* 愛と爆炎の聖誕祭 *

吉田






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              23.我が命に従えNERV職員            
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    メガネ:「なんだか司令の傲慢さがひしひしと伝わってくるよな」
    ロンゲ:「いや、同意を求められても困るんだけどね。」
    ―――――――――――――――――――――――――――――――


  NERV本部、第二発令所。


  加持をはじめとするオペレーター連中は葛城家に設置された隠しカメラから、
その事の次第を一部始終を観察していた。


  加持はシンジがナツミの唇を奪ったのを見て軽く口笛を吹く。

「やるじゃないかシンジ君。さすが俺の弟子だけある。」


  しかし、加持よりは比較的良心的なオペレーターズは心中穏やかではなかった。

「大丈夫ですか?連中が黙っちゃいないんじゃ・・・」
「う〜ん、それもそうだな。」

  加持が腕を組んで事態の打開策を考えていると、オペレーター席の受話器から
コール音がした。


  長髪の男性オペレーターが受話器を取り耳に当て、途端に顔色が変った。
「・・・・・・なんですって!?・・・・はい・・・・はい・・・数は?・・・了解しました。そちらの
方はよろしくお願いします。では」

「なんだって?」
  加持は少し真面目な顔をして尋ねる。
「保安部からの連絡です。碇シンジ公平分割機構がジオフロント内で暴動を起こしました。
今は保安部の警備課が総出で食い止めていますが、なにせ人手が―――」
「彼らの目的は一体何だ?」
「シンジ君の唇を奪った別所ナツミの抹殺だそうです。」


  予想されうる最悪の事態の発生に発令所内は沈黙する。


「まずいな。早すぎる・・・・・・・」

「ほんとにそうですね。特にNERVにとっては。」
  背後から女の声がした。

  瞬間、抜く手も見せず、一瞬後に加持リョウジは懐の拳銃を背後の女に突き付けていた。


「どちら様でしょうか?」
  セリフはどこかとぼけていたが、加持らしくもない真剣な表情で女に尋ねた。
「まあ、凄い。0.2秒くらいですね。うちのところの情報局長と同レベルですよ。」

  のんびりとした口調で驚いた女の言葉に、加持はあらためて女の姿を見た。



「・・・中学生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だよな?」



  加持は首を回し、展開に付いて行けずに固まっているオペレーターズに聞くとは無しに聞いた。


  セリフどおり、誰にも気付かれずにいつのまにか加持の背後に忍び寄っていたその女は
スーツを着せてキリっとした顔を指せれば30代のキャリアウーマン、コロコロと笑わせ
れば10代後半と言っても通じる顔だった。

  茶髪の長髪、加持と同じくらいの長身で、まるでジルサンダーのファッション・ショーから
抜け出してきたような美女には違いなかったが、女性の年齢を一瞬で判別できるという目と鼻と
両手を持った加持ですらその女性の正しい年齢を判別できなかった。

  ただ、壱中の制服を着ていたから、中学生、という連想が成った。


  しかしながら印象では危ないビデオに登場する女性のようだった。




「まあ、加持さん。女性の年齢は詮索するもんじゃないですよ。」


  そう言って第三新東京私立第壱中学校の制服を着た(恐らく)少女はコロコロと笑った。


「あ、これは失礼を。ところで最初の質問だけど、良かったら答えてくれるかな。」


  加持は素早く自分を取り戻し立ち直ると、いつものようにニヒルな笑みを浮かべて言った。
  しかし、壱中の制服を着た(多分)少女は困ったように笑って答えた。

「申し出は嬉しいんですが、拳銃を突き付けてるって事は、もしかして強制なんですか?」

  そう言われて加持は拳銃を構えたまま話を進めていた事にやっと気付いた。
  本人は落ち着きを取り戻したつもりだったらしいが、二重三重に重なった衝撃の事実に
予想以上に動揺していたらしい。


  しかし、そこで銃を下ろすほど動揺している訳でもなかった。
「強制なんてとんでもない。俺としては二人っきりは次の機会に回しても構わないよ。」



「ではそうします。では改めて、私はSILF外務局局長のシエラを名乗っています。
碇シンジ君のお父様はいらっしゃいますか?」

「へぇ、結婚の申し込みにでも?」

  加持としては濃縮還元100%の冗談で言ったつもりだったが、意外にも彼女は加持が
心の片隅で期待していた通りの反応を示した。


  外務局長のシエラと名乗る(確率的に)少女は突然夢見るような瞳になると指を胸の
前で絡めて乙女チックなポーズで第二発令所の天井を見上げて呟いた。


「そうだったらとてもいいのに・・・・・・・・・・・」


(ああ、外務局長、お前もか・・・)
  加持はシンジがちょっと羨ましくなった。




  そこへタイミング良く、最上段の階の床が競り上がってくる。
  ゲンドウと冬月のコンビが登場した。


  冬月は発令所を見下ろし、壱中の制服を着た人影を見つけると加持に説明を求めた。
「今、保安部から連絡を受けたところだ。一体何があったんだ?」

  加持は銃を構えたまま司令達を見上げて出来るだけ真面目に答えた。
「葛城の家にいるシンジ君が対象BにアクションKを実行。それを恐らく監視SHで
知った団体RがアクションB+をおこし、対象Bに対してアクションZを実行しようと
ポイントMに向か追うとジオフロント内を進攻中ですが、現在、保安部が非常線を張っ
て何とか押え込んでいる最中です。しかしながら人手不足の上、団体Rにはその道の
プロが多数加入しています。非常線を突破されるのは時間の問題かと・・・・」


「それはもう聞いた。」
  苛立たしげに冬月は加持の言葉を遮った。


「そこの女性は誰かと聞いている。」

「あー・・・・・、侵入者です。」

  少し躊躇ったあと、加持は端的に言い表した。


  シエラは身体ごと振り返ると、頭上から自分を見下ろす二対の視線に微笑んだ。
「はじめまして。冬月副司令と碇司令ですね。私はSILFの外務局長、シエラです。
碇君は父親似なんですね。」

  その言葉に冬月は一瞬ゲンドウを見、何の反応もないのを確認してから言葉を繋いだ。


「君があのSILFの外務局長か。こんな所までいったい何のようかな。」

「あの、副司令。こちらをご存知で?」
  加持は、意外、という表情を隠そうともせずに尋ねた。


「まあな。君が知らないとは驚きだ。」
  冬月は嬉しそうに澄まし顔で言った後、シエラに向き直り、答えを促した。        
彼女は真面目な顔で話し始めた。 「私がここに来たのは今回の事件で司令の御子息が危機に晒されると考えたからです。」 「では碇の息子が危ないと、わざわざ伝えに来てくれた訳かね。」 シエラは小さく首を振った。 「いえ、それだけではありません。司令の御子息とNERVを危険から守る為に、SI LFの人間としてNERVと協定を結べないかと思ってきました。」 「ほう、いくら規模が大きいとはいえ、民間の私設団体が国連直属の特務機関とかね?」 「いくら規模が大きい国連直属の特務機関とはいえ、NERVが原因で暴動がおきては 問題が大きすぎるような気がします。」 「さあ?NERVが原因の暴動とはどういう事かな?」 とぼけた冬月にシエラは鈴の音のような上品な笑い声を上げた。 「御冗談でしょう。意図せずに、とはいえNERVが事件の引き金になった事くらい は周知です。」 その時、ロンゲのコンソールから呼び出し音が鳴り、やはり展開について行けずに 呆然としていたロンゲは慌てて受話器を取った。 しかし、交渉中の二人はそれを無視して話を進めていた。 「なるほど、だがとくに協力は必要ない。悪いがね。」 「それでしたらそれでも結構ですが、もしかしたらお気付きでないかも知れないので 言っておきます。もしも、暴動はここだけの話などと思っていらっしゃるのでしたら 大間違いです。なぜなら――――」
「司令!!」 突然ロンゲの叫びが二人の会話に割り込んだ。 「第3新東京市の全域で民間人が小規模な集会を開き始めました!武装した グループも有り!全て無届けです!」 その報告に発令所は浮き足立った。 冬月たちが慌ただしく事態の報告と対処を命令している時、シエラの言葉の続きが 耳に入った。 「なぜなら、NERVの暴動の切っ掛けは碇シンジの行動によるものなのですから・・・・」
シンジ達の住むマンション。 そしてシンジ達の住む部屋のちょうど真上の階の部屋では少女達の一団がいた。 その中で情報局長チャーリーが金属バットを片手に、声を張り上げて命令を下す。 「通信班、各局長を緊急招集して。ブラボーはそこで正式に査問に付します。それまで総員、 非常警戒体制を取るように伝達。それと敵対組織が何らかの動きがないか大至急確認。公安 局とアクションサービスに内外の暴走因子からブラボーの身柄の確保、及び護衛をするよう に要請。下での事が終わり次第、可及的速やかにブラボーを回収します。」 下、とはすなわち葛城家の部屋の事。 ここで少し補足説明をする。 本来ならばここはSILFを支配する評議会、その第一議員アルファが指揮をとるはず なのだが、彼女はブラボーとシンジとの間に起こった事件に激怒、危うくブラボーの抹殺 指令を出すところを情報局長チャーリーがバットを使用して黙らせ、自分が代わりに指揮 をとっているのである。 しかし、彼女の名誉と人格の為に付け加えるならばチャーリーは決してアルファに対して 反感を持っているわけではないし、SILFの頂点に立ちたいという野望を持っているわけ でもない。 ブラボーとは友人同士ではあるが、今回の一件に腹わたが煮えくり返っているのはアルファ と同じだが、彼女はあくまでもSILFの存続と、シンジを危険に巻き込まないと言う事を中心 に考え、やむなくあのような行動をとってしまった。 部下達はブラボーの行為に憤然としながらもチャーリーに逆らうほど勇気のある者はおらず、 チャーリーの明確な命令を素早くこなして行く。 その意味では彼女達はNERVのエリート達に匹敵する物があった。 一人の情報局員が大きな声を上げた。 「局長!監視班わがままクリーチャーから通信!」 「どうしたの?」 「弐中の『SI促進委員会』に動きがあり。C−14区画に会員達が完全武装して集まりつつ あるとの事!」 予想以上に早い敵の起動に、彼女は戸惑いを隠せなかった。 しかし、唖然としている間にも、続々と他の監視班からの連絡が入ってくる。 「局長!からくりバードから緊急連絡!『SI肉林製作共同体』もE−12区画に 緊急集合をかけています!」 「ふつつかニンジャから入電、『我、C−08区画にて『SI愛護婦人同盟』の 集合を確認。至急対策を練られたし』以上です。」 「しとやかドールから連絡!『SI愛の星親衛隊』も非常呼集!同じく完全武装!」 延々と絶える事なく連絡が続き、第3新東京市に存在するほとんどのSIファンク ラブがそれぞれ別個に集結している事が報告された。 ちなみに言っておくと、シンジ達にプライバシーなどという物は存在しない。 彼らの部屋にはシンジのファンクラブのしかけた大量の盗聴器、超小型カメラ、 指向性高性能集音器などのハイテク機器から、果てはドリルで開けた覗き穴まで 存在する。 むろんNERVの保安部は事態を重く見て、葛城ミサトの許可を得た上で毎週 部屋の『大掃除』を行っているのだが、そのたびに50個以上、多い時には百個を 超える大量の盗聴機器に閉口していた。 そのうえ、日を追うごとに各団体の盗聴機器の性能と隠蔽技術は向上の一途を たどり、NERVでは現在、この隠蔽をしている者達を正式に保安部や諜報部に 誘おうかという話まで聞こえ始めていた。
再び第二発令所。 事態の重さを知った冬月はゲンドウに尋ねた。 「どうする碇。ここで彼らに介入されると委員会が黙ってはいないぞ。」 こんな大不祥事が委員会にしれたら厳罰は覚悟しなくてはいけない。 そんな冬月を見上げながら外務局長のシエラは無邪気に微笑みかけた。 「第三新東京市全域での大暴動。その発端がNERVとなれば大問題ではありませんか?」 冬月はその言葉に苦虫を噛み潰したような顔になった。 「話を聞こう。」 「感謝します。きっと分かってくれると思っていました。」 「追従はいい、用件を。」 「実は先日、戦略自衛隊にいる私達の組織のシンパが面白い話を聞かせてくれました。」 その時、冬月たちはファンの恐ろしさというものを実感した。 「戦自がエヴァ製造の秘密を盗み出す為に活動している、と言う事でした。」 「どういう事だ?」 「実はこの暴動は彼らがその機密を盗み出す為に謀ったものかもしれませんね。」 その意味に冬月は小さくニヤリと笑い、慌ててその笑みを引っ込めた。 「そうかも知れんが、残念な事に証拠がない。」 「証拠ならこちらがつく、いえ失礼。証拠ならこちらで用意します。」 「なるほどな・・・・」 「今のところパイロットたちの一番近くにいるのは私達です。約一名に限っては非常に 近くにいるようですしね。碇君の身の安全も確保したいのはこちらも同じです。そちらが 望めば残り二名のパイロットも。」 冬月はしばらく考えた後、尋ねた。 「見返りには何を?」 シエラは微笑んだ。 「第十七使徒、フィフスチルドレン、渚カヲルの生きた細胞のサンプルを少し。」 その要求に発令所内は騒然となった。 「ばかな!そんな要求が通るとでも思っていたのか。」 「そうですか?責任回避の口実+パイロット3人の身の安全。いくら厳密に保管され ているからと言って記録を改竄するのはさほど難しい事ではないでしょう?さほど高い 買い物ではないと思いますが。」 「断る。」 にべもなく言い放ち、冬月は厳しい口調で言ってシエラを睨み付た。 しかし、彼女は対して気にした様子もなく肩を竦めた。 「それは碇シンジ君のおとうさまが決める事です。」 そこにいる全員の視線がゲンドウに集中した。 少し間が開き、ゲンドウは口を開いた。 「そうか・・・・」 (シンジは私に似ているか・・・) 実はゲンドウはシエラに一番最初に言われた言葉にいまだ酔い痴れていた。 (シンジは私に似ているか・・・、今までずっと『息子さんはお母さん似ね』とか言われて きていたが、大人になれば私に似てくるか・・・・) そんな事を考えているところに『シンジ君のお父様』などという単語が耳に入れば当然、 「よかろう。」 となる。 「良いのか、碇?」 冬月はギョッとして聞き返した。 「そんな事が委員会に知れたらただでは済まんぞ。」 「問題無い。」 (隠蔽工作にかけてはNERVのスタッフはみな優秀だから安心しろ。) と言ったつもりでゲンドウはニヤリと笑い、椅子から立ち上がった。 「総員第一種戦闘配置。装備部に連絡、催涙ガス、麻酔弾、徹甲弾、グレネードランチャー、 何でもいい、あるもの全て用意して職員に緊急配布。非番の職員にも非常呼集をかけろ。致死量 以下なら神経ガスの使用も許可する。いかなる手段を持ってしても、目標のジオフロントからの 脱出を阻止しろ。」 ゲンドウの命令一過、オペレーターをはじめとする各員は、NERVの徹底した訓練に裏打ち された素早い動きで作業を速やかにこなしていく。 誰一人として、問題大有りじゃないか、などとは思わない。 ノリの良い職員とノリの良い上司。 意外に良い職場なのかも知れない。 「では、シエラ君。頼んだぞ。」 「任せて下さい。お父様。」 どさくさに紛れてゲンドウの事を、お父様、などと呼んでどこか虚しい幸せを噛み締めながら、 彼女は出口へ向かって歩いていった。 そして、出口の前でふと立ち止まると思い出したかのように付け加えた。 「約束は守ってもらいますよ。もし私達を裏切るような事があればこちらにもそれ相応に対処する 用意がありますから。」 その時、彼女の浮かべた微笑みは半端ではなかった。
またもやシンジ達の住むマンション。 そこへ突然、アルファの携帯電話が鳴り始めた。 チャーリーは一瞬躊躇した後、メガネの奥のやや垂れた目を光らせ、床に倒れ 伏したままのアルファのスカートのポケットに手を入れた。 「・・・・・・・・・・はい、どちら―――――」 『ズールーよ!大変よ、NERVまで動き始めてる!』 「NERVまで!?」 チャーリーは目を剥き、思わず大声で問い返した。 『?・・・・・千葉さん?・・・あの、赤羽根さんは?』 「本名をいうなっ!アルファの代わりに私が指揮をとってるわ。それよりNERV まで動き出してるって確かなの?」 『ご、ごめんなさい。あの、うん。間違いないわ。今うちの外務局から連絡がきた ところ。ジオフロントの出口付近でNERVの保安部と銃撃戦をやってるって。』 チャーリーが更に質問を続けようとした時、横から手が伸びてきた。 「貸しなさい。・・・・アルファよ。ズールー、今の話は本当?」 いつのまに復活したのか、アルファは青い顔をしているチャーリーから電話を 奪い取ると、科学技術局長のズールーにに聞いた。 『赤、じゃない。アルファ?・・ええ、そう。『SI公平分割機構』。今、NERV 保安部がジオフロントの入り口で最終防衛線を引いておさえてるけど、相手の勢い が凄いらしいの。あと5分持てば良い方だって。』 「わかったわ。シエラはどうしたの?」 『NERVに直接出向くって・・・』 「NERVに?まあいいわ。他には?・・・そう、何かあったらまた電話して。それじゃ。」 アルファは電話を切った。 チャーリーは彼女にオズオズと弁解するように声をかけた。 「ア、アルファ・・・・・」 「これからの指揮は私がとります。」 アルファはチャーリーを睨み付けるように言った。 「各局の戦闘部隊を直ちに招集!敵の攻撃に備えて待機!チャーリー、敵は各個 に行動しています。恐らく自分以外の組織と遭遇すれば戦闘を開始するはずです。 あなたの情報局で敵を誘導、同士討ちをさせなさい。」 アルファは正気を取り戻したらしく、チャーリーは肯きながら、ほっと胸を 撫で下ろした。 しかしその時、またもや情報が入った。 「アルファ!公安局から!」 「どうしたの?」 「公安局長のデルタが暴走!一人でブラボーを倒しにこちらへ向かってるって!」


「なんですって・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その報告に全員が息を飲み、喉を締め付けるような沈黙が部屋に流れた。 ============================================================== 24.走れ、ケンスケ ============================================================== ケンスケ:「・・・ついに・・・ついに、俺が主役だ・・・(T_T)」 トウジ :「珍しい事もあるもんやな」 レイ :「あなたの代わりなんていくらでもいるのよ・・・・」 シンジ :「所詮、とりあえず可哀想だから出しとこう、程度かな」 ケンスケ:「・・・・・・お、お前らなんか友達じゃない(T_T)」 ――――――――――――――――――――――――――――――― そして、風雲急を告げる知らせが第3新東京市を覆い始めた頃、相田ケンスケ はその風雲の真っ只中に放り込まれていた。 黒服の一人が両手にウージーを構え、銃口から甲高い銃声を響かせ、車の影か ら片膝をつき、噴射を短く区切って弾倉が空になるまで打ち続けている。 真っ黒い車の影に隠れ、唖然として立ち尽くしていたケンスケは自分の耳を掠 め、一発の銃弾が走り抜けるのを感じた。 ジオフロントに続くトンネル。 かつてNERV大停電の際に愛する忍耐の人、日向マコトが選挙の宣伝カーを
奪い、『使徒接近中により緊急車両が通ります』と言うウグイス嬢の可憐な叫びと
共にここを通って民間人ごとNERVの発令所まで乗り込んだ事で有名。 今、トンネルの前には高さ2mを超える巨大な有刺鉄線のバリケードが立てら れ、その後ろには何十台ものベンツやロールスなどのNERVの公用車がバリケ ードを作り、その間を男達が銃を構えてトンネルの中へ向けて銃弾を飛ばし続け ている。 トンネルの中は催涙ガスが充満し、まともに中を見透かす事も出来ない、トン ネルの中のオレンジ色のライトの明かりがぼんやりと光っているのを見るのがや っとだった。 突然、催涙ガスで真っ白になったトンネルの出口から数人の人影が飛び出してきた。 その人影達は100m11秒を切るようなスピードで銃弾の飛び交う中を走り 抜け、2mはある有刺鉄線の壁を背面飛びで滑らかに飛び越え、一人が隠れてい るケンスケのそばに降り立った。 その美しさにケンスケはしばし見とれた。 その動きには動物の躍動美を彷彿とさせるものがあった。 すらりとしなやかに伸びた長い足、均整の取れた細身の身体からバレエダンスの ような滑らかな動きで銃を構えた男達を蹴り倒してゆく。 そして、黒尽くめの忍者スタイルの上からもはっきり分る、大きすぎず小さす ぎない形の良いふっくらとした胸の膨らみ・・・・・・ その人影は女のものだった。 黒装束女は挌闘に飽きたのか、細い手首には大きすぎるデザートイーグルを胸 の中から取り出すと、驚くべき事に片手で打ち始めた。 44口径の片手撃ちを平然とおこなえる者など、ケンスケは冴羽僚と平沢千明 とジーザスと次元大助と往年のクリント・イーストウッドぐらいしか知らない。 忍者ファッションに身を包んだ女達の登場で防衛線を張っていた男達の足並みが 一瞬乱れた。その瞬間を見計らったように、一台の軍用車両ハマーがトンネルの中 から物凄い勢いで飛び出してくる。 1/4t車、ジープの後継車として作られたM998高機動多目的車両は軽快なエン ジン音を立てながら闘牛のようにバリケードに向けて突っ込んでくる。 黒服の一人が声を上げた。 その声を受け、何故か森林迷彩の軍服を身にまとった男が130cm程の長さの筒 の形をしたRPGを肩に担いで立ち上がる。 RPGの先端には松茸のような形をしたロケットが収まり、男は更に勢いを増 して向かってくるハマーにその照準を合わせて引き金を引いた。 肩に担いだRPGの後端から火が吹き出し、松茸ロケットは筒から飛び出す。 ロケットは白煙を引きながら急加速でハマーに突っ込んで行く。 ハマーのボンネットにロケットは吸い込まれるようにぶつかり、直後に紅蓮の 炎と、強烈な熱気を辺りに撒き散らしながら爆発した。 しかし、火達磨になったハマーの勢いは完全には殺されず、爆発のショックで 横転しながらもバリケードに突っ込み、轟音を立てて柵を踏み壊す。 今、ケンスケは涙を流していた。 心の底から歓喜していた。 まさか生きている内に、本物の銃撃戦をこんな間近で見る事ができるとは思い もよらなかった。 ケンスケは生まれてきた喜び全身に感じながらこの光景をカメラに収める。 彼は、一度は保安諜報部に捕まり、目隠しをされてジオフロントに連れ込まれ、 そこで厳しい事情調査を受けるはずであったが、今回の非常事態にケンスケを連 行していた黒服達も緊急招集を受け、ミサトの家から逃げ出すためにやむなくの 行動だったというケンスケの説明を涙ながらに聞いた彼らは、トンネルの出口付 近でケンスケを下ろし「行くぜ!モンキー野郎!」「おうよ!人間一度は死ぬもんだ!」 とCマイナー7で声を掛け合いながらトンネルの中に突っ込んでいったのだ。 ケンスケには彼らがまだ生きているか判らない、ただあのノリの良い黒服達が 任務に失敗したのだろうという事は想像がついた。 なぜなら、彼らがトンネルに突入した直後、NERV保安部がトンネル出口に 集合し、手際良くこのバリケードを作り上げ、それから3分も経たない内に正体 不明の集団がトンネルから溢れて来たのだから。 ケンスケには一瞬でトンネルから出てきた集団の正体がわかった。 『碇シンジ公平分割機構』 NERVの職員で構成される第三新東京市最強のファンクラブだった。 ケンスケは過去に何度かシンジの着替えシーンの写真などを彼らに高値で 買ってもらった事があった。 そして今バリケードは破壊され、忍者装束に身を包んだ女達は圧倒的な力で 防衛線を守っていた保安要員達を瞬く間に沈黙させて行く。 その機に乗じてトンネルからは『SI公平分割機構』のメンバー達が続々と 溢れ出してきた。 自分の車を持ち出して、箱乗りになってサブマシンガンを振り回す者、ショッ トガン片手に巨大な単車にタンデムして保安部の男達を蹴散らすもの、真っ白い 道場着に紺袴をはき、襷がけで日本弓や薙刀や太刀を構えるもの・・・・・・ RPGの爆発による真紅の炎を背景に、思い思いの服装に身を包んだ者達の 異様な行進が続き、それぞれが暴力的な破壊活動を繰り返す。 至る所で爆発と炎が舞い上がり、保安部の男達は散々に蹴散らされ、ケンスケ が気がついた時には銃撃戦は散発的になり、時々どこからか銃声が聞こえてくる だけになっていた。 パチパチと炎がはぜる音を聞きながら、一瞬、ケンスケは地面が少し揺れたような 感じを覚えた。 ほんの少しの間、訝しく思ったが気の所為だと考えて再びファインダーを覗いた。 しかし、気のせいではなかった。 地面の振動は少しずつ大きくなり、しかも途切れる事がない。 ケンスケはカメラをパンさせながら、炎と黒焦げのバリケードと、いまだに火を 吹き上げ続けるハマーを見、振動の原因を探した。 そして、やがてケンスケの耳に音が聞こえてきた。 ケンスケはその音を聞くとはっと顔を上げる。 トンネルの中から聞こえてくるその音は、まごう事無きキャタピラ音。 今、ケンスケの脳裏に写るものは、むかし陸上戦略自衛隊の演習を見に行った 時に感じたあの感動。 命の無い鋼鉄の獣が重々しい音を立てて地面を蹴り上げ、無限軌道が土を舞い 上げ、土砂を踏み越え、力強い唸り声を上げ突き進む。全身を分厚い装甲に身を 包む圧倒的な姿の、存在の根元から滲み出るような力感は他のどの兵器をも凌い でいた『戦車』という名の芸術品。 振動とその音は徐々に大きさを増してくる。 やがてケンスケの足はその振動で痺れてくるほどになった。 そしてケンスケは見た。 予想通りトンネルから飛び出して来た戦車の黒い影。 「あれは・・・・・・エイブラムスM1A1・・・・・・・・・・・・・・・」 ケンスケは呆然と呟いた。 セカンドインパクト前の骨董品であろうその姿は、しかしいまだに力強さを失 ってはおらず、恐らくはNERVのそういう趣味の人間が道楽でアメリカから払 い下げの物を中古で買ったのだろう。 だがその姿は見るも無残に、しかしある意味で見事なまでに改造されている。 蛍光の黄緑色に塗装されてしまったチョバム装甲には『』 だの『 』などが恥ずかしげもなく堂々とピンクや水色で一面に描か れており、その上、主砲の120mm滑腔砲の先端には、何とシンジが笑っている顔が バカでっかくプリントされた旗まではためいているではないか。 だがしかし伊達に彼らはNERVの一員ではない。 小型の地対空多連装ロケットランチャーが二台も戦車の左右側面に取り付けられ、 正面から見るとカニのような姿になってしまっている。 車長席のハッチの後方には、でっかいまな板のようなアクティブ・フェイズド アレイ・アンテナらしき物が空を睨んでいる。 そして、主砲のすぐ右に取り付けられた小さな銃口のような物の先には小さく 青い炎が燃えている。恐らくは対人用の火炎放射器を強引に取り付けたのだろう、 車体の後ろには金属製の燃料タンクらしき物を見る事が出来た。 そして、その戦車は一切速度を落とす事なく、燃え続けるハマー汎用車をギシ ギシ、ガシガシ、グシャグシャと踏み潰して乗り越え、後に続くNERVの公用 車で作られたバリケードも踏み潰しながら、前進する。 ケンスケの隠れた車の前で戦車は止まり、ハッチが開いて中からNERVの オペレーター服を着たワックが顔を出した。 おかっぱの女性士官の美しくも寒気のするような横顔を確認した時、トンネルから
今度は旧日本軍の行進するような足音が響いてきた。 白煙の満ちるトンネルから、昆虫の顔のようなガスマスクをした『SI公平分割機構』の 兵士達がぞくぞくと溢れ出てくる。 NERV技術部のつなぎを着ている者は、現場で叩き上げた技術を使ってスパナを投げる。 派手な着物を着て模造刀を構えた者は前田慶次よろしく馬に騎乗して突撃する。 プロレスラーのごとき金色でテカテカ光るガウンを着た者は直角落としを決める。 襟詰めの長ランに身を包んで木刀を構える応援団風の者はガンを飛ばす。 年齢不相応にセーラー服を着た者はそれだけで破壊力抜群だった。 皆一様にジオフロントからここまでの厳しいを戦闘を乗り越え、煤だらけの顔 で疲れを隠せない。 しかし、その目に光る意志の強さだけはあらゆる者を凌駕していた。 そしてトンネルから出てきた、異様な集団の数が百人を軽く越えた時、戦車に 乗ったリーダーと思われるワックがマイクを取り出し、マルコムXのような口調 で演説を始めた。 戦車の外部に取り付けられたローランドのスピーカー(ウーファー付き)から 大音響で声が響く。
「皆聞け!!」 ざわついていた集団から話し声がピタリと止んだ。 「私達は閉鎖的なジオフロントから地上へ出る事ができた!!」 うおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!! 見事なまでの歓声が炎の燃え盛る大地に響き渡った。 「しかし!思い出せ!私達の目的はまだ果たされていない!!」 女性士官は両腕を振り上げて歓声を沈めた。 「我らが心の支えにして人類の希望・・・・・・・・・・」 『碇シンジ!!!!!!!!!!!』 その場にいる者、全員がザッと胸に手を当てて大合唱する。 「彼を助け出さなければならない!!!」 『おぉぉぉ!!!!!!!!!!!』 全員、拳を空に突き上げて、喉が裂けるほどの大歓声を送る。 女性士官が続ける。 「彼の人格を踏みにじる人非人・・・・・・」 『惣流・アスカ・ラングレー!!』
「彼をたぶらかす根暗女・・・・・・・・」 『綾波レイ!!!!』 「彼の自主性を尊重すると称して奴隷の如き扱いをする・・・・・・・・」 『葛城ミサト!!!』
「この大悪人共から断固奪回するっ!!!」 『断固奪回!!!!うぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!』 異様な集団は大歓声で答え、クリスマスの夜空を震わせた。 ケンスケはその光景を見て心底竦み上がった。 もうこれから絶対にシンジに逆らうような事はやめようと心の中で近い、同時 になぜシンジを悪く言う奴がいないのかを悟った。 戦車のスピーカーからホルストの『木星』が耳を聾する大音量で流れ始めた。 いつのまにか攻撃の対象ブラボーナツミから、シンジの同居人達と、現時点で 一番シンジに近い綾波レイに変わってしまっていた目の前の集団は動き出した戦車 を先頭に、再び数百人の大集団が蠢き出す。 ケンスケはナチスドイツの親衛隊か旧日本帝国の青年部隊のように見事なまで に一糸乱れぬ行進を見て『大日本帝国、万歳!』だの『ハイル!ユンク・フォル ク!!』だのと叫びたくなるのを必死に堪え、やがて彼女達が視界から消えたの を見計らって、走り始めた。 相田ケンスケ。 彼は決して悪人ではない。 どちらかと言えば、ほんのちょっと善人である。 彼は心の片隅にほんの少しだけ、ミサトカレーから自分一人で逃げ出した事に 罪悪感を感じていた。 だからケンスケは走る。 己の親友を助けるために。 己の親友である碇シンジに、彼に迫る魔の手を知らせるために。 走れ!ケンスケ!! シンジに迫る危機を当人に知らせる事のできる人間は君しかいない!! 負けるなケンスケ!!頑張れケンスケ!!!! 存在感が無いなんて言わせるなっ!!!
「碇司令!保安部の最終防衛ライン、突破されました!」 ロン毛のあんちゃんが声を張り上げる。 メインスクリーンには、いまだに燃え続けるハマーやNERVの公用車などが 真っ赤に燃える様が鮮明に映し出されている。 「まさか戦車まで持ち出すとはな・・・・・・・・」 冬月は後ろ手に手を組んだまま、ペシャンコに押し潰されたロールスを見て呆然と呟いた。 「どうする碇。SILFが動き出すまで時間を稼がないと、このままではパイロット達の 身が危険だぞ。」 「問題無い。」 (たとえ窮地に陥ろうともNERVの職員は優秀だ、心配するな・・・) と言ったつもりでゲンドウはまたもやニヤリと笑った。 「電子戦部隊を派遣しろ、保安部の戦車主体タスクフォースもだ。」 「・・・・本気か?」 「もちろんだ。そうしなければ我々に未来はない。」 (下手をすれば我々のくびが飛びかねないからな・・・・・) と言う意味でゲンドウは怪しい笑みを一層怪しく歪めた。 下ではオペレーター達が胡散臭い顔で、怪しい会話をするNERVの最高司令 官達を見上げていた。

<つづく>


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