* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田






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17.人間の手がまだ触れない

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シンジ:「本当なら人の手に触れてはいけない領域の物なんだ」
ヒカリ:「あたしって、けっこう勇気のある女の子だったのね・・・」
カヲル:「君の心は鋼のように強靭だね。驚異に値するよ。」
ヒカリ:「・・・・・・・・・あなた誰?出番ないのに」
カヲル:「君はヒカリ!?・・・・そうか、そういう事か、リリン」
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「止めろ!イインチョ!」

「そうよヒカリ!!考え直しなさい!!」

親友や恋人候補が口を大にして無謀な考えを止めようとするが、ヒカリは聞かなかった。



「では・・・・食べます。」

その言葉に皆は思わず生唾を飲み込んだ。


何度も言うようだが彼女はこのカレーの凄まじさを知らなかった。

もし知っていたら、そして、これから自分の身に降りかかる事を知っていたなら、

彼女は泣いて懇願するはずだ、私が間違っていたと・・・・・・




「なんか、えらい言われようだわねぇ〜」

ミサトは彼らのやり取りを見て傷ついたように呟いたが誰も聞いていない。


ヒカリはスプーンにカレーをすくいとり、口に含む。

しばらく噛むのを躊躇っていたがいつまでもその状態ではいられないと

勇気をふりしぼって噛み始める。



味が少しずつ口の中に広がってきた。



ケチャップの味



・・・・・・・・・・・・・・まずい、しかし食べられないほどではない。


飲み込む。



皆が固唾を飲んで見守る中、

喉を通る異物の感触。

そして胃に収まる。

それはトウジ達が脅していたように胃の中でタンゴを踊ったりはしなかった。


やはりただの料理下手の人だった。


ヒカリは皆を安心させる為にそう言おうとして微笑んだ。


そしてスゥっと意識が遠くなり、笑顔を浮かべたままひっくり返った。



「ヒカリ!!」

「イインチョ!! 大丈夫か! しっかりせぇ!!」

トウジとアスカがひっくり返ったヒカリを抱きかかえる。

「伊吹はん!救急車お願いします!」

トウジが叫び、マヤはそれに答えて即座に肯く。


「あなた達!彼女を横にして。そっとよ!頭を固定して動かさないように。」

リツコはそう言うとヒカリのそばに駆けつけ、白衣のポケットからペンライト

を取り出してヒカリの目を剥き、瞳孔に明かりを当てる。




彼らは、献身的、かつ機能的、その上自主的に素早く動いていた。


そう・・・・・

ここが正念場なのだ。

この状況をうまく利用しなければミサトカレーから逃れる事はできないのだ。





・・・・・・・・・・・が、恐るべしミサトカレー、事態はそれほど容易ではなかった。



「ミサトさん!電話借ります!」

マヤはそう言って、家の電話機まで走ろうとする。


しかし、ヒカリの側を駆け抜けようとした時、突然足を誰かに捕まれた。


危うくその場に倒れ込みそうになり、文句を言おうと振り向いた時、驚いた事に

そこにいたのは横になったまま焦点の合わない目で自分を見つめるヒカリの姿。

そしてそれを信じられない面持ちで眺めるアスカ達を見た。





マヤの足を掴んでいるのはヒカリの腕だった。






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18.異せ(か)い の 客

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マヤ :「うう、なんて嫌なタイトルなの・・・(;_;)」
リツコ :「ほら、言った通りじゃない」
ヒカリ':「サクラちゃん」
マヤ :「わたしはマヤよぉ!!!」
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「な・・・・・・・・・、洞木さん・・・・・・・・」

マヤはかつてないほど驚愕しながらも尋ねずにはいられない。

「だ、大丈夫なの?」


ヒカリはノソノソとその場で膝を抱えて体育座りをする。


「あの、大丈夫?」

相変わらず目の焦点の定まらないヒカリに心配したマヤはもう一度声をかける。

ヒカリはボーっとした顔のまま、顔をマヤに向け、衝撃の言葉を発した。


「大丈夫だヨ、サクラちゃん。」


ヒカリは無感情、と言うよりも、やる気とか熱意とかファイトいうものとは完全に

無縁の、ボーっとして平坦な口調で答えた。


「さ、サクラ? 本当に大丈夫? お腹痛いとか、頭痛いとかない?」

マヤは目に?マークを浮かべながらも聞き返す。

「うん、平気だヨ。サクラちゃんハ?」

「いや、あたしは平気だけど・・・・・・・・・・・正気?」

人格の変ったヒカリは小さく笑う。

「・・・・・・マジだぜ。」

「や〜!!せんぱ〜い!この子、変です!」

そう言って泣きながらリツコにすがりつく。

視界の片隅に保安諜報部の黒服の姿が見えたような気がしたが気にしない。


当のリツコはというと予想外の展開を科学的に証明しようと、遠い目をしてブツブツと

なにかを呟いていた。

しかし、マヤの叫びを聞いて現実に引き戻されるとマヤをたしなめた。


「マヤ!喋り方で人間を判断しちゃいけないわよ。」




倫理的にも人道的にも道徳的にも社会的にも至極正論ではあった。




せんぱーい!!そういう問題じゃないですぅ!!」

「黙りなさい、マヤ。いい事、この事象を証明する仮説はいくつか立てられるわ。

平行宇宙からほんの少し違うけど大体同じ洞木ヒカリか、またはそれに限りなく

近い人物と、ミサトのカレーの影響で、言うなれば『魂』の交換があったと考える事。

他にも過去、あるいは未来の同じ条件の人物から魂の交換があったと考えるられるわ。

いい事、マヤ。この二つの仮説のどちらが正しいとしても魂と呼ばれる個人に固有の

波長を持った『なにか』が存在する事が証明されるのよ。」



「単なる過度の肉体的又は精神的ストレスによる精神異常とは考えないんですか?」



背後から瞳孔の開ききって焦点の合わない視線がこちらを向いているのをヒシヒシと

肌で感じながらも、つい、いつもの癖でマヤは反論してしまった。


「考えないわ。」

「どうしてです?」

つまらないからよ。そうね、平行宇宙にしろ過去にしろ、

特定の一人の人物の魂が彼女の魂に共感したのか、なぜ複数ではなかったのか、

ハッ!こちらから何かの呼び水があったとしたら?もし、いまこの場に向こうの

誰かと魂の波長の合った人物がいて、その人が向こうのヒカリさんと極めて親しい仲

だったとしたら?そうね、そう考えれば特定の一人が彼女に入り込んだ理由になるわ。」


「あの・・・・・・・先輩?」

マヤは何となく身の危険を感じながら、恐る恐るリツコに声をかけた。


「ねぇ、マヤ。あなた、ヒカリさんになつかれてるわね。」

「なつかれてるだなんて、そんな・・・・・・・・・・」


リツコは危険な笑いを浮かべて、カレーをマヤの前に差し出した。


美味しそうだと思わない?


せんぱ〜い!!!!!!

マヤは泣き叫び、ゴキブリのように素早い動きでカレーから身を離した。

「冗談よ。」

リツコはしれっとした顔で言う。先程の危ない表情はない。

ジョ?」

壁に張り付きながら、内臓が裏返ったような声で聞き返す。

「本気ではないという意味だそうよ。」

そう言いながら、リツコはカレーを食卓に戻した。


「今はまだ貴重な助手を失うわけにはいかないわ。」


その言葉は安心のあまり気が遠くなっているマヤの耳には届かなかった。

たぶん、それは幸せな事なのだろう。





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19.出撃!!独立科学特捜隊

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ミサト:「これはまた、ずいぶんベタな題名だこと」
アスカ:「セリフのない奴等の章なんてあるだけマシってもんよ」
リツコ:「わたしが直々に調教したエリート集団なのに・・・・・・」
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リツコは白衣に収まっている携帯を取り出した。



「・・・・あ、こちら赤木リツコ。・・・・・ええ・・・ええ、そう、科学特捜班を葛城一佐の家に

よこしてちょうだい。対化学兵器甲一種装備で・・・そう、含鉛対塵完全気密防護服。

・・・・液体窒素の凍結保管容器、完全保温容器も。大至急よ。」


電話を懐に入れると、リツコは異様な雰囲気の溢れる部屋の中で静かに腕時計

を見つめながら特捜班の到着を待つ。


そして玄関の開く音がした。

「17秒フラット・・・まあまあね。」


お邪魔しま〜す、失礼しま〜す、などの声をかけながら、過去にミサトがJA暴走の際に

着ていた気密服を身にまとった集団が部屋の中にドヤドヤと踏み込んできた。




「な、なんなのよ、一体・・・・・・・・」


リツコは呆然と呟いたミサトを無視し、テキパキと特捜班の諸氏に命令を飛ばす。


「あなたとあなたはキッチンへ行ってカレーの原材料を収集、無ければごみ箱を

漁ってでも見つけなさい。あなたとあなたは鍋に残ったカレーを具ごとに分類して

凍結容器と保温容器の二つに保存。あなたは空気のサンプルを集めてちょうだい。

ちゃんとキッチンと食堂を別にして収集するのよ。みんな細心の注意を払ってね。

何か質問は・・・・・なければ作業はじめ!30秒よ!」



そしてリツコが腕時計を見ながら、作業を監督するかたわら、特捜班の面々は

見るからに動きずらそうな防護服を着ながら一切無駄のない動きで作業を進める。


作業が終了したのは、はじめ、の合図からわずかに27秒後。




「じゃあ、研究所に持ち帰ったらサンプルはバイオセーフティ・レベル4の区画に

保管しといて、私が帰ったら分析を始めるわ。」


そして彼らは、お疲れ様でした〜、などなどの言葉を発しながら帰っていった。





「な、何なのよ!一体!」

ミサトが怒鳴るのもむべなるかな。

「あたしの料理にずいぶんな扱いじゃない!」

「あら、最高級の扱いをしたつもりだったけど。」

「意味が違うわよっ!!」

「あらそう。あたしには良く違いが分らないわ。」

澄ました顔で言って退けるリツコを見るうち、ミサトは絡む気がなくなった。

「まあ、いいわ。とっとと食いなさい。」




そして彼らは地獄からまだ抜け出してない事を思い出した。



そして、同時にライスの回収をさせていない事にも気が付いた。





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20.そして誰もいなくなった

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マヤ :「本当に居なくなるわけじゃないんですけどね」
リツコ:「・・・・・・・・卑怯者・・・・・・・・・・・・・」
マヤ :「・・・先輩?」
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リツコは、自分の致命的な間違いを犯した事を悟った。




ヒカリが倒れた事をきっかけにマヤが救急車を呼び、心配だからとアスカ、トウジ、

マヤが同伴。リツコはカレーのサンプルを持ってNERVに戻り解毒剤の調合。

シンジは寝たままなのでケンスケとレイがシンジを寝室へ運び込んで、そのまま帰宅。

ミサトと二人っきりになったブラボーナツミは何のかのと理由を付けて後片付けを速攻で

済ませ、めでたく全員無事脱出という万全の計画が水の泡になってしまった。




リツコは残った手段を考え、悪魔の頭脳をフル稼動させる。



しかし、うまい手が見つからないまま、ただ淡々と時間が過ぎていった。



その場にいるミサト以外の人間は鋭い視線を飛ばし合い、お互いを牽制し合う。

誰がカレーを食べるか、と言う命をかけた大事な決定であるだけに、自分以外が、

と言う気合のこもった視線が、肉眼で捕らえられるほど激しく室内に迸った。



『誰がこれを食べるか・・・・・・・・』



視線だけの激烈で熾烈で凄絶で壮絶な心理戦が繰り広げられる。

やがてその緊張感は静電気のように人の肌にピリピリと感じられるまでになった。


そして、さらに時間が過ぎ、その緊張が頂点に達した時、



「出かけてきます。」


そう言って、突然ヒカリがおぼろな視線のまま立ち上がった。

その場にいた全員が驚いて見守る中、ヒカリは流れるような足取りで玄関まで

ゆっくりと歩いてゆく。


「ちょ、ちょっと待って洞木さん!どこへ行くの!」

そういってマヤが立ち上がる。

ヒカリは足を止め、ユラリと振り返る。

「お友達、あつめに・・・・・・・・」

「・・・・・・・・ちょ、ちょっと待って!!」

再び歩き出したヒカリをマヤが追いかけた。


リツコ達は唖然としたまま、何が起きたのか理解できずにただ見送った。


そして玄関の扉の閉まる音が聞こえた時、皆はやっと気がついた。




「に、逃げたわね、マヤ・・・・・・・・・・・・・・・」




あまりに鮮やかで素早い逃走劇に、リツコは呆然としたまま呟いた。




残った者はあと6人。

すなわち、リツコ、アスカ、レイ、トウジ、ブラボーナツミ。

シンジはまだ寝ている。



そう考えて誰か足りない事に気がついた。

「・・・・・・・・相田君は?」

リツコに問われて、トウジは慌ててあたりを見回した。

「おらへん、いつのまに・・・・・・・・」

「相田君ならさっきNERVの黒服が来て連れてったわよ。」

面白そうに彼らを見ながらエビチュを啜るミサトの、のーてんきな声が響いた。

「NERVって、どうしてです?」

「ん〜、なんかレイのATフィールドをカメラに収めたのが、保安条例の何条に

抵触しているとかで、碇司令の直接命令で捕まえに来たそうよ。」

「・・・・・・・・・・・・・ケ、ケンスケ、おまえもか・・・・・」




おそるべし相田ケンスケ。




NERV保安諜報部の世界最高レベルの隠密行動能力を利用してこの場からの

脱出を図り、誰にも気付かれずに見事に作戦を成功させた。


素晴らしいインサイドワーク。

己の目的のために国連特務機関NERVですら利用する相田ケンスケ。

そしてなにより、その存在感の薄さ。

彼は将来一流のスパイになれる素質を持っている。



残った者はあと5人。

全員無事にここから脱出する手はない。


となれば残った者が取るべき手段は一つ。



自分以外の誰かにカレーを食べさせる事。



それが唯一の助かる道・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、少なくともその時はそのはずだった。






<つづく>


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