細く揺らめく数本の蝋燭の灯では、天井が高すぎて光が届かない。 薄暗く、ただっぴろい部屋の中央に一切加工されていない、剥き出しのどす黒い大理石が辺りに 異様な雰囲気を撒き散らしながら鎮座している。 部屋の床に描かれた六紡星が白銀の輝きを放ち、大理石を囲んでいた。 漆黒のローブを身に纏った人影は、六紡星の頂点に立てられた六本の蝋燭に火を付けてまわった。 その時、何の前触れも無くすべての火が消えた。 部屋は一寸先も見えない闇に支配された。 「・・・フール・・・・・」 闇の中で女の冷たい声が流れた。 「ここに。」 闇の中で初老の男の声が唐突に沸いた。 女の声が続ける。 「・・・・・先ほど、場が大きく乱れました。」 その時、柔らかく小さな蝋燭の火が灯った。 その明かりは火を灯した漆黒のローブの人物を心細げに照らし出しす。 細い顎がフードの影からチラリと見えた。 「・・・何が起きたのか・・・・分かりますか?」 白髪の男はうやうやしく頭を下げた。 「ゲートが開いたようですが、詳細にはなんとも・・・・」 ローブの人影は、まるで何事も無かったかの様に蝋燭の火を付けてまわる。 「そうですか・・・・ゲートが開ける事のできる者が敵に回っているという事ですね・・・・・・」 「強敵、ですな。」 「・・・・当面は無視しても大丈夫でしょう・・・・・・・。」 彼女は最後の一本を灯し終えた。 足音を立てず、宙を漂うように黒い大理石の前に立つと、初老の男の方を向いて言った。 その声は先ほどまでのけだるげな声とは打って変わり、ただっぴろい部屋に力強く響いた。 「今宵、新たな眷族を我らの内に迎え入れます。人選は終っていますか?」 「捕らえた者のうち二名にその資格と適性を認めました。」 漆黒のフードが肯くように動いた。 執事は言葉を続けた。 「残りの者達はいかがいたしましょう。」 ローブに身を包んだ女は少し考えるように口を閉ざした。少しして彼女は言った。 「地下迷宮に送りなさい。田中さんの家族にもたまには良い物を食べさせてあげましょう。」 執事は慇懃にお辞儀をすると部屋を去った。 そして、その女以外誰もいなくなった部屋に声が響いた。 「彼らをここへ。」 声に応じ、正面の大扉が音もなく開く。 そこにはそれを待っていたかのように、二人の男女が宙を漂っていた。 その顔はサードチルドレンの捕獲という特殊任務につき、そしてテンゴと呼ばれる少女と人外の 化け物達によって壊滅した陸上戦略自衛隊特殊戦術特務作戦部隊の隊長と、女の一曹だった。 二人はまるで目に見えない誰かに支えられているように空中を静かに渡り、どす黒い大理石の 祭壇の前で床に下ろされた。 黒ローブの女はローブの隠しから、まがまがしい雰囲気を放つ暗赤色の短剣を取り出した。 鋭利な刃が蝋燭に反射し、血のようにぬらりとした輝きを放つ。 彼女はその短剣で自分の指を切り付けた。 細く白い指を伝い、一筋の血が大理石にポツリと垂れた。 やがて、徐々に大理石の表面に招魔祈願の隠し文字が浮かび上がってくる。 そして、それは赤く輝きはじめた。
Going my way. 八 百 第35章 万 の生きざま 0 |