* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田






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13.モンキー・ハウスへようこそ

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ミサト:「なんなのよ?モンキーって?」
マヤ :「ここではモンキーでなければいけません」
リツコ:「して、そのこころは?」
マヤ :「もっとも面白い見世物にして最高の実験動物・・・」
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ゴクリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・




誰かが唾を飲み込む音がいやに大きく聞こえた。



キッチンからはミサトのご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。



机の上には、リツコに睨まれたおかげでカレーの手伝いができなかったヒカリが、

せめて口直しのためにと作ったサラダが飾られている。


しかし、あれは化学兵器と言った方が良い、とリツコをしてそう言わしめる物に対して

どれほどの効果があるのか非常に疑わしい。



ブラボーこと別所ナツミは異様なまでの緊張感が漂う食卓に腰を下ろし、

正面に座っているシンジを見ていた。

シンジの色白の肌はここに来て青を通り越し、紫色にまで変色しているように見えた。


シンジの隣に座る綾波レイもまた、その真紅の瞳の中にめったに見せた事のない

恐怖の色をちらつかせていた。




何故、私はここにいるの?




尽きせぬ疑問。



恐らく、この世界に生み出された瞬間から幾度も繰り返し自問してきた疑問。

そして、今回もその疑問に答えは見出せないだろう。



碇シンジという少年と惣流アスカという少女に誘われてやってきた。

しかしそれが一体何を意味しているのかを知ったのはつい先程。


もしかしてシンジは自分を殺そうとしているのではないか?



そんな突飛な考えまで浮んできた。


自分は必要とされない、捨て駒なのだろうか・・・



しかし、顔を真っ青にして小刻みに震えているシンジを見て、綾波レイは一つの

結論を出した。


(わたしが守る・・・・・・・・・)



綾波レイがその決意を固めた時、ついに運命の時が来た。






キッチンからミサトの声が聞こえてきた。


「シンジく〜ん、アスカ〜、できたから持ってくの手伝ってくれる〜。」


その音は大気を震わし彼らの外耳に達した。

そして彼らの内耳の中で幾十にも反響し、響き合い、鼓膜を震わし、微弱な電気

信号として脳に達し、頭蓋の中を蹂躪しながら消えていった。


二人は返事をせずに夢遊病者のような足取りでキッチンに向かった。


「あたしもお手伝いします。」

「あ、あたしも・・・・・・」


ヒカリとブラボーナツミの二人も席を立った。

ヒカリはついでに鈴原の耳を引っ張って無理矢理キッチンまで連れて行った。

無言でレイも続く。


後にはケンスケとリツコ、マヤの3人が残された。





どういう事ですか?


誰もいなくなったところでケンスケが語気荒く二人に問いかけた。


「そんなにまでして賭けを成立させたいんですか?」

咎めるような視線に耐え切れず、マヤは目を伏せた。

しかし、リツコはケンスケの視線を正面から受け止めた。


「あなたは知らないでしょうけど、これには様々なところが絡んでいるの。」

「大人の世界って奴ですか。」

ケンスケは吐き捨てるようにいった。

「なんで別所まで来てるんですか?これもNERVの仕組んだ事なんですか?」

「彼女がここに来る事になったのはあくまでも偶然よ。確かに私達はその偶然を

利用させてもらいもしたけどね。」

「場は荒れた方が面白いからですか?」

「いいえ。場が荒れた方が儲かるからよ・・・・・・・・・」


そして、シンジ達の手伝い組がカレーの匂いのする物を持って来た。

「じゃ〜ん!なんと今日のカレーには最高級の黒毛和牛を使ってるのよん。

みんな心して味わいなさねぇ〜」

ミサトは自慢げに言った。


本当のところ、中に入っているという黒毛和牛は忍耐する愛の人、日向マコトの

土産物なのだがそんなことをここにいる者達が知っている筈もなく、ただあまりの

勿体なさに涙するだけだった。






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14.混沌の夜更け

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シンジ:「混沌、わけのわからないもの、物事の区別が判然としない状態」
アスカ:「渾沌、天地開闢の初め、天地がまだ別れてなかった状態」
レイ :「カオス、不規則な決定的運動を表わす言葉。長期予報の不可能性。」 
シンジ:「綾波って難しい事知ってるね」
アスカ:「な、なによ!難しい言葉並べれば良いってもんじゃないのよ!」
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ヒカリ、レイ、ナツミが手際良く釜敷きや皿を並べ、トウジがブツブツ愚痴りながらも

西洋皿にご飯をよそう。

シンジはカレーをかけるという大役を申し付かっている。

そしてアスカは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「な、ちょっと惣流、お前そんなもん持ち出してなにしよるつもりや!」

「決まってんじゃない!!飲むのよ!!」


アスカは冷蔵庫から大量のビールを持ち出してきた。

それを各人あたり二本ずつ置いて回る。


「おー、アスカも結構わかってきたじゃな〜い。」

歓声を上げたのは他でもない、全ての悪夢の元凶である葛城ミサトその人だった。



「何が、わかってきた、よ。酒でも飲まないとやってられないからでしょ。」

「ちょっとリツコ。突然押しかけてきた人にそんな事言われたくないわねぇ〜。」

(どこの物好きがすき好んでこんな時にこんな所へ押しかけて来るってのよ・・・・)

「何か言った?」

「別に・・・」

そこで一体何を思ったのか、マヤが突然立ち上がった。


「そうですよね。突然押しかけたりしたらやっぱり邪魔ですよね。じゃあ、そう

いう事で私は先に帰らしといてもらっても良いですね。じゃあそういう事-----」




『で?』




問いかけるリツコの目、非難するシンジの目、既に酒を飲んで逝ってしまった

アスカの目、恨みがましいケンスケとトウジの目、涙を浮かべたブラボーナツミの目、

何を考えているかわからないレイの目・・・・・・・・・・・・


その中にマヤの言葉を歓迎している視線は一つもなかった。

普通の状況ならばマヤは嬉しかったかもしれない。


「い、いえ別に・・・・・・・・・・」

そう答えたマヤの声には泣きが入っていた。



「まあ、いいじゃない。食事は大勢の方が美味しいんだし。」

そう言って、諸悪の根元はフォローのつもりで口を挟んだ。




マヤは早々に逃走計画が挫折し、涙を流しながら席に戻った。


「ま、それじゃとりあえず。乾杯と行きますか。」

ミサトは喜声をあげる。

「なにによ・・・・・」

「なによリツコ、さっきからずいぶん突っかかるじゃない。」

「別に・・・・」

ミサトはリツコに、あんたは反抗期のガキか、と言おうとして止めた。

目が恐かった。


「まあ、とにかく、ミサトさんもリツコさんも大人しくあきらめ・・・じゃない、楽しみましょうよ、ね。」

そう言って、場を和やかにするようにつとめたは健気な微少年碇シンジだった。



先程までの絶望に打ちひしがれていた姿はカケラも無い。

いたって普通のシンジに戻っている。

が、恐るべき事に、彼の前には早くもビールの空缶が十本近く転がっていた。

しかし、飲んでも赤くならない体質なのか顔色はいつものシンジと大差はなかった。



「そうよぅ、ミサト。今日はもうドバァーっと行くわよ!!」

もちろんの事、当然アスカも酔っていた。

そして、なぜかアスカはミサトのようになっていた。

そして彼女の血は1/4ドイツ人。当然赤くなったりはしない。



我が身を捨てて開き直った二人を見つめる少年少女達。

彼らもまた美味しくもないビールを一気にあける。



彼らを見たミサトは、保護者としての自覚も忘れたのか、はたまたそんなもの

を持った試しが無いのか、手を叩いて大いに喜んだ。



当然リツコも飲む。マヤも飲む。

二人ともここまで車で来た事を忘れている。

いや、恐らくそんな事などミサトカレーを前にした恐怖に比べれば取るに足ら

ない些細な事なのだろう。





そして数分後・・・・・・・・・・・・・

事態は渾然として把握するのが難しい。



「碇君。これ、苦い。」

「良いんだよ綾波。この苦さが僕達の生きている証なんだから。」

「ちょっとシンジ!なにファーストばかり構ってんのよ!」

「お、また惣流の理不尽な嫉妬が始まったか。」

「相田、そんなに死にたいの・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ・・・・・・・・滅相も無い・・・・」



「センパーイ。これ、いくら飲んでも酔えませんよぅ・・・・・シクシク

「・・・マヤ、あなた充分酔ってるわ・・・・・・・・・・・・」



「あ、あの碇君・・・・・・・」

「ん、なに別所さん?」

「今日はほんとに呼んでくれて・・・あたし・・・・・あたし・・・・・ウウッ

「ちょっとシンジ!!なに女の子泣かしてんのよ!!」

「し、知らない!僕は知らない!!」



「ちょっとみんな未成年でしょ!!そんなもの飲んで良いと思ってるの!? 」

既にビールの空缶が大量に散乱する部屋の中で、その言葉は遅きに失している。

「なんやイインチョ。さっきからサラダばっかやないか。ほれ飲め!」

「や!ちょっと鈴原!やめムグ・・・・・ングング・・・・・・・・・・・・・・・・か、間接キス・・・




彼らの狂態をいくら示しても話は終わらない。

それに、彼らは一つの事から逃避している事は明らかだった・・・・


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15.流れよ我が涙、と科学者は言った

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ミサト:「あら、これリツコの事みたいよ」
リツコ:「関係ないわ・・・・・・・・・」
ミサト:「あんたまだ不機嫌なの?」
リツコ:「あなたには判らないわよ・・・あたしの気持ちなんて・・・ウウウ・・・
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「カレー食べないの?結構美味しいできよ。早く食べないと冷めちゃわよ。」




ミサトの声が、その異様な緊張感のせいでやけくそな盛り上がりを見せようとしていた

食卓に響き渡った。




場が再び硬直する。




皆が今まで深層意識からの命令で、無意識のうちに視線を向けようともしなか

った物体に、彼らは持ち得る限りの意志の力を振り絞って目を向ける。







赤い







これはミートソースかと言うくらい、ただひたすらに、力一杯それは赤かった。





「なんれす・・・・・これ?」




シンジはそれを恐る恐るつつきながらミサトに問いかけた。

しかも、あまり呂律が回っていなかった。




「ん?カレーだけど。」

ミサトはさも当然と言った口調で答えた。

しかも、さっきから旨そうに口に放り込んでいる。





「何でこんなに赤いのよ・・・・・・・・・・」

アスカの酔いは覚めてしまったようだ。




「あ〜、それね。カレーの味を調えるのにはケチャップを使うって、本に書いて

あったからさ。まあ、ちょっち入れすぎかなぁ、とは思うけど。」

ミサトは大いに笑いながら答えた。




「そういう問題じゃないわね。」

リツコはスプーンで具を掻き分けながら呟いた。

「なによ、リツコ。」

「これはなに?」

そういってミサトの目の前に白い具の乗ったスプーンを差し出す。

ジャガイモ、という質感ではない。

「それ、ニンニク。」



思わず全員が、うっ、と引いた。



「何でニンニクが原形を留めてるのよ!それもこんな馬鹿でかく!」

「だって、それもカレーにはつき物じゃない?」

「ミ、ミサト・・・・あなたって人は・・・・・・・・・・・・・・・」

リツコはうつむく。固く握られた拳は小刻みに震えていた。



「そ、そうだ。ミサトさん。この黒いポツポツは一体何ですか?」

そういって場の修繕を図ろうと、健気な努力をするのはブラボーナツミ。

彼女はどうやらあまり酒を飲んでいないようだ。

「あ、それ。コーヒーよ。」



ブーッ!!!

「やー!ちょっと鈴原、汚いわよ!!」



「な、何でコーヒーが・・・、それもこんな・・・・・・・・・・・」

「カレーにコクを出させるためには濃いコーヒーを入れるって聞いたからさ。まあ、思い出したのは

八割方でき上がったところだったから、しょうがないインスタント・コーヒーなら煮込んでるうちにとけるだろうって。

あまり上手く溶けなかったみたいだけど、それほど気にならないわよ。ヒャハハハ」

『ハハハ・・・・・・・・』





ミサトは笑う。

リツコもナツミもトウジもケンスケもブラボーナツミも乾いた声で笑う。





涙を流すのは心の中だけで十分だ。

そう自分に言い聞かせて・・・・・・・・・・・・






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16.フライデイ

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アスカ:「金曜日?」
シンジ:「いや、これは『ぶっ飛ぶ日』で読んだ方がいいね」
アスカ:「なるほど、ここでの解説って、タイトルの解説の事だったのね」
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「碇君、どうしたの?」

レイの声がした。

しかし酒の飲みすぎで頭がフラフラしている。まともに返答できなかった




「ん〜〜〜〜・・・・・」




トテッ・・・・・・・・・・・・・・・

シンジは良く分らない声を絞り出すとレイの肩に倒れ込んで、寝てしまった。



固まるみんな。




「ヒュ〜!やる〜シンちゃん!。」

その一瞬後に事態を把握したミサトはレイの肩に寄り掛かり、ムニムニと気持ち良さそうに眠るシンジに、

歓声を上げた。




「な、な、な、なに寝てんのよ!!シンジっ!起きなさい!!」

そう言ってアスカはシンジの胸座を掴もうとした。



が・・・・・・・・


突然、シンジを守るようにして八角形の結界が展開された。

「エ、ATフィールド!?」

誰かが叫んだ。



「だめだわ、これがある限り碇君には接触できない・・・・・・・」

突然、ブラボーことナツミは目を鋭く光らせて言った。




彼女達は今までの数多くのレイとの対戦でこのATフィールドを確認していた。



最初にこれを確認したのはミサトカレーの影響で入院中のシンジを団体で見舞いに

行こうとした時。そこで彼女達は、昏々と眠り続けるシンジの傍について離れない

レイを撤去しようとSILFの各局の戦闘部隊が合同で討伐作戦を展開したのだが、

ATフィールドの前に為すすべなく、手詰まりになったところをNERV保安部に介入され、

泣く泣く催涙ガスと火炎ビンを撒いて逃走してきたのだ。

その際、病院が火災で半焼し、危うくシンジが焼け死にそうになったのだが、

SILFの巧妙な情報操作で真相はいまだに謎のままになっている。



それ以来、この鉄壁のATフィールドを破り、そして愛する碇シンジにより近づく為に

別名『黒魔術研究会』とも呼ばれる綾波レイ対策委員会を設け、藁人形を始めとする、

呪術系を中心とした統括的な黒魔術研究を行うようになった。また、数ヶ月後に起きた

渚カヲルの復活事件は、一説には綾波レイに対抗する為に彼女達が反魂の術で復活さ

せたのだとも言われている。




「ATフィールド・・・・・・・・・・・そうか!!」

ケンスケはそれを見て、ハッと気付くと、レイのATフィールドを素早くカメラに収めた。



碇君は私が守るもの・・・・





一見した所、至極冷静そうなレイのセリフに、アスカは切れた。


あんたバカぁ!今シンジに逃げられたらあたし達でカレーを食べなくっちゃ

いけないのよ!!命がかかってるのよっ!!」


レイの紅い瞳が、スッと細くなった。


「あなたは他の人にカレー食べてもらいたくて、ビールを配ったの?」

そうよっ!! 文句ある!!


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


アスカの素早い開き直りに、さすがのレイも言葉に詰まる。

早くそのバカ起こしなさい!!下手すりゃあたし達がこれを

食べなくちゃいけなくなるのよ!!」


しかし、レイは文字通りシンジを守るように両手で抱きしめた。


「駄目よ、碇君は私が守るもの。」

「だったらあんたが最初にこのカレー食べなさいっ!!」

いや。」

一瞬の躊躇もなく力一杯即答する。

「あんた・・・・・・・・酔ってるわね。」

「いいえ。酔ってなんかいないわ。」

どこがよっ!

「私が守るもの・・・・・」

めちゃめちゃ酔ってるじゃないっ!この馬鹿ファーストっ!!




「やめてっ!!!」




突然、委員長の甲高い叫びが部屋中に響いた。

今にもちゃぶ台返しを披露せんとしていたアスカは、ヒカリを振り返った。


「ヒカリ・・・・・・・・」

アスカが、ヒカリの声に頑なな意志を感じ取り、ぽつりと呟いた。





「私が最初に食べるわ・・・・・・」






繰り返して言おう。洞木ヒカリはミサトカレーの真の恐ろしさを知らない。







<つづく>


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