* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田



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5.カレーが道をやってくる
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シンジ:「・・・・・・・・ノーコメント」
アスカ:「同上」
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201×年12月24日、朝8時15分。

クリスマスの前日。

中学校、二学期の終業式。

俗に言うクリスマス・イブ。

これだけ喜ぶべき条件は整っているのに碇シンジは極めつきに憂鬱だった。

べつに昨日の買い物の時に、クラスメートの美人の女の子と一緒の所を運悪く
委員長と一緒に買い物に来ていたアスカに見つかった事ではない。
そしてアスカとの口論の最中にクラスメートの女の子が謎の失踪を遂げてしま
い、偶然会った、という弁明を証明できなくなったせいでもないし、その事で委
員長に、不潔っ!、と言われてしまった事でもない。
当然、頭にタンコブや、両の頬に紅葉ができた事などでもない。

そんな事はこれまでの短い人生で幾度と無く経験しているし、その都度、次の
日になれば忘れてしまう。

その証拠に隣を歩くアスカも虚ろで、顔に縦線の入った表情に危ない薄ら笑い
を浮かべ、今にも、ヘヘヘ、などとヨダレを垂らしそうな雰囲気で歩いている。

今朝、家を出る時に二人の命を脅かす大事件が起きた。

『シンちゃ〜ん。今日の夕食、あたしが作るから〜』


無論、二人は反論しようとした。
だが、二人がミサトのあまりのセリフに呆然として自失しているうちに、突然
湧き出した濃厚な煙幕にまかれ、更にパニックに陥ってしまい、その隙にミサト
は出勤してしまった。

ミサトが出勤した直後、事の重大さを認識し意識を取り戻した二人は、背筋を
恐怖と絶望の汗で濡らしながらミサトの携帯に電話をかけまくり、可能であれば
その暴挙を思い止まらせようとしたが捕まらず、頼みの綱のマコトは『御免。今
日は用事があって』との理由で援助を拒否。それならばと、今まで一度もかけた
事の無いリツコのところへ電話をしても留守電ばかりでいっこうに捕まらず、襲
い来る絶望に負けまいと二人が伝言を頼もうとしたマヤも同様。

絶対にやりたくはないと思っていた最後の手段として、シンジはゲンドウに電
話をしたが『下らん事で電話をするな』の一言で救助を断られ、『命が危ないん
だよ』と泣いて頼んでもいっこうに相手にしてもらえなかった。

リツコに断られた時点で既に泣きが入っていたアスカは、電話で父親に見捨て
られ『やっぱり僕はいらない子供なんだ』と半泣きのシンジを捨ててボイコット
の道を選択。親友洞木ヒカリに電話をかけて『今晩泊ってもいいか』と尋ねよう
としたのだが『ごめんなさい、今日は用事があって・・』という一言であわやKO、
失神しそうになったが、そうなればミサトスペシャルのお粥を死ぬほど食べさせ
られる事になるかもしれないと、気力を振り絞ってその事態を回避。とりあえず
遺書に『最後に我が真実の母、キョウコ・ツェッペリンの墓前で手を合わせたかっ
た』と書いて己の勇気に満足感を覚えながら、現在登校中にいたっているという
訳なのだった・・・・・・・・・・



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6.愛はさだめ、さだめは・・・
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A:「私達は恋する少女(自己陶酔)」
B:「恋愛はブレーキのきかない車」
A:「して、その心は?」
B:「壊れてる」
C:「詳しい内容は本文をどうぞ」
D:「そりゃ解説じゃないって(^^;」
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二人が心の中で滂沱の涙を流し、救世主の奇跡の出現を期待しながら学校への
道を歩いている時、その救世主となるはずのSILF財務局長ブラボーナツミも
また憂鬱だった。

彼女の場合、昨夜の碇シンジとの買い物において、この世の幸せに涙しながら
己の幸運を満喫している最中に、SILF情報局のアクションサービスと公安局
保安特殊部隊の合同作戦によって、引き裂かれる王子と村娘のようにその場から
拉致され、いつのまにか開かれていた懲罰委員会にかけれらて己の罪を罰せられ
る事になった。

ブラボーこと別所ナツミの『あくまでも彼の買い物を補佐する為。彼に安い買
い物をさせるため、彼の利益の為に取った行動』という自己弁護と、普段の落ち
着きを取り戻したアルファ達の『情状酌量の余地はある』という言葉のおかげで
何とか最悪の判決からは免れる事が出来たはずだった。

髪を三つ編みにまとめ、懲罰委員会の議長も兼任する第五評議員にして法制局
長エコーは、顔に合わない大きなメガネを中指で押さえながら、まるで某組織の
司令官を連想させる薄ら笑いを浮かべてブラボーに向けて「罰は追って知らせる」
と言った。

そして今、彼女は憂鬱な気持ちで重い足を引き摺りながらルート3をゆっくり
と歩いている。



過去において『抜け駆け』の罰を犯した3人の罪は皆一様に重かった。

一人は議会の承認を得ずにシンジにラブレターを渡した罪でゴザですまきにさ
れた上、金品の類を全部巻き上げられた挙げ句、青森県の怖山の山中に放り出さ
れ、魂をむこうの世界に引きずり込まれそうになったり、中国の人身売買組織に
拉致され、われと我が身に値札を付ける羽目に陥りながらも何とかヒッチハイク
を繰り返し、処罰執行の日より四週間後に帰宅。いまだ学校に出席していないが、
風の噂では彼女の髪は色素が全て抜け落ちて真っ白になっているだの、イタコの
能力を手に入れたせいで霊に憑かれて半狂乱になっているとも聞く。

またある者は、無断で胸の内をシンジに告白をした罪で帰宅途中に身柄を拘束、
当日の深夜11時頃に新横須賀港から両手両足を縛られ、三日分の水と食料を積
んだだけの舵なしエンジン搭載ゴムボートで八丈島方向に流され、数ヶ月たった
現在も行方不明である。

残る一人はSILF科学技術局に所属。先の文化祭の時に起こった事件という
のだが、彼女が一体どんな罪を犯し、どのような罰を受けているのか、SILF
の大幹部であるブラボーにすら知らされておらず、事件発生から2ヶ月が過ぎた
今をもって行方知れず。その時を境に、深夜12時を過ぎると真っ暗な校舎の中、
廊下には彼女の泣き叫ぶ声が響き渡るという噂が流れ始めた。しかし、真実を知
る総務局長アルファ、情報局長チャーリー、科学技術局長のズールーは頑として
口を開かない。


考えれば考えるほど、気が楽にはならないばかりか、逆に重くなって行く。

彼女は、見ている方まで憂鬱になりそうな溜息を吐き、足を進める。


その罰はいまだ未定とはいえ、組織内において彼女の飛び抜けた功績の数々を
反映した、それほど重くない罰になるだろうが、それが自分にどんな苦痛を与え
るのかは考えたくもない。

できれば碇シンジが自分の評価を下げるような処罰はやめて欲しい。

碇シンジを白馬に乗った王子様の如く崇め、敬愛し、彼の為ならば命を投げ出す
事すら厭わない彼女、いや彼女達にとって、彼からの蔑視、軽蔑はいかなる罰より
も耐え難い物だった。


彼女はあまりに暗い思考にはまり、周囲の事には全く目が向いていなかった。



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7.ミサトカレー − その傾向と対策 −
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レイ :「本文を読めばわかるわ・・・」
アスカ:「だからそれのどこが解説なのよ」
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ブラボーナツミは横断歩道を渡る。だが信号は赤。

突然、けたたましいクラクションが鳴り響き、彼女は弾かれたように顔を上げた。

灰色に光るワンボックスワゴンを視界の隅にとめた瞬間、彼女の細い腰に力強い
腕が巻き付き、迫り来るワゴンを唖然として見つめる彼女を歩道まで引き戻した。

道路にしりもちを付きま、眼前をワゴンが猛スピードで走り抜けていった後を呆然
として見送った別所ナツミは、不意に自分がどのような目に遭いそうになったのかを
理解した。そのとたんに全身に寒気を覚え始めたナツミの耳のすぐ近くで、自分を助
けてくれた人の声が聞こえた。

「ふぅー・・・・・・・・大丈夫?別所さん。」

彼女は道路にしゃがみ込んだまま、その声に驚いて振り向く。

「!?あ・・・・・、い、碇君・・・・・・・・・・・・・」
「大丈夫?」

「あ、うん、大丈夫・・・・・・・・」

別所ナツミは恋愛マンガの1場面のような、あまりに出来過ぎた出来事にいまだ
信じられぬ思いで呆然と肯く。

「そうよかった。」
シンジがホッとしたように口にした。

そこにいたって彼女はやっと、シンジの白い腕がまだ自分の腰に巻き付いたま
まだという事に気がついた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・!? ああああ、あ、あの・・・・その・・・・手が・・・・」
「!!あ、ご、ごめん。」
シンジは思わず顔を真っ赤にして立ち上がった。

途端にシンジの膝の上に乗った形だったブラボーナツミは転げ落ち、レンガを
敷き詰めた歩道にお尻を打ちつけてしまう。

「あ!・・・・あ、ごめん!」
シンジはまた反射的に謝ってしまう。

ナツミは何がなんだか解らないまま、口の中でモゴモゴと感謝の言葉を呟き、
差し出されたシンジの手を掴んで立ち上がった。

あの細い腕のどこにあれほどの力強さがあるのだろうを思いながら腰をさする。
シンジは頭を掻きながら、顔を伏せてお尻をさするナツミを見た。

その時、シンジの頭の中にあの悪魔の囁きが聞こえた。

ゲンドウがニヤリと笑う幻覚が見えたのだ。

(彼女を家に呼んだらどうだ?)

しかしシンジは、いかに自分が外道な事を考えているかを理解しないまま、
ただ自分の身の安全を確保せんが為に、その考えをすんなりと受け入れた。

「あのさ、別所さん。今日、うちに来ない?」

この爆弾発言に、歩道で成り行きを見ていた生徒達は驚きのあまり凍り付き、
ブラボーこと別所ナツミもその言葉の意味を良く理解できぬままに石化する。

シンジがNERVの職員を除き、綾波レイ、洞木ヒカリ以外の女子を自分の家
に呼んだ事など、過去に一度としてなかった。

・・・が、その一つの要因が背後に迫っていた。
「シンジィ〜、女の子を自分の家に誘うなんて、よ〜っぽどご執心みたいねぇ。」

その時、シンジは背後から熱風が吹き付けたような気がした。
皆が凍り付く中、シンジの背後からその灼熱の妖気で全てを溶かし尽くす溶岩
のごとき鬼気が迫りくる。

アスカの口が笑みを浮かべている。
だが、その青き光彩の輝く美しい瞳の奥には一片の笑みも浮んでいない。

この時のシンジに逃げる事は許されなかった。
生きる為に死ぬ危険を冒さなければならなかった。

人間は自分の身の安全を確保する為であればどんなことでも出来る。
それは(現時点では)純情微少年碇シンジとて例外ではなかった。

シンジは振り返り、アスカを見た。
そして、せっかく溜めた財宝を横取りされそうな赤鬼がこんな顔をするだろう、
と思われるアスカに向けて言葉を放った。


「ね、アスカもそう思うだろ? 別所さんを夕食に誘おうって。」


シンジは『夕食』に思いっきり力を込めて言い放ち、真剣な目でアスカを見つめた。

彼女に理解させる事が最も重要な事だと直感で分かっていた。

そしてアスカは、シンジが一体何を考えているのかをほんの一瞬で理解した。
彼女はその顔に邪悪な笑みがこぼれそうになるのを堪えなければならなかった。

「ええ・・・・そうね。やっぱり『食事』は大勢で食べた方が美味しいものね。」

このセリフを聞いた登校中の善良で普通の生徒達は、地面から巨大な手が伸び
て世界を破壊しにくるのではないかと恐怖する。

もちろん、そう思ったのはアスカのセリフを明確に理解するだけの心理的余裕
を持つ、ごく一部の鍛え抜かれた胆力を持った者に限られていた。

あとの者はアスカの凄絶な鬼気にあてられて、立ちながらにして気を失ってい
たか、もしくは、その場で天を仰いなり、地面に伏せるなりして目の前の現実か
ら逃避していた。

そして、そのごく限られた一部の中でも、さらにより優れた胆力を持っている
ブラボーナツミはアスカのセリフに恐怖のあまり腰を抜かす事もなければ戦慄の
あまり立ち竦む事もしなかった。

実際、彼女くらいのSILF幹部は皆、使徒と近接戦闘中のエヴァの足元を走り回ってシンジの勇姿を間近で見つめながら声援を送る、程度の事は日常茶飯事で行っている。

ただ予想外の提案とそれの持つ意味に彼女は驚愕していたのだ。

(もしかしたら惣流さんって、本当はいい人だったの?)

そして、人はそれを善意の解釈という。


夜、彼らの家の食卓に並べられるのは恐らくはミサト特製カレー。
日を追うごとに苛烈を極めてゆくミサトの料理音痴は、やがて食べる者の肉体
だけに留まらず、精神までも破壊するようになった。

シンジは、アスカが来日する以前にリツコと一緒に食べたミサトカレー。その
味は極めてひどいものだったが少なくとも致死量を超えるものではなかった。
被害はペンペンが3日寝込み、その夜にシンジとリツコが強烈な腹痛を訴えた
だけですんだ。

そして、それからさらに数ヶ月が経った後に食べたミサト特製激唐カレー、そ
の威力は何も知らずに口に入れたアスカに大腸カタルを引き起こさせ、42キロ
あった体重を23キロにまで激減させる事になる。

それを知った忍耐する愛の人、日向マコトはミサトの保身の為に危険を冒して、
アスカがミサトのカレーによって精神崩壊しかかっていた事実を、衛星軌道上
の使徒からのハレルヤ光線による精神攻撃と、その後の自信喪失によるもの、
というでっち上げの報告を上に送り、NERV付属病院303号室に入院させる。

しかし、その事をミサトは知らない。

シンジに至っては食べた当初は何の弊害も起こらなかったのだがフィフスチル
ドレンにして最後の使徒タブリスであるところの渚カヲルを握り潰した事件を精
神的な引き金にしてミサトカレーがその猛威を振るい始め、意識不明の昏睡状態
に陥る。延べ30時間にも及ぶ内臓洗浄手術のおかげで一命は取り留めた。しか
し意識を取り戻した時、レイはリナレイだの、アスカと自分が幼なじみだ、ゲン
ドウとは---恐らく---仲の良い家族だ、などと口走り始め、異常を感じた担当医
が精神鑑定を行った結果、精神に過度の負担がかかった為に記憶を無理矢理ねじ
曲げたと言う事が判明。綾波レイに支えられ、アスカと共に一ヶ月に及ぶ心理的
なリハビリをつみ、現実に復帰したという曰く付きなのである。

それからさらに数ヶ月。
ミサトのカレーが一体どれだけその威力を増しているか想像すら出来ない。
ましてそのカレーを口にするなど以ての外。

手段として、ミサトに過去に起こった事件を知らせて気持ちを変えさせる。
またはそのカレー作りを断念させる為にありとあらゆる手段を尽くす事でカレ
ーの形をしたミサト手製の有機化学兵器の製作を阻止するのがベストの選択なの
だが、最悪それが出来なかった場合には、自分が最初にその物体を口に入れる可能性
をできうるかぎり少なくする為にできるだけ大人数で食事をするのが次善の策と
考えたのである。

ずぼらなミサトの事、量が足りなくてカレーを水で薄めるという行動に出る可
能性もある。もしかしたら、個人の割り当てを少なくするかもしれない。

だがそれは、被害を小さくするばかりか逆に拡大させてしまう可能性も多分に
存在する。しかし、もし最初にそれを口にしたものが気を失って倒れてくれれば、
その対処の仕方によって、残った者はどさくさに紛れてミサトカレーを口にしな
くてすむ可能性も十分に存在する。

ミサトカレーに関して強烈なトラウマを負った二人はその可能性にかけたのだ。

補完はまだ成されていなかった・・・・・

アスカは別所ナツミの手を握って懇願する。
「ねぇ、ナツミって言ったわよね。どう、今夜うちに来てくれない?」

しかしブラボーナツミは不安げにシンジを見る。
そこで、シンジがしきりに首を縦に振って肯いているのが見えた。

理由はできた。
曰く、
『何人たりとも碇シンジ直々の願いを断ってはならない』
シンジの願いを断る事は総則の第二条に反しているのだ・・・・・・・・

いまだ信じられぬ思いのまま、ナツミは何度も肯いた。

それを確認したアスカは振り向き、ニヤリと笑いながらシンジに向かう。

「それとシンジ。と〜ぜん、ファーストも夕食に呼ぶわよねぇ〜。ご飯は大勢で
食べた方が美味しいんだから。」




その時、その様子を近くの雑木林から覗いている者達がいた。

「これをどう思う、チャーリー?」

強く握った片手を悔しさのあまり小刻みに震わせながらアルファは、
自分の隣で中腰になっているチャーリーに尋ねた。

「決まってるじゃない。こんなの折檻よ。」

下唇を血が滲むほどに噛み締めていたチャーリーはゆっくりと口を開いた。
心なしかセミロングの髪が波打っているようにも見えた。

それを見たアルファは目を薄く閉ざして大きく息を吸い込んだ。
しばらくその空気を肺に溜めた後、顎を引いてゆっくりと吐き出す。
俗に“息吹き”と呼ばれる呼吸法だった。

ふたたび開いた瞳には一切の感情というものはなく、氷の如き冷たさだけが
宿っていた。

「冷静になって考えてみなさい。」

チャーリーに向かって言い聞かせるように言った言葉の響きはまさしく氷。
冷静の上に冷徹、そして冷酷を上乗せしてから更に倍したような声に、
チャーリーは一瞬にして普段の自分を取り戻した。

「・・ええ、そうね。」
真っ白い喉が動き、唾を飲み込む音が微かに聞こえた。
「ええ、そうね。確かにあの惣流アスカがあんな事を言うなんて妙ね。」

チャーリーがアルファに威圧されていたのはほんのわずかの時間だった。
チャーリーの顔に不敵な笑みが浮んだ。

「調べてみる価値がありそうね・・・・・・・・」




役者は着々と揃いつつある・・・・・・・・・・・・・・・・・




<つづく>


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