* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田





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        8.地球は究極兵器で一杯

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リョウジ:「ふっ、いっぱい、か・・・、結構高かったんだがな・・・・・・」
シンジ :「一体給料いくら貰ってるんですか?」
リョウジ:「アルバイトがおおやけになったんでね。収入激減なのさ」
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場所は変わって第壱中学校学校の体育館裏。

ブラボーこと別所ナツミが、晴れた日の昼休みは欠かさず訪れる場所である。


煌煌と柔らかい輝きを放つ太陽は空の頂上にあり、間をおいて植えられた木々

にびっしりと生える緑葉は、透き通る光を受けてさらにその緑を鮮やかにする。



さざなみの奥、遠くに聞こえる生徒達の声は虚ろな夢の如く現実味に欠け、

どこかで鳴いているセミの声はかつてのように煩くは感じられない。



全てが順調で、全てが嘘のように幸運だった。



今の彼女の耳には水道の蛇口から流れ出る水の音ですらも、六甲の山中を流れる

雪解けの清流の奏でる静かな調べのように、耳に心地良く聞こえてくる。



好物のクリームパンも、今日はまた格別に美味しかった。





しかし、それは嵐の前の静けさか、大波の前の引き潮か・・・・・




「失礼。別所ナツミさん?」


突然の声に彼女が振り返ると無精髭を生やし、見るからに安物のジャケットを

着崩した優男が立っていた。


(あら、結構いい男。でも昔の志村けんみたいに後ろ髪を束ねているのがマイナス、

手に提げたコンビニの袋はさらにマイナス・・・・)

などと思いつつも、ブラボーナツミは相手の正体に気付いた。


「ええ、そうです。はじめまして、加持リョウジさん。」


飄々とした男の顔に小さく驚きの表情が浮ぶ。

「ほう。どこで俺の名前を?」

「教える必要がありますか?」


実のところ加持について知っている事はほとんど無かった。

ただ、碇シンジの家を一度でも訪れた事のある者ならば、その卓越した記憶力で

セールスからNERVの諜報部員まで見境なく記憶しているだけだった。


頑ななブラボーナツミの表情を見て、加持は肩を竦めた。

「まあいいか。・・・実は君に良い物をあげようと思ってね。」


男の怪しさはさらに倍増された。

ナツミはいつでも逃げられるように退路を確かめる。


しかし、男は彼女の考えている事がわかったのか、安心させるように笑いかけ、

手の平をブラボーナツミに向けた。

「いやいや、別に怪しい事じゃない。俺は女性には絶対に乱暴しない事をポリシ

ーにしてるからね。肉体的にも精神的にもね。」


そう言われたからって、いきなり学校の敷地内に恥ずかしげもなく入り込んできた男を

相手に簡単に安心できる訳ないじゃない、などと思いながらも聞き返した。

「何のようですか?」


自分の言葉にやや棘がこもっている事に気付いたが気にしなかった。

そのままじりじりと、少しずつ男から離れようとする。


「たしか、君は今日、シンジ君の家に招待されていたね。」

彼女の動きがピタリと止まった。


(まさか、この人はヤヲイ集団碇シンジ心理革命推進兄貴同盟の刺客!?)


しかし男は、彼女にそんな事を考えられているとは知らずに言葉を続けた。


「君に武器をあげようと思ってね。」


彼女の心の中で、どうやら違ったらしい、いやまだ安心は出来ない、等と

いろいろな感情がせめぎ合いながらも好奇心が頭をもたげてくる。


「武器?」


「そう、武器だ。君が葛城の・・・じゃない、シンジ君の家に行ったとしてもそこに

いるのは惣流アスカに綾波レイの二大怪獣コンビ。この二人に見初められたシン

ジ君には大いに同情しているがここではそんな事はどうでもいい。君はその二人

を前にしてどうやって彼に近づくつもりだい?」


「!!、そ・・・・それは・・・・・」


彼女は顔を赤くして目を伏せた。

「シンジ君に招待されただけで満足。そういう君の健気な気持ちには、懐かしく

も新鮮な美しさを感じるがそれでは困るんだ。」


恐らくは男の願望を反映したセリフに、ブラボーナツミは疑問に思った。

「困るってどういう事です?」


「そこで君にこれをあげよう。二人と同等の立場、いや、それ以上の立場に立つ

事のできる上、気分転換や空腹時にも使える対アスカ用、対レイ用の究極の汎用

兵器。彼女達を抑える最後の切り札。これはそこのコンビニで買った・・・・・」


加持は聞こえない振りをして彼女の質問は意に介さずに自分の話を強引に進め、

コンビニの袋をナツミの鼻先にかかげた。




兵器といいながらコンビニでも売っている品物なのだろうか。



究極の汎用兵器、恐らく『究極』は『汎用』にかかっているのだろう。



まあそれはともかく、男の話が本当だとすれば喉から手が出るほど欲しいが、

無条件でその話を信じるにはあまりにも怪しい男だった。




「ずいぶん気前の良い話ですね。」


「確かに怪しげな話ではあるがね。ま、こいつはここに置いとくよ。その気があ

ったら持っていってくれ。それと早く冷蔵庫に入れないと腐っちまうぜ。じゃ。」



そう言い残し、加持はニヒルな笑みを浮かべると身を翻して去って行った。




後に残されたナツミが地面に置かれたコンビニ袋を手にとるのにさほどの時間は

かからなかった。




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9.落ちゆく女

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B:「あたしの事?ウウッ・・・・ひどいわ・・・・・・・シクシクシク」
A:「自業自得」
D:「因果応報」
E:「・・・・フッ/ー\」
C:「だからあなたはそれを止めなさいって」
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「それで、これがその加持リョウジから送られてきた究極の武器だというの?」

アルファは生徒会室の中に腰を下ろし、机の上に広げられた物を見回した。


「どう思う?」
彼女はその場にいるSILFの幹部達に意見を求めた。

一番最初に発言したのは法制局長エコーだった。


「簡単なんじゃない?」

皆の視線が彼女に集中する。

その中でアルファが尋ねた。

「どういう事?」

「試してみればいいでしょ?」

「どこで?いつ?だれが?」

中指でメガネを支えながら、エコーは肩を竦めた。

「たしか、まだ先日の罰を言い渡されていない人がいたはずよね。」

「・・・・・・・でも、それは酷という物ではないかしら?」

「私もそう思う。ブラボーは只でさえ危険な状況に立たされているっていうのに。」

意外にアルファや情報局長チャーリーが反対した。



ブラボーはその事に疑問を持った。

「どういう事?彼の家には惣流アスカと綾波レイの二人も来る事になってるわ。

私なら少しは楽に有効かどうかを確かめる事が出来るのに。」

不安げな声で彼女は反論した。



彼女は、エコーの言葉を聞く前からそのつもりだった。

その上もし本当にこれがあの二大怪獣に有効なのであれば、SIこと碇シンジと

お近付きになれる絶好のチャンスでもあった。




「あなたはまだ知らなかったわね。」

アルファ達は視線を交わし合い、ブラボーに向かって恐るべき言葉を伝えた。

「今日、彼の家で夕食を作るのは葛城ミサト女史よ・・・・・・」


途端にブラボーは絶句した。


同時に、事は命の危険をすら含んでいた事を悟った。




アルファは絶句するブラボーを心より哀れに思いながらチャーリーにうなずく。

それを受けてチャーリーは会議室においてあったラジカセのリモコンを手に取った。



「これは今朝、葛城女史が出勤間際に言った言葉よ。」


カチリ、という音の後テープは回り始めた。

そしてしばらくの雑音の後、そのセリフは聞こえてきた。




『シンちゃーん、今日の夕食わたし作るから〜』

その直後に破裂音、そしてガスの吹き出す音。

そして扉の閉まる音。しばらく沈黙。

『ちょ、ちょっと、今、何かミサト言った?』

動揺しているアスカの声。

『そそ、そ・・・・・・い、いや、とにかくミサトさんに思い留まらせないと・・・・・』

彼女達の愛するシンジの声は少しかすれていた。





「そ、そんな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ブラボーの呆然とした呟きが沈黙に支配された部屋に流れた。

しかしテープは無情にも回り続けた。




ミサトの携帯に電話を入れるアスカとシンジ。

そしてかからないと判断すると知人の家に電話しまくる二人。

最後には父親にまで電話を入れるシンジ・・・・・・





もう十分だろうと判断したチャーリーはテープを止めた。

「そういう事なのよ。・・・・・でも、それでもあなたがこの真実を確かめてくれると

いうのなら・・・・・・・・・・、止めはしないわ・・・・・・・・」


チャーリーは途切れ途切れに、しかしどことなく嬉しそうに言う。

シンジが自分を家に招待した理由が純粋な好意からではなく、自分を利用する為、

と知ってしまい、ブラボーは大いにショックを受けた。




しかし・・・・・・・・・・



SILFの心得三ヶ条、その一

『死は生の恐るるところに在らず、我らの命はすでにSIに捧げられた物ならば。』



この三ヶ条はいつも寝る前に、彼の写真を見ながら呪文のように唱えている。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やるわ。」




そしてその願い通り、外道なシンジに散々利用され、捨てられる事になるだった・・・・






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10.命を僕らの手の上に

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ヒカリ :「そ、そんなに重要な役割だったの?」
ケンスケ:「ミサトさんの料理の威力から見れば大袈裟とは言えないね」
トウジ :「全ては因果の流れの中に・・・・・・・」
ケンスケ:「何それ?」
トウジ :「いや、一度言ってみたかっただけや」
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ミサトはその日の夕方、カレーの材料を揃えるため、近所のスーパーに寄った。

愛車ルノーをスピンターンで駐車場につけ、店内に入ってカレーの具を物色し

ながら、ふと前を見ると知った顔が三つ。



「ありゃ、そこにいるのは洞木さん達じゃない?」

「あ、ミ、ミサトさん・・・・・・・」



そこであった顔は洞木ヒカリと鈴原トウジ、相田ケンスケ。



かれらは自分達の友人を売ってしまったという罪悪感に耐え切れず、ついに自分

達もミサトの家に行き、事の真相を全てシンジ達に話した上、彼らの命を救う為に

諜報部の目をかいくぐって自分達の家にかくまおうとしていたのだ。



しかし、裏切りともいえる行為に頭を下げただけでは許して貰えないかもしれないと、

お詫びのしるしとして、皆で金を出し合って何か差し入れでも持って行こうと考えた

のが運の尽き。



限りなく運の悪い事にミサト当人に見つかってしまったのだ。




「ちょうどいい所で逢ったわ。ねぇ、あなた達これから何か用事あるの?」

ミサトは何故かとてもはしゃいで見えた。


「い、いえ。特に何かあるっちゅう訳やないですけど・・・・・・・」

トウジは恐る恐るといった感じで答えた。


「そう、じゃあさ、今日これからうちに来ない?」


「な、何かあるんでございましょうか?」

ケンスケの声は心なしか震えていた。


「ちょっとね。今日はね、あたしが夕食を作る事になってんのよね。もし良かったら

あなた達も来ない?レイと、あと別所っていう女の子も来るって言うし。」




ミサトに自分の料理がどのような物なのかの自覚はなかった。


だが、そのセリフを聞き、トウジとケンスケの二人は凍り付いた。

彼らは一度だけミサトカレーを食べた事がある。





・・・・・・・・・・・漆黒・・・・・・・・・・・・・・・・・・






彼らの脳裏に色に在らざると、匂いに在らざるカレーの匂いが広がった。


二人がその時の経験、今でも時々悪夢に襲われる誘いに、条件反射的に断る口実を

探していると、洞木ヒカリが口を開いた。




それも二人にとって最も避けて通りたかったセリフで・・・




本当ですか?じゃあ、お邪魔させてもらおっかな?



二人の耳に、その言葉は血塗られた呪詛の言葉のように聞こえた。

ケンスケ達はギョッとして、恐るべきセリフを吐いたヒカリを両脇を抱えると

残像が残るほどの素早さで食品棚の陰に運んだ。



「(ちょっと!?イインチョ!なんでや!?)」

「(そうだよ!!死にたいのか!?)」

そう言いながらも訝しげな顔をしているミサトには愛想笑いを送る。

「(ちょっと!何もそこまで酷いわけないじゃない。たかがカレーよ。)」


不幸な事にヒカリはミサトカレーの実態を知らない。


「(あのね、そんなに美味しくないって言うんならあたし達が手伝えばいいのよ。

それに、もともとアスカの家には行く予定だったでしょ。)」

「(それはシンジ達を避難させるために行く予定だったんだろ!!)」

「(どうせ今からじゃ避難させられないじゃない。だったら出来るだけあたし達が

そのカレーを美味しくする努力をするべきだと思うわ。)」

「(む・・・・・、そりゃそやな。イインチョの言う通りや。)」

「(トウジっ!!そんなに死にたいのか!?)」

「(いや、今、思い出してみれば、あの料理も大して酷くはなかったような・・・)」

「(お、俺は絶対にいやだ!!あんな物、もう二度と口に入れたくない!!)」

「(ケンスケ!!お前、男やろ!男やったらどーんと死んでこい!!)」

「(死ぬんならお前が死ねっ!!おれはいやだっ!)」

「(おまえそれでも男か!!)」

「(男だろうが女だろうが二度とごめんだ!!)」

やめなさいっ!!とにかく、アスカ達にはNERVの企んでいる事を

知らせるって決めたでしょ!だったら、食べる食べないはともかく行かなくちゃ

いけないのよ!いい!!)」

『《・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。》』

「(うむ、よろしい。)」




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11.誰が為に鐘は鳴る

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リツコ :「うるさいっ!!」
リョウジ:「リッちゃん、荒れてるな」
マヤ :「いま明かされる先輩と司令の真実!」
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そしてNERV第二発令所。

加持リョウジ、赤木リツコ、伊吹マヤを始めとする『愛の鞭』委員会のトップ達は、

諜報部からの連絡を受け、ミサト達の会話を盗み聞いていた。



「まずいな。」

「ええ、まずいわね。」

「まずいですね。」



第二発令所の正面にドドンと設置された巨大なメインモニターには、NERVの

所有する偵察衛星からの映像が、今ちょうどヒカリ達がミサトの青いルノーに乗り

込むところを鮮明に映し出している。



「これが及ぼす影響は極めて重大だな。」

「もしヒカリさん達がミサトの料理を手伝ったら、ミサトのカレーはシンジ君に

ゆさぶりをかけるほどの威力が無くなってしまうわね。」

「それに賭けの事を知られたら、シンジ君はともかくアスカは黙っていないでしょうね。」

「そうなったら・・・・・・・・・・」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




発令所に沈黙が流れる。



つまり既にバレバレだが、ミサトが突然カレーを作ると言い出したのは彼らの

仕業なのだ。


それは実に簡単に、『クリスマスなんだから、たまにはあなたが作りなさい』と

いう言葉でミサトはその気になってしまった。


だがミサトに賭けの事は知らされていない。

その上、実はミサトも賭けの対象にされていた。


そして、あくまでもミサトカレーはスパイス。シンジ達が殺人的な料理を前に、

どのような行動を取るかが今回の賭けの焦点となる。


もしもの場合に備えてNERV特殊医療団も用意し、準備は万全だったのだが、

この世の中何が起こる変わらない。まったく予想外の事態が起こってしまった。



「こうなったらやむを得ないな。」

『愛の鞭』委員会会長、加持リョウジは腕を組み、唸るような口調で言った。

「誰かが葛城の家に乗り込んで彼らの口を塞ぐ・・・・・」

「それしか・・・・・ない、わね」

「問題は誰がそれをやるか、ですが・・・・・」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





再び発令所に沈黙が流れる。



加持は長い沈黙のすえ、意を決して口を開いた。

「リッちゃん。MAGIを使って誰が任務に最適かを選んでもらってくれ。」

「・・・・・・・・・・・・それしか選択の手段はない、か・・・」

「仕方ないですね。」







そして、数分後・・・・・・・・・・・

「選択の条件付けはこれで充分なはずよ。」

「後はキーを押すだけです・・・・・」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





三度、発令所に沈黙が流れた。



「俺が押そう・・・・・・・・・」

加持の手が目の前のコンソールに伸びた。




ピッ・・・・・、高い音が発令所に響く。


発令所にいる、何十人ものオペレーターや委員会のメンバーが息を潜めて見守る中、

その人の命運を決めるルーレットは回り始めた。




『愛の鞭』委員会の全メンバーの名前がメインスクリーンに素早く流れてゆく。

一瞬のきらめきで自分の名前を素早く見て取った物は心からの安堵の溜息を吐く。

そうでない者は自分には当たらないようにと心の底から祈りを始めた。






そして運命の時・・・・・・・・・・




結果---------------------------------------------------------赤木リツコ




それを見たリツコの顔は青ざめ、一瞬にして硬直した。

「・・・・・・・・・・・・・あの、先輩?」



不安げに声をかけるマヤ。しかしリツコは硬直したまま微動だにしない。


発令所にいる全員が、一人残らず涙を堪えながらリツコを見上げた。



・・・・・・・・・・・わ・・・・・、私じゃないわよ・・・・・・・・・

消え入りそうな声がした。




その儚い抵抗にマヤと加持は思わず天井を仰いで涙を堪えた。

「先輩・・・・先輩なんです・・・・・・・・・」

「すまない、リッちゃん。葛城にも謝っておいてくれ。」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



押し潰されそうな沈黙。

そして、赤木博士の微かな呟きが第二発令所に霜のように降りかかる。

と、突然、

「私じゃないわよ〜〜〜〜〜!!」

突然リツコはファイルを撒き散らしながら暴れ出した。

「何を言ってるんですか先輩!委員会に赤木リツコって名前の人は先輩一人しか

いないじゃないですか!」

「マヤ!あなたね、MAGIに細工したでしょ!そうでしょ!白状なさい!!」

「せ、先輩・・・・・・・・・、首・・・・・、苦し・・・・・・・」

「リッちゃん、チョーク入ってる・・・・・・・」

加持は、マヤを締め上げるリツコを見ながら、ハンカチで目に溜まった涙を拭った。








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12.老いたる霊長類の人への讃歌

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コウゾウ:「ちょっと待て!!それは私の事か!?」
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リツコが現実逃避して暴れていると、唐突に、何の前触れもなく、加持の背後

の床が突然、競り上がってきた。



そこには予想通り顔の前で両手を組む碇司令と、直立する冬月副司令の姿があった。


「これは碇司令。何かあったんですか?」

加持は荒れ狂うリツコを全く無視しながらしゃあしゃあと言ってのける。

冬月は加持のセリフに少しムッとしながら答えた。

「何があったか聞きたいのはこっちの方だ。一体何の騒ぎだね、これは。」

この質問に加持はしばし考え込んだ。


この馬鹿げた事件を直接的表現で説明するのは余りにも危険だ。

下手をすれば今期の査定に引っ掛かりかねない。


「・・・・・まあ、何と言うか・・・大きな必然は人間を高め、小さな必然は人間を低く

する事を証明したと言った所でしょうか。」

「・・・・・なるほど、空はどこに行っても青いという事を知るために、世界中を回っ

て見せられそうになった、と、そう言う事かね・・・・・・」


二人はゲーテの名言を流用し、冬月は一見、意味不明に思え、それでもやはり

無意味な言葉から、当然、意味不明な言葉でこの場の状況を理解した事を表わした。


そこでゲンドウが口を開いた。

「赤木博士。」

「・・・・・・・・・はい。」

いつのまに正気を取り戻したのだろう、既にメインスクリーンにはリツコの名はなく、

マヤは泡を吹いて気を失っている。


「君が行きたまえ。」

(君ならば葛城三佐のカレーを避け、そして生きて帰ってくる事ができるだろう)

と言うつもりの、生きる事に不器用なゲンドウの言葉だった。


「そ、そんな・・・・・・・・・・・・・」

しかし、リツコにはそんな事はわからなかった。


だが、それが分かった上で、『あの人は可愛い人なんですよ』と笑って言える

ようにならないとゲンドウと結ばれる事はない。


「命令だ。何なら伊吹二尉を付けても構わない。・・・・・以上だ。」

(寝不足がひどいな、それなら念のため伊吹君も連れて行けば完璧だろう・・・)

と考えたゲンドウの心優しい配慮である。


しかし、やはりリツコには伝わらなかった。絶句するリツコ達を残し、二人を

乗せた指令塔は再び床の下に潜ってゆく。



「リッちゃん・・・・・・・・・・・・・・」

加持は心配そうにリツコに声をかける。




リツコは憂いと狂気を含んだ微笑を浮かべ、哀しそうに首を振った。

「大丈夫よ、加持くん。悪いとは思うけどマヤにも付き合ってもらうわ。

・・・証拠のテープはとってあるわね。」

リツコは、気を失って倒れたままのマヤを見下ろしながら加持に聞いた。



加持は肯いて、懐からテープレコーダーを取り出す。

先程の碇司令の言葉が録音されているはずだ。

「ああ、ばっちりだ。これがあればマヤちゃんも反対できまい。」

「マヤにはいつも苦労ばっかりかけているわ・・・・・・・」

「君の所為じゃないさ・・・・」




誰の所為かはここでは詳しくは問うまい・・・






そして、全ての役者は揃い、全ての事態の発端は葛城ミサトの家に始まる・・・・・





<つづく>


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