絡!重力波検出器TAMAが第三新東京方向において異常な 重力波を連続して検出中!第二東京大学の宇宙線研究所でも同時刻に神岡のスーパーカミオ カンデが高エネルギーニュートリノを多数検出!」 「赤木博士から連絡。目の前で突然、空間振動が発生したそうです。同時にそこから放射線 を多数検出。種類はガンマ線、もしくはX線、ベータ線、中性子線、陽子線等。正体不明の 粒子も多数検出されています。装甲車のパッシブレーダーはホワイトアウト。火器管制レー ダーでは空間の歪みの中央から反射像が帰ってこないそうです。」 「衛星から映像が届きました。メインスクリーンに出します。」 発令所の天井付近にノイズ混じりの解像度をいっぱいにした映像が映し出された。 「最大望遠、画像はコンピューター補正ずみです。」 そしてそこに映し出されたものは、宙に浮び、波立つ渦。 直径1m位の球状のその渦は色を様々に変化させながら浮んでいた。 その周辺の空間は、静かな水面に水滴が落ちた時のようにゆったりと波打っている。 時々、放電するように青白い電光が瞬いた。 歪みの周囲で制服を着た少女達が立ち往生しているのが見えた。 「サードチルドレンはあれに飲み込まれたものと思われます。」 「MAGIは何と言っている?」 「少し待って下さい・・・・・・・・・出ました。空間の歪みについては重力レンズという事で 意見が一致しています。」 「それを発生させる物は?」 「カスパーは回答不能、バルタザールが新種の特異点ではないかと言っています。」 「ブラックホールか?」 「データ不足で回答を控えています。」 「ふむ、ではメルキオールは?」 「マクロレベルでのワームホールの突然発生だと。」 「ふっ、サードチルドレンは別世界への招待状を受け取ったか・・・・」 「こんな時に格好つけないで下さい。どうするんですか?」 「・・・・・・・観測体制を強化。あれの発生した原因を突き止めろ。」 そう言って冬月は黙った。 第二発令所の人間たちもまた、その映像に魅入られたように静かに口を閉ざしていた。 その時、第二発令所は沈黙と、囁くような電子音だけが支配した。

<つづく>


吉田さんの部屋に戻る

inserted by FC2 system